日大のアメフト部員による大麻所持疑惑がニュースになっている。今のところ、部員たちは知らないと話しているようだ。

 日大といえば、アメフト部が2018年に悪質なタックルで試合への出場資格が停止され、2020年にはラグビー部員が大麻所持で逮捕起訴された。

「二度あることは三度ある」という。今回、アメフト部が疑われてしまうことは仕方のないことで、もし何もなければおとがめなしで終わる。それでよいと思う。イメージは、今後の日常の自分たちの行動で挽回すればよい(部として被災地などに行ってボランティア活動をするなど)。

 日大は歴史のある大学であるがゆえに、一部の運動部には伝統的な良くない習慣や雰囲気、今の時代にそぐわない昭和の厳しさが残っている可能性もある。時代は変わった。昭和の監督にはなかなか難しい所もある。思い切って、新しい感覚の若い指導者に変え、部員と一緒にがんばっていくのもよいのかもしれない。

 

〈追記〉 本日午後のTBSニュースにおいて「先月上旬、大学側が寮の内部から発見した錠剤と植物片について、警視庁が19日ごろに押収し鑑定していて、錠剤には覚醒剤の成分が含まれ、植物片は乾燥大麻とみられることがわかりました。警視庁は今後、違法薬物を所持した人物の特定を進め、入手経路を詳しく調べるとみられます。」 との報道があった。林真理子理事長が、「違法な薬物が寮にあったというのはまだ確認されていない」と話したのは昨日の午後のことであり、嘘を話したことになる。こうなれば、日大は組織ぐるみで隠ぺいを図っていると思われても仕方がない。林真理子理事長は、「部員を守る云々」と話していたが、そういう考えではなく、事実を調べ、違法行為者には法に照らして罰を受けさせなければいけない。それだけである。何も守るものは無いはずだ。これ以上軽率な判断で天に唾する言動はやめたほうがよい。日大には多くの善良な学生がいる。理事長は交代してもよいから、多くの学生を守ったほうがよい。

〈追記〉 警察による寮への家宅捜索が始まり、日大本部前に多くの報道陣が集まったが、林真理子理事長は一切対応せずに車で大学本部を後にした。嘘はつくわ、逃げるわで、前理事長と同じだ。がっかり。

〈追記8/4〉大学側が行った調査で、3年生の男子部員の鍵をかけられる箱から違法薬物が見つかっていたが、大学側はおよそ10日間にわたって警視庁に連絡していなかったことが明らかになった。所持していた学生やアメフト部だけにとどまらず、大学が組織で隠ぺい工作をしていたことになる。日大の言動は、今後信用できないということになる。日大には多くの学生がいるのに、大学は大変なことをしたものだ。

 富士山での救援通報が後を絶たないという。

 マスコミは、富士山の素晴らしさだけではなく、富士山登山の実態や危険性も具体的・継続的に報道し、国民や旅行会社に周知徹底したほうがよい。特に海外の旅行者の中には、何もわからないで登る人も多いようだ(サンダルやワンピースなど)。

 富士山登山は、日常運動もしないような素人には困難な山であるし、気象状況によってはプロでも無理な山である(氷や風など)。

 マスコミは、富士山登山で事故が起きたらすばやく報道するが、事故を待っているわけではあるまい。「事故が起きないような報道をしよう」という発想も持ったほうがよいと思う。

 サッカー女子ワールドカップで、なでしこジャパンが勝ち進んでいる。

 以前なでしこジャパンが優勝したこともあったが、その後若手が入ってからチーム内の仲が悪くなり崩壊した。あれから何年たっただろうか。ようやく正常な形で「日本」として力をつけてきた。

 なぜ、あの時なでしこジャパンは崩壊したのだろうか。反省なしに改善や進歩は無い。あいまいにせず、きちんと分析をおこなった上で、同じ過ちを二度と繰り返さないようにしなければいけない。

 今晩、日本対トンガのラグビーの試合があった。

 試合前の国歌斉唱では、またしても日本は国歌の最初の部分を2度繰り返して演奏し、「君が代」の威厳や尊さをおとしめ、ふざけた国歌にしてしまった。まるで小学校で国歌の練習をしているようだ。

 どんなに変なことかは、たとえばアメリカ国歌の斉唱の時に最初の部分を2回繰り返して演奏すとどんな感じになるか想像してみればわかるだろう。アメリカ人であれば、最初を繰り返して自国の国歌をおかしく変えてしまうことは絶対にやらないだろうし、実際聞いたこともない。想像するだけで笑ってしまう。

 誰の発案かわからないが、今後は二度とやらないでもらいたい。東京オリンピック開会式を最低の演出に変えてしまったように(演出家トップを変えたり江戸火消し踊りを入れろと命令したり)、日本の長老達(協会や政治家、自治体等の上層部)のずれた感覚がここでは発揮されていないことを祈りたい。

 水泳の池江璃花子選手が、世界水泳で本命の50mバタフライで7位に終わった。

 今大会は、リレーも含めると何種目に出場したかわからないくらい多くの種目に出場し、それぞれ予選や決勝などがあった。短期間に繰り返し全力で泳ぎ、疲れもとれぬまま、次のレースに臨んでいたように思う。

 今回の世界水泳の彼女の目的がよくわからないが、本命の種目で上位を目指していたのであれば、もう少し出場する種目を減らしたほうがよかった。

 漫才でもコントでもバラエティ内での発言でも、おかしくて笑いながら話すお笑い芸人がいるが、それは自分が話す内容で視聴者に笑ってもらうことができないから、誘い笑いをさせるためにやっているものだと私は判断している。

 このようなお笑い芸人は、視聴者を無視してテレビ局が無理に作り上げている虚像芸人だと私は判断している。長年売れてこず、年だけ取った芸人に目立つ。彼らは本当に面白くない。見ていて疲れる。

 例えばビートたけし氏は、とても面白かった若い時には漫才中やバラエティで面白いことを話すときには決して笑ったり笑顔を作ったりしなかった。それがさらに面白さを増幅させた。しかし、年をとって面白くなくなってからは鼻で笑いながら面白いと自分が思うこと(視聴者には面白くないこと)を話すようになった。だから、面白くない人が他人に笑ってもらいたい時に自らが笑いながら話すのであろう。

 トランスジェンダーが、スポーツの国際大会に出場させることについて、なかなか結論が出ないようだ。世の中はトランスジェンダーが花盛りだが、男性が「私は女性よ」といって女子の水泳やラグビー、レスリングなどに出たら試合がめちゃくちゃになるし、これを続けたら最終的には国が勝つために自国のすべての選手をトランスジェンダーにするというところに行きつくのだろう。

 結論ありきで、あとから帳尻を合わせようとしたのだろうが、うまくいかないということは、結論がまずかった可能性もある。あとは、こじつけて押し通すしかなくなる。まさに本末転倒だ。

 平等や人権、トランスジェンダーなどについて、医学や社会学(家族の役割)、生物学(種の維持)、運動や健康等々、あらゆる面の整合性を確立させてから、大ぶろしきを広げるべきだった。正当性も客観性もない怪しげな一部の団体の声の大きさや感覚的な正義感で重大なことを決定してしまうと、後々矛盾を解決することができなくなり、「天に唾する」ことになりかねない。

 個人的な考えを言うと、トランスジェンダーについて全ての場面や人に対して認めさせようとしたために様々な弊害が顕在化していると思われる。催眠や流行で「自分もそうだ」と思い込んでしまう人も非常に多いだろうし、自分に得があるからという人も多いだろう。矛盾も出てくる。そこで、べつに大騒ぎする必要はなく、絶対的な真理として崇め奉る必要もない。本当にトランスジェンダーとして家庭をもって一生過ごしたいという人のために税金面や家族としての優遇措置など法的に不利にならないよう法改正をするだけでよかったと思う。大騒ぎをせず、当たり前に不利になる部分の法改正だけだまって行われていれば、スポーツの国際大会や社会生活についてのおかしな混乱も生じなかったであろう。

 興味本位やファッション感覚で取り扱う問題ではない。100やそれ以上を目指す必要はなく、法的制度的に不利になる部分だけを変えればよい。いずれにせよ、将来男性が女性トイレや女性風呂に入ってきたり、性犯罪が増えたりしないことを祈るばかりである。

 テレビ局は、視聴率さえ取れれば何でもやると私は思っている。

 今、広末涼子氏が不倫や離婚で問題になっているが、本音で言えばテレビ局は視聴率のために今すぐにでも広末氏をどこの局よりも先に自局の番組に出演させたいと思っているだろうし、その機会を虎視眈々と狙っていると思う。違うだろうか。こういった最も影響力のあるテレビ局の行動が、日本の社会(政治家も含む)に「責任をとらなくてもよい」「詭弁を言えばOK」という風土を静かに確実に植え付けていくのである。

 どこのテレビ局が、我慢ができなくなって最初に手を出すか、注視をしていきたい。それによって各テレビ局の本質もわかってくる。

 

〈追記7/28〉元卓球選手の福原愛氏が子供をめぐって、元夫との対立が激化している。お互いの心情は別にして、法的には福原氏が不利のようである。少し前、卓球の試合をテレビ東京で放送していたが、解説者として何度も福原氏が出演していた。まだ問題が解決しておらず、世間の風当たりも強い中、なぜテレビ東京は彼女を出演させるのだろうかと、私は驚きを持って番組を見ていた。テレビ局が出演者を決める際の判断基準は、①視聴率を稼げるか ②グレーの人物を他局よりも先に出演させて話題作りができるか、③癒着相手を守れるか、の3点であろう。こう考えると、テレビをつけるといまだにジャニタレばかりの現状も含め、すべてが納得できるのである。しかしテレビ局に求められる本来の基準は、この3つではないはずである。高学年の小学生や中学生に聞いても、この「3つはだめだと思う」と言うだろう。次に卓球の世界大会が行われた時には、さすがにテレビ東京も福原氏を出演させず、前回出演させてしまったことに対しては知らん顔をして、何事もなかったようにやり過ごすのだろう。やりたい放題やって、あとは知らん顔。これがテレビ局だ。政治家と何ら変わらない。このままで、よいのだろうか。

「人を外見で判断してはいけない」と言われるが、外見はその人の心(性格や考え方、し好等)が反映されたものなので、その人の内面を判断するのにとても有効である。声や文字だけでは相手のことがよくわからないが、その人の写真を見たり実際に会ってみると、何となくその人のことがわかるものである。

 ネットニュースに、小室圭氏と眞子氏が仲良くニューヨークの街を歩いている写真が載っていた。圭氏に対して、私の印象はよくない。初めはそうではなかったが、頭をちょんまげにした姿を見てからである。例えば横をおしゃれに刈り上げたりするなら男性が髪を結ってもかっこいいかもしれないが、ロン毛ちょんまげにしている人は自己主張が強そうだし、汚らしいうえにかっこわるく見える。これまでの私の経験からくるイメージとしては、髪も毎日洗わず、風呂にもあまり入っていない人や下品なオヤジがやっていそうだ。正直、ロン毛ちょんまげの人と友達になりたいと思う人はそれほど多くはないのではないだろうか(自己主張が強くて清潔感もない印象だから)。

 ニューヨークの街をさっそうと歩く圭氏の写真も、いかんせんロン毛ちょんまげでは、あまり好感が持てない人も多いのではないだろうか。圭氏は外見によって必要以上に損をしているように感じられる。「マイノリティ」や「個性尊重」で好き勝手にやってもいいのだろうが(法の範囲内で)、現実問題として、人の言動は他人からの印象、ひいては社会での自分の立ち位置に影響することも忘れないほうがよいだろう。

 女子ワールドカップで、なでしこジャパンがコスタリカに勝った。

 その模様をニュースなどで見ていると日本の応援団もテレビに映るが、昔のちょんまげのかつらをかぶっている人が結構いる。

 野球やバスケ、ホッケーなど他の世界大会の競技では、日本人の応援者がちょんまげのかつらをかぶっているのを見た記憶があまりない。なぜサッカーになると、あのかつらをかぶり出すのだろうか。

 私には、格好の悪い下品なパフォーマンスにしか見えないのであるが、海外の人々の目にはそのようにうつっていないことを祈るばかりである。