
WAISを受けた事があります
数ある父のエピソードの中で
なぜこの件を最初に持ってきたかというと
前回のお話↓
子供を産んだあと
私にも父のこれと
似たような拘りがあると気づいた事が
自分と向き合うきっかけになったからです。
保育園からの帰り道に子供たちは
あっちから帰る、こっちから帰ると
毎日いろんな方向から帰りたがったけど
途中で帰り道を変えるのは
なぜだかすごくザワザワしました。
自分ひとりなら気づきもしなかった拘りが
子供を育てる中で
次第に露呈してくる度に
あれもこれも私が感じるストレスは
昔父が発狂していたのと
同じ類のものではないかと頭を過りました。
そして、心は断固受け入れ拒否したけど
もうがっつり本能で感じてしまった。
私の中には確実に父の血が流れている。
おぞましくて震えた。
親子なんだから元々同じで当然なんだけど
私に解けない呪いがかかった瞬間。
私はその時から
父と同じ遺伝子を持った自分の身体を
拒絶したくてたまらなくなりました。
これが、私が私を許さない一番の理由です。
だけどおぞましい自分の身体は
同時に我が子と分け合った身体でもあって。
何十年も心の底から軽蔑してきた父と
何よりも大切な宝物である子供たちの存在が
交互にチラつく。
私は一体何者なのか知りたい。
そして
予約をとって検査を受けに行ったのが
5年前の話です。
続きます↓
道を間違えても引き返せない毒父&ごめんなさい
まずは文字通り、道路、道順の話からです。
父は運転中、確実に道を間違えているのに
間違えた地点まで戻って修正する事が
絶対にできませんでした。
絶対。断固。意地でも。
途中で止まったり引き返したりができない。
どんどん迷ってるのに前にしか進めない。
これは父の行動の一例ですが
要は、自分で決めた段取りを途中で変更したり
自分が想定していた以外の事態に対応する事は
父にはできませんでした。
普通の人にとっては
道順くらいで何のこっちゃなエピソードかもしれないけど
読む人が読んだら
ガチの人なんだなとわかってもらえると思う。
ここに書いた事も![]()
父は同じ理由で
「イレギュラーばかり起こす自分以外の人間」との生活を受け入れられませんでした。
そして
「なぜ俺の言うことを聞かないんだ」
(なぜ俺の想定通りに動かないんだ)と怒り出す。
道順ひとつでも無理なのだから
父がこうと決めた道筋や
それこそ子供(を育てる自分)の将来設計などを
状況に応じてその都度見直していく事は
不可能に近い事だったのだと思います。
毒親、ACのキーワードから
私のブログに辿り着いてくださった方にとっては
ちょっと話が違ってきてしまうかもしれなくて
申し訳ないです。
私としては
父は特性ど真ん中だと確信していますが
病院で診断を受けたわけではありません。
未診断の人間に対して
決めつけで書くのは憚られたので
多少匂わせつつ(笑)明言はしませんでしたが
私は私の本心を書きたくて
そうするとこの事に触れないわけにはいかず
またまたサブタイトルを変更して
書いていこうかなと思います。
次、私の話に続きます↓
双子の母の引きの強さ。PTA佳境。
うちの小学校のPTAは
子供ひとりにつき
1回以上役員をするルールでしたが
去年解体されて
ボランティア方式に変更されました![]()
が、その中でボランティアにはできない
必須の重役というのが数名いて、、、
数々の偶然が重なりまくり
なぜか私が選出されました![]()
(今年度役員)
全然私の順番じゃなかったのに。
大きな学校なので
全校生徒が900人もいるのに
その中のたったの数名に
1年生から選ばれる![]()
これが双子の母の引きの強さ
笑
上の子がまだ1年生(選出当時)で
役員回ってきてる人なんていないよと
驚かれました![]()
![]()
皆4年生とか5年生とか。
社会勉強という意味では
コミュ障母にとっては
大変実りある1年になりそうです![]()
登校班の集合場所を
自宅前に変更しようとする人とか
嫌いな人と班を分けてほしい人とか
当番断固拒否宣言をする人とか
役員飛び越して
PTA会長に直接クレーム入れる人とか
いろんな人がいて![]()
![]()
私ってコミュ障だけど
自分の番でもない重役を引き受けるなんて
かなりいい人の部類に入るんじゃないかと
思えるくらい![]()
![]()
こんなコミュ障新人が統轄するなんて
絶対無理だと思ってたけど
癖の強さがだんだん面白くなってきちゃって
次は誰がどんな斬新なクレームを
出してくるのだろうと
ちょっとワクワクしちゃったり![]()
保育園では目立たないように
気配を消して空気化してたけど
知らずに生きてきた保護者の世界は広い![]()
![]()