晴走雨読 菊千代 -23ページ目

タリック・ターミ先生の言葉Ⅲ

今回のWSで印象に残ったタリック先生の言葉の一つが


「続ける事が一番大事です。」という言葉でした。


とてもシンプルながら奥が深いお答えだと思いました。




私はヨガというプラクティスは、自分の内面と対話しながら


体内のプラナーを刺激して


気のめぐりを活発にし、心身とも健康になるのが一つの目的だと思ってます。


ところが、最近は、アサナの完成形ばかり追求して本来の目的を忘れていたような気がします。


その時、「ヨガを続ける事がヨガの目的です。」


というタリック先生の答えを頂いたのです。



パタビジョイス師も


「99%のプラクティス、1%のセオリー」と言われてます。


続けることにより、アサナはもちろん、ヨガの奥深さを体験できるのだと思います。


目がさめました。




2日目はマイソールクラスで


15名ほどの方々が参加されました。


最初のマントラはサンスクリット語で、タリック先生の重厚なOMの声と共に始まりました。


私はマントラを覚えていなかったので最初のOMの言葉だけでした汗




ぴんと張り詰めた雰囲気の中、皆さんプライマリーシリーズを黙々と始めました。


私も気後れしながら、よたよたとサンサルテーションから入りました。


さっそく、あちこちで先生のアジャストが入り始めました。


私はまず、ダウンドッグで肘を内側に向けられました。


肘を内に、肩を外に。


以前、Rumi先生から教えていただいたとおりです。


パーダングシュターサナでは、ハムストリングを伸ばされながら、


腰椎から胸椎を押され


パールシュヴォーッターナーサナでは手のひらを合わされ


パシュチマッターナーサナでは胸椎の12番からだんだん上に上がっていくアジャストで


ティリャングムカイカパーダ・パシュチマッターナーサナでは右腰を浮かさないアジャスト


ジャーヌ・シールシャーサナBの下足の親指の向き


マリーチアーサナーAでは曲げた足の位置と骨盤の方向


マリーチアーサナーDを始めて体験し、


スプタ・クールマーサナーでは手を腰の後ろで組んでもらいましたが


足は頭にかけれませんでした。



この日の2時間のマイソールの中、マリーチアーサナーに入ったとき


タリック先生は「ちょっとまって、ちょっとまって」


という言葉を私にかけられました。


私のレベルを短時間で見極められたのでしょう。



しかし、私もずうずうしいものでDをお願いしますと、思い切ってお願いしました。


右膝を股関節にかけ、左手で左膝を内に、右手はタリック先生の肘を持ち


ウグッと背中に手を回したらなんと始めて両手が背中越しに届きました。


ウジャイの呼吸を数回して


体の力がふっと抜けたとき、静かに「Good!」と先生はつぶやきました。




マイソールが終わって先生に


初めてのDでした。と言ったら、「出来ると思った。」といわれました。


「Good!」 


「出来ると思った。」


嬉しい言葉でした。

























タリック・ターミ先生の言葉Ⅱ

金曜日の入門コースでタリック先生はこうレクチャーし始めました。


ウジャイの呼吸は隣の人が聞こえるぐらいの音で、汗をかいてもタオルで


拭いたらいけません。毒素をどんどん出しなさい。水は体温を低下するので練習中は飲んではいけません。


ポーズは呼吸と共に、内面を見るように。


私は滝のような汗をかくので、しょっちゅうタオルで拭いたり、しかも鼻をかんだり。(笑)


以後、気をつけます。パンだ




最初の練習は太陽礼拝でした。


エーカムの胸の開き方、パンチャの足の開き、大腿四頭筋に力を入れながら


背面はリラックスし、肩は引き下げ太ももを浮かし最後に頭をそらせるなど。


私は腰椎から胸椎があっと驚くほど硬く(笑)


胸を開くアサナが苦手です。


座位の前屈ポーズからのアップドッグは背中がまるで板のように真っ直ぐで


まるで私の性格のようです。(大笑)


でもタリック先生の指導で一途の望みが出てきましたね。


つま先に体重をかけると、なんとなく胸が開く感触がわかり始めました。




立体の前屈ポーズA、パーダングシュターサナで初めて先生のアジャストが


入りました。アジャストといっても腰から背中にかけてすーっと指を流していただくアジャスト


でしたが、もっと腰を伸ばして、胸を開きなさいという指導だと思います。




練習の前にタリック先生はご自分のアジャストが「ゴッド・ハンド」と言われるのを否定されました。


以前、極真空手の道場でヨガの指導をされてたそうです。その極真空手の先生、大山倍達が


ゴッドハンドの持ち主であって、自分はそうじゃない、日本語を読めるようになって、自分の


アジャストがゴッドハンドと書かれているのをみてびっくりしたと言われてました。



バランスのポーズ、ウッティタ・ハスタ・パーダングシュターサナの時は、こう言われました。


1回こけたら千円、2回こけたら2千円、3回こけたら5千円の罰金で~す。


またまたそんなご冗談を!!汗




初日の最後に質問コーナーがありました。


「晩酌はされますか?」と質問しようと思いましたが、


空気読めないひんしゅくを買いそうでしたので、


「練習で大事な事はなんですか?」と


質問したら


先生はこう答えれれました。


「練習を・・・・続けることです。」


「熱中しすぎて4・5年でやめる方もいますが、続けることです。」


衝撃の言葉でした。















タリック・ターミ先生の言葉Ⅰ

金・土・日の3日間、都城で開催された、タリック・ターミ先生の


アシュタンガ・ヨガ・ワークショップに参加しました。


タリック先生は、アシュタンガ・ヨガのシステムを構築したハタビジョイス師、そのお弟子さんの


ジョン・スコット師から直接教えを受けた方で、世界各地で伝統的なアシュタンガを指導されている


先生です。


現在は東京でご活躍されてますが、今回、都城出身の河野先生 の主催で初めて九州の地でワーク・ショップを


開催されました。ありがとうございました。お世話になりました。



県外からもたくさんの方々が参加され、


私もこんな機会はめったにないと思い、金曜日の入門コース、


土曜・日曜のマイソールコースを受講しました。



私はアシュタンガを習い始めて1年半になります。


体の変化やシンプルな考え方、食生活までも変わってきました。


私を変えたアシュタンガ・ヨガを世界で指導する方に、是非お会いしたかった


どんな先生なのだろうか?


金曜日の夜、初めてお会いした先生は以外にも(失礼汗


満面の笑顔で、優しさが体中からほとばしり


私のようなダークサイドの人間笑も暖かく受け入れてくれ


スーッとタリック先生の世界に入ることができました。



晴走雨読 菊千代  身長199cmのタリック先生の存在感





ジェリー・ロペスⅡ

ある日、喫茶店の若夫婦のお二人が実家に遊びに来ました。


旦那さんが勉強していた国家資格を親父が持っていたので

それの受験対策でした。結果旦那さん、見事一発合格されました。


(ちなみに私もその資格取得の為1年半ついやしましたが、

見事、惨敗、挫折の思い出がありまする・・・波平


で、その時、お袋が当時なぜかヨガを習っていたのでママさんと

二人仲良く畳の上でヨガをしはじめました。


今となっては えっ!! なんでそこにヨガが出てくるん・・・???



再び、ジェリー・ロペスです。


ジェリー・ロペスは当時、パイプラインマスターという称号を持っているサーファーで伝説の人でした。


私も彼が着ていたライトニングボルトの稲妻マークのTシャツを持っていました。


一種のあこがれの人だったのでしょうが、記憶のそこにかすかに残っているだけでした。






ところが、そのジェリーロペス・・・・30数年たって、私の前に現れました。


なんと、ヨガの雑誌にヨガマスターとして載っていたのです。


もうびっくり!!ダッシュ



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もうお年は60歳ぐらいでしょう。


彼がヨガを始めたきっかけは、‘67年キャンパスで女性のヨガの先生の動きに魅せられたようです。

その動きは滝を流れ落ちる水のようにしなやかで、こんな動きがサーフボードの上でできたらどんな波にでも


調和できると感じたそうです。



伝説のサーファーが筋金入りのヨギー(ヨガをする人)であった。


そのサーフィンを教えてくれたママさんはお袋から実家でヨガを習っていた。


今思うと私の中のヨガというDNAは今から30数年前に存在していたのかもしれません。





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ジェリー・ロペスⅠ

いつも古い話で申し訳ないんですが、もう30数年前


実家の前に「ロビン」という喫茶店があって、お昼にカレーを注文し


少年マガジンの「あしたのジョー」を読みその世界にはまってました。笑



その喫茶店のママさんは、当時には珍しくアウトドア派で


ウエットスーツを着て海でぷかぷか浮かんでいるのが最高に幸せという方でした。


そのママさんから、最近日向の金ヶ浜というビーチに関西からフェリーで


ピッピー風のサーファーという人たちがサーフィンをしにきてるらしい


という情報を聞きました。


当時、ポパイという雑誌が、米国の西海岸の若者の文化を紹介し始め


フリスビー、ジョギング、スケボー、そしてサーフィンなどが日本に入ってきた


黎明期でした。


ミーハーの私もフリスビーのフリースタイルの真似事をしたり、スケボーで街を走り回ったり


ナイキのワッフルトレーナーでジョギングをしたり


それは毎日能天気な青春の日々を過ごしてました。


ただ、サーフィンだけは未経験でした。


ところが、金ヶ浜のドライブインにレンタルの


サーフボードがあるというのをママさんから聞いて、もう気分は金ヶ浜のサーファー笑


電車に乗って日向まで行き、金ヶ浜でボードを借り


パドリングしながら沖に出、さあ、かっこよく波乗りと・・・・


しかし、現実はそう甘くなく乗ろうとしても、ひっくり返ってまったく乗れず、


海中でこんなはずでは・・・ブクブク・・・と


リーシュコードもついてなかったので、ボードだけ波に乗って浜へすべっていくのを


情けなく見てました。




そのサーフィンを題材にした、「ビッグ・ウエンズデー」という映画が当時封切られ


サーフィンの神様と言われた若き日の「ジェリー・ロペス」というサーファーが


一場面で出演していて、始めて「ジェリー・ロペス」という名前を意識しました。



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後屈の逆襲Ⅱ

来週の天草トライアスロンに出るSとっちさんと、


高岡~田野線の50kmを流しました。


走行距離 51km

平均時速 21.6km



晴走雨読 菊千代  激走するSとっちさん



4月に左ひざを故障し、ずっと乗ってなかったので不安でしたが


どうにか坂も走れました。



今日は指宿トライアスロンが開催されてたそうで、


宮崎からもたくさんのトライアスリートが参加されたようです。



私は今から16年前、その指宿トライアスロンがデビューでした。


スイム1.5km バイク40km ラン10km。


2時間45分で完走しましたが、きつかったのと完走の充実感、


それと、ほっとした安堵感とまだやればできるんだなと


なにか自信みたいなものがわきおこった思い出があります。


それから3年ほどトライアスロンをやりましたが、


故障で走れなかったりして、もう今は昔のお話になってます。波平




さて、久しぶりにいつもの黒北の水力発電所で後屈の逆襲を企てました。


以前、ここでぶざまな姿を披露 したのでリベンジです。


ところが・・・・





晴走雨読 菊千代  進歩あらへん・・・ガクリ


きゅうくつな後屈であります。笑


こうやって客観的に見ると


もっと腕がのびて、大腿四頭筋ものびないといけないし


肩甲骨回りの柔軟性もたりません。


しか~し、私はあきらめませんキラキラ


いつかはビヨ~ンとのびる後屈(ウールドヴァ・ダヌラーサナ)の完成形を


お見せいたします。エルモ




しかし、いつになるやら・・・ガーン




自給自足

ゴールデンウイークに必死で家庭菜園となる土つくりをしました。


それで、本日野菜の苗を買ってきて植えました。


ここにめでたく、菊千代農園が開園いたしました。



オーホッホッホッ!!波平


オーホッホッホッ!!サザエさん


オーホッホッホッ!!ばいちゃん



晴走雨読 菊千代



ゴーヤ、ナス、オクラ、レタスにプチトマト。音符




晴走雨読 菊千代



初めての菜園であります。


老後を見据えて、これからシンプルな暮らしをいたします。


ロハスの生き方を目指します。


そいでもって、まずは自給自足を カールおじさん・・・



入江俊介

競泳の第1回日豪対抗男子二百メートル背泳ぎで1分52秒86の世界新記録を出した


入江陵介(19)=近大=が13日、オーストラリアから帰国されました。



ペットボトルをひたいにのっけて泳いでも、ペットボトルが落っこちないほど


ぶれないフォームで泳いでいるのを数年前ニュースで見てびっくりしました。


そして、入江選手のコーチが「普通の高校生より少しだけ筋力があるぐらいです。」と


言われてたのもおどろきでした。



背泳というのは4泳法の中で一番難しいそうです。


先日、ジムのバタフライレッスンで、Kちゃん先生がこう言われました。


クロール、ブレスト、バタフライは水をキャッチする瞬間


視覚的に認識できるのですが、背泳は目に見えないななめ後ろの水を


キャッチする感覚がとても難しいと。




そしてその一番難しい泳法で脅威の世界記録を出したスイマーが言った言葉に今日の私は反応しました。


「まだ限界とは思っていない。」



現在、水着の審査が水連で審議中ですが、もし、世界新と認められなくても



まだまだ、伸びしろはあると感じているのでしょう。


その言葉の根拠は、多分彼は「今の自分の限界」を知っているのだと思います。


ということは「今の限界」を破る方法や手段を知っているし、


それをもちいれば、さらなる成長があることをわかっているのです。



私自身、偶然にも今日同じような教えをいただいたので、


入江選手の言葉とシンクロさせていただき、つづらせていただきました。






GW終了

宴たけのこですが


GWもこれをもちまして終了させていただきます。


只今よりGW2次会に入らせていただきます・・・


と、宴会パターンでは威勢よくいくのですが・・・


皆様におかれましてはいかがお過ごしだったでしょうか?




私はハワイに行ったつもりで298円のマカダミアンナッツを買い


スパに行ったつもりで風呂掃除をし


宮崎牛をいただいたつもりで牛糞堆肥を買いました。



元気だけがとりえでしたが、金欠病という慢性疾患にかかっており


玄関の呼び鈴も「ピンポ~ン」とならず


「ビンボ~ウ」となっておりました。ガクリ




時間だけはあったので、とりあえず掃除をしようということで


倉庫の整理、庭木の剪定草むしり、家庭菜園作りとはまってしまいました。


特に倉庫は17年片付けていなかったので、いろんなものが出てきました。



これはそのうちの一つ。


あやしげな自転車(がでてきました(笑)




晴走雨読 菊千代  なんじゃこら自転車波平




昭和の日②

私が女優 浅丘ルリ子にもつイメージは寅さんのリリー役で、哀愁をもちながらも


さばけた役柄をこなし、寅さんにお似合いのマドンナというイメージでした。



晴走雨読 菊千代  (葛飾柴又の寅さん記念館で)


でも、それは彼女の銀幕のほんの断片にすぎません。


私のずっと昔の記憶をたどれば石坂浩二との結婚でしょうか。


当時大スター同士の結婚で、天と地がひっくり返るほどの大騒ぎだったのを思い出します。


その結婚以前に小林旭とご一緒になっていたのは知りませんでした。



そういう人生を送りながらも、彼女の意識のそこにあるのは


裕次郎に対するひそやかな純愛でした。




浅丘ルリ子は17歳で日活デビューした時、この「狂った果実」がオンエアされ、


もしルリ子があと2~3歳年をとっていれば、裕次郎の相手役になったのかもしれません。


もし、そうであれば二人の運命が変わっていたのかもしれません。



今年 浅丘ルリ子は68歳になられたようです。


今でも舞台でご活躍されておりますが、


女優として昭和の銀幕のノスタルジーにひりながらも


一人の男優に思いをつづった一女性の思いを


この本で演じきりたかったのかもしれません。