ハイセイコーのブログ -27ページ目
昨日、札幌競馬場で行われましたスーパー
GⅡ伝統の第60回札幌記念は
ボッケリーニが浜中騎手の好判断により
右後肢ハ行のため競走除外となるという
予想外の中、道中2番手を追走した5番
人気のノースブリッジが直線で抜け出し
後続馬をおさえて優勝、3つ目の重賞を
獲得しました。
2着には3番人気の皐月賞馬ジオグリフ
3着には4番人気のステラヴェローチェが
入り、1番人気に推されたプログノーシスは
スタートで後手を踏み、終始後方からの
競馬となってしまい、直線で追い込んで
来たものの4着に敗れ、史上4頭目の
札幌記念連覇はなりませんでした。

またこの日、パリ五輪の総合馬術団体で
日本勢では92年ぶりのメダルとなる銅を
獲得した戸本選手が札幌競馬場で
札幌記念を含む特別戦の3レースで
誘導馬に騎乗して各馬を誘導し、場内を
熱く盛り上げてくれました。
改めて戸本選手、メダル獲得、おめでとう
ございます。

今週は夏競馬も終盤戦に入り新潟競馬場
で第44回新潟2歳ステークスが行われます。
新潟2歳ステークスは、1968年に新潟
競馬場の3歳(現2歳)馬によるオープン
競走新潟3歳ステークスの名称で創設
されました。
1984年にグレード制の導入によりG3に
格付けされ、行われています。
2歳世代において最初に行われるマイル
以上の距離での重賞競走であり、歴代の
優勝馬や出走馬からはクラシックを制した
ビクトリアクラウンやメジロドーベルをはじめ
ハーブスター、イスラボニータ等、後に
多くの重賞勝ち馬を輩出しており、昨年
優勝したアスコリピチェーノも桜花賞で
1番人気に推され、2着になっている
ことから、翌年のクラシック戦線を占う
意味でも重要なレースとなっています。
思い出の馬は、デビューから3連勝
新潟3歳チャンピオン 昭和57年第2回
優勝馬スティールアサです。
スティールアサの父は昭和を代表する
短距離系種牡馬スティールハートで代表
産駒にはマイル王ニホンピロウイナーを
はじめ、タカラスチール、ナルシスノワール
マザートウショウ等がいます。
スティールアサは昭和58年の牝馬
クラシック組で同期には桜花賞馬
シャダイソフィア、オークス馬ダイナカール
エリザベス女王杯馬ロンググレイスや
メジロハイネ、グローバルダイナ等が
います。
千葉で誕生したスティールアサは旧馬齢
3歳7月の新潟でデビューし、新馬戦では
ゲートが開くと同時に桁違いのスピードで
逃げまくり、最後はレコードタイムで圧勝
しました。
続く後の天皇賞馬ギャロップダイナも
出走したチューリップステークスでも
スピードの違いを見せつけ、4馬身差を
つけて圧勝、新馬・特別を連勝により
いわゆるクラシックに向けてのエリート
街道に乗りました。
2連勝したスティールアサは次に新潟3歳
チャンピオン決定戦、新潟3歳ステークス
に駒を進めました。
このレースでもスタートすると、すぐに
スピードの違いを見せて先頭に立って
逃げ、直線に入ってもスピードは全く
衰えることなく、余力を残して2着馬に
1馬身1/4差をつけて圧勝。
3連勝を飾ると共に関東の牝馬クラシック
の有力候補となりました。

しかし、この勝利がスティールアサに
とっての最後の勝利になると、この時
誰が思ったでしょうか。
東京に戻って出走した京成杯3歳Sで
6着に沈み、初めての敗戦と味わうと
その後燃え尽きてしまったかのように
暮れに行われた3歳牝馬ステークスでも
9着に惨敗。
馬体を立て直し、年が明けて4歳になった
スティールアサはオープン特別に出走
しましたが8着に大敗し、その後活路を
見出すため、デビュー地である新潟に
遠征し、BSN杯に出走しましたが、
最下位に終わり、このレースがスティール
アサにとっての最後のレースとなりました。
引退したスティールアサは繁殖牝馬となり
生涯で14頭の産駒を輩出し、勝ち馬は
出したものの、代表産駒には恵まれません
でした。
記録によりますと1984年から繁殖入りし
2002年に繁殖牝馬を引退とありますが
引退後、スティールアサがどのような
余生を送ったのかの記録が残っていない
のが、とても残念です。
今週は新潟競馬場で新潟2歳チャンピオン
決定戦第44回新潟2歳ステークスが
行われます。
コートアリシアン、シンフォーエバー
プロクレイア、トータルクラリテイに
注目しています。
今週も全人馬の無事を祈りながら
レースを観ます。
先日、新潟競馬場で行われました第59回
関屋記念は、3番人気のトゥードジボンが
好スタートからハナを奪うと、新潟の長い
直線でも失速することなく、後続馬達の
追い上げをしのぎきって優勝。
初の重賞制覇を果たしました。
2着には8番人気のディオ、3着には
1番人気に推されたジュンブロッサムが
入り、2番人気に支持されたプレサージュ
リフトは5着に敗れました。

今週は、札幌競馬場で秋競馬を占う上でも
重要な夏の大一番、スーパーG2 伝統の
第60回札幌記念が行われます。
札幌記念は1965年に旧4歳(現3歳)以上
の馬による重賞競走として創設され、
札幌競馬場で施行する最も歴史が古い
重賞競走です。
また札幌競馬場は寒冷地のため、
昭和期は芝コースが設置されておらず、
左回りや右回りのダートで施行されて
いましたが、1990年から右回りの
芝コースでの施行に変更され現在に
至っています。
昭和期においてダートコースで行われて
いた時代の札幌記念は、中央競馬の
ダート重賞自体が少なかったため、貴重な
存在となっていました。
1997年からは夏季競馬開催では唯一
となるG2に格上げされ、格上げ後は、
開催時期の関係から夏季に開催される
数少ない定量戦であることや賞金の高さ
から、昭和期にはマーチス、トウショウ
ボーイやクライムカイザー、最近でも
シャフリヤール、ジャックドール、ソダシや
ブラストワンピース等、G1を優勝している
馬や後にG1を勝利する馬が出走するなど
毎年、豪華なメンバーが出走することと
G2としては高額に設定された賞金
から、スーパーG2とも呼ばれています。
思い出の馬は、札幌記念を連覇し、
ダートと重馬場の鬼と言われたオーバー
レインボーです。
オーバーレインボーは昭和55年の
クラシック組で同期には、天皇賞馬
モンテプリンス、有馬記念馬アンバー
シャダイ、ダービー馬オペックホース、
皐月賞馬ハワイアンイメージ、菊花賞馬
ノースガスト、快速馬サクラシンゲキや
サーペンプリンス等がいます。
オーバーレインボーは旧馬齢4歳1月の
阪神でデビューし、新馬2戦とも2着に
敗れましたが、3戦目の条件特別で
初勝利を挙げるという異色のスタートを
切りました。
そして4月の条件特別で2勝目を挙げると
東上してNHK杯に出走、5着に入った
ことで何とかダービーへの出走権を獲得し
ダービーに挑みましたが、オペックホース
の前に13着に終わりました。
その後オーバーレインボーは夏の函館
シリーズに参戦し、条件特別に勝って
3勝目を挙げると、秋緒戦として菊花賞
トライアル京都新聞杯に出走。
このレースでオーバーレインボーは春の
主役だったモンテプリンスやこの後
菊花賞に優勝するノースガストやタカノ
カチドキをやぶって優勝、重賞初制覇を
果たすと共に菊花賞の穴馬的有力候補に
躍り出ました。
しかし本番の菊花賞ではノースガストの
6着に終わりました。
続いて出走した阪神大賞典では3着に
入るなど、この年の1月にデビュー
したオーバーレインボーは暮れまで
15戦して4勝、うち重賞1勝という
酷使された中で結果を残しました。
年が明けて古馬となったオーバー
レインボーは、金杯では13着と大敗して
しまいましたが、不良馬場で行われた
サンケイ大阪杯で2着に入り、その後
一流古馬の王道路線だった天皇賞春、
宝塚記念、高松宮杯に出走しましたが
勝つまでには至りませんでした。
次に当時は通常の重賞競走だった
金鯱賞に出走すると1番人気で圧勝し
2つ目の重賞を獲得しました。
しかし、秋競馬では成績が振るわず、
暮れの阪神大賞典で2着に入ったのが
目立つぐらいでした
年が明けて6歳になったオーバー
レインボーは2戦目のサンケイ大阪杯で
前年同様に2着に入り、天皇賞春に再び
挑戦しましたが、無冠の帝王モンテ
プリンスの前に12着に終わりました。
その後、夏の休養なく北海道シリーズに
参戦、札幌日経賞でキタノリキオーの2着
とした後、札幌記念に出走しました。
このレースには前年の覇者キタノリキオー
の他、後の天皇賞馬キョウエイプロミスや
エリモローラ、キヨヒダカ等が出走し、
1番人気は斤量60.5キロのキタノリキオー
オーバーレインボーは2番人気に支持され
ました。
レースはミホバルカンの逃げで始まり、
向こう正面で一気にキタノリキオーが
先頭に立つと、その後ろからブロケードや
キヨヒダカが続き、中団を進んでいた
オーバーレインボーも第4コーナーで
一気に差を詰めて直線の勝負へ。
直線に入ってオーバーレインボーが一気に
キタノリキオーを交わして先頭に立つと
追い込んで来たシルクリキオーやロング
ミラーに2馬身差をつけて圧勝。
3つ目の重賞を獲得しました。

しかし、その後芝の函館記念で10着に
敗れ、秋競馬に入ってからも京都大賞典
11着と安定しませんでしたが、その後の
京都記念、京阪杯、阪神大賞典では
2着に入るなど、本格化を示しました。
年が明けて7歳になったオーバー
レインボーは現役を続行し、7歳緒戦
日経新春杯に出走しました。
このレースにはテンポイントの甥にあたる
ワカテンザン、メジロアサマの仔メジロ
カーラやダービー馬オペックホース等が
出走し、オーバーレインボーは4番人気に
推されました。
レースはホースメンワイルドが逃げる中
好位を進んだオーバーレインボーが
第4コーナーで差を詰めると、直線に
入って内をついて鋭く伸びて先頭に立ち
追い込むメジロカーラをぎりぎりおさえて
優勝、4つ目の重賞制覇を果たしました。

その後、3年連続で出走したサンケイ
大阪杯を3着とした後、やはり3年連続で
天皇賞春に挑みましたが、またしても
9着に敗れ、天皇賞制覇という悲願達成は
なりませんでした。
天皇賞後、今年も北海道シリーズに参戦
したオーバーレインボーは札幌日経賞を
1番人気で快勝し、連覇を狙って再び
札幌記念に出走しました。
このレースには皐月賞馬ハワイアン
イメージやエリモカップ、ドウカンヤシマ
後のダート王者ロバリアアモン、
大井から移籍してきたアズマキング等が
出走し、斤量60.5キロを背負った
オーバーレインボーが1番人気に推され
ました。
レースはカツマサタイコウとエリモローラが
先行し、オーバーレインボーとハワイアン
イメージは中団からの展開となりました。
第3コーナーから第4コーナーで仕掛けた
オーバーレインボーが直線に入って
外から鋭く伸びて、逃げ粘るカツマサ
タイコウとエリモローラを直線半ばで捉え
綺麗に差し切って優勝。
札幌記念連覇を果たすと共に5つ目の
重賞を手にしました。

しかし、この勝利がオーバーレインボー
にとっての中央での最後の勝利となり
ました。
続く函館記念では斤量61キロと不良
馬場が影響したのか9着に敗れました。
その後オーバーレインボーは暮れの
オープン競走で4着後に休養に入り
年が明けて8歳になったオーバー
レインボーでしたが、現役を続行し、
6ヶ月の休養後、宝塚記念で復帰した
ものの、見せ場なく11着に敗れ、
このレースがオーバーレインボーに
とっての中央での最後のレースとなり
ました。
記録によりますとオーバーレインボーは
その後岩手競馬に移籍し、10歳まで
現役を続け、29戦5勝の成績を残し
引退後オーバーレインボーは種牡馬と
なり、1988年から繋養されましたが
内国産種牡馬不遇の時代であったため
勝ち馬は出したものの、代表産駒を
残すことは出来ませんでした。
1994年に種牡馬を引退とありますが
その後オーバーレインボーがどのような
余生を過ごしたかの情報が無いのが
とても残念です。
今週は札幌競馬場で夏の大一番
第60回札幌記念が行われます。
プログノーシス、シャフリヤール
ステラヴェローチェ、ボッケリーニに
注目しています。
今週も全人馬の無事を祈りながら
レースを観ます。
先週、新潟競馬場で行われました第16回
レパードステークスは1番人気のミッキー
ファイトが直線に入って力強く抜け出して
勝ち、重賞初勝利を挙げました。
2着には11番人気のサトノフェニックス、
3着には6番人気のミッキークレストが
入りました。

そしてパリオリンピック総合馬術団体日本
アクシデントの中での92年ぶりのメダル
(銅メダル)獲得、本当におめでとう
ございます!感動しました。
大岩選手、戸本選手、田中選手、北島選手
と銅メダルの立役者の4馬
グラフトンストリート号、ヴィンシー号
ジェファーソン号、セカティンカ号、
よく頑張りました。おめでとうございます!
どうかゆっくり休んで下さい。
お疲れ様でした。

今週は、新潟競馬場で第59回関屋記念が
行われます。
関屋記念の競走名の関屋は1964年まで
の旧新潟競馬場の所在地(新潟市関屋)
に由来しており、新潟競馬場が新潟市
郊外の笹山に移転した翌年の1966年に
旧馬齢4歳以上の馬によるハンデキャップ
の重賞競走として創設されました。
新潟競馬場で施行される重賞競走では
新潟記念に次いで古い歴史を持つ重賞
競走です。
思い出の馬は、青森出身の名牝で牝馬
クラシック戦線にも参戦したベロナ
スポートです。
ベロナスポートの父は昭和のステイヤー系
種牡馬テッソで代表産駒には有馬記念馬
コレヒデ、雨女ラファールやゼンマツ
ハマテッソ、コウジョウ等、昭和を代表する
玄人好みの渋い個性派の馬達がいます。
ベロナスポートは昭和51年の牝馬
クラシック組で同期には二冠馬テイタニヤ
エリザベス女王杯優勝馬ディアマンテ
安田記念馬スカッシュソロンやクイン
リマンド、ニッショウダイヤ等います。
ベロナスポートは旧馬齢3歳暮れの中山で
デビューし、2戦目の新馬戦で初勝利を
挙げました。
年が明けて4歳になったベロナスポートは
新春4歳牝馬ステークスに出走し、
スカッシュソロンに敗れたものの、2着に
入り、後の牝馬2冠馬テイタニヤに
先着しました。
続く特別競走に勝ったベロナスポートは
クイーンカップでも2着に好走し、その後
西下して桜花賞に挑みましたが、
テイタニヤの前に5着に終わりました。
そして次に優駿牝馬(オークス)に挑み
ましたが19着に大敗し、続いて日本
短波賞に出走しましたが、11着に
終わりました。
馬体を立て直したベロナスポートは
秋緒戦のクイーンステークスに出走し
5着だったものの、続くスプリンターズ
ステークスではキャッシュボアやシカゴ等
の古馬の快速馬達を相手に2着に入る等
古馬相手でも引けを取らない実力を示し
ました。
続いてベロナスポートは当時の牝馬東京
タイムズ杯(現在の府中牝馬ステークス)に
出走しました。
このレースには前年の覇者アンセルモや
カバリダナー、ミトモオー、シービークイン
アグネスビューチー等、牝馬の実力馬達が
顔を揃え、ベロナスポートは2番人気に
推されました。
レースはホウヨウシルバアが逃げ、シービー
クイン、キャッシュボア、カバリダナーが
先行する中、4番手を追走したベロナ
スポートが内々を通って徐々に進出し
直線に入って抜け出すと追い込んで来る
ミトモオーやアンセルモを振り切って優勝。
念願の重賞初制覇を果たしました。

年が明けて古馬となったベロナスポートは
緒戦の金杯でハーバーヤングの2着に
入るなど善戦し、この年の活躍が期待され
ましたが、1番人気に推された東京新聞杯
や中山牝馬ステークスで5着と6着に
敗れてしまい、その後脚部不安を発症した
ため、休養に入りました。
年が明けて6歳になったベロナスポートは
現役を続行し、2月のオープン競走で
復帰しましたが10着と大敗し、続く2戦も
精彩を欠いたレースで敗退しましたが、
復帰4戦目の条件特別で格の違いを
見せて快勝し、久しぶりの勝利を手に
しました。
しかし、その後安田記念に参戦するも
8着に終わり、活路を見出すため夏の
新潟シリーズに参戦しました。
新潟緒戦のBSN杯でカネミカサの4着に
入ると、続いて関屋記念に駒を進めました。
このレースには快速馬セーヌスポート
スプリングステークスの覇者ヨシノ
リュウジンや上り馬ラッキーウエスト等が
参戦し、ベロナスポートは5番人気での
出走となりました。
レースはセーヌスポートが持ち前の
スピードで軽快に逃げ、これをマークする
ようにラッキーウエストが2番手を進み
ベロナスポートは中団からのレースとなり
ました。
直線に入ってもセーヌスポートの
スピードは衰えず、必死にラッキーウエスト
が追い込む中、このままセーヌスポートの
逃げ切りかと思われましたが、馬場の
真ん中からベロナスポートが鋭く伸びて
ゴール手前でセーヌスポートを捉えて
鮮やかに差し切って優勝を飾り、2つ目の
重賞を獲得しました。

しかし、この後脚部不安を発症したため
引退することになり、この関屋記念が
ベロナスポートにとっての最後のレース
最後の勝利となりました。
引退後、繁殖にあがったベロナスポートは
14頭の産駒を輩出し、その中から親子
制覇となった牝馬東京タイムズ杯優勝馬
ラブシックブルース等の勝ち馬を送り
出すなど、母としても活躍しました。
しかし、繁殖を引退後ベロナスポートが
どのようになったかの記録が無いのが
残念です。
今週は、新潟競馬場で第59回関屋記念が
行われます。
パラレルヴィジョン、ジュンブロッサム
ディオ、トゥードジポンに注目しています。
今週も全人馬の無事を祈りながら
レースを観ます。

