ハイセイコーのブログ -25ページ目
昨日、京都競馬場で行われました伝統の
第49回エリザベス女王杯は3番人気の
スタニングローズが直線で力強く抜け出し
2022年の秋華賞以来、約2年1ヶ月ぶり
の勝利と共に2度目のG1タイトルを獲得
しました。
デムーロ騎手、本当に小細工や無理を
しない見事な騎乗でした。
2着には12番人気のラヴェル、3着には
3番人気のホールネスが入り、圧倒的1番
人気のレガレイラは5着に敗れました。
なお、レガレイラに騎乗したルメール騎手は
最後の直線で十分な間隔がないにも
関わらず、先行馬を追い抜いたことにより
ハーパーとシンティレーションの進路に
影響を与えたことで5万円の過怠金を
科せられました。
テレビで見ていて、大事故が起きても
不思議でないくらいの危険な騎乗であり
人馬共に怪我がなく無事に終わって本当に
良かったです。

今週は、京都競馬場で第41回マイル
チャンピオンシップが行われます。
日本競馬は長年にわたり強い馬づくりを
目指すため、長距離の競走を重要視して
行って来ました。
しかし、世界競馬において、スピード
能力も重要視されるようになって来たこと
を受け、日本中央競馬会は1984年に
競走体系の全面的な見直しを行い、
短距離競走の充実を図る目的でマイル
チャンピオンシップ競走を創設しました。
現在、春に行われる安田記念と共に
秋に行われるマイル王決定戦という
位置づけで行われています。
思い出の馬は遅咲きの花、電光石火の
豪脚と言われた第7回優勝馬パッシング
ショットです。
パッシングショットの父は、昭和を代表する
名馬、天馬トウショウボーイで、兄には
小倉記念等を勝ったスナークアロー等が
います。
パッシングショットは昭和63年の牝馬
クラシック組で、同期には桜花賞馬
アラホウトク、オークス馬コスモドリーム
エリザベス女王杯馬ミヤマポピーや
シヨノロマン等がいます。
パッシングショットは旧馬齢3歳の中京で
デビューし、緒戦の新馬戦は2着だった
ものの、2戦目の新馬戦で初勝利を
挙げました。
年が明けて4歳となったパッシング
ショットは条件戦で2着を連続3回する等、
なかなか勝ちきれず、春の牝馬クラシック
に参戦することは叶いませんでした。
秋に入り、条件特別を圧勝して2勝目を
挙げ、連闘で牝馬クラシック最終戦、
エリザベス女王杯に7番人気で挑み
このレースはミヤマポピーから離された
9着に終わりました。
しかし、続く条件特別では4馬身差を
つけて快勝し、3勝目を挙げました。
年が明けて古馬になったパッシング
ショットは古馬の牡馬や牝馬が出走する
重賞競走に挑みましたが、京都牝馬
特別やマイラーズカップで2着、京王杯
スプリングカップで3着等、善戦はする
ものの、なかなか勝ちきれず、結局
この年は未勝利に終わりました。
年が明けて6歳になったパッシングショット
は現役を続行したものの、オープン特別
競走でも、重賞競走でも相変わらず惜敗が
続きました。
阪急杯で5着に入ったパッシングショットは
デビューの地である中京に遠征し、
CBC賞に参戦すると、6番人気ながら
直線で好位から鋭く伸びて、追い込んで
来た断然1番人気のバンブーメモリーを
おさえて、レコードタイムで快勝し、初重賞
制覇を果たしました。

しかし続く高松宮杯ではバンブーメモリーの
返り討ちにあい、10着に大敗してしまい
ました。
秋に入り、パッシングショットはスワン
ステークスに出走し、ナルシスノワールを
とらえ切れずに2着とした後、秋のマイル王
決定戦、マイルチャンピオンシップに駒を
進めました。
このレースには安田記念や高松宮派杯を
制した宿敵バンブーメモリー、前走の
スワンステークスを快勝したナルシスノ
ワール、後のマイル王ダイタクヘリオス等
が出走し、圧倒的な1番人気はバンブー
メモリーでパッシングショットは10番人気
での出走となりました。
レースはスタート時、パッシングショットが
立ち遅れる中、ナルシスノワールが逃げ
バンブーメモリーは中団のやや後方から
進み、パッシングショットは後方からの
競馬となりました。
第4コーナーでバンブーメモリーが先頭
集団に上がる中、パッシングショットは
まだ後方のままで、直線の勝負へ。
直線に入ってホリノウイナーが先頭に立ち
ラッキーゲランが内をついて伸びてくる中
1番人気のバンブーメモリーが馬群を
割って猛然と追い込み、先頭に躍り
出ようとした瞬間、外からパッシング
ショットがものすごい末脚を繰り出して
追い込み、あっという間にバンブー
メモリーを交わしてゴール板を駆け抜け
初のG1優勝を果たしました。

そしてパッシングショットは秋に開催されて
いたスプリント王決定戦、スプリンターズ
ステークスに出走しました。
1番人気は雪辱を期すバンブーメモリーで
パッシングショットは2番人気での出走と
なりました。
レースは、スタート時にパッシングショットが
立ちあがって大きく出遅れてしまい、
短距離レースでは致命傷となる出遅れで
先頭からかなり離された最後方からの
競馬となりました。
直線に入ってバンブーメモリーが馬群を
割って抜け出して優勝を飾る中、全くの
圏外に居たパッシングショットも大外から
豪脚を繰り出して必死に追い込み、結果は
8着に終わったものの、驚異の上り時計
での豪快な追い込みは後に奇跡の8着と
称える人もいました。
しかし、このレースがパッシングショットに
とっての引退レースとなりました。
引退を決めたパッシングショットは北海道の
浦河町の牧場で繫殖牝馬となり、マイルの
名牝の2世誕生が期待されました。
しかし、1992年5月14日
初年度の相手に選ばれたニッポーテイオー
との種付け準備中に転倒してしまい、
頭蓋骨を骨折して死亡し、あっという間に
天国に駆け上がってしまいました。
享年8歳という若さでした。
パッシングショットは現在、新ひだか町の
桜舞馬公園で静かに眠っています。
今週は京都競馬場で秋のマイル王決定戦
マイルチャンピオンシップが行われます。
英国のチャリン、ジュンブロッサム
ブレイディヴェーグ、ナミュールに注目して
います。
今週はあのような危険な騎乗が無いように
全人馬の無事を祈りながらレースを観ます。
昨日、東京競馬場で行われました第62回
アルゼンチン共和国杯はトップハンデ
58.5キロを背負い道中は最後方から
レースを進めた10番人気の8歳馬
ハヤヤッコが直線に入って外から猛然と
追い込み、ゴール前でクロミナンスを
とらえて優勝を飾り、2022年の函館記念
以来となる3つ目の重賞を獲得しました。
まさに1991年(平成3年)の有馬記念での
ダイユウサク以来のあっと驚くハヤヤッコ
でした。
2着には1番人気のクロミナンスが入り
3着には6番人気のタイセイフェリークが
入りました。

今週は、京都競馬場で伝統の第49回
エリザベス女王杯が行われます。
1975年にエリザベス女王が来日した
ことを記念して1976年にエリザベス
女王杯が創設され、1995年まで牝馬
クラシック3冠目という位置づけで4歳牝馬
限定競走として行われていました。
その後、1996年に牝馬競走体系の
見直しに伴い、競走条件が4歳牝馬から
4歳以上牝馬に変更され、施行距離も
芝2200mに短縮され、更にエリザベス
女王杯に代わる4歳牝馬三冠の最終戦
として新たに秋華賞が新設されたことに
伴い、エリザベス女王杯は牝馬クラシック
を歩んできた旧4歳牝馬と古馬牝馬による
日本一の女王を争うレースという位置づけ
になりました。
思い出の馬は関西の英雄、二冠馬キタノ
カチドキの妹、第3回エリザベス女王杯
優勝馬リードスワローです。
リードスワローの父はリボー系種牡馬
フジオンワードで代表産駒にはナニワライト
サツキレインボー、ミホノフォード等が
います。
リードスワローは昭和53年牝馬クラシック
組で、同期には桜花賞馬オヤマテスコ、
オークス馬ファイブホープ、快速馬サニー
フラワー、天皇賞馬プリティキャスト、
サンエムジョオー等がいます。
リードスワローは二冠馬の兄キタノカチドキ
と同じ服部厩舎に入厩し、キタノカチドキの
主戦ジョッキー名人武邦彦騎手を背に
注目の中、旧馬齢3歳10月京都の新馬戦
でデビュー。
初戦は7着に敗れましたが連闘で臨んだ
新馬戦で初勝利を挙げました。
その後、リードスワローは、年内3戦、年が
明けて4歳になってから4戦、勝ち星に
恵まれませんでしたが8戦目の条件特別で
2勝目を挙げ、ぎりぎりで桜花賞に間に
合いました。
格上の挑戦となった桜花賞でリード
スワローは9番人気でしたが、直線で
鋭い追い込みを見せ、大混戦の中、オヤマ
テスコの僅差の4着と大健闘しました。
そして続くオークストライアル4歳牝馬特別
で5着とした後、オークスに挑戦しましたが
ファイブホープの5着に終わりました。
夏の札幌の条件特別で8着とした後、秋の
条件戦で3勝目を挙げたリードスワローは
エリザベス女王杯に駒を進めました。
このレースには桜花賞馬オヤマテスコ、
オークス馬ファイブホープ、後の天皇賞馬
プリティキャストやラブリトウショウ等が
出走し、前走の勝ちっぷりとキタノカチドキ
の妹ということもあったのか、リードスワロー
が1番人気に推されました。
レースはスタートで立ち遅れながらも逃げ
宣言をしていたプリティキャストがゆっくりと
ハナを奪い、オヤマテスコは4、5番手から
進み、その後ろからラブリトウショウ、
ファイブホープが続き、リードスワローは
後方からの競馬となりました。
第4コーナーでラブリトウショウとリード
スワローが一気に先頭との差を詰めて
直線の勝負へ。
内をついて逃げ粘るプリティキャストを
ラブリトウショウが交わし先頭に立つと
その後から猛然と追い込んで来たリード
スワローがラブリトウショウを一気に
交わして1馬身1/4の差をつけ、牝馬
クラシック最終戦で悲願の初重賞制覇を
果たしました。

しかし、続く古馬との対戦となった阪神
牝馬特別は7着に終わりました。
年が明けて古馬になったリードスワローは
緒戦の金杯は12着に大敗し、その後も
やはり古馬の牡馬との対戦の中で、
なかなか勝つまでには着順掲示板に載る
精一杯でした。
しかしその後、小倉大賞典でアグネス
プレスの2着、スワンステークスで天皇賞
ホクトボーイの3着に入る等の健闘を見せ
阪急杯に駒を進めました。
このレースには女傑アイノクレスピン、
アグネスプレス、オヤマテスコや前年の
覇者スリーファイヤー等が出走し、リード
スワローは8番人気と低評価での出走と
なりましたが、直線で鋭く抜け出し、古馬に
なってからの初勝利を挙げ、2つ目の
重賞を獲得しました。
しかし、この勝利がリードスワローに
とっての最後の勝利となりました。
続く金鯱賞でもニチドウアラシの3着に
入るなど健闘したものの、まだ牝馬の
レース体系が構築されていない時代だった
こともあって、レースでの苦戦が続きました。
年が明けて6歳になったリードスワローは
現役を続行し、3戦しましたが、勝つことは
出来ず、連覇を狙った阪急杯8着を最後に
現役に別れを告げました。
引退後、リードスワローは繁殖にあがり
6頭の産駒を輩出したものの、代表産駒
には恵まれませんでした。
記録によりますと
1996年2月に死亡したとのことですが
死因については不明であることが
とても残念です。
享年21歳でした。
今週は、京都競馬場で第49回エリザベス
女王杯が行われます。
レガレイラ、ホールネス、シンリョクカ
シンティレーションに注目しています。
今週も全人馬の無事を祈りながら
レースを観ます。
昨日、東京競馬場で行われました伝統の
第170回天皇賞秋は道中最後方から
レースを進めた2番人気のドウデュースが
直線に入って、大外から一気に追い込んで
豪快に差し切って優勝を飾りました。
2着に9番人気のダービー馬タスティエーラ
3着に8番人気のホウオウビスケッツが入り
1番人気に推されたリバティアイランドは
直線で伸びず13着に敗れました。

今週は、東京競馬場で伝統の第62回
アルゼンチン共和国杯が行われます。
アルゼンチン共和国杯は日本とアルゼン
チンの友好と親善の一環として1963年に
アルゼンチンジョッキークラブカップ
(ARJC)の名称で創設されました。
1974年にアルゼンチンの競馬が
ジョッキークラブから国の管轄へ移管
されたことに伴い、1975年から現在の
名称になりました。
そして1984年のグレード制導入と重賞
格付けの全面見直しに伴い、それまで
年2回施行されていた伝統の秋の目黒
記念競走が廃止される代替として施行
時期を今までの5月から秋の目黒記念が
行われていた11月に移行し4歳(現3歳)
以上の馬によるハンデキャップ競走として
東京競馬場で施行されるようになりました。
思い出の馬は、鋭い追い込みでファンを
魅了した遅咲きの名ステイヤー アイフル
です。
アイフルの父は昭和を代表する
ステイヤー系種牡馬セダンで代表産駒
にはダービー馬コーネルランサー
天皇賞馬スリージャイアンツ、逃げる
精密機械トーヨーアサヒ、ハクエイホウ、
ヤシマライデン、ハーバーヤング等が
います。
アイフルは昭和49年のクラシック組で
同期には二冠馬キタノカチドキや
ダービー馬コーネルランサー、カーネル
シンボリ、快速馬ニシキエース、キクノオー
スルガスンプジョウ、インターグッド等が
います。
アイフルは旧馬齢3歳秋の東京で
デビューし、5頭立てで3頭が同着という
非常に稀なケースの新馬戦で初勝利を
挙げました。
その後、年が明けて4歳になった
アイフルは条件特別に勝って2勝目を
挙げ、クラシックへの登竜門弥生賞に
挑みましたが8着に終わり、クラシックへの
参戦は叶いませんでした。
そして、皮肉にもダービー当日の条件
特別でアイフルは3勝目を挙げました。
その後、アイフルは4戦連続で2着となり
年が明けて古馬となったアイフルは更に
2着や3着を繰り返し、堅実性はあった
ものの、なかなか勝つまでには至りません
でした。
4歳から5歳にかけて惜敗が続き、15戦
勝利から遠ざかったアイフルでしたが、
7月の中山の条件特別で勝つと、続く
新潟での条件特別も勝って連勝を飾り
次に挑んだクモハタ記念ではハーバー
ヤングの3着に終わったものの、暮れの
条件競走に勝って6勝目を挙げました。
年が明けて6歳になったアイフルは格上の
金杯に出走。
このレースには前年の有馬記念を制した
イシノアラシやヤマブキオー、ハーバー
ヤング、ホワイトフォンテン、イナボレス等、
重賞優勝馬が出走する中、4番人気に
推されたアイフルは、道中は中団を進み、
第4コーナーで仕掛けて先頭集団に迫り
直線に入ると鋭く伸びて抜け出して勝ち
重賞初制覇を果たしました。
その後、東京新聞杯2着、中山記念では
ヤマブキオーの2着、そして京王杯SHでも
再びヤマブキオーの3着に終わりましたが
続くアルゼンチン共和国杯では、中団から
レースを進めたアイフルは直線で鋭く
伸びて先頭に立ち、必死に追い込んで来る
ヤマブキオーとオウプレスをおさえて優勝。
2つ目の重賞を獲得しました。

この勝利で本格化を果たしたアイフルは
秋に向けての活躍が期待されました。
秋に入ってオープン競走でヤマブキオーを
やぶって勝ったアイフルは念願の古馬の
最高峰、秋の天皇賞に駒を進めました。
この天皇賞には有馬記念馬イシノアラシ
菊花賞馬コクサイプリンス、若き精鋭
ロングホーク、ハーバーヤングやライバル
ヤマブキオー等が出走しました。
1番人気はイシノアラシ、アイフルは4番
人気での出走となりました。
レースは大方の予想に反してホワイト
フォンテンではなく、ロングホークが逃げる
展開となりアイフルは中団、イシノアラシは
後方から進みました。
直線に入ってロングホークが逃げ脚を
伸ばす中、アイフルが鋭く追い込んで、
逃げるロングホークを捕らえ、外から
伸びてきたハーバーヤングをおさえて
優勝を飾り、念願の天皇賞制覇を果たし
ました。

この天皇賞制覇の勢いのまま、有馬
記念に出走しましたが、この年のスター
ホースであるトウショウボーイ、テンポイント
の一騎打ちの前に3着に終わりました。
年が明けて7歳になったアイフルは現役を
続行してアメリカジョッキークラブカップに
出走し、1番人気に推されましたが、前年の
菊花賞を人気薄で制したグリーングラスと
ヤマブキオーの前に3着に敗れ、続く
オープン競走でも再びヤマブキオーの
3着に敗れてしまいました。
しかし、次に出走した中山記念では逃げる
グレートセイカンを直線で内から鋭く伸びて
先頭に立ち、ヤマブキオーが伸びを欠く中
コクサイプリンスや追い込んで来たトウフク
セダンを振り切って優勝を飾り、重賞4勝目
を挙げました。

続いてアイフルは前年優勝したアルゼン
チン共和国杯にトップの斤量59キロを
背負って出走しました。
当日はあいにくの不良馬場でしたが、
アイフルは1番人気に推されました。
レースは中山記念と同じようにグレート
セイカンが逃げ、カミノリュウオーが
先行する中、第3コーナーで3番手に
つけたアイフルは直線に入って外を通って
鋭く伸びて、内をとおって粘り込みを図る
グレートセイカンを残り200mで交わして
先頭に立つと、更に差は広がり最後は
独走状態になって圧勝。
5つ目の重賞を獲得しました。

そして次に夏のグランプリ競走宝塚記念に
参戦しましたが、3強と言われたトウショウ
ボーイ、テンポイント、グリーングラスの
前に4着に敗れてしまい、この宝塚記念が
アイフルにとっての最後のレースとなり
ました。
レース後、アイフルは前脚の筋を痛め、
更にその後、不治の病と言われている
屈腱炎を発症したため、アイフルは競走
生活に別れを告げることになりました。
通算成績43戦12勝、2着13回、
3着10回、連帯率は6割近く、複勝率は
8割を超えという素晴らしい成績を残し
ました。
引退後は日本中央競馬会が購入し、
1978年から九州種馬場で種牡馬となり
ましたが、内国産種牡馬が不遇の時代
にあって長距離系、更に九州地区という
場所的なことからも繁殖牝馬にも恵まれず
代表産駒には恵まれませんでした。
記録によりますと
1982年に九州種馬場から離れると
10年間は繋養先を転々とし、廃用寸前の
危機もありましたが、アイフルを助けたい
とするファンの活動により日本軽種馬協会
那須種馬場に引き取られ、その後は
功労馬として元気に余生を過ごしました。
しかし1999年4月4日、アイフルは
放牧中に転倒し、自力で起き上がることが
出来なくなってしまったため、安楽死の
処置が取られ、持ち前の末脚で一気に
天国に駆け上がっていきました。
享年29歳でした。
今週は東京競馬場で第62回アルゼンチン
共和国杯が行われます。
セレシオン、ショウナンバシット、
サヴォーナ、ミクソロジーに注目しています。
今週も全人馬の無事を祈りながら
レースを観ます。

