ハイセイコーのブログ -7ページ目
昨日、東京競馬場で行われました
フェブラリーステークスの前哨戦、今年は
「フォーエバーヤング ブリーダーズカップ
クラシック優勝記念」の副題が付いた
節目となる第40回根岸ステークスは、
6番人気のロードフォンスが好位追走から
直線で鮮やかに抜け出して勝ち、重賞
2勝目を挙げると共にフェブラリーSへの
優先出走権を獲得しました。
2着には直線で豪快に追い込んで来た
13番人気のバトルクライ、3着には4番
人気のダノンフィーゴが入り、1番人気に
支持されたインユアパレスは直線で伸びを
欠いて9着に終わりました。

今週は京都競馬場で春のクラシックに
向けた伝統の第66回きさらぎ賞が
行われます。
きさらぎ賞は、4歳(現3歳)の馬による
重賞競走として1961年に創設されました。
創設時は中京競馬場のダート1200mで
施行されていましたが、その後はダート
1700mへの変更を経て、1971年から
1986年までは中京競馬場・芝1800mで
施行され、1987年からは京都競馬場
芝2000mに変更、1991年からは京都
競馬場の芝1800mで行われています。
また、外国産馬も1972年から出走
可能となり、1996年には特別指定交流
競走に指定され、地方競馬所属馬の
出走が可能になったほか、2009年には
国際競走に指定され外国馬の出走も
可能になりました。
きさらぎ賞の歴代の優勝馬には昭和期は
菊花賞馬ダイコーター、皐月賞馬マーチス
ダービー馬タニノムーティエ、二冠馬ヒカル
イマイ、キタノカチドキ、菊花賞馬インター
グシケンがいて、平成期には皐月賞馬
ハクタイセイ、ダービー馬スペシャル
ウィーク、二冠馬ネオユニヴァース、
菊花賞馬ナリタトップロードやサトノ
ダイヤモンドがいるなど、私の感覚では
西のクラシックへの登竜門という
位置づけのレースでした。
しかし、2009年にGⅢに格付けされて
以降、クラシック優勝馬は菊花賞馬
サトノダイヤモンドだけに止まって
しまっています。
思い出の馬は、テンポイント一族の
期待を背負ったワカテンザンです。
ワカテンザンの父はマイラー系種牡馬
マイスワローで代表産駒には高松宮杯を
勝ったキョウエイレアがいます。
ワカテンザンの母はテンポイントの姉で
桜花賞馬ワカクモの仔オキワカで
伯父には悲運の貴公子テンポイントが
います。
また、弟には朝日チャレンジカップや
地方の重賞レースに勝って活躍した
ワカオライデンがいます。
ワカテンザンは昭和57年のクラシック組で
同期にはダービー馬バンブーアトラス
皐月賞馬アズマハンター、菊花賞馬
ホリスキー、黄金の馬ハギノカムイオーや
ロングヒエン、アスワン、タカラテンリュウ
アサカシルバー等の重賞勝ち馬がいます。
ワカテンザンは旧馬齢3歳秋の中京で
デビューし、最初の新馬戦は4着に敗れた
ものの、2戦目の新馬戦を快勝すると
続く中京3歳ステークスにも勝って
2連勝を飾りました。
年が明けて4歳になったワカテンザンは
シンザン記念に挑みました。
このレースには3連勝中で後の重賞
勝ち馬エリモローラや2連勝中の
シルクテンザンオーが出走。
エリモローラが1番人気に支持され、
ワカテンザンは12頭中の5番人気での
出走となりました。
レースはシルクテンザンオーが逃げ
その後ろからエリモローラが追走し
ワカテンザンは後方からの競馬と
なりました。
第4コーナーでは逃げるシルク
テンザンオーにエリモローラが並びかけ
ワカテンザンは、まだ後方のままで
直線の勝負へ。
直線に入ってシルクテンザンオーが
後続馬を引き離しにかかると、大外から
ワカテンザンが物凄い豪脚を繰り出して
追い込み、シルクテンザンオーに迫り
ましたが、惜しくも1/2馬身届かず2着に
敗れてしまいました。

続いて、ワカテンザンは、当時の西の
クラシック登竜門きさらぎ賞に駒を
進めました。
このレースには関東馬で3戦3勝の
外国産馬ニシノエトランゼ、シンザン記念
3着のエリモローラ、後の重賞勝ち馬
マサヒコボーイやスナークアローなどが
出走。
1番人気は無敗の外国産馬ニシノエト
ランゼでワカテンザンは3番人気での
出走となりました。
レースはタマエースがハナを奪って果敢な
逃げを展開し、エリモローラは3番手、
ニシノエトランゼは中団から進み、ワカテン
ザンは最後方からという展開で進みました
第3コーナーでエリモローラとニシノエト
ランゼが仕掛けてタマエースとの差を縮め
ワカテンザンも大外から上がって来て、
直線の勝負へ。
直線に入ってエリモローラが一旦先頭に
立ちましたが、すぐに馬場の真ん中から
鋭く伸びて来たニシノエトランゼが先頭に
立ち、このまま押し切るかと思いましたが、
大外からワカテンザンが持ち前の豪脚を
繰り出して追い込み、ゴール手前でニシノ
エトランゼを差し切って優勝を飾り、重賞
初制覇を果たすと共にクラシックに堂々と
名乗りを挙げました。

しかし、この勝利がワカテンザンにとっての
最後の勝利になるとは、このとき誰が
想像できたでしょうか。
その後、ワカテンザンはクラシックに
出走するため東上し、サルノキングの
不可解なレースと話題になったスプリング
ステークスに挑み、ハギノカムイオーの
スピードの前に2着に敗れはしたものの、
後の皐月賞馬アズマハンターに
先着するなど、実力のあるところを
見せました。
そして迎えたクラシック初戦の皐月賞、
このレースには西の総大将サルノキングが
故障で戦線離脱したものの、快速馬
ハギノカムイオーをはじめ、アズマハンター
アサカシルバー、アスワン、西の刺客
ロングヒエン、イーストボーイなどが出走。
1番人気はハギノカムイオーが支持され
ワカテンザンは4番人気での出走と
なりました。
レースはゲイルスポートが果敢に先頭に
立って逃げ、その後ろからロングヒエンと
ハギノカムイオーが続き、先行集団には
ワカテンザンがいて、アズマハンター、
アサカシルバー、アスワンは中団から、
イーストボーイは後方からの競馬と
なりました。
第3コーナーから4コーナーにかけて
エリモローラ、ロングヒエン、ワカテンザンが
仕掛け、アサカシルバー、アズマハンターも
差を詰め、一団となって直線の勝負へ。
ハギノカムイオーがすぐに失速すると、
内から伸びて来たアサカシルバーが先頭に
立ちましたが、外からワカテンザン、真ん中
からアズマハンターが鋭く伸びて、一気に
アズマハンターがアサカシルバーを交わして
先頭に立ち、大外から追い込んで来た
ワカテンザンをおさえて優勝。
またしてもワカテンザンは勝利を目の前に
一歩届かず2着に敗れてしまいました。

続いてワカテンザンは、当時はダービー
トライアル競走だったNHK杯に参戦し、
5着に敗れた後、テンポイント一族の
そして名門吉田牧場の期待を背負って
東京優駿(日本ダービー)に挑みました。
このレースには皐月賞馬アズマハンター
NHK杯優勝馬アスワンやアサカシルバー
ロングヒエンの他、新鋭のバンブーアトラス
ホリスキーなどが出走。
1番人気はアズマハンターが支持され、
ワカテンザンは2番人気での出走と
なりました。
レースは、レース前のアクシデントで
大外枠からのスタートとなったロング
ヒエンが大歓声の中、大外から切れ込んで
先頭に立って逃げ、その後ろからスカイ
キリュウ、ハシローディーが続き、バンブー
アトラスは中団から、ワカテンザンとホリ
スキーは後方から進み、アズマハンターは
最後方からという展開になりました。
第3コーナーから4コーナーにかけて
ワカテンザン、アズマハンターが仕掛けて
先頭との差をつめ、各馬が一団となって
直線の勝負へ。
ロングヒエンが逃げ粘る中、真ん中から
バンブーアトラス、内からワカテンザンが
鋭く伸びて2頭の競り合いとなり、外からは
アズマハンターも追い込んで来ましたが
最後はバンブーアトラスがワカテンザンを
振り切って優勝を飾り、皐月賞に続き、
またしてもワカテンザンは2着に敗れて
しまいました。

今振り返ると、この時のワカテンザンが
現役時代における絶頂期だったように
思えます。
夏を休養したワカテンザンは、当時の
菊花賞トライアルで復帰して3着に入り
菊花賞での活躍が期待されましたが、
血統的に距離が合わなかったのか、
菊花賞は7着に敗れ、その後有馬記念にも
出走しましたが、7着に終わりました。
年が明けて古馬になったワカテンザンは
金杯(西)に1馬人気に支持されて
出走しましたが、またしてもクビ差届かず
2着に敗れました。
2着に敗れたとはいえ、復活を思わせる
好スタートを切ったワカテンザンでしたが、
続く1番人気に推された日経新春杯で
6着に敗れると休養に入り、秋に復帰した
ものの、京阪杯では3着に敗れ、それでも
続く有馬記念では16頭中の6番人気ながら
5着に入る健闘も見せましたが、結局
この年5戦するも1勝も出来ずに終わり
ました。
年が明けて6歳になったワカテンザンは
昨年1番人気に推され6着に敗れた
日経新春杯に出走しましたが4着に終わり
続く京都記念では11着に大敗を喫して
しまい、次に出走した鳴尾記念での5着を
最後に現役を引退しました。
引退後、種牡馬になったワカテンザン
でしたが、内国産種牡馬不遇の時代に
あって、種付け頭数も少なく、相手にも
恵まれなかったため、代表産駒を
残すことは出来ませんでした。
記録によりますと
1994年3月20日に用途変更となり
用途変更後は消息不明となっています。
現在ならワカテンザンも何処かでゆっくり
余生を送れたのではないかと思うと、
残念でなりません。
今週は京都競馬場で春のクラシックに
向けた伝統の第66回きさらぎ賞が
行われます。
エムズビギン、ゾロアストロ、ショウナン
ガルフ、コレオシークエンスに注目して
います。
今週も全人馬の無事を祈りながら
レースを観ます。
昨日、中山競馬場で行われました春の
大舞台につながる伝統の第67回
アメリカジョッキークラブカップは道中、
好位を進んだ3番人気のショウヘイが
直線で鋭く抜け出し、2着に1馬身半差を
つけて優勝を飾りました。
2着には直線で追い込んで来た
1番人気のドゥラドーレスが入り、3着には
14番人気のエヒトが入りました。

そして先週、また2頭の名馬が天国に
旅立って行ってしまいました。
1月19日に無傷の4連勝で2004年の
桜花賞、2006年の第1回ヴィクトリア
マイル等、GⅠ・2勝の他、米国の
キャッシュコールマイル招待ステークスに
優勝し、2004年最優秀3歳牝馬、
2006年最優秀4歳以上牝馬にも
選出されたダンスインザムードが繋養先の
北海道千歳市の社台ファームで25年の
生涯に幕を下ろしました。

そして1月20日には2004年皐月賞
2006年天皇賞や安田記念、マイル
チャンピオンシップ等に優勝してGⅠ5勝を
挙げ、種牡馬としても大活躍した
ダイワメジャーが25年の生涯に幕を下ろし
天国へと旅立ってしまいました。

つい最近まで現役で走っていたような
気がしましたが、2頭とも、もう25歳に
なっていたとは・・・。
時が経つのは早いものです。
どうか天国でゆっくり休んで下さい。
本当にお疲れさまでした。
今週は、舞台を東京競馬場に移して
フェブラリーステークスの前哨戦、
節目となる第40回根岸ステークスが
行われます。
根岸ステークスは1987年に旧馬齢4歳
以上の馬によるダートの重賞競走として
創設されました。
競走名の「根岸」の由来は、横浜市中区の
地名で江戸末期に日本初の近代競馬場
である根岸競馬場(後に横浜競馬場)が
設置され、現在の天皇賞や皐月賞等の
GⅠレースを1942年まで行っていました。
現在、跡地は根岸森林公園・根岸競馬
記念公苑になっていて、今は1等馬見所
のみが残っており、老朽化が進んでいる
ものの、その圧倒的な存在感は今でも
古の競馬ロマンを現在に伝えています。
ぜひこうした競馬の歴史上で貴重な建物は
きちんと整備を行った上で残して頂き、
後世に伝えていって欲しいと思って
いましたが、2025年(令和7年)1月22日
横浜市都市整備局都市デザイン室は、
一等馬見所について、「旧根岸競馬場
一等馬見所」の名称で横浜市認定歴史的
建造物に認定したことを発表し、今後は
耐震などの改修工事を行った上で、竣工
100周年を迎える2029年(令和11年)を
目処に一般開放を目指す方針としている
とのことで、本当に楽しみです。
また1977年10月に旧根岸(横浜)競馬場
跡地を利用して開苑した根岸競馬記念
公苑および馬の博物館は、建物・設備等の
老朽化に伴う整備工事を行うため、
2024年12月27日をもって休苑となって
おり、再開苑は2029年を予定とのこと
なので、再開苑を待ちたいと思います。



今週は、東京競馬場でダートの重賞競走
節目となる第40回根岸ステークスが
行われます。
インユアパレス、ウェイワードアクト
ダノンフィーゴ、ビダーヤに注目しています。
今週も全人馬の無事を祈りながら
レースを観ます。
昨日、京都競馬場で行われました伝統の
ハンデ重賞第73回日経新春杯は道中
2番手を追走した1番人気のゲルチュ
タールが逃げ粘るファミリータイムとの
直線での激しい叩き合いを制して
重賞初V勝利を飾りました。
2着には逃げ粘った11番人気のファミリー
タイム、3着には9番人気のリビアングラスが
入りました。

そして今年もレース直前に実況アナからの
「あれからまもなく半世紀、今年も全馬
無事の願いを込めて」との言葉に、そして
レース後のフジテレビの佐野アナからの
「今年も全馬が無事に完走した日経
新春杯です」との言葉に、テンポイントを
思い出しながら、今年も涙が溢れました。
今週は、中山競馬場で今年の古馬戦線を
占う上でも重要なレース第67回アメリカ
ジョッキーカップ(AJCC)が行われます。
アメリカジョッキークラブカップは1960年
に日米友好の一環としてニューヨーク
ジョッキークラブから優勝杯の贈呈を受け
創設されました。
最近ではレース名をAJCCやアメリカJCC
と表記していますが、昭和期ではAJC杯の
略称が一般的でした。
そして西の日経新春杯と並んで現在の
大阪杯や天皇賞(春)に向けて実力ある
古馬の精鋭達が参戦するレースでも
あります。
思い出の馬は、これからという時に短い
生涯を終えてしまったブルスイショーです。
ブルスイショーの父は五冠を制し、日本の
競馬史上最強馬、神馬とも言われている
日本を代表する名馬シンザンで、代表
産駒には二冠馬ミホシンザン、菊花賞馬
ミナガワマンナや超音速スガノホマレ、
快速馬シルバーランド、シングン
ハシコトブキ、シンザンミサキ、キャプテン
ナムラ等、挙げれば切りがない程、内国産
種牡馬不遇の時代にあって、数多くの重賞
勝ち馬をこの世に送り出した不世出の
名馬です。
ブルスイショーは、クラシックへの出走は
叶いませんでしたが同期には競馬ブームの
立役者で昭和48年の顔にも選ばれた
怪物ハイセイコーやダービー馬タケホープ
天皇賞馬カミノテシオやイチフジイサミ
ホウシュウエイト、ディクタボーイ、ユウシオ
ヤマブキオー、ホワイトフォンテン、
ヌアージターフ、サンポウ、クリオンワード
スピードリッチなどの重賞勝ち馬がいます。
ブルスイショーは旧馬齢3歳秋の東京で
デビューし、初戦の新馬戦は4着に敗れた
ものの、2戦目の新馬戦で初勝利を
挙げると、続く条件戦を快勝し2勝目を
挙げ、次の条件特別戦でも2着に入るなど
素質の高さを示しました。
年が明けて4歳になったブルスイショーは
条件特別戦で3勝目を目指しましたが
カネイコマの10着に敗れ、その後も
脚部不安のため、出走取り消し等が
あったため、クラシックへの出走は
叶いませんでした。
しかし、その後、条件特別戦を連勝した
ブルスイショーは当時、残念ダービーとも
言われた日本短波賞に挑みましたが
ダービー2着だったイチフジイサミの前に
8着に終わりました。
夏は函館に遠征し、函館記念で4着に
敗れた後、東京に戻りハンデ戦の格上の
レースとなるオールカマーに挑みました。
このレースには秋の天皇賞を目指す
ハクホオショウやオンワードガイ、
ストロングエイト、ラファールなどの
一線級の有力馬が出走。
1番人気はハンデ61キロのハクホオショウ
2番人気はハンデ59キロのオンワードガイで
実績の無いブルスイショーは50キロの
軽量ハンデとなり、9頭中の7番人気での
出走となりました。
レースはラファールが逃げ、ストロング
エイトが先行し、ハクホオショウ、オンワード
ガイは中団、ブルスイショーは後方からの
競馬となりました。
第3コーナーで一気にブルスイショーが
先頭集団に取り付き、ハクホオショウ
オンワードガイも差を詰めて直線の勝負へ。
直線に入って軽ハンデのブルスイショーが
先頭に立ち、外から重量ハンデを背負った
ハクホオショウとオンワードガイが猛然と
追い込み、ゴール前で粘るブルスイショー
をハクホオショウがクビ差交わして優勝を
飾りました。
2着に敗れたものの直線で一度は先頭に
立ち、2着に健闘したブルスイショーは
一線級を相手でも通用することを
証明しました。

オールカマーでの成績を裏付けるように
続いてブルスイショーは、当時は残念
菊花賞とも言われ行われていた、今は
無きカブトヤマ記念に参戦しました。
このレースには東京4歳Sの勝ち馬
スピードリッチ、後の重賞勝ち馬サンポウや
ヤマブキオーの他、ストロングエイトの弟
ストロングナイン、タケデンパワー
ロイヤルスプリンタなどが出走。
セントライト記念で3着に好走した
キクカギョクリュウが1番人気に支持され
ブルスイショーは2番人気での出走と
なりました。
レースはオンワードバリーがハナを奪って
逃げ、その後ろからストロングナイン、ベル
ロイヤルが続き、スピードリッチ、サンポウ
ヤマブキオーは中団、ブルスイショーは
後方から、最後方はキクカギョクリュウ
という展開になりました。
第4コーナーでは14頭が一団となる中
逃げたオンワードバリーが先頭で
直線の勝負へ。
オンワードバリーが逃げ粘る中、外から
ブルスイショーとサンポウが鋭く伸びて
追い込み、直線半ばでブルスイショーが
先頭に立つと、最後は追い込んで来た
サンポウを振り切って優勝を飾り、念願の
重賞初制覇を果たしました。

ついに本格化したブルスイショーは重賞
初制覇の勢いのまま、当時は中距離系
重賞の暮れの大一番と言われ、行われて
いた今は無きクモハタ記念に参戦しました。
このレースには、このレースを最後に
引退する天皇賞馬の古豪メジロムサシや
オープン大将と言われたコーヨー、
セントライト記念を制したヌアージターフ
後の重賞勝ち馬で白い逃亡者と言われた
ホワイトフォンテンなどが出走。
今までの功績を称えるファンからの最後の
支持を受けたメジロムサシが1番人気に
推され、ブルスイショーは3番人気での
出走となりました。
レースは、やはりオンワードバリーが
ハナを奪って逃げ、2番手にストロング
ナインが続き、メジロムサシ、ホワイト
フォンテン、ヌアージターフは中団から
その後ろからブルスイショーとコーヨーが
続くという展開になりました。
第3コーナーでホワイトフォンテンと
ブルスイショーが仕掛けて差を詰め
第4コーナーでは外からコーヨーが勝負に
出て上がってくる中、ホワイトフォンテンが
オンワードバリーを交わして先頭に立って
直線の勝負へ。
直線に入ってホワイトフォンテンが
失速すると、今度はブルスイショーが
鋭く伸びて一気に先頭に立ち、馬場の
真ん中からコーヨーも伸びて来ましたが
ブルスイショーがコーヨーに4馬身差を
つけて圧勝。
重賞2連勝を飾りました。

因みにこのレースを最後に引退する
古豪メジロムサシは6着に敗れたものの
彼の今までの功績を称えるように
引き上げて来たメジロムサシに対し
場内からは温かい拍手が送られました。
年が明けて古馬になったブルスイショーは
古馬初戦として金杯(東)に1番人気に
推されて出走しましたが、連戦の疲れが
出たのか7着に敗退してしまいました。
その後ブルスイショーは、この年の古馬
戦線を占う上で重要なレースとなる
AJC杯に参戦しました。
このレースには有馬記念でタニノチカラと
お互いに牽制し合って仕掛けが遅れ、
3着に敗れた怪物ハイセイコーをはじめ
ダービーと菊花賞を制したタケホープ、
牝馬クラシック二冠を制し、有馬記念では
華麗な逃げを展開し、2着に粘った
ニットウチドリ、天皇賞馬ベルワイド、
逃げる精密機械トーヨーアサヒやイチフジ
イサミ、ヌアージターフ、雨女ラファール等
蒼々たるメンバーが顔を揃えました。
1番人気は有馬記念の雪辱を晴らすことを
期待されたハイセイコーでブルスイショーは
4番人気での出走となりました。
レースは大方の予想どおり、トーヨーアサヒ
の逃げで始まり、2番手にニットウチドリ
ハイセイコーは3番手を進み、その後から
ヌアージターフ、ベルワイド、イチフジイサミ
が続き、ブルスイショー、タケホープは
後方からの競馬となりました。
第3コーナーで早くもハイセイコーが仕掛け
トーヨーアサヒを交わしにかかろうとすると
ニットウチドリも負けじとトーヨーアサヒを
交わして先頭に立ち、一気にペースが
上がり、ハイセイコーとニットウチドリが
競り合う形で直線の勝負へ。
直線に入ってハイセイコーが先頭に立ち
このまま押し切ろうとしましたが、
このハイセイコーの早い仕掛けが、まさに
ニューサントを追って早めに先頭に立ち、
直線で伸びを欠いてタケホープに差され
敗れたダービーを再現するかのように、
ダービーと同じように直線で一旦先頭に
立ったハイセイコーでしたが、すぐに失速し
代わりに今度は馬場の真ん中から鋭く
伸びてきたヌアージターフが先頭に立つと
今度は外からタケホープとブルスイショー
の2頭が猛然と追い込みタケホープが
一気に交わして先頭に立ち、大外から
猛然と追い込んで来たブルスイショーを
おさえて優勝を飾りました。
ハイセイコーは9着に大敗し、初めて
掲示板を外してしまいました。
タケホープを追い詰めて2着に入った
ブルスイショーは高く評価され、今後の
活躍が大いに期待されました。

その後、春の天皇賞を目指し、目黒記念に
出走するために調整を行っていた
ブルスイショーに起こってはいけない
まさかの悲劇が襲いかかりました。
目黒記念を3日後に控えた最終追い切りの
1974年2月14日、向こう正面を疾駆して
いたブルスイショーの左脚に突然異常が
発生し、鞍上の蛯名騎手があわてて馬を
止め、診療所に運びましたが、診断の
結果は左下腿骨哆開骨折で予後不良との
診断が下され、安楽死の処置が施され
ブルスイショーは、あっという間に天国に
走って行ってしまいました。
ブルスイショーの安楽死の情報は、当時
私は競走馬が大好きで競馬を見ていると
知っていた塾の先生から聞き、大変
ショックを受けたのを今でも覚えています。
春の天皇賞での活躍を大いに期待され
これからという時にブルスイショーは
わずか4年間の短い生涯を閉じてしまった
ことは、本当に残念でなりません。
今週は中山競馬場で第67回アメリカ
ジョッキークラブカップが行われます。
ジョバンニ、ショウヘイ、ディマイザキッド
マテンロウレオに注目しています。
今週も全人馬の無事を祈りながら
レースを観ます。

