ハイセイコーのブログ -22ページ目
昨日、東京競馬場で行われました
国内外から強豪が集まった世界頂上決戦
第45回ジャパンカップは天皇賞秋と
同じように後方からレースを進めた
1番人気のドウデュースがスローペースを
ものともせず直線で豪快に伸びて、差し
返してきたシンエンペラーとドゥレッツアを
力でねじ伏せて優勝を飾り、天皇賞秋に
続いてG1連勝を果たしました。
2着にはジャパンカップ史上初めての同着で
欧州帰りの8番人気のシンエンペラーと
7番人気のドゥレッツァが入りました。

今週は、中京競馬場で第25回
チャンピオンズカップが行われます。
日本において1970年代より世界に
通用する強い馬づくりが提唱され、
1981年には念願の国際招待競走
ジャパンカップが創設されました。
その後1995年より中央競馬と地方競馬
との交流が飛躍的に拡大されるように
なるとダートにおける重賞競走が注目され
日本のダート競走においてもダートの
国際競走を開催しようという気運が高まり
を見せ、2000年にチャンピオンズカップ
の前身となる日本初のダート国際招待
競走ジャパンカップダートが創設され
ました。
そして2014年からは施行場を阪神から
中京競馬場に移行し、これを機に名称も
チャンピオンズカップに変更され、また
回次についてはジャパンカップダートから
引き継いで通算されることになりました。
思い出の馬は安定感抜群で最優秀ダート
ホースに2回輝き、記念すべき第1回
優勝馬となったウイングアローです。
ウイングアローの父はノーザンダンサー系
種牡馬アサティスで代表産駒には
ダート重賞を勝ったスマートボーイや
帝王賞、かしわ記念の優勝馬ボンネビル
レコード等がいて、多くのダートの名馬を
輩出しています。
ウイングアローは旧馬齢4歳の京都で
デビューし、新馬戦では3着と2着に敗れ
ましたが、3戦目の名古屋競馬場で
行われた中央交流競走で圧勝し、
初勝利を挙げました。
その後5戦目の条件レースで2勝目を挙げ
続く京都で行われましたオープン特別に
出走しましたが16頭中13着に大敗した
ことで、その後はひたすらダート路線を
歩むことになりました。
そして東京で行われたオープン特別に
勝って3勝目を挙げると、続く名古屋で
行われました統一重賞の名古屋優駿に
勝って、重賞初勝利を挙げると、続く
旭川の統一GⅢグランシャリオカップ、
中山でのユニコーンステークス、大井での
スーパーダートダービーと重賞競走を
4連勝し、ダート競走で5連勝を飾りました。
この成績が評価され、1998年の最優秀
ダートホースに選出されました。
年が明けて古馬となったウイングアローは
更なる活躍が期待されましたが、球節や
膝などの脚部不安により、満足な調整が
出来ず、5戦して善戦はしたものの
勝つまでには至りませんでした。
年が明けて6歳になったウイングアローは
平安ステークスで5着となった後、GⅠ競走
となったフェブラリーステークスに出走。
このレースにはクラシックを賑わしたキング
ヘイローや岩手の英雄メイセイオペラ、
シンボリインディ等の芝・ダートにおける
精鋭達が顔を揃え、ウイングアローは4番
人気で出走しました。
レースはオリオンザサンクスが逃げ、
メイセイオペラが先行する中、ウイング
アローは最後方からの競馬となりました。
直線に入ってメイセイオペラが抜け出して
先頭に立ち、このままメイセイオペラの
優勝かと思われた瞬間、大外からウイング
アローが豪脚を繰り出して一気に差し切り
GⅠ初優勝を飾りました。

続く大井での帝王賞は5着に敗れたものの
旭川で行われたブリダーズゴールドカップに
優勝して6つ目の重賞を獲得。
その後盛岡で行われたマイルCS南部杯を
2着とした後、現在のチャンピオンズカップ
の前身である2000年に新規創設された
記念すべき第1回ジャパンカップダートに
駒を進めました。
記念すべき第1回このレースには、国際
招待馬として米国のユーカーとロード
スターリング、砂の女王ファストフレンド、
エリザベス女王杯馬サンドピアリスを母に
持つタマモストロングやサンフォード
シチー、そして大井からは東京ダービー馬
オリオンザサンクス等が出走し、1番人気は
ファストフレンドでウイングアローは4番
人気での出走となりました。
レースはレギュラーメンバーがハナを奪って
果敢に逃げ、米国のロードスターリングが
続き、ファストフレンドは中団から、ウイング
アローは後方からの競馬となりました。
向こう正面ではレギュラーメンバーとロード
スターリングが3番手以下をかなり離す
展開でレースが進みました。
第3コーナーでウイングアローが仕掛け
第4コーナーでは3番手まで上がり
レギュラーメンバーが先頭で直線の勝負へ。
直線に入って逃げるレギュラーメンバーを
ウイングアローが鋭く伸びて、あっと
いう間に交わして先頭に立つと、更に
2番手以下を引き離してレコードタイムで
圧勝し、初代王者に輝きました。

年が明けて7歳になったウイングアローは
G1優勝の勢いのまま、連覇を目指し
フェブラリーステークスに参戦。
いつものように後方からレースを進めた
ウイングアローは直線で豪脚を繰り出して
追い込んだものの、先に抜け出した
ノボトゥルーに僅かに及ばず2着に敗れ、
連覇はなりませんでした。
その後、8月に旭川で行われたブリダーズ
ゴールドカップでは1番人気に応え、
連覇を達成しました。
そして、秋に入り連覇を目指してジャパン
カップダートに参戦しました。
このレースには4歳の新鋭、開放の使者
白い怪物の異名を取ったクロフネが
出走して1番人気に推され、ウイング
アローは3番人気での出走となりました。
レースはディグフォーイットが逃げ、
ノボトゥルーは3番手につけ、クロフネは
中団から進み、末脚にかけるウイング
アローは例にとって後方からの競馬と
なりました。
第3コーナーの手前でクロフネが一気に
仕掛けて3番手に上がり、第4コーナー
手前では桁違いの脚で先頭にたって
直線へ。
直線に入るとクロフネは更に脚を伸ばし
ウイングアローも外から豪脚で追い込み
レコードタイムとなった前年と同じタイムで
駆け抜けましたが、クロフネがウイング
アローに7馬身差をつけるレコードタイムで
圧勝し、ウイングアローの連覇は
なりませんでした。
そしてこのレースがウイングアローに
とっての最後の見せ場となりました。

その後、ウイングアローは暮れの大井で
行われた東京大賞典で1番人気に推され
ましたが、10着に敗れてしまいました。
年が明けて8歳になったウイングアローは
現役を続行し、昨年同様にフェブラリー
ステークスに出走しましたが9着に終わり
このレースを最後に引退しました。
通算成績は30戦11勝 2着7回 3着5回
掲示板を外したのは僅か3回という
好成績を残しました。
引退後は2002年から北海道の牧場で
種牡馬生活を送り、中央での重賞勝ち馬
には恵まれませんでしたが、地方競馬では
重賞勝ち馬を輩出しました。
記録によりますと
2014年10月1日付でウイングアローは
用途変更されて種牡馬を引退し、その後は
功労馬繋養展示事業の助成を受け、
功労馬として余生を送りました。
そして2019年11月21日未明、
老衰のため、24年間の生涯を終え
静かに天国へと旅立って行きました。
今週は、中京競馬場で第25回
チャンピオンズカップが行われます。
ダート重賞戦線は芝からの転向組もいる等
毎回非常に難しいレースになります。
ラストランとなるレモンポップ、ウイルソン
テソーロ、サンライズジパング、
ペプチドナイルに注目しています。
今週も全人馬の無事を祈りながら
レースを観ます。
昨日、京都競馬場で行われました
秋のマイル王決定戦第41回マイル
チャンピオンシップは後方からレースを
進めた4番人気のソウルラッシュが直線に
入って豪快に抜け出し、デビュー22戦目で
G1初勝利を飾りました。
2着には7番人気のエルトンバローズ、
3着には10番人気のウインマーベルが入り
1番人気に推されたブレイディヴェーグは
直線で追い込んで来たものの4着に敗れ
ました。
また、直線でデムーロ騎手が異変を感じた
ため、追うのを止めたナミュールは17着で
入線。
入線後、デムーロ騎手が下馬する事態と
なり、その後の状況が本当に心配でしたが
今のところ大事には至らなかったようで
ひとまずはホッとしました。
大事に至る前に気付いて追うのをやめた
デムーロ騎手の馬ファーストで勇気ある
好判断に敬意を表します。

今週は、東京競馬場で国際招待競走
第44回ジャパンカップが行われます。
ジャパンカップは日本において1970年代
から世界に通用する馬づくりが提唱され
日本の競馬を世界の競馬にという機運が
高まり、1981年国際招待競走で日本
初の国際GⅠ競走として創設されました。
第1回は北アメリカとアジア地区から招待
馬を選出しましたが、翌年からは招待範囲
がヨーロッパ、オセアニアにも広げられ
参加国の多さからも当時は日本で競馬の
オリンピックがついに開催されると言われ
ました。
創設から1990年までの10年間は外国
招待馬の8勝に対し、日本馬はカツラギ
エースとシンボリルドルフの2勝に止まり
外国招待馬が圧倒的に活躍して
いましたが、その後は有力な外国招待馬が
来なくなったからなのか、日本馬の活躍が
目立つようになり、また近年は同時期に
開催される香港国際競走に外国馬の
多くが参戦するようになってしまったため
ジャパンカップへの外国招待馬の出走
頭数も激減し、名前ばかりの国際招待
競走になってしまいました。
よって2004年から2013年までの
10年間においての外国招待馬はわずか
1勝、日本馬は9勝と完全に逆転していて
日本における単なる重賞レースの1つに
なってしまっているのがとても残念です。
思い出のレースはジュピターアイランドが
英国産馬として初めて優勝した昭和61年
第6回ジャパンカップです。
昭和61年のジャパンカップは一昨年には
カツラギエースが日本勢として初めて
優勝を飾り、前年は日本が誇る歴史的
名馬、皇帝シンボリルドルフが優勝する等
3年連続での優勝を目指し、日本勢は
意気上がっていました。
この年の招待馬はフランスからは鉄の女と
言われたG1馬トリプティク、英国からは
G1馬アレミロード、ジュピターアイランドと
トミーウェイ、カナダからはキャロティーン
豪州からはウェイバリースター、そして
ジャパンカップでは毎回好成績をあげて
いる米国からはフライングビジョンが参戦。
一昨年のカツラギエース、昨年のシンボリ
ルドルフの優勝で意気上がって迎え撃つ
日本勢は二冠馬ミホシンザンを筆頭に
サクラユタカオー、ギャロップダイナ、クシロ
キングの3頭の天皇賞馬やスダホーク
ラグビーボール、地方からはジュサブロー
等、日本が誇る最強馬達が出走し、
3年連続の優勝に期待が集まりました。
1番人気はサクラユタカオーで2番人気は
オーストラリアのウェイバリースター、
ミホシンザンは4番人気でジュピター
アイランドは8番人気での出走となりました。
レースはスタートしてクシロキングが静かに
先頭に立って逃げ、2番手にアレミロード
4番手にミホシンザン、その後ろから
サクラユタカオーが続き、トリプティクは
中団、ギャロップダイナとウェイバリー
スターは中団よりやや後ろから進み
ジュピターアイランドは後方からの
競馬となりました。
向こう正面でクシロキングが3番手以下に
5馬身差をつけて軽快に逃げ、終始
アレミロードが2番手をキープする中
第3コーナーでミホシンザンとジュサブロー
が仕掛け、サクラユタカオーも上がって
いって先頭集団との差を詰め、
第4コーナーでは各馬が一団となり
クシロキングが先頭で直線の勝負へ。
直線に入って横一線となる中、クシロ
キングを交わしてアレミロードが先頭に
立つと、内からミホシンザン、外から
ジュピターアイランドが鋭く伸び、ジュピター
アイランドがアレミロードを交わしに
かかるとアレミロードも一歩も譲らず、
ジュピターアイランドとアレミロードが
ジャパンカップ史上に残る壮絶な叩き
合いを演じ、2頭がほとんど同時に
ゴール板を通過するも、8歳馬ジュピター
アイランドがわずかアタマ差アレミロードを
おさえ、レコードタイムで勝ち、英国産馬
として初の優勝を飾りました。
日本勢は内からミホシンザンも必死に
追い込み3着に入ったものの、外国馬の
最後の直線での底力を改めて見せつけ
られたレースとなりました。

8歳馬による中央競馬での初のG1勝ちを
おさめたジュピターアイランドはジャパン
カップで有終の美を飾る形で引退し、
その後、種牡馬となりましたが、代表
産駒には恵まれず、記録によりますと
1998年7月25日に19年の生涯に
幕を下ろしたとのことです。
今週は、東京競馬場で今年も名ばかりの?
国際招待競走第44回ジャパンカップが
行われます。
今年は久しぶりに欧州から実力馬3頭が
参戦、日本勢も実力馬が顔を揃える等
面白いレースになりそうです。
ドウデュース、ジャスティンパレス、
チェルヴィニア、日本ゆかりの
オーギュストロダンに注目しています。
今週も全人馬の無事を祈りながら
レースを観ます。
昨日、京都競馬場で行われました伝統の
第49回エリザベス女王杯は3番人気の
スタニングローズが直線で力強く抜け出し
2022年の秋華賞以来、約2年1ヶ月ぶり
の勝利と共に2度目のG1タイトルを獲得
しました。
デムーロ騎手、本当に小細工や無理を
しない見事な騎乗でした。
2着には12番人気のラヴェル、3着には
3番人気のホールネスが入り、圧倒的1番
人気のレガレイラは5着に敗れました。
なお、レガレイラに騎乗したルメール騎手は
最後の直線で十分な間隔がないにも
関わらず、先行馬を追い抜いたことにより
ハーパーとシンティレーションの進路に
影響を与えたことで5万円の過怠金を
科せられました。
テレビで見ていて、大事故が起きても
不思議でないくらいの危険な騎乗であり
人馬共に怪我がなく無事に終わって本当に
良かったです。

今週は、京都競馬場で第41回マイル
チャンピオンシップが行われます。
日本競馬は長年にわたり強い馬づくりを
目指すため、長距離の競走を重要視して
行って来ました。
しかし、世界競馬において、スピード
能力も重要視されるようになって来たこと
を受け、日本中央競馬会は1984年に
競走体系の全面的な見直しを行い、
短距離競走の充実を図る目的でマイル
チャンピオンシップ競走を創設しました。
現在、春に行われる安田記念と共に
秋に行われるマイル王決定戦という
位置づけで行われています。
思い出の馬は遅咲きの花、電光石火の
豪脚と言われた第7回優勝馬パッシング
ショットです。
パッシングショットの父は、昭和を代表する
名馬、天馬トウショウボーイで、兄には
小倉記念等を勝ったスナークアロー等が
います。
パッシングショットは昭和63年の牝馬
クラシック組で、同期には桜花賞馬
アラホウトク、オークス馬コスモドリーム
エリザベス女王杯馬ミヤマポピーや
シヨノロマン等がいます。
パッシングショットは旧馬齢3歳の中京で
デビューし、緒戦の新馬戦は2着だった
ものの、2戦目の新馬戦で初勝利を
挙げました。
年が明けて4歳となったパッシング
ショットは条件戦で2着を連続3回する等、
なかなか勝ちきれず、春の牝馬クラシック
に参戦することは叶いませんでした。
秋に入り、条件特別を圧勝して2勝目を
挙げ、連闘で牝馬クラシック最終戦、
エリザベス女王杯に7番人気で挑み
このレースはミヤマポピーから離された
9着に終わりました。
しかし、続く条件特別では4馬身差を
つけて快勝し、3勝目を挙げました。
年が明けて古馬になったパッシング
ショットは古馬の牡馬や牝馬が出走する
重賞競走に挑みましたが、京都牝馬
特別やマイラーズカップで2着、京王杯
スプリングカップで3着等、善戦はする
ものの、なかなか勝ちきれず、結局
この年は未勝利に終わりました。
年が明けて6歳になったパッシングショット
は現役を続行したものの、オープン特別
競走でも、重賞競走でも相変わらず惜敗が
続きました。
阪急杯で5着に入ったパッシングショットは
デビューの地である中京に遠征し、
CBC賞に参戦すると、6番人気ながら
直線で好位から鋭く伸びて、追い込んで
来た断然1番人気のバンブーメモリーを
おさえて、レコードタイムで快勝し、初重賞
制覇を果たしました。

しかし続く高松宮杯ではバンブーメモリーの
返り討ちにあい、10着に大敗してしまい
ました。
秋に入り、パッシングショットはスワン
ステークスに出走し、ナルシスノワールを
とらえ切れずに2着とした後、秋のマイル王
決定戦、マイルチャンピオンシップに駒を
進めました。
このレースには安田記念や高松宮派杯を
制した宿敵バンブーメモリー、前走の
スワンステークスを快勝したナルシスノ
ワール、後のマイル王ダイタクヘリオス等
が出走し、圧倒的な1番人気はバンブー
メモリーでパッシングショットは10番人気
での出走となりました。
レースはスタート時、パッシングショットが
立ち遅れる中、ナルシスノワールが逃げ
バンブーメモリーは中団のやや後方から
進み、パッシングショットは後方からの
競馬となりました。
第4コーナーでバンブーメモリーが先頭
集団に上がる中、パッシングショットは
まだ後方のままで、直線の勝負へ。
直線に入ってホリノウイナーが先頭に立ち
ラッキーゲランが内をついて伸びてくる中
1番人気のバンブーメモリーが馬群を
割って猛然と追い込み、先頭に躍り
出ようとした瞬間、外からパッシング
ショットがものすごい末脚を繰り出して
追い込み、あっという間にバンブー
メモリーを交わしてゴール板を駆け抜け
初のG1優勝を果たしました。

そしてパッシングショットは秋に開催されて
いたスプリント王決定戦、スプリンターズ
ステークスに出走しました。
1番人気は雪辱を期すバンブーメモリーで
パッシングショットは2番人気での出走と
なりました。
レースは、スタート時にパッシングショットが
立ちあがって大きく出遅れてしまい、
短距離レースでは致命傷となる出遅れで
先頭からかなり離された最後方からの
競馬となりました。
直線に入ってバンブーメモリーが馬群を
割って抜け出して優勝を飾る中、全くの
圏外に居たパッシングショットも大外から
豪脚を繰り出して必死に追い込み、結果は
8着に終わったものの、驚異の上り時計
での豪快な追い込みは後に奇跡の8着と
称える人もいました。
しかし、このレースがパッシングショットに
とっての引退レースとなりました。
引退を決めたパッシングショットは北海道の
浦河町の牧場で繫殖牝馬となり、マイルの
名牝の2世誕生が期待されました。
しかし、1992年5月14日
初年度の相手に選ばれたニッポーテイオー
との種付け準備中に転倒してしまい、
頭蓋骨を骨折して死亡し、あっという間に
天国に駆け上がってしまいました。
享年8歳という若さでした。
パッシングショットは現在、新ひだか町の
桜舞馬公園で静かに眠っています。
今週は京都競馬場で秋のマイル王決定戦
マイルチャンピオンシップが行われます。
英国のチャリン、ジュンブロッサム
ブレイディヴェーグ、ナミュールに注目して
います。
今週はあのような危険な騎乗が無いように
全人馬の無事を祈りながらレースを観ます。

