昨日、京都競馬場で行われました

クラシック最終戦第86回菊花賞は1番

人気のエネルジコが直線で抜け出して

勝利し、G1初制覇を飾りました。

2着には追い込んだ2番人気のエリキング

3着には13番人気のエキサイトバイオが

入りました。

今週は、東京競馬場で伝統の第172回

天皇賞秋が行われます。

天皇賞の歴史は古く、昭和12年秋から

帝室御賞典という名称で行われました。

帝室御賞典は戦争のため昭和19年に

戦争のため中止され、昭和22年春に

平和賞の名称で再開し、同年秋からは

天皇賞と改称され現在に至っています。

そして創設以来、当初は1度優勝した馬は

再出走を認めないとされてきましたが、

昭和56年に制度が廃止され、過去の

優勝馬も再出走が可能になりました。

またその後、スタミナよりもスピードの強化

を重視する意見などにより、賛否両論が

あったものの、昭和59年から秋の天皇賞

は施行距離が2000mに短縮され、更に

古馬の最高峰として位置づけられてきた

天皇賞でしたが、昭和62年からは4歳馬

も出走が可能になり、これにより各馬は

様々な選択肢が取れるようになりました。

天皇賞への再出走が可能となったことで

引退時期が延び、天皇賞連覇や天皇賞馬

同士の激突や3歳馬と古馬の戦いが

見られることで新たな天皇賞に変貌

しましたが、一方で距離が短くなったことで

東京競馬場での1周目のストレッチで沸き

起こる大歓声が聞けなくなったことが

残念であると共に強い馬よりスピード馬を

つくることが、本当に世界の競馬に対応

できるのかという懸念も生まれました。

中距離馬にも天皇盾の夢をということでは

仕方がないことかも知れません。

私個人としては古馬の最高峰という伝統は

継承して欲しかったと今でも思っています。

 

思い出の馬は、競走生命をかけて世界を

相手に戦えることを証明し、世界への扉を

開いた偉大な勇士キョウエイプロミスです。

キョウエイプロミスの父はイギリスの

2000ギニーやチャンピオンステークスに

勝ち、中距離馬として高い評価を得た

ボールドリックで海外ではアイルランド

ダービー馬のアイリッシュボールを出す等

一定の成功を収めましたが、日本では

キョウエイプロミスの他テイオージャがいる

くらいで活躍馬には恵まれませんでした。

 

キョウエイプロミスは昭和55年のクラシック

組で、同期にはダービー馬オペックホース

有馬記念馬アンバーシャダイ、天皇賞馬

モンテプリンス、菊花賞馬ノースガスト

皐月賞馬ハワイアンイメージ、快速馬

サクラシンゲキやオーバーレインボー、

サーペンプリンス、ドロップロード等の

重賞勝ち馬がいます。

 

キョウエイプロミスは名門高松厩舎に

入厩し、旧馬齢3歳夏の札幌でデビュー

しましたが7着に敗れ、初勝利したのは

4戦目の暮れの中山の未勝利戦でした。

 

年が明け4歳になったキョウエイプロミスは

東京で2連敗後、3月の小倉2戦目の条件

特別を勝って2勝目を挙げると皐月賞への

出走をかけて、格上の皐月賞トライアル

スプリングステークスに挑みましたが、

13着に大敗し、その後クラシック戦線に

出走することはありませんでした。

その後、キョウエイプロミスは夏の函館に

遠征して3勝目を挙げると、函館記念に

挑戦しましたが、同期のサーペン

プリンスの5着に終わりました。

レース後、キョウエイプロミスは脚部

不安を発症して長期休養を余儀なく

されてしまいました。

 

1年間休養後、古馬になったキョウエイ

プロミスは8月の函館の条件戦で復帰して

2着に入り、その後東京に戻って条件戦で

2着に入るも、目黒記念では10着に大敗。

それでも暮れのステイヤーズステークスで

僅差の2着に入るなど、復調の兆しを

見せました。

年が明け6歳になったキョウエイプロミスは

条件特別を快勝すると長距離レースの

ダイヤモンドステークスに参戦。

前年のステイヤーズステークスで敗れた

ピュアーシンボリに圧勝し、遅まきながら

重賞初制覇を果たしました。

続いてキョウエイプロミスは春のG1戦線を

締めくくるグランプリ競走宝塚記念に挑戦。

このレースには天皇賞馬モンテプリンス

菊花賞馬ノースガスト、前年の優勝馬

カツアールやメジロティターン、快速馬

サクラシンゲキ等が出走、グランプリ競走に

相応しいメンバーが顔を揃えました。

7番人気に推されたキョウエイプロミスは

サクラシンゲキが逃げる中、第4コーナーで

モンテプリンスに並びかけるなど、大いに

見せ場をつくって4着に入るなど、

半年間で一流のオープンクラスと

互角に戦えるまでに本格化しました。

夏は札幌に遠征し、札幌記念では9着に

敗れるも、秋に入って毎日王冠に参戦。

このレースには有馬記念を制したアンバー

シャダイ、クラシックトライアル三冠馬の

サンエイソロンやメジロティターン、メジロ

ファントム、カツアール、ジュウジアローなど

重賞勝ち馬が出走。

レースは、まさかの逃げる形になった

アンバーシャダイを4番手から進んだ

キョウエイプロミスが最後の直線で馬場の

真ん中から鋭く伸びてアンバーシャダイを

交わして先頭に立ち、外から追い込んで

来たサンエイソロンを振り切って優勝を

飾り、重賞2勝目を挙げました。

この勢いで続く天皇賞秋では3番人気に

支持され出走しましたが、7着に敗退。

続く目黒記念では1番人気に推されるも

13頭立ての12着と惨敗してしまいました。

続いてキョウエイプロミスは有馬記念に

挑戦し、15頭中13番人気という

低評価での出走となりました。

レースは、宝塚記念優勝後に繋靭帯炎を

発症して休養し、有馬記念でファン投票

1位に選ばれた責任感から脚元は限界に

近い状態だったにも係わらずファンの声に

応える形で危険を承知で出走を決めた

モンテプリンスが果敢に先行する中、

キョウエイプロミスも積極的に3番手を追走。

最後の直線でアンバーシャダイが先頭に

立ち、連覇かと思われましたが、外から

ヒカリデュールが豪脚を繰り出して

アンバーシャダイを交わして優勝を飾り

キョウエイプロミスもアンバーシャダイに

続いて3着に入るなど大健闘を見せました。

年が明け7歳になったキョウエイプロミスは

現役を続行しましたが、脚部不安が再発し

再び長期の休養を余儀なくされてしまい

ました。

秋に入ってキョウエイプロミスは前年に

制した毎日王冠で復帰して3着に入り、

そして再び天皇賞秋に挑みました。

このレースには天皇賞の春秋連覇を狙う

アンバーシャダイ、桜花賞馬リーゼン

グロス、本格化したタカラテンリュウ、後の

天皇賞馬モンテファストやイーストボーイ

ミスラディカルなどが出走。

1番人気はタカラテンリュウでキョウエイ

プロミスは2番人気での出走となりました。

レースはスタートして大方の予想どおり

タカラテンリュウがハナを奪って逃げ、

キョウエイプロミスは2番手を追走、

その後ろからアンバーシャダイが続き

イーストボーイは中団、モンテファストは

後方から競馬となりました。

東京競馬場で行われる最後の3200mの

天皇賞の1週目の正面スタンド前では

イーストボーイが引っ掛かり気味に

2番手にあがり、タカラテンリュウが淡々と

逃げる中、第3コーナーでキョウエイ

プロミスとイーストボーイが仕掛け、

第4コーナーではアンバーシャダイも

仕掛けてタカラテンリュウとの差を縮めて

直線の勝負へ。

内をとおって逃げ粘るタカラテンリュウを

キョウエイプロミスが一気に交わして

先頭に立ち、外から追い込んで来た

アンバーシャダイとカミノスミレを突き放し

悲願の天皇賞優勝を飾り、ついに堂々と

一流馬の仲間入りを果たしました。

天皇賞を勝ったキョウエイプロミスは2年

連続で日本馬が惨敗しているジャパン

カップに日本代表馬として駒を進めました。

この時、元から悪かった脚も限界に達して

おり、高松調教師もキョウエイプロミスの

脚が壊れ、ジャパンカップが最後の

レースになるかも知れないと思うほど

厳しい状況での出走となりました。

そして迎えた第3回ジャパンカップ、

日本からは有馬記念や天皇賞を制した

アンバーシャダイ、天皇賞馬メジロ

ティターン、快速馬ハギノカムイオーや

タカラテンリュウ、ミスラディカル等が参戦。

1番人気はアイルランドのハイホークで

キョウエイプロミスは16頭中10人気での

出走となりました。

レースはハギノカムイオーが快速を活かし

後続を30馬身以上離す玉砕的な逃げを

展開し、キョウエイプロミスは6番手からの

競馬となりました。

第3コーナーでハギノカムイオーが失速

するとイギリスのエスプデュノールが

今度は先頭に立ち、アンバーシャダイも

差を詰めて直線の勝負へ。

最後の直線に入ってアンバーシャダイが

エスプデュノールを交わして先頭に立つか

という見せ場をつくりましたが、外から

アイルランドのスタネーラがもの凄い脚で

追い込み、キョウエイプロミスも負けずに

鋭く伸びてスタネーラに食らいつき、

2頭による激しい叩き合いとなりましたが

最後はスタネーラがアタマ差で優勝し、

キョウエイプロミスはあと一歩のところで

優勝に届きませんでした。

しかし、2着に敗れはしたものの、

日本馬として初の連対を果たすなど、

今後の日本馬の活躍に大いに希望を

与えてくれました。

しかし、その激走の反動は大きく、キョウ

エイプロミスは、レース中に右前脚繋靱帯

不全断裂を発症し、場内が騒然とする中

コースから馬運車での退場となってしまい

ました。

最後は競走生命を絶ってまで頑張った

キョウエイプロミスのその痛々しい姿に

多くのファンは、今後の行方を心配し、

涙しました。

キョウエイプロミスは、何とか安楽死は

免れたものの、競走能力喪失と診断され

そのまま引退となってしまいました。

そして、この天皇賞とジャパンカップでの

2着が高く評価され、キョウエイプロミスは

1983年の最優秀5歳以上牡馬に

選出されました。

 

引退後、キョウエイプロミスは1984年から

種牡馬となり、勝ち馬は出したものの、

代表産駒を残すことは出来ませんでした。

 

記録によりますと

1994年に種牡馬を引退し、その後は

功労馬として余生を過ごしていましたが、

2003年に26年の生涯に幕を下ろし、

天国に旅立ったとのことです。

 

今週は、東京競馬場で伝統の第172回

天皇賞秋が行われます。

マスカレードボール、メイショウタバル

ホウオウビスケッツ、ロードデルレイに

注目しています。

今週も全人馬の無事を祈りながら

レースを観ます。