ハイセイコーのブログ -5ページ目
昨日、京都競馬場で行われました
節目となる伝統の第50回エリザベス
女王杯は1番人気のレガレイラが最後の
直線で力強く豪快に差し切って、格の違いを
見せて優勝。
オールカマーに続く重賞2連勝を飾りました。
2着には4番人気のパラディレーヌ、
3着には9番人気のライラックが入りました。

今週は、京都競馬場で第42回マイル
チャンピオンシップが行われます。
日本競馬は長年にわたり強い馬づくりを
目指すため、長距離の競走を重要視して
行って来ました。
しかし、世界競馬において、スピード
能力も重要視されるようになって来たこと
を受け、日本中央競馬会は1984年に
競走体系の全面的な見直しを行い、
短距離競走の充実を図る目的でマイル
チャンピオンシップ競走を創設しました。
現在、春に行われる安田記念と共に
秋に行われるマイル王決定戦という
位置づけで行われています。
思い出の馬は笑いながら走る馬の異名を
とり、第8回、9回のマイルチャンピオン
シップを連覇したダイタクヘリオスです。
ダイタクヘリオスの父は春のクラシックで
皇帝シンボリルドルフと死闘を演じた
ビゼンニシキで代表産駒にはハシノケン
シロウやリターンエースの重賞勝ち馬や
地方での重賞勝ち馬がいます。
ダイタクヘリオスは平成2年のクラシック組
で同期にはダービー馬アイネスフウジン
皐月賞馬ハクタイセイ、菊花賞馬メジロ
マックイーン、宝塚記念を制したメジロ
ライアン、天皇賞馬レッツゴーターキンや
ホワイトストーン、アズマイースト、メルシー
アトラ、オースミロッチ等の重賞勝ち馬が
います。
ダイタクヘリオスは旧馬齢3歳秋の京都の
新馬戦でデビューし、1、2戦とも後の重賞
勝ち馬オースミロッチ、ニチドウサンダーの
前に3着、2着と敗れるも、連闘で挑んだ
3戦目の新馬戦で初勝利を挙げました。
続く格上の挑戦となったデイリー杯3歳
ステークスでも4着に健闘し、次の条件
特別戦で勝って2勝目を挙げると、何と
連闘で当時の阪神3歳ステークスに参戦。
ゴール前でアタマ差交わされ、2着に
敗れるも実力のあるところを見せました。
年が明けて4歳になったダイタクヘリオスは
シンザン記念からスタートしましたが、
惜しくも2着に敗れ、続くきさらぎ賞に
挑むも6着に終わりました。
それでもクラシックに挑戦すべく東上し、
皐月賞トライアルスプリングステークスに
果敢に挑戦するも11着に大敗。
この敗戦によりクラシックへの出走を断念
したダイタクヘリオス陣営は短距離路線に
舵を切り、以後その路線を歩むことに
なりました。
ダイタクヘリオス陣営の思惑どおり再び
東上して挑んだ1200mのクリスタル
カップでは、直線で抜け出して圧勝。
重賞初勝利を挙げると共に父ビゼン
ニシキにとっても、産駒での初めての
重賞タイトル獲得となりました。
続いてオープン特別では斤量59キロを
背負い2着に入るも繰り上げ勝利となって
4勝目を挙げると、続くニュージーランド
トロフィー4歳ステークスでは1番人気に
推されたものの2着に敗れてしまいました。
その後、夏を休養したダイタクヘリオスは
調整が遅れる中で、秋緒戦マイル
チャンピオンシップで復帰しましたが
17着に大敗。
続くオープン特別で4着後、スプリンターズ
ステークスに挑むもバンブーメモリーの
日本レコードを更新するタイムでの
優勝の前に5着に終わりました。
年が明け古馬になったダイタクヘリオスは
オープン特別を4着後、この年は中京
競馬場の1700mで行われたマイラーズ
カップに参戦。
口を割りながら道中4番手を進んだ
ダイタクヘリオスは第4コーナーで仕掛け
直線に入って内をついて一気に抜け出すと
後続馬との差を広げて独走となり、2着に
5馬身差をつけ、レコードタイムで圧勝。
重賞2勝目を挙げました。

しかし、その後出走したダービー卿
チャレンジトロフィーでは、当時あった
単枠指定となって1番人気になったものの
4着に終わり、続く京王杯スプリングカップ
でも6着に敗れてしまいました。
次にダイタクヘリオスは春のマイル王者
決定戦、安田記念に挑みました。
バンブーメモリー、ダイイチルビー、サクラ
ホクトオー、ナルシスノワール等、名うての
名マイラー達が参戦する中、10番人気
での出走となりました。
道中、中団を進んだダイタクヘリオスは
最後の直線に入って、外から鋭く伸びて
シンボリガルーダを交わして先頭に立ち、
このまま押し切って勝つかと思われ
ましたが、大外から猛然と追い込んで
来たダイイチルビーがゴール手前で
ダイタクヘリオスを差し切って優勝を飾り
ダイタクヘリオスは2着に惜敗しました。
しかし、敗れはしたものの、マイル戦線の
一線級相手でも十分通用することが立証
されたレースでもありました。

続くCBC賞で5着後、当時の高松宮杯に
駒を進めました。
このレースには安田記念で敗れたダイイチ
ルビーやヤマニングローバル、ホワイト
アロー等が参戦。
ダイタクヘリオスは8頭中の5番人気での
出走となりました。
レースはトーワルビーが逃げ、ダイタク
ヘリオスは2番手を追走、人気のダイイチ
ルビーは3番手からという展開となりました。
第4コーナーでトーワルビーを交わして
ダイタクヘリオスが先頭に立って
直線の勝負へ。
内をついたダイタクヘリオスが引き離しに
かかるところへ、安田記念を再現する
かのように、馬場の真ん中からダイイチ
ルビー猛然と追い込み、2頭が並んで
ゴール板を通過。
写真判定の結果、ハナ差でダイタク
ヘリオスがダイイチルビーをおさえて優勝。
安田記念とは正反対の着順となり、
ダイタクヘリオスは安田記念の雪辱を
果しました。

夏を休養したダイタクヘリオスは秋緒戦
毎日王冠に参戦。
レースはスタートしてハナを奪ったダイタク
ヘリオスが単騎で逃げる展開となり、
最後の直線でも逃げ込みを図りましたが
ゴール手前で後に天皇賞馬となる
プレクラスニーに半馬身交わされて
惜しくも2着に敗れました。
その後、ダイタクヘリオスはスワン
ステークスでの9着を経て、昨年の
借りを返すべく、秋のマイル王決定戦
マイルチャンピオンシップに挑みました。
このレースにはマイルのスペシャリスト
ダイイチルビー、バンブーメモリー
ケイエスミラクル、オサイチジョージ、
後の有馬記念を制するダイユウサクなどが
参戦。
1番人気はダイイチルビーでダイタク
ヘリオスは4番人気での出走となりました。
レースはカシワズパレス、パッシングルート
が先行し、ダイタクヘリオスは4番手を進み
バンブーメモリー、ダイユウサクは中団から
ダイイチルビーは後方からという展開に
なりました。
第3コーナーでダイタクヘリオスが
たまらんとばかりに先頭に並びかけ、
第4コーナーではバンブーメモリー、
ダイイチルビーも仕掛け、先頭との差を
詰めて直線の勝負へ。
第4コーナーで一気に先頭に立った
ダイタクヘリオスは直線に入って後続馬を
引き離しにかかり、内からバンブーメモリー
外からダイイチルビー、ダイユウサク、
ケイエスミラクルが必死に追い込んで
来ましたが、最後はダイタクヘリオスが
ダイイチルビーに2馬身半差をつけて圧勝。
ついに念願のGI初勝利を挙げました。

この勢いのまま、ダイタクヘリオスは距離
延長となる暮れの大一番有馬記念に挑み
果敢に先行し直線で粘って5着に入るなど
大健闘しました。
年が明けて6歳になったダイタクヘリオスは
昨年と同じようなローテーションを組み
連覇のかかるマイラーズカップから始動
しました。
このレースには、宿敵ダイイチルビーも
1番人気に支持されて参戦し、ダイタク
ヘリオスはトップ斤量60キロを背負い
ながら2番人気での出走となりました。
レースはミルフォードスルーがハイペース
で逃げる中、4番手を追走していた
ダイタクヘリオスは第3コーナーで仕掛け
第4コーナーで一気に捲くって先頭に
立って直線の勝負へ。
直線に入ってダイタクヘリオスはダイイチ
ルビーがいつもの伸びを欠く中、一気に
後続馬を引き離し、必死に追い込んで来た
シンホリスキーに最後は5馬身差をつけて
圧勝、マイラーズカップ連覇を果たしました。

しかし、その後は京王杯スプリングカップ
4着、安田記念6着、宝塚記念は5着に
敗れるなど、勝ちきれず休養に入りました。
秋に入りダイタクヘリオスは昨年惜しくも
2着に敗れた毎日王冠で復帰しました。
このレースにはナイスネイチャ、イクノ
ディクタス、スカーレットブーケやサクラ
ヤマトオーが参戦。
1番人気はナイスネイチャが推され、
ダイタクヘリオスは4番人気での出走と
なりました。
レースは、最内枠から好スタートを切った
ダイタクヘリオスがハナを奪って逃げ
その後ろからラッキーゲラン、イクノ
ディクタスが続き、ナイスネイチャ、
スカーレットブーケは中団、サクラ
ヤマトオーは後方からという展開に
なりました。
第4コーナーでナイスネイチャも仕掛けて
先頭集団との差を詰め、追い込み
体勢となる中、軽快な逃げを展開する
ダイタクヘリオスが先頭で直線の勝負へ。
直線に入って逃げ込みを図るダイタク
ヘリオスを外からイクノディクタスと
ナイスネイチャが必死に追い込みましたが
ダイタクヘリオスが2頭の追い上げを
振り切り、日本レコードタイムで優勝。
昨年の雪辱を果たしました。

続く天皇賞では伏兵レッツゴーターキンの
前に8着に敗れたダイタクヘリオスは昨年
初のG1勝利となったマイルチャンピオン
シップに連覇をかけて挑みました。
このレースには4連勝中の4歳牝馬
シンコウラブリイ、後の天皇賞馬ヤマニン
ゼファーやナイスネイチャ、イクノディクタス
ヌエボトウショウなどが出走。
1番人気はシンコウラブリイでダイタク
ヘリオスは2番人気での出走となりました。
レースは、激しい先行争いからイクノ
ディクタスが先手を奪って逃げ、ダイタク
ヘリオスは4番手、その後ろ方ヤマニン
ゼファーが続き、シンコウラブリイ、ナイス
ネイチャ、ヌエボトウショウは中団からの
競馬となりました。
第3コーナーから第4コーナーにかけて
仕掛けたダイタクヘリオスが先頭に立ち
これを追って、シンコウラブリイ、ナイス
ネイチャ、ヤマニンゼファーも差を詰めて
直線の勝負へ。
直線に入ってダイタクヘリオスが堂々と
先頭に立って後続馬を引き離しにかかると
シンコウラブリイ、ナイスネイチャが必死に
追い込んで来ましたが、ダイタクヘリオスが
シンコウラブリイに1馬身半差をつけ、
レコードタイムで圧勝。
G12勝目を挙げると共にニホンピロ
ウイナーに続く史上2頭目のマイル
チャンピオンシップ連覇を達成しました。

その後、今年で引退を表明したダイタク
ヘリオスは引退レースとしてスプリンターズ
ステークスに出走。
1番人気に推されましたが、4着に敗退。
しかし、最後にもう一度ダイタクヘリオスが
走っている姿を見たいという入院中の
オーナーからの強い希望により、急遽
連闘で有馬記念に出走しましたが、
12着に敗れ、この有馬記念がダイタク
ヘリオスにとっての最後のレースと
なりました。
そして翌年の1月31日に京都競馬場で
引退式が開催され、ダイタクヘリオスは
死闘を演じたターフに別れを告げました。
引退後、北海道門別種馬場で種牡馬に
なったダイタクヘリオスは内国産種牡馬
不遇の時代の中、代表産駒として
スプリンターズステークスに優勝し、最優秀
父内国産馬および最優秀短距離馬を
受賞したダイタクヤマトを輩出し、地方競馬
でも重賞勝ち馬を送り出すなど大健闘
したと思います。
私も牧場めぐりで何度か門別種馬場を
訪ね、ダイタクヘリオスやイナリワンに
会って、お疲れさまを言えたことは
今でも良い思い出として残っています。
記録によりますと
2003年からは青森県の牧場へ移動し、
2008年に受胎率の低下と高齢を理由に
種牡馬を引退しました。
その後、功労馬として余生を過ごしていた
ダイタクヘリオスは2008年12月12日
早朝、牧場の関係者によりますと朝放牧に
出そうとしていたところ、既に亡くなって
いたとのことです。
享年21歳でした。
今週は京都競馬場で秋のマイル王決定戦
第42回マイルチャンピオンシップが
行われます。
ジャンタルマンタル、ガイアフォース
アスコリピチェーノ、エルトンバローズに
注目しています。
今週も全人馬の無事を祈りながら
レースを観ます。
昨日、東京競馬場で行われました伝統の
ハンデ重賞第63回アルゼンチン共和国杯
は9番人気のミステリーウェイがスタート
してから果敢な逃げを展開し、4コーナーで
差を詰められるも、最後の直線でも再び
後続馬を引き離し、追い込んで来た
スティンガーグラスとディマイザキッドを
おさえ、逃げ切って重賞初勝利を挙げ
5年目の松本騎手もうれしい重賞初勝利と
なりました。
2着には追い込んで来た1番人気の
スティンガーグラス、3着には3番人気の
ディマイザキッドが入りました。

今週は、京都競馬場で節目となる伝統の
第50回エリザベス女王杯が行われます。
1975年にエリザベス女王が来日した
ことを記念して1976年にエリザベス
女王杯が創設され、1995年まで牝馬
クラシック3冠目という位置づけで4歳牝馬
限定競走として行われていました。
その後、1996年に牝馬競走体系の
見直しに伴い、競走条件が4歳牝馬から
4歳以上牝馬に変更され、施行距離も
芝2200mに短縮され、更にエリザベス
女王杯に代わる4歳牝馬三冠の最終戦
として新たに秋華賞が新設されたことに
伴い、エリザベス女王杯は牝馬クラシック
を歩んできた旧4歳牝馬と古馬牝馬による
日本一の女王を争うレースという位置づけ
になりました。
思い出の馬は、雷鳴轟く最後のサラ系
G1馬第9回優勝馬キョウワサンダーです。
キョウワサンダーの父は、産駒が全て芦毛
になるという特殊な遺伝構成を持つ
中距離系種牡馬ゼダーンで代表産駒には
中山大障害等に優勝した名障害馬
ヤマニンアピールやタニノスイセイ、
パッシングパワー等の重賞勝ち馬がいます。
また参考文献によりますとキョウワ
サンダーの5代母バウアーストツクは
豪州から輸入された繁殖牝馬なのですが
一説によると馬主が期限内に血統登録を
し忘れたため、血統登録がなされず、
バウアーストツクの子孫たちは純正の
サラブレッドとは認められないサラブレッド
系種として扱われることになってしまった
らしいとのこと。
更にバウアーストツクの牝系は菊花賞を
兄弟制覇したキタノオー・キタノオーザ兄弟
オークス馬アイテイオー、そしてサラ系
唯一の年度代表馬ヒカリデユールなどを
輩出した日本競馬史上に残る名牝系
でしたが、皆サラ系の烙印を押された
ことで繁殖としては不遇の扱いを受ける
ことになってしまいました。
キョウワサンダーもまた、そんなサラ系の
烙印の元に生まれた1頭でした。
キョウワサンダーはシンボリルドルフが
三冠馬に輝いた昭和59年組の牝馬
クラシック組で同期には桜花賞馬ダイアナ
ソロン、オークス馬トウカイローマンや
キクノペガサス、ロングレザー、ファイアー
ダンサーなどの重賞勝ち馬がいます。
キョウワサンダーは旧馬齢3歳秋の京都の
新馬戦でデビューしましたが8着に敗れ
その後5戦し、2着はあったものの、結局
3歳時に勝つことは出来ませんでした。
年が明け4歳になったキョウワサンダーは
13戦目でようやく未勝利戦で初勝利を
挙げました。
ようやく成績が安定して来たキョウワ
サンダーは条件戦を勝って2勝目を
挙げると、秋に入って格上となるサファイヤ
ステークスに挑戦しました。
このレースでキョウワサンダーは繰り
上げだったものの桜花賞馬ダイアナ
ソロンの2着に入り、オークス馬トウカイ
ローマンには先着しました。
続いてキョウワサンダーは条件戦で3着後
当時のエリザベス女王杯トライアルの
ローズステークスに参戦。
このレースにはダイアナソロン、トウカイ
ローマンも出走し、2頭とも敗れる中、
キョウワサンダーは8着に終わりました。
そして迎えた当時は牝馬クラシック最終戦
だったエリザベス女王杯にキョウワ
サンダーも何とか駒を進めることが
できました。
このレースには桜花賞馬ダイアナソロン
オークス馬トウカイローマン、トライアル
優勝馬ロングレザー、後の重賞勝ち馬
キクノペガサスやジムベルグ、ファイアー
ダンサー等が出走。
トライアル戦でダイアナソロンやトウカイ
ローマンが敗れたことで混沌となった
エリザベス女王杯でしたが。1番人気は
やはりダイアナソロンでキョウワサンダー
は実績の無さから21頭中の14番人気
という低評価での出走となりました。
レースはマーサレッドがスローペースで
逃げる中、ファイアーダンサーが先行し、
ジムベルグ、トウカイローマンは中団から
人気のダイアナソロンは中団の後ろから
キクノペガサス、ロングレザー、キョウワ
サンダーは後方からという展開に
なりました。
向こう正面でハッピーオールトンが競走を
中止する中、各馬が徐々に仕掛け、ジム
ベルグが3番手に上がり、ダイアナソロンも
トウカイローマンも先行との差を詰めて
直線の勝負へ。
直線に入ってジムベルグが先頭に立つと
馬場の真ん中からトウカイローマン、
内からダイアナソロン、外からキクノ
ペガサスが鋭く伸びて来る中、大外から
キョウワサンダーが一世一代の豪脚で
追い込み、最後はキョウワサンダーと
キクノペガサスの馬体を併せての激しい
叩き合いとなりましたが、ゴール前で
キョウワサンダーがキクノペガサスを
アタマ差振り切って優勝を飾り、牝馬
クラシック三冠目を獲得すると共に
悲願の重賞初制覇を果たしました。

その後、キョウワサンダーは東上し、
シンボリルドルフ、ミスターシービー、
カツラギエースが出走した暮れの大一番
有馬記念に果敢に挑みましたが、
シンボリルドルフの前に10着に
大敗しました。
年が明け古馬になったキョウワサンダーは
9ヶ月の長期休養後、秋競馬に入って
牡馬との対戦となる朝日チャレンジカップ
京都大賞典に挑みましたが、牡馬の壁は
高く、どちらもブービーの8着、7着に
終わりました。
しかし続くエリザベス女王杯と同じ京都の
芝2400mのオープン特別では6頭立て
ではありましたが、牡馬を蹴散らして
1年ぶりに勝利を挙げ、決してエリザベス
女王杯での優勝がフロックではなかった
ということを証明し、このレースを最後に
ターフに別れを告げました。
記録によりますと
キョウワサンダーは、引退後は故郷の
協和牧場で繁殖入りしましたが
初仔を産んだ後、僅か7歳という若さで
急逝してしまいました。
そして、唯一の産駒も未勝利のまま引退
してしまったため、彼女の系譜は途絶えて
しまいました。
今週は、京都競馬場で節目となる
第50回エリザベス女王杯が行われます。
レガレイラ、ココナッツブラウン、
パラディレーヌ、フェアエールングに
注目しています。
今週も全人馬の無事を祈りながら
レースを観ます。
昨日、東京競馬場で行われました伝統の
第172回天皇賞秋は道中、中団を進んだ
1番人気のマスカレードボールが、最後の
直線残り100メートルで鋭く抜け出して
優勝を飾り、G1初制覇を果たしました。
2着には3番人気の皐月賞馬ミュージアム
マイル、3着には古馬の意地か8番人気の
ジャスティンパレスが入りました。

また、アメリカカリフォルニア州のデルマー
競馬場で開催された米国競馬の祭典、
第42回ブリーダーズカップクラシックで
日本馬フォーエバーヤングが第3コーナー
で先頭に立つと、最後の直線でも後続馬を
突き放し、追い込んで来た昨年の覇者
シエラレオーネを振り切って優勝。
日本競馬界にとって長年の悲願だった
日本調教馬として初制覇を果たし、ついに
ダート世界一の座を獲得するという歴史的
快挙を成し遂げました。

私も長年競馬を見て来て、多くの名馬達が
渡米して何度も敗れる姿を見てきました。
ついに夢にまで見たこの日が来てくれて
本当に嬉しい限りです。
フォーエバーヤングの関係者の皆様
本当におめでとうございます!
どうか人馬共無事に帰国されることを
祈っています。
本当にお疲れさまでした。
今週は、東京競馬場で伝統の第63回
アルゼンチン共和国杯が行われます。
アルゼンチン共和国杯は日本とアルゼン
チンの友好と親善の一環として1963年に
アルゼンチンジョッキークラブカップ
(ARJC)の名称で創設されました。
1974年にアルゼンチンの競馬が
ジョッキークラブから国の管轄へ移管
されたことに伴い、1975年から現在の
名称になりました。
そして1984年のグレード制導入と重賞
格付けの全面見直しに伴い、それまで
年2回施行されていた伝統の秋の目黒
記念競走が廃止される代替として施行
時期を今までの5月から秋の目黒記念が
行われていた11月に移行し4歳(現3歳)
以上の馬によるハンデキャップ競走として
東京競馬場で施行されるようになりました。
思い出の馬は、年度代表馬でありながら
行方不明になってしまったカネミノブです。
カネミノブの父は昭和を代表する
マイラー系種牡馬バーバーで
代表産駒にはスルガスンプジョウ、
カネミカサ、カネオオエ、ヨネミノル、
ハザマファースト等の重賞勝ち馬や
ハイセイコーと死闘を演じたカネイコマ等
中央競馬、地方競馬ともに多くの活躍馬を
輩出しました。
また、母は昭和46年のオークスを勝った
名牝カネヒムロで、カネミノブは青森で
誕生しました。
カネミノブは昭和52年のクラシック組で
同期には外車マルゼンスキー、巨漢の
ダービー馬ラッキールーラ、皐月賞馬
ハードバージ、菊花賞馬プレストウコウ
天皇賞馬テンメイやリュウキコウ、
ヒシスピード、ヨシノリュウジン等の重賞
勝ち馬がいます。
カネミノブは、旧馬齢3歳秋の東京で
デビューし、初戦の新馬戦は5着に敗れ
ましたが、2戦目の新馬戦で勝ち上がり
4戦目の特別戦に勝って2勝目を挙げ
クラシックに名乗りをあげました。
年が明けて4歳になったカネミノブは
クラシック登竜門弥生賞で2着に入り
有力候補に躍り出て、皐月賞では6着に
敗れたものの、ダービーでは3着に入る等
実力があるところを見せました。
夏は札幌に遠征し、条件特別を勝って
3勝目を挙げると、秋に入ってセントライト
記念に1番人気で出走しましたが2着に
敗れ、その後西下して参戦した京都
新聞杯でも5着に敗退し、クラシック
最終戦菊花賞でも5着に終わるなど、
善戦はするものの、勝ち味に遅く、結局
クラシック制覇はなりませんでした。
年が明けて古馬になったカネミノブは
金杯(東)から始動して2着に入り、続く
中京記念での4着後に転厩し、移籍後
最初のレースとなった京王杯スプリング
ハンデでは1番人気に推されましたが、
シービークインの4着に敗れるなど、
決め手に欠けるところがあって勝ち星には
なかなか恵まれませんでした。
続いてカネミノブはアルゼンチン共和国杯
に参戦。
このレースにはハクバタロー、タイホウ
ヒーロー、アマミプリンス、ホッカイノーブル
などの重賞優勝馬が出走したものの、
実績馬が少ないこともあってカネミノブは
1番人気に推されました。
レースはワールドサバンナが逃げ、アマミ
プリンスが続き、カネミノブが3番手の
好位置を進み、その後ろからハクバタロー
ホッカイノーブルが続き、パワーシンボリは
最後方からという展開で進みました。
第4コーナーでカネミノブも仕掛けて
先頭との差を詰めて直線の勝負へ。
ワールドサバンナが逃げ込みを図る中
ハクバタローが内をつき、大外をついた
カネミノブは鋭く伸びて、直線半ばで
先頭に立つと、外から猛然と追い込んで
来たパワーシンボリをおさえて優勝を飾り
念願の重賞初制覇を果たしました。

この勢いのまま、次に出走した日本経済賞
でも好位から抜け出し、2着に3馬身差を
つけて圧勝。
重賞2連勝となり、カネミノブはついに
本格化しました。

春の勢いのまま、秋競馬での活躍が期待
されたカネミノブでしたが、毎日王冠、目黒
記念では強豪相手とはいえ、共に僅差の
2着敗れるなど、なかなか勝ちきれません
でした。
そして続く天皇賞秋では前代未聞の
カンパイが発生するなど、ペースを
乱されたのか、5着に敗退してしまい
ました。
その後、カネミノブは年末の大一番
有馬記念に挑みました。
このレースには、ダービー馬サクラショウリ
TTGの一角菊花賞・天皇賞馬グリーン
グラス、菊花賞馬プレストウコウ、天皇賞馬
ホクトボーイとエリモジョージ、二冠牝馬
インターグロリア、古豪ヤマブキオーや
カシュウチカラ、メジロイーグル、カネミカサ
メジロファントム、リュウキコウの重賞
勝ち馬が出走するなど、豪華メンバーが
顔を揃えました。
1番人気は菊花賞をレコード勝ちした
プレストウコウで前走の天皇賞での5着が
影響したのか、カネミノブは9番人気という
低評価での出走となりました。
レースはスタートしてメジロイーグルと
エリモジョージの先行争いで始まりましたが
結局メジロイーグルが逃げ、続いてエリモ
ジョージ、その後ろからインターグロリア、
カネミカサが続き、カネミノブは5,6番手
グリーングラス、サクラショウリ、ホクト
ボーイは中団から、プレストウコウ、リュウ
キコウは後方からという展開となりました。
軽快な逃げを展開するメジロイーグルは
第3コーナーでペースを上げ、後続馬も
一斉に仕掛ける中、メジロイーグルが
先頭で直線の勝負へ。
直線に入ってメジロイーグルが突き放しに
かかるとエリモジョージは失速、粘り込みを
図るメジロイーグルを道中 内々を通って
いたカネミノブが鋭く伸びて馬群から抜け
出し、逃げ粘るメジロイーグルを交わして
先頭に立ち、外から追い込んで来た
インターグロリアを退け、レコードタイムで
優勝を飾り、悲願の八大競走制覇を
ついに果たしました。

そして、この有馬記念での勝利が高く
評価され、カネミノブは昭和53年の
年度代表馬に選出されました。
年が明けて6歳になったカネミノブは
アメリカジョッキークラブカップから
始動しましたが、昨年の有馬記念で
やぶったサクラショウリとグリーングラスに
ワンツーフィニッシュを決められ4着に
敗れました。
続く中山記念でも同期のカネミカサの前に
4着に敗れ、オープン競走でも3着に
敗れると、秋まで休養に入りました。
秋緒戦は毎日王冠で復帰しましたが
シービークロスの豪脚の前に2着に敗れ
続いて天皇賞秋に参戦しましたが、不良
馬場が影響したのか10着に大敗して
しまいました。
そしてカネミノブは年内最終戦として
スピードシンボリ以来の連覇がかかる
年末の大一番有馬記念に出走しました。
昨年同様、このレースには春の天皇賞馬
カシュウチカラ、ダービー馬サクラショウリ
有馬記念に執念を燃やすグリーングラス
菊花賞馬インターグシケン、天皇賞馬
テンメイとホクトボーイ等、豪華メンバーが
揃いました。
レースは最初ボールドエイカンの逃げで
始りましたが、第4コーナーでは早くも
グリーングラスが先頭に立って直線の
勝負へ。
内埒沿いを走るグリーングラスの脚色は
衰えず、カネミノブは昨年と同様に直線で
スパートをかけようとした瞬間、不運にも
メジロファントムが斜行しながら目の前を
横切ったことで進路を塞がれてしまうなど
大きな不利を受け、それでも何とか立て
直して追い込んだものの、3着に入るのが
精一杯でした。
レース後、加賀騎手は猛抗議を行い
ましたが、着順が変わることはありません
でした。
結局、カネミノブは6歳時、6戦し善戦するも
勝つことは出来ませんでした。
年が明けて7歳になったカネミノブは現役を
続行し、初戦はアメリカジョッキークラブ
カップに1番人気に推されて出走し2着に
敗れましたが、続く目黒記念(春)では
斤量60キロを背負いながらも、サクラ
ショウリやカシュウチカラをやぶって
1年2ヶ月振りに優勝し、重賞4勝目を
挙げました。
その後、日経賞3着、続く宝塚記念では
不良馬場に泣かされ7着、中2週で
出走した当時の高松宮杯でも3着に
終わりました。
その後、夏を休養したカネミノブは秋緒戦
2年連続で2着に敗れていた毎日王冠に
参戦。
斤量59キロのトップハンデを背負った
カネミノブは2番人気で出走しました。
レースは、プリティキャストが大逃げを
打つ中、カネミノブは後方からレースを
進めました。
第4コーナーでメジロファントム、カネミノブ
が仕掛け、プリティキャストに並びかけて
直線の勝負へ。
内を通って逃げ込みを図るプリティキャスト
を大外からカネミノブ、内からキャプテン
ナムラの2頭が鋭く追い込んで競り合い
最後はカネミノブがキャプテンナムラを
振り切って勝ち、3度目の正直で勝利を
掴み、5つ目の重賞を獲得しました。

そして、この勝利がカネミノブにとっての
最後の勝利になりました。
続く目黒記念では4着、天皇賞秋でも
プリテイキャストの大逃げの前に4着に
敗れ、その後カネミノブは3度目となる
暮れの大一番有馬記念へ出走しました。
最後の直線でホウヨウボーイ、カツラノ
ハイセイコ、カネミノブの3頭が抜け出して
叩き合いとなりましたが、最後はホウヨウ
ボーイがカツラノハイセイコをハナ差
振り切って優勝を飾り、この歴史的
名勝負の中、7歳馬カネミノブも僅差の
3着に入り、最後の意地を見せました。

その後、8歳になったカネミノブは
引退レースとしてアメリカジョッキークラブ
カップに出走し、同じく出走していた
ホウヨウボーイの4着に入り、このレースを
最後に引退しました。
引退したカネミノブは種牡馬となり、内国産
種牡馬不遇の時代の中で中央での重賞
勝ち馬を3頭や地方でも重賞勝ち馬を
輩出するなど、活躍したと思います。
記録によりますと
種付け件数は次第に少なくなったため、
1991年を最後にシンジケートが解散となり、
シンジケート解散後も1993年までは
功労馬として牧場で繋養されていましたが
1994年8月16日に用途変更になって
以降は行方不明になってしまいました。
有馬記念に勝って年度代表馬となった
競走馬が行方不明になった事は当時も
大きな話題となり、しかも繁殖牝馬を
引退していた母カネヒムロが当時JRAの
関連施設で功労馬として暮らしていたことも
あって物議を醸しました。
屠殺場に送られた、当て馬になっている等
の噂がありましたが、その後の消息も
未だに不明となっていることが本当に
残念です。
今週は東京競馬場で第63回アルゼンチン
共和国杯が行われます。
レーベンスティール、ホーエリート
ディマイザキッド、スティンガーグラスに
に注目しています。
今週も全人馬の無事を祈りながら
レースを観ます。

