大きな広報案件の担当にどれだけの価値が?
昨今、大きな広報案件を扱ったことだけが広報パーソンの価値を決めるなどという風潮があるように思います。中途採用の面接や職務経歴を見ても、”如何に大きな案件に携わったか”が強調されています。
確かに大きな広報案件は注目度も高く、注目されるからこそ難しい部分も多々あります。報道される確度も高いため、達成感もあることは間違いない事実だろうと思います。
しかし大きな案件はそもそも注目され易いので、誰がやってもある程度のoutputが出せるのでは?という考え方もできなくはありません。その中で具体的にどの様な苦労をし乗り越えたか、自分独自の拘りは何だったのかを明確に伝えなければ、単に派手好き、単にその一員であっただけとしか見られません。
また広報はそもそも地味な仕事であるため、派手派手しさを強調し過ぎると、ほんとうに広報のことを理解しているのかという疑問を頂きます。加えて派手さを求める者に対して、その人を満足させるだけの広報案件が自社にあるかという気持ちと、派手好きは何れ実績を積んでまた転職をしていくのではという印象を与えます。
大きな案件に携わったからといって、それが必ずしもプラスには寄与しません。逆に地味であっても地道にやってきた信念や拘り、その人特有の工夫の方が光って見えることが多々あります。大きな案件自体には何も価値はなく、その中に隠れてしまっている自身の価値を検証して表現することが必要なのではないでしょうか?
単なるアピール好き!と思われないために、冷静に第三者的な評価をしてみては如何でしょうか?
小ネタ収集力が広報マンの真価
企業や大学などの組織の中には、それひとつとしては報道として扱われることのない小さなネタ(広報素材)が多く存在します。埋没しているというのが適切な表現でしょうか。皆さんは常時どれくらいの小ネタを持っておられますか?
記者はデスクから何かないか?と言われた際に直ぐに出せるために、常に幾つか記事のストックをしておきたいと考えています。と同様、広報担当者も年間を通じた露出の平準化を目指し、常にネタ(切り口)をストック出来ていることが望ましいのでしょう。
とは言ってもそんなに大きな広報素材は言うほどないというのも正直なところ。では小ネタには価値はないのでしょうか?
私は「小ネタ収集力こそ広報マンの真価が問われる」と考えています。
小ネタはそれひとつでは報道として取り扱われることがありませんが、他の小ネタと合わせるとどうでしょうか?また他の切り口での取材の際に、その取り組みの具体策や実績などとしてその小ネタを入れていくことができます。小ネタを入れることで、その取材の幅や質を高め報道の確度を上げるために寄与する場合があります。
また小ネタを収集できるということは、ちゃんと社内などの組織内に”情報収集ルート”を確立できている証拠、加えてその小ネタを吸い上げられる感度の高いアンテナを持っている証拠だろうと思います。
広報担当者の職務経歴書を見る際、大きな案件を扱ってきたというモノには私は余り興味を持ちません。逆に広報担当者として小さく見えてしまいます。反対に何も無いところから如何に小ネタを探し当て、自身の感性で他の切り口と合わせて報道に結び付けたという実績の方が何倍も魅力的に見えます。
皆さんは小ネタをどれだけ常備していますか?お時間が空いた際にでも、或いは定期的にチェックしてみては如何でしょうか?
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Webニュースサイトの信憑性
つい先日、Webのニュースサイトを閲覧していた際、おかしな現象を幾つか発見しました。
内容は「10月1日から新サービスを開始する」というもの。このタイミングでは4月からの開始のサービスであってもちょっとリリースするタイミングが早いのでは?と思っていたものの10月と明記されているので誤表記かと思い見てみると、なんとリリース配信日が9月の案件が、つい先日ニュースサイトに掲載されたことに気付きました。
単なるシステム上のトラブルなのか、発信者が間違えて出したのか、9月の当初にリリースを配信したが反応がいまいちだったので再度出したのか、理由は解りませんが、なんとも不格好な記事掲載と言えます。
恐らく「掲載保証付きのニュース配信」というものが引き起こす事故なんだろうと思いますが、4か月遅れでこの様なものが淡々と掲載されると配信者に対する違和感、疑問もさることながら、そのメディアに対する信憑性、存在価値自体に疑問を抱きます。
今は既存メディアよりもインターネット情報の方があたかも優れているかのように言われておりますが、勝っているのは「即時性」と「波及性」だけであり、情報の精度、信憑性という点では大きな課題を抱えていると思います。
この様なニュースサイトが増えていくこと、情報は流せば良いというような風潮には疑問視せざるを得ません。
と同時に見る側の「情報を見極める力」が今後問われていくのだろうと思います。
その情報発信者や掲載メディアに対して少なくとも私は評価を下げました。情報を出せば必ず評価が挙がるという認識は大きな間違い。切り口のみならず出し方やタイミングなども十分に検討する必要があろうかと思います。