わたしは
漢字が多いテキストが苦手です
できるだけひらがなを
使うようにしています
それだけで
優しい感じがするのです
句読点は嫌いなので
基本的に使いません
①ひらがなのことのは 紀貫之
から続く
②ひらがなのことのは 紀貫之
わたしは10代の頃から
紀貫之の土佐日記が好きでした
それはひらがなでかかれ
わたしの感じる
私たちの心情が細かくかかれて
いたから…
有名な出だしは
おとこもすなる
にきといふものを
おをなめもしてみむとて
するなり
見事な男性性と女性性の調和
930年頃
土佐守の任期を終えた
アセンディッド・マスター
紀貫之が
京都の自宅に着くまでの
55日間の
舟旅をつづった日記
土佐で娘を亡くし
苦労してようやく
京の屋敷に着いた時
屋敷は悲惨な状態でという
少しもの悲しいストーリー
でも一緒に旅する
こどもたちや
お連れの家族たちの
洒落た会話や戯言が生き生きと
伝わることのはです
次は最も好きな
日記の最後の帰京の抜粋です
なぎきこそあれ
ひとつのいえのやうなれば
のぞみてあずかるなる
さるはたよりごとにものも
たへずえさせたり
こよい
かかること
とこわだかにものもいはせず
いとはつらくみゆれど
こころざしはせむとす
おとなりさんのいえと
隔てる垣根はあれど
おとなりさんとは
ひとつのいえのように
繋がっている
だからおとなりが望んで
預かってくれたんです
そうはいっても
機会のあるごとに
感謝の気持ち絶えることなく
伝えてきたのです
こんやは
なんでこんなことに…
とみなには大声で
文句はいわさない
これはとてもつらいことだけど
感謝して贈り物だけはしよう
うまれしも
かへらぬものを
わがやどに
こまのあるを
みるがかなしさ
生まれても
帰ってこないあの娘よ
ここにある
生まれた小松をみる悲しさよ
みしひとの
まつのちとせに
みましかば
とほくかなしき
わかれせましや
みしあの娘を
松のように100年間
一緒にいることができたなら
こんな悲しい思いは
しなかったのに
わすれがたく
くちおしきことおおかれど
えつくさず
とまれかうまれ
ごとくやぶりてむ
わすれることもできず
つらいこともおおかれど
もうこれ以上
日記をかきつくす
ことなんてできない
いずれにしても
こんな日記は
早く破ってしまおう
このことのはが
わたしの人生の
中心センターにあります
それは
イエスであり
馬子であり
貫之であり
道真です
そしてそれ全てがわたしです
その後に内から思いやりが
湧いてきました
③ひらがなのことのは 紀貫之
へ続く
ほか抜粋
https://manapedia.jp/m/text/2875
https://manapedia.jp/m/text/2877
https://manapedia.jp/m/text/2885
https://manapedia.jp/m/text/2885
https://manapedia.jp/m/text/2889
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/212149/1