昨日、京都競馬場で行われました

第56回マイラーズカップは5番人気の

ロングランが直線で馬場の真ん中から鋭く

抜け出して勝ち、小倉大賞典に続く重賞

連勝を飾りました。

2着には1番人気のジュンブロッサム、

3着には2番人気のセオが入りました。

そして昨日は辛く悲しい日曜日になって

しまいました。

香港に遠征していた偉大な3冠牝馬

リバティアイランドが香港クイーン

エリザベス2世Cで最後の直線で競走を

中止し、その後、予後不良の診断で

安楽死の処置が取られたとのこと。

何とか無事に日本に帰って来て欲しかった

という願いも届きませんでした。

日本の宝を失ってしまいました。

今はただ早くて強くて美しかったお嬢さん

リバティアイランドのご冥福を祈る

ばかりです。

今まで本当によく頑張ってくれました。

私もリバティアイランドがお嬢さんから

お母さんになる姿を見たかったです。

あなたのことは決して忘れることは

ありません。

どうか安らかにリバティアイランド

今週は、京都競馬場で伝統の第171回

天皇賞(春)が行われます。

天皇賞は、日本中央競馬会が春・秋に

年2回施行する中央競馬の重賞競走

(GⅠ)で、第1回とされる「帝室御賞典」は

1937年(昭和12年)に行われていますが

日本中央競馬会が前身としている

「エンペラーズカップ」まで遡ると

1905年(明治38年)に起源を持ち、日本

で施行される競馬の競走では最高の

格付けとなるGⅠの中でも長い歴史と

伝統を持つ競走となっています。

帝室御賞典は戦局悪化のため1944年

(昭和19年)秋に中止され、終戦後の

1947年(昭和22年)春に「平和賞」の

名称で再開され、同年秋から天皇賞と

改称され現在に至っています。

現在は賞金のほか、優勝賞品として

皇室から楯が下賜されており、天皇賞を

「盾」と通称することもあります。

 

思い出の馬は、最強の世代に生まれた

四白流星の貴公子タイテエムです。

タイテエムの父は凱旋門賞を勝った

セントクレスピンで代表産駒には天皇賞馬

エリモジョージをはじめ、アイノクレスピン

ヤマニンゴロー等の重賞勝ち馬がいます。

タイテエムは、私が史上最強の世代と

思っている花の昭和47年のクラシック組で

同期にはダービー馬ロングエース、

皐月賞馬ランドプリンス、菊花賞・有馬

記念馬イシノヒカル、天皇賞・有馬記念馬

タニノチカラ、有馬記念馬ストロングエイト

幻のダービー馬ヒデハヤテ、悲運の宝塚

記念馬ハマノパレード、逃げる精密機械

トーヨーアサヒ、超音速スガノホマレや

安田記念の覇者ハクホオショウ等、

挙げれば切りがないほど、多くの名

馬達がいます。

タイテエムはイギリスからの持込馬で、

良血と四白流星の華やかな好馬体で

あったものの、当時は顔面に大流星のある

四白は名馬になれないという言い伝えも

あって、なかなか買い手が

つきませんでした。

今では考えらえませんが。

タイテエムは旧馬齢3歳秋の京都の

新馬戦でデビューし、1番人気に支持され

ましたが、この新馬戦には後に関西の

怪物と言われたヒデハヤテも出走していて

タイテエムはヒデハヤテの前に8着に

大敗してしまいました。

続く新馬戦では快勝したものの、次の

条件特別戦では3着に敗れ、3歳時は

3戦1勝に止まりました。

年が明けて4歳になったタイテエムは

馬体の立て直しを図ると、条件特別戦を

連勝して3勝目を挙げました。

例年ですと、この時期に勝利を積み

重ねても春のクラシックへの出走は難しく

なりますが、この年は前年末から同年

春まで、関東で馬インフルエンザが流行し

2ヶ月の開催中止となり、春の競走番組が

大幅に遅れてしまったため、タイテエムも

何とか春のクラシックへの出走に間に合い

ました。

タイテエムは東上すると、皐月賞トライアル

スプリングステークスに出走しました。

このレースには圧倒的な強さで5連勝中の

ヒデハヤテも参戦。

しかし、ヒデハヤテはこの時、重度の

脚部不安を抱えていて、この無理な出走が

ヒデハヤテの競走生命を短くしてしまう

ことになってしまいました。

レースは、ヒデハヤテが軽快に逃げ

このまま逃げ切って6連勝を飾るかと

思いましたが、ゴール前でタイテエムが

ヒデハヤテを半馬身差し切って優勝を飾り

重賞初制覇を果たすと共に、一躍、西の

クラシックの有力候補に名乗りを挙げ

ました。

そして迎えたクラシック初戦の皐月賞

西の大将格のヒデハヤテが脚部不安で

戦線離脱する中、このレースには弥生賞を

勝ったロングエース、2着だったランド

プリンスや東の期待イシノヒカル等が出走。

ロングエースが1番人気に推され、

タイテエムは2番人気での出走となりました。

レースは直線で3番人気のランドプリンスが

鋭く伸びて馬群を抜け出し、猛然と追い

込んで来たイシノヒカルをおさえて優勝を

飾り、タイテエムは見せ場なく7着に敗れて

しまいました。

 

続いて出走した当時のダービートライアル

NHK杯でタイテエムは、1番人気に

推されたものの、3着に敗れました。

そして開催が遅れ7月に行われたことで

七夕ダービーとも呼ばれた日本ダービー

では、西の3強ロングエース、ランド

プリンス、タイテエムと東のイシノヒカル、

ハクホオショウとの対決になりました。

レースは最後の直線で横一線となる中

ロングエース、ランドプリンス、タイテエムの

3頭が競馬史上に残る壮絶な叩き合いを

演じ、わずかにロングエースが競り勝って

優勝を飾り、タイテエムは3着に終わり

ました。

夏も無事に越したタイテエムは菊花賞を

目指して、神戸新聞杯に参戦。

直線で皐月賞馬ランドプリンスとの一騎

打ちになるも、最後はランドプリンスを

突き放してレコードタイムで優勝。

続く当時は菊花賞トライアルだった京都

新聞杯にも出走し、ロングエースやランド

プリンスをやぶって優勝し、春の雪辱を

果しました。

そして迎えたクラシック最終戦の菊花賞

このレースにはダービー馬ロングエース

皐月賞馬ランドプリンスやイシノヒカル

ランドジャガー等、春のクラシック組が

顔を揃えました。

1番人気は今度こその期待を込めて

タイテエムが推されました。

レースは、第4コーナーで全馬が一団と

なって、直線の勝負へ。

馬場の真ん中を通ってタイテエムが先頭に

立つと、杉本アナの「タイテエムが先頭か

四白流星だ 緑におどる」という名実況が

ありましたが、外からもの凄い脚を使って

イシノヒカルが追い込んでタイテエムを

差し切って優勝を飾り、タイテエムは

2着に敗れ、クラシック制覇の夢は

叶いませんでした。

これにより、いつしか人はタイテエムを

無冠の貴公子と呼ぶようになりました。

年が明けて古馬になったタイテエムは

不良馬場の中で行われた金杯から

スタートし、当然のごとく1番人気に

支持されましたが、差をつけられた

まさかの4着に敗れてしまいました。

続いてタイテエムはハンデ戦を嫌ったのか

天皇賞を目指す馬としては珍しい

マイラーズカップに参戦。

このレースには、やはり天皇賞を目指す

ランドプリンスやスガノホマレも参戦。

当日は雨の不良馬場の中、タイテエムが

1番人気に推されました。

レースはエリモシルバーが逃げ、

タイテエムは3番手を追走、スガノホマレは

中団から進み、ランドプリンスは

どうしたのか、離れた最後方からの競馬と

なりました。

第4コーナーで仕掛けたタイテエムは

最後の直線で外を回って先頭に立つと

一気に突き放して5馬身差をつけて圧勝。

4つ目の重賞を獲得しました。

そして迎えた第69回春の天皇賞、

ロングエースが引退し、イシノヒカルも

脚部不安を発症して戦線離脱する中

このレースにはランドプリンス、ナオキ

ハマノパレード、スガノホマレ等の

同期の他、オンワードガイ、カツタイコウ

エリモカップ等の先輩古馬達が出走。

今度こその期待を集め、タイテエムが

1番人気に支持されました。

この日も発走直前から豪雨となり視界が

悪い中、レースはナオキがハナを奪って

逃げ、その後ろからシンザンミサキ、

ユーモンド、エリモカップが先行し、

タイテエムは5番手を進み、タイテエムを

マークするように6番手にランドプリンス、

ハマノパレード、スガノホマレ、オンワード

ガイ、カツタイコウは中団からの競馬と

なりました。

向こう正面でシンザンミサキが先頭を

奪うとタイテエムとランドプリンスが後方に

下がりはじめ、タイテエムはどうしたのか、

後ろから2頭目まで下がってしまい、

場内は騒然となりました。

しかし、タイテエムは第3コーナー過ぎから

外を通って一気に捲くり気味に仕掛けて

先頭集団に入り、15頭が一団となって

直線の勝負へ。

最後の直線でシンザンミサキとナオキは

内をつく中、タイテエムが大外から一気に

伸びて先頭に立ち、杉本アナの

「四白流星タイテエム 無冠の貴公子に

春が訪れます」の名実況の中、夢にまで

見たゴールを駆け抜け、第69代天皇賞馬

に輝きました。

天皇賞馬に輝いたタイテエムは、当時の

王道路線を歩んで、夏のグランプリ競走

宝塚記念に駒を進めました。

このレースにはハマノパレード、ナオキ

カツタイコウ、シンザンミサキ、エリモカップ

ミリオンパラ等が出走し、1番人気は

タイテエムが推され、まさに春の天皇賞の

再戦となりました。

レースは大方の予想ではナオキが逃げると

思われていましたが、ハマノパレードが

差を広げながら大逃げを打つ展開となり

場内が騒然となりました。

タイテエムは2番手を追走し、その後ろから

ナオキが続きました。

第3コーナーで徐々に差を詰めていった

タイテエムは快調に飛ばすハマノパレード

と直線の勝負へ。

最後の直線で逃げ込みを図るハマノ

パレードをタイテエムも必死に捕えようと

しましたが、クビ差捕えきれず、ハマノ

パレードのレコードタイムでの優勝の前に

惜しくも2着に敗れてしまいました。

そして、この宝塚記念がタイテエムに

とっての最後のレースとなってしまいました。

ゴール板を通過後、アブミが切れ、向こう

正面で騎手を振り落として放馬し、

転倒するというアクシデントに見舞われ

その際に左後ろ脚飛節のアキレス腱を

痛めてしまい、懸命の治療を施したものの

回復せず、この年の10月14日に引退が

発表されました。

 

引退後、北海道新冠スタリオンセンターで

種牡馬になったタイテエムは、当時の

内国産種牡馬不遇の時代の中で

シンチェスト、コーセイ、ウエスタンジョージ

エンペラーエース他、多くの重賞勝ち馬を

世に送り出す等、種牡馬としても優秀な

成績を残しました。

私も牧場めぐりでタイテエムに会えた日の

ことを今でも鮮明に覚えています。

順風満帆な種牡馬生活を送っていた

タイテエムでしたが、20歳を過ぎた頃から

体力の衰えが目立ち始め、古傷の悪化も

あったことから、1992年に種牡馬を引退。

その後、馬主さんの優しい意向もあって

北海道門別の牧場で余生を送ることに

なりました。

記録によりますと

1993年 25歳になったタイテエムは

急激に老化が進んで満足に歩けないほど

弱っていってしまい、秋には厩務員の

助けがないと寝起きも出来ないほど

衰弱してしまいました。

そして1993年10月23日 老衰のため

タイテエムは多くの関係者に見守られ

ながら、静かに天国に旅立って行きました。

 

今週は、京都競馬場で伝統の第171回

天皇賞(春)が行われます。

ヘデントール、サンライズアース

ショウナンラプンタ、ブローザホーンに

注目しています。

昨日は起こってはならないことが起こり

日本の至宝リバティアイランドを失うことに

なってしまいました。

今週は悲劇が起きることがないように

全人馬の無事を祈りながらレースを観ます。

昨日、中山競馬場で行われました

クラシック初戦、第85回皐月賞は

3番人気のミュージアムマイルが、最後の

直線で先に抜け出したクロワデュノールを

差し切って優勝を飾り、重賞初制覇で

クラシック1冠目を手にしました。

2着は圧倒的1番人気に推されたクロワ

デュノール、3着には4番人気の

マスカレードボールが入りました。

今週は、京都競馬場で春のマイル

戦線を占う上で重要な第56回マイラーズ

カップが行われます。

マイラーズカップはマイル路線の拡充

および短距離系の馬にも活躍の場を

設けることを目的として、1970年に創設

され、現在はGⅠ競走である安田記念や

ヴィクトリアマイルの前哨戦として位置

づけられていて、春の短距離路線を歩む

馬にとって重要なレースとなっています。

昭和期においては、まだレース体系が

現在ほど整っておらず、出走できるレース

も限られていたためか、歴代の優勝馬や

出走した馬にはクラシック優勝馬をはじめ

現在のGⅠ優勝馬等、名立たる名馬達の

名前が連なっています。

 

思い出の馬は、秋風の中で散った悲運の

快速馬ロングヒエンです。

ロングヒエンの父は中距離系種牡馬

ホープフリーオンで代表産駒には安田

記念を制したキヨヒダカ、毎日杯の勝ち馬

タケノヒエンの他、地方での多くの重賞

勝ち馬を輩出しています。

ロングヒエンは昭和57年のクラシック組で

同期にはダービー馬バンブーアトラス

皐月賞馬アズマハンター、菊花賞馬

ホリスキー、黄金の脚ハギノカムイオーや

アスワン、ホスピタリテイ、イーストボーイ

タカラテンリュウ等の重賞勝ち馬がいます。

ロングヒエンは旧馬齢3歳秋の阪神の

新馬戦でデビューしました。

この新馬戦には後に関西3歳チャンピオン

になるリードエーティも出走し、デビュー

前から評判になっていたリードエーティが

圧倒的1番人気に推され、特に評判に

なっていなかったロングヒエンは3番人気

での出走となりました。

レースはリードエーティが自慢の快速で

他馬を引き離して逃げを展開しましたが、

第4コーナーでロングヒエンが並びかけ

この2頭によるマッチレースの様相を呈して

直線の勝負へ。

直線に入るとロングヒエンがあっさりと

リードエーティを交わして先頭に立つと

最後はリードエーティに6馬身差をつけ

阪神の3歳タイレコードタイムでの圧勝劇を

演じ、金色に輝くたてがみを持った美しい

馬は、ファンの度肝を抜く鮮烈なデビューを

果たしました。

しかし、鮮烈なデビューを果たしたロング

ヒエンでしたが、この後に骨膜炎を発症して

休養を余儀なくされてしまいました。

6ヶ月半後に条件特別で復帰したロング

ヒエンは大雨で不良馬場という最悪の

コンディションの中、格の違いを見せつけ

2着に5馬身差をつけて圧勝し、堂々と

春のクラシックに向け東上しました。

 

そして迎えたクラシック第一冠目皐月賞、

関西の怪物サルノキングが骨折で戦線を

離脱して混戦模様となる中、華麗なる

一族のハギノカムイオーが一番人気に

推され、ロングヒエンは2番人気での

出走となりました。

レースは逃げ宣言をしたゲイルスポートが

宣言どおり強引に先手を取って暴走的な

逃げを展開し、ハギノカムイオーは

2、3番手を追走、その後ろからロング

ヒエンが続きました。

しかし、この超ハイペースの影響でゲイル

スポートが早々と失速、ハギノカムイオーも

直線で沈んで16着に大敗する等、

先行馬が総崩れとなる中、ロングヒエンも

ハイペースの影響か、それとも距離が

合わなかったのか、7着に終わりました。

 

この後、ロングヒエンはダービーへの

出走をかけて、当時ダービートライアル

として行われていたNHK杯に参戦。

このレースには皐月賞馬アズマハンターも

出走し、ロングヒエンは4番人気に

支持されました。

好スタートを切ったロングヒエンは先手を

取ろうとしましたが、皐月賞と同様にゲイル

スポートが強引に先手を奪って逃げ、

皐月賞ではおさえる作戦で大敗した

ハギノカムイオーも今回は果敢に先行して

ゲイルスポートを追う展開となり、

第3コーナーでゲイルスポートを交わした

ハギノカムイオーが先頭に立って

直線の勝負へ。

直線に入ってロングヒエンは逃げ粘る

ハギノカムイオーを交わして一旦先頭に

立ちましたが、追い込んで来たアスワン、

アズマハンター、アサカシルバーに

交わされて4着に敗れました。

 

しかし、NHK杯で見どころがあった

ロングヒエンは、本番のダービーでは

距離への不安が危惧されていましたが、

根強いファンからの期待を集め、3番

人気に支持されました。

しかし、レース発送直前にダービー史上に

残る大アクシデントが起きてしまいました。

何とロングヒエンがゲートを突き破って出て

しまったため、5番枠からという好枠からの

出走だったロングヒエンは、大外30番枠

からの出走となってしまいました。

場内は騒然となり、ロングヒエンを支持して

いたファンからは悲鳴が起こりました。

それでもスタートすると大歓声を受けながら

大外から果敢に先頭に立って逃げたロング

ヒエン、27頭を引き連れて先頭で直線に

入りましたが、大外枠のせいか、距離の

疑問か、すぐに馬群に沈んでしまい

15着に終わってしまいました。

しかし、次に出走した短距離の中京4歳

特別では、やはり実力の違いを見せつけ、

2着に4馬身差をつけ、レコードタイムで

圧勝し、3勝目を挙げました。

夏を無事に越したロングヒエンは菊花賞を

目指して1番人気に支持された神戸

新聞杯に出走し、ハギノカムイオーの

2着とした後、京都新聞杯に参戦しましたが

14着と大敗したため、菊花賞を断念し

休養に入りました。

 

年が明けて古馬となったロングヒエンは

翌1984年から短距離路線が整備され、

古馬の安田記念、マイルチャンピオン

シップがGⅠになるという朗報が

発表される中、6ヶ月の休養後、路線を

短距離路線に切り替えて、マイラーズ

カップに参戦しました。

このレースにはダービー馬オペックホース

桜花賞馬ブロケード、古豪カツアール

良血シルクテンザンオー等が出走し、

ロングヒエンが1番人気に推されました。

当日は雨で不良馬場という悪コンディション

の中、レースは、大方の予想どおり

スタートしてロングヒエンが一気に先頭に

立って逃げ、その後ろからシルク

テンザンオーとブロケードが続き、立ち

遅れたオペックホースは後方からという

展開になりました。

第4コーナーで各馬が一斉に仕掛ける中

ロングヒエンが先頭のまま直線の勝負へ。

馬場の真ん中から更に脚を伸ばすロング

ヒエン、内からはシルクテンザンオーと

ブロケード、外からオペックホースが猛然と

追い込みましたが、ロングヒエンは

失速することなく、ブロケードに1馬身差を

つけて優勝を飾り、重賞初制覇を果たし

ました。

1984年から短距離路線が整備され、

ロングヒエンにとっては、これから明るい

未来が見える中、競走馬にとっては

不治の病と言われる屈腱炎を発症し、

長期休養を余儀なくされてしまいました。

その後、長く苦しい脚部不安との戦いが

続いたロングヒエンは不屈の精神力で

既に5歳となっていた秋競馬で

1年7ヶ月ぶりに復帰を果たしました。

しかし、この復帰がロングヒエンの運命を

変えることになるとは、この時、誰が

想像できたでしょうか。

条件特別で復帰し、3着となったロング

ヒエンは続いて運命のスワンステークスに

出走しました。

このレースには後にマイル王と呼ばれた

ニホンピロウイナー、桜花賞馬シャダイ

ソフィア、安田記念を制したハッピー

プログレスやシンボリルドルフと死闘を

演じたビゼンニシキ、ダイゼンシルバー等

蒼々たるメンバーが出走しました。

レースはスタートしてロングヒエンが一旦

先頭に立つも、いつもの勢いがないのか

ニホンピロウイナーが交わして先頭に立ち

ロングヒエンは2番手に控える形で追走

しました。

第3コーナーでニホンピロウイナーが更に

差を広げ、ゴールまで残り700mの地点で

ロングヒエンが突然バランスを崩して

一気に後退し、そのまま競走を中止して

しまいました。

馬運車で運ばれたロングヒエンの診断は

右前肢の粉砕骨折で、すぐに安楽死の

処置が施されました。

ダービーでは大外枠に回され大敗した

ものの、その後マイラーズカップを制し、

これから整備された短距離路線で活躍が

できるという時に脚部不安に襲われ、

最後は骨折で命まで失うことになろうとは。

金髪のたてがみをなびかせた美しい

馬体とスピードで多くのファンを魅了した

ロングヒエン。

最期も持ち前のスピードであっという間に

天国に駆けあがってしまいました。

 

今週は、京都競馬場で第56回マイラーズ

カップが行われます。

ジュンブロッサム、ニホンピロキーフ

セオ、ホウオウリアリティに注目しています。

先週は中山グランドジャンプでバーン

パッションがファンの願いも通じず、最後の

障害で落馬競走中止となり、本当に

残念ですが予後不良となってしまいました。

こうした光景は起こって欲しくありません。

今週も全人馬の無事を祈りながら

レースを観ます。

昨日、雨の中、阪神競馬場で行われました

牝馬クラシック開幕戦第85回桜花賞は

3番人気のエンブロイダリーが、最後の

直線で鋭く伸びて抜け出して優勝を飾り

第85代の桜の女王に輝きました。

2着には2番人気のアルマヴェローチェ

3着には4番人気のリンクスティップが入り

1番人気に推されたエリカエクスプレスは

好スタート切って、快調に逃げたものの

直線で失速し、5着に敗れました。

今週は、中山競馬場でクラシック第1冠目

第85回皐月賞が行われます。

皐月賞は1939年に当時の日本競馬会が

イギリスの2000ギニーに範をとり、4歳

 (現3歳)の牡馬・牝馬限定の横浜農林省

賞典四歳呼馬として創設され、第1回は

横浜競馬場で行われました。

そして東京優駿競走、阪神優駿牝馬

(現:優駿牝馬)、京都農林省賞典四歳呼馬

 (現:菊花賞)、中山四歳牝馬特別

 (現:桜花賞)と共に五大特殊競走として

位置づけられ、東京優駿競走、京都

農林省賞典四歳呼馬と共に日本の

クラシック三冠競走として確立しました。

終戦後の1947年からは名称を

農林省賞典に変更され、1949年からは

名称を皐月賞に変更され、現在に至って

います。

日本ダービーは最も運のある馬が勝つ

菊花賞は最も強い馬が勝つと

称されるのに対し、皐月賞は最も速い馬が

勝つと言われています。

 

思い出の馬は、勝負服と同じ模様の

メンコをつけたはしりの馬であり、骨折後

奇跡の生還を遂げた、可愛いハート型の

流星を持ったビンゴガルーです。

ビンゴガルーの父はデュールで代表

産駒には有馬記念馬ヒカリデュールや

アイノフェザー、マイネルダビテ、

サンライダー等の重賞勝ち馬がいます。

ビンゴガルーは昭和54年のクラシック組で

同期にはハイセイコーの仔のダービー馬

カツラノハイセイコ、菊花賞馬ハシハーミット

宝塚記念馬テルテンリュウ、リンドプルバン

快速馬リキアイオーやネーハイジェット、

ヨシノスキー等がいます。

ビンゴガルーは旧馬齢3歳夏の札幌で

デビューし2戦目の新馬戦を快勝しました。

しかし、この後、当時はダートのみだった

こともあって、札幌で2戦して勝ちきれ

ませんでしたが、東京に戻り、コースが

芝に変わってからは水を得た魚のように

条件特別戦、オープン戦と連勝し、その

勢いのまま、関東3歳チャンピオン決定戦

朝日杯3歳ステークスに挑みました。

このレースにはマルゼンスキー、ギャラント

ダンサーに続いて、朝日杯外車3連覇を

狙うケンタッキーフェアや3連勝中の

シーバートパーク、快速馬リキアイオー

京成杯3歳Sの勝ち馬ジェットバージ、

新潟3歳王者ファーストアモン等が出走し

1番人気は外車ケンタッキーフェアで

ビンゴガルーは6番人気での出走と

なりました。

レースはリキアイオー、シーバートパークが

先行し、ビンゴガルーは中団からという

展開で進みました。

第3コーナーでリキアイオーが単独先頭に

立つと、それを追ってシーバートパークが

仕掛け、ビンゴガルーは、まだ後方の

位置のままで、直線の勝負へ。

直線でシーバートパークがリキアイオーを

交わして先頭に立つと、後方から内を

ついたビンゴガルーが直線で鋭く伸びて

リキアイオーを差し切って優勝を飾り、

重賞初挑戦で初勝利を挙げると共に一躍

クラシック候補に名乗りを挙げました。

そして、ビンゴガルーはこの年の最優秀

3歳牡馬に選出されました。

年が明けて4歳になったビンゴガルーは

オープン競走から東京4歳ステークス、

スプリングステークスに出走しましたが

いずれもリキアイオーの後塵を拝して

3連敗してしまいました。

そして迎えたクラシック第一冠目の

皐月賞、このレースには4連勝中の

リキアイオーや西下して来て出走した

スプリングステークスで2着に入った

カツラノハイセイコやきさらぎ賞を制した

ネーハイジェット、毎日杯を勝った

ハシハーミット等の関西勢が参戦。

1番人気はリキアイオーが推され、ビンゴ

ガルーは3番人気での出走となりました。

レースは大方の予想どおりリキアイオーが

鼻を奪って先頭に立とうとしましたが、

レース前に逃げ宣言をしていたカシマ

セイカンがリキアイオーにしつこく絡んだ

ため、2頭が競り合い形になり、3番手

以下を大きく離した展開となりました。

ビンゴガルーは終始3番手をキープし

カツラノハイセイコ、ネーハイジェット、

ヨシノスキーは中団からレースを進め

ました。

第3コーナーでカシマセイカンを振り切った

リキアイオーはトライアルレースと

同じように後続を引き離したまま、先頭で

直線の勝負へ。

このままリキアイオーがスピードで押し

切るかと思われましたが、最後の直線に

入ると、ビンゴガルー鋭く伸びて、一気に

リキアイオーを交わして先頭に立ち、必死

追い込んで来るカツラノハイセイコを振り

切って優勝を飾り第39代皐月賞馬に

輝きました。

しかし、続く日本ダービーでは苦戦を

強いられてしまい、父ハイセイコーの

無念を晴らしたカツラノハイセイコの前に

4着に終わりました。

夏を無事に過ごしたビンゴガルーは

秋は京王杯オータムハンデから始動し

初の古馬相手にトップハンデながら

1番人気に応えて圧勝。

そして続くセントライト記念でもダービーで

僅差の2着だったリンドプルバンやヨシノ

スキーをやぶって勝利し、4つ目の重賞を

獲得すると共に菊花賞を目指して堂々と

西下しました。

この年の菊花賞は京都競馬場改修のため

阪神競馬場で行われました。

菊花賞ではダービー馬カツラノハイセイコが

感冒により出走回避したこともあって、重賞

2連勝中だったビンゴガルーが当時あった

単枠指定となり、圧倒的1番人気に推され

ました。

前日から降り続いた雨の影響で馬場

状態は重という悪コンディションの中

レースはハヤテアズマが果敢に鼻を奪って

逃げ、ビンゴガルーは先行集団の中で

いい位置につけ、ハシハーミットとリンド

プルバンと後方からの競馬となりました。

第3コーナーでビンゴガルーが早めに

仕掛けて先頭に立つと実況していた

杉本アナが「早いのか、これでいいのか、

小島太。これでいいのか、ショウリで逃した

大輪を、今度はこのビンゴガルーで

見事に獲るか」と実況する中、ビンゴ

ガルーが先頭で直線の勝負へ。

内をついたビンゴガルーが逃げ粘る中

ハシハーミットが外から猛然と追い込んで

ビンゴガルーを交わして先頭に立つと

杉本アナも心配したとおり、早仕掛けの

影響でビンゴガルーは急激に失速し、

勝ったハシハーミットから4馬身離された

3着に敗れてしまいました。

 

その後、ビンゴガルーは有馬記念に参戦。

このレースにはグリーングラス、テンメイ

ホクトボーイ、カシュウチカラの4頭の

天皇賞馬やダービー馬サクラショウリ、

昨年に続いて有馬記念連覇を狙う

カネミノブ、牝馬クラシック二冠馬インター

グロリア、菊花賞馬インターグシケン等

名馬達が顔を揃え、まさに夢のグランプリ

競走となりました。

1番人気はサクラショウリ、2番人気は

グリーングラスでビンゴガルーは名立たる

名馬達の中で3番人気に推されました。

レースはボールドエーカンの逃げで始まり

ビンゴガルーは大外から内に入って

レースを進めましたが、向こう正面で

故障を発症し、競走を中止しました。

馬運車で運ばれたビンゴガルーは検査の

結果、種子骨骨折という重傷と分かり、

予後不良と診断されました。

通常では安楽死がとられるケースでしたが

オーナーからのたっての願いにより薬殺

処分されずに治療されることとなり、その

オーナーの思いがビンゴガルーに

届いたのか、危険な状態の時もあった

ものの、奇跡的に回復し、1年の療養後に

北海道で種牡馬になりました。

ビンゴガルーは初年度産駒から中央での

勝ち馬を輩出し、その後も地方での重賞

勝ち馬を輩出するなど、今後の活躍が

期待されました。

しかし、記録によりますと

昭和62年10月18日小腸捻転のため

12歳という若さでこの世を去って

しまいました。

現在、ビンゴガルーは、優駿メモリアル

パークで静かに眠っています。

 

今週は、中山競馬場でクラシック第1冠目

第85回皐月賞が行われます。

クロワデュノール、マスカレードボール

ヴィンセンシオ、エリキングに注目して

います。

今週も全人馬達の無事を祈りながら

レースを観ます。