ハイセイコーのブログ -24ページ目
昨日、中京競馬場で行われました
下半期のダート王決定戦第25回
チャンピオンズカップはこのレースを最後に
引退となる1番人気のレモンポップが
スタートして先手をとって逃げ、直線で
追い込んで来たウィルソンテソーロを
おさえ逃げ切って優勝、ラストランを飾り
ました。
2着には2番人気のウィルソンテソーロ
3着には9番人気のドゥラエレーデが入り
昨年の1~3着と全く同じ決着となりました。
レモンポップ、お疲れさまでした。


また11月26日に2006年の皐月賞と
日本ダービーや2007年の天皇賞春・秋を
制した名馬メイショウサムソンが21歳で
亡くなったとの悲しい知らせが届きました。
10月にがんの診断を受けるも最後まで
不屈の精神力で病と闘ったとのことで
最後まで闘いぬいたメイショウサムソンに
心から敬意を表します。
天国でゆっくり休んで下さい。
本当にお疲れさまでした。

今週は、京都競馬場で第76回阪神
ジュベナイルフィリーズが行われます。
1949年、関西所属の旧3歳馬による
チャンピオン決定戦として阪神ジュベ
ナイルフィリーズの前身となる阪神3歳
ステークスが創設されました。
その後1991年より牡馬・牝馬の旧3歳馬
のチャンピオン決定戦を明確にすることを
目的に阪神3歳ステークスは牝馬限定戦
とし、競走名も阪神3歳牝馬ステークスに
変更され、旧3歳牝馬によるチャンピオン
決定戦として位置づけられました。
そして2001年からは馬齢表記が国際
基準に改められたことに伴い、現在の
阪神ジュベナイルフィリーズの名称になり
今日に到っています。
歴代優勝馬からはクラシックや重賞
勝ち馬が多く出ており、3歳のクラシックに
直結する競走として重要視されています。
思い出の馬は、ヒカルイマイを彷彿させる
直線一気の追い込みでファンを魅了した
まだ旧名称だった第28回阪神3歳
ステークス優勝馬リュウキコウです。
リュウキコウは青森県で生まれ、父は
ヒンドスタンを父に持ち、4つの重賞を
勝ったリュウファーロスで内国産種牡馬
不遇の時代でありましたが、アンドレ
アモンやラケットボール等の重賞勝ち馬を
輩出しています。
リュウキコウは昭和52年のクラシック組で
同期には外車マルゼンスキーをはじめ
ダービー馬ラッキルーラ、皐月賞馬ハード
バージ、菊花賞馬プレストウコウ、有馬
記念馬カネミノブ、天皇賞馬テンメイや
ヒシスピード等がいます。
リュウキコウは旧馬齢3歳秋の阪神で
デビューして新馬戦を勝利し、好スタートを
切りました。
続くディリー杯3歳ステークスは5着に
敗れたものの、続く条件特別レースを
快勝し、オープン競走2着を経て阪神3歳
ステークスに駒を進めました。
このレースには前走のディリー杯3歳
ステークスをレコードで勝ったアータルオー
や後の重賞勝ち馬リキタイコー等が出走し
リュウキコウは7頭中5番人気という
低評価での出走となりました。
レースはスタートしてナルタキサンダーと
アータルオーの人気馬2頭が競り合って
3番手以下を引き離して先行する中、
リュウキコウは最後方からの競馬となり
ました。
直線に入ってナルタキサンダーが先頭で
逃げ込みを図り、キョウエイテスコが追い
込む中、大外からリュウキコウが豪脚を
繰り出して一気に差し切り、重賞初制覇を
飾ると共に関西の3歳王者に輝きました。

しかし、この年の最優秀3歳牡馬は同日に
関東で行われた朝日杯3歳ステークスを
驚異のレコードタイムで優勝したマルゼン
スキーに持っていかれ、残念ながら
受賞はなりませんでした。
年が明けて4歳になったリュウキコウは
クラシックの登竜門きさらぎ賞に出走。
レースはテンザンサクラが逃げ、
リキタイコーやアータルオーの人気馬が
続き、リュウキコウは最後方からという
展開になりました。
テンザンサクラが先頭で直線に入ると
リキタイコーが交わしにかかり、その外から
スタイリストが追い込んで先頭に立ち
スタイリストの差し切り勝ちかと思われた
瞬間、大外からリュウキコウがヒカル
イマイを彷彿させる直線一気の追い込みで
まとめて差し切って優勝。

一躍クラシック候補に名乗りを挙げ、春の
クラシックを目指し東上しました。
しかし、東上した緒戦のスプリリング
ステークスで4着に敗れると、続く皐月賞
では16着と大敗し、本番の日本ダービー
でも5着に敗れました。
秋に入り巻き返しを図りたいリュウキコウ
でしたが菊花賞でも6着に敗れ、クラシック
制覇は叶いませんでした。
年が明けて古馬となったリュウキコウは
緒戦の金杯で6着後、故障が判明し
長期休養を余儀なくされてしまいました。
8ヶ月の休養後、オープン競走で復帰して
2着に入り、続いて京都大賞典に
出走しました。
このレースにはエリモジョージとホクト
ボーイの2頭の天皇賞馬が出走し、
レースでも第4コーナーでは天皇賞馬
2頭によるマッチレースになるのかという
様相を呈しましたが、道中後方から
レースを進めたリュウキコウが直線で
大外から久しぶりの豪脚を披露して
一気に差し切って優勝を飾り、高らかに
復活の狼煙をあげました。

続いてリュウキコウは目黒記念に駒を
進めました。
このレースには後の有馬記念に優勝する
カネミノブをはじめ、ロングファストや
カネミカサが参戦。
レースはダンケンジが逃げリュウキコウは
いつものように最後方からレースを
進めました。
直線に入ってダンケンジが粘るところを
カネミノブとカネミカサが交わしにかかり
カネミノブが先頭に立つと、今回はいつもの
大外からではなく、最内をついたリュウ
キコウが鋭く伸びて、最後はカネミノブとの
競り合いを制して優勝。
重賞レースを2連勝すると共に4つ目の
重賞を獲得しました。

しかし、この優勝がリュウキコウにとっての
最後の勝利になるとは、この時に誰が
思ったでしょうか。
本格化したリュウキコウは天皇賞秋では
当然のごとく1番人気に推されました。
しかし、前代未聞の発走のやり直し
(カンパイ)が起きてしまい、このことが
リュウキコウに影響したのか、最後方から
直線で追い込んだものの4着に敗れて
しまいました。
そして、続く有馬記念では目黒記念で
負かしたカネミノブの11着に大敗して
しまいました。
年が明けて6歳になったリュウキコウは
中京記念からスタートしたものの6着に
敗れ、その後も勝つことは出来ず、6歳の
この年は阪神大賞典で2着に惜敗した
以外は見せ場もなく10戦全敗に終わり
更に7歳になってからも京都記念での
4着以外は、やはり見せ場なく9戦して
全敗に終わりました。
年が明けて8歳になったリュウキコウは
現役を続行し、緒戦の金杯で久し振りに
鋭い追い込みを見せてアタマ、クビ差の
3着に入るなど、頑張りましたが、続く
8頭で行われた日経新春杯で8着に
敗れたのを最後に引退し、二度と競馬場に
姿を現すことはありませんでした。
引退後、リュウキコウが種牡馬になった
記録はなく、いつ亡くなったかは不明と
なっており、リュウキコウが引退後
どのような運命を辿ったかについて
もはや知る術もないのが、本当に
残念です。
今週は、京都競馬場で第76回阪神
ジュベナイルフィリーズが行われます。
ブラウンラチェット、初めてこのレースに
米国から参戦のメイデイレディ、ミストレス
ショウナンザナドゥに注目しています。
今週も全人馬の無事を祈りながら
レースを観ます。
昨日、東京競馬場で行われました
国内外から強豪が集まった世界頂上決戦
第45回ジャパンカップは天皇賞秋と
同じように後方からレースを進めた
1番人気のドウデュースがスローペースを
ものともせず直線で豪快に伸びて、差し
返してきたシンエンペラーとドゥレッツアを
力でねじ伏せて優勝を飾り、天皇賞秋に
続いてG1連勝を果たしました。
2着にはジャパンカップ史上初めての同着で
欧州帰りの8番人気のシンエンペラーと
7番人気のドゥレッツァが入りました。

今週は、中京競馬場で第25回
チャンピオンズカップが行われます。
日本において1970年代より世界に
通用する強い馬づくりが提唱され、
1981年には念願の国際招待競走
ジャパンカップが創設されました。
その後1995年より中央競馬と地方競馬
との交流が飛躍的に拡大されるように
なるとダートにおける重賞競走が注目され
日本のダート競走においてもダートの
国際競走を開催しようという気運が高まり
を見せ、2000年にチャンピオンズカップ
の前身となる日本初のダート国際招待
競走ジャパンカップダートが創設され
ました。
そして2014年からは施行場を阪神から
中京競馬場に移行し、これを機に名称も
チャンピオンズカップに変更され、また
回次についてはジャパンカップダートから
引き継いで通算されることになりました。
思い出の馬は安定感抜群で最優秀ダート
ホースに2回輝き、記念すべき第1回
優勝馬となったウイングアローです。
ウイングアローの父はノーザンダンサー系
種牡馬アサティスで代表産駒には
ダート重賞を勝ったスマートボーイや
帝王賞、かしわ記念の優勝馬ボンネビル
レコード等がいて、多くのダートの名馬を
輩出しています。
ウイングアローは旧馬齢4歳の京都で
デビューし、新馬戦では3着と2着に敗れ
ましたが、3戦目の名古屋競馬場で
行われた中央交流競走で圧勝し、
初勝利を挙げました。
その後5戦目の条件レースで2勝目を挙げ
続く京都で行われましたオープン特別に
出走しましたが16頭中13着に大敗した
ことで、その後はひたすらダート路線を
歩むことになりました。
そして東京で行われたオープン特別に
勝って3勝目を挙げると、続く名古屋で
行われました統一重賞の名古屋優駿に
勝って、重賞初勝利を挙げると、続く
旭川の統一GⅢグランシャリオカップ、
中山でのユニコーンステークス、大井での
スーパーダートダービーと重賞競走を
4連勝し、ダート競走で5連勝を飾りました。
この成績が評価され、1998年の最優秀
ダートホースに選出されました。
年が明けて古馬となったウイングアローは
更なる活躍が期待されましたが、球節や
膝などの脚部不安により、満足な調整が
出来ず、5戦して善戦はしたものの
勝つまでには至りませんでした。
年が明けて6歳になったウイングアローは
平安ステークスで5着となった後、GⅠ競走
となったフェブラリーステークスに出走。
このレースにはクラシックを賑わしたキング
ヘイローや岩手の英雄メイセイオペラ、
シンボリインディ等の芝・ダートにおける
精鋭達が顔を揃え、ウイングアローは4番
人気で出走しました。
レースはオリオンザサンクスが逃げ、
メイセイオペラが先行する中、ウイング
アローは最後方からの競馬となりました。
直線に入ってメイセイオペラが抜け出して
先頭に立ち、このままメイセイオペラの
優勝かと思われた瞬間、大外からウイング
アローが豪脚を繰り出して一気に差し切り
GⅠ初優勝を飾りました。

続く大井での帝王賞は5着に敗れたものの
旭川で行われたブリダーズゴールドカップに
優勝して6つ目の重賞を獲得。
その後盛岡で行われたマイルCS南部杯を
2着とした後、現在のチャンピオンズカップ
の前身である2000年に新規創設された
記念すべき第1回ジャパンカップダートに
駒を進めました。
記念すべき第1回このレースには、国際
招待馬として米国のユーカーとロード
スターリング、砂の女王ファストフレンド、
エリザベス女王杯馬サンドピアリスを母に
持つタマモストロングやサンフォード
シチー、そして大井からは東京ダービー馬
オリオンザサンクス等が出走し、1番人気は
ファストフレンドでウイングアローは4番
人気での出走となりました。
レースはレギュラーメンバーがハナを奪って
果敢に逃げ、米国のロードスターリングが
続き、ファストフレンドは中団から、ウイング
アローは後方からの競馬となりました。
向こう正面ではレギュラーメンバーとロード
スターリングが3番手以下をかなり離す
展開でレースが進みました。
第3コーナーでウイングアローが仕掛け
第4コーナーでは3番手まで上がり
レギュラーメンバーが先頭で直線の勝負へ。
直線に入って逃げるレギュラーメンバーを
ウイングアローが鋭く伸びて、あっと
いう間に交わして先頭に立つと、更に
2番手以下を引き離してレコードタイムで
圧勝し、初代王者に輝きました。

年が明けて7歳になったウイングアローは
G1優勝の勢いのまま、連覇を目指し
フェブラリーステークスに参戦。
いつものように後方からレースを進めた
ウイングアローは直線で豪脚を繰り出して
追い込んだものの、先に抜け出した
ノボトゥルーに僅かに及ばず2着に敗れ、
連覇はなりませんでした。
その後、8月に旭川で行われたブリダーズ
ゴールドカップでは1番人気に応え、
連覇を達成しました。
そして、秋に入り連覇を目指してジャパン
カップダートに参戦しました。
このレースには4歳の新鋭、開放の使者
白い怪物の異名を取ったクロフネが
出走して1番人気に推され、ウイング
アローは3番人気での出走となりました。
レースはディグフォーイットが逃げ、
ノボトゥルーは3番手につけ、クロフネは
中団から進み、末脚にかけるウイング
アローは例にとって後方からの競馬と
なりました。
第3コーナーの手前でクロフネが一気に
仕掛けて3番手に上がり、第4コーナー
手前では桁違いの脚で先頭にたって
直線へ。
直線に入るとクロフネは更に脚を伸ばし
ウイングアローも外から豪脚で追い込み
レコードタイムとなった前年と同じタイムで
駆け抜けましたが、クロフネがウイング
アローに7馬身差をつけるレコードタイムで
圧勝し、ウイングアローの連覇は
なりませんでした。
そしてこのレースがウイングアローに
とっての最後の見せ場となりました。

その後、ウイングアローは暮れの大井で
行われた東京大賞典で1番人気に推され
ましたが、10着に敗れてしまいました。
年が明けて8歳になったウイングアローは
現役を続行し、昨年同様にフェブラリー
ステークスに出走しましたが9着に終わり
このレースを最後に引退しました。
通算成績は30戦11勝 2着7回 3着5回
掲示板を外したのは僅か3回という
好成績を残しました。
引退後は2002年から北海道の牧場で
種牡馬生活を送り、中央での重賞勝ち馬
には恵まれませんでしたが、地方競馬では
重賞勝ち馬を輩出しました。
記録によりますと
2014年10月1日付でウイングアローは
用途変更されて種牡馬を引退し、その後は
功労馬繋養展示事業の助成を受け、
功労馬として余生を送りました。
そして2019年11月21日未明、
老衰のため、24年間の生涯を終え
静かに天国へと旅立って行きました。
今週は、中京競馬場で第25回
チャンピオンズカップが行われます。
ダート重賞戦線は芝からの転向組もいる等
毎回非常に難しいレースになります。
ラストランとなるレモンポップ、ウイルソン
テソーロ、サンライズジパング、
ペプチドナイルに注目しています。
今週も全人馬の無事を祈りながら
レースを観ます。
昨日、京都競馬場で行われました
秋のマイル王決定戦第41回マイル
チャンピオンシップは後方からレースを
進めた4番人気のソウルラッシュが直線に
入って豪快に抜け出し、デビュー22戦目で
G1初勝利を飾りました。
2着には7番人気のエルトンバローズ、
3着には10番人気のウインマーベルが入り
1番人気に推されたブレイディヴェーグは
直線で追い込んで来たものの4着に敗れ
ました。
また、直線でデムーロ騎手が異変を感じた
ため、追うのを止めたナミュールは17着で
入線。
入線後、デムーロ騎手が下馬する事態と
なり、その後の状況が本当に心配でしたが
今のところ大事には至らなかったようで
ひとまずはホッとしました。
大事に至る前に気付いて追うのをやめた
デムーロ騎手の馬ファーストで勇気ある
好判断に敬意を表します。

今週は、東京競馬場で国際招待競走
第44回ジャパンカップが行われます。
ジャパンカップは日本において1970年代
から世界に通用する馬づくりが提唱され
日本の競馬を世界の競馬にという機運が
高まり、1981年国際招待競走で日本
初の国際GⅠ競走として創設されました。
第1回は北アメリカとアジア地区から招待
馬を選出しましたが、翌年からは招待範囲
がヨーロッパ、オセアニアにも広げられ
参加国の多さからも当時は日本で競馬の
オリンピックがついに開催されると言われ
ました。
創設から1990年までの10年間は外国
招待馬の8勝に対し、日本馬はカツラギ
エースとシンボリルドルフの2勝に止まり
外国招待馬が圧倒的に活躍して
いましたが、その後は有力な外国招待馬が
来なくなったからなのか、日本馬の活躍が
目立つようになり、また近年は同時期に
開催される香港国際競走に外国馬の
多くが参戦するようになってしまったため
ジャパンカップへの外国招待馬の出走
頭数も激減し、名前ばかりの国際招待
競走になってしまいました。
よって2004年から2013年までの
10年間においての外国招待馬はわずか
1勝、日本馬は9勝と完全に逆転していて
日本における単なる重賞レースの1つに
なってしまっているのがとても残念です。
思い出のレースはジュピターアイランドが
英国産馬として初めて優勝した昭和61年
第6回ジャパンカップです。
昭和61年のジャパンカップは一昨年には
カツラギエースが日本勢として初めて
優勝を飾り、前年は日本が誇る歴史的
名馬、皇帝シンボリルドルフが優勝する等
3年連続での優勝を目指し、日本勢は
意気上がっていました。
この年の招待馬はフランスからは鉄の女と
言われたG1馬トリプティク、英国からは
G1馬アレミロード、ジュピターアイランドと
トミーウェイ、カナダからはキャロティーン
豪州からはウェイバリースター、そして
ジャパンカップでは毎回好成績をあげて
いる米国からはフライングビジョンが参戦。
一昨年のカツラギエース、昨年のシンボリ
ルドルフの優勝で意気上がって迎え撃つ
日本勢は二冠馬ミホシンザンを筆頭に
サクラユタカオー、ギャロップダイナ、クシロ
キングの3頭の天皇賞馬やスダホーク
ラグビーボール、地方からはジュサブロー
等、日本が誇る最強馬達が出走し、
3年連続の優勝に期待が集まりました。
1番人気はサクラユタカオーで2番人気は
オーストラリアのウェイバリースター、
ミホシンザンは4番人気でジュピター
アイランドは8番人気での出走となりました。
レースはスタートしてクシロキングが静かに
先頭に立って逃げ、2番手にアレミロード
4番手にミホシンザン、その後ろから
サクラユタカオーが続き、トリプティクは
中団、ギャロップダイナとウェイバリー
スターは中団よりやや後ろから進み
ジュピターアイランドは後方からの
競馬となりました。
向こう正面でクシロキングが3番手以下に
5馬身差をつけて軽快に逃げ、終始
アレミロードが2番手をキープする中
第3コーナーでミホシンザンとジュサブロー
が仕掛け、サクラユタカオーも上がって
いって先頭集団との差を詰め、
第4コーナーでは各馬が一団となり
クシロキングが先頭で直線の勝負へ。
直線に入って横一線となる中、クシロ
キングを交わしてアレミロードが先頭に
立つと、内からミホシンザン、外から
ジュピターアイランドが鋭く伸び、ジュピター
アイランドがアレミロードを交わしに
かかるとアレミロードも一歩も譲らず、
ジュピターアイランドとアレミロードが
ジャパンカップ史上に残る壮絶な叩き
合いを演じ、2頭がほとんど同時に
ゴール板を通過するも、8歳馬ジュピター
アイランドがわずかアタマ差アレミロードを
おさえ、レコードタイムで勝ち、英国産馬
として初の優勝を飾りました。
日本勢は内からミホシンザンも必死に
追い込み3着に入ったものの、外国馬の
最後の直線での底力を改めて見せつけ
られたレースとなりました。

8歳馬による中央競馬での初のG1勝ちを
おさめたジュピターアイランドはジャパン
カップで有終の美を飾る形で引退し、
その後、種牡馬となりましたが、代表
産駒には恵まれず、記録によりますと
1998年7月25日に19年の生涯に
幕を下ろしたとのことです。
今週は、東京競馬場で今年も名ばかりの?
国際招待競走第44回ジャパンカップが
行われます。
今年は久しぶりに欧州から実力馬3頭が
参戦、日本勢も実力馬が顔を揃える等
面白いレースになりそうです。
ドウデュース、ジャスティンパレス、
チェルヴィニア、日本ゆかりの
オーギュストロダンに注目しています。
今週も全人馬の無事を祈りながら
レースを観ます。

