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昨日、東京競馬場で行われました今年
初のG1競走第43回フェブラリー
ステークスは、今回は出遅れることなく
道中好位を進んだ2番人気のコスタノヴァ
が直線で鮮やかに抜け出して優勝を飾り
G1昇格後3頭目となる連覇を達成しました。
2着には3番人気のウィルソンテソーロが
入り、1番人気のダブルハートボンドは
3着に終わりました。

また、発馬で腰を落として立ち遅れて
最後方からの競馬となり、最後は8着まで
押し上げてゴールしたラムジェットが
ゴール通過後に騎手が下馬したため、
その後の経過が心配されましたが、
佐々木調教師より「右トモだけど大丈夫」
とのコメントがあり、大事に至ることなく
無事で本当に良かったです。
今週は、中山競馬場で記念すべき
第100回伝統の中山記念が行われます。
中山記念は1933年に創設された中山
5歳馬特別競走を前身として1936年に
創設されました。
春の古馬GⅠレースを目指す古馬達
による伝統のレースとして定着しており
歴代の優勝馬には名立たる名馬達の
名前が連なっています。
そして2017年からは優勝馬に対し
GⅠ競走の大阪杯への優先出走権が
付与されています。
思い出のレースは、名門高松厩舎の
ジンデンが優勝した昭和48年第47回
中山記念です。
ジンデンの父は短距離系種牡馬ラティフィ
ケイションで代表産駒には阪神大賞典に
優勝したスインホウシュウやハーバー
ローヤル、マルブツシックスなどいます。
ジンデンは昭和46年のクラシック組で
同期には疾風の差し足と言われた二冠馬
ヒカルイマイ、天皇賞馬ベルワイド、
菊花賞馬ニホンピロムーテーやヤシマ
ライデン、オンワードガイ、メジロゲッコウ
ロングワン、カツタイコウ、フィドール、
ゼンマツ、ハスラー、エリモカップ、コーヨー
などの重賞勝ち馬がいます。
ジンデンは、当時私が応援していた高松
厩舎に所属し、旧馬齢3歳12月の中山で
デビューし、新馬・特別を連勝してエリート
路線に乗り、クラシックに名乗りを
挙げました。
しかし、年が明けて4歳になったジンデンは
東京4歳ステークスに参戦するも7着に
敗れ、その後、脚部不安を発症してしまい
春のクラシックに出走することは
出来ませんでした。
秋に復帰したジンデンでしたが、なかなか
成績が振るわず、セントライト記念でも
12頭中の11着に大敗し、菊花賞への
出走も断念しました。
しかし、その後ようやく体調が戻ったのか
条件戦、条件特別を連勝し、続くオープン
競走でもオンワードガイやオオクラ、
タケブエなどをやぶって3連勝を飾り、
一気にオープン入りを果たしました。
年が明けて古馬になったジンデンは
中山記念10着、東京新聞杯7着と全く
振るいませんでしたが、京王杯SHで
2着、夏の函館の巴賞で2着に入るなど
健闘したものの、結局この年、5戦するも
1勝も挙げることは出来ませんでした。
年が明けて6歳になったジンデンは
年明け初戦の条件特別を快勝し、続いて
AJC杯に挑みましたが、距離が
合わなかったのか、オンワードガイの前に
しんがりの9着に大敗しました。
そして、次にジンデンは、昨年10着に
惨敗した中山記念に参戦しました。
このレースには、超音速スガノホマレ
ヒンドスタン最後の傑作ハクホオショウ
逃げる精密機械トーヨーアサヒ、オープン
大将コーヨーやタケデンバード、イナボレス
クリイワイ、タクマオー、スイノオーザ
古豪アカツキテルなどの個性あふれる
重賞勝ち馬達が顔を揃えました。
1番人気はスガノホマレ、2番人気に
ハクホオショウでジンデンは14頭中の
5番人気での出走となりました。
レースはトーヨーアサヒがいつものように
逃げ、その後ろから差がなくコーヨー、
タクマオーが続き、ジンデンは4番手
スガノホマレ、アカツキテル、クリイワイは
中団から、ハクホオショウは後方からの
競馬となりました。
第3コーナーから第4コーナーにかけて
スガノホマレとハクホオショウが仕掛けて
上がっていき、各馬一団となって差をつめ
トーヨーアサヒが先頭で直線の勝負へ。
直線に入ってトーヨーアサヒを交わして
今度はコーヨーが先頭に立つと、馬場の
真ん中からスガノホマレが追い込み、
ハクホオショウ、クリイワイが伸びを欠く中
最内からジンデンが鋭い伸び脚を見せて
一気にコーヨーを交わして先頭に立ち、
コーヨーに1馬身1/4差をつけて優勝。
念願の初重賞制覇を果たしました。

鋭い伸び脚での勝利で、この年での活躍が
期待されたジンデンでしたが、この勝利が
ジンデンにとっての最後の勝利で最後の
レースとなってしまいました。
記録によりますと
1973年に引退とだけあって、ジンデンは
何が原因で引退となったのか、引退後、
ジンデンは、どうなったのかについての
記録が無いのが残念です。
今週は、中山競馬場で記念すべき
第100回伝統の中山記念が行われます。
エコロヴァルツ、カラマティアノス
レーベンスティール、チェルヴィニアに
注目しています。
今週も全人馬の無事を祈りながら
レースを観ます。
昨日、東京競馬場で行われました
クラシックの前哨戦、節目となる伝統の
第60回共同通信杯トキノミノル記念は
道中2番手を進んだ2番人気のリアライズ
シリウスが直線で抜け出して先頭に立ち、
追い込んで来たベレシートをアタマ差
おさえて勝利し、重賞2勝目を飾りました。
2着には豪脚を繰り出して追い込んで来た
4番人気のベレシート、3着には3番人気の
ロブチェンが入り、1番人気に推された
ラヴェニューは4着に敗れました。

また昨日、サウジアラビアのキング
アブドゥルアジーズ競馬場で行われました
第7回サウジカップは直線で内から伸びた
昨年の年度代表馬に日本のフォーエバー
ヤングが必死に追い込んで来たナイソスに
1馬身差をつけ、レース史上初の連覇
という偉業を達成しました。
関係者の皆様、本当におめでとう
ございます!

今週は、東京競馬場で今年初のGⅠ競走
第43回フェブラリーステークスが
行われます。
フェブラリーステークスはJRAが施行する
ダート重賞競走では、最も古い歴史を持つ
競走で、1984年に前身となるフェブラリー
ハンデキャップ競走として創設されました。
1994年にはGⅡ昇格し、それと共に
名称もフェブラリーステークスに改称され
ました。
その後、中央競馬と地方競馬の交流
競走が拡大される中で1997年には中央
競馬のダート重賞競走として初めて
GⅠ競走に格付けされ、国内の上半期の
ダート最強馬決定戦として位置付けられて
います。
思い出のレースはダート戦で躍動した
ハツノアモイが優勝した昭和61年
第3回フェブラリーステークスです。
ハツノアモイの父は、万能系種牡馬
サンシーで代表産駒には桜花賞、
エリザベス女王杯に優勝したハギノ
トップレディやサンシードール、トウショウ
サミット、キリサンシー、ニッポースワロー
などの重賞勝ち馬がいます。
ハツノアモイは昭和59年のクラシック組で
同期には三冠馬で皇帝シンボリルドルフ
ビゼンニシキ、スズパレード、スズマッハ
ニシノライデンなどがいます。
ハツノアモイは旧馬齢3歳秋の中山で
デビューし、初戦の新馬戦は2着に敗れ
ましたが、2戦目の新馬戦を快勝。
その後、条件特別に出走するも、当時
関東ではシンボリルドルフ、ビゼンニシキ
ハーディービジョンの関東3強馬が
いたため、善戦するも勝てず、その後
朝日杯3歳ステークスに果敢に挑むも
ハーディービジョンの2着に惜敗しました。
年が明けて4歳になったハツノアモイは
京成杯に挑戦しました。
このレースには後の重賞勝ち馬ニッポー
スワローやホッカイペガサスも出走し、
ハツノアモイは1番人気に推されました。
レースはニッポースワローが2番手から
先頭に立って逃げる中、ハツノアモイは
後方からの競馬となりました。
ニッポースワローが軽快に逃げる中
ハツノアモイも第4コーナーで仕掛けて
上がって行き、ニッポースワローが先頭で
直線の勝負へ。
直線に入って逃げ込みを図るニッポー
スワローをハツノアモイが馬場の中央から
豪快に追い込んでニッポースワローを
交わし、1馬身差をつけて優勝。
重賞初制覇を果たすと共にクラシックに
向けて乗りを挙げました。

しかし、この年のクラシック戦線は
ハーディービジョンが戦線を離脱した
ものの、シンボリルドルフとビゼンニシキの
実力が群を抜いており、ハツノアモイも
クラシックを目指したものの、弥生賞5着、
NHK杯はしんがりの9着、そしてダービー
では21頭中の16着に大敗してしまい
ました。
その後、ハツノアモイは休養に入り、
暮れの特別競走で復帰したものの、またも
しんがりの16着に大敗してしまいました。
年が明けて4歳になったハツノアモイは
重賞競走に出走するも大敗が続き、
この年、重賞や特別競走に14回も出走
したものの、札幌記念5着、函館記念
5着、ダートの特別競走での2着が
4回というのが精一杯で、結局1勝も
出来ずに終わりました。
年が明けて6歳になったハツノアモイは
初戦の特別競走に勝利し、久しぶりに
3勝目を挙げると、2年前にダートの重賞
競走として創設された当時の名称
フェブラリーハンデキャップに参戦しました。
このレースには第1回の優勝馬ロバリア
アモン、トップハンデ62キロを背負う第2回
優勝馬アンドレアモン、スプリンターズ
ステークスを制したマルタカストーム、
重賞勝ち馬チェリーフットやドウカンテスコ
トチノニシキ、スーパーグラサードなどの
後の重賞勝ち馬が出走し、ハツノアモイが
1番人気に支持されました。
レースはスタートしてヨシカツイッセイ、
エアハート、マルタカストームの先行争いで
始まり、その後ろからスーパーグラサード
ドウカンテスコが続き、ハツノアモイは
7番手から、アンドレアモン、トチノニシキは
中団から進み、ロバリアアモンとチェリー
フットは後方からという展開になりました。
第3コーナーでエアハートが先頭に立つと
スーパーグラサード、トチノニシキ、ドウカン
テスコが仕掛け、ハツノアモイも差を詰めて
直線の勝負へ。
直線に入ってマルタカストームが先頭に
立つと、内からスーパーグラサード、外から
トチノニシキ、ドウカンテスコ、更に後方から
アンドレアモン、チェリーフット、ハツノ
アモイが追い込んで来て大混戦となり、
5、6頭がまとめてゴール板を過ぎるという
大接戦の中、最後に鋭く伸びて差し切った
ハツノアモイがハナ差で優勝を飾り、
2つ目の重賞制覇となりました。

しかし、この見事な勝利がハツノアモイに
とっての最後の勝利となってしまいました。
続く中山記念での5着後に脚部不安で
長期休養に入ったハツノアモイは1年
3ヶ月後に復帰し3戦したものの、いずれも
惨敗を喫してしまい、根岸ステークスでの
13頭中10着を最後に地方の岩手競馬に
転籍しました。
記録によりますと、地方では10歳まで
7戦したものの、未勝利に終わり
1990年に引退。
引退後、ハツノアモイは種牡馬となった
ものの、産駒はわずかしか残せず、
1994年に13歳で亡くなったとのことです。
今週は東京競馬場で今年初のGⅠ競走
第43回フェブラリーステークスが
行われます。
ダブルハートボンド、ロードクロンヌ
ラムジェット、ウィルソンテソーロに
注目しています。
今週も全人馬の無事を祈りながら
レースを観ます。
本日、積雪のためスライドして京都
競馬場で行われました春のクラシックに
向けた第66回きさらぎ賞は、道中、中団を
進んだ1番人気のゾロアストロが最後の
直線で内をついて鋭く伸びて混戦から
アタマ差抜け出し、重賞初制覇を飾り
ました。
2着には2番人気のエムズビキン、3着には
4番人気のラフターラインズが入りました。

今週は、東京競馬場でクラシックの前哨戦
節目となる伝統の第60回共同通信杯
トキノミノル記念が行われます。
共同通信杯は1967年に創設された
4歳(現3歳)馬限定の重賞競走
東京4歳ステークスが前身で1969年より
トキノミノル記念の副称がつけられました。
副称となっているトキノミノルは1951年の
皐月賞、東京優駿(日本ダービー)優勝馬
で生涯戦績10戦10勝(内レコード7回)を
記録し、無敗のままクラシック二冠を制した
名馬でした。
しかし、日本ダービー優勝からわずか
17日後に破傷風で死亡してしまったため
その後、トキノミノルはダービーに勝つ
ために、この世に生まれて来た幻の馬
として今でも語り継がれています。

東京4歳ステークスは1983年より
共同通信杯4歳ステークスに改称された後
2001年より現在の名称となりました。
優勝馬からはゴールドシップ、イスラ
ボニータ、ディーマジェスティ、
エフフォーリア、ジャスティンミラノが
皐月賞を、カブラヤオー、サクラショウリ、
ミスターシービー、ダイナガリバー、
アイネスフウジンがダービーを制する等
春のクラシックに向けた重要な前哨戦
として位置づけられています。
思い出の馬はスーパーカーの異名をとった
マルゼンスキーに果敢に挑んだ国産馬の
ヒシスピードです。
ヒシスピードは外国産種牡馬優勢の時代に
あって、初代ヒシマサルからヒシマサヒデと
内国産父系を繋ぐ血統の三代目として
生まれました。
父ヒシマサヒデはキーストン・ダイコーター
時代に活躍し、安田記念やオールカマー
京王杯スプリングハンデに優勝しました。
祖父のヒシマサルは昭和30年代に
活躍した馬で、クラシックは取れなかった
ものの、安田記念、セントライト記念
毎日王冠、札幌記念、日本経済賞に
優勝しました。
ヒシスピードは旧馬齢3歳夏の札幌で
デビューし、初戦の新馬戦は失速して
大差の6着に敗れましたが、2戦目の
新馬戦ではうって変わって9馬身差を
つけて圧勝し、続く北海道3歳ステークス
でも新馬・特別戦を圧勝して来たソーウン
ムサシに6馬身差をつけレコードタイムで
優勝を飾るなど、圧倒的な強さを
見せました。
その後、秋の東京に戻り、オープン戦で
2着となった後、次の府中3歳ステークスで
前評判どおりに新馬・特別を圧倒的強さで
連勝して来た、この年の話題の評判馬
マルゼンスキーと対戦しました。
レースはマルゼンスキーがエンジンの
違いを見せつけるように楽に先行して逃げ
このレースも楽勝かと思いましたが、
相手をなめ過ぎたのか、それともちょっと
した油断があったのか、最後の直線では
内から鋭く伸びてきたヒシスピードに、
マルゼンスキーが交わされそうになり、
慌てたマルゼンスキーとヒシスピードの
2頭による激しいたたき合いになりましたが
最後はマルゼンスキーが何とかハナ差
ヒシスピードを退けて辛勝しました。
スーパーカー マルゼンスキーを負かす
ところまで追い詰めたヒシスピードは
2着に敗れはしたものの、後続馬に
10馬身差をつけたことで、高い評価を
受けました。

続いてヒシスピードは関東3歳チャンピオン
決定戦 朝日杯3歳ステークスに駒を
進めると、マルゼンスキーも参戦を表明し
ヒシスピードとマルゼンスキー両馬による
2度目の対決に注目が集まりました。
マルゼンスキーは圧倒的な1番人気に
推され、ヒシスピードは2番人気での
出走となりました。
レースは前回の轍は踏まないと言わん
ばかりにマルゼンスキーが気合を入れて
積極的に逃げ、ヒシスピードが追走する
展開となりました。
第3コーナーではヒシスピード以外の
出走馬達は既にスピードについて行けず
どんどん置いていかれ、ヒシスピードも
必死で差をつめて直線の勝負へ。
直線に入って更に差を広げたマルゼン
スキーは大差をつけてレコードタイムで
圧勝。
ヒシスピードは、またしても2着に敗れは
しましたが、関東のクラシック候補として
堂々と名乗りを挙げました。

年が明けて4歳になったヒシスピードは
京成杯に参戦。
このレースには後のダービー馬ラッキー
ルーラや後の菊花賞馬プレストウコウも
出走しましたが、1番人気に推された
ヒシスピードが、やはりここでは役者が
違うと言わんばかりに持ち前のスピードを
活かし、ラッキールーラとプレストウコウを
おさえて優勝を飾り、念願の重賞初制覇を
果たしました。

続く東京4歳ステークスでも、1番人気に
推されたヒシスピードは、再びラッキー
ルーラやプレストウコウをおさえて優勝を
飾り、2つ目の重賞を獲得すると共に
クラシックの有力候補に躍り出ました。

しかし、次のスプリングステークスでは
1番人気に推されたものの、不良馬場が
災いしたのか、前走で圧勝している
ヨシノリュウジンの3着に敗れてしまい
ました。
そして迎えた春のクラシック皐月賞
ヒシスピードは1番人気に推されました。
レースはラッキールーラが逃げる中
道中、中団につけていたヒシスピードは
第3コーナーから4コーナーで仕掛け
2番手に上がって直線に向き、一時は
先頭に出る勢いで見せ場は作りましたが
最後は距離の疑問か、伸びきれず7着に
終わりました。
そして続くダービーでヒシスピードは
皐月賞7着と距離への不安、更に大外
27番枠からのスタートということもあって
28頭中10番人気という人気を落としての
出走となりました。
レースは大外からスタートしたラッキー
ルーラとヒシスピードが内に切り込んで
先行し、 ラッキールーラが逃げる中、
道中2、3番手を進んだヒシスピードは
第4コーナーで仕掛け、先頭集団で直線に
向かうなど、ダービーでも大いに見せ場を
作りましたが、やはり距離の疑問か、
最後の直線で伸びを欠いて13着に
大敗してしまいました。
その後、ヒシスピードはデビュー地の
札幌に遠征し、得意な距離のオープン
競走に出走すると、メルシーシャダイに
5馬身差をつけて圧勝。
そして次に電撃6ハロンの短距離Sに
参戦すると、マルゼンスキーも出走する
こととなり、両馬は3度目の対決をする
ことになりました。
このレースは古豪ヤマブキオーも参戦し
各馬がマルゼンスキーを避けて5頭立て
という淋しいレースとなりましたが、ヒシ
スピード、ヤマブキオー対マルゼンスキー
という対決に重賞レースではありません
でしたが、競馬ファンは大いに盛り上がり
ました。
レースはマルゼンスキーに一矢を
報いようとヨシオカザンが果敢にマルゼン
スキーをおさえて先頭に立って逃げ、
ヒシスピードは3番手、ヤマブキオーは
4番手という展開で進みました。
第3コーナー過ぎではマルゼンスキーが
ヨシオカザンを交わして先頭に立つと
ヒシスピードも2番手に上がって必死に
追走しましたが、直線に入るとマルゼン
スキーが後続馬を引き離して独走態勢と
なり、10馬身差をつけて圧勝。
ヒシスピードも何とかヤマブキオーを
おさえて2着を確保しました。

その後、函館で1番人気に推されたものの
オープン戦で6頭中5着に敗れてしまった
ヒシスピードは脚部不安を起こして休養に
入り、その後、再び競馬場に姿を見せる
ことはありませんでした。
引退後、1950年代に活躍した種牡馬
ライジングフレームの最後の後継馬として
期待されて種牡馬になったヒシスピードは
地方競馬で勝ち馬は出したものの、代表
産駒を輩出することは出来ませんでした。
記録と情報によりますと
ヒシスピードは1985年に種牡馬を引退し
引退後は茨城県の牧場で功労馬として
余生を送っていましたが、2004年1月2日
29歳で天寿を全うし天国に旅立ったとの
ことです。
マルゼンスキーとの3度に渡る死闘は
いずれも2着に敗れはしましたが、あの
スーパーカーと呼ばれ、日本競馬史上
最強馬とも言われるマルゼンスキーに
逃げずに果敢に挑んだヒシスピードの姿は
記憶に残る名馬として今でも語り継がれて
います。
何とか安田記念に優勝して、安田記念
親子3代制覇を成し遂げて欲しかったと
今でも思っています。
もし短距離やダート系のレース体系が
現在のように整備されていたならば、
ヒシスピードは、まだまだの活躍できたかと
思うと残念でなりません。
今週は東京競馬場で節目となる伝統の
第60回共同通信杯トキノミノル記念が
行われます。
ロブチェン、ラヴェニュー、リアライズ
シリウス、ディバインウインドに
注目しています。
全馬の無事を祈ってレースを見ます。

