Дьяволана

あかねな矢田アカャタ穴やわまたなゆまたかはらまきはらゎたあかはゆまきさはあまわやはかあまやらさかたまーるさかとゆはさ


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坩堝の電圧(るつぼのぼるつ)(初回限定盤B:DVD付き)/ビクターエンタテインメント

¥3,400
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98年にデビューしてから長いキャリアを持つくるり。
このアルバムを含めて10枚のオリジナルアルバムの中で、
間違いない、これは最高傑作である。
2012年を代表する名盤の誕生だ。

最近のくるりは、
『魂のゆくえ』,『言葉にならない、笑顔を見せてくれよ』と、
ソングオリエンテッドな歌もののアルバムが続いていた。
詩情と感情を細やかに表現する岸田繁のボーカルと、
良質なメロディを堪能できるアルバムだった。
だが、初期のオルタナギターロックや
中期のテクノ・エレクトロニカに接近した音楽性のような、
視界が一気に開けるような革新性には乏しかった。
ある人は、最近のくるりを指して、「枯れた音楽性」とも言った。
神聖かまってちゃんのの子なんか極端で、
くるりは最初の2枚までだよねなんて
本人が2chに書いていたのをどこかで読んだ記憶がある。

だが、『坩堝の電圧』は「枯れた音楽性」と言う人も、
の子のアンチキショウ(笑)も満足させる革新性があると思う。

そして、何よりも熱に満たされている。
バンドを始めた頃の初期衝動のような熱だ。
ギター・チェロの吉田省念と女性トランペッター・ファンファンの加入も大きい。
最近の岸田さんのシンガーソングライターとしての側面が強く出たアルバムとは違い、
新しいメンバーを加えてバンドメンバー全体で音楽を作っていく姿勢になっている。
バンド感が増して雑多な音楽性が坩堝の中のように溶け込んだ演奏からは、
心から楽しんで演奏していることが感じられる。

『坩堝の電圧』というアルバム名に関して岸田は、
「これは「taurus」の中に“坩堝”が出てくるんですけど。このアルバムがいろんな坩堝そのものについて歌っているなあと思って。そして“ボルツ”という言葉が出てきて。電圧が高い韓国で録った作品でもあるし。『坩堝の電圧(るつぼのぼるつ)』で回文になるなと思ったら惜しかった!みたいな感じも、このアルバムで歌っていることっぽいのかなと(笑)。そこから名付けましたね。」
とその由来について語っている。
(『トーキングロック!』2012年10月号)

全19曲もあり、ボリューム満点のこのアルバム。
だが、72分という長さに退屈しない。
自分の好きな漫画の新刊を読む時のようにわくわくしながら、次から次へ曲が進んでいく。
アルバムの曲それぞれに、坩堝の中で様々な国籍の様々な背景を持った人と人がまぐわり、摩擦し合っているかのようなエネルギーを感じる。
アルバム全体でも、これ程音楽的なバラエティに富んだアルバムは他に思いつかない。多様な音楽性を持った曲がひとつのアルバムの中で坩堝の中のようにひしめいている。

ヘヴィメタルに接近しつつ、重苦しさを感じないオルタナギターロック、「white out(heavy metal)」でこのアルバムは幕を開ける。雪や雲で視界が白一色になるホワイトアウトのように、くるりの手の込んだ濃密な音楽に脳内が満たされる。

次の曲はジプシーブラス調の「chili pepper japonês」。超高速で、くるり史上最高のBPMの曲だという。山椒のピリピリとした刺激で、意味の律儀な世界から自由になる。最後にメンバーが「お遍路」と言うのも意味が分からない。最初聴いた時はあぜんとするだけの曲だったが、何度か聴くうちに痛快な曲だと思うようになった。

「chili pepper japonês」があっという間に終わり、先行シングル曲の「everybody feels the same」へ。明るく開かれた雰囲気のロックンロール。だがその雰囲気の中で「KAKUEIが作った上越新幹線に乗って SPEEDIなタイムマシーンは新潟へ向かう」と歌い、資本主義の発展と挫折(原発事故)を風刺している。だが、その風刺が諧謔にも倒錯にも感じられず、とても自然に歌われている。後半の世界の都市名の連呼は、人口密度の高い都市の上位を並べているという。世界の都市をお遍路して回り、最後に「走れ 泳げ もがけ 進め 進め」と歌われると、まっすぐに背中を押されている気分になる。

その後も多種多様な曲が続く。soma,dancing shoes,jumboあたりが僕のお気に入りだ。

somaは歌ものくるりの最前線だ。
壮大で堂々とした足取りのトランペットに胸がすく。
トランペットの音色は海岸の雄大な景色のよう。
高田漣のペダルスチールは寄せては返す波のよう。
堀江博久のピアノは波しぶきの一瞬の煌めきのよう。
岸田さんの歌唱に憂いを含みつつもさわやかな風を感じる。

dancing shoesはマイナーキーの踊れる曲。
Arctic Monkeysにも同名の曲があるけれど、曲名は意識したのだろうか?
踊れる曲なのに、「踊りたいのに踊れないのは シューズのせい」と歌う諧謔が、
曲のグランジ色とマッチしている。
思わず笑ってしまう場面がたくさんあるのに笑ったら罰ゲームという、
ダウンタウンの笑ってはいけないシリーズのようなねじれた構造で踊ってしまう。
踊りたいのに踊れないことをシューズのせいにしたり、揺れる世界(震災)のせいにしたり、
相手のせいにしたり、自分のせいにしたりして心がゆらゆら揺れるという歌詞の内容は、
3.11以降の僕たちを表現しているようにも感じる。
しかし、そんな小難しいことを思わずにもいつの間にか踊ってしまっている。

jumboはba.の佐藤征史が作詞作曲を手掛け、メインボーカル・リードギターも担当している曲。
ニューウェーブでファンクなテイストの楽曲で、脈打つベースがかっこいい。
ローリングストーンズを模したと思われる間奏のギターリフや、
佐藤さんの“カモン!”のシャウトはどこかお茶目。
歌詞はシンプルな生活の格言が並んでいるかと思えば、
「目を覚ませば ここは異国の地」と突然異国の地で目覚める混沌もある。
シンプルでありつつ、突飛さもある歌詞と、
イントロからアウトロまで目まぐるしく変わる曲の展開。
中毒性が高い曲だ。次のアルバムでも佐藤さんには一曲書いてほしいな。

アルバムを通して聴くと、長さは感じるがそれは人生の長さにも似ている。
ああ、辛くとも楽しくとも、
こんな風にあっという間に人生が過ぎ去っていけばいいのに!

最後の曲、glory days。この曲が一番好きだ。
ストイックに4分のスネアを刻むドラム。
流れる時代のようなギター、過去を時折思い返しているようなトランペット。
過去の歌の歌詞が歌われるところで胸が震える。
過去と現在の岸田さんと僕たちを一緒くたにして遠くへ連れて行くようなディストーション。
この箇所を全19曲のアルバムの締めくくりに聴くと、
長い旅路の果てにどこか別の次元にたどりついたような心地になる。

こんなに音楽に胸が高鳴るのはいつぶりだろうか。
感動と稲妻に打たれる。
雄しべと雌しべがふれ合う季節さながらに、
くるりの音楽にそんな季節がやってきた。


くるり / glory days(full ver.)
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「こんにちは」
少女が言う。
どもりながら、
「こ、こんにちは」と僕は返す。
二人でエレベーターに乗った。
彼女は5階で降りた。
僕は6階で降りる。

消火器の赤の隣を歩き、壁のベージュの世界が終わる。
鍵がかかったドアを開け、玄関で古くなった靴を脱ぐ。

絵を描いている。油の絵の具をキャンバスに塗りたくる。焦げ茶のテーブルの上に、ひとつだけ置かれている真っ赤なりんご。僕はりんごの絵を描いている。

僕は人とうまく話をすることができない。頭の中で話したい言葉のアイデアが浮かんでも、そのアイデアは頭の中で空を切る。やっとのことで言葉が口から出ても、舌が回らず、言葉は言葉にならずに音として空を切る。僕みたいな人のことを吃音というらしい。

僕が僕のことを覚えている時から、僕はずっとそうだった。でも、少ない友達と一緒に、楽しく毎日を過ごしてきた。周りの人から馬鹿にされることに、少しだけ怯えていたけれども。実際、馬鹿にされたこともあった。そんな時も僕は力なく笑うだけ。だけど、毎日は楽しかったんだ。

ペーパーの試験はなぜだか自分でも不思議な程によくできる。そのおかげで、僕は世間では一流と呼ばれている大学に入学することができた。母は亡くなってもういないけれど、父はとても喜んでくれた。会社を休んで入学式に一緒に大学に行ったくらいだ。

だけど、僕は絵のことが忘れられなかった。大学を卒業した後は、バイトでお金を稼ぎながら、いつか個展を開くことを夢見て、こうして絵を描いている。あ、少し訂正する。大学を卒業して3年経った今、バイトが見つからなくて困っている。だから、昼はバイトの面接と面接のアポ取り、夜は絵の勉強というのが今の僕の生活だ。いつまでも親元でパラサイトしている訳にはいかないしなあ、どうしたものか。

普通の親なら定職に就けと言うだろう。その方が子どもも親も幸せなはずだから。だけど、僕の父親は「自分の好きなことをやれ」と言って僕の夢を見守ってくれている。母親が死んでから、厳しかった父親は急に優しくなった。就職ではなく絵の道を志したいと僕が言った時も、険しい道だろうけれどやれるところまでやってみなさいと言ってくれた。

小さい頃から絵は得意だった。美術の成績は5段階評価でいつも5。賞を獲ったこともあった。先生にも褒められて嬉しかった。絵を描いている時はモチーフとモチーフの周りの景色のことを考えているだけでいい。後は自分が抱えているモヤモヤを吐き出すように描くだけ。それで美しい絵が描けたら、とびっきり嬉しい。

僕が何か物事に没頭できるのは、絵を描いている間だけだ。絵を描いている時は他のことを考えないで済むむ。世の中のこと、自分の将来のこと、本当は何も考えたくない。本音はずっと逃げていたいのだ。

言葉ではいつも伝えられないし、伝わらない。言葉で伝えようとすることには、勇気がいる。その勇気は僕にはない。それに、言葉で伝えられることなんて、限られているだろう。だから、僕は絵を描いている。

否定されることが怖い。他人から「それは違う、間違っている」と言われるのが怖い。だから、僕はキャンバスの上、油の絵の具を何重にも塗り重ねる。

中学の時から背景は茶色が多かった。茶色を重ねて、それはまるで僕の心みたいだった。

僕の心は臆病だな。僕の心は臆病だな。誰か、僕の心を見て。見て。僕の心を、見て。

(BGM) バウムクーヘン / フジファブリック



ある晩のこと、唐突に、僕の父親が「あのさ」と言って、テレビに向いていた僕の視線を父親に向けさせた。僕の父親は、「今日、マンションの管理組合の会議が終わった後、聞いた話なんだけどさ」と前置きをした上で、僕が驚くことを話し始めた。

「5階の○○○号室に住んでいる女子高生、5階から飛び降りたらしいよ。幸い、木に引っかかって軽い骨折だけで済んだみたいだけど。事情に詳しい人によると、自殺を図ったんじゃないかって」

いつもよりも少しだけ神妙なトーンで父親は言う。ちょっとの間、僕とその話をして、また父親はテレビのバラエティ番組を見て笑っている。

5階に住むその子とは、エレベーターで何度か会釈を交わしたことがある。彼女はそこまで追い詰められていたのか。いつも自分から挨拶をする、その様子からはそんな風に見えなかった。

彼女が飛び降りるまでに、何か僕にできたことはなかったのだろうか。

しばらく考えたけれども、僕にできたことは何もなかった。考えること自体が馬鹿なことなのかもしれない。おこがましいことなのかもしれない。他の人は軽く受け流して終わりだろう。でも、なんだか僕は悲しかった。骨折で済んで良かった。そう思った。そう思ったら、涙が出てきたんだ。本当に。

昨日。気持ち良く晴れた日曜日。僕は公園で、持ってきた折りたたみの椅子に座り、公園の景色をスケッチしていた。時間はゆっくりと過ぎ去り、いつのまにか日が沈み始めた。スケッチが完成しかけた頃、夕方5時のチャイムが鳴った。

ふいに後方から声がした。

「素敵なスケッチですね」

僕が後ろを振り向くと小柄で初老の女性が立っていた。かわいらしい日傘をさして、すくっとその女性は立っていた。

「この木の様子、そのすべり台の感じ、私、好きです」

突然こんなことを言うなんて、ずいぶん変わった人だなと思った。そんなことを言われて、少し恥ずかしくなった。

でも、嬉しかった。他人に自分の絵を褒めてもらうのは、学校の先生と友人を除いて初めてかもしれない。

「あ、あ、あ、あり、がとう、ご、ござい、ます」

嬉しさのせいで、余計にどもってしまった。その後も少しだけその女性と話をした。凛としたたたずまいのチャーミングな女性だった。旦那さんを亡くし、今は一人暮らしらしい。

画材をしまい、公園から家に帰るまでの間、僕の頭の中は嬉しさと恥ずかしさが終わらないいたちごっこを繰り広げていた。

後で思った。僕の絵を見て何かを感じてくれる人がいる。褒められたことよりも、その事実が嬉しかったんだ。

(BGM) 若者のすべて / フジファブリック



今日。今日も気持ち良く晴れている。

昼に電話があった。清掃の仕事が決まった。これでしばらくはお金を稼げるぞ。喜ぶ、というよりも、まず先に僕は安心した。

安心して、僕は昨日とは別の絵の続きを描き始めた。

夕方5時のチャイムが鳴る。

絵を描き始める前、外に出た時、5階のあの子が友達らしき子たちに笑顔で手を振っているのを見かけた。明るいその笑顔を見て、僕もなんだか救われた気がしたんだ。彼女はきっと、もう大丈夫だろう。根拠はないけど、こないだエレベーターで挨拶した時と違い、笑顔に光があった。

その子のことをちょっと考えた後、魔法がかかったように夢中になって絵を描いた。いつの間にか、5階の子のことを忘れ、世界はキャンバスとモチーフだけになった。

僕は絵を描いている。油の絵の具をキャンバスに塗りたくる。僕はりんごの絵を描いている。真っ赤な、真っ赤なりんごの絵を描いている。生きている。生きているんだ。生きているんだ。生きているんだ。生きているんだ。僕は生きているんだ。

この絵を描き終わったら、新しい生活を始めよう。一人暮らしを始めよう。個展の準備も進めよう。りんごの色は塗り終わった。背景は透きとおった水色でいこう。

(BGM) 茜色の夕日 / フジファブリック

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ランドマーク(初回生産限定盤)(DVD付)/KRE

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アジカン、2年3カ月ぶりのフルアルバム。
ひとつ前のアルバム『マジックディスク』に引き続いて
「言葉のアルバム」であると感じる。
Vo.の後藤正文はインタビューで、
「ずっと歌詞に関しては、
 僕の中で言葉の重要性みたいなものが作品を出す度に高まっていた」
と近作では歌詞に重きを置いている旨を発言している。

そして、過去作のどのアルバムのモードに近いかというと、
本人たちの言うように『ソルファ』のモードに近い。
後藤さんはインタビューで
「サウンドに関しては、今みんなが言ったように開けてるし、
 要は『ソルファ』みたいなことをやったんだよね」
と答えている。

『マジックディスク』は後藤さんが
ソングライターとしてのエゴを前面に出したアルバムだった。
『ソルファ』のひとつ前の『君繋ファイブエム』も同様。
『マジックディスク』を発表し、震災を経て、
メンバー同士のセッションで曲が作られていく開かれた雰囲気の中で
『ランドマーク』は作られた。
作曲に関しても、作曲者のクレジットに後藤さん以外のメンバーの名前が載るのは、
『マジックディスク』は「双子葉」の1曲のみだったが、
『ランドマーク』は12曲中7曲もクレジットされている。

後藤さんが書いている日記(9月13日付)を読むと、
「スルメソング」(聴けば聴くほど味が出る曲)という声が
このアルバムの曲に寄せられているようだ。
僕も1回聴いただけでは魅力が分からなかったが、
繰り返し聴くうちに、良いアルバムだと思うようになった。

「リライト」のような即効性のあるキラーチューンは少ないが、
『ソルファ』のように開かれていて、
『マジックディスク』のように言葉が身体と心に染み込んでいくアルバムだ。
そして、重要なのは震災を経た後のアルバムであるということ。
震災を経て以前のアルバムよりも社会性を帯びた言葉を用いているように感じられる。

2曲目の「N2」というタイトルには“No Nuke”の意味も込められている。
おそらく原発を指して、
「資本主義の火葬場
 呪文のように「安心だ」って」
と歌う。
他にも「出鱈目 プライム・ミニスター」や「バレてんだぜ キャピタルモンスター」と歌う8曲目「1980」もある。

社会の出来事を暗に揶揄していると思われる言葉が並ぶ曲もある。
(例えば、
 「緩慢な輪なって
  単純なことになって
  賛成か反対か
  それは何やってるの?

  手と手を取り合って
  ワン、ツー、スリーで追い出して
  異端者は誰だ 異端者は誰だ」
 と歌う7曲目「それでは、また明日」など。)

意味を考え、その言葉を選んだ意図まで考えると辛辣に思える歌詞だが、
抽象性でくるまれた言葉使いをしているため、
ぱっと聴きでは攻撃性を感じない。耳障りが良いのだ。
震災後、詩的な言葉でこれだけ社会の状況を的確に捉えた歌詞を僕は知らない。
アクチュアルでありつつ、普遍的でもある。
これこそ、ロックの言葉だと思う。

歌詞の抽象性について思っていることを書こう。
『ランドマーク』の最後に収められた「アネモネの咲く春に」や、
6thアルバム『マジックディスク』の「転がる岩、君に朝が降る」のような例外もあるが、
後藤さんの歌詞はパーソナルな視点から一歩公的な視点に踏み出している。
後藤さんの感情の直接的でナマな描写、心からの距離が1mm以下な描写はあまりない。
歌詞で表現しているのは素直な自分の気持ちや自意識の吐露だが、
その自分の気持ちや自意識を外向けにろ過したような言葉を使う。
人にとってはそこを見てアジカンはポーズだと言う人もいるだろう。
だが、この距離感がアジカンの魅力でもある。
演奏される音もパーソナルで生々しい露出というよりも、
自意識の直接的な吐露を避け、オープンマインドで外に向かって鳴らされる音だと感じる。

次にアルバムの構成を見ていく。
このアルバムは2部構成になっている。
後藤いわく、アナログ対応で曲順を考えていて、
6曲目までがA面、7曲目からがB面だと言う。

チャットモンチーの橋本絵莉子と一緒に歌う
パンキッシュな「All right part2」でアルバムは幕を開ける。
ポップ&キャッチーかつ開放的であり、突き抜け方が素晴らしい。
アルバムの入り口としての役割を果たしている。

この曲と2曲目「1.2.3.4.5.6.Baby」,4曲目「AとZ」は歌詞に言葉遊びの要素がある。
あいうえお順,数字順,アルファベット順に歌詞の言葉が並んでいる。
こういう仕掛けがあるのも、このアルバムの面白いところだ。

「朝(あ)
 居間のソファーの肘掛け(い)
 うずくまる猫と(う)
 エディと言う名の模型(え)
 起き抜けに濃い珈琲を注いで(お)」
(「All right part2」)

「斜めになって(7)
 蜂になって 集めた密で何を作ろう(8)
 苦しくなるなら(9)
 遠のいて(10)」
(「1.2.3.4.5.6.Baby」)

「ABCで書き殴れもっと(ABCD)
 EFGの英知だけずっと(EFGH)
 IJKじゃ得るモノはないか(IJKL)
 MNOがピークならキューを(MNOPQ)」
(「AとZ」)

次に「N2」。音も歌詞の意味合いもヘビィなギターロック。
サウンドのかっこよさで深刻さが薄らいでいる。
声に加工が施されているのが面白い。
そのせいで歌詞の内容が聴きとりにくくなっているが、
クリアーな言葉で歌われるよりもグル―ヴィーでこの曲に合っていると感じる。
社会的な出来事を音楽の俎上に載せるためのアジカン流のやり方だろう。

サビの盛り上がりや途中のファルセットの歌唱が印象的な「1.2.3.4.5.6.Baby」を経て、
名曲「AとZ」へ。
『ファンクラブ』の「バタフライ」が好きで、
王道よりも邪道な曲が好きな僕としては、この曲、好きです。
ダークなイメージでありつつ、
パーカッシブでファンクな香りもする、アジカンにないタイプの曲。
サビの盛り上がりの気持ちよさは筆舌に尽くしがたい。最高!

「1.2.3.4.5.6.Baby」と通じるクリアーで抜けの良いギターサウンドが印象的な5曲目「大洋航路」。
2曲とも同じギターの音色を使っているという。

「大洋航路」が終わるとA面の最後の曲であり、ハイライトでもある「バイシクルレース」へ。
『未だ見ぬ明日に』に収録の「ムスタング」が好きな僕は、
同じように静かに叙情的に始まるこの曲の始まり方が好きだ。
イントロと同じ音を使い、もの寂しげに終わるアウトロも好きだ。

A面が終わるとB面の1曲目(アルバムで7曲目)「それでは、また明日」。
王道すぎるくらい王道の疾走感のあるギターロック。
この曲も好きだ。おすすめします。
メジャー感があり、映画のNARUTOのタイアップに選ばれたのもうなずける。

8曲目「1980」は80's感があるサウンドとギターリフで踊らせるダンスグルーヴの曲。

9曲目「マシンガンと形容詞」は、
「新世紀のラブソング」などの『マジックディスク』の曲の延長線上にあるサウンドの曲。
呟くように歌うトーキング・ボーカルが印象的だ。
ba.の山田貴洋の演奏がいい。グリスに不思議な魅力がある。

そして10曲目「レールロード」は被災地に向けて哀悼の意を示した曲。
前半の情景描写のあと、
「音をたてて進め 未来へ続くレールロード」とサビで歌う歌唱が力強い。

次の11曲目「踵で愛を打ち鳴らせ」はB面のハイライト。
サビで清涼感のあるコーラスとともに「オールウェイズ」と
繰り返しにぎやかに歌う部分が気持ちいい。
「踵で愛を打ち鳴らす」とは音楽を聴きながら足でステップを踏むことらしい。

直接的に「頑張ろう」と言われて勇気づけられる人もいると思うが、
この曲の歌詞はもっと複雑で詩的な「頑張ろう」だ。

「哀しみは膜のよう
 細胞を包むように いつでもそこにあって
 楽しみは泡のよう でも
 どうか君よ 嘆かないで」

優しさを感じる。頑張ろうと思える。
歌詞で「頑張ろう」とだけただ言われるよりも、
もっと頑張ろうと思えたのならば、それが文学の成した効果だ。

「直接、自分に言葉が、メッセージが宛てられているように感じるのが文学的であるということ。」
これが僕の文学観で、
その意味合いでは、この曲の歌詞はとても文学的に感じる。

そして最後の曲「アネモネの咲く春に」。
この曲は3つの手紙で構成されている。
まず被災地の悲しみに対して手紙を書いて、
原発に端を発した人間の欲望について手紙を書き、
最後に親愛な人たちに向けて照れながら最後の文章を書いている。

この3つの手紙は、
被災地支援を行い、「THE FUTURE TIMES」の発行という社会的な活動を行っている
後藤さんの問題意識とつながっているだろう。
そういった活動を行いつつ、
「いつかまた君と会う日を願う
 コーヒーは今日も苦いです」
と照れながら、親愛な人へ向けて照れながら愛を歌う。

この曲を聴いて、
ああ、僕は後藤さんの人間性が好きなんだなと思った。
真面目すぎるくらいに真面目で、
ときには屁の話をしたりするユーモアをあわせ持つ。
そんな彼の活動や話や音楽は、
どこまでも人間的であり、音楽的だ。
これからも応援し続けたい。

『ランドマーク』を聴いて、
アジカンや後藤さんを好きになる人が増えてくれたら嬉しい。
アジカンと一緒に未来を見よう。希望はなくても、僕らに未来はある。



ASIAN KUNG-FU GENERATION 『踵で愛を打ち鳴らせ』


*:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*
(余談 2015年10月15日)アジカンの音楽を聴いて邦楽ロックに初めて興味を持たれた方や、この記事の筆者が他の音楽をどのように評価しているのか知りたくなった方は以下の記事もぜひ読んでみてくださいね。アジカンの曲もランクイン!
2010年代ベストトラック(邦楽)30位→21位
2010年代ベストトラック(邦楽)20位→11位
2010年代ベストトラック(邦楽)10位→1位
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