アーシングエブリナイト -49ページ目

アーシングエブリナイト

10年間、夜は導電性シートを使ってアーシングをしながら寝ています。目覚めた時、ゼロボルトの脳とカラダは純正の私そのもの。紡ぐ言葉も私そのものでありたい。

窓を開けて風通しを良くすると、ぐっと体調が良くなる人がいる。

単に、季節を感じるとか、さわやかだとか情緒的な話ではない。

私もそのひとりだ。

家電の電磁波カットの工夫をして、毎晩アーシングをしても、

暖房器具の電源を切る季節というのは、ダメージが減り、開放感がある。

また。

今の時代、家の中の「モノ」は、温度の上昇や摩擦で、知らず知らず、

体にたまるとよくないものを発生している。

自然の風は、それらをのせて、外へ抜けてくれる。

 

ただ。

家を短時間でも空ける時は、窓を閉める。

野焼きや農薬散布が、予告もなしに行われるからだ。

これは、田舎暮らしの盲点だった、と痛感している。

以前、留守中に、隣の空き地に除草剤を大量に撒かれたことがあった。

知らずに被曝し、漠とした不快感と頭痛に苦しんだが、

即行、アーシングをして、症状が治まった経験がある。

(居間の導電性シートを使ったアーシング)

これは、目から鱗だった。

化学物質も電磁波と同じ負の環境因子で、体内に活性酸素を増やす。

アーシングは、大地から抗酸化物質の自由電子を、体内に取り込むことで、

体内で起きた炎症を修復してくれる。

この出来事があって、化学物質過敏症の人にもアーシングを薦めている。

もっとも。

電磁波に過敏な人は、程度の差はあれ、化学物質にも過敏だ。

 

過敏症の人は、よく眠れない、という人が多い。

導電性シートを使った就寝しながらのアーシングは、質の良い睡眠をくれる。

よく眠れる。ということは、体の炎症が修復していることの裏付けだ。

慢性炎症を抱えている人ほど、アーシングの効果を実感してもらえる。

私がそうだったが、アーシングを続ければ、

心と体の軸が、本来のあるべき場所に戻っていくのを体感できる。

 

 

 

 

 

朝、ごみ捨ての帰り、久しく嗅いでいなかった匂いがした。

近所の若いお嬢さんが、庭先に立っていた。

フルーティーな、シャンプー?衣服の柔軟剤?の匂い。

屋外だったので、通り過ぎれば、それきりの話だった。

コロナ関連で、家族が一緒にいる時間が増えている。

化学物質過敏症の人でなくても、

家族の放つ甘ったるい匂いが苦手な人は、

長時間、同じ空間に居ることは、苦痛かもしれない。

家族といえども…。

 

電磁波測定やアーシングの設置で伺ったお宅で、ある壁に当たることがある。

家族。という壁だ。

例えば、一戸建てのお宅で、

アーシングは地面にアース棒を打ち込んでアースを取った方がいい、と勧めても、

家族がいるので、自室のエアコンのアース端子でいい、と言う。

もちろん。

きちんとアースが取れているか測定するので、問題ないが、

アーシング推奨者としては、大地と直接つながって欲しい、と思ってしまう。

家族の手前、大げさにしたくない、という思いらしい。

少しでも、家族への気遣いを解消できたらと、

アース線も、細めで、色も茶と白を持ち歩いている。

家族の共有部分をアース線が這う場合、目立たないようにできる。

 

もっと、悩ましいのが、無線LAN。

有線にした方がいいと勧めても、二の足を踏む。

家族が便利に使っているものを、

失くすわけにいかない、というわけだ。

家の中に高周波が飛ばなければ、うんと体の調子は良くなるのに…

と思いながら、そのお宅を後にすることがしばしばある。

 

これは、私の考えだけど、過敏症と言われる人は、

気遣いができる人が多い。

優しいし、センシティブだ。

それでいて。

生きにくさという大海原を、小さな船に乗って必死で漕いでいる。

弱虫でない人たちだと思う。

 

 

冬は、電磁波過敏症の人は、体調が悪い。

まず。

部屋に稼働する電化製品が増える。

加湿器、エアコン、炬燵、ホットカーペットなどなど。

暖房器具は、体との距離が近いので、電磁波をまともに浴びている人が多いと思う。

 

それと。

衣類の着脱や物質との接触で発生する静電気。

湿度が低いほど、静電気が体にたまりやすい。

水は電気を通すので、湿度があれば、静電気は空気中に放たれる。

部屋に暖房器具が多いほど、部屋は乾燥する。

おそらく、加湿器では追い付かないのでは?と思う。

私は、アウターを除いて、身に付ける衣類のほとんどが綿製品だ。

衣類には、プラスに帯電しやすい素材と、マイナスに帯電しやすい素材がある。

『帯電列表』で検索するとよくわかる。

「皮膚」は「木綿」の近くにあるはずだ。

二つの物質の距離が近いほど、接触による静電気は起きにくい。

衣類だけでなく、ソファーカバー、クッションカバー、枕カバー、布団カバー、シーツなど、

触れるものすべてが綿製品なので、暮らしの中でパチパチパチ、ということない。

 

家電や屋内配線の電場も体にたまる。

電場がたまると、自律神経の乱れや皮膚の異常がみられる、とある。

私の場合、鬱の症状が出る。

家電の電場カットや、静電気が起きない衣服選びなどにこだわる理由だ。

 

炬燵、ホットカーペット、電気毛布から発生する電場は、

あっという間に鬱の状態に引き込む。

体に密着する暖房器具は要注意だ。

これらは、人に譲る気になれず、ほとんど新品のまま廃棄処分した。

 

 

 

 

知人の女性起業家が、言った。

言葉は、言うか、言わないか迷った時は、言わない方がいい。

でも。

行動は、迷った時は、起こした方がいい、と。

 

ある集会でのこと。

椅子は既に参加者で塞がり、

会場の後ろは、たくさんの人が立っている。

その中に、杖を持ったお年寄りがいる。

隣の参加者が、「大変ですね。大丈夫ですか?」と優しく声を掛ける。

お年寄りは、丁寧にお辞儀をして、思いやりの言葉に感謝をする。

と。

少し離れて、同じように立っている参加者のひとりが、人の群れから離れ、

入口に立つ、バッジを付けたスタッフに耳打ちをする。

そして、元の立ち位置に戻った。

程なく、スタッフは一脚の椅子を持って現れ、お年寄りに勧めた。

お年寄りは、スタッフが自主的に持ってきたと思っただろう。

もちろん。それは、どうでもいいことだ。

時として、きれいなだけの言葉は「中身を持たず」軽い。と、言いたかった。

 

小池都知事が、志村けんさんの死を「功績」と言った。

身内の見舞いも、遺体の対面もなく、お骨となって実兄に抱かれ、帰宅した志村さん。

美しい死などないが(何かしらの後悔があるという意味で)、

無念で無残な死であると、私は思う。

「功績」という発言が許されるのは、TVで知る限り、実兄の方だけだと思う。

当然、悲しみの最中、そうした額に入ったような言葉は、思いつきもしないだろう。

悲しみが本物だから、だ。

 

若い頃、自律神経失調症と診断されたことがある。

朝、起き上がれずにいると、身近な人から、ぐうたら、と言われたつらさは今も覚えている。

トーマス・カーライルの「人生の目的は行動であり、思想ではない」という言葉を手帳に書いて、

変わりたい変わらねば、と心に言い聞かせた日々があった。

格言は、その人を変えなければ価値がないと思っている。

 

トーマス・カーライルの言葉で、

「この国民にして、この政府あり」、というのがある。

国民は自分と同じ程度の政府しか持てない。という意味。

自虐の言葉にもなるし、クオリティの高い国民なら、誇れる言葉だ。

 

 

 

 

アーシング推奨者として、

自分でも矛盾してるな、と思うことがある。

庭の草取りに、手袋をすることだ。

素手で行えば、立派なアーシングだ。

 

爪の間に土が入るし、

何より、毛虫の毛が、素肌に触れただけで大変なことになる。

毎年、やらかすが、毛虫の毛が首周りから入り込むと、

胸から上のあたりは発疹だらけになる。

服の上から掻いてしまうのが、毛虫の毛をあちこち動かしてしまうらしい。

軍手の上からムカデにかまれたこともあり、

到底、素手では土いじりはできない。

 

子供の頃。

外遊びの時間は、アーシングの時間だった気がする。

わかり易いところで砂場遊び。

砂場と水場の間は裸足で行き来した記憶がある。

鉄棒、運てい、登り棒など土に設置した金属の遊具は、

今のように素手が触る金属部分に塗料でコーティングはしていなかった。

鉄棒などは、錆びたりしてたから。

手に豆を作りながら、アーシングをしていたのだ。

かくれんぼ、鬼ごっこ、缶蹴り。

木や草の陰に隠れ、地面に這いつくばって、逃げ回っていた。

これも何気にアーシング。

そう、靴は履いていたが、いつも素手だった。

 

何度も書いているが、アーシングをすると、負の環境因子に対して耐性ができる。

アーシングは傷ついた細胞を健康な状態へと、リセットすること。

つまり、身を守るバリアがいつも新しいから、負の環境因子に太刀打ちできる。

 

溢れる化学物資、電磁波などと折り合って、人生を謳歌するために、

体調不良で、なりたい自分になれなかった、そんなことが起きないために、

現代は、子供時代からアーシングを始めて、続けて欲しい、と思う。