ハイセイコーのブログ -16ページ目
昨日、中京競馬場で行われました春の
GⅠ競走の開幕となるスプリント王決定戦
第55回高松宮記念は道中、中団で
レースを進めた2番人気のサトノレーヴが
最後の直線で鋭く抜け出して優勝を飾り
G1初制覇を果たしました。
1番人気のナムラクレアはまたしても2着に
敗れ、3着には6番人気のママコチャが
入りました。

今週は、阪神競馬場でGⅠ競走
第69回大阪杯が行われます。
大阪杯は1957年に5歳(現4歳)以上の
馬による重賞競走大阪盃競走として創設
されました。
その後、競走名は1964年にサンケイ
大阪杯と改称され、1989年からは
産経大阪杯となり、2017年にGⅠ競走に
昇格したことにより、名称を大阪杯と
改称しました。
思い出の馬は、事件に巻き込まれ、波瀾
万丈の馬生を送ったステートジャガーです。
ステートジャガーの父は私が大好きだった
アローエクスプレスを兄に、名牝ミオソチス
を姉に持つテスコボーイの仔サンシャイン
ボーイで、代表産駒には毎日杯を勝った
スターサンシャイン、東京障害特別を
勝ったハッピーウォーリアや多くの
地方での重賞勝ち馬がいます。
ステートジャガーは地方競馬の出身で
地方での同期には東京ダービーを制した
ハイセイコーの仔キングハイセイコーや
ジャパンカップでシンボリルドルフの2着に
入った地方の星ロッキータイガーがおり、
中央での昭和59年組には三冠馬シンボリ
ルドルフ、ビゼンニシキ、スズパレード、
スズマッハ等がいます。
ステートジャガーは旧馬齢3歳秋の
大井競馬でデビューし、新馬戦に勝つと
鮮やかに5連勝を飾り、5歳で中央に
移籍するまでの間に13戦8勝、2着3回、
3着1回の好成績を残して中央入りしました。
移籍後、中央競馬での初戦はマイラーズ
カップに参戦。
このレースにはマイル王ニホンピロ
ウイナーや桜花賞馬のダイアナソロンと
シャダイソフィアをはじめ、ロングハヤブサ
ハシローディー等、蒼々たるメンバーが
出走しました。
レースはドミナスローズとシャダイソフィアが
先行争いを演じ、その後ろから中央
初見参のステートジャガーが続き、
ニホンピロウイナーは中団からレースを
進めました。
第3コーナーでシャダイソフィアが先頭に
立つとロングハヤブサも一気に仕掛けて
直線の勝負へ。
内をついたステートジャガーが鋭く伸びて
先頭に立つと、60キロの斤量を背負った
ニホンピロウイナーが外から襲いかかり
ステートジャガーとニホンピロウイナーの
激しい競り合いになりましたが、最後は
ニホンピロウイナーがステートジャガーを
貫禄でねじ伏せて勝ち、初の芝や
初コースでの競馬となったステート
ジャガーは、中央のオープン馬相手に
2着と大健闘しました。

続いてステートジャガーは当時のサンケイ
大阪杯に参戦しました。
このレースには三冠馬ミスターシービーや
前走で敗れたニホンピロウイナーをはじめ
スズカコバン、ハシローディー、ニシノ
ライデン等の重賞勝ち馬が出走しました。
1番人気には三冠馬ミスターシービーが
支持され、ステートジャガーは3番人気での
出走となりました。
レースは、マイラーズカップで休み明けを
叩かれたハシローディーが逃げ、
その後ろからニホンピロウイナーが続き
ステートジャガーは中団から、ミスター
シービーは例によって最後方からの
競馬となりました。
第3コーナーで一気に外からステート
ジャガーが仕掛け、ミスターシービーも
先頭との差を詰め、10頭が一団となって
直線の攻防へ。
直線に入ってステートジャガーが外から
先頭に立つと、内からはニシノライデン
そして馬場の中央からミスターシービーが
猛然と追い込み、最後はステートジャガー
とミスターシービーとの壮絶な叩き合いと
なりましたが、ステートジャガーが、ハナ差
ミスターシービーをおさえて優勝を飾り、
大金星を挙げると共に中央での重賞
初制覇を果たしました。

その後、ステートジャガーは天皇賞春を
回避して中央でのキャリア2戦で、夏の
グランプリ競走、宝塚記念に挑みました。
このレースには天皇賞春でミスター
シービーとの三冠馬対決を制して優勝した
シンボリルドルフが出走予定でしたが、
直前になってアクシデントが発生したため
出走を断念してしまいました。
それでも天皇賞春でシンボリルドルフの
2着に入ったサクラガイセンや5連勝中の
ウインザーノット、京都記念の覇者メジロ
トーマス、ニシノライデン、グローバル
ダイナ、古豪ヤマノシラギク等、重賞の
常連組が出走しこの精鋭達が出走する中
ステートジャガーはサンケイ大阪杯での
レースが高く評価されたのか、1番人気に
推されました。
レースはウインザーノットが逃げ、ステート
ジャガーとスズカコバン、サクラガイセンは
後方からの競馬となりました
第3コーナーでステートジャガーが一気に
仕掛けて先頭との差を詰めて直線の
攻防へ。
最後の直線に入ってウインザーノット
ステートジャガー、グローバルダイナ
スズカコバン、サクラガイセンの叩き合いと
なりましたが、外から伸びたスズカコバンが
差し切って優勝。
ステートジャガーは健闘するも及ばず
4着に惜敗しました。

しかし、レース後に行われたドーピング
検査でステートジャガーの尿から禁止薬物
であるカフェインが検出されたため、一転
失格となって賞金は没収となってしまい
ました。
競走前に何者かからステートジャガーの
薬物使用についての告発があったとの
報道もあり、調教師が管理責任を問われ
6ヶ月間の調教停止処分が科せられました。
この一件はステートジャガー事件と言われ
結局、真相は分からないままとなりました。
いちばん被害を被ったのは何の罪もない
ステートジャガーで、出走を予定していた
高松宮杯を断念せざるを得ませんでした。
その後、美浦の鈴木厩舎に転厩しましたが
脚部不安を発症して約2年に及ぶ休養に
入ったものの、結局復帰することは叶わず
引退に追い込まれてしまいました。
引退後、種牡馬となりましたが、内国産
種牡馬不遇の中で薬物疑惑もあって
種付け頭数は伸びず、目立った活躍馬を
出せないまま廃用となり、乗馬クラブに
預けられました。
しかし、その後、残されたわずかな産駒から
北関東菊花賞馬やメルシーステージが
中央で重賞を2勝するという活躍を見せた
ことで、再び種牡馬に復帰することに
なりました。
しかし、種付け数は伸び悩み、新たな
活躍馬を輩出することは出来ませんでした。
記録によりますと
1997年に再び廃用となり、その後の
行先は不明となっています。
また情報として千葉県の乗馬クラブで
乗馬になったとの話がありますが、
真偽のほどはわかりません。
人間の勝手で翻弄され続けたステート
ジャガー、天寿を全うして最期を迎えた
ことを願うばかりです。
今週は、阪神競馬場で中距離戦線の
精鋭たちが激突する第69回大阪杯が
行われます。
シックスペンス、ベラジオオペラ
ロードデルレイ、ヨーホーレイクに
注目しています。
今週も全人馬の無事を祈りながら
レースを観ます。
昨日、阪神競馬場で行われました伝統の
第72回阪神大賞典は、4番人気の
サンライズアースが、第4コーナーで
一旦は先頭を譲ったものの、直線で
差し返して先頭に立ち、最期は後続に
6馬身差をつけて圧勝。
重賞初制覇を果たしました。
2着は7番人気のマコトヴェリーキー、
3着には5番人気のブローザホーンが入り
1番人気に支持されたショウナンラプンタは
4着に終わりました。

今週は、中京競馬場で今年初の芝での
GⅠ競走となる伝統の第55回高松宮記念
が行われます。
高松宮記念は4歳(現3歳)以上の馬
による重賞として1967年創設された
中京大賞典を前身として1970年に
高松宮宣仁親王から優勝杯が下賜
されたのを機に1971年より高松宮杯に
改称して新設されました。
1995年までは毎年6、7月に行われて
いましたが、1996年の競走体系の整備
により、距離を芝1200m短縮の上、
GⅠ競走に格上げされ、春の短距離王
決定戦として位置づけられました。
その後1998年に現名称の高松宮記念に
改称され、2000年からは施行時期も
現在の3月に変更されました。
昭和から平成前期においては、
宝塚記念の後に行われる前半戦の
最後を飾る重賞競走高松宮杯として
行われていたため、ハイセイコーをはじめ
トウショウボーイやナリタブライアン等、
競馬史上に残る名馬達が参戦しており、
数々のドラマや出来事が起こるレースでも
ありました。
思い出の馬は、華麗なる一族の繊細な
お嬢さまハギノトップレディです。
ハギノトップレディの父は万能型種牡馬
サンシーで代表産駒にはサンシードール
トウショウサミット、キリサンシー、ハツノ
アモイ等の重賞勝ち馬がいます。
そして母は悲運の名牝と言われた
イットーで弟には快速馬ハギノカムイオー
がいます。
ハギノトップレディは昭和55年の
クラシック組で同期の牝馬にはオークス馬
ケイキロクや最優秀3歳牝馬に輝いた
ラフオンテース、ジュウジアロー、
シャダイダンサー、タケノハッピー、スイート
ネイティブ等の重賞勝ち馬がいます。
ハギノトップレディは旧馬齢3歳夏の函館の
新馬戦でデビューすると、良血の前評判
どおり、圧倒的1番人気に応え、いきなり
大差のレコードタイムで圧勝しました。
この函館でのタイムは45年以上経過した
現在でもやぶられていません。
前途洋々なスタートを切ったハギノトップ
レディでしたが、その後、脚部不安を
発症して6ヶ月間休養することになって
しまいました。
年が明けて4歳になったハギノトップ
レディは桜花賞への出走をかけて3月の
桜花賞指定オープンで復帰し、休み明けと
不良馬場が災いしてか3着に敗れたものの
桜花賞への出走権を確保しました。
そして迎えた牝馬クラシック第一冠
桜花賞では1番人気は最優秀3歳牝馬に
選出されたラフオンテースでしたが、
ハギノトップレディは、わずか2戦1勝の
キャリアしか無いにも関らず、良血と
ファンの母イットーへの思いもあったのか
2番人気に支持されました。
レースはスタートしてスピードの違いを
見せつけるようにハギノトップレディが
先頭を奪って超ハイペースで逃げ、
その後ろからシャダイダンサーが続き
ラフオンテースは前が塞がれる不利が
あって、後方からの競馬となりました。
軽快に飛ばしたハギノトップレディが
先頭で直線に入るとシャダイダンサーが
猛然と追い込み、一瞬交わして先頭に
立ったかに見えましたが、そこから
二の脚を使ったハギノトップレディが
シャダイダンサーを突き放して先頭に
立ってゴールし、第40代桜の女王に
輝きました。

ハギノトップレディはその後、東上して
優駿牝馬(オークス)に出走しましたが、
初の東京競馬場に戸惑ったのか、ゲート
入りを嫌がり、ようやくゲートに入って
スタートして逃げはしたものの、いつもの
ハギノトップレディの軽快な逃げとはならず
先頭で最後の直線に入ったものの、直ぐに
馬群に沈み、17着と大敗してしまいました。
距離の壁かとも言われましたが、ゲートに
入ることを嫌がった時点でハギノトップ
レディ自身に何か問題が生じていた
のかも知れません。
夏を休養し、10月に復帰したハギノトップ
レディは、復帰緒戦のオープン戦で後続に
9馬身差をつけ、レコードタイムで逃げ
切って圧勝し、見事な復帰を果たしました。
続いてハギノトップレディは母イットーが
キシュウローレルのアクシデントに巻き
込まれてしまった因縁の京都牝馬特別に
出走しました。
このレースにはオークス馬ケイキロクや
ラフオンテース、ラブリトウショウをはじめ
ヨドハマナス等の古馬陣も出走する中
ここでもハギノトップレディは軽快な逃げを
展開し、後続馬に2馬身半差をつけ、1番
人気に応えて圧勝しました。

そしてハギノトップレディは、当時の牝馬
クラシック最終戦、エリザベス女王杯に
挑みました。
このレースにはオークス馬ケイキロクを
はじめ、クイーンステークスをレコード
タイムで勝ったタケノハッピーやラフオン
テース、スイートネイティブ、ジュウジアロー
インタースマッシュ等が出走し、直前の
オープン競走でダービー馬オペックホース
やリュウキコウを破った外国産馬インター
スマッシュが1番人気に支持され、
オークスでの大敗で距離に不安があると
思われたハギノトップレディは3番人気での
出走となりました。
レースはスタートすると、外枠から出た
ハギノトップレディが内に切れ込んで
先頭に立って逃げ、先行集団からは
人気のインタースマッシュ、その後ろから
タケノハッピー、ラフオンテースが続き
ケイキロクは最後方からという展開になり
ました。
第3コーナーから第4コーナーにかけて
後続馬が一気にハギノトップレディとの
差を詰めて直線の勝負へ、
直線に入って内に切れ込みながら加速した
ハギノトップレディは二の脚を使って後続
との差を広げ、外から猛然と追い込んで
来たタケノハッピーやタマモコトブキを
抑えて優勝を飾り、母イットーの無念を
晴らすかのように牝馬クラシック2冠馬に
輝きました。

そしてハギノトップレディは、この年の
最優秀4歳牝馬に選出されました。
年が明けて古馬になったハギノトップ
レディは、半年の休養後ぶっつけで
宝塚記念に参戦しました。
このレースにはカツラノハイセイコと
オペックホースの2頭のダービー馬や
オークス馬ケイキロク、古豪メジロ
ファントムが参戦する等、まさに夢の
対決となり、大いに盛り上がりました。
レースは、いつものようにハギノトップ
レディが軽快に逃げたものの、休み明けが
響いたのか、直線でつかまり4着に敗れて
しまいました。
その後、ハギノトップレディは悲運の母
イットーが蘇った当時の高松宮杯に駒を
進めました。

このレースにはダービー馬オペックホース
古豪メジロファントムやオーバーレインボー
ハシクランツ等の重賞勝ち馬が参戦し、
ハギノトップレディは、ここでも1番人気に
推されました。
レースはハギノトップレディの軽快な逃げで
はじまり、先行集団にはハシクランツがいて
オペックホースとオーバーレインボーは
中団から進み、メジロファントムは後方から
という展開で進みました。
第3コーナーでオペックホースとオーバー
レインボーが仕掛けて、差を詰めるも
マイペースの逃げに持ち込んだハギノ
トップレディは、母イットーを彷彿させる
逃げで、先頭のまま最後の直線へ。
直線に入ってハギノトップレディは更に
伸び脚を見せて差を広げ、最後は
6馬身差をつけて圧勝。
母イットーと同じように逃げ切って勝ち
母娘2代制覇を達成しました。

高松宮杯を制したハギノトップレディは
続いてデビューを飾った思い出の函館に
参戦し、巴賞に出走しました。
このレースには、この年の桜花賞を
無敗のまま制したブロケードも参戦し、
新旧桜花賞馬の快速馬同士の対決に
函館は大いに盛り上がりました。
ハギノトップレディは斤量59キロを背負い、
ブロケードとは4キロの斤量差があった
ものの、当時あった単枠指定と共に
圧倒的1番人気に推されました。
逃げ比べはどちらが制するかと大いに
注目されたレースはハギノトップレディが
やはり先手を取って逃げ、ブロケードが
2番手でハギノトップレディに続きました。
第3コーナーでブロケードが仕掛けて
ハギノトップレディとの差をぐんぐん詰めて
上がってゆくと、逆に1馬身先に出る
というまさかの展開になりました。
しかし、ハギノトップレディも先輩の意地か
第4コーナーでブロケードに並びかけ
まさに桜花賞馬2頭によるマッチレースと
なりました。
直線でハギノトップレディとブロケードは
激しい競り合いとなり、最後はハギノトップ
レディがブロケードをアタマ差おさえて
優勝を飾り、桜花賞馬対決を制しました。
この巴賞は重賞ではなく、オープン競走
ではありましたが、桜花賞馬2頭による
競馬史上に残る名勝負として、今でも
語り継がれています。

秋に入ってハギノトップレディは
毎日王冠に参戦し、1番人気に推され
ました。
スタートしてハギノトップレディが例によって
超ハイペースで逃げるも、直線で沈んで
8着に敗れてしまい、このレースが
ハギノトップレディにとっての最後の
レースとなりました。
引退後、生まれ故郷の荻伏牧場に帰り
繁殖牝馬として第二の馬生をスタート
しました。
当時、荻伏牧場には母イットーもいて
私も牧場めぐりツアーで荻伏牧場を
訪ねた際、牧場のご厚意により、イットーと
ハギノトップレディの2頭を並んで出して
頂き、母娘2頭のツーショット写真を撮らせて
もらったことは、今でも大切な思い出に
なっています。
ハギノトップレディは10頭の産駒を輩出し
海外まで行って種付けした1番子は
残念にも事故で亡くしてしまいましたが
代表産駒として安田記念やスプリンターズ
ステークスを制したダイイチルビーを輩出
する等、繁殖場としても活躍しました。
記録によりますと繁殖を引退後、余生を
送っていたハギノトップレディは
2003年11月22日 母イットーと同じ
26歳で生涯を終え、母イットーが待つ
天国へ駆け上がって行き来ました。
今週は中京競馬場で第55回高松宮記念
が行われます。
ナムラクレア、サトノレーヴ、トウシンマカオ
マッドクールに注目しています。
今週も全人馬の無事を祈りながら
レースを観ます。
昨日、中山競馬場で行われました皐月賞
トライアル、第74回スプリングステークスは
2番人気のピコチャンブラックが、早めに
仕掛けて先頭に立ち、直線でも先頭を
譲らず、そのまま押し切って勝ち、重賞
初勝利を飾りました。
2着には7番人気のフクノブルーレイクが
入り、新馬戦以来8ヶ月ぶりのレースと
なった1番人気のキングスコールは3着に
終わりました。

今週は阪神競馬場で伝統の第72回
阪神大賞典が行われます。
阪神大賞典は1953年に4歳(現3歳)
以上の馬による重賞競走として
創設されました。
創設当初は阪神競馬場の芝2000mで
行われ、その後距離は幾度かの変遷を
経て、1974年より芝3000mで定着
しました。
創設以来、暮れの阪神開催を飾る
名物レースとして親しまれましたが、
1987年から春の阪神開催に移されて
5歳(現4歳)以上の馬による競走となり
天皇賞(春)の前哨戦として位置づけられ
ました。
思い出の馬は、西の若武者と言われた
ディクタボーイです。
ディクタボーイは、ハイセイコー世代の
昭和48年のクラシック組で同期には
ハイセイコーをはじめ、ダービー馬
タケホープ、天皇賞馬イチフジイサミや
カミノテシオ、ホウシュウエイト、ユウシオ
シルバーランド、クリオンワード等の重賞
勝ち馬がいます。
ディクタボーイは旧馬齢3歳秋の京都の
新馬戦でデビューし、初戦は2着に敗れた
ものの、2戦目の新馬戦で初勝利を
挙げました。
続く条件特別を2着とした後、格上となる
当時の関西3歳チャンピオン決定戦となる
阪神3歳ステークスに挑みましたが、
快速馬キシュウローレルの前に3着に
終わりました。
年が明けて4歳になったディクタボーイは
シンザン記念に参戦。
このレースには、新馬戦を快勝した
ホウシュウエイトやハクサンホマレ、
アマツカゼ等が出走しました。
レースはキネヤタイヨウが逃げる中
ハクサンホマレとアマツカゼが先行し
その後ろから1番人気のホウシュウエイトが
続き、そのホウシュウエイトをマークする
ようにディクタボーイが進みました。
第4コーナーでホウシュウエイトと
ディクタボーイが先頭との差を詰めて
直線の勝負へ。
直線に入って各馬横一線となる中、内から
アマツカゼ、真ん中からハクサンホマレ、
外からホウシュウエイトとディクタボーイが
追い込み、最後はディクタボーイと
ホウシュウエイトが激しい競り合いと7
なりましたが、ディクタボーイがホウシュウ
エイトを振り切って勝ち、初重賞制覇を
飾りました。

しかし、続くきさらぎ賞ではクリオンワードに
僅か及ばず2着に惜敗しました。
その後、ディクタボーイはホウシュウエイト
と共に関西のクラシック候補として怪物
ハイセイコーに挑むべく、東上しました。
しかし、この年は怪物ハイセイコーの
出現で日本中が大いに盛り上がり、
競馬史上に残る競馬ブームが沸き起こって
いました。
そんな中で、関西の期待の星として
クラシック戦線に挑んだディクタボーイ
でしたが、ハイセイコーの前にスプリング
ステークス7着、皐月賞14着、NHK杯3着
と敗れ、日本ダービーでもタケホープの
8着に終わりました。
夏を無事に過ごしたディクタボーイでしたが
秋初戦の朝日チャレンジカップは9着に
敗れ、続く当時の菊花賞トライアル京都
新聞杯でも12着に大敗し、本番の
クラシック最終戦の菊花賞ではタケホープ
の6着に善戦したものの、結局クラシックは
無冠に終わりました。
その後、ディクタボーイはオープン競走を
2着とした後、当時は暮れの阪神開催を
飾る大一番だった阪神大賞典に挑みました。
このレースには同期のホウシュウエイト
トーヨーチカラ、イーストリバーや秋の
天皇賞で2着に入ったミリオンパラ等が
出走し、1番人気はホウシュウエイトで
ディクタボーイは5番人気に支持され
ました。
レースはメトロオーカンが逃げ、ホウシュウ
エイトは5番手を進み、ディクタボーイは
中団、ミリオンパラは後方からという展開に
なりました。
第3コーナーから第4コーナーでホウシュウ
エイトが仕掛けて3番手から2番手に上がり
それを見るようにディクタボーイも仕掛けて
直線の勝負へ。
直線に入ってメトロオーカンを捉えた
ホウシュウエイトが先頭に立つと、大外から
ディクタボーイが鋭く追い込んで、まさに
シンザン記念を再現するかのように
ホウシュウエイトとディクタボーイの一騎
打ちになり、ゴール前でディクタボーイが
ホウシュウエイトを交わし、レコードタイムで
優勝を飾り、クラシックでの無念を晴らす
と共に2つ目の重賞を獲得しました。

この勝利により、古馬になってからの
活躍が期待されたディクタボーイでしたが
無理なローテーションでの激戦の影響か
脚部不安を発症し、長期休養を余儀なく
されてしまいました。
9ヶ月の休養を経て秋に復活したディクタ
ボーイは初戦のオープン競走は8着に
敗れたものの、次のオープン競走に
快勝して復活を果たしました。
しかし、この勝利がディクタボーイに
とっての最後の勝利となりました。
その後、天皇賞を目指して東上した
ディクタボーイはハイセイコー、タケホープ
ストロングエイトやヤマブキオー等、豪華
メンバーが揃ったオープン競走で
ヤマブキオーの3着に入り、当時、東京の
3200mで行われていた天皇賞秋に挑み
ました。
このレースにはオープン競走後に鼻出血を
発症してしまったハイセイコーは出走を
断念しましたが、ホウシュエイト、イチフジ
イサミ、タケクマヒカル、カミノテシオ、
ストロングエイトやオンワードガイ、ナオキ
ナスノチグサ、トーヨーアサヒ等、超豪華
メンバーが出走し、ディクタボーイは4番
人気に支持されました。
いつものようにトーヨーアサヒの逃げで
始ったレースは、直線で内をついた
カミノテシオが鋭く抜け出して優勝。
ディクタボーイも外から豪脚を繰り出して
追い込み、惜しくも3着に敗れたものの
これからの活躍を期待できるレース内容
でした。
しかし、その後ディクタボーイは、
また休養に入り、年が明けて6歳になって
当時のサンケイ大阪杯で復帰したものの
11着に大敗し、このレースがディクタ
ボーイにとっての最後のレースとなりました。
その後、ディクタボーイがどのような運命を
辿ったかの記録はなく、消息不明となって
いるのが本当に残念です。
今週は、阪神競馬場で伝統の第72回
阪神大賞典が行われます。
ショウナンラプンタ、ゴールデンスナップ
ワープスピード、マコトヴェリーキーに
注目しています。
今週も全人馬の無事を祈りながら
レースを観ます。

