昨日、中京競馬場で行われました伝統の

第72回日経新春杯はハンデ57.5キロを

背負った4番人気のロードデルレイが

直線で鮮やかに抜け出して優勝を飾り、

重賞初制覇を果たしました。

2着には3番人気のショウナンラプンタ

3着には7番人気のマイネルエンペラーが

入り、1番人気に推されたヴェローチェエラ

は追い込んで来たものの4着に敗れました。

そして今年もレース直前に実況アナからの

「今年も全馬の無事を祈って」との言葉に

テンポイントに思いを馳せながら涙しました。

 

今週は、中山競馬場で今年の古馬戦線を

占う上でも重要なレース第66回アメリカ

ジョッキーカップ(AJCC)が行われます。

 

アメリカジョッキークラブカップは1960年

に日米友好の一環としてニューヨーク

ジョッキークラブから優勝杯の贈呈を受け

創設されました。

最近ではレース名をAJCCやアメリカJCC

と表記していますが、昭和期ではAJC杯の

略称が一般的でした。

そして西の日経新春杯と並んで現在の

大阪杯や天皇賞(春)に向けて実力ある

古馬の精鋭達が参戦するレースでも

あります。

 

思い出のレースは、グリーングラスの

菊花賞優勝は実力なのか、フロックだった

のか、その真価が問われるレースとなった

昭和52年第18回アメリカジョッキークラブ

カップです。

 

グリーングラスの父は長距離系種牡馬

インターメゾで代表産駒にはミスタールマン

タカラテンリュウ、カールスバット等の

重賞勝ち馬います。

グリーングラスは昭和52年のクラシック組

で同期には後にTTG時代と呼ばれた

流星の貴公子テンポイントや天馬

トウショウボーイ、クライムカイザー

ホクトボーイ、ニッポーキング等がいます。

 

青森県で生まれたグリーングラスは

私も当時スポーツ紙で読みましたが馬体の

良さから3歳馬の評判馬として取り上げ

られていました。

私が見たスポーツ紙では当初福島に入厩

したことで「福島のハイセイコー」と紹介

されていました。

グリーングラスがデビューしたのは旧馬齢

4歳の1月の東京で、この新馬戦には後の

ライバルとなる天馬トウショウボーイや

三冠馬ミスターシービーの母となる

シービークインも出走していたことから

伝説の新馬戦として今でも語り継がれて

います。

この新馬戦でグリーングラスは4着に敗れ

3戦目の未勝利戦で初勝利を挙げました。

因みにこの未勝利戦には後に金杯を

制するシマノカツハルも出走していました。

次に条件戦に出走するも4着に敗れ、

そしてダービーへの出走への最後の

チャンスとして当時のダービトライアル

NHK杯に挑みましたが、12着に大敗し

ダービーへの出走は叶いませんでした。

その後、距離が長くなった条件特別で

2勝目を挙げると秋に入って条件特別を

快勝して3勝目を挙げ、ギリギリで

菊花賞に漕ぎつけることが出来ました。

この菊花賞には春のクラシックの活躍馬

皐月賞馬トウショウボーイやダービー馬

クライムカイザーをはじめ、最後の

クラシック制覇に執念を燃やす関西の

英雄テンポイント、NHK杯を制した関西の

秘密兵器コーヨーチカラにホクトボーイ、

ニッポーキング等が参戦。

そんな精鋭達の中で条件をやっと勝って

参戦して来た無名のグリーングラスは

12番人気と低評価での出走となりました。

レースはバンブーホマレが逃げ、先行

集団にはテンポイントとトウショウボーイが

いて、クライムカイザーは後方から進み

グリーングラスは内々を通りながら先行

集団の中でレースを進めました。

京都の坂の下りでトウショウボーイが

仕掛けるとテンポイントとクライムカイザー

も一緒に上がって行き、グリーングラスも

終始内々を通って直線の勝負へ。

外からテンポイント、トウショウボーイ

クライムカイザー、内をついたグリーン

グラス、その中で場内からの大声援を

受けてテンポイントが抜け出して先頭に

立ったかに見え、ついに悲願達成かと

思われましたが、ステイヤーの血が

騒いだのか、グリーングラスが内から鋭く

伸びて、テンポイントと内と外と別れての

攻防となりましたが、最後はグリーン

グラスが2馬身半差をつけて優勝。

テンポイントの悲願のクラシック制覇の夢を

打ち砕き、最後のクラシック一冠を制すと

共に重賞初制覇を果たしました。

テンポイントが敗れ、伏兵グリーングラスの

勝利に場内は静まりかえり、異様な

雰囲気に包まれました。

年が明けて5歳の古馬となったグリーン

グラスはタケホープと同じように有馬記念

には出走せずに、古馬戦線に向けた初戦

としてアメリカジョッキークラブカップに

参戦、古馬陣との初めての対戦となり

ました。

このレースには天皇賞馬アイフルをはじめ

中山記念や函館記念等に勝ち、重賞競走

の常連である古豪ヤマブキオー、重賞の

勝ち馬キクノオーやハーバーヤング、

トウフクセダン、外車スピリットスワプス等

古馬の精鋭達の他、同期のクライム

カイザー、ニッポーキング等が参戦。

グリーングラスの菊花賞優勝は実力なのか

フロックだったのか、グリーングラスの

真価が問われるレースとなりました。

1番人気は天皇賞馬アイフル、2番人気は

同期のニッポーキング、グリーングラスは

3番人気での出走となり、また逃げると

思われていた白い逃亡者の異名を持つ

ホワイトフォンテンはラストランとなる

はずだったAJC杯のレース前に

脚の故障を発症したため、発走除外と

なってしまいました。

レースは外車スピリットスワプスが逃げ

カミノリュウオーが続き、グリーングラスも

積極的に先行集団でレースを進め、

クライムカイザー、ハーバーヤング、

ニッポーキングは中団から、アイフル、

ヤマブキオーは後方からレースを進め

ました。

第3コーナーで早くもグリーングラスが

仕掛けて一気に先頭に躍り出ると、各馬も

一斉に勝負に出て、一団となって直線の

勝負へ。

菊花賞同様に内をついたグリーングラス

外からアイフルとヤマブキオーが猛然と

追い込み、菊花賞の時のテンポイントと

同様に豪脚で追い込んだヤマブキオーが

グリーングラスを交わして先頭に躍り出た

かのように見えましたが、グリーングラスも

菊花賞を再現するかのように鋭く伸びて

最後はヤマブキオーに2馬身半差をつけて

レコードタイムで優勝。

菊花賞の勝ちは決してフロックでは無く、

夏を越してグリーングラスが成長を果たし

実力で勝ったということをレコードタイムの

おまけ付きで証明して見せました。

このレース以降、グリーングラスは

超一流馬の仲間入りをしてTTG時代の

一角として活躍していきました。

今週は中山競馬場で第66回アメリカ

ジョッキークラブカップが行われます。

今年は久しぶりにダービー馬も出走する等

見応えのあるレースになりそうです。

ダノンデサイル、レーベンスティール

ボーンディスウェイ、マテンロウレオに

注目しています。

今週も全人馬の無事を祈りながらレースを

観ます。

本日、中京競馬場で行われました伝統の

第59回シンザン記念は3番人気の

リラエンブレムが直線で鋭く抜け出して勝ち

新馬戦からの2連勝で重賞初制覇を飾り

ました。

2着には1番人気のアルテヴェローチェ、

3着には14番人気のウォーターガーベラが

入りました。

今週は中京競馬場で第72回日経新春杯

が行われます。

日経新春杯は日本経済新春杯の名称で

1954年に創設され、1979年より日経

新春杯に改称されました。

東のアメリカジョッキークラブカップと

並んで春の天皇賞に向けて、今年緒戦

として西の古馬の精鋭達が参戦する

レースでもあります。

 

思い出の馬は、花の昭和47年組の

道悪の鬼と言われたユーモンドです。

 

流星の貴公子テンポイントの悲劇から

はや47年の歳月が流れました。

私にとってこのレースは忘れられない、

そして決して忘れてはいけないレースだと

思っています。

あのテンポイントの悲劇以来、46年以上

たった今でも日経新春杯のレースに限って

発送直前に必ず関西の実況アナが

「時が流れ、場所は違えども、今年も

全馬の無事を祈って」と言っているように

改めてレース中に事故が起きることが

無いように、全馬の無事を祈る象徴的な

レースとなっています。

毎年、実況アナがレースの直前に

「全馬の無事を祈って」と言うたびに

私は今でも涙が溢れてしまいます。

 

ユーモンドの父はファラモンドで代表

産駒には二冠馬カブラヤオーや妹で

エリザベス女王杯を勝ったミスカブラヤ、

ケイリュウシンゲキ等がおり、中央と公営で

多くの重賞勝ち馬を輩出しました。

ユーモンドは最強の世代と言われている

花の昭和47年のクラシック組で同期には

ロングエース、ランドプリンス、イシノヒカル

タイテエム、タニノチカラ、ハクホオショウ

ストロングエイト、ハマノパレード、スガノ

ホマレ等、挙げれば切りがないほど、

多くの名馬達がいます。

 

ユーモンドは旧馬齢3歳夏の函館で

デビューし、初戦の新馬戦は4着だった

ものの、2戦目の新馬戦を快勝しました。

続く北海道3歳ステークスはトモエオー

の前に4着に敗れ、その後3戦するも

勝つことは出来ませんでした。

年が明けて4歳になったユーモンドは

シンザン記念では4着だったものの、続く

条件特別と4歳ステークスを快勝して

連勝すると、その勢いのままに続く

毎日杯も制して3連勝し、初の重賞制覇を

果たしました。

その後、東上して皐月賞に挑み、実力馬が

ひしめく中でランドプリンスの4着に入る

大健闘を見せました。

そして、続くオープン競走に快勝すると、

東西の誇る精鋭達が出走した東京優駿

(ダービー)に8番人気で挑みましたが

21着に大敗してしまいました。

その後、秋競馬で3戦するも、結局、

勝つことは出来ませんでした。

 

年が明けて古馬になったユーモンドは

当時の金杯(西)に出走。

このレースには無冠の帝王と言われ

後に天皇賞を勝つタイテエムやメジロ

スイセイ、シンモエダケが参戦し、当然の

ごとくタイテエムが圧倒的な1番人気に

推され、ユーモンドは2番人気での

出走となりました。

不良馬場で行われたこのレースはシュウ

エイホープが逃げ、タイテエムは中団から

進み、ユーモンドは天才福永洋一騎手が

何かの作戦なのか最後方から進むという

展開になりました。

しかし、向こう正面から内をついて上がって

いったユーモンドは一気に2番手まで

上がり、タイテエムは道悪に苦しんで

いるのか、いつもの動きでは無いまま

直線の勝負へ。

カツヤヨイと共に内をついたユーモンド、

タイテエムは大外をつくも伸び脚は無く、

ユーモンドとカツヤヨイが直線で競り合い

を演じ、ゴール前でユーモンドがカツヤヨイ

を1/2馬身振り切って優勝を飾り、重賞

2勝目を獲得しました。

続いてユーモンドは現在の日経新春杯に

出走しました。

このレースには天皇賞馬ヤマニンウェーヴ

ハマノパレード、メジロスイセイ、

シンザンの仔シングン等が出走し、1番

人気はハマノパレードで、ユーモンドは

2番人気に推されました。

レースはユーモンドが先手をとって逃げ、

ハマノパレードは終始ユーモンドをマーク

するように先行集団に入って進み、メジロ

スイセイとヤマニンウェーヴは中団から

という展開になりました。

第4コーナーでハマノパレードが仕掛けて

一気に2番手に上がって、直線の攻防へ。

直線に入ってもユーモンドの勢いは

止まらず、逆に脚を伸ばす中、ハマノ

パレードは伸びずに直線で沈み、内から

シングンが差して来たものの、ユーモンドが

2馬身半の差をつけて圧勝。

重賞を連勝すると共に3つ目の重賞を

獲得し、天皇賞(春)の制覇に向けて

好スタートを切りました。

しかし、この勝利がユーモンドにとって

最後の勝利になろうとは、この時、誰が

予想できたでしょうか。

その後ユーモンドは燃え尽きたかのように

勝ち星から見放され、3連敗後に挑んだ

天皇賞(春)でも向こう正面で一旦先頭に

立つ場面はあったものの、9着に終わり

ました。

年が明けて6歳になったユーモンドでしたが

連敗を重ね、重賞レースでは掲示板にすら

載ることすらできず、10戦して未勝利に

終わりました。

その後、7歳になってからも現役を続けた

ユーモンドは障害に活路を見出そうと

しましたが、3戦しても勝つことは出来ず、

再び平場に戻って来たものの、9戦して

未勝利に終わり、阪神大賞典での9着を

最後に二度と競馬場に姿を現すことは

ありませんでした。

やはり4歳から5歳にかけての無理が

祟ったのでしょうか、障害まで走らされた

ユーモンドがその後、どのような運命を

辿ったかについての記録が見あたらず

不明となっているのが本当に残念です。

 

今週、今年はまた中京競馬場で第72回

日経新春杯が行われます。

バトルボーン、メイショウタバル

ホールネス、ショウナンラプンタに注目して

います。

 

テンポイントの悲劇から今年で47年の

歳月が流れました。

時が流れ、場所は変われど、今年も

テンポイントに想いを馳せながら、そして

全人馬の無事を祈りながらレースを観ます。

明けましておめでとうございます。

皆様にとって2025年が幸せな1年に

なりますよう、お祈り申し上げます。

今年も私が見て来た思い出の名馬達の

ことを書いて行こうと思いますので、

どうぞよろしくお願い致します。

そして、今年も全人馬が無事に過ごせる

ことを心から祈っています。

 

一昨日、中山競馬場で行われた第74回

中山金杯は4番人気のアルナシームが

直線で鮮やかに抜け出し、昨年の

中京記念以来となる勝利で重賞2勝目を

挙げました。

2着には6番人気のマイネルモーント、

3着には8番人気のボーンディスウェイが

入り、1番人気に推されたクリスマス

パレードは果敢に逃げたものの、直線で

失速して4着に敗れ、トップハンデの斤量

59.5キロを背負ったホウオウビスケッツも

9着に敗退しました。

また、柔道女子48キロ級でパリ五輪の

金メダリスト角田夏実さんが艶やかな

振り袖姿で登場し、中山金杯の表彰式で

プレゼンターを務め、優勝に花を添えました。

今週は中京競馬場で第59回シンザン記念

が行われます。

シンザン記念は戦後初のクラシック三冠を

制し、天皇賞、有馬記念にも優勝した

五冠馬シンザンを称えるため、1967年に

シンザン記念として創設されました。

昭和期においては、シンザン記念に

勝った馬はクラシックに縁がないという

ジンクスがありました。

しかし、近年の優勝馬からは

タニノギムレットやジェンティルドンナ、

アーモンドアイ等のクラシック馬が誕生した

ことから、現在ではクラシックの登竜門と

言われるようになりました。

名馬の功績を称えるため、名馬の名前が

冠となった重賞レースが少なくなる中、

シンザン記念が今も続いていることは本

当に嬉しく思っています。

 

思い出の馬は、華麗なる一族の1頭

シルクテンザンオーです。

シルクテンザンオーの母はミスマルミチで

姉には悲運の名牝イットー、兄には安田

記念やセントライト記念等に優勝した

ニッポーキングがいる等、まさに華麗なる

一族の馬としてシルクテンザンオーは

誕生しました。

シルクテンザンオーは昭和57年の

クラシック組で同期にはダービー馬

バンブーアトラス、皐月賞馬アズマ

ハンター、菊花賞馬ホリスキー、同じ

華麗なる一族のハギノカムイオーや

ワカテンザン等がいます。

シルクテンザンオーは旧馬齢3歳秋の

阪神で注目される中、1番人気でデビューし

初戦の新馬戦は3着に敗れたものの、

2戦目の新馬戦では2着に10馬身の差を

つけて圧勝劇を演じ、評判通りの素質の

高さを見せつけました。

そして続く条件特別戦でも快勝し、新馬

特別を連勝してエリート街道に乗り、

関西のクラシック候補として名乗りを

挙げました。

年が明けて4歳になったシルク

テンザンオーは4歳の初戦として

シンザン記念に出走しました。

このレースにはもっか3連勝中で、後の

重賞勝ち馬となるエリモローラや流星の

貴公子テンンポイントの甥になる

ワカテンザン、メイショウキング等が出走し

1番人気はエリモローラで、シルク

テンザンオーは2番人気での出走となり

ました。

レースは、この一族が持つ天性のスピード

なのか、シルクテンザンオーが先行して

逃げ、その後ろからエリモローラが

シルクテンザンオーをマークしながら進み

ワカテンザンは中団からという展開となり

ました。

第4コーナーでエリモローラが仕掛けて

シルクテンザンオーと馬体を併せる形で

直線の勝負へ。

直線に入ってシルクテンザンオーが

逃げ込みを図る中、必死にエリモローラも

差を詰め、そして満を持していた

ワカテンザンが大外から、ものすごい脚で

追い込んで来ましたが、シルク

テンザンオーが1/2馬身、ワカテンザンを

おさえて優勝。

重賞初制覇を果たしました。

その後、シルクテンザンオーは弥生賞を

目指して東上しましたが、熱発を発症して

出走を断念。

更に脚部不安を発症したため、クラシックを

断念し、長期休養に入りました。

年が明けて古馬となったシルクテン

ザンオーは約1年ぶりに阪神のオープン

競走で復帰して4着、続くマイラーズカップ

ではロングヒエンの4着となりました。

そして迎えたサンケイ大阪杯では有馬

記念馬ヒカリデユールの2着に入り、

復調の兆しが見え始めましたが、再び

脚部不安を発症したため、休養を

余儀なくされてしまいました。

そして懸命の治療の甲斐なく、シルク

テンザンオーが再び競馬場に姿を見せる

ことはありませんでした。

 

引退後、北海道で種牡馬となった

シルクテンザンオーは、少ない産駒の中

から、重賞勝ち馬を輩出するなどしましたが

華麗なる一族を代表する産駒を輩出する

ことは出来ませんでした。

記録によりますと1994年まで種牡馬として

繋養されましたが、1996年4月3日付で

用途変更となり、それ以降の動向に

ついては不明となっていることが、とても

残念です。

 

今週は中京競馬場で第59回シンザン記念

が行われます。

アルテヴェローチェ、タイセイカレント

マイネルチケット、リラエンブレムに注目して

います。

今年は、このレースからクラシック馬が

誕生するのか、名馬シンザンへの敬意を

表すると共に、今週も全人馬の無事を

祈りながらレースを観ます。