ローマ帝国と昔の日本が似ているというのを
映画のテルマエ・ロマエで知ったけど
同じ多神教だったという事かも
それでも
どちらも神には何か貢物が必要なようだ
今のソフトパワーと同じ戦略か?
以下6巻より
絶え間なくテレビでアクション映画が放送されている。
一見、聴衆の娯楽のためであるかのようだか
実際は、自分たちの幸福感は暴力によって
確保できるということを見せつけている。
有名な歌手になり
ライトの海に照らされて拍手喝采を浴び
豪華な車でパーティを渡り歩くことが
いかにすごいことなのか見せつけている。
それらは洗脳なのだ。
もしそうでないのなら、同じようにもう一方のこと
これらの人たちの生活の著しく
多くの時間についても見せるべきだ。
過酷を極める日々の仕事
ショービジネスの競争相手による終わりなき陰謀
彼らを妬む人々や
自由な報道の名の下で有名人をネタに
荒稼ぎしようとする人々からの絶え間ない、あらゆる攻撃を。
攻撃的で狡猾な宣伝が
金を払いさえすれば何でもいいと吹聴して回ろうというのだ。
色々な国際的な慈善基金や大言壮語な政治家についての
際限なく続くニュースが、人々に暖かく快適で
そして豊かな食卓に恵まれた家で暮らせるのは
ただただ彼らのおかげなのだという印象を生んでしまっている。
(ソ連時代、主なインフラは国によって提供されていた)
そして人々はもはや、マンションの暖房設備や
セントラルヒーティング
水や電気の供給システムといったサービスが止まったとしても
どうすれば依存しない生活に切り替えていけるのか
ということを考えようともしなくなる。
そして「与えろ!」
というスローガンと共に通りへ出るのだ。
これらはすべて自分が無力であるという洗脳だ。
偽りの教義や社会通念が、大人も子どもも洗脳している。
親である我々全員が子育てに距離を置いているのに
子育てについて何を語れるというのだろう?
我々は、我が子の出産を
他人やそういった施設に手伝わせることを許している。
そして幼稚園や学校で
他人が子どもたちを教えることを許している。
さらに我々は、子どもたちの前で
あからさまにも控えめにも
数多くの店頭にポルノ雑誌が並べられることを許している。
子どもたちの育成のすべてを手中におくことは
誰にとって都合のいいものなのだろうか?
問題なのは、我々が自分は完全に無力であると
取るに足らぬ者だと感じていることではないのか?
しかしそれは事実ではない。
そうしたいと望み、深く考えるならば
一人ひとりの親がそれを止めることができるのだ。
我々に必要なのは、少しだけ立ち止まり
洗脳の情報の流れから身をひるがえし
自分で、自分の頭で考えることだけだ。
親たち一人ひとりが考えることが
絶対に不可欠なのだ。
どれほど称賛され
心理的な宣伝戦術が施されていようとも
過去の数百年のこの上なく賢明とされる本の中から
人生の意味の答を探すことなど無意味だ。
彼ら賢者たちは、偉大な布教者や救世主だった。
彼らは、未来の世代に向けて答えを書き残そうとした。
しかしひとつも残ってないのだ。
それらの偉業を、我々は一つたりとも目にすることはできない。
いとも巧妙に消滅させられてしまった。
立ち止まって考えさえすれば容易に理解できる。
ご自身で判断していただきたい。
短い文のたったひとつの読点の位置を変えるだけで
その意味がまったく変わってしまうのだ。
「罰してはいけない、許すのだ」
「罰するのだ、許してはいけない」
古代の思想家たちの文献に
このような書き換えがどれだけ行われたことだろう?
筆耕者や翻訳者、出版社や歴史学者たちによって
故意であろうとなかろうと書き換えが行われた。
それに、句読点の移動だけではなく
章のページが削除され独自の解釈が書き加えられた。
その結果、我々は幻想の世界に生きることになった。
人類は絶えず戦っている。
人々は我を忘れて互いに殺し合い
どうして戦争が終わらないのかを理解できずにいる。
しかし、人類が戦争の扇動者を一度も特定できずして
どうやってそれを終わらせることができよう?
特定できなかったのは、自分で考えることをせず
吹き込まれている話をそのまま真実として受け入れてしまうからなのだ。
略
裁判にかけられたのはただの兵士たちだ。
たとえそれが将軍や元帥の位の者であろうと
ヒトラーを含め、彼らは単なる兵士にすぎない。
イデオロギーをつくり上げた、見えない神官の兵士だったのだ。
一方で神官、首謀者であり主導者は
裁判記録で触れられることすらない。
そもそも奴らを知ることがそれほど重要か?
きわめて重要だ!
まさに奴らが戦争を企てたのだから。
影に隠れたまま、奴らはまた戦争を始める。
経験を積み、次に起こる戦争はもっと手の込んだ大規模なものになる。
奴らは第二次世界大戦を企てて
本当は何をしたかったのだろう?
ひょっとすると、次のような事実を理解することが
謎を解く手掛かりになりはしないだろうか。
あの当時
「アーネンエルベ(ナチス・ドイツの公的研究機関)」
という組織が
ドイツに存命していたナチズムの思想家たちのために
世界中の古書を収集していた。
彼らが最も関心を持ったのは古代ロシアの
キリスト教以前の時代の書物だった。
奇妙なつながりが見えてくる。
ヒマラヤ山脈、チベット、ラマ僧たち、秘密結社
そして最後は
多神教のルーシであった我われ先祖の叡智への大掛かりな探索だ。
我われがこれらの書物を求めることはしないが
何者かにとっては、どうしてもなくてはならないものだったのだ。
その叡智には、どんな秘密が隠れているのか?
そして、その秘密は明らかに
チベット僧たちが知っているものよりも
もっとすごいものなのだ。
しかしどうすれば
そのような秘密のひとつにでも
触れることができるだろうか?
そして、その秘密が重要なものなのであれば
すべての叡智がおおやけになっていたら
今日の人々の前には
どのような失われていた世界が開かれるだろう?
どの千年紀に謎を解くための鍵を探せばいいのか?
古代ローマ!
古代ローマでも、4千年前に何やら奇妙なことが起こっていた。
ローマ軍の征服よりも、もっと奇妙なことだ。
奴隷を所有していた当時のローマの元老院議員たち
特権階級が、突然
食べ物を育てる意志と能力のある奴隷たちに
終身利用できる子孫への相続権付きの土地を与え始めたのだ…。
奴隷の一家には、家を建てるための資金も与えられた。
奴隷売買の際には、その土地抜きで奴隷の一家だけを
他の主に譲ることはできなかった。
土地は、奴隷の一家と切り離すことのできない一部とされていたのだ。
しかし、なぜ奴隷所有者たちは
突然そのような人道的で他愛的な行動に出たのだろう?
気高い善意に駆り立てられたのか
または何かに見返りがあったのか?
見返りはあった。
確かに、彼らの食卓用として収穫の10%を受け取っていた。
おそらくこれは我われが知っている税のうちで最も小さな税だろう。
すると疑問が湧く。
どうしてローマの特権階級はそのような行いに出たのか?
奴隷所有者ならば
農場で奴隷たちに汗水垂らして働かせ、ほしいだけ搾取できるのに。
ところがそうはしなかった。
それは、多神教のローマにはまだヴェドの叡智が残っていたからだ。
貴族や元老院議員たちは、同じ作物であっても
自分の土地でないところで自由なき者によって育てられたものと
自分の土地で愛と共に育てられた作物とでは
極度に違いがあるということを識っていたのだ。
当時の人々は、大地に生えるすべてのものが
精神エネルギーを有していることをまだ識っていた。
健康であるためには、善い果実を食さなければならない。
このことは、破壊されたアレクサンドリア図書館の
いくつかの蔵書でも語られていたのだ。
その他には
どのような叡智や賢明さがそれらの本に秘められていたのだろうか?
アナスタシアは、根源からの叡智とすべての賢明さを
自身の内で復活させることができると言っている。
一人ひとりにそれができると。
彼女を信じきるためには
どのような事実を記憶から呼び起せばいいのだろう?
現代人はある日突然
根源の叡智を自分の内で開くことができるようになるだろう。
きっと、一人ひとりの記憶の中に固有の例と証明がある!