三つ子の事件。

次男が亡くなり、ママが3年6ヶ月の実刑

 

裁判から1週間で

「執行猶予希望」署名2万を突破・・・

 

多くの反響が出ているニュース

 

 

 

どうして助けを求めることが

できないのか・・・

・どうしたらいいのか・・・

・不妊治療の後の子育て・・・

 欲しくて授かったのだから

 弱音は吐いてはいけないのか。

 

 

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三つ子の次男を死なせて実刑判決を受けた母に、執行猶予を求める署名が2万を突破。当事者が語る共感の理由

3/22(金) 9:19配信

ハフポスト日本版

生後11ヵ月の三つ子の次男を床にたたきつけて死なせたとして、傷害致死の罪に問われた愛知県豊田市の母親(30)が3月15日、懲役3年6カ月(求刑懲役6年)の実刑判決を言い渡された。判決で、母親は想像以上に過酷な三つ子の育児でうつ病の状態だったが、犯行時に責任能力があったと認定されたという。

署名サイト

この判決に対し、SNSでは育児経験者を中心に擁護の声が広がっている。オンライン署名サイトChange.orgでは、「母親が子育てしながら罪を償えるように」と、執行猶予を求めるキャンペーンも始まっている。

発起人は、大阪で5歳の三つ子を育てている直島美佳さん。「居ても立ってもいられない」と、判決を知った日の夜、署名キャンペーンを立ち上げた。

「彼女は『特別』ではない。なぜ虐待死をさせてしまうほど追い詰められていったのか、よく分かる」と訴える直島さんに取材した。(中村かさね/ハフポスト日本版)
 

(※以下、小見出しのみ掲載。詳しくはリンクへ)

■「彼女だからこの事件が起こったのではありません」

(省略)

■睡眠不足で気力と感情が失われていく

(省略)

■逃げ場がない過労死寸前みたいな状況

 

(省略)

■育児が辛い、しんどい
(省略)
 
中村 かさね (Kasane Nakamura)

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190322-00010003-huffpost-soci&p=2

 

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このニュースは15日の判決を

うけてのものです。

ブログの下の方に載せます。

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メールのご登録をいただいた方々と
メッセージを交わしています。

ある1人のママからも

弱音をはくことに抵抗がある

と言われました。

 

詳細はお伝えできませんが、

三つ子の事件を受けて、

どうして助けを求められないのか

書いてみようと思います。

 

 

 

何年かさかのぼって・・・

私が双子育児について知ったのは

親友が双子ちゃんを授かったことから

始まりました。

 

彼女が管理入院することになり、

ちょうど退職した直後の私は

時間がたっぷりあったので

遊びに行く感覚で

病院に通いました。

 

彼女のお母さんや妹さんとも

連絡をとりあう仲なので、

「どんな様子?」

「今けっこう大変そう」

「ストレスきてる気がする」

「いつ行きます?」

などなど

情報交換をしていました。

 

 

体の痛みなどはもちろん

切迫のプレッシャーとか

不自由な生活

出産予定日まで3ヶ月・・・

 

 

病院で話をしていると

となりのベッドから

シクシク泣き声が聞こえて

くることもありましたぐすん

 

 

みんな戦っている・・・あせる

 

 

そう思いました。

妊婦さんの頃から

人知れず!

 

 

入院中がキツいだなんて

こんなにも精神的に

追い詰められるだなんて

あまり知られていません。

全くかもしれません。

もちろん人にもよりますが。

 

単胎の子どもを授かる以上に

2倍、3倍の不安感、辛さを

抱えている人が多いです。

 

 

親友の彼女から

たしか

「また来てね」とは

言われることは

ありませんでした

 

 

 

「気をつけて帰ってねあせる

 ありがとね~あせる

そんな風に恐縮され

お礼を言われる感じでした。

 

車で片道45分かかりました。

そりゃそうです。

気を遣わせる距離。

 

だから、

私も自分の悩みを聞いて

もらったりして、なんとか

平等に?というか

気遣いを最小限にできるよう

こちらが来たくて来ている。

ということを分かってもらいたく

 

「色々聞いてくれてありがと~」

「頑張るね~」

などと、言って

普通通りにお別れしました。

 

私も本当に、彼女の力を借りました。

 

 

できれば1日おきくらいに

通いたかったのですが、

彼女の希望で

2日おきくらいになっていました。

 

でも、

「また来てね」

とは言われませんでしたが

 

約束をこちらから取り付けて

断られることもまた

ありませんでした

 

慣れてくると、

「今週は火、木、金」

「どこか2回行きたいんだけどどぉ」

など聞くようになりました。

 

 

当初、図書館の小説

ハードカバーの分厚い本など

彼女のリクエストを聞いて

3、4冊くらい持っていくことも

ありましたが、

次に行く時には

数冊すでに

読み終わっていました。

 

 

長い入院生活の楽しみ

毎日1回、どなたかの生まれた

赤ちゃんを眺めに行く

ことのようでした。

 

 

基本的に極力

歩いてはいけないので

トイレのついでなどに。

 

ご飯を食べるのも

歩くのも

ベッドの上で

少し動くのも

どんどんしんどく

なっていき、

 

色んな人からの

お土産のデザートや

お母さんの手作りおかずが

冷蔵庫にどんどん

たまっていく状態に・・・

後半は

「これ食べて」みたいな状態にあせる

 

本も持つとお腹に力が

入ってしまうから

読まなくなっていきました。

文庫本ですら。

 

テレビのカードを差し入れ

ようかと思ったら、

ひどく恐縮されました。

 

長い入院生活だから冷蔵庫

のカードに回すだけで

精一杯。

 

 

でも、お腹が大きくなれば

なるほど、精神的に

とても心配になっていきました。

 

点滴も始まりました。

 

弱音は吐きませんでした。

「精神的に不安定」

みたいなことは。

 

言ったら泣いてしまいそうに

なったからかもしれないし、

言ったら、その気持ちを

強くしてしまうかもしれないし、

「なんとか頑張る」

強い気持ちを折りたくなかったの

かもしれないし、

考えたくなかったのかもしれません。

 

 

私も敢えて

聞こうとはしませんでした。

 

私たちはいつも通り

たわいのない話をして

それまで通り、時間をつぶして

一緒にただ過ごしました。

辛いことを考えない時間に

しようと思いました。

たぶん、彼女が望んでいたことです。

 

 

日に日に

見るからに「しんどい」

雰囲気を感じるようになりました。

1日2回?だったかあった

NST(ノンストレステスト)

・・・これもストレスの元もやもや

 

検知できないときになる音や

その後の対応など、

本当は看護婦さんを呼ぶ

それ事態も1人では大変でした。

 

だから、なるべくその時間帯には

必ず居られるようにして、

私もお手伝いするなど、

1日1回でもストレスを

なくせるように気をつけました。

 

 

旦那さんが週末に来られる時は

かなりホッとしました。

(お母さん情報で仕入れる)

「今週末は来てくれるって!」

「よかった。とりあえず!」

などとやりとりしました。

 

 

彼女が本を読めなくなってからは

どうしようか悩み、

ポータルラジオと電池を

プレゼントしました。

「いずれ災害用にも欲しいから」

ということで。

 

これは、結構

喜ばれたように思います。

テレビの代わりですひらめき電球キラキラ

 

 

そんなこんなで、

出産を迎えていきました。

月末を予定していましたが、

お医者さんの判断で

急きょ10日くらいは前倒し。

 

越えたい週数はクリアして

もう、それより

限界だろうとのこと。

 

すぐに出産日が来ました。

 

 

 

入院中、最後にあったのは、

出産前日。

 

 

入院中1度も見たことのない

晴れやかな顔をしていて

ひそかに感動したのを

覚えています。

 

もうこのお腹ともお別れだ・・・

そんな風にしみじみと

話をしていました。

 

よく頑張ったねえーんえーん

そう思いました。

安堵と達成感、

力強さを感じる表情

でした。

 

出産を迎える不安感など

みじんも感じさせない

母の強さに

圧倒もされました。

 

 

子どもたちが生まれたときの

メールには涙が出ました。

みんな無事!!!

 

 

本当によく頑張った・・・

2人合わせて4000g以上

小さな体がパンパンになって

お腹周りは100cm以上でした。

リンパは遮断されるのか

体の痛みはあちこち。

寝返りも打てない、

ろくに寝られない。

動けない。

不自由。

精神不安定。

出産が早まらないようにしなきゃ

子どもの発育が・・プレッシャー

食べなきゃ・・食べると苦しい。

 

本当に、すごい生活でした。

 

 

 

長くなってしまいました。

妊婦さん時代から

助けを求めることなんて

できっこない・・・

そう思う人が多いです。

 

 

多胎児を授かって、

病室が同じだったりすると

隣の方と仲良くなる人もいますが

まれです。

 

たまたま気があったのかもしれない

ですし、それはそれで

ストレスになっても困ります。

 

どんな方か分からないのも

なにげにちょっと怖いですよね

 

病室が一緒で、

今も交流があるとの

ママさん同士にも

会ったことはありますが

本当にマレだと思います。

 

親友の彼女も

カーテンを開けてまで、

誰かと話をする感じではないですが

時々廊下や洗面所などで

会話をしているようでした。

 

励みになっていた?のは

彼女よりも長い入院生活に

なりそうな方もいること

だったかもしれません。

 

周りに、頑張っている

同士がいる。

 

ひそかに。

 

 

でも、本当にすごい

精神力が必要なようでした。

 

今でこそ、

何年か経って

ようやく

「あの時はきつかった」

そう漏らします。

 

彼女は入院中、

情報をたくさん取り入れようと

していたようです。

 

携帯もあまり

健康的に良くない?

と思われるので、

常にではなかったようですが

 

私のようにたまたま

仲良しの友達が

暇していて

仕事をしていなくて

土日(家族が来る)以外に

病室に遊びに来る。

なんて、めったにないですよね。

 

家族がずっと病室にいたって、
身内だからこそ、かえって

イライラすることもありますしあせる

(旦那さんが頻繁に通えれば)

(一番いいのかもしれませんが)

 

気楽な話し相手:友達など

わざわざ自分から連絡してまで・・・

そんなことしない・・・

ってなるのが普通かもしれません。

 

私だったら・・・

冷蔵庫よりテレビかな・・・

そもそもテレビ用の長い

イヤホンも必要か!!

 

本を読んだり

映画を見たり(携帯)

You tube見たり(携帯)
ナンプレしたり、

ブログ書いたり、

ゲームしたり・・・


あまり健康的ではないですね

 

とりあえず

友達に暇していないか

メールするかもしれません。

 

経験者の方々は

どうやり過ごしていたのでしょう・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

余談ですが・・・

 

 

初めてその友人の

双子ちゃんに

会えた時、

 

彼女が子どもたちに向かって

「命の恩人だよ」

私を紹介した時は

泣きそうになりました。

 

 

やっぱり彼女が

本当に大変な入院期を

過ごしていたんだということ、

 

子どもたちのために・・・

私もできる限りのことをしたかったし

彼女と同じく、

入院生活をどう乗り越えるか

知恵を出して

一生懸命戦ったこと

頑張ったこと

 

そういう思いが

当然彼女にも伝わっていたし

 

なにより、彼女が

子どもたちの命を

限界ラインで一生懸命に

頑張り抜いて育てたこと。

 

 

 

 

「命の恩人」って重い言葉、

なんとか助けになれたから

本当によかった・・・

 

そう思いました。

 

 

彼女から助けを求められたことは

その後、一度もありませんでした。

 

2人でに海外を飛び回り

たくさん遊んだ間柄なのに、

0~1才くらいの間、

「また来てね」

「いついつ来れる?」

とは言われなくなりましたぐすん

 

そのかわり

「ありがとうございました」

と深々お辞儀をされるように

なりました。

 

 

帰省したときは

彼女のお母さんからも。

 

帰り道はズキッと心が痛みました。

 

 

彼女の住まいまで

高速道路を使っても2時間以上。

それはそうかもしれませんが・・・

 

 

だから、双子育児に対して

私の思いは大きくなって

いきました。

 

 

 

助けてと言えない気持ち、

子どもを授かりたくて

授かっておいて

弱音は吐いてはいけない・・・

 

子どもを授かりたくても

授かれない人もいる。

 

 

今は不妊治療もよくあります。

不妊治療しておいて

授かったのだから、

「辛い、大変、もう嫌」などと

言ってはいけない・・・。

 

 

勇気を出して

弱音を吐いたら

親に「あんたは親に向いてない!」

などと言われてしまった。

 

そんな声もうかがいました。

 

 

助けを求められなくなりますよね。

 

 

 

いいか、悪いか、よりも

子どものため、

自分のために

必要なことかどうか。

 

いいか悪いかは

人それぞれ違います。

 

だから、自分が決めたことに

悪い事なんて

本当はないと思います。

 

他人に「悪い」と

ジャッジされることは

とても辛いことですが、

自分にとってそれが

必要なことだったら

どうしようもない。と思います。

 

「いいよ」と言ってくれる人に

分かってもらうしかないことかな、

とも思います。

怖いから、探り探り打ち明ける・・

かもしれません。

 

 

 

 

「勝手だとも思うけれど

(↑思っていなくても一応)

 それこそ

 弱音を吐かなかったら

 頑張れなくなったら

 母親失格の状態に

 なるかもしれない、

 そう思うから

 弱音を吐かせて欲しい。」

 

そうやって先に前置きする

かもしれません。

 

 

家族に理解されない時は

本当にキツイと思います。

 

妊婦さんからも

メッセージをいただいていて

私の所を見つけました。と

言ってくださった方が居ます。

 

私は、「ここなら

救われるかもしれない。」

 

と自分が思える

そういう場所は

こんなに豊かな日本なら

必ずあると思います。

ネットもたくさん。

 

そもそも友達だって。

もし友達の立場なら、

困っている時には

教えて欲しいと思うし。

 

電話やメールで励ましてくれる

友達だっているはずです。

分かってもらいにくいことでも

声を聞くだけでも・・・

聞いてもらうだけでも。

 

SNSやインスタ、ツイッター

コメントすることも

メッセージを送ることも

できます。

 

 

自分は

どうしたら救われるか

どういう人が必要か

そうやって考えて見つめて

 

自分のことを守ってやる!

(自分のことは自分しか)

(わかりません。)

 

 

子どものために!!

 

そういう意味で強い母に

ならなければいけない

過酷な時代でもありますね・・・

 

 

ただ、私でよければ。

 

そう思っている人は

たくさんいますので!!

 

こちらにもコメント、

メッセージ、

メール登録など

力になれれば!!

 

応援しています。

 

 

誰かから手を差し伸べられる

なんて甘い世界ではないので!

 

大変な時のはじめの一歩。

大事です!!

(大変になる前がいいですが)

 

 

 

 

最後に紹介・・・

今回のニュースを耳にし

NPO法人

「ぎふ多胎ネット」の存在を知り

注文していた

「多胎家庭白書」が届きました。

 

 
 

きっと注文が殺到している

大変な状況かと思いますが

手書きのメッセージつきで

送られてきました。

 

届いてから発信しようと

思っていました。

 

まず妊婦さんがいらっしゃったら

取り寄せられることをお勧めします!

私だったら、自分の分だけではなく、

両家にも・・・

 

知っているだけで

違うことはいっぱいあります。

 

一番いいのは、

現実的にサポーターが

居てくれることだとは思いますが。

 

これは

とても大きいと思いました。

「ふたごハート知恵袋」の冊子を

特別に付けてくださったみたい

ですが、

こちらも手に入るなら

絶対救われる!と思いました。

 

ケータイで調べる時代だけど

本は何気に便利です!!

先輩ママが作った本です。

 

管理入院中の

不安で過酷な毎日・・・

これを読んで、

それでも分からないことは

ネットで声を調べて・・・とか

上手く使えたらきっと

心は軽くなると思いました!!


ぎふ多胎ネット→→リンクはこちら

1冊500円。+送料。

 

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三つ子の育児、背負い込んだ母 泣く子を投げ落とした夜

2019年3月16日 15:10朝日新聞デジタル

 生後11カ月の三つ子の次男を床にたたきつけて死なせたとして、傷害致死の罪に問われた愛知県豊田市の元派遣社員、松下園理被告(30)に対する裁判員裁判の判決が15日、名古屋地裁岡崎支部であった。野村充裁判長は懲役3年6カ月(求刑懲役6年)の実刑判決を言い渡した。


名古屋地裁岡崎支部

 判決によると、松下被告は次男の泣き声にいらだち、2018年1月11日午後7時ごろ、自宅で次男を畳に2回たたきつけ、脳損傷により死なせた。

 判決は、被告は犯行時、うつ病の状態だったが、完全責任能力があったと認定。野村裁判長は「無抵抗、無防備の被害者を畳の上に2回たたきつける態様は、危険性が高く悪質」などと量刑理由を述べた。

■不妊治療の末に

 子ども部屋に寝かせていた次男(当時11カ月)が、泣き始めた。2018年1月11日夜のことだ。幼子の泣き声で、松下被告を動悸(どうき)や吐き気が襲った。次男をベッドから抱き上げ、隣の和室へ。少し勢いをつけて畳の上に投げ落とした。泣き続ける次男を再び投げ落とすと「気持ちが少し落ち着いた」。次男は約2週間後、搬送先の病院で息を引き取った。

 不妊治療の末に授かった三つ子だった。17年1月23日に出産。次男を含み3人とも低体重だったが、「一生懸命に生きていて、初めて見たときは、とてもいとおしい気持ちだった」。

 だが、同時に3人の子を育てる生活は想像以上に過酷だった。

 ミルクは3人あわせると最低でも日に24回で、寝る暇もなかった。同時に泣かれると、どうやってあやせばいいか分からず、泣き声を苦痛と感じるようになっていった。

 出産直後は愛知県内の実家に里帰りしたが、飲食店経営の両親を頼ることはできなかった。5月に半年間の育休を取得した夫が待つ自宅に戻った。おむつの取り換えに失敗したり、だっこをすると子どもが泣いたりする夫を、次第に頼らなくなった。

■行政も頼ることができず

 頭を悩ませたのが、他の2人と比べて成長が遅かった次男の存在だ。ミルクのはき戻しが多く、すぐに泣いた。苦手意識が芽生えていった。「他の2人と同じように次男を愛せない私はひどい人間だ」。そんな思いが被告を追い詰めた。夫が職場復帰すると、さらに育児や家事を1人で背負うことになった。

 出産前、子育ての不安を市に相談したが、双子の育児ガイドブックと多胎育児経験者の会のチラシを渡されただけ。三つ子のような多胎育児を想定した対応は手薄に感じられ、不安は解消されなかった。出産後、自宅を訪問した保健師に相談すると、子どもを一時的に預けられる「ファミリーサポートセンター」の利用を勧められたが、事前面談に3人の乳児を連れて行くことが難しく、利用することはなかった。

 事件当夜、被告は119番通報した。救急車が駆けつけるまでの約9分間、次男を抱きかかえて心臓マッサージをした。最終陳述で被告は、次男について涙ながらに謝罪を口にした。「大好きだし、大事な私の子どもだというのはずっと変わらないです。何も悪くない次男に痛い思いをさせ、将来を奪ったこと、本当にごめんなさい」

 犯行直前、育児によるうつ病を発症したとみられる被告。弁護側は「(被告は)行政や病院に不安を訴えたのに、適切な支援がなされず、追い込まれた」と理解を求めた。判決は、うつ病が犯行に及ぼした影響は限定的とし、「行政などの対応が(被告への)非難の程度を軽減できる事情があったとも認められない」と指摘した。

 6日間の公判中、傍聴席からは、同じく多胎育児を経験し、被告の支援をしようと傍聴を続けた多胎育児支援団体の関係者らのすすり泣く声が響いた。(大野晴香)

 

 https://lin.ee/hOlhVsk?utm_source=line&utm_medium=share&utm_campaign=talk

 

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詳しくは→→こちら多胎児育児中のママからのコメントも寄せられました。(ニュースまとめ)「三つ子の次男を死なせてしまったママの裁判に、何人のママが泣くことだろう・・・①」

 

執行猶予はどうなのか→→こちら②

②の続き、死なせない→→こちら③

③の続き、ままへ →→こちら④

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