最近の日本の夏の暑さは異常である。しかし、オリンピックや万博など日本で行われるビッグイベントは、最も暑い夏にかかるように日程が設定される。

 選手や観客、運営スタッフのことを考えると夏だけは避けたほうがよいのであるが、現実はその逆をとる。

 権限を持った人々の無知や利己のためであろうが、それを阻止する仕組みや世論(マスコミの仕事)が未熟であり、改善されるまで数十年はかかるだろう。

 今回の大阪万博のニュースを見ると、人間洗濯機、これでもか!と小さなプロペラをたくさん付けたオートジャイロ(空飛ぶ自動車?)、どこかの石(月の裏?)などがメインのようである。それを隠すかのように、意味不明の無駄な木造リングや化け物のような気持ちの悪いキャラクターが大々的に紹介されている。ちなみに、目玉のプロペラをたくさんつけたオートジャイロは観客の前でプロペラの1つが吹き飛び、事故を起こし飛行中止となっている。いくつかの国の施設は現在も建設中のようだ。

 展示内容にしても運営方法にしても、私には昭和時代に日本の各地でよく行われていた、小さな興行会社が運営する粗末で無茶な「○○博覧会」のように感じられてしまうのである。

 よく、食堂やインスタント食品に、「やみつき〇〇」と銘を打った食べ物があるが、それって「ニンニク入り」ということではないのだろうか。

 個人的には、他のこと(「=ニンニク」ではなく)で「やみつき」の食べ物を考案してもらいたい。

 眞子さんがICUに行かずに学習院大学で生活されていたら、今のような状況にはならなかった(小室一家と接点など無かった)。

 佳子さまも学習院で学ばれていたら、今のような国民に真似をしてほしくないような親子関係にはならなかった。

 学習院大学を避けた皇太子殿下は、後悔しているのではないだろうか。しかし、皇太子殿下と子供たちは、考え方が似ているように私には見えてしまう。

 

 中国人大学生が富士山の8合目付近で動けなくなり、山岳救助隊に救助された。4日前にも、山頂で防災ヘリに救助されていた。

 1回目はアイゼンを紛失したため、2回目は1回目に携帯電話を全会富士山に置き忘れてきたためと話している。もちろん、中国人だから本当のことを話しているのかは疑わしい。

 それにしても、なぜこのようなことを起こしたのが中国人なのだろうか。世界には多くの国がある。その中で、なぜ中国人なのだろうか。確かに、中国人だったと聞けば納得もできる。

 奈良の鹿を蹴ったり殴ったりしている動画をみると中国人ばかりだし、定休日のお寺の石垣をよじ登って中に入って観光しようとしたというニュースも中国人だし(不法侵入で逮捕された)、高級旅館に団体で泊まった観光客が帰った後に部屋を見たら布団の上や畳など至る所に排便されていたというニュースも中国人観光客であったなど、中国人観光客が絡む信じられない事件が日々各地で発生している。

 おそらく困らせてやろうという意図があったのではなく、これらの振舞い、行動が中国では日常的な事(常識的な事)なのかもしれない。自国(中国)で多くの人がやっているならお互いさまでだれも困らないのだろうが、中国人が自国から出国して全く異なる文化や習慣、民度の国に入国して中国の常識を実行されると、他国の人々は非常に迷惑をしたり被害を被ったりすることになる。

 中国人が自国から出て他国の人と接したり他国の地を観光したりするには、まだまだ時期尚早であろう。

 

 いや、中国人観光客ばかりではない。限定キャラクターなどの販売になると、店にどこからともなく中国人が殺到し大量に買い込み、すぐに高額でネット販売をするということが起きている。中国人は店で大声をあげながら、無理やり購入するという。その限定キャラクターが欲しくて、遠くからやって来た日本人親子などは買うことができず、がっかりしていた。短期滞在、長期滞在、在日に関係なく、やはり日本の公立学校で日本の常識や習慣、簡単な法律、道徳を学んでこなかった中国人を滞在させておくのであれば、日本政府や日本人はそれなりの覚悟と対応策が必要である。それなしに性善説で中国人を見るから、被害や事件、問題が多発しているのである。

 5月3日は憲法記念日。ほぼすべての子供と公務員、会社員が休日となる土曜日と重なるが、国は振替休日を設けない。

 年に1度のゴールデンウィークに、振替休日なし。1日も許さない。日本政府は、そこまでして日本人を働かせたいのか。異常ささえ、感じられる。

 働き方改革が叫ばれている今、1年を通して土曜日と祝日が重なる場合には振替休日を設けてほしいものだが、「いや、本当は国民にもっと働いてほしい。ゆるさない」というのであれば、せめてゴールデンウィーク期間中だけでも土曜日と祝日が重なる時には振替休日を設けるという法律を作ってほしい。

 政治家にまともな判断をさせるには、どうすればよいのだろうか。それは、国民の投票にかかっている。政治家のせいではない。

「ブラタモリ」が再開した。落ち着いて楽しく見られた。

 しかし、ナレーターとテーマ曲が、「メダロット2」コンビだった。これで、今後もずっと行くのだろう。私にとって、今年最大の悲しい出来事だった。

「タモリ倶楽部」で、タモリ氏にうまく入りこんだあいみょんからの小沢健二という流れのような気がする。第三者が客観的に決めた人選とは思えない。癒着の匂いがプンプンする。もう、そういう時代ではないと思うのだが。しかも、盗作まがいの(他の曲を少し変えて自分の曲にするという)グレーな手法のこの二人が一つの番組でタッグを組むというのも強烈過ぎる。

 国民的な大人の番組に、この二人が同時に関わったことがとても残念である。

 トランプ大統領が、インタビューで「プーチン氏が(ウクライナの)ゼレンスキー大統領に言及し始めたとき、非常に腹が立った。なぜなら、それは正しい方向へ向かっていないからだ」と述べた。

 プーチンを心底信用しているのは、世界中で彼一人であり、今頃気づいても遅いだろう。トランプ氏は本当に人がよく、国際政治の歴史も実態も知らない素人である。世界の運命がかかっているので、トランプ大統領はこれ以上プーチンにもてあそばれないように気を付けてほしいものであるが、彼に進言する周りの人々もまた歴史や政治の素人ばかりである。

 アメリカ国民はこの状態をよく認めていると思う。

 お笑い芸人は、なぜ最後はコメンテーターになるのだろうか。

 専門性や情報量、責任のもてる発言内容などが評価されるのだろうか。

 知識も能力も一般人より劣る人がテレビ局とタッグを組み、国民に向けて一面的で的外れな抽象論を力説するコメンテーターばかりになってしまった。このように言われると、この人々は「では、お前がやってみろ」「できないのに、言うな」という発想をする。できないからやっていないのであり、あなたも私もできないからあなたもやめてできる人がやるのがよいと言っているのであって、このような微妙な(視聴者が気づけないような)論点外しで国民を煙に巻くような不適切な話を展開していくのも彼らの特徴である。

 おもしろくない人が金を目当てに芸人となり、癒着や不正の総本山(テレビ局)が手を貸して、こうなってしまっていると想像される。

 一番の元凶は、彼らを使っているテレビ局員であろう。テレビ局員は、いくら表面的に繕って見せても、数十年かけて(歳の数をかけて)作り上げられた局員の心(公平・公正、正義感といった道徳観、人格等)を変えることは不可能に近い。だから、政治家の選挙同様に、局員の採用時が重要となる。しかし局員を選ぶのは、長年そのテレビ局にどっぷりとつかってきた管理職だから、自分の価値観にあった人を選ぶことになる。つまり、テレビ局が生まれ変わるのは数十年単位では無理なことで、うまくいったとしても世代が完全に入れ替わる50年程先のことになると思われる。

 政治家とテレビ局・・・。日本の古い悪習(不適切な「文化」)が作り上げた最大の伏魔殿である。この二台巨頭が完全に壊れた時、日本社会は明るく希望にみちた道を歩み始めることができるのではないだろうか。

 テレビ局員と吉本芸人達は、方言をバカにしたり大笑いしたりする社会を作り上げた。

 方言ばかりではない。薄毛などの老化現象や言葉をつっかえること(噛む?)等々、何でもない多くの事を、自己の利益のために、からかいや大笑い、いじめの対象である世の中にしてしまった。

 テレビ局員とジャニタレのタッグもひどいが、テレビ局員と吉本芸人のタッグは最強である。他人のことや社会のことを全く考えていない。低レベルの上に人権意識もコンプラ意識もない人たちが、なんでもありの悲しい世の中を作ってきた。

 ジャニタレと吉本芸人を総入れ替えすることは不可能だろうが、テレビ局員を総入れ替えすることは不可能ではない。そうすれば、出演者がジャニタレと吉本ばかりの現状を変えることもでき、次第に世の中も改善されていくだろう。

 やはりメディアの全ての原因は、出演者の人選や編成、番組内容の方針決定などの力を持っているテレビ局に起因しているといえるだろう。ジャニタレ問題も歌番組の画一化もドラマ主役のジャニタレ化もお笑い番組での差別発言や違法行為、身内だけの大騒ぎなども、全てテレビ局がしっかりしていれば習慣化されなかった事である。