天然記録 -141ページ目

人種差別はいけないと言うのに

人種で差別する人がまだまだ多い現代

昔の身分制度の差別のなごりもあり

まだまだ理不尽なこの世の中

ユダヤ人は悪い奴だから●せという権力者こそが

ユダヤ人だったとかなんとか

今だ昔の戦争犯罪(日本が悪い)とか言ってるのに

また始めようとしている

政治家に騙されてはいけない

 

以下7巻より

 

異なる民族が互いに闘争しているのではなく

異なる思想が「民族を利用して」闘争している。

 

美しい言葉や呼びかけにより

実際の状況はさらに深刻化する。

そういった言葉の陰に巧みに隠されて

突然やってくる「Xデー」に大爆発が起き

国家が滅ぶのだ。

 

「他者の信仰に対して寛容になろう」

 

多くの人々がそうであるように

私も寛容になることに反対はしない。

しかし、この場合

人々の信仰には何が起こるだろうか?

各々の宗教は、その隙に全力で

できるだけ早く力をつけて

できるだけ多くの追随者を得ようと躍起になる。

 

その結果、十分に強固な立場を獲得できたと見なした時

相反する2つの思想は、必ずや闘争することになる。

このことは、終わりなき衝突の歴史がはっきりと証明している。

それにもかかわらず

人類はまるで暗示にかけられているかのように

何度世紀をまたいでも

まったく同じ轍(てつ)を踏み続けている。

 

相反する2つの思想を創造した神官たちは

この事を当然知っていた。

様々な国の何百万もの人々に心理的作用を与えることのできる者たちが

人々に暗示をかけることのできる者たちが知らないわけがない。

 

ユダヤ人は選民であると話した彼らは

本当にユダヤ民族を幸福にしたいと願っていたのだろうか?

その目的がまったく別だった事は

歴史が証明している。

何世紀にも渡り、ユダヤ民族は捨て駒として

他者の罪を負う身代わりとして利用されてきたのだ。

ユダヤ民族は、人々の注目を逸らすための楯として

ユダヤ教徒とキリスト教徒を

さほど難しくないゲームで歩兵扱いしながら

「ゲームを楽しんでいる」者たちに、利用されてきたのだ。

そして、この暗示はユダヤ民族にも他の民族にも

苦しみしかもたらしていない。

 

今、すべてが何に向かって動いているのか。

世界では、攻撃のエネルギーが日々蓄積されている。

例えば、イスラエルとパレスチナの間では

衝突が続いている。

イスラエルは高い軍事技術とアメリカの支援を利用して

パレスチナを占領し

パレスチナ人たちに自分たちの要求をのむよう強要できるが

これでは隣合って暮らす2つの民族の間で

互いへの敬意が生まれるはずがない。

 

むしろその反対で、ユダヤ人への攻撃的なエネルギーの量が

イスラム世界で急激に増大してしまうのだ。

このエネルギーは

イスラエルやアメリカの領土で

やまないテロのようなかたちを含め

必ず発現するのだ。

 

しかし、問題はイスラエルとパレスチナの直接的な衝突だけではない。

この惑星に暮らす多くの人々に

文明の発展への道が

行き詰っているということがより強く見えてきたのだ。

 

エイズ、麻薬中毒、犯罪、あらゆる人災が人々をのみ込んでいる。

この惑星に住む圧倒的な数の人々が

健康を害さない食べ物を食べ

汚れてないきれいな水を飲み

有害な空気ではなくきれいな空気を吸う可能性を

奪われているのだ。

 

もし、大衆の前に

社会的そして人的要因の大変動の

真の原因についての情報が現れたらどうなるだろう?

 

この惑星の重苦しい状況をつくり出した

真の悪者を人々に示すリーダーが現れ

悪者たちのゲームや目的、任務を解明したとしたら?

 

まさにこの事を

世界的なイデオロギーを主導している者たちは恐れてきたのだ。

だから、全人民の怒りが自分へと向かないよう

彼らはすでに検証済みの、ユダヤ人というカードを切るのだ。

全部ユダヤ人が悪いのだ、奴らを捕まえろと言って。

 

怒りに燃えた人々は

ユダヤ人と見れば手当たり次第に襲いかかる。

そんな事が、何世紀にも渡り幾度も行われてきた。

それで悪が一掃できると考えて襲いかかるのだ。

しかし、実際には鬱憤を晴らしているに過ぎないのだ。

 

 

強力なキリスト教の教えは

ユダヤ人の小さな共同体が集まってはじめられた。

では

この小さな共同体の教えが

いったいどのようにして、突然にローマ帝国

現在のヨーロッパやロシアに取り入れられたのか?

 

そもそも

イスラエルでさえ一部の人にしか知られていなかったのに

どうしてこれほど多くの国々に知れ渡るようになったのか?

 

当時ユダヤ教徒たちを掌握していた神官たちは

キリストの教えに対して

一定の仕上げ

より正確には一定の細工をすれば

操りやすい奴隷型の人間をつくることができる

という事に気がついた。

 

このタイプの人間は

自分自身の論理的思考を部分的

または完全に停止させて

聖職者やその他の者の言う事を信じるようになる。

さらに言えば

課せられた暗示のプログラムに従う

バイオロボット人間となるのだ。

 

バイオロボット人間とは

もちろん完全に自発的にというわけではないが

オカルトのプログラムの作用のもとで

非現実の世界を現実であると信じる事に甘んじている人間である。

 

非現実の世界は

何者かにより一定の目的でつくり上げられており

その者は自分こそが

非現実の世界の法則を知っているのだと主張し

人々がその法則に従うことを求める。

しかしその実

人間はその法則ではなく

その何者かに服従しているのである。

 

そして

自分たちに必要な類の教えを大衆に根づかせるための知識と

実践経験を有した

当時のユダヤ教の司祭たちが

キリスト教徒の中から何百人もの宣教師を養成し

資金を与えてあらゆる国へと送り込んだ。

 

紀元2世紀の終わりに

ユダヤ人キリスト教共同体が

突然に様々な国で大々的な布教活動を展開した。

この活動に先行して

熱心な福音伝導(聖書の出版とその多部数の複写)

が行われている。

 

誰もがよく知っていることだが

本の出版には今日でもお金がかかる。

遠い昔の時代には、1冊の本の製造には

さらに膨大なお金がかかった。

また、布教のための外国への旅にも

かなりの資金が必要だった。

そのような旅ができるのは

商人か裕福な家の人たちだけだった。

主に農村の住民たちで成り立っていた共同体に

そのような大金がかかる大規模な作戦を遂行できたのだろうか?

 

彼らは高度な理論的教育とかなりの出資を受けていたのだ。

こうした司祭の階級からの特別扱いや

精神的、物質的な支援は

普通の信心深い農民を狂信者に変えていった。

想像してみてほしい。

イスラエルの村人が突然こう伝えられるのだ。

 

「君の内に偉大な伝道者、そして宣教師の姿が見える。

少し勉強したら、資金を受け取って人々に教えるがよい。

ただし、この国ではなく外国へ行って教えを広めるのだ」

 

そして彼らは勉強をし

資金を受け取って他の国々へと出発した。

それでどうなっただろうか?

成功を勝ち取ったのだろうか?

否、成功などはしていない。

 

すべての国でユダヤ人のキリスト教宣教師たちは拒絶された。

もちろん

人々もただ拒否していたのではなく

はじめは耳を傾けていた。

しかし徐々に

人々は宣教師たちに自分たちの町から離れるよう言うようになり

特にしつこく布教を推し進める宣教師に対しては

殴ったり

犬をけしかけて嚙み殺させるといった仕打ちをするようになった。

 

このことは、大半の宣教師たちが派遣されたローマ帝国にも

数多くの裏付けが史実として残っている。

この大規模な行動がもたらした成果は

ローマ帝国に

キリスト教共同体のネットワークをつくったことくらいだった。

結局彼らは、伝統的な信仰の基盤に対しては

いかなる影響も与えられなかったのだ。

 

古代ローマは多神教であり

それがそのまま残っていた。

だから、セクト集団たるキリスト教共同体は

政治体制においても

神官たちが夢みていた新しいタイプの人間

つまり奴隷たるバイオロボットの製造においても

ローマ帝国に何も影響を与えられなかったのだ。

 

ローマ皇帝たちは

第一派の期間に訪れた宣教師たちを友好的に扱わなかった。

皇帝ネロは

あらゆる多神教の宗教的信仰を寛大に扱っていたが

一神教であるキリスト教にだけは敵愾心(てきがいしん)

をあらわにしていた。

さらにデキウスやディオクレティアヌス

そして主な迫害者の一人である

ガレリウスといった皇帝たちにいたっては

敵愾心をあらわにするどころか

自国の領域からキリスト教徒たちを追い出していた。

 

第二派の宣教師たちが訪れるようになると

ようやく成果を得ることができた。

第二派の宣教師たちは

もはや宗教の狂信者たちではなかった。

神官たちは

宣教師たちにキリスト教という信仰について

美しく語れる方法

そして野心を持っている人につけこんで

その人に強力な影響を与えるための

心理学的知識を身につけさせたのだ。

 

第二派の宣教師たちの任務は

何よりも第一に

統治者たちに影響を与えることだった。

つまり

キリスト教を信仰させることで統治者の権力が強化され

永遠のものにできること

さらには国家を完璧にコントロールしながら

国を繁栄させることが可能となることを

統治者たちに確信させることだった。

 

この目的のために

「すべての王権は神が与えたもの」

「統治者は地上における神の代理人である」

という教義が広められた。

 

その中でも懺悔は

国民一人ひとりの思想や希望

行動をコントロールする道を開いた。

こうして、国家をキリスト教化すれば

統治者に最も都合のいい条件をつくり出せるということを

宣教師たちは統治者たちに確信させたのだ。

 

宣教師たちの主張は、一見納得できるものだった。

しかし、それはあくまで表面的なものだった。

この罠にかかった統治者たちは

実質的に他の勢力の支配下に落ちているのが

他ならぬ彼ら自身なのだということなど疑いもしていなかった。

 

国内にキリスト教の教会が存在することは

コンスタンティヌス帝にとって有益になると

宣教師たちが説得できた312年から

ローマ帝国における

キリスト教化が目に見えて強化されていった。

 

コンスタンティヌス帝は

ローマの神々を祀る神殿を保護しながらも

キリスト教を支援した。

その結果

ローマ帝国におけるキリスト教の状況は著しく好転し

その富はさらに増大し

後世になると、司教たちは

ローマ帝国の元老院議員に匹敵する権力を得るようになった。

 

この史実と後に続く多くの事実は

この教えが、俗世の統治者たちの支援なしには

発展することも

社会に対して何の影響も与えることができない

ということを示している。

だからこそ、キリスト教の指導者たちは

常に権力者に近づこうと躍起になっていたのだ。

 

今日もローマカトリック教会の権勢は強大だが

ローマ帝国はどうだ。

なくなってしまったではないか。

それは偶然だろうか?

何らかの規則や法則の結果が起きた

例外的な現象だろうか?

 

この疑問への答えは

その後から今日にいたるまでの様々な時代の

あらゆる国々の歴史が示している。

私たちの惑星において

キリスト教の伝来に伴って繁栄するようになった

国の名前は誰一人として

ひとつたりとも挙げることなどできないのだ。

逆に

ローマ帝国と同じ悲しい運命に襲われた国の名前なら

いくつも挙げることができるだろう。

 

それに歴史事実として

もうひとつ興味深いものがある。

キリスト教を受け入れたすべての国では

間違いなく直後に

非キリスト教信仰のユダヤ人たちが現れ

はなはだ不可解な活動をして混乱を生んでいた。

そして、彼らはいとも簡単に富を築いていった。

 

彼らの活動は

すべてのキリスト教国において

政府だけでなく

国民も気づかずにはいられないほどの規模となっていた。

どの国でも、彼らの活動が最高潮に達するたび

国民はユダヤ人を攻撃し、その結果

政府はユダヤ人を国外へ追放するようになっていった。

子どもの頃

アニメのドラゴンボールで見た世界は

私の理想の世界だった

初期の完結までしか知らないけど

特に悟空は人を殺さないのが魅力だった

その中で、仙豆(せんず)という豆を

1粒食べるだけで10日間は何も食べなくてもいい

というのがあり

なんて便利な世界なんだと感動すらした

なんとなく

未来の世界はそうなるんだろうな~と思ったけど

未来ではなく過去がそうだったのかも

ドラゴンボールというタイトルからして

ジャンプのマンガってなんだか

マンガ家さんにも

少年にもインスピレーションを送ってる感じ

ジャンプ雑誌は買ってなかったけど

単行本で借りていろいろ読んでた

そもそも食べないで生きていけるのが理想だけど

この本はそんな事が書かれていた

 

以下7巻より

 

食事の科学の研究を託された一人の神官が

何かを理解したのか

数人の主たる神官たちしか入ることができない

秘密の地下神殿の壁にこう書き残した。

 

『呼吸するように食べねばならない』

 

この文言の最後の文字を書くと

より正確には、最後の文字を書き終えないうちに

年老いた神官は死んだ。

彼はこの文言の解釈を自身の後継者にも

他の神官たちの誰にも伝えることができなかった。

『呼吸するように食べねばならない』という秘密の文言を

神官たちはこの何千年もの間、懸命に解読しようとしてきた。

そして、この文言が他の誰かに知られること

彼らよりも先に解読されることを恐れていた。

 

彼らはその文言を、こすり削って神殿の壁から消し去った。

そして未来に謎が解けることを期待して

世代を経て後継者たちに口頭で伝えてはきたが

無益に終わっていた。

食事の問題は、統治者たちを取り巻く占星術師や治療師

賢者たちによって何千年にも渡り研究がなされてきたが

誰にも解明することはできなかった。

 

もしも賢者の誰かが

人間がどのように食事をしなければならないかを

理解することができていたのなら

世界で最も強いと考えていたその統治者たちが

病気になることもなく、寿命も延びていたはずだ。

地上の統治者たちの中で

何を食べるべきかを知る者がいたならば

彼が地球の独裁的な統治者となっていただろう。

彼の思考の速さは、神官たちを超えていただろうからね。

しかし

地球のすべての統治者たちは病気になり、死んでいる。

彼らの寿命は普通の人々と変わりはしない。

かたわらに治療者や賢者が待機しているにもかかわらずだ。

人間社会が、退化し続けているのだ。

 

アナスタシアは、君の前で

『呼吸をするように食べなければならない』

という文言をさりげなく発した。

君はその文言には特に重要性を置かずに

出来事のひとつとして本に書き、公表した。

すると、今日生きている神官たちは

5千年以上前に神殿の壁から消された文言が

公表されたことに、この上なく動揺した。

彼らはアナスタシアの発言が書かれた本を

注意深く何度も読み返し

彼女が単にこの文言を知っているだけでなく

神なる食事についての知識を

完全に有していることを理解した。

そんな知識を有する人間は当然

意識と思考の速さにおいて

神官たちを全員集めた速さを超越している。

 

つまり

その人間は、神官たちを含めた全人類を

支配する能力を有しているということになるのだ。

しかし

支配するためには情報を隠しておかなければならないのに

彼女は逆に人々の前に明らかにしている。

すなわち、彼女は神官たちの影響から人々を解放し

人々が神の意識と直接、触れ合うように導いているのだ。

神官たちは、アナスタシアがアダムの食事について

言及した言葉の中に散りばめた情報を見て

このことを理解した。

原初の人々の食事についてのアナスタシアの言葉だよ。

 

周りには色々な種類の

様々な風味の果物やベリーが実っていた。

木の実や食べられる草が。

でも最初の頃のアダムは空腹を感じなかった。

空気で十分にお腹が満たされていた

今の人間が呼吸している空気では

確かに栄養を摂ることはできない。

今は空気が死んでしまっていて

身体や精神にとって有害なこともある。

空気で腹は膨れないという言い回しがあるって

あなたは言ったけれど、他の言い回しもある

 

『空気だけを食べていた』

 

これは、最初に人に与えられた状況に合うものよ。

アダムは最上の園に生まれ

彼を取り巻く空気には

有害な塵は一粒たりとも含まれていなかった。

その空気には

花粉や清い露のしずくが溶け込んでいた。

木々や木の実から大気に放たれた草花の花粉よ。

近くの木々からのものもあったけれど

遠く離れた場所のものも風が運んでいた。

 

その頃、人間の偉大なる仕事を

食べ物を探すという問題が邪魔することはなかった。

彼を取り巻くすべてのものが

空気を通して彼を養っていた。

創造主は創造のはじまりから

すべてをそのようにつくった。

地球に命を宿すものすべてが

愛の高まりの中で人間に役立つことを目指すようにと。

空気も、水も、風も、命を養うものだった。

 

 

機が熟し、人類が2つの世界に同時に生きる時がくる。

その時人類は

人工的な科学技術の世界と

神なる根源の両方を活用できる。

この機会を活かして

自分のいる世界を、他人から聞く話ではなく

自分で判断し、そこに留まるか

神と共に創造する美しい世界に移行するかを選択することができる。

アナスタシアは、神なる食事の重要性や本質だけでなく

どうすれば神なる食事にたどり着けるかも見せた。

それが彼女の言う一族の土地だ。

コロナ茶番は

この嘘の世界に気づけよという事なのかも

調べれば調べるほど

ここまで嘘だったかと思うほど

その情報も

どこから流れたのか分からないので

嘘かもしれないので

そこでまた気づいた人とて次なる罠で分断

 

ものすごい被害が出ている事実がある

ワクにまだ気づかない人が多いのが不思議

撃ってない人の方が珍しいのに

今流行ってるって事は

ワク全然効いてないって事に気づいてない

 

以下7巻より

 

原初の人々の生き方は

現在のものとは異なる。

原初の人々は単に自然を知っていただけでなく操作していた。

自然の音や天体の光の力を通して

人々は大宇宙の情報ベースを利用することができていた。

また、人々は頭脳だけでなく

気持ちでも情報を受け取っていた。

彼らの意識の速さは

現在の人間の意識よりも何倍も速かった。

 

昔の神官たちは、他の人々よりも格段に

速い思考速度に達することによってのみ

人類への絶対的な権力を得ることが可能となることを理解していた。

しかし、どうすれば実現できるだろうか?

当時、古代の神官の一人が

最高神官との密談の場で言った。

 

「我らは、他の人々に十分な差をつけられるほど

自身の思考を速めることはできない。

しかし、全人類の思考を減速させるための特別な技法がある」

 

「お前は全人類と言った。

それはつまり我々自身の思考も含むのか?」

 

最高神官が答えて言った。

 

「最終的にはそうなる。

我らの意識と思考も遅くなるが

ごく小さなレベルでの減速だ。

最終的には我らと他の人々との差は非常に大きくなるであろう。

したがって、優位性は我らの側にある」

 

「このことを話したということは

お前は全人類の意識と思考を

減速させることができる方法を見つけたのだな。話してみよ」

 

「単純なものだ。

現在ある神なる食事の方法を人々から隠すのだ。

人々に、意識を速めるものではなく

減速させる食事を摂らせるのだ。

これが主たる条件だ。

その後は連鎖的な反応がはじまる。

意識の退化は、多くの要因を生み出し

思考の速さに影響を与える。

すべての人々は、我らに比べて完全でない人間になるのだ」

 

「神が皆に提供しているものを、どうすれば隠すことができる?」

 

「提供されているものは、他ならぬ神のおかげなのだから

神に感謝することが必要だと、人々にふれ回るのだ」

 

「なるほど。お前は世にも恐ろしい

それでいて比類ない程の方法を考えついたものだ。

人々は創造主に感謝することに賛成し

そこに何ひとつ悪を見ることはないだろう。

我らは、神の直接的な創造物たちから

人々の気をそらすような儀式を考え出そうではないか…

人々は、自分たちは神に感謝しているのだと考える。

しかし、我らがこしらえる彫像の周りに集まり

感謝することに時間を取られれば取られるほど

神による創造物たちとの触れ合い、交信することが少なくなる。

そうやって

彼らは神から直接入ってくる情報からより離れていくのだ。

人々は我らから発信される情報を受け

それを神が望んだことだと思うであろう。

彼らの意識は偽りの道を進むのだ。

我らが彼らの意識を、偽りの道へと連れて行くのだ」

 

何百年も経ち

神への尊敬をささげていると信じながら

人々は次第に神官たちによって考え出された儀式に

時間を費やすようになっていった。

それと同時に

人々が創造主の創造物たちと直接触れ合い交信することは

どんどん少なくなり、それにより宇宙の情報

神の情報を本来の質と量で受け取ることが

できなくなっていった。

それは神に痛みと苦しみをもたらしていたが

人々は神に歓びを運んでいるものと考えていた。

 

その頃神官たちは

人々にどのような食べ物を好んで食べるべきかを説くようになった。

それと同時に、神官たちは食事についての秘密の学問を立ち上げた。

それは神官たちが、自身の脳、精神、健康状態

そして最終的には意識と思考を

他の人々よりも能力の高い状態に保っておくためだった。

このようにして、神官たちは人々に

あるいくつかの種類の植物の種を蒔くことを勧めながら

自分たちは他の植物を、もっと言うと

他の人々より多様性に富んだ食事を摂っていた。

こうして、人間の意識と思考は恐ろしいほど退化していった。

 

人間は肉体と精神の病気を知った。

人々は直感的に食事の重要性を感じ

それから何千年もの間、この問題を追及してきた。

どのような食品が最も健康によいのかを

助言しようとする賢者たちが現れ

食事についての数多くの教えが登場するようになった。

誰もが知っている本、聖書やコーランの中でも

この問題は重要視されている。

例えば、旧約聖書では、食事について次のように書かれている。

 

けがれたものはいっさい食べてはならない。

食してよい獣は、牛、羊、ヤギ、鹿、かもしか、水牛、ダマジカ

野牛、羚羊(レイヨウ)、カメロパルドである。

ひづめが深く2つに割れ、反芻(はんすう)するものは食べてもよい

ただし、ラクダ、野兎、トビネズミは、けがれているので食べてはいけない。

また、豚はひづめが割れているが反芻しないので食べてはいけない。

けがれているからである。

これらの動物の肉は食べてはならないし

死骸に触れてはならない。

水中の生き物のうち

ヒレとウロコのあるものはすべて食べてもよい。

すべての清い鳥は食べてもよい。

しかし、ワシ、ハゲタカ、ウミワシ

トビの類、ハヤブサ、シロハヤブサとその類

カラスとその類、ダチョウ、フクロウ、カモメ、タカとその類

ワシミミズク、トキ、白鳥、ペリカン、ハゲワシ、サギ

千鳥とその類、ヤツガシラ、コウモリは食べてはいけない。

羽があり地を這うものはすべて食べてはいけない。

けがれているからである。

清い鳥を食べなさい。

自然に死んだ動物は一切食べてはいけない。

あなたの住む町に現れた外国人に与え、食べさせればよい

または彼に売りなさい。

あなたはあなたの神、主の聖なる民なのだから。

 

数千年にわたって、健康になるために

何をどのように食べるべきかを指南する様々な本が書かれてきた。

しかし、どの本にも、どんな賢者や学者にも

この問題を完全に明らかにすることはできなかった。

今でも人間の肉体と精神の病気がどんどん増加していることがその証だ。

病気をいかに治療すればよいかを指南する本が

無数に書かれるようになった結果

今日、医学という学問が存在する。

医学は常に進化を遂げていると言われるが

それと同時に

病気をに患う人々の数が増大していることも見てとれるはずだ。

 

では、医学は何を進歩させているのか?

それが病気であることは、結果から明らかなのだ。

自然環境の中で生きている無数の動物たちは病気になっていないのに

なぜ自身を知能の高い存在であると考えている人間が

何をやっても自分たちの病に打ち勝つことができないのか?

治療するためと謳う君たちの世界の科学は

そのはじまり以来

すべての病気の根本原因に一度も触れることはなかった。

医学は常に結果だけに注目してきた。

 

病気になった人にとっては、もちろん医師が必要だ。

しかし、現代の世界秩序の条件下では

それと同じくらい医師にとっても病人が必要だ。

それに加え、神官たち自身の意識や思考も失速している。

他の人々と同じレベルではないにしても

失速していることは確かだ。

このことが、神官たちにとって他の何よりも大きな心配事なのだ。

彼らは神なる食事の秘密にいっそう注意を向けるようになったが

それを解き明かすことができなかったんだ。

小泉構造改革は簡単な言葉を何度も繰り返し

意味は分からないけど国民の大半は

日本をぶっ壊すのに熱心な小泉さんに賛同した

結局、郵政民営化の実態は

郵便貯金を外資に受け渡し

いいように運用するためだった

 

当時、反対する政治家の亀井さんなどは

その事をよく分かっていたけど

テレビで説明してても

肝心の投票する国民が無知だと

国民が選ぶという選挙は

派手な宣伝が勝つただの誘導で

まったく意味がない

公約を実行してもしなくても

選挙で違う人を選んで落選しても

「あなた達が選んだんです」と

すべては国民に責任をなすりつけられる

 

「あなたたちが選挙に行かないからこうなった」のではなく

「あなたたちが選挙に行ったからこうなった」と言いたい

 

選挙に行ったとエバってる人に限って

私が政治が悪い事してる話をしても全く興味がない

その上

そんなに政治に不満があるならあなたが政治家になればいい

(不満の無い)私にそんな話ししたって意味が無い

選挙に行かない人間が言っても説得力がないと怒る

 

本当にいい事言ってる人が奇跡的に当選しても

公約実現を邪魔されて

ひどいと●されて

何も変わらない現実

それは、政治家より上の存在がいて

政治家には何の権限もないという事が分かる

選挙や政治家の存在に何の意味もないけど

それを言ってもまったく通じない世の中

 

そもそも

裏に非課税の宗教団体が付いているという時点で不公平

お金や数で、すでに負けているし

与党の裏や表にくっつく宗教団体は朝鮮系

それに

アメリカに負けた時から

代々続く今の政治家は日本人ですらないらしい

そうすると

日本人は増税で、外国人にはいろいろ手厚い謎が解ける

宗教団体に入ると生活保護の申請がすぐ通り

いろいろ公金受け取りが有利らしい

本当に必要な日本人には、なかなか通らないバカな話

すぐ通るのは、お布施をそこからまた取るためなのかも?

 

私が昔からなんだか嫌だなと思う言葉は

選挙に行きましょうもそうだけど

 

納税は国民の義務

健康の為、健康診断を毎年受けましょう

最近は、大切な人を守るため、思いやりワクチン

 

すべて国民の為になってないのが分かった今

できれば全部拒否したい

 

以下6巻の終わりより

私の言いたい事、分かりやすく言ってくれてる

 

我われは今日、どのような社会に生きているのだろう?

我われは何を目指しているのだろう?

未来に何を築くことを想定しているのだろうか?

圧倒的大多数の人々は、なんの躊躇もなくこう答えるだろう。

 

「私たちは民主主義の国に暮らし

西側の文明先進国のような

自由な民主主義を築くことを目指している」

 

大多数の政治家や彼らの戦略家たちが

まさにこのように答えるのだ。

テレビで流され、新聞に書かれるのが、まさにこのようなことだ。

我われの国の大多数の人々が、まさにこのように考えている。

大多数の人々のこの意見こそが

まさに現代文明に生きる人々が現在眠っているか

催眠術にかかりながら、世界の支配者であると

うぬぼれる神官たちの手中のバイオロボットとなっている

というアナスタシアの発言を証明している。

熱病のように単調なせわしない日々から少し立ち止まり

自分で考えてみると、次のようなことを理解することができる。

 

民主主義

 

そのそも、これは一体なんなのか?

この言葉自体はどんなことを定義しているのだろう?

大部分の人は、よく知られた大百科事典や

ロシア語の国語辞典から引用して答えるだろう。

そこには大体同じような簡素な説明がある。

 

「民主主義とは

国民主権を認めることに基づいた国家の政治社会体制。

民主主義の基本理念は多数決、国民の権利の平等……」

 

そして高度な民主主義先進国では

国会議員や大統領を人々が多数決で選んでいる。

 

選んでいるだと?

まったくのたわごとだ。」

完全なる幻想。

選択肢なんてない。

どんなに最も民主的で文明が発達した国でも

国民に権力があったことなど一度もないのだ。

 

選挙?

 

選挙は完全に幻想なのだ!

民主主義国と呼ばれるいかなる国であっても

選挙前になるといつもどんなことが起こっているかを思い出してほしい。

立候補者たちの戦略家のグループが巨額の資金を投じ

マスコミやテレビなどの視覚的な宣伝を通した巧妙な方法を使って

人々へ心理的作用を与えながら競っている。

 

そして高度に発達した国であればあるほど

洗脳の方法が技術面でいっそう巧妙になる。

より強く作用を与え、洗脳をすることができた

戦略家チームが必ず勝つ、というのは明白な事実だ。

人々は洗脳を受けてから、選挙に行き投票するのである。

人々は自分の望みをもとに投票していると思っているが

実際は誰かの意志を遂行しているのだ。

 

このように、現代の民主主義は

大衆の幻想だということになる。

大衆による、非現実的な社会の構築

非現実的な幻想世界への信仰なのだ。

 

そもそも、大多数への服従というものは

自然界には存在しない。

植物や動物、昆虫たちの社会はすべて

本能や惑星たちの動き

自然界に定められた秩序

群れのリーダーに服従する。

同様に、人間社会も、いつも少数によって支配されてきた。

 

革命を起こしたのも戦争を企てたのも

大多数の人々ではなく

少人数の意図的な洗脳によって

大多数の人々が革命や戦争に参加させられていたのだ。

これまでもそうだったし、今でもそうだ。

民主主義とは、膨大な数の人々がさらされている

最も危険な幻想なのだ。

危険だというには、民主主義の世界では

一人または複数の人間が

すべての民主主義国家をいとも簡単に操ることができるからだ。

 

そのために必要なのは

多額の金と腕のいい心理学者と政治家の戦略家チームだけなのだ。

そして今日、親である我われは幻想の中にいながらも

子どもたちを育てようとしている。

しかし実質的には、ほかならぬ我われ自身が

子どもたちの意識を幻想の世界へと誘導し

そこに押し込んでいるのだ。

実質的に、彼らを何者かの手中へと差し出してしまっている。

それは神ではない誰かの手中なのだ。

我われは子どもたちを

神とは正反対のものに差し出しているのだ。

 

神の世界は幻想ではなく

現実的で美しいものだ。

他に勝るものがないほどかぐわしい花の香り

形や音色がある。

その世界への門は常に開かれていて

我われの意識をがんじがらめにしている幻想から

自由になりさえすれば、いつでも入ることができる。

ローマ帝国と昔の日本が似ているというのを

映画のテルマエ・ロマエで知ったけど

同じ多神教だったという事かも

それでも

どちらも神には何か貢物が必要なようだ

今のソフトパワーと同じ戦略か?

 

以下6巻より

 

絶え間なくテレビでアクション映画が放送されている。

一見、聴衆の娯楽のためであるかのようだか

実際は、自分たちの幸福感は暴力によって

確保できるということを見せつけている。

 

有名な歌手になり

ライトの海に照らされて拍手喝采を浴び

豪華な車でパーティを渡り歩くことが

いかにすごいことなのか見せつけている。

それらは洗脳なのだ。

もしそうでないのなら、同じようにもう一方のこと

これらの人たちの生活の著しく

多くの時間についても見せるべきだ。

過酷を極める日々の仕事

ショービジネスの競争相手による終わりなき陰謀

彼らを妬む人々や

自由な報道の名の下で有名人をネタに

荒稼ぎしようとする人々からの絶え間ない、あらゆる攻撃を。

 

攻撃的で狡猾な宣伝が

金を払いさえすれば何でもいいと吹聴して回ろうというのだ。

 

色々な国際的な慈善基金や大言壮語な政治家についての

際限なく続くニュースが、人々に暖かく快適で

そして豊かな食卓に恵まれた家で暮らせるのは

ただただ彼らのおかげなのだという印象を生んでしまっている。

(ソ連時代、主なインフラは国によって提供されていた)

そして人々はもはや、マンションの暖房設備や

セントラルヒーティング

水や電気の供給システムといったサービスが止まったとしても

どうすれば依存しない生活に切り替えていけるのか

ということを考えようともしなくなる。

そして「与えろ!」

というスローガンと共に通りへ出るのだ。

 

これらはすべて自分が無力であるという洗脳だ。

偽りの教義や社会通念が、大人も子どもも洗脳している。

親である我々全員が子育てに距離を置いているのに

子育てについて何を語れるというのだろう?

我々は、我が子の出産を

他人やそういった施設に手伝わせることを許している。

そして幼稚園や学校で

他人が子どもたちを教えることを許している。

さらに我々は、子どもたちの前で

あからさまにも控えめにも

数多くの店頭にポルノ雑誌が並べられることを許している。

 

子どもたちの育成のすべてを手中におくことは

誰にとって都合のいいものなのだろうか?

問題なのは、我々が自分は完全に無力であると

取るに足らぬ者だと感じていることではないのか?

しかしそれは事実ではない。

そうしたいと望み、深く考えるならば

一人ひとりの親がそれを止めることができるのだ。

我々に必要なのは、少しだけ立ち止まり

洗脳の情報の流れから身をひるがえし

自分で、自分の頭で考えることだけだ。

親たち一人ひとりが考えることが

絶対に不可欠なのだ。

 

どれほど称賛され

心理的な宣伝戦術が施されていようとも

過去の数百年のこの上なく賢明とされる本の中から

人生の意味の答を探すことなど無意味だ。

彼ら賢者たちは、偉大な布教者や救世主だった。

彼らは、未来の世代に向けて答えを書き残そうとした。

しかしひとつも残ってないのだ。

それらの偉業を、我々は一つたりとも目にすることはできない。

いとも巧妙に消滅させられてしまった。

立ち止まって考えさえすれば容易に理解できる。

ご自身で判断していただきたい。

短い文のたったひとつの読点の位置を変えるだけで

その意味がまったく変わってしまうのだ。

 

「罰してはいけない、許すのだ」

「罰するのだ、許してはいけない」

 

古代の思想家たちの文献に

このような書き換えがどれだけ行われたことだろう?

筆耕者や翻訳者、出版社や歴史学者たちによって

故意であろうとなかろうと書き換えが行われた。

それに、句読点の移動だけではなく

章のページが削除され独自の解釈が書き加えられた。

その結果、我々は幻想の世界に生きることになった。

人類は絶えず戦っている。

人々は我を忘れて互いに殺し合い

どうして戦争が終わらないのかを理解できずにいる。

しかし、人類が戦争の扇動者を一度も特定できずして

どうやってそれを終わらせることができよう?

特定できなかったのは、自分で考えることをせず

吹き込まれている話をそのまま真実として受け入れてしまうからなのだ。

 

 

裁判にかけられたのはただの兵士たちだ。

たとえそれが将軍や元帥の位の者であろうと

ヒトラーを含め、彼らは単なる兵士にすぎない。

イデオロギーをつくり上げた、見えない神官の兵士だったのだ。

一方で神官、首謀者であり主導者は

裁判記録で触れられることすらない。

そもそも奴らを知ることがそれほど重要か?

きわめて重要だ!

まさに奴らが戦争を企てたのだから。

影に隠れたまま、奴らはまた戦争を始める。

経験を積み、次に起こる戦争はもっと手の込んだ大規模なものになる。

 

奴らは第二次世界大戦を企てて

本当は何をしたかったのだろう?

ひょっとすると、次のような事実を理解することが

謎を解く手掛かりになりはしないだろうか。

 

あの当時

「アーネンエルベ(ナチス・ドイツの公的研究機関)」

という組織が

ドイツに存命していたナチズムの思想家たちのために

世界中の古書を収集していた。

彼らが最も関心を持ったのは古代ロシアの

キリスト教以前の時代の書物だった。

 

奇妙なつながりが見えてくる。

ヒマラヤ山脈、チベット、ラマ僧たち、秘密結社

そして最後は

多神教のルーシであった我われ先祖の叡智への大掛かりな探索だ。

我われがこれらの書物を求めることはしないが

何者かにとっては、どうしてもなくてはならないものだったのだ。

その叡智には、どんな秘密が隠れているのか?

そして、その秘密は明らかに

チベット僧たちが知っているものよりも

もっとすごいものなのだ。

 

しかしどうすれば

そのような秘密のひとつにでも

触れることができるだろうか?

そして、その秘密が重要なものなのであれば

すべての叡智がおおやけになっていたら

今日の人々の前には

どのような失われていた世界が開かれるだろう?

どの千年紀に謎を解くための鍵を探せばいいのか?

 

古代ローマ!

古代ローマでも、4千年前に何やら奇妙なことが起こっていた。

ローマ軍の征服よりも、もっと奇妙なことだ。

奴隷を所有していた当時のローマの元老院議員たち

特権階級が、突然

食べ物を育てる意志と能力のある奴隷たちに

終身利用できる子孫への相続権付きの土地を与え始めたのだ…。

奴隷の一家には、家を建てるための資金も与えられた。

奴隷売買の際には、その土地抜きで奴隷の一家だけを

他の主に譲ることはできなかった。

土地は、奴隷の一家と切り離すことのできない一部とされていたのだ。

 

しかし、なぜ奴隷所有者たちは

突然そのような人道的で他愛的な行動に出たのだろう?

気高い善意に駆り立てられたのか

または何かに見返りがあったのか?

見返りはあった。

確かに、彼らの食卓用として収穫の10%を受け取っていた。

おそらくこれは我われが知っている税のうちで最も小さな税だろう。

すると疑問が湧く。

どうしてローマの特権階級はそのような行いに出たのか?

奴隷所有者ならば

農場で奴隷たちに汗水垂らして働かせ、ほしいだけ搾取できるのに。

ところがそうはしなかった。

 

それは、多神教のローマにはまだヴェドの叡智が残っていたからだ。

貴族や元老院議員たちは、同じ作物であっても

自分の土地でないところで自由なき者によって育てられたものと

自分の土地で愛と共に育てられた作物とでは

極度に違いがあるということを識っていたのだ。

当時の人々は、大地に生えるすべてのものが

精神エネルギーを有していることをまだ識っていた。

 

健康であるためには、善い果実を食さなければならない。

このことは、破壊されたアレクサンドリア図書館の

いくつかの蔵書でも語られていたのだ。

その他には

どのような叡智や賢明さがそれらの本に秘められていたのだろうか?

アナスタシアは、根源からの叡智とすべての賢明さを

自身の内で復活させることができると言っている。

一人ひとりにそれができると。

 

彼女を信じきるためには

どのような事実を記憶から呼び起せばいいのだろう?

現代人はある日突然

根源の叡智を自分の内で開くことができるようになるだろう。

きっと、一人ひとりの記憶の中に固有の例と証明がある!