万葉の時代
【ことのは】を紡ぎ続けた
歌聖 柿本人麻呂公
時を刻む『明石の地』
『人丸山』の高台に静かに祀られております
境内からは『瀬戸内海』と『淡路島』
そして夢をかける
『明石海峡大橋』が望めます
当社御祭神 柿本人麿公は、
飛鳥時代宮廷に仕えた歌人で、『万葉集』、『古今集』など合わせて400首以上の歌が載せられております。
「天離る 夷の長通ゆ 恋ひ来れば
明石の門より 大和島見ゆ」
など『明石』で詠まれた歌もあり、
元和六年(1620年)
当時、明石城主であった小笠原忠政公が
人麿公を『歌聖』として大変崇敬され、
縁深いこの地にお祀り致しました。
主なご神徳は、学問・安産・火災除、
更には妻に捧げた歌も多くあり、
非常に愛妻家であったことがうかがえる為、『夫婦和合の神』としてもお祀り致しております。
『御命日』とされる旧暦3月18日
(現在では4月の第2日曜日)には、
『本神輿』に子供会の神輿も加わり、
計5基のお神輿が練り歩き、境内は多いに賑わいます。
他にも、初詣や赤ちゃんの誕生を祝う初宮詣、三才五才の男の子、又三才七才の女の子の成長を祝う七五三詣など、当社は約400年たった今でも1年中、賑わいを見せております。