ミラノ空手師範のブログ

イタリア ミラノで琉球少林流空手道を教えています。
日々の稽古で気づいた事を綴っていきます。


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世の中には何をやっても、どんな厳しい状況でも高い成果を上げることができる人がいる。

一方で多くの人は、厳しい状況下ではストレスを感じ、成果を出すことができない。

そしていつも成果を上げている人のことを「運がいい」と言う。

確かに宝くじで一等1億円が当たったのなら「運がいい」といえる。

あるいはほんの数秒差で大惨事を免れたなんてことも「運がいい」といえる。

しかし、このような事は「稀」でありそう再々体験するものでないから「運」と言える。

人間生きていれば、日々なんやかんやと「障害」(逆風)に出くわす。


そういった日々の障害をいつも切り抜け、チャンスに変えれる人がいるが、

そういう人を指して「運がいい人」と言うのは間違っている。

「運」はあくまで「稀」であり、

毎回「障害」をチャンスに変えられる人は「運」ではなく「能力」である。

多くの人は障害(逆風)に出会うとそれに真っ向から立ち向かうことを良しとしている。

結果はどうであろう?

おそらくほとんどの場合、

ストレスを抱え予想を遥かに下回る結果になってしまうのではなかろうか?

いつもそういう結果になってしまう人は、

いっそのこと発想を真逆に変えてみることをお勧めする。

強い逆風が吹くなか、自転車でお使いに行くとしよう。

その時、近くのお店に行くためには逆風の方に行かねばならないとする。

すると息は出来ないし、砂は目に入るし、ペダルも全然前に進めることができない。

こんな時は、少し距離は遠くなるが風を背に受け、風の力を借りながら

反対町にお使いに行く発想をもてば、

むしろ風のスピードを感じ「楽しいお使い」に変えられる。

「逆風も振り返れば追い風となる」

世間で「運がいい」と言われている人はみんな

知らず知らずのうちにこれをやってのけている。

しかも、これを知っている人は、おおきなピンチ(逆風)であればあるほど、

「不敵な笑い」

を浮かべることが出来る!!

面白いの~。

就業活動で全企業から不採用を通知を受け取る。大逆風じゃの~。

生まれつき顔が不細工で告白してもすべてフラレル。大逆風じゃの~。

部下の不手際で会社に莫大な損害を出してしまった。大逆風じゃの~。

今まで大会に出れば負け知らず。なのにまさかの予選落ち。大逆風じゃの~。

これ全てみんな大チャンス!!

本当に人生は捉え方次第で180°成果が真逆になるから面白くてたまらんの~。






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散歩していて虫が昔に比べ本当に少なくなっている。

今年はミンミンゼミの声をついに一度も聞くことがなかったし、

ニイニイゼミなんぞ数年前から鳴き声を聞いていない。

寂しいかぎりである、

あと、日本にいられるのも1週間をきった。

7月30日に一時帰国してちょうど1ヶ月。

昆虫が年々少なくなるように、美しい日本語を聞く機会もどんどん減っている。

あいにく今年の8月の天気は雨が毎日のように降っている。

テレビも連日各地の雨による被害を報道している。

こんなに連日被害状況を見せつけられると、雨そのものが疎ましく思えてきてしまう。

しかし、昔の人は「雨」ひとつとっても本当に表現が豊かである。

このところの雨は「豪雨」が多いが「豪雨」も

「篠突く雨」・・・「篠」とは、細く群がり生える篠竹(しのだけ)のことを指し、

篠竹を束にして地面に突きおろすように、はげしく降る大雨、豪雨を言う。

「鉄砲雨」・・・篠突く雨よりもっと大粒の雨を指す。

「バケツをひっくり返したような雨」

「土砂降り」

といろいろ表現できるが、

気象庁は「弱い雨」「強い雨」「激しい雨」「非常に激しい雨」「猛烈な雨」

と1時間の雨量の差によって使い分けているが、なんとも風情がない。

天気は自然そのもの。

もっと粋な言い方を気象庁もすればいいのにと思うが、、、。

話を戻すが、とにかく街中でもテレビでも擬音、擬態語が多すぎる。

話の中にちょっと擬音、擬態語を挟むのは

話そのものに躍動感が出て悪くはないが、

やたらめったら使う若者、大人を見ると情けなくなる。

幼児は擬音、擬態語を多用するが、

それは言葉を知らないからそうなるのは仕方がない。

しかし、義務教育を終えた高校生以上は

正しい日本語を使うよう努力すべきと考える。

日本に帰国して、私が一番やらないといけないことは、

病院に行って体のオーバーホールをすること。

病院にはやはり年寄りが多い。

しかし、その老人の中に時々、優しい綺麗な日本語を話すお婆ちゃんがいる。

そんなお婆ちゃんを見つけると、

人見知りの私だが、そのお婆ちゃんのとなりに腰掛け、

いろんな話を伺いながら、生きた正しい日本語を学ぼうと心がけている。

言葉も「礼」なんだということをこのごろ解るようになってきた。

自分の言いたいことを話すだけのために言葉はあるのではなく、

話すことで相手に安心感、優しさを安らぎを与えることが

言葉の本来の役目ではないかと、、、、


街に繰り出すと、強い口調、喧噪がいやでも耳に入ってくる。

同じ口から発せられる言葉なのに、

ある人は人に安らぎと勇気を与えるのに、

ある人は人を苛立たせ、ストレスを感じさせる。

もったいないの~。

言葉とは使い方によってとても凄い力を持っているのに、、、

日本語は世界でも稀な表現力豊かな言語。

しかし、そんな素晴らしい言語を話せる人が絶滅危惧種並みに少なくなってきている。

私ももう一度古文を勉強して、頑張って絶滅危惧種入りを果たしたいと誓う。

空手も文化、しかしそれ以上に「言葉」は長い歴史を持った大切な文化。

まずはいにしえの正しい日本語を学ぶことが今年の目標。

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水は高いところから低いところに流れる。

水を汲み上げようとすると不自然な「力」を使わないといけない。


食べ物は採れたて新鮮なものが一番おいしい。

日にちが経っても美味しくしようとするならいろんな化学調味料を使用しないといけない。


お年寄りは体のいろんなところに痛みが出てくる。

バスの車内で目の前に年寄りが立って体がどこも痛くない子供が席を譲らず

ゲームに熱中しているのは不自然である。


話をするときは相手の表情も見ながら正面を向き合うのが自然。

スマホの画面を見て操作しながら話をするのは血が通ってない。


こどもは自分で働いて自立するまでは養育中。

親にため口をきいたり、偉そうなことを言える立場ではない。


歳をとれば皺も増えるし、髪も薄くなる。

顔のリフトアップやカツラをつけてもそれは不自然。自然体の方がずっといい。



自分がやりたい事があるように、人にもやりたい事がある。

いつも自分の都合だけ押し付けるのは不自然。


仕事は世の中を少しでも良くしようとしてやるもの。

他人を騙したり、有害なものを販売するのは仕事ではない。


子供にとって一番大切な仕事は汗を一杯かいて遊ぶこと。

時間も忘れて遊んだ事が無い子、汗をかく気持ち良さをしらない子はかわいそう。


口は相手と仲良くなるためにあるもの。

相手をののしったり、愚痴を言う口は健康ではない。


お金も人も単純に気持ちのいいところに集まるもの。

どうやったら沢山集まるだろうか?と策略を立てるのは自然ではない。


大会とは勝つ人もいれば負ける人もいる。

勝つ事を前提に物事を考えると歯車がいろんな場面で噛み合なくなってくる。


情報はインプットしたらアウトプットするもの。

いろんな情報をインプットばかりしても、行動に移さなければ意味はない。


子供は正直な生き物。

子供が近づいてこない人は不自然なオーラが出ている証拠。


人間の心と体は切り離せない。

精神論ばかり語っても健康でなければ意味はない。

相手を倒すことばかり考えて「心」のない格闘に意味はない。


学生はいろんなことを学ぶのが務め。

「これ勉強して何の役に立つの?」と考えるステージにそもそも立ってない。


イタリアは夜8時になればお店はほとんど閉まる。

24時間開いてる日本のコンビニって異常。


人はお腹が減れば食べるし、満腹であれば食べないのが自然。

お腹を見て「減こんでる」状態、、これがお腹が減るということ。凹んでなければ足りてるということ。減ってもいないのに時間だから食べるというのは不自然。逆にダイエットも食べ過ぎた場合は仕方ないが、いつもダイエットをしている人は不自然。


シンプル(自然)に生きていこう!!




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私の1日はカプチーノと1枚の白紙の紙で始まる。

カプチーノを飲みながら、今日1日のスケジュールを真剣」にたてる。

この「真剣」というのが大切。

スケジュール通りにこなすとというのも大切なことだが、

何より、自分で今日1日をどう過ごすかを

自分の意志で自由に決められる

ということを認識しながら計画を立てる・・・

こんなワクワクすることは無い!!


中には、学校と塾があるから、、、とか

毎日、毎日に仕事に追われ目先のことをこなすので精一杯、、、。

なんて人がいると思う。

というか、殆どの人がそうであろう・・・。

でも、かけがえの無い自分の人生

自分の意志に基づかないスケジュールに流される日々でいいのだろうか?

学校、塾、就業、

どうしても自分では動かせないスケジュールがあるのは仕方ない。

しかし、意識を変えてほしいと私は思う。

例え、自分が自由にできる時間が1日のうちで1時間くらいしかないとしても、

あくまで、

1日のスケジュールのメイン

自分が自由にできる1時間であるということを。

だから、その1時間をどう使うのかを毎日、毎日真剣に考えるということは

とてもワクワクすることであり、

貴重な時間の使い方だと私は思う。

なので、1日に大半を占める、学校、塾、就業(仕事)は

確かにスケジュール全体から見れば多くの時間を割かれるが、

しかし、あくまで自分の自由にできる1時間というスケジュールに

「食い込んできた」と捉えるべきであり、

時間が多いからといって、そちらをメインに考えては

180°人生歩む道が異なってくる。

イタリア本部の人には、

自分の人生は自分が好きなようにデザインできるものということを

徹底的に説いていきたい。

人生は自分が思ったようにデザインできるから、

一生かけて作りあげる究極の創作活動!!

「なんか毎日つまんな~い」・・・ふざけた事をぬかすな!!!




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「賢者の書」という本をご存知だろうか?

この本には9人の賢者が出てくるが、

9番目の賢者がこんな風に言っている。

「人生において欲しい物を手に入れるためには、

手に入れたいと思うものを与える側にならなければならない」

これは本当に的を得た言葉だなと思う。

ある番組を見ていたら、ダウンタウンの松本人志さん(以下、マッちゃん)が出ていて

「ボクは三度の飯よりお笑い大好きなんです。

だから今度もし何になりたいって言われても、

ボクにはお笑いしかないんです」と、、、、


これを見たとき「マッちゃん、流石だな~」と感心した。

これ先程の賢者と同じこと言っていると気付いた方どれくらいおられるだろう?

普通、お笑いが好きな人っていうと

テレビで漫才見たり、

お笑いの寄席を見に行くことが好きな人を一般的に想像するのではなかろうか?

しかし、心底お笑いが好きなマッちゃんは、

笑う側より笑わせる側の方がもっとずっと面白いということが解っていたのである。



うちの門下生の中にも

「師範、どうやったらもっとモテますかね~」と相談してくる子がいる。

誰かに好かれたいのなら、まずは自分の方から誰かを真剣に好きになりな!!

というアドバイスをした。



またしても空手の例えで申し訳ないが、

黒帯になると

「このごろ指導ばかりしていて、自分の稽古が全然できてない、、、」という人がいる。

それはおかしな言い草と私は考える。

空手は教える側にまわってこそ真の技の意味、深さ、難しさを知ることができる。

だから、教えてもらう立場以上に、

教える側にまわることは自分の稽古になるということ。



実は多くの人が考える「もっともな事」の逆の考え方の中にこそ

真実が潜んでいると私は思う。

難しいの~








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