ハイセイコーのブログ -4ページ目
一昨日、阪神競馬場で行われました伝統の
第78回鳴尾記念は、道中4番手を進んだ
2番人気のデビットバローズが直線で
抜け出して重賞初制覇を果たしました。
2着は7番人気センツブラッド、3着には
3番人気のマテンロウレオが入り、1番
人気のグランヴィノス4着に終わりました。

また、昨日中京競馬場で行われました
第26回チャンピオンズカップは3番人気の
ダブルハートボンドが最後の直線での
ウィルソンテソーロとの激しい叩き合いを
制し、牝馬としては10年ぶり勝利と共に
G1初勝利を飾りました。
2着にはハナ差で2番人気ウィルソン
テソーロが入り、ウィルソンテソーロは
3年連続の銀メダルとなりました。
3着には追い込んで来た7番人気の
ラムジェットが入りました。

今週は、阪神競馬場で第77回阪神
ジュベナイルフィリーズが行われます。
1949年、関西所属の旧3歳馬による
チャンピオン決定戦として阪神ジュベ
ナイルフィリーズの前身となる阪神3歳
ステークスが創設されました。
その後1991年より牡馬・牝馬の旧3歳馬
のチャンピオン決定戦を明確にすることを
目的に阪神3歳ステークスは牝馬限定戦
とし、競走名も阪神3歳牝馬ステークスに
変更され、旧3歳牝馬によるチャンピオン
決定戦として位置づけられました。
そして2001年からは馬齢表記が国際
基準に改められたことに伴い、現在の
阪神ジュベナイルフィリーズの名称になり
今日に到っています。
歴代優勝馬からはクラシックや重賞
勝ち馬が多く出ており、3歳のクラシックに
直結する競走として重要視されています。
思い出の馬は前年のキタノカチドキに続き
関西期待の星と言われた昭和49年当時の
名称第26回阪神3歳ステークス優勝馬
ライジンです。
ライジンの父は昭和そして日本を代表する
名種牡馬テスコボーイで代表産駒には
二冠馬キタノカチドキ、天馬トウショウ
ボーイ、女傑テスコガビー、皐月賞馬
ランドプリンス、天皇賞馬ホクトボーイ・
サクラユタカオー、菊花賞馬インター
グシケン、桜花賞馬オヤマテスコ・ホース
メンテスコ、宝塚記念馬他、挙げれば
切りがないほど、数多くの名馬を世に
送り出すなど、日本の競馬の発展に
多大な貢献をした名種牡馬でした。
ライジンは脚部不安によりクラシックへの
出走は叶いませんでしたが、同期には
二冠馬カブラヤオー、有馬記念馬イシノ
アラシ、天皇賞馬エリモジョージ、菊花賞馬
コクサイプリンスやロングホーク、
ロングファスト、ハーバーヤング、イシノ
マサルなどの重賞勝ち馬がいます。
ライジンは旧馬齢3歳秋の京都の新馬戦で
デビューし、初戦の新馬戦は2着に敗れた
ものの2戦目の新馬戦で圧勝し、初勝利を
挙げました。
続く条件特別では1番人気に支持された
ものの、後にクラシックを賑わすロング
ファストの前に2着に敗れました。
その後、ライジンは当時、関西の3歳
チャンピオン決定戦だった格上となる
阪神3歳ステークスに挑戦しました。
このレースには後にクラシックを賑わし
重賞勝ち馬となるエリモジョージや
ロングホークの他、函館3歳チャンピオン
ホシバージ、ディリー杯3歳ステークスを
制した4勝馬ニルキング、4戦3勝の
ダイフクミツ、シンザンの娘ウラカワ
チェリーなど、関西3歳の精鋭達が
出走しました。
1番人気は前走のオープン競走を圧勝して
いるロングホークでライジンは2番人気での
出走となりました。
レースはスタートしてエリモジョージが
先手を取って逃げ、2番手にウラカワ
チェリー、その後ろからロングホーク
ライジンが続きニルキング、ダイフクミツは
中団から、ホシバージは後方からという
展開になりました。
軽快な逃げを展開するエリモジョージを
追って、第3コーナーから4コーナーに
かけて内からライジン、外からホシバージ
ロングホーク、ニルキングが仕掛け、
一気にエリモジョージとの差を詰めて
直線の勝負へ。
最後の直線に入って、更に脚を伸ばして
後続馬を引き離し、逃げ込みを図る
エリモジョージをライジンが鋭く伸びて
エリモジョージを追い込み、外から
ダイフクミツも追い込んで来ましたが
ゴール前でライジンがエリモジョージを
交わして優勝を飾り、重賞初制覇を
果たしました。

この優勝により、ライジンは、この年の
最優秀3歳牡馬にも選出されました。
しかし、その後ライジンは故障を発症して
しまい、春のクラシックに出走することは
出来ませんでした。
10ヶ月の休養後、京都のオープン競走で
復帰し、後に有馬記念を制するイシノ
アラシの4着に入ったものの、このレースが
ライジンにとっての最後のレースとなって
しまいました。
引退後、テスコボーイの血を継ぐ種牡馬
として期待されたライジンでしたが、内国産
種牡馬不遇の時代にあって、勝ち馬は
出したものの、代表産駒には恵まれ
ませんでした。
記録によりますと
競走を引退した7年後の1982年に
種牡馬引退となっていますが、その後
ライジンがどのような運命を辿ったかは
残念ながら不明となっています。
今週は、阪神競馬場で第77回阪神
ジュベナイルフィリーズが行われます。
アランカール、アルバンヌ、ギャラボーグ
マーゴットラヴミーに注目しています。
今週も全人馬の無事を祈りながら
レースを観ます。
昨日、東京競馬場においてレース前に
菊花賞馬ドゥレッツアが出走を取り消し
17頭で行われました国際招待競走
第46回ジャパンカップはゲートが開いて
すぐにアドマイヤテラがバランスを崩し
落馬するという、まさに昭和44年の
日本ダービーでの1番人気タカツバキの
落馬を思い出させるような波乱の幕開け
となり、最後は4番人気の欧州年度代表馬
で世界ラン1位の外国馬カランダガンと
若き天皇賞馬マスカレードボールとの
一騎打ちとなりましたが、カランダガンが
マスカレードボールとの叩き合いを制し、
レコードタイムで優勝を飾りました。
海外馬の優勝は20年ぶりで、フランス馬は
ルグロリュー以来、38年ぶりの優勝と
なりました。
2着には1番人気のマスカレードボール
3着には3番人気のダノンデサイルが
入りました。

そしてゴール直後、マスカレードボールと
ダノンデサイルが接触し、ルメール騎手と
戸崎騎手が落馬するという、最後まで
波乱に満ちたジャパンカップとなりました。
いろいろなアクシデントがあった今年の
ジャパンカップ、日本馬が敗れたことは
残念でしたが、欧州年度代表馬のカラン
ダガンが世界ランク1位の実力を見せ
最後は天皇賞馬マスカレードボールとの
叩き合いは見応えがあり、何十年かぶりに
ジャパンカップらしいレースを見ることが
できて感動しました。
また11月25日、牝馬3冠制覇、ジャパン
カップ連覇、ドバイシーマクラシック、有馬
記念などGⅠ7勝を挙げ、2度の年度
代表馬にも輝いた日本が誇る剛毅なる
貴婦人名牝ジェンティルドンナが亡くなった
との訃報が届きました。
この日は奇しくもジェンティルドンナが
オルフェーヴルを弾き飛ばしてジャパン
カップに勝った日と同じ日でした。
まだ16歳という若さで、繁殖を引退後
これからゆっくり余生を送ってくれたらと
思っていただけに残念です。
天国でゆっくり休んで下さい。
本当にお疲れさまでした。
そしてありがとうございました。

今週は、阪神競馬場で第78回伝統の
鳴尾記念が行われます。
鳴尾記念は昭和26年にハンデキャップの
重賞競走として阪神競馬場芝2400mで
創設され、当時春と秋の年2回施行されて
いましたが、昭和29年より年1回の施行と
なりました。
レース名の鳴尾は、明治40年に関西競馬
倶楽部が兵庫県武庫郡鳴尾村(現在の
西宮市)に建設した鳴尾競馬場(昭和12年
に阪神競馬場と改称、昭和18年閉鎖)に
由来します。
因みに現在地の阪神競馬場は昭和24年
に竣工されました。
グレード制導入後はGⅡに格付けされ
ましたが、施行時期・距離・競走条件ともに
幾度かの変遷を経て、2000年からは
施行時期を12月に移設され、地方所属馬
の出走が可能になった一方で国際競走
ではなくなり、格付けもGⅢに降格変更
されました。
そして2006年からは芝1800mに変更
となり、再び国際競走に指定となりました。
しかし、2012年より施行時期が6月に
再度変更され、距離も芝2000mと
なりましたが、2025年からは、また施行
時期が12月に再度変更される共に距離も
芝1800mになる等、長年多くの名馬達が
出走して来た伝統あるレースとは思えない
扱いを受けているのが、とても残念です。
昭和期での歴代優勝馬にはダービー馬
ボストニアン、天皇賞馬タカクラヤマ、
エリモジョージ、タマモクロス、ヤエノムテキ
有馬記念馬リュウフォーレル、テンポイント
ストロングエイト、オークス馬ヤマピット、
宝塚記念馬シーザー等、多くの名馬達の
名が連なっています。
思い出のレースは五冠馬シンザンの代表
産駒の1頭、シンザンミサキが優勝した
昭和48年第26回鳴尾記念です。
シンザンミサキの父は五冠を制し、日本
競馬史上最強馬、神馬とも言われている
日本を代表する名馬シンザンで、代表
産駒には二冠馬ミホシンザン、菊花賞馬
ミナガワマンナやスガノホマレ、シングン
シルバーランド、ハシコトブキ、キャプテン
ナムラ、ブルスイショー等、挙げれば切りが
ない程、内国産種牡馬不遇の時代に
あって、数多くの重賞勝ち馬をこの世に
送り出しました。
シンザンミサキはクラシックへの出走は
叶いませんでしたが、同期にはダービー馬
ロングエース、皐月賞馬ランドプリンス、
菊花賞馬イシノヒカル、天皇賞馬タイテエム
有馬記念馬タニノチカラ、ストロングエイト
宝塚記念馬ハマノパレードやヒデハヤテ、
トーヨーアサヒなど、競馬史上最強の世代
花の昭和47組と言われる名馬達がいます。
シンザンミサキは、旧馬齢3歳秋の京都の
新馬戦でデビューし、14着に敗れたものの
その後、惜敗を繰り返し、8戦目となる4歳
春の未勝利戦で初勝利を挙げました。
その後も条件戦で敗戦を繰り返し、秋に
入って条件戦でようやく2勝目を挙げると
続く条件特別での勝利し、3勝目を挙げ
ました。
その後、条件戦2戦でも勝てなかった
シンザンミサキでしたが、格上挑戦となる
愛知杯に駒を進めました。
当時の愛知杯は、昭和47年に内国産
種牡馬の奨励と保護策の一環として
父内国産馬限定競走に指定され、以来
2003年まで父内国産馬限定の重賞競走
として行われてきました。
このレースには春のクラシック戦線で活躍
した同じシンザンの仔で超音速の異名を
とったスガノホマレやシングン、オール
カマーを制したイナボレス等が参戦する中
7番人気で出走したシンザンミサキは
軽ハンデではありましたが、1番人気の
スガノホマレをおさえて優勝を飾り、
初重賞制覇を果たしました。
続く阪神大賞典ではハマノパレードの6着
に敗れたものの、菊花賞馬ニホンピロ
ムーテーには先着するなど、今後の活躍が
期待されました。
年が明けて古馬になったシンザンミサキは
5歳緒戦、中日新聞杯に1番人気で
出走しましたが、キョウエイアタックの前に
3着に敗れました。
しかし、続くオープン特別となる中京競馬場
開設20周年記念競走では今度は
キョウエイアタックをやぶって雪辱を果たし
5勝目を挙げました。
そして次に1番人気に支持され出走した
中京記念では当時一気に頭角を現した
新進気鋭のナオキの前に4着に敗れて
しまいました。
その後、シンザンミサキは天皇賞春の
前哨戦となる鳴尾記念に参戦しました。
このレースには前走の中京記念で敗れた
ナオキの他、シングン、ユーモンドや
個性派の代表格ミリオンパラが出走し、
1番人気は同期で、やはりシンザンの仔
シングンでシンザンミサキは2番人気での
出走となりました。
レースは牝馬エリモジェニーが逃げ、
その後ろからナオキ、シングンが続き
シンザンミサキは中団から、ミリオンパラと
アイチアサホマレは後方からの競馬と
なりました。
第3コーナーでナオキが先頭に立つと
シンザンミサキはやや後退気味となる中
後続馬も差を詰めて直線の勝負へ。
直線に入って、逃げ込みを図るナオキの
内側から4コーナーでは後退気味だった
シンザンミサキが鋭く伸びて一気に
ナオキを交わして先頭に立ち、再度差し
返して来るナオキや大外から追い込んで
来たアイチアサホマレをおさえて優勝を
飾り、2つ目の重賞を獲得しました。

この勢いのままシンザンミサキは天皇賞春
に挑み、杉本アナの「無冠の貴公子に春が
訪れます」の名実況の中で優勝した
四白流星の貴公子タイテエムの外から
猛然と追い込み、15頭中8番人気ながら
3着に入るなど、大健闘しました。

続く宝塚記念でハマノパレードの6着に
敗れたシンザンミサキは、当時の古馬の
王道路線、高松宮杯に挑み、私が競馬を
見始めてから初めて目にした悲劇である
ハマノパレードの落馬、競走中止という
悲劇の中で2着に入りました。
しかし、このレースがシンザンミサキに
とって、最後の見せ場となりました。

秋に入ってシンザンミサキは、朝日
チャレンジカップに出走しましたが、ハマノ
パレードの悲劇がショックだったのかは
わかりませんが、春とは別馬のように
精彩を欠いて10着に大敗し、続いて
出走したハリウッドターフクラブ賞(後の
京都大賞典)でもタニノチカラの前に
7頭中の5着に敗れ、このレースを最後に
二度と競馬場に姿を現すことはありません
でした。
引退後、シンザンミサキは種牡馬には
なっておらず、その後シンザンミサキが
どのような運命を辿ったかの記録が
無いのが、本当に残念です。
今週は、阪神競馬場で伝統の第78回
鳴尾記念が行われます。
グランヴィノス、オールナット
デビットバローズ、ナムラエイハブに
注目しています。
今週も全人馬の無事を祈りながら
レースを観ます。
昨日、京都競馬場で行われました
秋のマイル王決定戦第42回マイル
チャンピオンシップは1番人気の
ジャンタルマンタルが3番手から直線に
入って鋭く伸びて勝利し4度目のG1制覇を
果たしました。
また同一年の安田記念との春秋マイルG1
連覇と共に牡馬が出走できる国内の
芝マイルG1完全制覇の達成は史上初の
偉業となりました。
2着には4番人気のガイアフォース、
3着には15番人気のウォーターリヒトが
入りました。

今週は、東京競馬場で国際招待競走
第45回ジャパンカップが行われます。
ジャパンカップは日本において1970年代
から世界に通用する馬づくりが提唱され
日本の競馬を世界の競馬にという機運が
高まり、1981年国際招待競走で日本
初の国際GⅠ競走として創設されました。
第1回は北アメリカとアジア地区から招待
馬を選出しましたが、翌年からは招待範囲
がヨーロッパ、オセアニアにも広げられ
参加国の多さからも当時は日本で競馬の
オリンピックがついに開催されると言われ
ました。
創設から1990年までの10年間は外国
招待馬の8勝に対し、日本馬はカツラギ
エースとシンボリルドルフの2勝に止まり
外国招待馬が圧倒的に活躍して
いましたが、その後は有力な外国招待馬が
来なくなったためか、日本馬の活躍が
目立つようになり、また近年は同時期に
開催される香港国際競走に外国馬の
多くが参戦するようになってしまったため
ジャパンカップへの外国招待馬の出走
頭数も激減し、名前ばかりの国際招待
競走になってしまいました。
よって2004年から2024年までの
20年間においての外国招待馬はわずか
1勝、日本馬は19勝と完全に逆転していて
日本における単なる重賞レースの1つに
なってしまっているのがとても残念ですが
今年は欧州の年度代表馬で世界ランク
1位のカランダガンが参戦するとのことで
本当に楽しみです。
思い出のレースはフランスの伊達男
ルグロリューが優勝した昭和62年
第7回ジャパンカップです。
第1回、第2回は外国勢が圧勝し、第3回
ではキョウエイプロミスの競走生命を
絶ってまで2着に頑張って入ったことで
今後の日本勢の活躍に希望の灯を
灯してくれました。
その甲斐があって第4回でカツラギエース
がついに日本馬として初勝利を挙げ、
続く第5回でも日本の至宝、皇帝シンボリ
ルドルフが勝ったことで日本馬の世界的
活躍の機運が高まりました。
しかし第6回では再び外国勢にワンツーを
決められてしまいました。
そして、迎えた第7回ジャパンカップ、
この年も外国勢は各国から実績ある
競走馬達が参戦しました。
フランスからは牝馬でありながらGⅠ7勝
を挙げ、凱旋門賞でも3着に入った世界の
名牝トリプティクやワシントンDC国際等
GⅠ2勝を挙げているルグロリュー、英国
からは英セントレジャーなどGⅠ2勝の
ムーンマッドネス、米国からはセクレ
タリアトステークスなどGⅠ2勝のサウス
ジェット、オーストラリアからはアワウェイ
バリースターなど、世界の強豪が顔を揃え
ました。
これを迎え撃つ日本勢は、二冠馬で
天皇賞春の優勝馬ミホシンザンは故障を
発症したため引退、ダービー馬ダイナ
ガリバー、菊花賞馬メジロデュレン、宝塚
記念を制したスズパレード、前年の
天皇賞馬クシロキングやスダホークなど
実績ある有力古馬達が軒並み出走を回避。
そんな状況の中で名女優の異名をとった
ダイナアクトレス、オークス馬トウカイ
ローマン、セントライト記念を制した
レジェンドテイオー、ダービー2着馬サニー
スワロー、地方から転籍して来たガルダン
が参戦したものの、例年に比べ小粒の
メンバーであることは否めませんでした。
更にジャパンカップの前哨戦となった
富士ステークスではフランスのトリプティク
が圧勝し、2着にもオーストラリアの
アワウェイバリースターが入るなど、
今年も外国馬が優勢であることは間違い
ありませんでした。
近年の実績のある有力な外国馬が来ない
ジャパンカップを見るにつけ、当時は本当に
素晴らしい外国馬達が参戦していたんだと
つくづく思ってしまいます。
当日の1番人気はフランスのトリプティク
2番人気は英国のムーンマッドネス、3番
人気はフランスのルグロリューなど、6番目
までは外国馬が占め、7番人気にようやく
レジェンドテイオーが入り、ダイナアクトレス
は9番人気での出走となりました。
レースはスタートしてレジェンドテイオーが
果敢に先手を奪って逃げ、2番手にムーン
マッドネス、その後ろからガルダン、アワ
ウェイバリースターが続き、ルグロリューは
5番手、トウカイローマン、サウスジェットは
中団から、トリプティク、ダイナアクトレス
サニースワローは後方からという競馬に
なりました。
向こう正面に入るとムーンマッドネスが
一気にレジェンドテイオーを交わして先頭に
立ち、これを追ってルグロリューが早くも
2番手に上がるという意外な展開に。
米国のアカビールが故障を発症し競走を
中止する中、3コーナーから4コーナーに
かけてサウスジェットが徐々に仕掛け、
マウンテンキングダム、アワウェイバリー
スターも先頭との差を縮め、トリプティクは
後方のまま、ムーンマッドネスが先頭で
直線の勝負へ。
ムーンマッドネスが逃げ込みを図る中
直線残り200mでルグロリューが鋭く
伸びてムーンマッドネスを交わして先頭に
立ち、馬場の真ん中からサウスジェット、
外からダイナアクトレスが豪脚を使って
追い込みましたが、ルグロリューが2頭の
追い込みをおさえ、レコードタイムで
フランス馬として初優勝を飾りました。
日本勢ではダイナアクトレスが大いに
見せ場を作ってくれて3着に入り、地元
日本馬の意地を見せてくれました。

記録によりますと
翌年、5歳で引退したルグロリューは
フランスのメズレー牧場で種牡馬となり、
種牡馬引退後は馬主が所有する牧場で
余生を送り、2010年8月19日に26歳で
亡くなったとのことです。
今週は、東京競馬場で今年は欧州の
年度代表馬で世界ランク1位のカラン
ダガンが出走予定となっていて、迎え撃つ
日本勢もクロワデュノール、ダノンデサイル
タスティエーラのダービー馬3頭やマスカ
レードボールとジャスティンパレスの
天皇賞馬2頭も参戦するなど、豪華な
メンバーが出走する国際招待競走
第45回ジャパンカップが行われます。
クロワデュノール、マスカレードボール
ダノンデサイル、カランダガンに注目して
います。
今週も全人馬の無事を祈りながら
レースを観ます。

