ハイセイコーのブログ -25ページ目
先週、新潟競馬場で行われました第16回
レパードステークスは1番人気のミッキー
ファイトが直線に入って力強く抜け出して
勝ち、重賞初勝利を挙げました。
2着には11番人気のサトノフェニックス、
3着には6番人気のミッキークレストが
入りました。

そしてパリオリンピック総合馬術団体日本
アクシデントの中での92年ぶりのメダル
(銅メダル)獲得、本当におめでとう
ございます!感動しました。
大岩選手、戸本選手、田中選手、北島選手
と銅メダルの立役者の4馬
グラフトンストリート号、ヴィンシー号
ジェファーソン号、セカティンカ号、
よく頑張りました。おめでとうございます!
どうかゆっくり休んで下さい。
お疲れ様でした。

今週は、新潟競馬場で第59回関屋記念が
行われます。
関屋記念の競走名の関屋は1964年まで
の旧新潟競馬場の所在地(新潟市関屋)
に由来しており、新潟競馬場が新潟市
郊外の笹山に移転した翌年の1966年に
旧馬齢4歳以上の馬によるハンデキャップ
の重賞競走として創設されました。
新潟競馬場で施行される重賞競走では
新潟記念に次いで古い歴史を持つ重賞
競走です。
思い出の馬は、青森出身の名牝で牝馬
クラシック戦線にも参戦したベロナ
スポートです。
ベロナスポートの父は昭和のステイヤー系
種牡馬テッソで代表産駒には有馬記念馬
コレヒデ、雨女ラファールやゼンマツ
ハマテッソ、コウジョウ等、昭和を代表する
玄人好みの渋い個性派の馬達がいます。
ベロナスポートは昭和51年の牝馬
クラシック組で同期には二冠馬テイタニヤ
エリザベス女王杯優勝馬ディアマンテ
安田記念馬スカッシュソロンやクイン
リマンド、ニッショウダイヤ等います。
ベロナスポートは旧馬齢3歳暮れの中山で
デビューし、2戦目の新馬戦で初勝利を
挙げました。
年が明けて4歳になったベロナスポートは
新春4歳牝馬ステークスに出走し、
スカッシュソロンに敗れたものの、2着に
入り、後の牝馬2冠馬テイタニヤに
先着しました。
続く特別競走に勝ったベロナスポートは
クイーンカップでも2着に好走し、その後
西下して桜花賞に挑みましたが、
テイタニヤの前に5着に終わりました。
そして次に優駿牝馬(オークス)に挑み
ましたが19着に大敗し、続いて日本
短波賞に出走しましたが、11着に
終わりました。
馬体を立て直したベロナスポートは
秋緒戦のクイーンステークスに出走し
5着だったものの、続くスプリンターズ
ステークスではキャッシュボアやシカゴ等
の古馬の快速馬達を相手に2着に入る等
古馬相手でも引けを取らない実力を示し
ました。
続いてベロナスポートは当時の牝馬東京
タイムズ杯(現在の府中牝馬ステークス)に
出走しました。
このレースには前年の覇者アンセルモや
カバリダナー、ミトモオー、シービークイン
アグネスビューチー等、牝馬の実力馬達が
顔を揃え、ベロナスポートは2番人気に
推されました。
レースはホウヨウシルバアが逃げ、シービー
クイン、キャッシュボア、カバリダナーが
先行する中、4番手を追走したベロナ
スポートが内々を通って徐々に進出し
直線に入って抜け出すと追い込んで来る
ミトモオーやアンセルモを振り切って優勝。
念願の重賞初制覇を果たしました。

年が明けて古馬となったベロナスポートは
緒戦の金杯でハーバーヤングの2着に
入るなど善戦し、この年の活躍が期待され
ましたが、1番人気に推された東京新聞杯
や中山牝馬ステークスで5着と6着に
敗れてしまい、その後脚部不安を発症した
ため、休養に入りました。
年が明けて6歳になったベロナスポートは
現役を続行し、2月のオープン競走で
復帰しましたが10着と大敗し、続く2戦も
精彩を欠いたレースで敗退しましたが、
復帰4戦目の条件特別で格の違いを
見せて快勝し、久しぶりの勝利を手に
しました。
しかし、その後安田記念に参戦するも
8着に終わり、活路を見出すため夏の
新潟シリーズに参戦しました。
新潟緒戦のBSN杯でカネミカサの4着に
入ると、続いて関屋記念に駒を進めました。
このレースには快速馬セーヌスポート
スプリングステークスの覇者ヨシノ
リュウジンや上り馬ラッキーウエスト等が
参戦し、ベロナスポートは5番人気での
出走となりました。
レースはセーヌスポートが持ち前の
スピードで軽快に逃げ、これをマークする
ようにラッキーウエストが2番手を進み
ベロナスポートは中団からのレースとなり
ました。
直線に入ってもセーヌスポートの
スピードは衰えず、必死にラッキーウエスト
が追い込む中、このままセーヌスポートの
逃げ切りかと思われましたが、馬場の
真ん中からベロナスポートが鋭く伸びて
ゴール手前でセーヌスポートを捉えて
鮮やかに差し切って優勝を飾り、2つ目の
重賞を獲得しました。

しかし、この後脚部不安を発症したため
引退することになり、この関屋記念が
ベロナスポートにとっての最後のレース
最後の勝利となりました。
引退後、繁殖にあがったベロナスポートは
14頭の産駒を輩出し、その中から親子
制覇となった牝馬東京タイムズ杯優勝馬
ラブシックブルース等の勝ち馬を送り
出すなど、母としても活躍しました。
しかし、繁殖を引退後ベロナスポートが
どのようになったかの記録が無いのが
残念です。
今週は、新潟競馬場で第59回関屋記念が
行われます。
パラレルヴィジョン、ジュンブロッサム
ディオ、トゥードジポンに注目しています。
今週も全人馬の無事を祈りながら
レースを観ます。
先週、札幌競馬場で行われました第72回
クイーンステークスは、道中は5、6番手を
進んだコガネノソラが直線に入って鋭く
伸びて抜け出し、ボンドガールや
アルジーヌの追い上げをぎりぎり何とか
しのぎ切って勝ち、重賞初制覇を果たし
ました。
2着には2番人気のボンドガール、
3着には7番人気のアルジーヌが入り
1番人気のウンブライルは10着に敗退
しました。

今週は、新潟競馬場で第16回レパード
ステークスが行われます。
レパードステークスの競走名である
レパードはイギリス国王の紋章である盾の
脇に描かれている獅子のことであり、
ユニコーンと対をなす動物として扱われて
います。
レパードステークスはダートの適性をもつ
3歳馬の出走機会の拡大、夏季競馬の
振興およびジャパンカップダート
(現チャンピオンズカップ)を頂点とする
秋季ダート重賞路線の更なる充実を図る
観点から、2009年より3歳馬限定競走
として新設されました。
今週は、新潟競馬場で第16回レパード
ステークスが行われます。
ミッキークレスト、ジーサイクロン、ソニック
スター、ミッキーファイトに注目しています。
今週も全人馬の無事を祈りながらレースを
観ます。
今年は小倉競馬場で行われました伝統の
第72回中京記念は5番人気のアルナ
シームが道中は中団を進み、直線に
入って鮮やかな差し切りを決めて優勝。
重賞初制覇を果たしました。
2着には2番人気のエピファニー、3着には
トップハンデ59キロで1番人気のエルトン
バローズが入りました。

今週は、札幌競馬場で伝統の第72回
クイーンステークスが行われます。
クイーンステークスは1953年に旧馬齢
4歳牝馬による重賞競走として創設され
昭和期においては東京競馬場や中山
競馬場で牝馬による秋の重賞競走として
行われていました。
1996年に秋華賞が新設された際、
秋華賞のトライアル競走となり、距離も
1800mに変更されました。
その後2000年に行われた古馬牝馬競走
体系整備の一環として4歳(現3歳)以上の
牝馬限定戦となり、同時に8月札幌開催の
序盤戦を盛り上げる狙いで施行場を札幌
競馬場に移設されたことでレースの
位置づけや性格は大きく変わることに
なりました。
これにより9月中山開催における秋華賞
トライアル競走としての役割は、同時に
新設された紫苑ステークスに引き継がれ
ました。
思い出の馬は、京都に散った白い花
と言われた悲劇の名牝 昭和47年
第20回優勝馬タカイホーマです。
タカイホーマの父はスパニッシュイクス
プレスで、代表産駒には私が大好きだった
アローエクスプレスやオープン大将と
言われたコーヨー等がいます。
またタカイホーマの兄には南関東初の
3冠を制し地方競馬の史上最強馬と評され
中央競馬でも天皇賞や宝塚記念に優勝
した名馬ヒカルタカイがいます。

タカイホーマは、昭和47年の牝馬
クラシック組で同期には桜花賞馬
アチーブスター、オークス馬でダービー馬
タケホープの姉タケフブキ、後に安田記念
を制したキョウエイグリーン、朝日杯3歳
ステークスを制したトクザクラ、シンザン
記念優勝馬シンモエダケ等、この年の
牡馬同様、花の昭和47年組には多くの
名牝達が存在しました。
旧馬齢3歳の札幌でデビューしたタカイ
ホーマはデビュー戦には敗れたものの、
2走目の新馬戦に勝利すると続く特別戦を
勝って連勝し、関東のクラシック候補に
名乗りをあげましたが当時の3歳牝馬には
東のトクザクラ、西のシンモエダケという
強力な牝馬が存在していたため、まだ
特に目立った存在ではありませんでした。
年が明けると、この年はインフルエンザや
組合ストライキの影響で競走スケジュール
が大幅に乱れ、クラシック路線も2ヶ月
遅れで開催されることになりました。
そんな状況の中、4歳になったタカイ
ホーマは3月に行われることになった
京成杯で初重賞に挑戦しましたが、
関西牡馬の強豪ヒデハヤテや後の
皐月賞馬ランドプリンスの前に4着に
敗れたものの、大善戦しました。
この後、タカイホーマの快進撃が始まり、
牝馬同士のクイーンカップでは2着に
5馬身差をつけて圧勝、その後桜花賞への
参戦は断念してカーネーションカップに
出走し、ここも2着に4馬身差をつけて
圧勝しました。
そして続く優駿牝馬(オークス)トライアル
4歳牝馬特別では後のオークス馬
タケフブキやシンモエダケをやぶって
優勝し、3連勝を飾ると共にオークスの
最有力馬に躍り出ました。
本番のオークスは距離が2400mで
あったため、父がクラシック戦線で距離に
泣いたアローエクスプレスと同じ
スパニッシュエクスプレスだったため、
当時タカイホーマは距離が持つかどうか
疑問視されました。
それでもオークスでは1番人気に推された
タカイホーマは直線で一旦先頭に立つなど
大健闘し、後のダービー馬タケホープの姉
タケフブキに敗れはしたものの、2着に
入りました。

そして次に当時残念ダービーと言われて
いた日本短波賞に参戦、イシノヒカル、
スガノホマレ、ハクホオショウ、ヒロクニ
タケクマヒカル等の名立たる牡馬相手に
スガノホマレの僅差の3着に入るなど
大善戦しました。
クラシック開催が大幅に遅れたことで
日本短波賞が行われたのは7月30日
だったため、タカイホーマは夏の休養が
無いまま、当時の牝馬クラシック3冠目の
ビクトリアカップを目指して秋緒戦、
クイーンステークスに出走しました。
このレースには後の安田記念優勝馬
キョウエイグリーンやカミノチドリ等が
出走し、斤量が他馬より3キロも多く
背負ったタカイホーマでしたが、圧倒的
1番人気に推されました。
レースはスタートしてキョウエイグリーンが
軽快に逃げ、タカイホーマはキョウエイ
グリーンをマークしながら好位につける
展開となりました。
第4コーナーから直線に入って後続馬を
突き放して先頭に立つキョウエイグリーン
を馬場の真ん中からタカイホーマが一気に
伸びて、残り100mあたりでキョウエイ
グリーンを捉えて先頭に立つと、さらに
キョウエイグリーンに2馬身差をつけて
圧勝。

この圧勝劇でタカイホーマが秋の女王の
座に就くのは間違いないとまで言われ
ました。
しかし、この勝利がタカイホーマにとっての
最後の勝利となってしまいました。
そして、この後に起きる悲劇をこの時
誰が予想したでしょうか。
西下して出走した京都牝馬特別においても
タカイホーマは1番人気推され、ライバルの
桜花賞馬アチーブスターやシンモエダケ
には先着したものの、まさに僅差の4着に
敗れてしまいました。
そして迎えた運命の第3回ビクトリアカップ、
現在の秋華賞にあたるこのレースには
桜花賞馬アチーブスターやシンモエダケも
参戦しましたが、東の代表格となった
タカイホーマは、このレースでも1番人気に
推されました。
運命のスタートが切られ、予想外の
先行策に打って出たアチーブスターを
前方にみながらタカイホーマは中団を
進み、レースはスローペースでの展開と
なりました。
そして勝負どころの第3コーナーに入った
ところでタカイホーマに異変が発生して
急激に失速し、しかしそこで停止させる
ことが出来ずに第4コーナーまで来るも、
コーナーを曲がり切ることが出来ずに
崩れ落ちるかのように転倒し、競走を
中止しました。
競走を中止したタカイホーマの状態は酷く
脚の第一指関節完全脱臼、右後ろ脚
浅屈腱断裂を起こしていて、更に折れた
骨が心臓に刺さってしまったことで
出血多量を起こし、それが原因で死亡して
しまいました。
わずか4年にも満たない本当に短い
生涯となってしまいました。
突然起こった悲劇にスタンドはどよめき、
若き名牝の死を多くの人が悼みました。
後の話によると、タカイホーマは
第3コーナーで右後ろ脚浅屈腱断裂を
起こしたが、競走馬の本能なのか、その時
すぐに停止させることは出来ず、そのまま
走り続けたため、次には前脚を脱臼して
しまい、ついに第4コーナーを曲がることが
出来ず、崩れ落ちたとのことです。
私は当時、生中継ではこの悲劇を見て
いませんが、中央競馬ダイジェストで
この悲劇を知り、本当にショックを受け
ました。
この名牝タカイホーマ悲劇は決して
忘れてはいけない悲劇として今でも語り
継がれています。
今週は、札幌競馬場で第72回クイーン
ステークスが行われます。
ウインピクシス、コンクシェル、ボンドガール
モリアーナに注目しています。
今週も全人馬の無事を祈りながら
レースを観ます。

