お笑い芸人は、なぜ最後はコメンテーターになるのだろうか。

 専門性や情報量、責任のもてる発言内容などが評価されるのだろうか。

 知識も能力も一般人より劣る人がテレビ局とタッグを組み、国民に向けて一面的で的外れな抽象論を力説するコメンテーターばかりになってしまった。このように言われると、この人々は「では、お前がやってみろ」「できないのに、言うな」という発想をする。できないからやっていないのであり、あなたも私もできないからあなたもやめてできる人がやるのがよいと言っているのであって、このような微妙な(視聴者が気づけないような)論点外しで国民を煙に巻くような不適切な話を展開していくのも彼らの特徴である。

 おもしろくない人が金を目当てに芸人となり、癒着や不正の総本山(テレビ局)が手を貸して、こうなってしまっていると想像される。

 一番の元凶は、彼らを使っているテレビ局員であろう。テレビ局員は、いくら表面的に繕って見せても、数十年かけて(歳の数をかけて)作り上げられた局員の心(公平・公正、正義感といった道徳観、人格等)を変えることは不可能に近い。だから、政治家の選挙同様に、局員の採用時が重要となる。しかし局員を選ぶのは、長年そのテレビ局にどっぷりとつかってきた管理職だから、自分の価値観にあった人を選ぶことになる。つまり、テレビ局が生まれ変わるのは数十年単位では無理なことで、うまくいったとしても世代が完全に入れ替わる50年程先のことになると思われる。

 政治家とテレビ局・・・。日本の古い悪習(不適切な「文化」)が作り上げた最大の伏魔殿である。この二台巨頭が完全に壊れた時、日本社会は明るく希望にみちた道を歩み始めることができるのではないだろうか。