昨日、新潟競馬場で行われました第44回

新潟2歳ステークスは6番人気のトータル

クラリティが直線で鋭く伸びて先頭に立ち

1度はコートアリシアンに交わされるも

ゴール前でのたたき合いを内から差し返し

デビュー2連勝で重賞初制覇を飾りました。

2着には1番人気のコートアリシアンが入り

3着には5番人気のプロクレイアが入り

ました。

また、8月18日バブルガムフェロー、ダンス

インザダーク、ロイヤルタッチと共に

サンデー四天王として活躍した1996年の

皐月賞馬イシノサンデーが老衰のため

31歳で亡くなったとの訃報が届きました。

長い間、本当によく頑張ってくれました。

天国で旧友達と会ってゆっくり休んで下さい

お疲れさまでした。

夏競馬もいよいよ最終週となり、今週は

新潟競馬場でフィナーレを飾る新潟記念が

行われます。

1965年に4歳(現3歳)以上の競走馬

によるハンデキャップの重賞競走として

創設され、新潟競馬場で行われる重賞

競走では最も歴史が古いレースであり

現在は秋の中長距離戦線へ向けた

前哨戦としても位置付けられています。

 

思い出の馬は、魔性の馬、悪魔の使い

とも言われたかタケデンバードの弟

昭和51年第12回新潟記念優勝馬

タケデンジャガーです。

タケデンジャガーの父はグスタフで

代表産駒には菊花賞馬プレストウコウが

います。

タケデンジャガーは昭和50年の

クラシック組で同期には二冠馬

カブラヤオー、天皇賞馬エリモジョージ

有馬記念馬イシノアラシやロングホーク

イシノマサル等がいます。

タケデンジャガーは良血として旧馬齢3歳

夏の新潟の新馬戦でデビューしましたが

初戦が5着、2戦目が2着と惜敗しました。

その後秋の福島の未勝利戦で初勝利を

挙げると、兄も相性が良かった中京の

特別戦で2勝目を挙げました。

次の中京3歳ステークスではロングファスト

の6着に敗れると年が明けて4歳になった

タケデンジャガーはその後なかなか勝つ

ことはできず、4歳中距離ステークスで

2着に入るも、結局ダービーへの出走は

叶いませんでした。

そして皮肉にもダービー当日の条件特別戦

で勝利し、3勝目を挙げることができました。

続いて当時残念ダービーと言われた

日本短波賞に挑みましたが、しんがりの

14着に大敗しました。

その後、タケデンジャガーは条件クラスで

戦いつづけ、秋の条件戦でようやく

4勝目を挙げ、続き昇級戦となる特別戦で

2着に入るなど、徐々に成績も安定して

きました。

4歳の年、タケデンジャガーは16戦して

1着2回、2着3回という成績に終わり

ました。

 

年が明けて5歳古馬になったタケデン

ジャガーは金杯に参戦するも惨敗に終わり

続く中京でのオープン競走で2着になるも

中日新聞杯ではスリーヨークの10着に

大敗する等、重賞レースではなかなか

成績を挙げることはできませんでした。

6月から再び相性の良い中京に遠征すると

準オープンの特別レースを快勝し、8ヶ月

ぶりに5勝目を挙げることができました。

 

そして活路を見出すため、初の夏の新潟

シリーズに遠征し、緒戦の関屋記念に出走

するも、快速馬ニシキエースの前に大差の

8着に敗れてしまいました。

そして次に新潟記念に参戦しました。

このレースにはローカルの鬼と言われ

斤量60キロのトップハンデを背負った

古豪ノボルトウコウをはじめ、重賞勝ち馬

ウエスタンリバーやアンセルモ、ライバ

フット等が出走しました。

1番人気はクリアロハでタケデンジャガーは

5番人気に推されました。

レースは軽量ハンデのホウヨウシルバアが

逃げ、その後ろからユザワジョウと

クリアロハが続き、タケデンジャガーと

ノボルトウコウは中団からという展開で

レースは進みました。

第3コーナーから第4コーナーにかけて

各馬が一斉に仕掛け、一団となって直線の

勝負へ。

直線に入って内を通ったタケデンジャガー

が鋭く伸びて一気に先頭に立つと

追い込んできたライバフットやアンセルモを

おさえて勝ち、念願の重賞初制覇を果たし

ました。

しかし、この勝利がタケデンジャガーに

とっての最後の勝利となってしまいました。

その後、6歳まで現役を続け6戦しましたが

福島記念での2着が目立つくらいで、

中京で行われた中日新聞杯での9着を

最後に二度と競馬場に姿を見せることは

ありませんでした。

その後、タケデンジャガーがどのような

運命を辿ったかについては不明となって

いるのが残念です。

 

今週は新潟競馬場で夏競馬のフィナーレを

飾る第60回新潟記念が行われます。

レッドラディエンス、ライトバック、セレシオン

キングズパレスに注目しています。

今週も全人馬の無事を祈りながら

レースを観ます。

昨日、札幌競馬場で行われましたスーパー

GⅡ伝統の第60回札幌記念は

ボッケリーニが浜中騎手の好判断により

右後肢ハ行のため競走除外となるという

予想外の中、道中2番手を追走した5番

人気のノースブリッジが直線で抜け出し

後続馬をおさえて優勝、3つ目の重賞を

獲得しました。

2着には3番人気の皐月賞馬ジオグリフ

3着には4番人気のステラヴェローチェが

入り、1番人気に推されたプログノーシスは

スタートで後手を踏み、終始後方からの

競馬となってしまい、直線で追い込んで

来たものの4着に敗れ、史上4頭目の

札幌記念連覇はなりませんでした。

またこの日、パリ五輪の総合馬術団体で

日本勢では92年ぶりのメダルとなる銅を

獲得した戸本選手が札幌競馬場で

札幌記念を含む特別戦の3レースで

誘導馬に騎乗して各馬を誘導し、場内を

熱く盛り上げてくれました。

改めて戸本選手、メダル獲得、おめでとう

ございます。

今週は夏競馬も終盤戦に入り新潟競馬場

で第44回新潟2歳ステークスが行われます。

新潟2歳ステークスは、1968年に新潟

競馬場の3歳(現2歳)馬によるオープン

競走新潟3歳ステークスの名称で創設

されました。

1984年にグレード制の導入によりG3に

格付けされ、行われています。

2歳世代において最初に行われるマイル

以上の距離での重賞競走であり、歴代の

優勝馬や出走馬からはクラシックを制した

ビクトリアクラウンやメジロドーベルをはじめ

ハーブスター、イスラボニータ等、後に

多くの重賞勝ち馬を輩出しており、昨年

優勝したアスコリピチェーノも桜花賞で

1番人気に推され、2着になっている

ことから、翌年のクラシック戦線を占う

意味でも重要なレースとなっています。

 

思い出の馬は、デビューから3連勝

新潟3歳チャンピオン 昭和57年第2回

優勝馬スティールアサです。

スティールアサの父は昭和を代表する

短距離系種牡馬スティールハートで代表

産駒にはマイル王ニホンピロウイナーを

はじめ、タカラスチール、ナルシスノワール

マザートウショウ等がいます。

スティールアサは昭和58年の牝馬

クラシック組で同期には桜花賞馬

シャダイソフィア、オークス馬ダイナカール

エリザベス女王杯馬ロンググレイスや

メジロハイネ、グローバルダイナ等が

います。

千葉で誕生したスティールアサは旧馬齢

3歳7月の新潟でデビューし、新馬戦では

ゲートが開くと同時に桁違いのスピードで

逃げまくり、最後はレコードタイムで圧勝

しました。

続く後の天皇賞馬ギャロップダイナも

出走したチューリップステークスでも

スピードの違いを見せつけ、4馬身差を

つけて圧勝、新馬・特別を連勝により

いわゆるクラシックに向けてのエリート

街道に乗りました。

2連勝したスティールアサは次に新潟3歳

チャンピオン決定戦、新潟3歳ステークス

に駒を進めました。

このレースでもスタートすると、すぐに

スピードの違いを見せて先頭に立って

逃げ、直線に入ってもスピードは全く

衰えることなく、余力を残して2着馬に

1馬身1/4差をつけて圧勝。

3連勝を飾ると共に関東の牝馬クラシック

の有力候補となりました。

しかし、この勝利がスティールアサに

とっての最後の勝利になると、この時

誰が思ったでしょうか。

東京に戻って出走した京成杯3歳Sで

6着に沈み、初めての敗戦と味わうと

その後燃え尽きてしまったかのように

暮れに行われた3歳牝馬ステークスでも

9着に惨敗。

馬体を立て直し、年が明けて4歳になった

スティールアサはオープン特別に出走

しましたが8着に大敗し、その後活路を

見出すため、デビュー地である新潟に

遠征し、BSN杯に出走しましたが、

最下位に終わり、このレースがスティール

アサにとっての最後のレースとなりました。

 

引退したスティールアサは繁殖牝馬となり

生涯で14頭の産駒を輩出し、勝ち馬は

出したものの、代表産駒には恵まれません

でした。

記録によりますと1984年から繁殖入りし

2002年に繁殖牝馬を引退とありますが

引退後、スティールアサがどのような

余生を送ったのかの記録が残っていない

のが、とても残念です。

 

今週は新潟競馬場で新潟2歳チャンピオン

決定戦第44回新潟2歳ステークスが

行われます。

コートアリシアン、シンフォーエバー

プロクレイア、トータルクラリテイに

注目しています。

今週も全人馬の無事を祈りながら

レースを観ます。

先日、新潟競馬場で行われました第59回

関屋記念は、3番人気のトゥードジボンが

好スタートからハナを奪うと、新潟の長い

直線でも失速することなく、後続馬達の

追い上げをしのぎきって優勝。

初の重賞制覇を果たしました。

2着には8番人気のディオ、3着には

1番人気に推されたジュンブロッサムが

入り、2番人気に支持されたプレサージュ

リフトは5着に敗れました。

今週は、札幌競馬場で秋競馬を占う上でも

重要な夏の大一番、スーパーG2 伝統の

第60回札幌記念が行われます。

札幌記念は1965年に旧4歳(現3歳)以上

の馬による重賞競走として創設され、

札幌競馬場で施行する最も歴史が古い

重賞競走です。

また札幌競馬場は寒冷地のため、

昭和期は芝コースが設置されておらず、

左回りや右回りのダートで施行されて

いましたが、1990年から右回りの

芝コースでの施行に変更され現在に

至っています。

昭和期においてダートコースで行われて

いた時代の札幌記念は、中央競馬の

ダート重賞自体が少なかったため、貴重な

存在となっていました。

1997年からは夏季競馬開催では唯一

となるG2に格上げされ、格上げ後は、

開催時期の関係から夏季に開催される

数少ない定量戦であることや賞金の高さ

から、昭和期にはマーチス、トウショウ

ボーイやクライムカイザー、最近でも

シャフリヤール、ジャックドール、ソダシや

ブラストワンピース等、G1を優勝している

馬や後にG1を勝利する馬が出走するなど

毎年、豪華なメンバーが出走することと

G2としては高額に設定された賞金

から、スーパーG2とも呼ばれています。

 

思い出の馬は、札幌記念を連覇し、

ダートと重馬場の鬼と言われたオーバー

レインボーです。

オーバーレインボーは昭和55年の

クラシック組で同期には、天皇賞馬

モンテプリンス、有馬記念馬アンバー

シャダイ、ダービー馬オペックホース、

皐月賞馬ハワイアンイメージ、菊花賞馬

ノースガスト、快速馬サクラシンゲキや

サーペンプリンス等がいます。

オーバーレインボーは旧馬齢4歳1月の

阪神でデビューし、新馬2戦とも2着に

敗れましたが、3戦目の条件特別で

初勝利を挙げるという異色のスタートを

切りました。

そして4月の条件特別で2勝目を挙げると

東上してNHK杯に出走、5着に入った

ことで何とかダービーへの出走権を獲得し

ダービーに挑みましたが、オペックホース

の前に13着に終わりました。

その後オーバーレインボーは夏の函館

シリーズに参戦し、条件特別に勝って

3勝目を挙げると、秋緒戦として菊花賞

トライアル京都新聞杯に出走。

このレースでオーバーレインボーは春の

主役だったモンテプリンスやこの後

菊花賞に優勝するノースガストやタカノ

カチドキをやぶって優勝、重賞初制覇を

果たすと共に菊花賞の穴馬的有力候補に

躍り出ました。

しかし本番の菊花賞ではノースガストの

6着に終わりました。

続いて出走した阪神大賞典では3着に

入るなど、この年の1月にデビュー

したオーバーレインボーは暮れまで

15戦して4勝、うち重賞1勝という

酷使された中で結果を残しました。

年が明けて古馬となったオーバー

レインボーは、金杯では13着と大敗して

しまいましたが、不良馬場で行われた

サンケイ大阪杯で2着に入り、その後

一流古馬の王道路線だった天皇賞春、

宝塚記念、高松宮杯に出走しましたが

勝つまでには至りませんでした。

次に当時は通常の重賞競走だった

金鯱賞に出走すると1番人気で圧勝し

2つ目の重賞を獲得しました。

 

しかし、秋競馬では成績が振るわず、

暮れの阪神大賞典で2着に入ったのが

目立つぐらいでした

年が明けて6歳になったオーバー

レインボーは2戦目のサンケイ大阪杯で

前年同様に2着に入り、天皇賞春に再び

挑戦しましたが、無冠の帝王モンテ

プリンスの前に12着に終わりました。

その後、夏の休養なく北海道シリーズに

参戦、札幌日経賞でキタノリキオーの2着

とした後、札幌記念に出走しました。

このレースには前年の覇者キタノリキオー

の他、後の天皇賞馬キョウエイプロミスや

エリモローラ、キヨヒダカ等が出走し、

1番人気は斤量60.5キロのキタノリキオー

オーバーレインボーは2番人気に支持され

ました。

レースはミホバルカンの逃げで始まり、

向こう正面で一気にキタノリキオーが

先頭に立つと、その後ろからブロケードや

キヨヒダカが続き、中団を進んでいた

オーバーレインボーも第4コーナーで

一気に差を詰めて直線の勝負へ。

直線に入ってオーバーレインボーが一気に

キタノリキオーを交わして先頭に立つと

追い込んで来たシルクリキオーやロング

ミラーに2馬身差をつけて圧勝。

3つ目の重賞を獲得しました。

しかし、その後芝の函館記念で10着に

敗れ、秋競馬に入ってからも京都大賞典

11着と安定しませんでしたが、その後の

京都記念、京阪杯、阪神大賞典では

2着に入るなど、本格化を示しました。

 

年が明けて7歳になったオーバー

レインボーは現役を続行し、7歳緒戦

日経新春杯に出走しました。

このレースにはテンポイントの甥にあたる

ワカテンザン、メジロアサマの仔メジロ

カーラやダービー馬オペックホース等が

出走し、オーバーレインボーは4番人気に

推されました。

レースはホースメンワイルドが逃げる中

好位を進んだオーバーレインボーが

第4コーナーで差を詰めると、直線に

入って内をついて鋭く伸びて先頭に立ち

追い込むメジロカーラをぎりぎりおさえて

優勝、4つ目の重賞制覇を果たしました。

その後、3年連続で出走したサンケイ

大阪杯を3着とした後、やはり3年連続で

天皇賞春に挑みましたが、またしても

9着に敗れ、天皇賞制覇という悲願達成は

なりませんでした。

天皇賞後、今年も北海道シリーズに参戦

したオーバーレインボーは札幌日経賞を

1番人気で快勝し、連覇を狙って再び

札幌記念に出走しました。

このレースには皐月賞馬ハワイアン

イメージやエリモカップ、ドウカンヤシマ

後のダート王者ロバリアアモン、

大井から移籍してきたアズマキング等が

出走し、斤量60.5キロを背負った

オーバーレインボーが1番人気に推され

ました。

レースはカツマサタイコウとエリモローラが

先行し、オーバーレインボーとハワイアン

イメージは中団からの展開となりました。

第3コーナーから第4コーナーで仕掛けた

オーバーレインボーが直線に入って

外から鋭く伸びて、逃げ粘るカツマサ

タイコウとエリモローラを直線半ばで捉え

綺麗に差し切って優勝。

札幌記念連覇を果たすと共に5つ目の

重賞を手にしました。

しかし、この勝利がオーバーレインボー

にとっての中央での最後の勝利となり

ました。

続く函館記念では斤量61キロと不良

馬場が影響したのか9着に敗れました。

その後オーバーレインボーは暮れの

オープン競走で4着後に休養に入り

年が明けて8歳になったオーバー

レインボーでしたが、現役を続行し、

6ヶ月の休養後、宝塚記念で復帰した

ものの、見せ場なく11着に敗れ、

このレースがオーバーレインボーに

とっての中央での最後のレースとなり

ました。

 

記録によりますとオーバーレインボーは

その後岩手競馬に移籍し、10歳まで

現役を続け、29戦5勝の成績を残し

引退後オーバーレインボーは種牡馬と

なり、1988年から繋養されましたが

内国産種牡馬不遇の時代であったため

勝ち馬は出したものの、代表産駒を

残すことは出来ませんでした。

1994年に種牡馬を引退とありますが

その後オーバーレインボーがどのような

余生を過ごしたかの情報が無いのが

とても残念です。

 

今週は札幌競馬場で夏の大一番

第60回札幌記念が行われます。

プログノーシス、シャフリヤール

ステラヴェローチェ、ボッケリーニに

注目しています。

今週も全人馬の無事を祈りながら

レースを観ます。