アーシングエブリナイト -23ページ目

アーシングエブリナイト

10年間、夜は導電性シートを使ってアーシングをしながら寝ています。目覚めた時、ゼロボルトの脳とカラダは純正の私そのもの。紡ぐ言葉も私そのものでありたい。

久し振りにパンを焼いた。

何かを「生産」したくて作った。

ところで。

アーシング生活を始める前に、パンが好きか、と訊ねられたら、

大好きと答えたと思う。お米より好き、と答えただろう。

思い返しても、私は「粉」が好きだった。

それが高じて、パン作りを始めたわけで、焼き立てを頬張った後は、小分けにして冷凍し、

小腹が空けば、一つ二つと食べた。

しかも、冷凍のまま食べた。「粉」の食感が強く感じられ、美味しかった。

街を歩いても、ミスタードーナツを見つけたら、必ず入店して、ドーナッツを食べた。

好物は「ポン・デ・リング」シリーズで、あのもちもち感が好きだった。

でも、ひとつ食べれば充分で、体に粉が入れば落ち着く、という感じだった。(思い返せばそんな感じ)

それが、アーシング生活を始めて、いつしか、本当にいつしか。

「粉」に執着しなくなった。

スーパーに行っても、菓子パン売り場をウロウロしなくなったし、

パン作りからも遠ざかった。

玄米を精米し、ガスで炊き上げる御飯が堂々、主食になった。

ブログを始めて、たくさんの食のエキスパートの方々の教えを頂くようになり、

(こちらがブログを勝手に読ませて頂くという意味)

私は無自覚のグルテン依存症であったと思う。

そして、感慨深いのが、アーシングが、この偏りを正してくれた、ということだ。

 

この日、焼いたパンは、焼き立てを二つ食べて、ご近所に差し上げて、残りは冷凍した。

しばらくは、朝食に自然解凍して、ひとつずつ食べて、さばこうと思う。

 

アーシング生活で食の変化がもう一つ。

肉が好きになった。肉を食べると力がみなぎる感がある。

温泉旅館の夕食でも、ちまちました懐石料理ではなく、

ドンと、厚切りステーキコースを選ぶようになった。

体に良いとか悪いとかではなく、内なる叫び(欲求)に従っている。

世の中には色んな健康法があるけど。

本能が研ぎ澄まされるのは、アーシングだけかもしれない、です。

 

久し振りに再会した友人はとても元気だった。

5、6年前、友人は美容院でカラーリングを済ませ、自宅に戻って、頭と顔が腫れ上がった。

ジアミンアレルギーの症状だった。

すぐに治療を受け、事なきを得たが、二度とカラーリングはできないと医者から宣告された、と言う。

友人の自宅を訪れたのは、その出来事から半年ぐらい後で、ひどく落ち込んでいた。

「すごい白髪でしょ」と友人は言った。

私が、ジアミンを含まない染料を使えばいいのでは?と訊くと、首を振り、

何かあったら怖い、アナフィラキシーショックが起これば、命にもかかわるんだって、と言った。

丁度、花粉の季節で、友人は鼻詰まりの声だった。

風邪っぽいし、色々な薬を飲んでいるから、ぼーっとしてる、と友人は言った。

確かに、体調が悪そうだった。

私はアーシングを勧めてみた。

私の場合は、と始め、

坐骨神経痛に効くと聞いて試したら、疼痛はなくなるし、

長年の疲れやすさも、冷え性も改善して、

何より、薬の類は一錠も飲んでいないんです、と話した。

友人の覇気のない様子を見て、是非、試してもらいたくて、

友人の反応も確かめず、寝室に向かった。

エアコンのアース端子を確認し、ベッドまでの距離を頭に入れ、

すぐに、アーシングセットを送ります、と約束した。

友人は、就寝しながらのアーシングを始めた。

ただ、アース端子はきちんとアースが取れているか、確かめなかったのが気になったが、

家猫君が導電性シートの上から離れないと聞き、しっかり地面と繋がっている、と安心した。

 

で。

友人に久し振りに会った話に戻ると。

友人は美しかった。

ボブカットのグレイヘアで、生き生きと近況を語った。

元々手先の器用な友人は、今は、手作り作家となり、ネットショップで、作品を紹介し、販売している。

花粉症も年々、軽くなっている、と言った。

アーシングは今では当たり前の様に続けている、よく眠れる、と言った。

 

アーシングを勧めた人には、アーシング効果で体調が良い時間が出来たら、

好きなことをしたらいいですね、と言う。

好きなことに集中する時間は、抗酸化作用を高めてくれる。

体のアンバランスは、自分らしい生き方を見つけて実践する喜びが高まれば、

バランスを取り戻す,ことがある、と思っている。

アーシングがその軌跡の始まりになる人もいる、と思っている。

 

 

 

 

 

 

映画『「レヴェナント:蘇りし者』。

熊に襲われたハンターのグラス(レオナルド・ディカプリオ)が、

瀕死の体で森の中をさまよいながら、見事復活し、息子ホークの仇を討つ物語だ。

息子の仇を討つまでは死ねない、という強い気持ちが、彼の蘇りに繋がったことは言うまでもない。

そして、それを後押ししたのが、アーシングの力だ。

大地はもちろんのこと、大地と繋がる木や草や岩や水や生き物が彼に触れて、

傷が癒され、命が蘇った。

先住民による祈祷の場面もあったが、これも、大地の上で為された。

かつてインディアンは、傷を負った子供を、裸に近い状態で、

土を掘った穴に入れて治したという逸話もある。

 

何が言いたいか、というと。

アーシング推進者のアーシング自慢ではなく(それもあるけど)、

大地は、生きることに執着する者に向けてその力を更に発揮する、ということだ。

生きたい、生きて為すべきことがある―その屈強な心があってこその大地の恩恵だと思う。

これは、スピリチュアルな話ではなく、きちんと体と大地のメカニズムが働いている。

つまり。

生きる意欲には抗酸化作用があって、アーシングの持つ抗酸化作用と重なり、

細胞の修復が早まるという、相乗効果があるのだと思う。

どんな健康法もそうだと思う。

生きることに執着してこそ、健康法は力を発揮してくれる。

 

グラスは、仇を討って事を成就した後、顔からは猛々しさが消え、

極寒の森の中で、唐突に、恐怖に近い孤独に気付く。

彼の苦悶の表情で映画は終わる。

ディカプリオは、繊細な表情を作るのが上手い。

『ギルバート・グレイプ』のアーニー役が、彼の作品の中で一番好きだ。

演技力も彼の作品史上一番だと思う。

 

 

以前、高齢者施設に入居している知人の母親に面会したことがある。

前回、面会した時は、表情に乏しく、元気がなく、話しかけても、会話が成り立たなかった。

で。

この日は、何かしらの刺激になればいいと思い、

女性の息子である知人の近況を一方的に話した。

知人が近頃歯の調子が悪く、抜かなきゃいけないようだ、と話したところで、

「入れ歯にしたらいい」、と聞こえた。

面会した場所は、談話室みたいなところで、ざわざわとしており、

にわかに、目の前の女性の言葉とは思えず、キョロキョロすると、

彼女は先程の言葉をもう一度口にした。

「入れ歯にしたらいい」。

女性は真っすぐと私を見て、にんまりと笑っていた。

驚いて、思わず、私が誰か判るかと訊ねると、私の名をフルネームで言った。

それから小一時間ほど、

ゆっくり、のんびり他愛もない会話をし、女性に別れを告げ、施設を後にした。

 

私は知人に、この日の出来事を報告をした。

知人は、謎解きをした。

私が以前、知人に抗酸化作用があって、物忘れに効くよ、とあげたサプリの

トランスフェルラ酸を母親に飲ませている、と言ったのだ。

ただ、介護士に頼むのは憚られ、家族が面会した時に、飲ませている、と言った。

最初、半錠を飲ませると、その夜、寝付けなかったようだ、と介護士から報告を受け、

4分の1錠を飲ませている、と言った。

フェルラ酸の脳の活性効果が、覚醒に繋がったのかもしれない。

知人は、施設には秘密裡で母親に飲ませているので、長期的な効果は望めない、と言った。

果たして、母親の近頃の頭の切れの良さはフェルラ酸の効果だろうか、とも言ったので、

それは、フェルラ酸の効果だと思う、と言った。

サプリに詳しい友人がデータを持っていて、それによると、

まだらボケのような症状の人には効く、らしい。

つまり、あれ?今までと違うかなと思った時点で飲めば、フェルラ酸は効果がある、ということだ。

実際、フェルラ酸含有のサプリはアルツハイマーや認知症を遅らせる効果があると、

利用している医療機関もある。

知人の母親は車椅子生活なので、施設での暮らしを余儀なくされていて、

自宅での介護が可能なら、もっと積極的にフェルラ酸を摂り入れていただろうと思う。

 

昨日は暖かく、庭の草取りをした。

この時期は、毛虫がいないので、右手に草取り鎌を持ち、

左手は素手で草を抜いた。アーシングだ。

2時間ぶっ通しで抜いたが、軍手を付けた時と疲れ方が違う。

この時期、素手で土いじりがお勧めです。

アーシングの抗酸化作用が、不調の元の活性酸素をやっつけてくれる。

現代社会は、どんなに細胞の炎症を修復したところで、また、同じ細胞が傷つく。

賽の河原の石積みのようなものだけど。

この不断の努力をするかしないかが、免疫力の差になる、かもしれないです。

 

 

 

 

 

 

ずっと図書館が好きだった。

いつの頃からか、勇んで行くのに、図書館に足を踏み入れると、

早々に帰りたくなった。気分が落ち着かず、集中できなかった。

自分でも説明がつかぬまま、いつしか、

図書館は本を読む場所ではなく、本を借りるだけの場所になった。

 

アーシング生活を始めると、

照明が降り注ぐスーパーに行ったり、

実家でシーリングライトの真下の椅子に座ると、

やたら生あくびが出て、頭がぼーっとする原因に気付いた。

蛍光灯やLEDの白い明かりが、脳の血管を詰まらせ、集中力を奪うのだ。

照明から頭まで距離が十分にあっても、光が届くことで、脳が何かを感知するらしい。

電磁波測定器では測れない電磁波ということだろう。

で。

図書館に長居できない理由も同じではないか、と思い、

ある日、実験を兼ねて、地元の図書館に出掛けた。

書架の上の天井にはいくつも直管蛍光灯(あるいはLED)が並び、

昼間でも、煌々と明かりが点いている。どこの図書館も似ているかもしれない。

書架から本を取り出し、立ったまま、白い明かりの下で本を広げて文字を追ってみると、

やはり、頭がぼーっとして、気もそぞろになる。

少し離れた窓際に、椅子があった。近くの天井に照明はない。

椅子に座り、本を開くと、陽の明かりで本を読んでみた。

体も脳もリラックスしている感があり、そのまま数ページ読んだ。

 

地方の図書館は、うまく太陽の明かりを取り入れているスペースがある。

今、住んでいる地域の図書館もそんなスペースがあって、

読書をする時は、そこまで移動している。

以前よりは、長居できるようになったが、昔と違って、今は、図書館には高周波が飛んでいる。

まったり陽だまりで読書をしていても、隣の人がスマホをいじっている、という現実。

そうなると、早々に引き上げて、電磁波カットの我が家で、

アーシングしながらの読書が一番だ。(集中力が増します)

 

ところで。

以前、買ったばかりの学習机で勉強すると、頭が痛い、という入学したての女の子がいた。

机の備え付けLEDライトから頭まで30センチくらいで、

机に向かう時間が長ければ、電磁波の影響はあると思う。

母親に、試しに、白熱灯のスタンドに変えてみたらいい、

その時は明かりは手元を照らすようにして、頭は光源から距離を置いた方がいい、と言った。

しばらくして、母親から、女の子の体調が良い、と連絡があった。

女の子の生活全般を知らないので、何が悪くて何が良かったのか軽々に言えないが、

私は、勉強机の照明の光源は、できるだけ頭から離した方がいいと思っている。

 

図書館の話に戻るけど。

学習室のようなところは、白い明かりで満ちている。

私のような気ままな大人は、体調が悪ければ、退出できるけれど、

受験生などは、そうはいかない。

でも、集中力を欠いたり、勉強の進み具合の効率が悪かったりしたら、

白い明かりを疑って、そこからリタイアする勇気も必要、かもしれないです。