
30年の努力は報われたのか。
検査を受けたいと申し出た時
「あなたはそういう風には見えないけどね」
と先生には言われました。
検査に対して否定的、とまでは言わないけれど
必要あるかな?と思っているような印象を
受けました。
だとしたら、先生。
私はきっと
とても頑張って生きてきました、、、![]()
小学校4年生で孤立したのをきっかけに
私は多分何かおかしいんだろうなぁと
思うようになりました。
友達がほしかったり
寂しかったりしたわけじゃないけど
その時から私はずっと
「普通」に擬態する努力をしてきました。
無意識レベルで。
それはトライ&エラーなんて
前向きなものではなくて
自分の苦手に気づかないまま
なんだかよくわからないけど
なんだか違うみたいだから
よくわからないけどこんな感じかな?
の繰り返しは
とてもしんどかったと思います。
他人事みたいだけど、昔の自分に対してそう思う。
今も鮮明に思い出して落ち込むくらい
やらかしたり
逆に何もできなかったりの連続で。
うまくできない自分に常に疲弊しながら
「そういう風には見えない」ようになれるまで
頑張ってきたんですよ、先生、、、![]()
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経験値でカバーできる程度のものなら
診断はつかないのかもしれません。
実際、父に「取り繕え」と言っても
何を言われているのかさえ理解できない。
自分の中にいろんな自分がいて
外づら担当の私が
30年も頑張ってきてくれたおかげで
今、最小限ではあるけれど
なんとか社会に属する事ができて
子供を育てていけてる。
私、本当にお疲れさまだよ![]()
検査結果と、受けた理由
覚悟をもって検査を受けましたが
結果から書くと
診断はつきませんでした。
前回のお話↓
この時の私は
自分に明確に診断がつく事を望んでいました。
本当に馬鹿みたいなんだけど
もうそれくらいしか
自分を楽にしてあげる方法がないと
思っていたから。
私はずっと抱えてきた自分の違和感に
名前が欲しかった。
診断がついて正体が明らかになれば
ずっと息苦しかったこの場所から
抜け出せるのではないか。
自分が何者なのかなんて
診断がついてもつかなくても
生きづらくても生きやすくても
そんなことは
一生死ぬまでわからないままなのかもしれない。
だけど、私は許されたかった。
うまく生きられなくても仕方なかった
なんだかずっと辛かったのも仕方なかった
誰かを傷つけた事も
自分を消し去りたいと思う事も
父と「家族」でいられなかった事も
全部全部自分のせいではなかったのだと
私が私に言ってあげたかった。
毒親、ACなど考えていくと
自分には確かにその要素がありました。
でも生きづらさの理由はひとつじゃなくて
いろんなものが絡まり合って
ほどけなくなって
自分を見失っていくのだと思います。
「私じゃない誰かになりたかった」と
以前に何度も書いてきましたが
本当の気持ちは多分
絡まり合ったものをほどいて
私は私に戻りたいのだと思います。


