Passion  -26ページ目

Passion 

passion8  【すばらしい人生】

 この仕事をしていて

 よくプリントアウトしてくれる詩があるので紹介しておきます!

 

 養護学校で言葉も話せず手足も不自由な子供に言語教育をしていた

 向野先生が脳性マヒの『やっちゃん』と一緒に作った詩です

 目をつぶってイエスのサイン、舌を出してノーのサインで

 詩は作られたそうです。

 やっちゃんは15年の生涯でした。


 ごめんなさいね おかあさん
 ごめんなさいね おかあさん
 ぼくが生まれて ごめんなさい
 ぼくを背負う かあさんの
 細いうなじに ぼくはいう
 ぼくさえ 生まれなかったら
 かあさんの しらがもなかったろうね
 大きくなった このぼくを
 背負って歩く 悲しさも
 「かたわな子だね」とふりかえる
 つめたい視線に 泣くことも
 ぼくさえ 生まれなかったら

 ありがとう おかあさん
 ありがとう おかあさん
 おかあさんが いるかぎり
 ぼくは生きていくのです
 脳性マヒを 生きていく
 やさしさこそが 大切で
 悲しさこそが 美しい
 そんな 人の生き方を
 教えてくれた おかあさん
 おかあさん
 あなたがそこに いるかぎり

それからというもの どんどんと仕事が入ってきた

今度もダウン症の子でN君 小学校3年位だろうか

その子も太ってて 声が出なかった

N君との初めての仕事は

映画「ファイティング ニモ」を一緒に見に行くことだった

映画代と電車賃は全て利用者さんが支払ってくれることになってる

なんてすばらしい仕事なんや!

N君と意気揚々 映画館に行った

僕は映画に集中して見てたが N君はほとんど見てなかった

たまに スクリーンを指差すくらいだった

N君は生き物が好きなようで 一緒に散歩とかしてるとき

急に立ち止まって 背をかがめ 遠くのほうを指差す

そちらのほうを見ると スズメがいたり 犬がいたりする

それに 気配りの出来る子だった

僕が電車の座席に座って足を組んでると 決まって組んでるほうの足を

両手で押す 足を組むなって言ってるようだった

そして 駅から人が入ってくると僕のほうに詰めて

入ってくる人が座る為のスペースを確保する

なんで やさしい子なんやろ って思った

でも 少々食いしん坊で 一緒にマクドナルドなんか行ったときは

ずいぶん注文する 僕の食事代は利用者さんからは出ないし

間食はあまりしないので 飲み物だけにしてN君が食べてるのを見てると

食べ物に集中してこちらを見向きもしない

僕が口を開けて「あ~ん」とすると

ちょっと こちらを見て 

ポテトの一番短いのを一本 僕の口に入れてくれる

なんや そんなけしかくれへんのかーってN君を見ても

また いっしょうけんめい ポテトを食べてる

でも かわいいなー って思った

本当に純粋で無垢で ほんと癒される


でも この仕事をしてから ほんと嫌なことがある

仕事をし始めて気づいたんだけど

一緒に手をつないで歩いてると すれ違う人が ジー と僕たちを見る

それも なんか変なものを見るような目で ジー と見る

ある時なんか 向かいから歩いてくる おばはんが

N君を見て 僕を見て またN君を見て また僕を見る

僕はむかついて なに見てんや!って感じで そのおばはんを睨む

おばはんは 僕が睨んでるのに気づいて そ知らぬ顔をして通り過ぎる

なんやねん! 俺らは何も悪いことしてへんやないか!

なにをジロジロ見てるんや!って本当に腹が立つ

電車なんか乗ってると ほんと嫌になることがあった

僕たちの前の席に座ってる人達 ほとんど全員が僕たちを見る

なんやねん って感じで そのときも睨み返してたが 

それだけで疲れることもあった

僕は仕事で一緒にいる時間は ほんと短時間だけど

その子の両親は  こんな嫌な目に毎日あってるんだって思うと

辛いだろうな って思う 

自分のお腹を痛めて産んだ子が外に遊びに行きたいって言って

一緒に遊びに行くと 周りからの冷たい視線・・・

なんで そんな目で見るんや って怒り そして苦しみ 悲しみ

いろんな感情が交錯する

でも 愛する 本当にかわいい自分の子供のために

できるだけ いろんな所へ連れて行ってあげたいって思ってる

強いな って思う  ほんと強いなって思う

その頃から僕は 障害者の子供は癒さなくても たくましく生きてる

癒さなければならないのは その両親だって思い始めてた




日にちが経てば経つほど その気持ちは確信へと変わっていった

ほんますごいわー!

それから徐々に 障害者のヘルパーの仕事が増えていった

祭りの後の仕事は 

作業所の仕事をしてたダウン症の子が頚椎の手術を受けてから

歩けなくなり 家に閉じこもって 仕事に行かなくなったので

最初は家から出ることから始めて 

最終的に仕事に行ってもらえるようにすることらしかった

いやー こんなかっちょいい仕事できていいわー

ほんま うれしいわー って思って

意気揚々とその子の自宅に行った

約束した時間に自宅に行くと社員の女の人が待っていてくれた

引継ぎみたいな感じだ

その女の人と家に入ったらS君のおかあさんとお父さんが居た

すると部屋の奥のほうにS君がPS2のゲームをしてた

S君はだいぶ太っていた

僕たちが入っていっても 知らん顔してゲームをしてる

そしたら お母さんが社員の人と僕ににお願いしますって頭を下げた

社員の人はS君に「S君 ヘルパーの人来てくれたよ 一緒に外に行こ」

って言ったら 「うるさいー!」ってゲームのコントローラーを投げつけた

おぉーーー! なんや これ って見てたら

社員の人は 「kaiさん 後 お願いします」って帰って行ってしまった・・・

おいおい 俺 この仕事初めてなんやで 後お願いしますって・・

S君は またコントローラーを拾ってゲームをしている

コントローラーは過去に何回も投げたらしくセロハンテープで補強してた

しばらく 沈黙が続いた

S君の両親も 僕に何も話しかけてくることもなく黙ってる

はぁ~ たのむわ~ 

でも大丈夫や ってなんかわかんないけどそう思った

僕はS君に「遊びにいこか?」って声をかけた

S君はコントローラーの指を止めてジロッと僕を見た

そしたら 「行こかーー」って微笑み返してきた!

なんなんや! ほんの数分前とまったく違うやん! なんなん?

一瞬で好かれた!? そんなことあるわけないやんといろいろ思ったが

S君がニコニコしながら 立ち上がろうとしてる

足が悪いので 近くのタンスに手をかけ ゆっくりと立ち上がった

S君は34歳で体重は95kg位あったろうか

お母さんは S君が外に行くって言うのを聞いてて驚いた様子だった

S君は玄関まで来て靴を履いてる

僕はS君が立ち上がるのを抱きかかえて

外にあった車椅子に座らせた

ふぇー! めちゃ重い!!

その後 車椅子を押して近くの公園まで散歩した

体重が重いせいか車椅子がギーギー音をたててる

でもS君は上機嫌だった

30代なのに ほんと子供みたいで かわいらしかった

それからは週3回 S君と一緒に公園に行った

しばらくして 歩く練習の為 近くの整骨院に行くのが日課になった

S君はめちゃおもしろく 整骨院から帰る時は必ず

「またねぇー」と言って 受付の女の人に投げキッスをする

待合室に居る人達はそれを見て みんな笑ってた

その後は公園でテニスボールでキャッチボールをして

帰りに本屋に行くのが 一日のコースになってた





その時 ふと思った。

こんなにたくさんの愛情を持った人達が この場所に集まっている

この子たちが居るから 愛情を持った人達がこの場所に集まってるんだ

僕は ブループリントのことを思い出した

人はこの世の中に生まれてくる前に 

人生の目的をブループリントに書いてくるらしい

その中には どの両親の間に生まれてくるか 男か女か 容姿はどうか

国は そして人生の目的は・・・etc


その時 気づいた

ひょっとして この子ら 

自分で障害を持って生まれてくることを選択してるんちゃうか!!

この子らが居るから この場所に 

この一箇所に 多くの愛の人が集まってるんやん!!

きっと そうや 

この子らは 自分で障害を持って生まれてくることを選択してきてるわ!!

僕は すごい衝撃に駆られた

もし それが本当なら この子ら すごいわ!

すごい根性してるわ! 俺 絶対勝たれへん!って思った


知的障害者の子供たちと接するのは初めての経験で

よく 街の中で見かけることはあったが なんとなく見てたって感じだった

その仕事で一番初めの仕事がたまたま障害者施設の中で祭りがあって

その祭り間 一人の利用者の子を介護するって内容だった

周りにはたくさんヘルパーさんがいるので 

初めての仕事にはぴったり って感じだった

朝 施設に行くと社員の方から 

障害者の子供とお母さんを紹介してもらった 

子供は小学校3年生ぐらいだろうか(Hくん)普通の子とほとんど変わらず

かわいい感じの子供だった

その子と二人になってから 焼きそばを買ったり 展示物を見たり

休憩所で休憩したり 僕にとっては施設自体 初めての体験なので

あちこち うろうろした ふっと見るとHくんが急に走り出した

ありゃ どこ行くんやろって見てたら建物の中に走って入っていった

後で分かったことだけど 勝手に走り出したらすぐに追いかけて

つかまえないといけなかったらしい

僕はそんなこと教えてもらってなかったので後を追うように

探したが どこに行ったのかぜんぜんわかんなかった

すると2階の部屋で一人で居たのを見つけて つかまえた

ほー なんかしらんけど このまま見つからなかったら

ほんま やばかった 

それからは 手をつないで一緒に あっちこっち行った

しばらくすると 校庭で音楽コンサートが始まって

Hくんと一緒に見てた

施設の社員の人がギターを持って 弾き語りをしてた

ふと 周りの状況を見ると

僕と同じように障害者の子を介護してるヘルパーさんや

その家族の人達 施設の社員の人達 たくさんの人が

にこやかな笑顔で その歌を聴いてる 

なんか夢の中にいるって感じだった




1月の半ばから このインド旅行までまったく仕事はしてなかった

やばい! 仕事しないと貯金が無くなっていく

インドから帰ってからは 職安に行ったり 就職情報見たりした

福祉の仕事がしたくて ヘルパー2級を取ったんだから

福祉の仕事を 徹底的に探した

しかし ほとんど電話の時点でボツ

どうにかこうにか面接できても ボツ

ひどいところなんか 電話すると「今担当のものが居ませんので

伝えておきます 帰りしだい電話させます」 って言ってから全く電話なし

僕もめげずに日にちをあらためて

3回電話して3回とも同じ対応だったのには驚いた

そりゃそーだよなー 40歳でヘルパーの仕事初体験だったら

ほとんどパスされるよなー って思った

でもめげずに 行動してたら コムスンにすんなりokをもらった!!

やったー!!! 最高じゃん!

て意気揚々 仕事内容を聞けば 1週間に2回だけで

一つは 人工透析を受けるおじいちゃんを

自宅から歩いて5分の病院に送る仕事(30分)

もう一つは自宅から歩いて10分の病院におじいちゃんを車椅子で押して

送って診察を受け また自宅まで車椅子で送る仕事だった(2時間)

1週間で2時間半の仕事1ヶ月で10時間にもならない 

月給1万円ちょっと・・・でも 久々に仕事できるし

一番したかった仕事が出来るだけで幸せだった!

この仕事は10月から始めたが 他にも仕事ないか一生懸命探した

すると あったあった 知的障害者のヘルパーの仕事だ

そこに面接を受けに行き 見事合格!

正社員じゃ なかったけど 

登録ヘルパーとして仕事をもらうことができた!





いやー やっぱ インドはおもしろかったっていうか

ある意味 怖かった

でも いい経験ができたなーって思った

いい友達もできたし・・・って思った

それより ぷー太郎なのにずいぶんお金を使ってしまった

インドに行く前に チャクラリーディングで言われた

「いろんな経済の問題 

いろんな時間の問題とかあるじゃないと思うかもしれませんが

必ずサポートが入ります 躊躇せずにやってください」  

を思い出した

サポートが来るって事は お金が入ってくるんやろなー

って思ってたら 入った!

まず 友達がパソコン要らない?

15万で買ってほとんど使ってないパソコンなんやけど

3万でどう?って言ってきた

即決でok!これってサポート?って思いながら買った

その後 しばらくして 車で走ってる時 気がついたらパチンコ屋の

駐車場に車を停めてた

ありゃ ここ数年 ほとんどパチンコには行ってないのに

なんでこんなとこに居るんやろ?って思いながら

パチンコ屋に入ったら 千円で確変が来て 出るわ出るわ!!

何時間もパチンコをするはめになった

途中 これってサポートやんって気づいたが 

こんな方法でサポートせんでも いいやん 

ほんま疲れるわーガイドー!!!

って思いながら 打ち続けた

連チャンも終わったので 換金したところ101150円だった

なんやこの1150円の端数は?って考えたら

1000円は僕がつぎ込んだお金 後の150円はパチンコ中

自動販売機でジュースを買った150円だと解った

(パチンコ屋の自販機は高い)

ほー ガイドも粋なことするなー

これは私たちからの サポートですよって

おちゃらけたメッセージやなーって思った

でも パソコンとパチンコで計22万円の収入!?

パソコンはちょっとなー 

って思ったが以前からパソコンは欲しかったので 

うれしかったし ありがたかった!

 


とうとう最終日 ババの施設を出発した

なんか長いようで 短かったなぁ

バンガロールからクアランプールで乗り換え

すると クアランプールで喫煙所を発見した!

行きしなは いくら探してもなかったのに あった!

僕は たばこを吸ったが ぜんぜん おいしくない!

あー これはタバコをやめろっていうメッセージなのか!?

と思いながら 何本も吸った







そして成田空港に着いて成田で一泊して

あくる日 関空にお昼頃 到着した

関空に彼女が迎えに来てくれてた

あー やっと着いた! でも ほんと疲れた

自宅に帰ってから インドで起こったいろんな話をした

彼女が帰った後 ものすごくお腹が痛くなった 下痢だー

その日は 深夜まで腹痛で 何度も救急車を呼ぼうって思ったが

気がついたら お腹を押さえたまま朝になってた

腹痛は治まってた 

なんなんや?あのペプシ?ミックスジュース?

ひょっとして食堂で飲んだコーヒー?

なんしか インドの水は 危険だ!って事がしみじみわかった

インドの旅も もう終わりに近づいた

Mさんが 最終の日に筆記用具やお菓子なんかを買って

近くの学校をまわってみない?って言ってきた

最終の日の予定は みんなで観光をする事が決まってた

僕はどうしようか迷った

その時 リーディングの言葉を思い出した

「2つの選択で迷った時 あなたにとってどちらを選ぶ事が

あなたの中の愛なのか自分に聞けば分かるでしょう 

あなたには愛のほうに行ってほしいっていう願いがあります」だった

僕はMさんと一緒に行こうって決めた

最終の日Mさんと一緒に施設内でノート ボールペン

お菓子 etcを山ほど買った

ダンボール箱 5箱位になった

ツアーのインドの添乗員さんに声をかけて

学校の案内をしてほしいと交渉したら 気安くokをもらった

3台のタクシーバイクを呼んで荷物を3つに分け

僕たちは出発した 心地よい風があたって 気持ちよかった



しばらくして小学校?に着いたら 

子供たちが授業を受けてた 

学校の先生にインドの添乗員さんから説明してもらって

了承してもらい 一人一人に配ることが出来た

「ナマステ」って言って ノートとボールペンを渡すと

ニコニコの笑顔で「ナマステ」って言って手を合わせておじぎをしてくれる

本当に目がキラキラしてて かわいい子供たちばかりだった

ほんとうに 心が癒された

インドに来て よかったって思った















おみやげをいっぱい持って アパートに戻った

途中 またペプシとミックスジュースを買った

今日はなかなか おもしろかった

しばらくして Mさんが帰ってきて 一緒にレストランで食事をした

そして 食後に集合が かかった

明日 サイババの前で僕たちが歌うことが決まったというのだ

ほー とか思いながら 明日はパジャンに出ようって決めた

あくる日の夕方?朝?パジャンに出た

そして日本人だけ特別ルームに呼ばれた 

みんな緊張した面持ちで サイババの来るのを今か今かと待った

そして サイババまたまた登場!

ほんと 至近距離にババが来た

僕からサイババの距離は ほんの6・7mだった!

後で聞いた話によると 毎年ここに来てる人でも

目の前でババを見ることは めったにない事だそうだ

本当にツイてた!

それからババは静かに椅子に腰をかけた

椅子の肘掛けには細長いタオル(幅20cm長さ1m位)が掛けられていた

僕たちが歌いだすと ババは目を閉じて聞き入ってた

その後 僕たち一人一人に目を配ってる

その時 確かに僕とババの目が合った

歌を歌ってる人の中には 感動のあまり泣いてる人も居た

ババの髪の毛は 僕が想像してたアフロじゃなく

髪の毛が放射状に伸びてた 僕にはオーラは見えないが

どこまでが髪の毛の先かという 境界線がわからなかった

晴子さんが言うには ババのオーラはものすごく大きいとの事だった

ババは歌を聴きながら ときおりタオルで口元を拭いてた

後でMさんから聞いた話によると

ババは瞑想状態になってて その状態になるとよだれが出てくるらしい

Mさんは ババはそのよだれを拭いていたんだって言ってた

ふーん そうなんか 

そんな瞑想状態になったことないから なんとも言えなかった


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