sacrifice
サイクルロードレースを題材としたこの本haruさんからお借りしてました。
- サクリファイス/近藤 史恵
- ¥1,575
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sacrificeは「犠牲」という意味だそうで。そういえば高校時代の愛読書
「試験に出る英単語」にのってました。
自転車のロードレースはチームで闘う競技です。
チームにエースが一人、あとの数人はアシストです。
アシストはエースの風除けになったり、集団をけん制したり
ぼろぼろになってレースを終えます。
エースが勝つ為の戦略にひたすら身を粉にするのが仕事で、
アシスト自信の結果はびりだろうが、リタイアしようが、
エースが勝てばそのアシストは評価されるのです。
この小説は勝利に向かう工程、エースとアシストの微妙な心理状態、
それをチームという社会の中でえがき出しています。
読み終わってふと思ったのですが、サイクルロードレースの「犠牲」は
人の生き方にも似ておりますね。
山あり谷あり峠あり
昨日の走行会は宮崎~高岡~四家~野尻~内山~広沢ダム~綾~高岡~宮崎の
距離118km 平均時速21kmだったんですが、2つの大きな峠があり、タイトなコースでした。
いつもは走行会後、必ずチェーンの汚れを落とすのですが
昨日はその気力もなく、風呂に入ってバタンキューでした。
最初の去川の大イチョウからの峠は3kmほどでしたが勾配があり、
標高も350mはあったでしょう。ここではそうダメージはありませんでしたが、
思い出すと、これはほんの序曲だったのです。
この国道10号線の裏道は昔参勤交代で使われた道だそうで。
小判が落ちてないかと冗談を言いながら上りますが、
冗談も最初だけであとは、有酸素運動の辛さが次第にモルヒネの5倍の威力をもつ
ベーターエンドルフィンにより快感とかわるのです。![]()
ようやく峠を越え日差しも強くなりました。
昼食後の難所は野尻から内山に抜ける標高500mの峠です。
本物の峠はまだ先にありました。
絶好調のY野さんとピンキーさん
この道路、2車線ありまして見通しがよく、コーナーを曲がるたびにはるか山の上に
道が続いております。それを見るたびに
「なんやありゃぁ~」 と打ちひしがれるのです。![]()
今回のコーディネーターharuさんが上ってきました。
しかし、なぜか嬉しそうです(笑)
どうにか峠を越え内山までたどり着き浦之名川沿いをくだります。
路上の水溜りがまだ凍っておりました。
上りでかいた汗が一瞬に体から体温を奪い去り、
手足が凍えてきました。気温差は10度はあったでしょう。
内山ダムから綾の酒仙のもりで休憩をしましたが、ここで失敗です。
補給食を買わずに、売店の青島せんべいの試食を一かけらしか食べませんでした。
あと綾錦をグビリと試飲したのも間違いか(^_^;)
綾からの恒例のちぎりあい、y崎さん、y野さんがダッシュ、すかさず追いかけました。
3kmほどでなんと私より7歳ほど年配のT崎さんが後ろから追い抜いていきました。
とうとう花の中高年組が爆発しました。かっこいい!!
しかし、ここでちぎれるわけにはいきませぬ。
二人で先頭交代しながらy野さんをゲット。ここで私が先頭になりましたが
50歳手前の中高年ヘナチョコパワー、時速29kmになった時、Y野さんが再びアタック!!
もう限界でついていく気力体力ありませんでした。
さらに恐ろしい事に、後方影もなかったカンメラくんがすっーと時速40kmで抜いていき
私の後方にはピンキーさんが!!
恐ろしきは朝練習集団!!お手上げです。無条件降伏であります。
この10kmの攻防でハンガーノックになり、生目の森球場あたりでは
やっとこいでいる状態で。コンビニでカロリー補給ゼリーを一気に飲み干しました。
終わったときお腹一杯ぐらいが、体にダメージがないそうなんです。
そう考えると、青島せんべいのひとかけらぐらいではだめだったのですね。
いい教訓になりました。
みなさん、お疲れさまでした。
またよろしくお願いします。
アウトローを生きる
漫画家の青木雄二氏と小説家ヤン・ソギル氏の対談です。
青木雄二
ヤン・ソギル
若くして事業に失敗したお二人のアウトローとしての生き方は、社会の底辺から
いろんな経験を積み重ねた独自の価値観を持っていらっしゃいます。
現代社会の矛盾をついた対談は説得力があり、体制や組織から与えられて生きる
者ではなく、自分でつかみとって生きるアウトローの世界を感じさせられます。
私が青木氏を知ったのは昔、歯医者さんの待合室に置いてあった漫画「ナニワ金融道」からです。
ナニワに生きる主人公がゼニ・カネの裏の世界を見事に描いておられました。
学校教育では学べない現実の厳しさを青木氏は自分の苦い経験から書き綴ってます。
日本の行く末を痛烈に皮肉っておりながらも、若者を激励しているようにも感じられる青木氏です。
スティング
BSで映画「スティング」をやってました。1974年日本公開でアカデミー作品賞です。
- スティング
- ¥1,470
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とうことは、34年前です。当時私は高校2年でこの映画を学校の許可なく
見に行きました。
映画館の階段を登る途中、偶然同じクラスの女の子が階段を下りて来ました。
彼女はその映画を見終わったところでした。
クラスでは話した事もないのに
「どうだった?」て聞いたら
「おもしろかった。」と笑顔で答えました。
その女の子は神戸から転向してきてまだ間もなかったのですが、
映画好きだったようです。
その後、クラスでは相変わらず話もしませんでした。
そういう時代だったのです。
一心不乱に勉学にはげむ姿!! まったくありませんでした!(´Д`;)
さて、この映画ご存知 ポール・ニューマンとロバート・レッドフォードの共演です。
スティングという意味は「ぼったくり」とかいうスラングらしいです。
新人のロバート・レッドフォード、いい味だしてますが、
ポール・ニューマンがニヒルでちょい悪詐欺師でぼったくってます。
世間を皮肉ったなんともいえない見事な笑顔。
二枚目半的なアウトローを演じたらこの人の右に出る俳優はいないでしょう。
いまはすっかりおじいちゃんになってますが、THE STINGは高校時代の
なつかしい女性、いや映画でありました。
ロードレーサーの楽しさ
今日はここ宮崎ではいろんな走行会があったようで、
なんと50名以上の自転車乗りがあちこち走っていたようです。
私は10名のロードレーサー(長距離競技用自転車乗り)の方々と
宮崎~清武~好隣梅~日南~北郷~椿山峠~宮崎のコース
132km 平均22kmを堪能しました。
ロードレーサーに乗る目的や楽しみは、10人いれば10人それぞれ違うのでしょうが、
皆さん峠でへえへえ言いながら鼻水たらしながら上ったり、
一転、下りでは60km以上のスピードでコーナーを攻めたり、
一人で逃げをうったりと(必ずつかまるのですが(笑))
バラエティ豊かな楽しみがあるのです。
それを引き出してくれるのは、ロードレーサーのスピードや躍動感によるものだと思います。
必死で走っているときは、心臓バクバクでしんどいのですが、
その瞬間は日頃のストレスや悩みを一切忘れており、ただひたすらペダルを踏むことにより
人生をリセットしているのかもしれません。
自分のキャパシティ以上では走れませんが。
単独で想像以上の距離やスピードにチャレンジできる可能性を持ってます。
かといって、集団走行では、先頭交代をしながら個人の力以上を引き出してくれる
面白さもあります。
だべりながら走ったり、一緒にお昼を食べたりするのも楽しいひとときです。
今日の前半、日南海岸で私は集団をかえりみず自分勝手な走りで集団を置き去り
にしました。テンションが高い時はどうしょうもありません。
集団?しったこっちゃねえ~(笑)
おお、いかんいかん反省ですな!!
お昼後はゆっくりとサポート隊にまわりましたが、
「然の道」の終盤に「アタックねーなー、アタックねーなー。」とひとり言を
いったら、私のジレンマをさっした若人が逃げをうちました。
おお~行った![]()
喜んですかさず後ろにつきましたが、下りであっという間にちぎられ
最後の上りでも必死でもがきましたが、姿が見えず見事な逃げでありました。
好隣梅では丸々太った猿に会ったり、椿山では大きながまがえるが
道をのそのそと横断してました。あぶなくひいてしまうところでした。
ちゃんと横断歩道を手を上げて横断してください。
といったところで、皆さんお疲れさまでした。
また、お願いしま~す。
短歌の友人
電話口でおっ、て言って前みたいにおっ、て言って言って言ってよ 東 直子
この歌で始まる「短歌の友人」 穂村 弘氏の新刊です。
とても面白かったです。
- 短歌の友人/穂村 弘
- ¥1,995
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体育会系の私には、短歌はジャンル違いなのですが、
この本、どしろうとの私でもはっとするような驚きの世界がくりひろげられてます。
五七五七七の響きは、私なんかが書く400字のブログより桁違いにインパクトがあり、
強烈であり、かつ深い想像を思い巡らせる鮮烈な世界です。
たくさんのおんなのひとがいるなかで わたしをみつけてくれてありがとう 今橋 愛
一首全体が「私」の想いそのものであってそれががそのまま「うた」になっているそうです。
謝りに行った私を責めるよにダシャンと閉まる団地の扉 小椋 庵月
ダシャンがガシャンだとこの一首は死んでしまうそうです。
穂村 弘氏は短歌の世界を「短歌の感触」という言葉で紹介してます。
デジタルの世界ですが、日本人の感性はまだまだ五七調の言葉に残っていると思います。
菊千代の おだてにのる わこうどは ひいてひいて 最後にちぎれる 菊千代
ひじかけをめぐる争い
午前7時4分宮崎駅発「にちりん4号」通勤電車で・・・
「おっさん、真ん中のひじかけ全部とらんで、ちょっとゆずってーな。」
「なんや文句あんのか、始発の南宮崎から乗ったもんの勝ちやねん。」
「それはマッカーサーが日本国憲法で決めたんか?」
「まっさか」
「おっさんもよういうのう、月曜の朝からシャレきついねん。」
「そやねん、ボケと突っこみは通勤電車のおきてやねん。」
「がたがたいわんといてな、ひじかけ半分とるで。」
「な、なにするねん。このスペースはゆずれんで。とぉ~っ!!
大木金太郎直伝のキーロックやで!!」
「ギエ~おっさんなめんなよ、こっちはミスドの景品弁当のストレートパンチや、ドコン。」
「やりおったな、週間現代のハリセンやバシン。」
「どーせならグラビアヌードのところではってーな 水平チョップ バシン!!」
車掌 「お客様こまりますね、こんなところで、おお その技はビル・ロビンソンの人間風車!!」
「吉村道明の回天えび固め~!!」
「そうはイカの雷電ドロップゥゥ~!!」
門川~門川~
「ハアハア、今日はこれくらいでかんべんしたるわ。」
「ヘエヘエ、そうやな次回決着つけたろかい、ヘエヘエ・・・」
雨の走行会
1年に数回、凍てつく雨の日の走行会があります。
それが本日の南郷町、目井津港 往復走行会でした。ヽ(;´Д`)ノ
メンバーはharuさん企画の6名。
本日は目井津の「かつお飯」を食べにロングライドというテーマでしたので
イクイクと手を上げたのですが・・・
9時にオルブライトホール前をスタート、行く手にはなにやらあやしい雲がわんさか。
旧青島街道を南下していると、後ろから「こんにちわ」と
kンメラ師匠、特急軍団が3人ほどを引き連れてきました。
どうやら朝錬の帰りみたいですぐにいなくなりましたが、あの「ゴオッ~」とデスクホイールの音、
どうにかならないの(笑)
掘切峠あたりからぽつりぽつりと降ってきました。
そのぽつりぽつりがぽつぽつになり、ただでさえ足先手の指が凍えているのに
神は試練を与えてきたのです。
雨は降る降る、かつお飯は遠い。
なぜにあなたは そう急ぐ。
とにかく、凍えようと、凍てつこうと自転車乗りは走るしかないのです。
どうにか目井津のお目当ての食堂へ到着。ところが
「本日、予約の為貸切」
ガ~ン。(´д`lll)
しかし、そこをなんとか無理を言って入れていただきました。
「私達、雨の中自転車で来たのです。ガタガタ・・・」
震えるその姿をみてお店の方可愛そうに思ったのか、ま、どうぞ・・・と
店に入ればこっちのものと、
店の中のストーブを占領し、グローブ、耳あてなどを乾かしながら凍りついた体を
暖めているといよいよ、かつお飯が登場しました。
これにご飯とメジナの味噌汁がついて1000円。
もう感激で凍えた体にあったかい味噌汁、かつおのおいしかった事。
最後はかつおをおかわりしたご飯にのせ、特製のスープをかけてお茶漬けで。
もう最高でした。皆さん、言葉を発することなくだだひたすら頂いてました。
帰路はさらに雨も降り注ぎ、ウインドブレーカーを忘れてきたかまどうまさん
後ろで「しえー」とか叫んでおりました。
途中の鵜戸神社のお土産さんで、古新聞紙をもらいお腹と背中に入れました。
これで保温ができ、そうとう寒さをしのげるのです。
どうにか白浜あたりで雨もやみ日がさしました。
神は我々を見捨てなかったのです。
余裕ができたので青島植物園で、真冬のチューリップを鑑賞しました。
今が一番の見ごろでしょうか。
子供の国沿いの海岸道では余裕ができたのでカメラマンへと変身。
この日は距離127km
平均時速22kmでした。
約5時間以上自転車をこいでいるのです。
そんなにと、びっくりする方もいると思いますが
経験をつんでいくと誰でも長い距離を
楽しく乗れるようになりますよ。
その時、もうあなたは自転車なしでは生きていけない(笑)
雨で足先の感覚がなくなるほど痛く、どうなる事かと思いましたが、
こういう経験をしながら自転車乗りはたくましくなっていくのでしょうね。
帰って、洗車をし、熱い風呂で「ああっ~」とあったまって
ビールで乾杯をしました。
また、次回も楽しみです。
お疲れさまでした。
ありがとうございました。
赤ちゃんとナース
赤ちゃんを抱いたお母さんが朝の通勤電車に乗ってきたのです。
通路をはさんで私の隣に座ったのです。
赤ちゃんは不安そうに「バァァ~」とわめいていたのです。
が、突然私と目があったのです。
私は小さな声で「バオバオ」とあやしたのです。
すると赤ちゃんは一瞬目を丸くした後、右手の親指をしゃぶったまま
目を三日月のようにして「ニヤッ」と笑って「バオバオ」と言ったのです。
それを見たお母さんも「良かったね」と言ったのです。
私も笑ったのです。
門川で私は「バイバイ」と言って赤ちゃんのほっぺを人差し指でちょっと押して電車を降りたのです。
ほのぼのとした幸福感があったのです・・・
ところがその日職場になぜか献血車が来たのです。
私はこれまで30回献血をしていたのです。
それで今日も400mlとってもらったのです。
献血中は不安なのでナースに話しかけるのです。
「頭の帽子はなんていうのですか?」
「これはナースキャップです。」と若いナースはお答えしたのです。
「忘年会でそれ、かぶった事があります。」と続けたら
「かぶされたのですね。」とおっしゃったのです。
私は言葉に詰ったのです。
実は知人に頼んで白衣とナースキャップを調達し、自主的にかぶったからなのです。
純粋なナースはまさかこのおっさんがすすんでナースキャップをかぶって
どんちゃん芸をしたとは考えもしなかったのです。
ナースの気持ちをふみにじった行為に私は恥ずかしくなり、そしてこう思ったのです。
この不純なおじさんの血は、はたして人様の役に立つのだろうかと。
そのアールエッチプラスO型の血は、神聖なナースキャップをかぶって宴会に出た男の
血液だから使わないでほしいと。
献血が終わったら、血液センターに電話しようと思ったのです。
ところが、献血後、ビニール袋に入ったお礼のオレンジジュースと歯磨きセットとボンカレーをみて
嬉しくなって、電話するのをすっかり忘れたのです。
そしてあの元気な赤ちゃん、すくすくと育てばいいなと思ったのです。
イチロー
今晩、NHKでイチローの特集を見ました。
たまたま今日郵便局で このチラシ を見てたので何かの偶然でしょうか。
MLBオールスターでMVPをとった時の記念フレーム切手です。
イチローは打席に入るとき、常に同じリズムで同じ動作を繰り返し、
自分の世界を作り上げるそうです。
この有名なポーズは当初、大リーグでは投手を威嚇するので、禁止されるかもと
いわれてました。
しかしイチローは威嚇しているのではなく、バットの先に投手を見て、距離を測っているのです。
よくよく見ると、こんな写真です。
このバットは1993年、岐阜のバット製作所で握った時、「これだ!!」と
感じたそうです。それ以来ずーっと使っているみたいで、
ノックバットほどの細さでスイートスポットは、ほんとに小さいそうですが、フィーリングが
ぴったしあったそうです。
右手でバットグリップを軽く握ってます。全然力がはいってません。
左手で右袖を引っぱり上げているのは、左肩甲骨のストレスをなくしているのでしょうか。
すこしそり気味に立った姿はセンター(中心線)が出ており、骨盤も立ってます。
気迫の中にもゆるんだ状態がわかります。
イチロー専用の初動負荷マシンも初めて見ました。
これは、鳥取県のワールド・ウイングのマシンだったと思います。
胸を開いた状態から肩甲骨を3次元的に動かすマシンで、いままでそんなマシンを見たこと
ありませんでした。
切手には、ランニングホームランを打った時の2塁から3塁のベースランニングの
写真も載ってます。
しなやかな肉体と孤高ともいえる精神のバランスの融合。
あの正面から映したイチローの全力のランニングシーン、
久しぶりにアスリートの美しさを見た瞬間でした。













