先週、JRAより今年の6月9日にキタサンブラックが史上

34頭目のJRA顕彰馬に選出されたことを記念した顕彰馬

選定記念キタサンブラックメモリアル競走が実施されることが

発表されました。

レースはキタサンブラックが2017年に勝った天皇賞・秋の

開催前日になる10月31日の第10レース、芝マイルのハンデ戦

(3歳上3勝クラス)で行われるとのことです。

また、9月21日(祝・月)はファンへの感謝の気持ちを伝える日

として、昨年に続きJRAアニバーサリーを実施し、当日は10、

20年前の年度代表馬の馬名を冠した2000メモリアル

テイエムオペラオーカップ(中山)、2010メモリアル

ブエナビスタカップ(中京)も実施するとの発表もありました。

競馬ファンにとっては名馬達の功績を称えたレースが開催

されることは、本当に嬉しいことです。

無観客での開催が続く中で、本当に心温まるニュースです。

昔、存在したクモハタ記念やカブトヤマ記念、セイユウ記念等

名馬達の名が冠になったレースが廃止されていく中、今年は

43年ぶりに昨年亡くなった名馬ディープインパクトの名が入った

弥生賞ディープインパクト記念が実施されました。

 

多くの夢や勇気や思い出をくれた名馬達が天国へ旅立って

しまうことは淋しいですが、せめて伝統あるレースの優勝馬、

例えば牡馬牝馬三冠レース、天皇賞、有馬記念、安田記念、

宝塚記念、エリザベス女王杯、ジャパンカップ等の優勝馬が

亡くなった際は、その馬名を冠にした追悼レースを行い、

その名馬を偲ぶと共に、改めてその馬の功績を称えて欲しい

と節に願います。

7月31日に亡くなったビワハヤヒデに続いて1997年の

菊花賞馬マチカネフクキタルが余生を送っていた山梨県の

小須田牧場で亡くなりました。26歳でした。

同馬は、ユニークな馬名で有名なマチカネ軍団の1頭で

更にサイレンススズカ世代であって、同期にはサニブー?の

愛称で知られたダービー馬サニーブライアンやメジロブライト、

シルクジャステスがいます。

1997年の春のクラシック路線では、サニーブライアンの後塵を

拝しましたが、夏を超して本格化を果たし、神戸新聞杯、

京都新聞杯に連勝、その勢いで三冠レース最後の菊花賞に

見事優勝し、春の無念を晴らしました。

古馬になって更なる飛躍を期待されましたが、蹄の病気に

悩まされるなどしたため、苦戦を強いられたため、満足な成績を

あげることは出来ませんでした。

また1頭、名馬が亡くなり淋しい限りですが、天国でゆっくり

休んで下さい。本当にお疲れさまでした。

 

ビワハヤヒデ、マチカネフクキタルが亡くなったことで、

1900年代の全ての菊花賞馬がこの世を去りました。

(但し1991年優勝馬レオダーバンは行方不明のため、生死の

確認は不明ですが。、生存していれば32歳)

時代の流れとはいえ、名馬達の訃報を聞くたびに、またひとつの

時代が終わったかと思ったり、淋しい気持ちになります。

昭和に続いて平成もこうしてだんだん遠くなって行くんですね。

 

本日、7月30日、日本の至宝ディープインパクトが天国に

召されてから早くも1年が経ちました。

1年前に突如、北海道から届いた悲報に日本列島だけではなく、

世界中に打電され、多くの競馬ファンが嘆き悲しみました。

まだ17歳、必ず凱旋門賞をはじめとする世界各地での重賞

レースに優勝する馬が数多く誕生すると思っていただけに

残念です。

最後の年の種付け頭数が24頭で、そのうち何頭の馬が

最後の産駒として日本でデビューするのでしょうか。

情報では、秋華賞、宝塚記念、エリザベス女王杯に優勝した

名牝スイープトウショウの仔がいるとのことで、とても楽しみです。

スイープトウショウは、宝塚記念で、ディープインパクトに

国内で唯一土をつけたハーツクライを破って優勝し、更に敗れは

したものの、有馬記念でディープインパクトと対戦した名牝です。

競馬ファンにはたまらない、この夢の配合によるディープの仔が

日本のみならず、世界で活躍する日が来ることを願っています。

ディープインパクトは天国に召されましたが、その血は

日本競馬に長く引き継がれていき、そして多くの競馬ファンの

心の中で、永遠に走り続けてくれることでしょう。