スシローが、鶴瓶氏の広告を再開した。「バーベキューに参加しただけで、ひどすぎる」といった抗議が、スシローに殺到したという。

 ヒロミ氏も、「普通のバーベキューだった」、「途中で帰った(だから何も知らない」と繰り返していた。

 この展開に、私はどうも納得がいかないのである。

 中居氏が本当はどのような人かは、多くの人が知っている所である(番組内でのセクハラ、パワハラ、悪口や暴言、威圧、自己中、人を見て態度を180度変える、女性を性の道具としてしか見られない、薬物疑惑等々に関するこれまでの映像や写真、ニュース、事件などから、危険性のある人物であることは多くの人々が理解していた)。ヒロミ氏や鶴瓶氏も知っていたが、自分には愛想よくしてくるので、プライベートでも付き合っていたのだろう。しかし、はたしてそれでよかったのだろうか。

 プライベートでも危険性のある人に近づくということは、自分も被害を被ったり、知らぬ間に不適切行為の手助けをさせられたりしてしまう可能性が高まるということである。今回のバーベキューも、二人は知らなかったとはいえ、中居氏が被害者女性を喜ばせたり自分は有名芸能人と仲がいいと思わせるための道具としてヒロミ氏と鶴瓶氏は利用され、被害者女性が中居氏に向かわせる一要因となってしまった可能性がある。だから、個人的に付き合う相手は、社会的地位や責任のある人であれば特に気を付けなければいけなかった。わかりやすく言うと、例えば教員は何かあったら新聞に載るので、街の不良や風俗関係者と付き合わないようにするだろうし、政治家は怪しい業者や嘘をつくような信用できない人はニュースになるような事件に巻き込まれるのを防ぐために遠ざけるだろう。今回、ヒロミ氏と鶴瓶氏は、実質的に中居氏やA氏たちによる布石作りの一端を担わされた恐れがある。ちなみに、私が教員で中居氏と同級生の友達だと仮定し、中居氏から「今晩楽しいパーティーがあるから一緒に行こう!」と誘われても、事件になるようなこと(例えばセクハラや暴行、大喧嘩、器物破損、薬物使用など)がもし起きてしまったら教員として新聞に載ってしまう可能性があるので、絶対に行かないだろう。

 身の回りを清め自分を守ることは、責任のある地位の人や有名人であれば、なおさら必要な事であった。

 ヒロミ氏と鶴瓶氏は、「俺は途中で帰った」、「昼間の普通のバーベキューだった」などと、何度も強調して繰り返してはいけないと思うし(本人たちは知らなかったであろうが、実際は違った性質のバーベキューから続く飲み会だった可能性が高い)、スシローの広告料を全く出していない人々(スシローに抗議のメールを送っている人々)が、スシローが誰を広告に使おうと口を出す話ではない。スシローが自分たちでCMに出てもらう芸能人を選び、自分たちがお金を出して出演してもらっている、一般人にはまったく関係のない契約の話である。CMに使ってほしい芸能人がいるなら、自分で会社を興し自分がお金を出せばよい。

 フジテレビ問題に関わる第三者委員会のメンバーは誰が決めたのか、「ChatGPT」 で聞いてみたら、「フジテレビの第三者委員会のメンバーは、通常、フジテレビの経営陣や取締役会によって選定されます」と出てきた。

 今回は、「全てを明らかにしたかった」ジャニーズ事務所による第三者委員会メンバー選定とは状況が異なる。フジテレビは、事件をできるだけ「隠したがっている(被害を小さくしたがっている)」。そんなフジテレビが決めたメンバーであるはずがないだろう。それでは、ほどほどのガス抜きで終わってしまう。きっとフジテレビ以外の者が、第三者委員会メンバーを選定したはずである。

「ChatGPT」も、質問によっては中国版の 「Qwen 2.5 Max 」レベルなのだろう。

 

(皮肉を込めた記事です。念のため・・・)

 

「霜降り明星」の粗品氏が自身のユーチューブで話したことが、いちいちスポーツ新聞やネットニュースで取り上げられる。

 それほど売れていたり実力があったりするわけでもないのに、なぜなのだろうか。吉本芸人でなくても同じような扱いをするであろうか。メディアは、不適切な人間関係(癒着や忖度など)を優先させながら、お得意の「砂上の楼閣」を作り上げていくのだろう。

 メディア業界の(一部の)人たちは、話題作りをして、新聞や雑誌が売れたり、視聴率があがったりすれば、公にできない事(不正や不公平など)をしてもよいのか。恥ずかしい仕事だと思う。

 日本テレビは、夜のニュース番組に櫻井氏(嵐)やかしゆか氏(Perfume)、小島よしお氏などをコメンテーターとして出演させている。

 吉本芸人達のおふざけ番組や無責任な情報番組ならわかるが、ニュース番組には不適切である。ニュース番組に招くとしたら、専門家や関係者でよい。ニュースまでバラエティ化してはいけない。

 日本テレビは、歯止めを失った。ニュースまで信用できなくなった。人選ばかりでなく、中心である記事そのものの扱いも不適切である(ジャニーズ問題の時には櫻井氏がいるために報道しなかった)。ジャニタレ(父親や兄弟などの家族を含む)への忖度や癒着関係を強力に続けているのも、私の目には日本テレビだけのように見える。

 日本テレビには、フジテレビとは別の種類の大きな闇を感じる。今回のフジテレビの第三者委員会調査では、テレビ局のこの部分(一部のタレントや一部の芸能事務所との親密な関係、全てをバラエティ化にせずに公平(扱う記事や情報量、コメント内容など)・正義を貫く)についても、各テレビ局への警鐘、禁止となるものを発表してもらいたい。

 政治家とテレビ局とコメンテーター(無責任で口達者な、お笑い芸人、弁護士、怪しい人たちが多い)の3つは、改革が本当に大変だと思う。

 フジテレビのアナウンサーたちはOBも含め、「女子アナが関係のない会合に駆り出されるなどの接待要因になることは無かった」という。

 自身や数人のことを根拠に、「女子アナは誰も無かった」と総合評価をくだすことは間違っている。おそらく第三者委員会の調査においても同じことを言うだろう。

 調査に対し、加害者側の中堅や管理職の局員は自分たちに都合のいいように説明するのはわかるが、被害者側のアナウンサー達まで忖度して嘘やごまかしを話しては、解決には至らない。

 やはりフジテレビが訂正をした週刊文春を訴え、警察が強制捜査をし、裁判で全てを公にするのが最もよいと思う。フジテレビは、あとから記事を訂正して自社に被害を与えた週刊文春を訴えるべきである。

 午前中、本屋に行ったら、『パーフェクトな意思決定』という本が積んであった。

 サブタイトルに「「検討します」は、全裸より恥ずかしい」とあった。

 帰宅してテレビを付けたら、ちょうどフジテレビ新社長の今朝のインタビューが放送されており、いつものドヤ顔で「・・・検討します」と話している部分だった。あまりにもグッドタイミングで、笑ってしまった。

 アメリカの空港上空で飛行機とヘリコプターがぶつかり、多くの人が亡くなった。当時、管制官は一人だったという。「管制官が少ないから起きた(管制官は悪くない、犠牲者だ)」との指摘もある。

 日本でも去年の1月2日に同じようなことが起きた。当時の管制官は、法的にどうなったのだろうか。普通に考えれば、業務上過失致死罪になると思うが、「管制官の人数が少なかったから仕方がない」、「管制官は悪くなかった」となったのだろうか。その後の報道が全くない。

 私は、「管制官の人数が少なかったから(しかたがない)」、という理由がどうも腑に落ちない。アメリカの事故の場合、通常複数でやっていた管制業務を上司の命令で「一人でやれ」と言われていたとしたら、上司や会社が裁かれて管制官は悪くない、となるのは理解できる。日本の事故の場合は、長期にわたって事故当時と同じ人数の管制官で仕事を行い、できていたのであれば、当該管制官のミスや能力の問題が原因と言える。空港内の状況や機器の表示などを見落とした管制官に責任があるだろう。

 この管制官は、真偽は不明だが経験の浅い人であったという報道があったが、そこの追及はない。法的に無罪になっているのかの報道もない。関係者の皆が口をつぐんでいる。かん口令でも出ているのだろうか。社会の基礎を作っている3つの重要な職種、すなわち政治、マスメディア、警察・検察(有名人や有力者の不起訴の理由を言わないことが多い)は、どうも胡散臭くて信用できず、国民がいいようにもて遊ばれているように感じるのである。残念ながら、これらが改善していくことは無いのだろう。なぜならば、この3つは、改善する立場にあるのが自分たちになっているのだから(命令ができる上級官庁がない、あるいは身内)。教員や学校が不祥事を起こしたら、教育委員会や文科省など命令できる上の部署がある。そのようなものが全くない職種というのは、やりたい放題で不正が増えていくことは想像に難くない。

 スーパーで焼き芋を買って食べると、ネチャネチャした焼き芋ばかりである。「紅はるか」という品種のようだ。

 焼き芋というと「ホクホクしている」というイメージの私は、紅はるか以外の焼き芋を探しているが、どこのスーパーでも他品種の焼き芋は売っていない。

 ああ、普通(?)の焼き芋が食べたい。

 石破首相が国会で、「フジテレビは第三者委員会による調査を速やかに行い・・・」と答弁した。

 もし橋下弁護士の主張通りに第三者委員会を設置していなかったら、政府はどのような対応を取ったであろうか。4月当初(第三者委員会以外による調査結果を受けて)、スポンサー企業や社会の信頼は、どうなったであろうか。

 ウクライナ戦争開戦時(首都キーウにロシアが迫っていた頃)、橋下弁護士は、ウクライナは戦争してはいけないとの主張を、各テレビ局を回って繰り返していた。もしウクライナが反撃していなければ、ロシアに屁理屈をこねられて今頃は全土を奪われていたかもしれない。そして、そこからの停戦交渉は、どうなったであろうか。

 橋下弁護士の言うことは、現状や現実から乖離した、蓋然性の低い枝葉の一部や小さな手続き上のことを全体の中心事、総合的な判断のように主張し続け、それが行われていたら大変な結果になっている場合が多いのではないかと、私は彼の発言をずっと見ていて思うのである。

 もっと想像力を働かせ、現状や被害者側(立場の弱い者)のことを考えて話したほうがよいと思う。そのためには、まず謙虚になることである。彼が真剣に話す時は、語気を強め早口で詰め寄るような言い方に変わる。そのようにするのは、大声を出すことと同じように、自分の主張を正当化するために他ならない(無意識であろうが)。もし自分の意見が適切で、多くの人のためになるものであれば、若狭弁護士のように普通に落ち着いて穏やかに話せばよい。さらに、自分が論破されそうになると、微妙に論点をそらすことも多い。もはやまともな議論ではない。口喧嘩や裁判などの戦いに勝てばいいと思っているように見える。

 ホリエモンやひろゆき氏とともに、彼もまた、煽りや誹謗・中傷合戦中心の今の社会の「時代の寵児」なのだろうか。

 社会学者の古市氏が、テレビ番組内で「週刊文春は廃刊にした方がいい」とコメントしたことが話題になっている。

 フジテレビでお世話になっているコメンテーターが言っても説得力がない。

「廃刊にした方がいい」というのは、存在そのものの消滅を訴える表現である。人間で言えば、「死んだ方がいい」というものだ。これは、非難や悪口とは異なる次元の「最終的な表現」である。それを公共の電波を使って国民に訴えた。最上位の誹謗・中傷だと思うが、警察はどう判断するだろうか。注視したい。

 彼の営業方針は、無責任でとても危険だと思う。そもそも彼は、本当に「学者」(「学問に優れた人。学問・研究を専門とする人」)なのだろうか。それなりの学術論文や経歴があるのだろうか。中居氏から彼に謝罪の手紙などが来たという報道もある。彼はいったい何者なのだろうか。

 各テレビ局や週刊誌などは、能力や実績も含め彼の身辺調査をきちんとしてから、彼の主張を全国民に向けて放送したりネット配信したりしているのだろうか。