昨日、中京競馬場で行われました
下半期のダート王決定戦第25回
チャンピオンズカップはこのレースを最後に
引退となる1番人気のレモンポップが
スタートして先手をとって逃げ、直線で
追い込んで来たウィルソンテソーロを
おさえ逃げ切って優勝、ラストランを飾り
ました。
2着には2番人気のウィルソンテソーロ
3着には9番人気のドゥラエレーデが入り
昨年の1~3着と全く同じ決着となりました。
レモンポップ、お疲れさまでした。
また11月26日に2006年の皐月賞と
日本ダービーや2007年の天皇賞春・秋を
制した名馬メイショウサムソンが21歳で
亡くなったとの悲しい知らせが届きました。
10月にがんの診断を受けるも最後まで
不屈の精神力で病と闘ったとのことで
最後まで闘いぬいたメイショウサムソンに
心から敬意を表します。
天国でゆっくり休んで下さい。
本当にお疲れさまでした。
ジュベナイルフィリーズが行われます。
1949年、関西所属の旧3歳馬による
チャンピオン決定戦として阪神ジュベ
ナイルフィリーズの前身となる阪神3歳
ステークスが創設されました。
その後1991年より牡馬・牝馬の旧3歳馬
のチャンピオン決定戦を明確にすることを
目的に阪神3歳ステークスは牝馬限定戦
とし、競走名も阪神3歳牝馬ステークスに
変更され、旧3歳牝馬によるチャンピオン
決定戦として位置づけられました。
そして2001年からは馬齢表記が国際
基準に改められたことに伴い、現在の
阪神ジュベナイルフィリーズの名称になり
今日に到っています。
歴代優勝馬からはクラシックや重賞
勝ち馬が多く出ており、3歳のクラシックに
直結する競走として重要視されています。
思い出の馬は、ヒカルイマイを彷彿させる
直線一気の追い込みでファンを魅了した
まだ旧名称だった第28回阪神3歳
ステークス優勝馬リュウキコウです。
リュウキコウは青森県で生まれ、父は
ヒンドスタンを父に持ち、4つの重賞を
勝ったリュウファーロスで内国産種牡馬
不遇の時代でありましたが、アンドレ
アモンやラケットボール等の重賞勝ち馬を
輩出しています。
リュウキコウは昭和52年のクラシック組で
同期には外車マルゼンスキーをはじめ
ダービー馬ラッキルーラ、皐月賞馬ハード
バージ、菊花賞馬プレストウコウ、有馬
記念馬カネミノブ、天皇賞馬テンメイや
ヒシスピード等がいます。
リュウキコウは旧馬齢3歳秋の阪神で
デビューして新馬戦を勝利し、好スタートを
切りました。
続くディリー杯3歳ステークスは5着に
敗れたものの、続く条件特別レースを
快勝し、オープン競走2着を経て阪神3歳
ステークスに駒を進めました。
このレースには前走のディリー杯3歳
ステークスをレコードで勝ったアータルオー
や後の重賞勝ち馬リキタイコー等が出走し
リュウキコウは7頭中5番人気という
低評価での出走となりました。
レースはスタートしてナルタキサンダーと
アータルオーの人気馬2頭が競り合って
3番手以下を引き離して先行する中、
リュウキコウは最後方からの競馬となり
ました。
直線に入ってナルタキサンダーが先頭で
逃げ込みを図り、キョウエイテスコが追い
込む中、大外からリュウキコウが豪脚を
繰り出して一気に差し切り、重賞初制覇を
飾ると共に関西の3歳王者に輝きました。
しかし、この年の最優秀3歳牡馬は同日に
関東で行われた朝日杯3歳ステークスを
驚異のレコードタイムで優勝したマルゼン
スキーに持っていかれ、残念ながら
受賞はなりませんでした。
年が明けて4歳になったリュウキコウは
クラシックの登竜門きさらぎ賞に出走。
レースはテンザンサクラが逃げ、
リキタイコーやアータルオーの人気馬が
続き、リュウキコウは最後方からという
展開になりました。
テンザンサクラが先頭で直線に入ると
リキタイコーが交わしにかかり、その外から
スタイリストが追い込んで先頭に立ち
スタイリストの差し切り勝ちかと思われた
瞬間、大外からリュウキコウがヒカル
イマイを彷彿させる直線一気の追い込みで
まとめて差し切って優勝。
一躍クラシック候補に名乗りを挙げ、春の
クラシックを目指し東上しました。
しかし、東上した緒戦のスプリリング
ステークスで4着に敗れると、続く皐月賞
では16着と大敗し、本番の日本ダービー
でも5着に敗れました。
秋に入り巻き返しを図りたいリュウキコウ
でしたが菊花賞でも6着に敗れ、クラシック
制覇は叶いませんでした。
年が明けて古馬となったリュウキコウは
緒戦の金杯で6着後、故障が判明し
長期休養を余儀なくされてしまいました。
8ヶ月の休養後、オープン競走で復帰して
2着に入り、続いて京都大賞典に
出走しました。
このレースにはエリモジョージとホクト
ボーイの2頭の天皇賞馬が出走し、
レースでも第4コーナーでは天皇賞馬
2頭によるマッチレースになるのかという
様相を呈しましたが、道中後方から
レースを進めたリュウキコウが直線で
大外から久しぶりの豪脚を披露して
一気に差し切って優勝を飾り、高らかに
復活の狼煙をあげました。
続いてリュウキコウは目黒記念に駒を
進めました。
このレースには後の有馬記念に優勝する
カネミノブをはじめ、ロングファストや
カネミカサが参戦。
レースはダンケンジが逃げリュウキコウは
いつものように最後方からレースを
進めました。
直線に入ってダンケンジが粘るところを
カネミノブとカネミカサが交わしにかかり
カネミノブが先頭に立つと、今回はいつもの
大外からではなく、最内をついたリュウ
キコウが鋭く伸びて、最後はカネミノブとの
競り合いを制して優勝。
重賞レースを2連勝すると共に4つ目の
重賞を獲得しました。
しかし、この優勝がリュウキコウにとっての
最後の勝利になるとは、この時に誰が
思ったでしょうか。
本格化したリュウキコウは天皇賞秋では
当然のごとく1番人気に推されました。
しかし、前代未聞の発走のやり直し
(カンパイ)が起きてしまい、このことが
リュウキコウに影響したのか、最後方から
直線で追い込んだものの4着に敗れて
しまいました。
そして、続く有馬記念では目黒記念で
負かしたカネミノブの11着に大敗して
しまいました。
年が明けて6歳になったリュウキコウは
中京記念からスタートしたものの6着に
敗れ、その後も勝つことは出来ず、6歳の
この年は阪神大賞典で2着に惜敗した
以外は見せ場もなく10戦全敗に終わり
更に7歳になってからも京都記念での
4着以外は、やはり見せ場なく9戦して
全敗に終わりました。
年が明けて8歳になったリュウキコウは
現役を続行し、緒戦の金杯で久し振りに
鋭い追い込みを見せてアタマ、クビ差の
3着に入るなど、頑張りましたが、続く
8頭で行われた日経新春杯で8着に
敗れたのを最後に引退し、二度と競馬場に
姿を現すことはありませんでした。
引退後、リュウキコウが種牡馬になった
記録はなく、いつ亡くなったかは不明と
なっており、リュウキコウが引退後
どのような運命を辿ったかについて
もはや知る術もないのが、本当に
残念です。
今週は、京都競馬場で第76回阪神
ジュベナイルフィリーズが行われます。
ブラウンラチェット、初めてこのレースに
米国から参戦のメイデイレディ、ミストレス
ショウナンザナドゥに注目しています。
今週も全人馬の無事を祈りながら
レースを観ます。






