先週、福島競馬場で行われました夏競馬の

訪れを告げるサマーシリーズ第1戦、

第60回七夕賞は重賞初参戦だった

2番人気のレッドラディエンスが道中は中団

後方を進み、第4コーナーで仕掛けると

直線でダンディズムが先頭に立つ中、

外から鋭く伸びてダンディズムを交わして

一気に先頭に立ち、2着に2馬身差を

つけて圧勝、重賞初制覇を果たしました。

2着にはゴール前で追い込んで来た

1番人気キングズパレスが入り、3着には

8番人気ノッキングポイントが入りました。

 

今週は、函館競馬場で節目となる伝統の

第60回函館記念が行われます。

函館記念は現行の函館記念が創設される

以前、1951年から1964年まで函館記念

というオープン特別競走の形式で競走が

施行されていました。

その後1965年に4歳(現3歳)以上の

競走馬によるハンデキャップの重賞競走

として創設されました。

函館競馬場で行われる重賞競走では

最も歴史が長く、昭和期における歴代

優勝馬には名立たる名馬達が名を連ねて

います。

 

思い出の馬は、函館エリモ伝説の始まりと

なった昭和48年第9回函館記念優勝馬

エリモカップです。

エリモカップの父は昭和30年代から

40年代に活躍した日本を代表する

大種牡馬ヒンドスタンで代表産駒には

五冠馬シンザンを筆頭にダービー馬

ハクショウ、天皇賞馬ヤマニンモアー、

リユウフオーレル、ヒカルポーラ、ヤマト

キョウダイ、菊花賞馬ダイコーター、

アサカオー、皐月賞馬ワイルドモア、

最後の傑作と言われたハクホオショウ等

名前を挙げれば切りがない程、数多くの

名馬をこの世に送り出し、1961~68年

の間に7度も日本リーディングサイアーに

輝くなど1960年代の日本競馬を

牽引しました。

エリモカップは昭和46年のクラシック組で

同期には二冠馬ヒカルイマイ、菊花賞馬

ニホンピロムーテー、天皇賞馬ベルワイド

オンワードガイ、フィドール、カツタイコウ、

ヤシマライデン、ゼンマツ等がいます。

エリモカップのデビューは遅れ、旧馬齢

4歳1月の京都の新馬戦でデビューし

見事、新馬戦を圧勝しました。

その後、3戦目の条件特別戦を勝って

2勝目挙げると皐月賞を目指し、東上

しました。

出走馬14頭中13番人気で挑んだ

皐月賞でしたが、疾風の差し足と言われた

ヒカルイマイの前になす術も無く 8着に

終わりました。

この結果を受けてエリモカップは

ダービーへの出走を断念し、関西に

戻って阪神での条件特別に出走すると

このレースに勝利して3勝目を挙げました。

夏を休養したエリモカップはぶっつけで

菊花賞に出走、19頭中15番人気と

低評価でしたが、ニホンピロムーテーの

5着に入り、善戦しました。

ついにヒンドスタンの血が開花し始めた

エリモカップは、当時は暮れに行われて

いた阪神大賞典でもスインホウシュウの

2着に入るなど、本格化し、古馬になって

からの活躍が期待されました。

 

年が明けて古馬になったエリモカップは

ガーネットSを1番人気で勝つと、続く

スワンSでは暮れの阪神大賞典で敗れた

スインホウシュウや菊花賞馬ニホンピロ

ムーテーに先着して2着に入りました。

そして、この勢いのまま、中京記念に

出走すると3歳チャンピオン等に輝いた

ロングワンやシュンサクリュウをやぶって

優勝し、重賞初制覇を果たしました。

しかし、せっかく本格化し、これからという

矢先、脚部不安に見舞われ、長期休養を

余儀なくされてしまいました。

1年の長期休養後、中京競馬場開設

20周年記念競走で復帰、1番人気に

推されましたが、休み明けが原因か

しんがり負けを喫してしまいました。

続くオープン競走でナオキの2着に入り

復活の兆しが見えたエリモカップでしたが

天皇賞春では10着に惨敗し、宝塚記念に

出走するも見せ場なくハマノパレードの

5着に終わりました。

その後、エリモカップは活路を見出すため

夏の北海道シリーズに参戦し、初戦の

短距離Sは4着だったものの、続く巴賞

では天皇賞馬メジロムサシやタイホウ

シロー、オンワードガイ等、豪華なメンバー

が出走する中、メジロムサシやオンワード

ガイには先着したものの、タイホウシロー

の2着に敗れてしまいました。

続いてエリモカップは、函館記念に駒を

進めました。

このレースには同じヒンドスタンを父に持つ

ハクホオショウやオープン大将のコーヨー

ブロンズコレクターと言われたソロナオール

シンザンの仔ブルスイショー等、個性派が

顔を揃えました。

当日は不良馬場となり、1番人気は最重量

ハンデ61キロを背負ったハクホオショウで

2番人気にソロナオール、エリモカップは

9頭中4番人気での出走となりました。

レースは軽量ハンデのスイートバンズが

逃げ、エリモカップは2番手を進み、

ハクホオショウは4番手、その後ろから

コーヨー、ブルスイショーが続き、ソロナ

オールは後方からの競馬となりました。

第3コーナー手前でエリモカップが一気に

スイートバンズを交わして先頭に立ち、

これを追ってハクホオショウもエリモカップ

に並びかける勢いで2番手に上がり、

この2頭が3番手以下に6、7馬身差を

つけて競り合う形となりました。

コーヨーがようやく3番手に上がりましたが

エリモカップとハクホオショウがお互いに

譲らず、2頭によるマッチレースのような

形で3番手以下に6馬身差をつけて

直線の勝負へ。

エリモカップとハクホオショウは馬場の良い

大外をまわり、コーヨーはコーナーワークを

利して内をまわりましたが、全く伸びず

エリモカップとハクホオショウによる一騎

打ちとなりましたが、ハンデの差もあってか

ゴール手前で勢いあるエリモカップが

ハクホオショウを振り切って優勝を飾り

2つ目の重賞を獲得しました。

その後エリモカップは脚元も不安もあって

秋競馬に出走することは出来ませんでした。

年が明けて7歳になったエリモカップは

現役を続行し、オープン競走に2回

出走しましたが、いずれも精彩を欠いて

惨敗したことで引退となってしまいました。

引退後、エリモカップは種牡馬となり

ましたが、昭和期の内国産種牡馬不遇の

時代だったため、勝ち馬や地方での重賞

勝ち馬は輩出したものの、代表産駒には

恵まれませんでした。

記録によりますと1983年に15歳で

亡くなったとありますが、死因などに

ついては不明となっています。

 

今週は、早くも函館競馬場で第60回

函館記念が行われます。

デビットバローズ、リカンカブール

エンパイアウエスト、チャックネイト

に注目しています。

今週も全人馬の無事を祈りながら

レースを観ます。

昨日、福島競馬場で行われました第73回

ラジオNIKKEI賞は6番人気のオフトレイル

が、直線で大外から鋭く追い込んで

差し切り、重賞初勝利を飾りました。

2着は4番人気のシリウスコルト、3着には

5番人気のヤマニンアドホックが入り、

1番人気のサトノシュトラーセは9着に

敗れました。

今週は福島競馬場で夏の到来を知らせる

第60回七夕賞が行われます。

七夕賞は1965年に旧馬齢4歳(現3歳)

以上の馬による重賞競走として創設され

ました。

1960年と1970年代の一時期において

10月にレースが行われていたことが

ありましたが、時期と名称が合わないとの

理由で一時期、レース名を東北記念と

改称しました。

その後、1980年からは施行時期を

夏開催に戻したことから七夕賞の名称が

復活し、2006年からは夏競馬を

盛り上げるために設けられたサマー

シリーズの第1戦に指定されています。

 

私が毎年、新潟や福島等のローカル競馬

というとノボルトウコウ、サンヨウコウ、

スイジン、アマノガワといった馬が真っ先に

思い浮かびます。

今回の思い出の馬は、昭和期ローカル

と言えば、この馬を語らざるを得ない

サンヨウコウです。

サンヨウコウは花の昭和47年組で

同期にはロングエース、ランドプリンス、

イシノヒカル、タイテエム、タニノチカラ、

ストロングエイト、ハクホオショウ、ナオキ

トーヨーアサヒ、スガノホマレ、グランド

マーチス等、名立たる名馬達がいます。

サンヨウコウは旧馬齢4歳の中山で

デビューしたものの、初戦のダートの

新馬戦で第差の8着に敗れ、5月に

行われました4戦目の福島での

未勝利戦でようやく勝ち上がりました。

そのため、クラシックへの出走は叶い

ませんでした。

その後中央場所では勝てなかったものの

新潟でも特別レースに連勝して3勝目を

挙げると、続く関屋記念では最低の10番

人気での出走でしたが、古豪パッシング

ゴールには敗れたものの、桜花賞馬

ナスノカオリをやぶって2着に入りました。

しかし、その後中央場所に帰るとなかなか

勝つことは出来ませんでした。

年が明けて古馬になったサンヨウコウは

夏の福島に参戦すると、やはり水が

合うのか、条件特別で久しぶりに勝利を

挙げると、続いて格上の重賞競走の

七夕賞に挑みました。

この年の七夕賞は今では成立しない

4頭立てで行われました。

このレースには弥生賞でハイセイコーを

苦しめたニューサントが出走し、1番人気

に推されましたが、サンヨウコウが

ニューサントに2馬身差をつけて圧勝し

重賞初制覇を果たすと共に最強の世代と

言われた花の昭和47年組の実力を

まざまざと見せつけました。

続く福島記念では人気薄にも関わらず

オープン大将と言われたコーヨーを

やぶって2着に入り、次の関屋記念では

ローカルの鬼と呼ばれたノボルトウコウや

タクマオーを撃破して優勝を飾り、

2つ目の重賞を獲得しました。

そして次の新潟記念では軽量ハンデの

ヤマテスコに敗れはしたものの

2着に入る等、まさに福島、新潟にサンヨウ

コウありと言わしめるほど、サンヨウコウに

とっての絶頂期を迎えていました。

 

しかし、中央場所に帰ると、やはり水が

合わなかったのか、力不足だったのか

負けが続き、6歳時は勝ち星には恵まれ

ませんでした。

年が明けて7歳になったサンヨウコウは

現役を続行したものの、もう往年の走りは

期待できないと思われていました。

しかし、7歳の夏の新潟開催に参戦すると

昔を思い出したかのように関屋記念で

快速馬スガノホマレやオークス馬ナスノ

チグサ、イシノマサルに先着し、快速馬

ファイブワンのレコードタイムでの

勝利の前に2着に入る大健闘を見せました。

その後、秋の福島に遠征すると福島

民友カップを制して、2年ぶりの勝利を

あげました。

しかし、このレースがサンヨウコウにとって

最後の勝利となりました。

不確かな情報ですがその後サンヨウコウは

地方競馬に移籍し、旧馬齢で10歳まで

走って5勝をあげたとのことです。

そしてサンヨウコウが現役を引退後、

どこで余生を過ごしたのか、最後はどの

ように亡くなったのかの記録は残って

おらず、今となっては知る術もありません。

夏競馬が始まると毎年サンヨウコウという

馬がいたことをふと思い出してしまいます。

 

今週は福島競馬場で5年ぶりに七夕の日に

夏競馬の訪れを告げる第60回七夕賞が

行われます。

キングズパレス、レッドラディエンス

リフレーミング、ノッキングポイントに

注目しています。

今週も全人馬の無事を祈りながら

レースを観ます。

阪神競馬場の改修工事により18年ぶりに

京都で開催された春のグランプリレース

第65回宝塚記念は重馬場の中、13頭に

よって行われ、3番人気のブローザホーン

が直線で大外から鋭く追い込んで優勝を

飾り、菅原騎手と共に悲願のG1初制覇を

果たしました。

2着には7番人気のソールオリエンス、

3着には5番人気のベラジオオペラが入り

圧倒的1番人気に推されたドウデュースは

終始後方からのレース展開となり、直線で

内をつかざるを得なくなり、必死に追い

込みを図りましたが、6着に敗れました。

今週からは、舞台を東京から福島に移し

夏の福島開幕週の風物詩となっている

3歳重賞、第73回ラジオNIKKEI賞が

行われます。

ラジオNIKKEI賞は、1952年に皐月賞の

前哨戦として4歳(現3歳)馬による重賞

競走中山4歳ステークスの名称で創設され

1954年からは春のクラシックシーズン

終了後に施行されるようになりました。

レース名の変遷は日本短波賞中山4歳

ステークスを経て、1961年からは日本

短波賞、1979年からはラジオたんぱ賞

となり、2006年からは現在の名称と

なっています。

出走資格が1955年から1967年までは

規定に「除東京優駿競走の勝馬」と

記されていたため、日本ダービーの

優勝馬は出走できませんでした。

そのため敗者復活戦的な要素を持ち、

規定が廃止されてからも昔の名残で

今でも残念ダービーという俗称が残って

います。

私も未だに日本短波賞という印象で

やはりダービーで敗れた馬やダービーに

出走できなかった馬達による残念ダービー

というイメージが強いレースです。

今年はJRA70周年記念競走の副称を

つけて施行されます。

 

思い出の馬は、青森県出身の綺麗な

栃栗毛の馬で、レースでは根性を前面に

出して活躍したスルガスンプジョウです。

スルガスンプジョウの父は昭和を代表する

中距離系種牡馬バーバーで代表産駒には

有馬記念馬カネミノブやカネミカサ、

カネオオエ、カネイコマ、ヨネミノル、

ハザマファースト等がいます。

スルガスンプジョウは昭和49年の

クラシック組で、同期には二冠馬キタノ

カチドキ、ダービー馬コーネルランサーを

はじめ、幻のクラシック馬カーネルシンボリ

ニシキエース、キクノオー、エリモマーチス、

ナスノカゲ等がいます。

旧馬齢3歳の新潟でデビューしたスルガ

スンプジョウは新馬、条件特別を連勝して

エリートコースに乗り、続く特別戦は後の

ダービー馬コーネルランサーの2着に

敗れたものの、実力があるところを見せ

ました。

その後脚部不安のため、4ヶ月の休養を

余儀なくされ、皐月賞への出走は

叶いませんでしたが、復帰戦の条件

特別戦を格の違いを見せて勝って

ダービーへの出走権を獲得し、念願の

日本ダービーに挑みました。

皐月賞を勝った西の怪物キタノカチドキが

単枠指定の1番人気に推され、中距離系

種牡馬バーバーの産駒であったスルガ

スンプジョウは、前年のダービーで人気を

背負いながら惨敗した同じバーバーの仔の

カネイコマと同様に距離を不安視された

のか、5番人気での出走となりました。

レースは直線の勝負所で大本命のキタノ

カチドキがレース前から懸念されていた

ように、大きくヨレて3着に敗れるという

大波乱の中、スルガスンプジョウは

第3コーナーや直線で大きな不利を受け

ながらも6着と善戦しました。

 

続いてスルガスンプジョウは当時の

残念ダービーと言われた日本短波賞に

出走しました。

このレースにはダービー組からは

NHK杯を勝ったナスノカゲが出走しました。

レースは高松厩舎のヒカルジンデンが

軽快に逃げる中、スルガスンプジョウは

3番手から進み、ナスノカゲは後方から

という展開となりました。

第3コーナーでスルガスンプジョウが

仕掛けるとナスノカゲも一気に差を詰めて

直線の攻防へ。

直線に入っても逃げ足が鈍らないヒカル

ジンデンが逃げ粘り、スルガスンプジョウ

との激しい競り合いになりましたが、根性を

前面に出して走るスルガスンプジョウが

ゴール前でヒカルジンデンを交わして勝ち、

重賞初制覇を果たしました。

夏を休養したスルガスンプジョウは秋緒戦

セントライト記念に参戦。

このレースには菊花賞を目指すフェアー

リュウやナスノカゲが出走しました。

レースはサクラセンプウが逃げる中、

スルガスンプジョウは内から中団を進み

フェアーリュウとナスノカゲは後方からの

展開となりました。

第4コーナーで一気にフェアーリュウが

外から仕掛けて差を詰め、直線の勝負へ。

サクラセンプウが粘って各馬横一線の

好勝負となる中、内々を通って鋭く

伸びてきたスルガスンプジョウが

先頭に立ち、外から猛然と追い込んで

来たフェアーリュウとの激しい競り合いに

なりましたが、持ち前の根性でフェアー

リュウを振り切って優勝。

1番人気に応えると共に2つ目の重賞を

獲得しました。

しかし、その後距離への不安からか

菊花賞には向かわずにダービー卿

チャレンジトロフィーに参戦、ここでも

1番人気に推されましたが、同期で

人気薄のザオーリュウジンの前に

3着に敗れてしまいました。

その後スルガスンプジョウは当時存在した

重賞競走クモハタ記念に参戦しました。

このレースには古馬精鋭のスガノホマレ、

カミノチドリ、イナボレス、キョウエイ

グリーンや古豪メジロゲッコウの他、

同期のナスノカゲ、ブルームーン、前走の

ダービー卿CTで敗れたザオーリュウジンが

出走しました。

そして、ここでもスルガスンプジョウは

1番人気に推されました。

レースはブルームーンが逃げ、2番手に

スガノホマレが続き、その後ろからカミノ

チドリ、スルガスンプジョウは内々を通って

4番手からという展開となりました。

ブルームーンが逃げる中、第4コーナーで

スルガスンプジョウが一気に仕掛けて

直線の勝負へ。

ブルームーンが逃げ粘る中、内から

キョウエイグリーン、真ん中からカミノチドリ

外からスルガスンプジョウが追い込み

スルガスンプジョウ、カミノチドリ、ブルー

ムーンの3頭による大接戦となりましたが

スルガスンプジョウが根性をむき出して

競り合いに勝って抜け出し、有力古馬を

おさえ、1番人気に応えて優勝。

3つ目の重賞を獲得しました。

しかし、この勝利がスルガスンプジョウに

とっての最後の勝利となってしまいました。

当時まだ中距離重賞路線が整備されて

いなかったため、年が明けて古馬になった

スルガスンプジョウは距離の長い重賞

戦線を歩まざるを得なくなりました。

また4歳時での重賞競走での激戦の

疲れや脚部不安にも悩まされるように

なっていました。

それでも古馬となって3戦目の日本経済賞

で1番人気に推され、善戦はしたものの

ホワイトフォンテン、フジノパーシアの前に

3着に敗れてしまいました。

その後、長年不安を抱えていた脚部の

悪化によりスルガスンプジョウは二度と

競馬場に姿を現すことはありませんでした。

生涯成績は12戦6勝 12戦中10戦が

1番人気だったことからも、当時の

競馬ファンのスルガスンプジョウへの

期待と人気の高さがわかります。

私も大好きな馬でした。

 

引退し種牡馬になったスルガスンプジョウ

でしたが、当時は内国産種牡馬の不遇の

時代であったため、種付けも数も少なく、

代表産駒には恵まれませんでした。

そして根性で走り抜いたスルガスンプ

ジョウでしたが、記録によりますと

1982年にわずか11年の生涯を終え、

静かに天国に旅立って行きました。

 

今週は、福島競馬場で第73回ラジオ

NIKKEI賞が行われます。

ウインマクシマム、ショーマンフリート

ミナデオロ、オフトレイルに注目しています。

今週も全人馬の無事を祈りながら

レースを観ます。