トランスジェンダーが、スポーツの国際大会に出場させることについて、なかなか結論が出ないようだ。世の中はトランスジェンダーが花盛りだが、男性が「私は女性よ」といって女子の水泳やラグビー、レスリングなどに出たら試合がめちゃくちゃになるし、これを続けたら最終的には国が勝つために自国のすべての選手をトランスジェンダーにするというところに行きつくのだろう。
結論ありきで、あとから帳尻を合わせようとしたのだろうが、うまくいかないということは、結論がまずかった可能性もある。あとは、こじつけて押し通すしかなくなる。まさに本末転倒だ。
平等や人権、トランスジェンダーなどについて、医学や社会学(家族の役割)、生物学(種の維持)、運動や健康等々、あらゆる面の整合性を確立させてから、大ぶろしきを広げるべきだった。正当性も客観性もない怪しげな一部の団体の声の大きさや感覚的な正義感で重大なことを決定してしまうと、後々矛盾を解決することができなくなり、「天に唾する」ことになりかねない。
個人的な考えを言うと、トランスジェンダーについて全ての場面や人に対して認めさせようとしたために様々な弊害が顕在化していると思われる。催眠や流行で「自分もそうだ」と思い込んでしまう人も非常に多いだろうし、自分に得があるからという人も多いだろう。矛盾も出てくる。そこで、べつに大騒ぎする必要はなく、絶対的な真理として崇め奉る必要もない。本当にトランスジェンダーとして家庭をもって一生過ごしたいという人のために税金面や家族としての優遇措置など法的に不利にならないよう法改正をするだけでよかったと思う。大騒ぎをせず、当たり前に不利になる部分の法改正だけだまって行われていれば、スポーツの国際大会や社会生活についてのおかしな混乱も生じなかったであろう。
興味本位やファッション感覚で取り扱う問題ではない。100やそれ以上を目指す必要はなく、法的制度的に不利になる部分だけを変えればよい。いずれにせよ、将来男性が女性トイレや女性風呂に入ってきたり、性犯罪が増えたりしないことを祈るばかりである。