ハイセイコーのブログ -26ページ目
昨日、京都競馬場で行われました
クラシック最終戦第85回菊花賞は2番
人気のアーバンシックが直線で鋭く伸びて
他馬を引き離して優勝を飾り、最後の
1冠を獲得しました。
2着に4番人気のヘデントール、3着には
7番人気のアドマイヤテラが入り、1番人気
に推されたダービー馬ダノンデサイルは
直線で追い込んで来たものの6着に敗れ
ました。

今週は、東京競馬場で伝統の第170回
天皇賞秋が行われます。
天皇賞の歴史は古く、昭和12年秋から
帝室御賞典という名称で行われました。
帝室御賞典は戦争のため昭和19年に
戦争のため中止され、昭和22年春に
平和賞の名称で再開し、同年秋からは
天皇賞と改称され現在に至っています。
そして創設以来、当初は1度優勝した馬は
再出走を認めないとされてきましたが、
昭和56年に制度が廃止され、過去の
優勝馬も再出走が可能になりました。
またその後、スタミナよりもスピードの強化
を重視する意見などにより、賛否両論が
あったものの、昭和59年から秋の天皇賞
は施行距離が2000mに短縮され、更に
古馬の最高峰として位置づけられてきた
天皇賞でしたが、昭和62年からは4歳馬
も出走が可能になり、これにより各馬は
様々な選択肢が取れるようになりました。
天皇賞への再出走が可能となったことで
引退時期が延び、天皇賞連覇や天皇賞馬
同士の激突や3歳馬と古馬の戦いが
見られることで新たな天皇賞に変貌
しましたが、一方で距離が短くなったことで
東京競馬場での1周目のストレッチで沸き
起こる大歓声が聞けなくなったことが
残念であると共に強い馬よりスピード馬を
つくることが、本当に世界の競馬に対応
できるのかという懸念も生まれました。
中距離馬にも天皇盾の夢をということでは
仕方がないことかも知れません。
私個人としては古馬の最高峰という伝統は
継承して欲しかったと今でも思っています。
思い出の馬は、数奇な運命を辿った
昭和53年第78回優勝馬名牝トウメイの仔
テンメイです。
テンメイの父は長距離系種牡馬ルイス
デールで代表産駒には福島記念を勝った
シュランダーやキヨヒホウ等がいます。
母は天皇賞や有馬記念に優勝し、牝馬
初の年度代表馬にも輝き、私も子供心に
大好きだった名牝トウメイです。
テンメイは昭和52年のクラシック組で
同期には外車マルゼンスキー、ダービー馬
ラッキールーラ、菊花賞馬プレストウコウ、
有馬記念馬カネミノブ、皐月賞馬ハード
バージ、ヒシスピード等がいます。
名牝トウメイの仔として生まれ注目された
テンメイは旧馬齢3歳秋の京都で
デビューし、初戦の新馬戦は4着に敗れた
ものの、3戦目の未勝利戦で初勝利を
挙げました。
年が明けて4歳になったテンメイはその後
なかなか条件戦を勝つことは出来ず、春の
クラシック戦線への出走は叶いません
でした。
しかし、7月の中京で2勝目を挙げると
関西に戻って条件戦を2連勝して4勝目を
挙げ、ぎりぎりでクラシック最終戦菊花賞に
参戦することが出来ました。
この菊花賞には春のクラシック組から
ダービー馬ラッキールーラやカネミノブ、
菊花賞トライアルのセントライト記念や京都
新聞杯に優勝し本格化したプレストウコウ
等が参戦し、1番人気はダービー馬
ラッキールーラで、距離に疑問があると
思われていたプレストウコウは3番人気
となり、名牝トウメイの仔とはいえ、重賞
初挑戦となるテンメイは9番人気での
出走となりました。
レースは九州が生んだ快速馬オサイチ
セイダイが逃げ、その後ろからラッキー
ルーラが続き、カネミノブは4番手
プレストウコウは中団、そしてテンメイは
後方からの競馬となりました。
第3コーナーの手前でラッキールーラが
早くも先頭に立つと、テンメイも仕掛けて
一気に3番手まで上がっていきました。
第3コーナーの下りでテンメイとメグロ
モガミがラッキールーラを交わして
直線の勝負へ。
直線に入ってテンメイとメグロモガミが
競り合いを演じ、テンメイが僅かに先頭に
立つと、実況の杉本アナは「テンメイ先頭、
テンメイ先頭、テンメイが先頭だ、トウメイが
待っているぞ」と母の名前も出して
名実況が飛び出し、私もテンメイを
応援していましたが、外からまさかの
グスタフの仔のプレストウコウが強襲し、
テンメイをゴール前で差し切って優勝。
テンメイは惜しくも2着に敗れてしまい
ました。

そしてテンメイは続くオープン競走で3着、
阪神大賞典でも2着と好走し、菊花賞が
フロックではないことを証明しました。
年が明けて古馬となったテンメイは
復帰戦のサンケイ大阪杯は8着に終わり
ましたが、母トウメイが2連覇した
マイラーズカップで牝馬二冠を制した
インターグロリアの2着に入るなど今後の
活躍が期待されました。
秋に復帰したテンメイはオープン競走を
2着とした後、東上し母も優勝した秋の
天皇賞に挑みました。
この天皇賞には菊花賞で敗れたプレス
トウコウやカシュウチカラ、重賞2連勝中の
リュウキコウや後の有馬記念馬カネミノブが
参戦しました。
1番人気はリュウキコウでテンメイは5番
人気での出走となりました。
昭和40年にシンザンが勝って以降、1番
人気の馬がことごとく敗れているという
秋の天皇賞。
この年の天皇賞も予想外のアクシデント
から始まりました。
枠入り直後にパワーシンボリがゲートに
噛みついてスタートできず、発走のやり直し
(カンパイ)という珍事が発生し、一旦
ゲートから出て、かなり走ってしまった
馬達は呼び戻され、発走前のファン
ファーレから再びやり直すという前代
未聞のトラブルが発生したことで、
場内は騒然となりました。

場内が騒然とする中、再スタートとなった
レースはダンケンジが最初のハナを奪って
逃げましたが、1週目の正面スタンド前で
大歓声に興奮したのか、プレストウコウが
暴走気味に先頭に立ち、向こう正面に
入ると10馬身近い差をつけて逃げるという
予想外の展開の中、ダンケンジ、カネミノブ
が続き、カシュウチカラとテンメイは後方
から、1番人気のリュウキコウは
最後方からという縦長の展開となりました。
第4コーナーで一気に各馬がプレストウコウ
との差をつめて直線の攻防へ。
プレストウコウが更に逃げ脚を伸ばす中
内からカシュウチカラ、外からテンメイと
リュウキコウが追い込み、最後はテンメイが
鋭く伸びて逃げるプレストウコウをゴール
前で半馬身差交わして優勝。
初重賞制覇が天皇賞となると共に、史上
初の母子天皇賞制覇を成し遂げました。
同一馬主、同一調教師、同一騎手による
勝利となったほか、母トウメイと同じ大外
12番枠からの半馬身差勝利という、
まさに偶然とは思えない、神に導かれた
運命の勝利となりました。

その後テンメイは阪神大賞典で1番人気に
推されましたが、6着に敗退してしまい
ました。
年が明けて6歳になったテンメイは現役を
続行したものの、重賞競走で敗退が続き
それでも中京で行われた京都大賞典で
後の菊花賞馬ハシハーミットやリュウ
キコウ、メジロイーグル等をやぶって
レコード勝ちする等、まだまだやれるという
姿を見せましたが、この勝利がテンメイに
とっての中央での最後の勝利となりました。
この年の有馬記念を最後に引退する予定
となっていましたが、長距離血統が
嫌われたのか、どこの牧場からも声が
掛からず、日本中央競馬会による買上も
実現しなかったため、テンメイは現役を
続行せざるを得なくなりました。
その後、テンメイを種牡馬として引き取る
という人物が現れたため、テンメイは宝塚
記念を最後に引退しました。
しかし、テンメイを種牡馬にする約束で
購入した方が約束を違え、岩手や水沢で
て競走馬生活を続けていることが判明。
この事実に馬主や調教師の元には抗議の
電話や手紙が殺到。
ついには「テンメイを守る会」が結成され、
ファンが地方で走るテンメイをずっと見守り
続け、引退後は「テンメイを守る会」に
テンメイは譲渡され、生まれ故郷の藤沢
牧場で種牡馬となりました。
しかし、内国産種牡馬不遇の時代にあって
ステイヤー系種牡馬のテンメイは繁殖牝馬
にも恵まれず、目立った活躍馬を送り出す
ことは出来ませんでした。
記録によりますと
1993年10月7日、左前脚骨折のため
安楽死の処置がとられ、母トウメイより
先に天国に旅立ってしまいました。
享年19歳でした。
今週は、東京競馬場で伝統の第170回
天皇賞秋が行われます。
ドウデュース、リバティアイランド
ソールオリエンス、ジャスティンパレス
に注目しています。
今週も全人馬の無事を祈りながら
レースを観ます。
一昨日、京都競馬場で行われました牝馬
クラシック最終戦、2頭の女王対決と
言われた第29回秋華賞は1番人気の
チェルヴィニアが直線で鋭く伸びて優勝を
飾り、オークスとの2冠制覇を果たしました。
2着は外から猛然と追い込んだ5番人気の
ボンドガールが入り、2番人気のステレン
ボッシュは3着に終わりました。

今週は、京都競馬場でクラシック競走の
最終戦第85回菊花賞が行われます。
菊花賞はイギリスのセントレジャーを範に
とり、1938年に京都農林省賞典四歳呼馬
の名称で4歳 (現3歳)馬による重賞競走
として創設されました。
そして1948年より現名称の菊花賞となり
クラシック3冠競走の最終戦として
行われています。
昭和期から皐月賞は最も速い馬が勝つ
日本ダービーは最も運のある馬が勝つと
呼ばれるのに対し、菊花賞はスピードと
スタミナを兼ね備えた最も強い馬が勝つと
言われてきました。
また菊花賞の走行距離は3,000mの
長距離レースなのですが、菊花賞は
必ずと言っていいほど、スローペースに
なることが多く、そのため昭和の時代から
京都の3,000mはマイラーでも持つと
言われてきました。
思い出の馬は、若き天才福永洋一を背に
常識を覆した昭和46年第32回優勝馬
ニホンピロムーテーです。
ニホンピロムーテーの父は昭和を代表する
ステイヤー系種牡馬ムーティエで代表
産駒には幻の三冠馬と言われた二冠馬
タニノムーティエ、天皇賞馬カミノテシオや
レデースポート、ホースメンホープ、
フセノスズラン等がいます。
ニホンピロムーテーは昭和46年の
クラシック組で同期には疾風の差し脚と
言われた二冠馬ヒカルイマイ、天皇賞馬
ベルワイドやオンワードガイ、コーヨー
メジロゲッコウ、ヤシマライデン、ゼンマツ
フィドール、ヒデチカラ、ハスラー、ダコタ
ミリオンパラ等、昭和を代表する個性派の
馬達が名を連ねています。
ニホンピロムーテーは旧馬齢3歳秋の
京都でデビューし、連投を含めて新馬戦を
3戦するも2着2回、3着1回と惜敗し
初勝利は年が明けて4歳になってからの
5戦目の未勝利戦でした。
しかし、続く条件特別戦に勝って2連勝を
飾り、シンザン記念はフィドールの7着に
敗れましたが、続く条件特別を勝って3勝を
挙げ、続いて挑んだ毎日杯では関西の
クラシック有力馬フィドール、シバクサ、
シングン等をやぶって重賞初制覇を果たし
堂々とクラシックに名乗りを挙げました。
きさらぎ賞を勝ったヒカルイマイ共々
東上したニホンピロムーテーはオープン
競走で4着後、皐月賞に挑みましたが
ヒカルイマイの前に10着と大敗してしまい
ました。
そして続いて出走を予定していたNHK杯は
熱発のため回避するなど、体調も崩し、
本番の日本ダービーではまたしても
ヒカルイマイの前に8着に敗れてしまい
ました。
その後、ニホンピロムーテーは夏の函館に
遠征し、オープン競走に出走して1番
人気で勝つなど、復調の気配を見せ、
菊花賞を目指して関西に戻りました。
秋緒戦の神戸杯でスインホウシュウを
やぶって重賞2勝目を挙げると、続く
菊花賞トライアル京都新聞杯でもスイン
ホウシュウ、ヒカルイマイ、フィドール等を
やぶって優勝し、完全復活すると共に
重賞3勝目を獲得しました。

この京都新聞杯に出走し、3冠がかかって
いたヒカルイマイが屈腱炎を発症したため
菊花賞を回避してしまったこともあって
クラシック最終戦の菊花賞では、ニホンピロ
ムーテーが1番人気に推されました。
春の主役だった二冠馬ヒカルイマイが
いない中で、レースはミリオンパラの
出遅れでスタートし、シンテツオーが逃げ
エリモカップとスインホウシュウ、
ハーバーローヤルが先行集団を形成し、
その後ろからベルワイド、ニホンピロ
ムーテーが続き、ヤシマライデンは後方
から進みました。
第1コーナーを回って、超スローペースに
耐えきれず、ハーバーローヤルが折り
合いを欠いておさえきれずに先頭に立つと
第2コーナーでその後にいたニホンピロ
ムーテーがハーバーローヤルを交わして
先頭に躍り出るという前代未聞の
展開となりました。
この光景に場内はどよめき、杉本アナも
「引っ掛かったのか、それとも福永騎手の
作戦か」と実況しました。
例年菊花賞はスローペースになる場合が
多く、それゆえに京都3000はマイラーでも
持つと今でも言われてきました。
それでも京都の坂はゆっくり上って、
ゆっくり下らなければならないのが常識と
なっていただけに、若き天才福永騎手と
ニホンピロムーテーの暴走ともいえる
一世一代のこの走りは今でも伝説として
語り継がれています。
福永騎手のこの作戦は功を奏し、先頭で
直線に入ったニホンピロムーテーは
失速することなく、スインホウシュウの
追撃を3/4馬身抑えて優勝を飾り、
第32代菊花賞馬に輝きました。
クラシックで1番人気に推された馬での
若き騎手による確信のもとで行われた
常識破りのこの大パフォーマンスは
凡人では到底できるはずもなく、天才
福永洋一ジョッキーだからこそ出来た
芸当だと評されています。

年が明けて古馬になったニホンピロ
ムーテーは春の天皇賞を目指して
始動し、京都金杯では1番人気に支持され
ましたが10着に大敗し、続くスワン
ステークスでも最下位の8着に敗れるなど
精彩を欠きました。
それでも続く中日新聞杯では斤量61キロ
を背負いながら優勝し、5つ目の重賞を
獲得しました。
しかし、ニホンピロムーテーは古馬に
なってから脚部不安を抱えたことから
満足な成績が挙げられなくなってしまい
ました。
年が明けて6歳になったニホンピロ
ムーテーは脚部不安を抱えながらも
現役を続行し、1月のオープン競走で
2着後、それでも続く京都記念では
ハマノパレードの2着に入るなど善戦し
菊花賞馬の存在感を示しました。

続いてニホンピロムーテーはサンケイ
大阪杯参戦。
このレースには前走の京都記念で敗れた
ハマノパレードや牝馬クラシック二冠を
制したアチーブスターが出走。
ハマノパレードとニホンピロムーテーの
一騎打ちと見られていました。
レースはシバタケの大逃げで始まり、
ハマノパレードとニホンピロムーテーは
お互いを牽制し合うように後方からの
競馬となりました。
第3コーナーでハマノパレードが仕掛けて
先頭集団との差を詰めるとニホンピロ
ムーテーも内から差を詰めて直線の
勝負へ。
直線に入ると内をついたニホンピロ
ムーテーが鋭く伸びて、シバタケを一気に
交わして先頭に立ち、外から必死に
追い込んで来るハマノパレードに
1馬身1/2差をつけて6つ目の重賞優勝を
飾りました。

しかし、この勝利がニホンピロムーテーに
とっての最後の勝利となりました。
秋になって脚部不安を抱えながら、
出走したサファイヤステークスで16頭中
大差の15着に敗れたのを最後にニホン
ピロムーテーは引退を決意し、競馬場に
別れを告げました。
1974年から種牡馬として供用された
ニホンピロムーテーでしたが、昭和期
内国産種牡馬受難の時代にあって、
長距離血統やムーティエ特有の気性の
激しさも嫌われたのか、産駒には
恵まれませんでした。
記録によりますと
残念ながら死因については不明ですが
1984年2月27日ニホンピロムーテーは
静かに天国に旅立って行ったとのことです。
享年17歳でした。
今週は京都競馬場でクラシック3冠競走の
最終戦となる第85回菊花賞が行われます。
ダノンデサイル、アーバンシック、コスモ
キュランダ、メリオーレムに注目しています。
今週も全人馬の無事を祈りながら
レースを観ます。
昨日、東京競馬場で行われました第75回
毎日王冠は1番人気の3歳馬シックス
ペンスが直線に入って鋭く伸び、ゴール前
で古馬のホウオウビスケッツをクビ差
差し切って優勝を飾り、重賞2勝目を挙げ
ました。
2着には4番人気のホウオウビスケッツ
3着には5番人気のエルトンバローズが
入り、2番人気のローシャムパークは
必死に追い込むも10着に敗れました。

そして、昨日フランスのパリロンシャン
競馬場で行われた第103回凱旋門賞は
2番人気のブルーストッキングが先行から
力強く抜け出して優勝。
2着には7番人気のアヴァンチュール、
3着には6番人気のロスアンゼルスが入り
1番人気のソジーは4着に敗れ、日本から
参戦したシンエンペラーは12着に終わり
ました。
そして凱旋門賞のレース中に競走を
中止した地元フランスのアヤザークは
残念ながらその後亡くなったとのことです。
同馬は今年4月のガネー賞でG1初制覇。
昨年に続き、2年連続の参戦となった
今回の凱旋門賞を最後に、現役を引退して
種牡馬入りすることが決まっていただけに
この華やかな舞台で悲劇が起きてしまった
ことは本当に残念で、悲しい限りです。
アヤザークのご冥福を心からお祈り
いたします。

今週は、京都競馬場で牝馬クラシック
三冠目第29回秋華賞が行われます。
秋華賞は昭和期、4歳(現3歳)牝馬
クラシック路線の3冠目という位置づけで
1970年にビクトリアカップが創設され
ました。
その後1975年にエリザベス女王の来日
を記念して1976年にエリザベス女王杯が
創設されと距離や競走条件はビクトリア
カップを踏襲したものの、エリザベス女王
への敬意を表するため、ビクトリアカップ
からの引き続きではなく第1回エリザベス
女王杯として行われ、1995年まで牝馬
クラシック3冠目という位置づけで4歳
牝馬限定競走として行われていました。
その後、1996年に牝馬競走体系の
見直しに伴い、エリザベス女王杯は競走
条件が4歳牝馬限定から4歳以上牝馬に
変更され行われることになりました。
このエリザベス女王杯の位置づけの
変更により、エリザベス女王杯に代わる
4歳牝馬クラシックの3冠目として新たに
秋華賞が新設され、現在に至っています。
思い出の馬は、昭和50年旧名称での
最後の牝馬クラシック3冠目となった
第6回ビクトリアカップ優勝馬ヒダロマン
です。
ヒダロマンの父は昭和を代表する万能型
種牡馬ダイハードで代表産駒には
スイートフラッグ、スカイリーダ、タマホープ
スリーヨーク、コウイチサブロウ、スイノ
オーザ、インターグッド、トウホーパール等
がおり、弟にはアルゼンチン共和国杯や
オールカマーを勝ったブルーマックスが
います。
ヒダロマンは昭和50年の牝馬クラシック
組で同期には最速女王テスコガビー、
アンセルモ、トウホーパール、ヨネミノル
カバリダナー等がいます。
ヒダロマンは旧4歳1月の京都でデビューし
新馬戦で2着となった後、4戦目の
未勝利戦で初勝利を挙げました。
しかし、デビューが遅く、春に勝利を積み
上げられなかったため、春の牝馬
クラシック戦線に参戦することはできません
でした。
その後、夏の新潟の条件戦で2勝目を
挙げると、秋の京都での特別戦を連勝して
4勝目を挙げ、ギリギリで間に合った
当時の牝馬クラシック最終戦ビクトリア
カップに参戦しました。
この年の牝馬クラシック戦線では伝説的
名牝テスコガビーが圧倒的な強さを見せて
桜花賞、オークスの2冠を制し、3冠牝馬
間違いなしと言われていました。
テスコガビーもビクトリアカップを目指して
調整をしていましたが、9月にはゲート
練習中に右前球節挫創で9針も縫う重傷を
負い、その後は順調だったものの、
10月には調教中に捻挫をしてしまったため
ビクトリアカップへの出走を断念し、牝馬
3冠制覇の夢は叶いませんでした。
春の絶対的女王が出走することが出来ず
主役不在の中、レースには桜花賞2着の
ジョーケンプトン、オークス3着馬トウホー
パールの他カバリダナー、上り馬エース
コスモ、グリーンファイト等が出走し、
エースコスモが1番人気に推され、新鋭
ヒダロマンは4番人気での出走となり
ました。
レースは不良馬場の中、スタートすると
各馬なるべく馬場の良い外を走りながら
ジョーケンプトンがスローペースで逃げ
その後ろからハマノシャープ、カバリダナー
が続き、グリーンファイトは中団から
ヒダロマン、トウホーパールとエース
コスモは後方からという競馬となりました。
第3コーナーでカバリダナーが先頭に並び
かけようとする中、ヒダロマンも外から
一気に仕掛けて直線の勝負へ。
直線に入って内をついて伸びた
ヨドフレーヤとエースコスモが競り合いを
演じる中、外からカバリダナーが追い込み
更にその外からヒダロマンが豪脚を繰り
出して追い込み、エースコスモ以下を
一気にまとめて差し切って優勝を飾り
牝馬クラシック3冠目の女王に輝きました。

そして続く阪神大賞典でヒダロマンは
初めての対戦となる古馬の牡馬を相手に
3着に入るなど、大善戦しました。
年が明けて古馬になったヒダロマンは
京都記念に出走。
1番人気はメジロジゾウ、ヒダロマンは
2番人気に推されました。
レースはハンデ軽量のトムハンデンが逃げ
ヒダロマンはいつものように後方からの
競馬となりました。
第4コーナーで各馬一団となって直線の
攻防へ
直線に入って各馬が横一線になる大混戦
の中、内からメイセイヒカリ、真ん中から
ナラサンザンとヒダロマンが鋭く追い込み
3頭による競り合いとなりましたが、
ナラサンザンがクビ差ヒダロマンを押さえて
優勝を飾り、ヒダロマンは惜しくも2着に
敗れました。

その後ヒダロマンは天皇賞春に挑み
ましたが、6着に終わりました。
秋に入ってオープン競走7着、続く朝日
チャレンジカップでは11着に大敗して
しまいました。
しかし、その後ヒダロマンは京都大賞典に
参戦。
このレースには骨折後、菊花賞に向けて
復活にかける貴公子テンポイントをはじめ
天皇賞馬エリモジョージ、シンザンの仔
シルバーランドやロングファスト、トリデ
ジョウ等の精鋭が出走し、ヒダロマンは
前走の大敗からか、14頭中12番人気
という低評価での出走となりました。
レースはバンブーホマレが逃げ、
トウカンタケシバ、エリモジョージが先行し
注目のテンポイントは中団から、続いて
シルバーランド、パッシングベンチャと
ロングファストが続き、ヒダロマンは
例によって後方からの競馬となりました。
第3コーナーから第4コーナーにかけて
エリモジョージがバンブーホマレを交わしに
かかると、テンポイントも一気に仕掛けて
直線の勝負へ。
内からトウカンタケシバ、真ん中から
テンポイントが先頭に躍り出ようとする
ところへ、外からパッシングベンチャが
鋭く追い込んでテンポイントを交わして
先頭に立ち、その外からヒダロマンも
猛然と追い込み、テンポイントは
差し切りましたが、パッシングベンチャには
3/4馬身届かず、惜しくも2着に敗れて
しまいました。
この京都大賞典でのレースがヒダロマンに
とっての最後の見せ場となりました。

当時はまだ古馬牝馬に対するレース
体系が整備されていなかったため、
ヒダロマンはその後も重賞レースに出走
するも、なかなか勝つまでには至りません
でした。
年が明けて6歳になったヒダロマンは
現役を続けましたが、着順表示板に
のるのがやっとで、11月に行われた
京阪杯でシルバーランドの4着を最後に
引退し、繁殖のため、北海道に旅立って
行きました。
記録によりますと
1978年からヒダロマンは繁殖入りした後
3頭の産駒を輩出し、その内の1頭は
4勝を挙げる等、活躍したものの、代表
産駒には恵まれませんでした。
1986年の産駒が最後の産駒となり
ましたが、その後ヒダロマンがどのような
運命を辿ったについての記録が無いのが
本当に残念です。
今週は京都競馬場で牝馬クラシック3冠目
第29回秋華賞が行われます。
チェルヴィニア、ステレンボッシュ
ミアネーロ、クリスマスパレードに注目して
います。
今週も全人馬の無事を祈りながらレースを
観ます。

