ミラノ空手師範のブログ

イタリア ミラノで琉球少林流空手道を教えています。
日々の稽古で気づいた事を綴っていきます。


テーマ:
正しい子育て!!

これは永遠のテーマ

同じ家庭環境に育っていながら我が子供たち(2人)は性格が真逆!!

ただ、よ~く観察してみてると2人とも根本部分に大きな違いは無い。

空手を指導している立場上、多くのご父兄から子育てに関して相談を受ける。

その多くは人格形成途中のその子の一部分を切り取った形での相談なので

全くといって問題ないものばかり、、、。

そうはいっても、今のご父兄は昔に比べお子さんと年齢が近いせいか、

親子リレーのように手をつないで人生というトラックを一緒に走っているので、

競技そのものの順位をやたら気にしてしまう傾向がある。

運動会なんて人生のほんの1部に過ぎない、、

運動会の順位なんて、1週間もすればみんな忘れているし、

その運動会の出来、不出来で人生の歯車が狂うなんてことはまずありえない。

だから、いい結果がだせたなら、それは素直に喜べばいいが、

結果が悪かった場合はすぐに忘れ次に向かえばいいだけのこと、、、



私も50歳を過ぎ、

この歳だからこそ見えてくるものがある。

正しい見え方がどうか解らないが、一応子育ての一助になればと思い私の私見を述べる。

空手を指導していてこの子「本当に」いい子だな~と思う子がいる。

そういう子のご両親は間違い無く「温和で夫婦仲がいい」

いろいろ子育てのハウツー本が出てるが、

私は「温和で夫婦仲がいい」・・それだけで、

子育てに関しては90点以上付けていいと自信を持って言いたい。



それから話は飛ぶが次は「ケータイ」との関わり方について。

今の子は遅くまで塾に通う子が多いため、

防犯の意味から小学生でも「ケータイ」を持っている子が多い。

「ケータイ」を否定する気は無いが、

ケータイを持たせる本来の目的を今一度明確にすべきと思う。

万が一の時の子供との通信手段が「ケータイ」を持たせる目的であるなら、

アプリ満載のスマホを持たせる意味など無い!!


次に「ケータイ」と比例するのが「時間の消費」の問題

時間は1日たった24時間しかないのに、

無意味なアプリいじくって時間を浪費するなんて

私には全く理解できない!!

(私の場合、通話にすら出ないという別の意味で大きな問題を抱えているが、、)

生産性の無いものは一切無意味とまでは言わないが、

しょっちゅう「ケータイ」を触っているのは如何なものかと、、、



そして、私が一番危惧しているのは

子供がしゃべりかけているのに、

返事も上の空で「ケータイ」画面から目を離さない親たちの方だ、、

そんな親を子供たちはしっかりと見ているし、

小さい子は親のやることは正しい事だと思っているので、

普通に小学校高学年にもなれば、

立派な「ケータイ」依存症の出来上がり!!

コミュケーションのあり方、

時間の浪費、、、

情けないというよりは、

可哀想で、そんな人達で世の中が構成されていくと考えると怖くもある。



最後は創造力に関して、

子供たちと接していて感じるのは

思った以上に創造力が無いということ。

ある課題を出して、それについて自由に考えを出してみて、、、

というと、ま~~答えを出すのに時間がかかる、かかる。

正しい答えなどそもそもないような課題に対しても

間違った事は言ってはいけない、、、というブレーキがかかるだろうか、

ポンポンと意見が出てこない。

で、答える子がいても、ま~~内容がくたびれた中年おっさんか!?

というくらいコンサバで常識的な発言ばかり、、、

おそらく情報の引き出しが少ないからであろう。

彼らには「かいけつゾロリ」シリーズあたりで構わないから

問題、解決、問題、解決がアップテンポで展開するような本を読んで

ワクワクし、そして自分なりに考えて答えを絞り出すということが必要な気がする。

さて、2日後は「子供の日」

我が門下生、創造力豊かな子になって欲しいと願うばかりである。

「子供」は「子供」であって

「小さな大人」では無い!!


難しいの~、、
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本日、4月7日

一昨日はパスクア、昨日はパスクエッタ、、、

街中はキリストの復活祭のディスプレーをいたるところで見かける。

その影響であろう、、、

昨日、とても奇妙な夢を見た。

私の夢の中にキリストが現れゆっくりと近づいてこられる。

おやっ?なんかおかしいな~。

あれっ?キリストって目が悪かったっけ?

私の夢に現れたキリストは銀縁の眼鏡をかけておられる。

あっ!?「ジョン・レノン」だっ!!


そう、キリストの格好をして近づいてきたのはジョン・レノンだった。

私の目の前までくると彼は一言「LOVE & PEACE」と言った。

何度も聞いたフレーズなのに、私は彼に直接言われたということもあったのか

非常に気分が高揚した。

と、突然目の前に私が苦手としてきた友人やら先生やらクライアントが現れた。

いつも彼らのことは頭の中で封印して

出来るだけ思い出さないようにしてたのに、、、、

突然、堰を切ったように現れた。

普段なら思い出すだけで嫌な気分になるのだが、、、

私の傍らに立っているジョン・レノンがもう一度「LOVE & PEACE」という、、。

何がどうなったか解らないが、

この「LOVE & PEACE」の一言が魔法の呪文のように私の「何か」を一変させた。

そして、目の前にいる本来苦手な人達が

とても可愛く思えたり、面白く思えたり、この人はこうじゃないとな、、、

と何のストレスも無く「苦手な人達」を受け入れてる自分がいた。

それはとても心地よい状態で、

季節で言うなら「春」

色で言うなら「淡いオレンジ」と「淡いピンク色」といったような感じ。

「LOVE & PEACE」・・・

いい言葉だな・・・とは思ったことはあるが何気なく聞き流していた言葉。

しかし、この夢の中で嫌な人、苦手な人も

心が「超」穏やか(PEACE)であれば、

可愛いとか、面白いという風に見る事ができるんだと、、、

苦手な人相手に可愛いとか、面白いとか思えるには深い「愛」(LOVE)が不可欠。

愛情が深くなれば、自然と平和な世の中になっていく。

同じように平和になれば、心に余裕が生まれ愛情も深く、豊かになっていく。

あくまで昨日みた「夢」に過ぎないが、

「LOVE & PEACE」がストンと腑に落ちた。




これはどうでもいいことだが、

夢の最後、イエスに似たジョンと過去私が苦手としていた人達と

肩を組み合って「イマジン」をみんなで合唱した。

こんな世の中が来る事、、、決して難しく無いな~と実感。

さて、どんな人に対しても笑顔でいられるようステージを高めよっと!!

苦手な人がいるようでは指導者としてはまだまだ未熟ですな。


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「感情」とは非常に厄介なもの、、、。

正しく門下生に伝えるにはどうしたらいいものか?

長年悶々としていた。

幸い、今日は1週間のうち唯一空手の稽古がない日曜日。

ということで、1日「感情」について真剣に考えてみた。

その甲斐あって、方程式(仮説)を導き出すに至った!!

私は常日頃「感情を使うな!!」と門下生に言う。

(正しくは「大きな感情を使うな!!」)

これが結構誤解を生んでいるようで、

「感情豊な子(人)は良く無い!!」と私が思っていると曲解される。

私は、感情豊かな子を否定するどころか、

世間一般の人と同様「感情豊な子」はもの凄く素晴らしい事だと思う。

ただ、一喜一憂することも「感情豊か」と捉えるのであれば、

それは全く考え方を異ににする。

これに関しては後ほど書かせて頂くとして、

本題の方程式の話を進めさせて頂く。

まず方程式の前提条件として

「嬉しい!!」「楽しい!!」=これはプラスの感情なのでPとする。
(プラスのP

「悲しい」「悔しい」「腹立つ」=これはマイナスの感情なのでMとする。
(マイナスのM

楽しくなったり、悲しくなったりするには必ず「出来事」があるのでDとする。
(出来事のD


方程式その1
(大きな出来事D大きなプラス感情Pが組合わさると大きなとなる)

D × P = 

これは、例えば受験をして無事合格した後の家庭内パーティーが当てはまる。
この場合は家族中で心の底から思いっきり感情を出して喜べばいいと思う。
ただ、もし家庭内では無く、外で大きな感情を出す場合は注意が必要である。
なぜなら、周りに不合格になった人とか、まだ合格通知が出てない人がいる場合に

感情を出すことは利己的な感情表出であり、
理性(他人の気持ちを思いやる優しさ)に欠ける。



方程式その2
(大きな出来事D大きなマイナス感情Mが組合わさると大きなとなる)

D × M = 

これは例えば会社で大きな失敗をしてしまったとする。
そして上司からボロクソに言われ「クッソー!!」と思う。
感情の大きい、小さいの差はあっても悲しい事、腹立つこと、悔しいこと、、、は
この方程式に当てはまる。
これは自分ばかりでなく、周りの雰囲気をも悪くするので、
頑張ってこのような感情を使わないよう努力したい。




方程式その3
(大きな出来事Dと感情を使わないが組合わさると大きなとなる)

D ×  = 

これは例えれば大会で優勝したとする。
その場合、優勝という事実だけ受け止め
「やったー」というような感情は表に出さないということ。
これは方程式1で書いたように、
社会生活を営む以上、自宅の自分の部屋で自分1人という環境以外は
全て周りに自分の態度が影響及ぼすということを認識しなければならない。
だから出来る限り私は感情を押さえた方がいい考える。

中には、「感情を押さえることは良く無い。
素直な感情で生きることがストレスが溜まらなくていい!!」
という方がおられる。
というか、大半の方がそういう考え方ではなかろうか?
確かに、素直な感情に従って生きるというのも正しい生き方かも知れない。
しかし、感情というものは本能に非常に近いと考える。
「本能」とは動物に近いものなので、非常にそのパワーは大きく、強力である。
しかし、本能のままに生きては社会秩序が乱れるので、
人間は「理性」で本能を押さえ込み社会性を保っている。
本能は非常に強い力を秘めているので、
本能を思いっきり使った後は一種のトランス状態になって
気分がリセットされる効果も否定できない。
だから、耐えられないほどの悲惨な目に合ったときは、
烈火のごとく怒ったり、泣き叫ぶことで傷ついた心を修復することは
逆にいいことだと思う。


まとめ

本能に導かれた感情は理性によるコントロールが効きにくいので、

オーバーな感情表現は控えた方がいい。

馬鹿笑い、号泣は周りの空気を一変させてしまう程のパワーを持っているので要注意。

感情を使うと自分ばかりか、相手にも必ず影響を与える

それゆえ

マイナスの感情は極力理性で押さえ込むべきだが、

例えプラスの感情であっても、

時には相手を傷つけることがあるがあることを十分理解すること。


相手がどんなに大きなマイナスの感情をぶつけてきても、

自分が理性をもって感情をコントロール(感情を使わない=0)していれば

そこに揉め事は起こらない。

M(相手の感情) × 0(自分の感情)= 

以上!!

言いたい事が伝わっただろうか・・・

師範解りました!!

「感情を使うな!!」とは

こういうことですね!!


あかーん、全然伝わってな~~~い!!

伝えるということは難しいの~
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を初めて習う時、まず真っすぐに線をひく練習をする。

それができるようになったら次に曲線を描く練習をする。

この基礎的な線が描けるようになって初めて物をデッサンする段階に移る。

そしてだんだん上手にデッサンができるようになると

絵の具を使って色づけという作業に入る。

ここまで出来るようになったら、

もう自分で好きな物を選んで思い思いに描くことができる。

しかし、実際絵が描ける技術を身につけたにも関わらず、

真っ白な画用紙を渡すとワクワクする子と、

何を描いていいのか思い浮かばず逆に苦痛の表情を浮かべる子がいる。

真っ白な画用紙を前にしてワクワクする子は多くの場合「夢」を持っている。

つまり、絵の基礎的な技術を習う前に既に描きたいものをもっている場合が多い。

逆に苦痛の表情を浮かべる子は、そもそも何かを描きたいという気持ちが無いので、

練習して上手になりたいというより、描かされているという面の方が大きい。

「夢」というのは実に不思議な力があって、「夢」を持ってる人に情熱を宿らせる。


情熱が宿った人は、やることなすことが楽しいので、目がキラキラと輝く。

そして、人間とは誠に面白い生き物で、

キラキラとしたものを見たり触ったりするのが本能的に大好きなのである。

だから、キラキラと輝いていると人がいると自然とその人に引き寄せられてしまう。

人が集まる所には活気が生まれ、プラスのパワーがどんどん増幅される。

すると、夢を持ってる人の周りにはエネルギーが満ちて、

次から次へと面白いように自分の「夢」が実現していくようになっている。

しかし、残念なことに現代社会においては「夢」を持っていない人が非常に多い。

学校で決められた授業をこなし、

出された宿題を毎日毎日「義務」的にやっていては、

知らず知らずのうちに「夢」を考えることすら忘れてしまうのであろう。

でも安心してほしい。

「夢」を掲げることに「もう遅い」という事は全く無い。

「夢」が現在思い浮かばないという人は、

どんなに時間をかけても構わないので、

真剣に考え、「ワクワクする夢」を見つけるべきである。

「ワクワクする!」ということがとても大切で、

いい学校に入る」というのは夢を叶えるための手段であって、

こういうは「夢」とは言えないから注意。

「夢」が見つかれば、あとは滑走路を思いきり走行し、

「夢(上空)」に向かって飛び立つだけ。

でも、「夢」がないと、先程の画用紙の例のように、

飛び立つ方向も目的地もわからなければ、

滑走路をウロチョロと何度も往復するだけで、

それでは苦痛以外の何物でもない。


学校では飛び立つため知識は学ぶ。

その後は期待を膨らませてあなた自身が決めた「夢」の方向に向かって

飛び立てばいい。

どこにでも自由に行ける翼を持ちながら、

滑走路でうろうろしている人を見ると私は残念でならない

難しいの~、、、

Quando si impara per la prima volta a disegnare
  si traccia una linea retta e poi si fa una curva

In seguito si comincia a copiare.

Piano piano si diventa capaci di copiare bene
e poi si usano anche i colori
Quando si arriva a questo livello
si riesce a disegnare quello che si vuole
ma nonostante si abbia acquistato la tecnica del disegno

c’e’ chi si diverte e c’e’ chi non sa cosa disegnare e quindi soffre.
I bambini che si divertono a disegnare

tante volte hanno un desiderioquello che prima di imparare la tecnica base, sanno giacosa vogliono disegnare.
I bambini, invece, che soffrono non hanno voglia di disegnare

ma si sentono obbligati a farlo.
“Il sogno” ha un effetto strano: da’ la forza di cercare di realizzarlo.

 Le persone che hanno un sogno hanno gli occhi che brillano, perchesi divertono con qualsiasi cosa che fanno.

Agli esseri umani  piacciono le cose che brillano e quindi se c’equalcuno che luccica attira le persone e fa nascere l’ energia positiva che continua ad aumentare; cosi’ dove c’e’ una persona che brilla ed ha grandi sogni riesce ad attirare tante energie positive e con queste riesce a realizzare i suoi sogni.

Purtroppo, pero’, ci sono tante persone che non hanno sogni in questa societa’, chi va a scuola tutti giorni,  facendo i compiti come “obbligo”,si dimentica di sognare.

Non preoccupatevi  perche’ cominciare a sognare non e’ mai troppo tardi.

Chi non ha sogni, anche se ci impiega tanto tempo a trovarlo, 
si impegni a cercare il suo sogno che gli  fa battere il cuore. 

Ricordatevi, pero’, che “frequentare una scuola prestigiosa” non e’ il sogno, ma un metodo per avvicinarsi al vostro sogno.
Chi riesce ad intravvedere la realizzazione del suo sogno, 

non se lo faccia sfuggire e imbocchi la pista decollando immediatamente.

Chi invece non intravvede il sogno, rimane sempre sulla pista andando avanti e indietro senza decollare e quindi soffre moltissimo.

La scuola fornisce i mezzi e gli strumenti per decollare, 

ma l’arte di decollare dipende da te.

 Io soffro tantissimo quando vedo i ragazzi che hanno le ali con le quali potrebbero volare ovunque, ma non riescono a volare.

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人の気分はいつも安定しているわけではない。

私の道場も門下生が増え、

彼ら全員が毎回、毎回集中して真剣に稽古をするというは理想だが、

現実的にはそれは不可能。

学校で友達にからかわれたり、

明日、苦手な科目のテストが控えていたり、

大事な物を無くしたり、

会社で大きなミスをしたりと

人にはそれぞれ不機嫌になる出来事があって機嫌が悪くなってしまうのである。


そういう相手に対して

「どうしたの?大丈夫?」と声をかけることは一見、親切そうに思えるが、

私は「放っておけばいい」というのが自論。

私をあまりよく知らない人は、なんて「冷たい人」なんだろうと思うかも知れない。

しかし、私は「冷たい人」ではない。

なぜなら、道場でこのようなブスっとした態度で入ってきた者に対し、

その後、意識を切り替えられないまま稽古を続けていると

「おい、こらっ!!もういい!!稽古はいいから帰れ!!」と畳み込む。

だから、「冷たい」というより「冷徹」の方が捉え方としては正しい。

先程も書いたが機嫌が悪い人には、悪いなりの都合がある。

こちらがその都合に合わせることは無く、放っておくのが一番。

で、こちらはそういう相手に気を遣わせることにならないよう、

いつも笑顔でいることが大切。

だから、相手がどんなに機嫌が悪くとも、

自分は自分、相手の事を気にせず「いつも笑顔」という自分勝手な態度を勧める。

機嫌の悪い人を心配し、その人まで機嫌の悪い人と

瓜二つのような深刻な顔になってしまっているのをよく見かける。

そのような接し方もあるのだろうが、

「構い過ぎ」ではなかろうか?

機嫌が悪い人にはその人なりの都合があって機嫌が悪くなっているのだから、

こちらとしては「お構いなし」という接し方でいいと考える。

中には「あんなに心配してあげたのに・・・」なんて

お門違いの愚痴をこぼす人もいる。

私からすると滑稽としか言いようが無い。

わが道場の人達も中級以上になったら、

自分の事で人に気を遣わせてはいけない。

自分の機嫌ぐらい自分で管理しなければいけない。

道場に入り、一礼したら心を「無」にして真剣に稽古と向き合わねばいけない。

家族でもめ事があったとしても、

校門をくぐった時、あるいは会社で自分のデスクについたら、

気分を穏やかに切替て、やるべき事に集中すべきである。

まー、わが道場、緑帯以上の人はこんなこと言われなくても解っているとは思うが、、


他人はどうであれ、

いつもニコニコ

自分勝手で構わん!!



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