平成最後の日、先程、天皇陛下の退位の儀での最後のお言葉を
心してテレビ中継で見ていました。
この中継を見ていたある中学生の人が、「日本人であることを
改めて認識しました。そして日本人に生まれて本当に幸せでした」
と言っていたのが、本当に印象的でした。
私もそう思います。
天皇皇后両陛下におかれましては、長い間国民のために
本当に尽くして頂きました。
感謝の言葉しかありません。
とても淋しいですが、ゆっくりとお休みして頂ければと思います。
本当にお疲れさまでした。
平成最後の日、先程、天皇陛下の退位の儀での最後のお言葉を
心してテレビ中継で見ていました。
この中継を見ていたある中学生の人が、「日本人であることを
改めて認識しました。そして日本人に生まれて本当に幸せでした」
と言っていたのが、本当に印象的でした。
私もそう思います。
天皇皇后両陛下におかれましては、長い間国民のために
本当に尽くして頂きました。
感謝の言葉しかありません。
とても淋しいですが、ゆっくりとお休みして頂ければと思います。
本当にお疲れさまでした。
今週は、春の天皇賞が京都で行われます。
昔、天皇賞は、春は京都で、秋は東京で、どちらも3,200Mで
行われていましたが、秋の天皇賞は昭和59年より2,000Mに
変更になりました。
2017年から大阪杯がGⅠレースとなったことから、出走馬が
どちらかに絞って出走することになるため、伝統ある天皇賞は
大丈夫かと思っていましたが、案の定シャケトラのアクシデント
はあったものの、今年の大阪杯の出走したメンバーに比べ
小粒感は否めません。
また、今年の天皇賞は、平成最後の天皇賞ということにもなる
ので、できれば平成の天皇陛下のご出席があれば、良かった
のですが、忙しい状況の中、無理だということが残念です。
メッセージでもあると盛り上がるのですが。
これまでの天皇賞には、多くの思い出の馬やレースがあります。
昭和47年の天皇賞は不良馬場の中、天皇賞に執念を燃やす
メジロ一族であるメジロムサシが優勝。
不良馬場の中、昭和43年の天皇賞で2着に入ったタイヨウを
再現するかのように、内ラチに入って2着になったオオクラも
どちらも目野騎手であり、印象に残っています。
昭和48年の天皇賞は、杉本アナから「無冠の貴公子に春が
訪れます」との名文句が飛び出て、優勝したタイテエムが思い
出されます。
昭和49年の天皇賞は、中山記念で大差で復活優勝を果たし、
天皇賞で期待されたハイセイコーが6着に沈み、再びタケホープ
が優勝しましたが、翌日のスポーツ紙は「泣くなハイセイコー
血が悪い」との記事が掲載され、私も血統を考えさせられる
キッカケともなったレースでもありました。
昭和52年の天皇賞は、クラシック路線では惜敗を続けて無冠に終わったあの流星の貴公子テンポイントが雪辱をかけて出走。
4コーナーから前年度の菊花賞優勝馬グリーングラスが菊花賞と
同じように内をついたときは、またかと思いましたが、今回は
テンポイントがねじ伏せて優勝し、無冠の帝王を返上しました。
平成4年の天皇賞は、トウカイテイオーとメジロマックイーンとの
一騎打ちとも言われ、大変盛り上がったレースとなりました。
スタミナのマックイーン、切れのトウカイテイオーとも言われて
いましたが、さすが名人武邦彦騎手の子である、武豊騎手、
レースの途中から終始、トウカイテイオーに揺さぶりをかけて
スタミナを失いさせて、見事に連覇を果たしました。
天皇賞での思い出は、まだまだいっぱいあり、語りつくせません。
今年は平成最後の天皇賞です。
平成を飾るにふさわしい、素晴らしいレースを期待します。
今週は、牡馬クラシックのスタートを飾る皐月賞が行われます。 思い出のレースは、やはりハイセイコーとハクタイセイの親子で
制覇を果たした昭和48年と平成2年の皐月賞です。
ハイセイコーは、やはり怪物だったことを証明しました。
しかし、引退後のハイセイコーは、種牡馬として疑問視されて
いただけに、ハクタイセイの優勝は本当に嬉しかったです。
昭和53年優勝馬ファンタストも思い出の馬です。
夏の函館で突然旅立ってしまった ファンタスト。
夢見る人と命名されたとおり、とても綺麗な馬でした。
故高松調教師によると、本当に素直で可愛い馬だったそうです。
また昭和45年関西の雄タニノムーティエと関東の雄
アローエクスプレスが激突し、両馬が直線で最後まで譲らなく
一騎打ちになった皐月賞も歴史的名勝負として未だに
忘れられません。
平成最後を飾る皐月賞、歴史に残る名勝負を期待します。