先週行われました第71回安田記念は8番人気のダノン

キングリーが圧倒的1番人気の短距離の絶対女王グランアレ

グリアとの競り合いを制して頭差で優勝しました。

クラシック戦線で活躍したダノンキングリーは昨年の天皇賞で

12着と惨敗した後、休養し、ぶっつけ本番での安田記念となり

ましたが、さすが実力馬どおり、見事な復活優勝でした。

絶対的女王のグランアレグリアは3コーナーあたりでもたつく等

いつもの鋭い動きが無く、直線に入っても馬群の中で精彩を

欠いて馬群に沈むかと思いましたが、坂を上がってからは

馬群の中から狭い進路を割って抜け出し、一瞬勝ったかと

思わせたレースぶりは、さすが絶対女王でした。

今週は続いていましたGⅠ戦線が一息をつき、GⅢエプソムカップ

が東京競馬場で行われます。

1983年に東京優駿(日本ダービー)が50回を迎えたのを機に、

東京競馬場と英国ダービーが開催されるエプソム競馬場が姉妹

競馬場として提携した際に記念植樹(東京競馬場からは桜、

エプソム競馬場からは柏が贈られた)とカップの交換が行われ、

これを記念に1984年からエプソムカップが創設され、東京

競馬場で行われるようになりました。

 

思い出の馬は昭和60年第2回優勝馬スズマッハです。

競馬を見ていると、時たま実力があって強いんだけれども

どうしても勝ち星に恵まれない馬(最近ではエタリオウ等)が

いますが、スズマッハもそういった馬の1頭でした。

スズマッハは7冠馬シンボリルドルフ世代の馬で、同期には

宝塚記念、中山記念の他に6つの重賞を制覇した従兄弟の

スズパレードがいます。

スズマッハは当時の馬齢3歳でデビューし、初戦は敗れたものの

2戦目の新馬戦に勝つと次の特別戦にも勝ち、新馬特別戦の

連勝により、クラシック候補に躍り出ました。

そして重賞のスプリングステークスに挑み、シンボリルドルフの

ライバル馬ビゼンニシキの3着と善戦しました。

しかし、皐月賞では日本の競馬史上の最強馬といわれる皇帝

シンボリルドルフの7着に敗れ、続く当時のダービートライアル

NHK杯に出走するもビゼンニシキの6着に敗れてしまい、2頭の

実力馬の高い牙城を崩すことはできませんでした。

そして何とかダービーに出走できたものの、クラシック戦線での

成績から21頭中20番人気と人気を落としてしまいました。

スズマッハがそのことを知っていたのか、知らなかったかは、

今となっては判りませんが、馬場状態が悪い中、シンボリル

ドルフが無敗の二冠制覇をかけた第51回日本ダービーは

行われました。

スタートして果敢に逃げたのは20番人気のスズマッハでした。

注目は何と言ってもシンボリルドルフとビゼンニシキとの戦いで、

果敢に逃げたスズマッハは直線で沈むと多くの人が思っていま

したが、直線に入ってもスズマッハは粘りに粘って最後まで食い

下がり、何とあの皇帝シンボリルドルフの2着に逃げ粘りきり

ました。

NHK杯で奇跡の脚を使ったハイセイコーと同様に競走馬は一生に

一度、奇跡の脚を使うことができるとの競馬関係者からの言葉が

思い出されました。

おそらくスズマッハは一生に一度の奇跡の脚をここで使って

しまったのかも知れません。

皇帝シンボリルドルフ相手にダービーで2着になったスズマッハは

秋の飛躍を期待されました。

菊花賞を目指し、トライアルのセントライト記念に挑むもシンボリ

ルドルフの3着に敗れ、続く京都新聞杯でも3着に敗れる等、

今一つ勝ちきれませんでした。

そして本番の菊花賞や暮れの有馬記念でも善戦するも、

またしてもシンボリルドルフの後塵を拝して4着となり、この年の

レースを終えました。

年が明けて古馬になったスズマッハは休み明けのぶっつけで安田

記念に挑み、短距離の王者として君臨していたニホンピロウィナー

の2着に食い込みました。

続くエプソムカップではこれまでの戦績や出走メンバーからも

当然1番人気に推され、レースでは格の違いを見せて1年半

ぶりに優勝して3勝目を飾り、待望の重賞制覇を果たしました。

ところがこの勝利がスズマッハの最後の勝利となってしまうとは、

この時、誰が思ったことでしょうか。

その後、スズマッハは重賞レースに出走するも、突然燃え尽きた

ように惨敗を重ね、6歳で出走した1986年秋の天皇賞での

13着を最後に引退し、北海道のイーストスタッドで種牡馬入り

しました。

しかし、産駒には恵まれず、2000年からは功労馬としてイースト

スタッドで余生を過ごしました。

そして2010年3月24日、スズマッハは29歳で静かにこの世を

去りました。

今週は第38回エプソムカップが行われます。

GⅠレースが続いていただけに拍子抜けの感も否めませんが、

注目は先週、評判通りの強さで新馬戦を勝ち、早くもダービー

候補と言われているコマンドラインの兄アルジャンナとコントレイル

世代のサトノフラッグ、マイラプソディですが、実力馬ヴェロックス

復活なるかにも注目しています。

ダービーの後に行われている伝統の目黒記念や優勝馬に多くの

名馬達の名が連なっている伝統の鳴尾記念がGⅢレースとして

土曜日に行われていることに非常に違和感を覚えながら、

今週も全馬の無事を祈りながらレースを見ます。

先週行われました第88回東京優駿(日本ダービー)は直線で

シャフリヤールとエフフォーリアが抜け出して一騎打ちになり、

ほんのわずかの鼻差でシャフリヤールがレースレコード優勝、

7398頭の頂点に立ちました。

毎日杯を勝った後、皐月賞には出ずにダービーに優勝した馬は

記憶にありません。

こういう路線をとるのも時代の流れなのでしょうか。

牝馬サトノレイナスは、ちょっと仕掛けが早いように思えましたが

最後までよく頑張り5着に入りました。

2年ぶりの観客が見守る中でのダービーは、やはり良い物です。

スタンドから17頭の精鋭達に送られた温かい拍手にとても

感動しました。

そして17頭が無事にゴールすることが出来て本当に良かった

です。

来年は超満員の観客の中でレースが行われることを願って

います。

今週は前半戦のマイル王を決める第71回安田記念が東京

競馬場で行われます。

安田記念は明治・大正・昭和にわたって競馬に携わり、競馬法の

制定や東京優駿(日本ダービー)の創設などに尽力し、日本中央

競馬会の初代理事長も務めた安田伊左衛門氏の功績を称える

ため、1951年当初は、安田賞の名称で創設されました。

1958年に安田伊左衛門氏が亡くなったため、現名称に改称

されました。

創設当初は東京競馬場の芝1600mで4歳(現3歳)以上の馬

によるハンデキャップ競走として施行されていましたが、1984年

にグレード制が導入されGⅠ競走に格付けされたことを受け

5歳(現4歳)以上の馬による定量戦に変更されましたが、

1996年からは競走条件も再び4歳(現3歳)以上に変更され、

現在に至っています。

昭和期においては、まだ短距離のレース体系が整備されて

いなかったため、春に行われる安田記念が日本一のマイル王

の決定戦で、秋に行われるスプリンターズステークスが日本一の

スプリンターを決めるレースとなっていました。

 

思い出の馬は、昭和51年の第26回優勝馬ニシキエースです。

ニシキエースは、デビュー2戦目で勝ち上がり、続く条件戦を

レコード勝ちをする等、快速馬の片鱗を見せていました。

特別戦は後のダービー馬コーネルランサーに敗れたものの

当時あったオープン戦を2連勝し、皐月賞に駒を進めました。

昭和のこの頃は、世間ではストライキが行われることが多く、

この年も厩務員ストが長引き、皐月賞の開催が遅れ、この年は

5月3日に東京競馬場で皐月賞が行われました。

怪物ハイセイコーの出現で大競馬ブームになった翌年のこの年

の注目馬は、何と言っても6連勝の無敗馬キタノカチドキでした。

レースは予想通り、ニシキエースとミンシオの仔ミホランザンの

2頭の快速馬が軽快に飛ばして逃げました。

この時はテレビ東京が中継していて、当時実況していたのは

小倉智昭アナで東京の4コーナーをまわって直線に入った時

「先頭はニシキエース、快速馬ニシキエース、サミーディヴィス

の仔が直線に向いて先頭だ。ミホランザンが2番手」と言った

実況が今でも耳に残っています。

ニシキエースは頑張って逃げたものの、キタノカチドキの5着に

敗れ、続くダービーも血統的にも距離が合わなかったのか

15着に惨敗しました。

秋になって短距離路線に活路を見い出して、参戦すると

戦績も残せるようになりました。

しかし、その後脚の故障のため、1年間の休養を余儀なくされ

ましたが、年が明けて当時の馬齢6歳で復帰を果たすと、

オープン戦で2年ぶりに勝って、安田記念に挑みました。

休養が功を奏し、馬体が充実したニシキエースは軽快な逃げで

他馬を引っ張り、東京の長い直線に入ってもスピードは衰えずに

牝馬クラシック二冠馬のテイタニアやカネオオエを寄せ付けずに

見事な勝利を飾り、ついに日本一のマイル王に輝きました。

その後も持ち前のスピードを活かし、BSN杯、関谷記念に連勝。

8歳になってからも59キロの斤量を背負いながら新潟ステークス

に優勝するなど、最後まで快速馬として活躍しました。

この年の秋に引退し種牡馬になりましたが、産駒には恵まれず

いつしか姿を消してしまいました。

快速馬として活躍したニシキエースが、最後はいつ、どこで、

どのように亡くなったのかの記録が残っていないというのは、

本当に残念でなりません。

今週の第71回伝統のマイル王決定戦安田記念での注目は

無敵の短距離女王グランアレグリアに対し、NHKマイルカップ

に優勝した3歳の新鋭シュネルマイスターがどこまで迫れるか、

また、実力馬サリオスやダノンプレミアムの巻き返しがなるのか

注目です。

早いタイムでの決着になりそうですが、今週も全馬の無事を

祈ってレースを見ます。

先週行われました第82回優駿牝馬(オークス)は、1番人気

のソダシが直線半ばで失速し、アパパネの仔アカイトリノムスメ

が抜け出したものの、ユーバーレーメンが外から追い込んで

アカイトリノムスメを押さえて優勝。

先日亡くなられた岡田繁幸さんの思いを背負ったユーバー

レーベンが見事、樫の女王にも輝きました。

そしてゴールドシップ産駒として初のGⅠ制覇となりました。

ソダシは前半で引っ掛かっていましたし、まわりからのきつい

マークにもあい、苦しい展開になってしまいました。

そして、ソダシをもってしても、やはり血の宿命か、距離の壁を

乗り越えることはできませんでした。

ソダシが敗れた瞬間、天皇賞でハイセイコーが敗れ、翌日の

新聞が「泣くな ハイセイコー、血が悪い」と報じたことを、ふと

思い出してしまいました。

今回は残念でしたが、今後は短距離路線での活躍に期待します。

グランアレグリアとの新旧桜花賞馬による夢の対決を楽しみに

しています。

 

今週は、いよいよクラシックのクライマックス、競馬の祭典

第88回東京優駿(日本ダービー)が東京競馬場で行われます。

7398頭の頂点に立つ馬は、どの馬になるのか楽しみです。

今年は、ウオッカ以来14年ぶりに牝馬サトノレイナスが参戦し、

ウオッカ以来の牝馬のダービー馬が誕生という歴史的瞬間が

見ることができるのか注目です。

 

思い出のレースは、私がまだ小さい時に見て感動し、それ以来

競走馬と競馬ファンになって、今日に至る原点となった昭和44年

の第36回日本ダービーです。

競馬とはサラブレッドが競走するということは知っていましたが、

何気なく初めて見た競馬が日本ダービーでした。

この年は黒い弾丸と言われた皐月賞馬ワイルドモアが骨折により

ダービーへの出走できなくなり、混戦ダービーとなっていました。

新聞でベテランの保田騎手がヒンドスタン産駒でミノルという

良い馬が現れたため、引退を延ばしたという記事を読んで

レースではミノルを応援していました。

また1番人気に推されたタカツバキという馬の名が気に入った

ので、タカツバキも応援していました。

当時のダービーは28頭のフルゲートが当たり前で、見ている

側にとっては、壮観で迫力があって見応えがあって良かった

のですが、騎手や馬から見たら、位置取りで全馬が内側に

なだれ込んでくるため、とても危険で毎回命がけだったそうです。

またこの日は豪雨によって馬場は田んぼのような不良馬場に

なりました。

そして全馬がゲートインが終了し、係員が離れスタートが切られ

ましたが、その直後に歴史的事件が起こりました。

私が応援していた1番人気のタカツバキが他馬に挟まれた形で

いきなり落馬してしまいました。

スタンドからは、大きなどよめきが起こって騒然となり、実況して

いた鳥居アナも突然の出来事に動揺を隠せないようでした。

レースは不良馬場の中、名門尾形厩舎の三羽烏(ワイルドモア、

ミノル、ハクエイホウ)と言われたハクエイホウが逃げ、直後に

ダイシンボルガードとミノルがつける展開になりました。

当時、ダービーは4コーナーをまわる時点で先頭から10頭以内

にいないと勝てないと言われていました。

最後の直線に入ってハクエイホウが逃げ粘る中、皐月賞では

アクシデントにより惨敗してしまい、6番人気になっていた

ダイシンボルガードが鋭く伸びてハクエイホウをかわし、それを

保田騎手がミノルを懸命に押して追撃するもクビ差届かず、

ダイシンボルガードが見事ダービーの栄冠に輝きました。

このレースを見た私は、名馬達が激突する日本ダービーの迫力と

美しさに感動し、また落馬という大ハプニングを目の当たりにして

現在放映中の大河ドラマの渋沢栄一のようにワクワクや

ドキドキが1日中止まりませんでした。

そして後に知った話で、ダイシンボルガードの石田厩務員が

自分の馬が勝ったと言って喜びのあまり、レース中のコースに

乱入する騒ぎもあり、あまりに前代未聞のいろいろな出来事が

起こってしまった日本ダービーは深く私の心に残りました。

この日以来、競走馬の美しさ、人と馬の織り成すドラマがある

競馬に魅了され、子どもながらも毎週競馬中継を見るように

なりました。

優勝したダイシンボルガードはその後、大舞台のレースでは

善戦したものの優勝には至らず、ダービー以降は14戦2勝の

戦績で当時の馬齢5歳時に優勝したダイヤモンドステークスが

最後の勝利となりました。

昭和46年の有馬記念での3着を最後に引退し、種牡馬になるも

当時の内国産種牡馬の不遇時代の中で産駒にも恵まれず、

1987年、20歳の生涯を終えました。

また、ダービーで1番人気となり、私も馬名が気に入って応援して

いたタカツバキは、やはりダービーでの落馬でツキに見放された

のか、その後7戦するも条件戦での2着が2回に止まり、知らない

うちに競馬場から姿を消してしまいました。

 

今週はいよいよ伝統の第88回東京優駿(日本ダービー)が

行われます。

注目はやはり、無敗で皐月賞を勝ったエフフォーリアでしょう。

それと何と言ってもオークスを止めてダービーに参戦してきた

牝馬のサトノレイナスにも注目です。

その他では距離が伸びて巻き返しに期待するグラティアスと

タイトルホルダー、調子が上向きなステラヴェローチェに注目

しています。

昨年のコントレイル同様に無敗のダービー馬が誕生するのか、

新たなスターホースが現れるのか、それとも14年ぶりの牝馬の

ダービー馬が誕生するのか注目です。

今週も全馬の無事を祈りながらレースを見ます。