1993年の年度代表馬で菊花賞、天皇賞・春、宝塚記念等に

GⅠ3勝を挙げ、ビワちゃんの愛称で多くのファンに愛された

平成を代表する名馬ビワハヤヒデが7月21日、繋養先の

北海道の日西牧場で老衰のため、亡くなりました。30歳でした。

1993年のクラシック路線では、ライバルのナリタタイシンや

ウイニングチケットと死闘を演じ、皐月賞ではナリタタイシン、

ダービーではウイニングチケットに惜敗したものの、その借りを

倍返すかのように菊花賞を圧勝しました。

その勢いで有馬記念に挑戦するものの、トウカイテイオーの

奇跡の復活劇の2着に敗れたものの、その年の年度代表馬、

最優秀4歳牡馬(現最優秀3歳牡馬)にも選出されました。

古馬になってからは更に馬体に実が入って充実し、京都記念、

天皇賞・春、宝塚記念、オールカマーと重賞4連勝を飾りました。

1歳下の半弟で三冠馬ナリタブライアンとの夢の対決もファンは

楽しみにしていましたが、天皇賞・秋で5着に敗れたレース中に

故障を発症したため、引退が決まり、夢の対決はついに

実現しませんでした。

通算成績16戦10勝、2着5回、着外(5着)1回でデビューから

15戦連続連対は史上初の5冠馬シンザンの19戦連続連対に

次ぐ、史上2位の成績は、本当に素晴らしい戦績だったと

思います。

但し、種牡馬としては、好成績や代表産駒を残すことが

出来なかったことは本当に残念でした。

また、顔が小さいトウカイテイオーに比べ、ビワハヤヒデは顔が

大きい馬と言われ、多くのファンに親しまれました。

一説にはビワハヤヒデは 芦毛だったため、膨張色で顔が大きく

見えたのではないかと言われています。

マニアックな牧場巡りツアーでビワハヤヒデに会うため、日西牧場

行きましたが、多くの女性ファンが憧れのビワハヤヒデに会えて

とても喜んでいた姿が懐かしく思い出されます。

牧場の方で、まだお墓を造るかどうかを現在検討中とのこと

ですが、ぜひ造って頂きたいと願うばかりです。

このコロナが落ち着いたら、また牧場巡りをしながら、名馬達の

お墓にもお参りさせて頂きたいと思っています。

4月にはライバル馬だったナリタタイシンが亡くなり、自身も

昨年の9月に心無い人にたてがみを切られる等の被害に

あいましたが、その後は、ファンの見学が中止されたため、

幸か不幸か静かな環境の中で余生を過ごすことができた

ことがせめてもの救いです。

天国でナリタタイシンやナリタブライアンと再会し、昔話でも

しながら、ゆっくり休んで下さい。

30年間、本当にお疲れさまでした。

 

明日は、函館競馬場で函館競馬の最後を飾る第56回函館

記念が行われます。

昭和期は、秋競馬に向けてのステップレースとしていたのか

優勝馬にはクラシックや重賞路線で活躍した名立たる馬達が

出走していました。

名馬達にはいろいろな逸話が存在しますが、函館記念で

思い出すのはメジロムサシの逸話です。

メジロムサシは昭和46年第7回函館記念優勝馬ですが、

横山典弘騎手のお父さんで当時メジロムサシの主戦騎手だった

故横山富雄騎手から聞いたお話です。

昭和45年のクラシック戦線では今一歩だったメジロムサシは

古馬になってから急成長し、この年、GⅠ春の天皇賞と宝塚記念、

目黒記念に優勝。

更に夏に休養することなく函館記念に挑戦しました。

この年、メジロムサシは今では考えられない11戦を戦うという

過酷なローテーションを組まれ、それでも11戦4勝、2着3回、

3着2回で重賞4勝を飾る等、好成績を上げ、大活躍をしました。

後に、この酷使がメジロムサシにダメージを蓄積させることに

なったと思っています。

タラレバになりますが、もしレース間隔をあけて、きちんとした

ローテーションを組んでいたら、海外でも国内でもメジロ軍団の

代表馬として、もっと活躍できたと今でも思っています。

東京、中山、京都、阪神、中京と5場を渡り歩いたメジロムサシは

函館記念にハンデキャップ62キロという厳しい重量の中でも

一番人気に押され、レースに挑みました。

横山騎手によると62キロの重量を背負っていたため、早めに

仕掛けたところ、メジロムサシはまだ早いと言わんばかりに

体を揺らし、自らが思った仕掛けどころで上がって行き、見事に

格の違いを見せつけ、優勝したそうです。

名馬にレースを教えてもらうことは多々あるそうですが、

まさに名馬に因んだ逸話で、これも競馬ロマンですね。

メジロムサシの晩年、那須種場所にいた時に会い行き、お話

できたことは、今では良い思い出です。

 

今年の出走馬の中では、クラシック路線やメジロムサシのような

古馬路線で活躍してきた馬は見当たりません。

昔と違い、春競馬で戦ってきた馬達は、疲れを考慮して夏は

休養に入っているのでしょう。

ダービー馬レイデオロの弟のレイエンダやランフォザローゼスは

クラシック候補と言われた評判馬でしたが、伸び悩んでいます。

よって秋競馬に向け、どの馬が勝っても不思議じゃない難しい

レースだと思います。

今年も全馬の無事を祈りながら、レースを見ます。

 

昨日7月3日、名馬オグリキャップが天国に旅立ってから10年の

歳月が流れました。

地方の笠松競馬から中央競馬に移籍し、数々のエリート馬を

なぎ倒して快進撃を続け、一生懸命走る姿は男性ファンだけで

なく、多くの女性ファンの心を捉えました。

また、数々のドラマを生み出し、記録にも記憶にも残る名馬

でした。

1990年6歳(現在表記5歳)になったオグリキャップは、前半戦を

安田記念にレコード勝ちしたものの、宝塚記念は2着に惜敗し

終えました。

そして誰もが秋競馬でのオグリキャップの活躍を信じていました。

しかし、騎手も変わって新たなスタートが切られると思って

いましたが、秋の天皇賞は6着、ジャパンカップでは11着と大敗。

まさに燃え尽きたかのように闘志あふれるオグリキャップの姿は、

もうそこにはありませんでした。

このまま引退とも言われましたが、多くのファンに最後の姿を

見せるべく、鞍上を武豊騎手にして有馬記念に出走しました。

しかし、各マスコミは、オグリはもう終わったと散々報道しました。

私も当日、オグリキャップの最後の勇姿を見るべく、友人と中山

競馬場に行きましたが、本当に多くのファンが勝敗はどうであれ、

無事を祈りながら、オグリの最後のレースを見ようと詰めかけて

いました。

私も4コーナー付近で観戦していましたが、第四コーナーで

オグリキャップの白い馬体が上がって来た時は、もしやと思い、

直線では突き抜けろと言って大声でオグリキャップを応援して

いました。

最後の直線では、外からメジロライアン、内からホワイトストーンが

襲いかかる中、それを振り切り奇跡の復活優勝。

あまりの感動的な結末と武騎手の粋なウイニングランで中山

競馬場に詰めかけたファンは、大歓声と共に号泣、号泣でした。

劇的なラストランでもあったせいか、引退後も北海道の牧場に

オグリキャップに会いに来る人は後を絶たず、大変なブームに

なりました。

私も牧場めぐりで度々、オグリキャップに会うことができましたが、

その時、ある有名牧場の方にオグリキャップについて、お話を

聞くことができ、長年多くの馬を育成してきたが、あれほど脚も

曲がっていて、馬体もバランスが悪いオグリキャップが何故

あんなに走るのか判らないと仰っていました。

まさに競走馬の七不思議であり、ロマンやドラマがある競馬は

本当に素晴らしいと思います。

コロナで無観客での開催が続いていますが、オグリキャップにも

天国から見守っていて欲しいと思います。