広報事例紹介の難しさ
当「広報力向上ブログ」は、広報の考え方を中心に何か参考になればと書いてはいるが、非常にブログ故の歯がゆさを感じている。もっと実際の事例を紹介すれば、より解り易いと思われるのかも知れないが、実際はそう簡単なものではない。
まずブログの読者は広範囲であり、対象者を限定できない。そのため、なかなか的を絞った説明が出来難い。加えて広報の手法は、業種によっても特色があり、また似たような案件でも、その会社の規模などによっても同様にはいかず、一概に明言できないところがある。
そのため、適当に事例紹介を提示し、それをみて同じように動いたからと言って同じような成果が出せるものではない。タイミングが1日違えば全く効果が出ない場合もある。非常に明言し難い。
逆に、案件や会社によっては、事例よりももっと素材自体や媒体などの効果を広げられる可能性もある。読者の読解力なども把握できない上に、事例と言う具体策を提示してしまうことで、可能性を制限してしまうこともあり得る。
日頃お問い合わせを頂いた場合は、事前にHPなどから会社概要、事業内容、情報開示度合、リリース内容などを閲覧し、また簡単な露出分析を行い、ある程度広報力を想定して対応するようにしている。
可能性は出来るだけ最大限に伸ばしたいという気持ちと、これから広報を始めようとする方に、いきなり消化不良を起こすような高度な話をして失敗する、或いは広報は難しいからといって遠ざかってしまっては元も子もないと考えます。”出来ることから確実に始める”ということと、”常に中期的な視点”で対応すると言うことをポリシーとしています。広報力は地道にしか得られないものと考えます。
個別案件の詳細情報が解れば的確なアドバイスはできるものの、そうでない当ブログにおいては非常に歯がゆさを感じております。例えばメディアプロモートひとつとっても、新聞や雑誌、TVなどは全くアプローチの仕方が違う上、新聞でも一般紙、産業経済紙、専門紙、地方紙などにおいても各々攻め方は違います。それを一緒くたには表現してしまうことは、かえって誤解を招く結果になると考えます。
そんな想いもしながら書いておりますので、ご理解頂ければ幸いです。
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狼少年化するTV番組
最近テレビを見ていて腹立たしいことがある。しかもその手法(手口)は業界内で蔓延しているのか、1-2度ではなく何度も目にする。それは何かと言えば、”告知詐欺”である。
”この後いよいよ”や、”ついにあの人登場”などと告知したあとCMに入り、CM明けにはなんとエンディングになっており、その中で小さく次週の告知としてその内容が流れているというもの。
あ~なんだ。来週か、残念~っ!などとは思わない。こいつら客(視聴者)なめとんか!と正直思ってしまう。
こんなことを思うのは、気~短い私くらいなのかもしれないが、先日もっと凄い告知詐欺があった様だ。
それは番組内で何度も告知をし煽っただけでなく、事前に番組予告としても何度も謳っていた内容を放送せず、次週に持ち越したというもの。しかも生放送でもなく、録画番組である。ほんと告知詐欺だと思うのだが、やっている内容は法律相談である。
他にも”嘘”と”見解の相違?”ギリギリの告知をして煽るドラマなども横行している。
TVは広告収入が落ち、制作費も削られしんどい状況と言うのは周知の事実であろう。しかし”視聴者との信頼関係の構築”は不要なのだろうか。その回の視聴率を取れれば満足と考えているのだろうか?
その局なら信用できる、その番組なら見たいと言うファンを構築しなければ、本当にTVは狼少年で終わってしまうのではないだろうか。
これはTV番組だけのことではなく、一般企業の商品販売にも言えること。なかなか商品の差別化がしにくい中、顧客との信頼関係の構築を、ファン作りを如何にやるかということが重要なのではないだろうか。
売るための仕組み作りなどと手法論が最重要視されているように思えるが、売る側、作る側の姿勢を示していくことも重要なことではないかと思わずにはいられない今日この頃です。
阪神タイガース メール禁止令
阪神の南信男球団社長が、年賀式で”メール禁止令”を発したようだ。メールのやり取りが増加し、議論の場で突っ込んだ話し合いが行われていないことに憂慮してのことのようだ。
メールがコミュニケーションツールとして当たり前になっている中、この禁止令は強硬策にもとれるが、南社長の言い分も十分に理解できる。
私自身、メールの使い方に関して疑問を感じていることが2つある。(あくまでもビジネスメールです)
①TOとCCの使い分けが出来ていない人
TOとCCにはそれぞれ意味がある。取り敢えずメールが来たから”全員に返信”などと安易な扱いはしていないだろうか。CCには”情報共有”という意味合いもあるが、”リスクヘッジ”ととられる場合もある。宛先も多ければ、責任区分も不明確にもなり得るし使い方は非常に難しい。
立場によっても業務内容によっても使い方は様々だと思う。一度社内のミーティング時にでも、”メールの使い方”について検証し、共通の認識をしては如何でしょうか?
②メール単独では使ってはいけない場合もある
簡単な返事や報告、御礼では、メールは非常に便利であり、そのメール単体で十分機能する。しかしメール単体で終わっていては、逆に誤解を生じるケースもある。メールは簡潔に淡々と書くことが多いが、表情や感情が読めない分、”怒っている”などと余分な情報を誤って送信し兼ねない。強い事を言わざるを得ない場合、メールで一報を入れた後、直接か電話できっちりと話をすることで丸く収めるなど、メールと他のコミュニケーション手法との併用も検討した方がよさそうだ。今のご時世、コミュニケーション手法=メール、という考え方は大きな間違いであると思い。
※番外編 絵文字
私は絵文字は使わないが、先日何かの番組で面白い事をやっていた。待ち合わせに遅れると言うメールに、”走っている”絵文字をつけて送ったそうだ。受け取った方も、一生懸命向かっているのだから待とうと思うだろう。しかし、送信側と受信側で携帯の会社が違ったため、絵文字が正しく表示されず、歩いている絵文字が表示され、逆に怒りをかったという。
なにを送るか、という議論も大事だろうが、”どう受け取られるのか”と言う発想、検証も常に必要なことかと思います。今一度、メールの使い方に関し、今更ではありますが、再検証しては如何でしょうか?