ミラノ空手師範のブログ

イタリア ミラノで琉球少林流空手道を教えています。
日々の稽古で気づいた事を綴っていきます。


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門下生にはよく「器を大きくしない!!」と発破をかける。

しかし、日本人の門下生でも「器」を拡げる抽象的イメージは出来ても、

じゃあ、どうすれば大きくできるのかという具体的な方策を理解している人は少ない。

だから、これをイタリア人に理解してもらうには相当な語学力が求められる。

今の私には全然無理!!

だからといって諦めているわけでは無いが、、、

以前、コップに張った水と風呂場に張った水でそこにコインを落とすと

どういう違いが起こるのか?という話を門下生にしたことがある。

また、同じような例えになるが、

今回はゴルフボール大の「石」を

水を張ったコップに入れるとどうなるか?という風に少し設定を変えてみる。

当たり前だが「石」を入れた途端コップから水は溢れ出す!!

次に風呂場ではなく「湖」にゴルフボール大の「石」を落としたら、、に変えてみる。

湖に少し波紋は出るもののすぐに穏やかな水面に戻る。

これは、何かトラブルに直面したときの「心のざわつき」と捉えられると思う。

コップのような「小さい器」は

たかがゴルフボール大の大きさの「石」(トラブル)でも

溢れてしまう(キレてしまう)のに対し、

湖はゴルフボールくらいの大きさの石なら

ほとんど水面を揺らすことなく「石」を呑み込んでしまう、、、。

だから、「器」が大きいと何かトラブルに直面した場合でも

どっしりと構え、冷静沈着な判断が下せるので、

器を大きくすることは大切な事だと思う。

で、器を大きくしたかったら、

とりあえず問題を自分の中に呑み込んで、

やせ我慢でもいいから、ぐっと耐えて平静を装うということを何度も繰り返して

徐々に慣れていく修業が必要。

そのためには、のほほんとしてないで、

自分から火中の栗を拾いに行くくらいにならないと、

なかなか器を大きくすることは難しい。

それが出来ない人は、少なくても空手の稽古時間くらいは、

肩でぜーぜー息をするくらい、

毎回、毎回自分を追い込むことで、

器を徐々に大きくしていってほしいと願う、、、。

じゃあ、かくいう私の器はデカいのか?と言えば、、、

自分ではまだまだ全然ダメだと自覚している。

私はこうなりたいという具体的な指導スタイルを持っていて、

そのような指導者になれたのなら、

「器がでかくなった・・」と自分自身で認めていいのでは、、、と思っている。

その指導者のあり方とは「最高に嫌な指導者」というもの。

道場で、毎回、毎回「四股!!」「声が小さい!!」とガミガミ言われれば、

「嫌だな~・・」「うるせ~な~、、、」と思うのは当然である。

しかし、これは「嫌な指導者」であって

「最高に嫌な指導者」には当たらない。

私が言う「最高に嫌な指導者」とは

「無言」で「ニコニコ」

それでいてその指導者に対して「言い訳が出来ない」という人を指す。


門下生の中には残念ながらいろいろを理由つけて休む子がいる。

私は小学校、中学校ともに皆勤、イタリアに空手道場を開場し、

間もなく8年目に入るが、おそらく1日も休んだ事は無い、、、。

理由をつけて休むのはいとも簡単なことだが、

皆勤というのは、かなりの忍耐が求められる。

こういう困難な時でも最後まで「根を上げない」という事を

身を持って実践し続ければ、

おそらく門下生の「言い訳」に「無言」で蓋をできるのでは、、と考えている。

で、私に今、一番足りないのは、

言い訳をする門下生に対して「ニコニコ」と対応できないという点である。

私が「湖」のような器の持ち主なら、そんな言い訳も呑み込んで

「ニコニコ」と対応できるのであろうが、

まだまだその「器」ではない。

言い訳をする人に「ニコニコ」と対応する必要などないと言われ方もいると思うが、

すべてを見透し、その上で「ニコニコ」顔で対応されるほど怖いものは無い

と私は考える。

空手は「戦わないで勝つ」ことが最高の勝ち方と宗家に教えて頂いた。

まずは、自ら率先して高い目標に挑み、

一切の言い訳をしない姿を門下生に見せる。

それをすることで、うるさい説教をすること無く「道」を解らせ、

門下生とのコミュニケーションは「笑顔」のみ、、、

ん~~~最高に嫌な指導者だ、、、、

これは、子育てにおいても同じ。

子供の見本は、まずは親!!

こうなって欲しいという理想の子供像があるのなら、

簡単!!簡単!!

子供にあ~しなさい!こ~しないという前に

親がやって、そのやってる姿を子供に見せればいいだけ!!

不思議な事に、親が出来てないないのに、

子供には「やらないとだめでしょう!!」という親がなんと多いことか・・・

子育て、、、難しいけど、実はシンプル!!



















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正しい子育て!!

これは永遠のテーマ

同じ家庭環境に育っていながら我が子供たち(2人)は性格が真逆!!

ただ、よ~く観察してみてると2人とも根本部分に大きな違いは無い。

空手を指導している立場上、多くのご父兄から子育てに関して相談を受ける。

その多くは人格形成途中のその子の一部分を切り取った形での相談なので

全くといって問題ないものばかり、、、。

そうはいっても、今のご父兄は昔に比べお子さんと年齢が近いせいか、

親子リレーのように手をつないで人生というトラックを一緒に走っているので、

競技そのものの順位をやたら気にしてしまう傾向がある。

運動会なんて人生のほんの1部に過ぎない、、

運動会の順位なんて、1週間もすればみんな忘れているし、

その運動会の出来、不出来で人生の歯車が狂うなんてことはまずありえない。

だから、いい結果がだせたなら、それは素直に喜べばいいが、

結果が悪かった場合はすぐに忘れ次に向かえばいいだけのこと、、、



私も50歳を過ぎ、

この歳だからこそ見えてくるものがある。

正しい見え方がどうか解らないが、一応子育ての一助になればと思い私の私見を述べる。

空手を指導していてこの子「本当に」いい子だな~と思う子がいる。

そういう子のご両親は間違い無く「温和で夫婦仲がいい」

いろいろ子育てのハウツー本が出てるが、

私は「温和で夫婦仲がいい」・・それだけで、

子育てに関しては90点以上付けていいと自信を持って言いたい。



それから話は飛ぶが次は「ケータイ」との関わり方について。

今の子は遅くまで塾に通う子が多いため、

防犯の意味から小学生でも「ケータイ」を持っている子が多い。

「ケータイ」を否定する気は無いが、

ケータイを持たせる本来の目的を今一度明確にすべきと思う。

万が一の時の子供との通信手段が「ケータイ」を持たせる目的であるなら、

アプリ満載のスマホを持たせる意味など無い!!


次に「ケータイ」と比例するのが「時間の消費」の問題

時間は1日たった24時間しかないのに、

無意味なアプリいじくって時間を浪費するなんて

私には全く理解できない!!

(私の場合、通話にすら出ないという別の意味で大きな問題を抱えているが、、)

生産性の無いものは一切無意味とまでは言わないが、

しょっちゅう「ケータイ」を触っているのは如何なものかと、、、



そして、私が一番危惧しているのは

子供がしゃべりかけているのに、

返事も上の空で「ケータイ」画面から目を離さない親たちの方だ、、

そんな親を子供たちはしっかりと見ているし、

小さい子は親のやることは正しい事だと思っているので、

普通に小学校高学年にもなれば、

立派な「ケータイ」依存症の出来上がり!!

コミュケーションのあり方、

時間の浪費、、、

情けないというよりは、

可哀想で、そんな人達で世の中が構成されていくと考えると怖くもある。



最後は創造力に関して、

子供たちと接していて感じるのは

思った以上に創造力が無いということ。

ある課題を出して、それについて自由に考えを出してみて、、、

というと、ま~~答えを出すのに時間がかかる、かかる。

正しい答えなどそもそもないような課題に対しても

間違った事は言ってはいけない、、、というブレーキがかかるだろうか、

ポンポンと意見が出てこない。

で、答える子がいても、ま~~内容がくたびれた中年おっさんか!?

というくらいコンサバで常識的な発言ばかり、、、

おそらく情報の引き出しが少ないからであろう。

彼らには「かいけつゾロリ」シリーズあたりで構わないから

問題、解決、問題、解決がアップテンポで展開するような本を読んで

ワクワクし、そして自分なりに考えて答えを絞り出すということが必要な気がする。

さて、2日後は「子供の日」

我が門下生、創造力豊かな子になって欲しいと願うばかりである。

「子供」は「子供」であって

「小さな大人」では無い!!


難しいの~、、
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本日、4月7日

一昨日はパスクア、昨日はパスクエッタ、、、

街中はキリストの復活祭のディスプレーをいたるところで見かける。

その影響であろう、、、

昨日、とても奇妙な夢を見た。

私の夢の中にキリストが現れゆっくりと近づいてこられる。

おやっ?なんかおかしいな~。

あれっ?キリストって目が悪かったっけ?

私の夢に現れたキリストは銀縁の眼鏡をかけておられる。

あっ!?「ジョン・レノン」だっ!!


そう、キリストの格好をして近づいてきたのはジョン・レノンだった。

私の目の前までくると彼は一言「LOVE & PEACE」と言った。

何度も聞いたフレーズなのに、私は彼に直接言われたということもあったのか

非常に気分が高揚した。

と、突然目の前に私が苦手としてきた友人やら先生やらクライアントが現れた。

いつも彼らのことは頭の中で封印して

出来るだけ思い出さないようにしてたのに、、、、

突然、堰を切ったように現れた。

普段なら思い出すだけで嫌な気分になるのだが、、、

私の傍らに立っているジョン・レノンがもう一度「LOVE & PEACE」という、、。

何がどうなったか解らないが、

この「LOVE & PEACE」の一言が魔法の呪文のように私の「何か」を一変させた。

そして、目の前にいる本来苦手な人達が

とても可愛く思えたり、面白く思えたり、この人はこうじゃないとな、、、

と何のストレスも無く「苦手な人達」を受け入れてる自分がいた。

それはとても心地よい状態で、

季節で言うなら「春」

色で言うなら「淡いオレンジ」と「淡いピンク色」といったような感じ。

「LOVE & PEACE」・・・

いい言葉だな・・・とは思ったことはあるが何気なく聞き流していた言葉。

しかし、この夢の中で嫌な人、苦手な人も

心が「超」穏やか(PEACE)であれば、

可愛いとか、面白いという風に見る事ができるんだと、、、

苦手な人相手に可愛いとか、面白いとか思えるには深い「愛」(LOVE)が不可欠。

愛情が深くなれば、自然と平和な世の中になっていく。

同じように平和になれば、心に余裕が生まれ愛情も深く、豊かになっていく。

あくまで昨日みた「夢」に過ぎないが、

「LOVE & PEACE」がストンと腑に落ちた。




これはどうでもいいことだが、

夢の最後、イエスに似たジョンと過去私が苦手としていた人達と

肩を組み合って「イマジン」をみんなで合唱した。

こんな世の中が来る事、、、決して難しく無いな~と実感。

さて、どんな人に対しても笑顔でいられるようステージを高めよっと!!

苦手な人がいるようでは指導者としてはまだまだ未熟ですな。


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「感情」とは非常に厄介なもの、、、。

正しく門下生に伝えるにはどうしたらいいものか?

長年悶々としていた。

幸い、今日は1週間のうち唯一空手の稽古がない日曜日。

ということで、1日「感情」について真剣に考えてみた。

その甲斐あって、方程式(仮説)を導き出すに至った!!

私は常日頃「感情を使うな!!」と門下生に言う。

(正しくは「大きな感情を使うな!!」)

これが結構誤解を生んでいるようで、

「感情豊な子(人)は良く無い!!」と私が思っていると曲解される。

私は、感情豊かな子を否定するどころか、

世間一般の人と同様「感情豊な子」はもの凄く素晴らしい事だと思う。

ただ、一喜一憂することも「感情豊か」と捉えるのであれば、

それは全く考え方を異ににする。

これに関しては後ほど書かせて頂くとして、

本題の方程式の話を進めさせて頂く。

まず方程式の前提条件として

「嬉しい!!」「楽しい!!」=これはプラスの感情なのでPとする。
(プラスのP

「悲しい」「悔しい」「腹立つ」=これはマイナスの感情なのでMとする。
(マイナスのM

楽しくなったり、悲しくなったりするには必ず「出来事」があるのでDとする。
(出来事のD


方程式その1
(大きな出来事D大きなプラス感情Pが組合わさると大きなとなる)

D × P = 

これは、例えば受験をして無事合格した後の家庭内パーティーが当てはまる。
この場合は家族中で心の底から思いっきり感情を出して喜べばいいと思う。
ただ、もし家庭内では無く、外で大きな感情を出す場合は注意が必要である。
なぜなら、周りに不合格になった人とか、まだ合格通知が出てない人がいる場合に

感情を出すことは利己的な感情表出であり、
理性(他人の気持ちを思いやる優しさ)に欠ける。



方程式その2
(大きな出来事D大きなマイナス感情Mが組合わさると大きなとなる)

D × M = 

これは例えば会社で大きな失敗をしてしまったとする。
そして上司からボロクソに言われ「クッソー!!」と思う。
感情の大きい、小さいの差はあっても悲しい事、腹立つこと、悔しいこと、、、は
この方程式に当てはまる。
これは自分ばかりでなく、周りの雰囲気をも悪くするので、
頑張ってこのような感情を使わないよう努力したい。




方程式その3
(大きな出来事Dと感情を使わないが組合わさると大きなとなる)

D ×  = 

これは例えれば大会で優勝したとする。
その場合、優勝という事実だけ受け止め
「やったー」というような感情は表に出さないということ。
これは方程式1で書いたように、
社会生活を営む以上、自宅の自分の部屋で自分1人という環境以外は
全て周りに自分の態度が影響及ぼすということを認識しなければならない。
だから出来る限り私は感情を押さえた方がいい考える。

中には、「感情を押さえることは良く無い。
素直な感情で生きることがストレスが溜まらなくていい!!」
という方がおられる。
というか、大半の方がそういう考え方ではなかろうか?
確かに、素直な感情に従って生きるというのも正しい生き方かも知れない。
しかし、感情というものは本能に非常に近いと考える。
「本能」とは動物に近いものなので、非常にそのパワーは大きく、強力である。
しかし、本能のままに生きては社会秩序が乱れるので、
人間は「理性」で本能を押さえ込み社会性を保っている。
本能は非常に強い力を秘めているので、
本能を思いっきり使った後は一種のトランス状態になって
気分がリセットされる効果も否定できない。
だから、耐えられないほどの悲惨な目に合ったときは、
烈火のごとく怒ったり、泣き叫ぶことで傷ついた心を修復することは
逆にいいことだと思う。


まとめ

本能に導かれた感情は理性によるコントロールが効きにくいので、

オーバーな感情表現は控えた方がいい。

馬鹿笑い、号泣は周りの空気を一変させてしまう程のパワーを持っているので要注意。

感情を使うと自分ばかりか、相手にも必ず影響を与える

それゆえ

マイナスの感情は極力理性で押さえ込むべきだが、

例えプラスの感情であっても、

時には相手を傷つけることがあるがあることを十分理解すること。


相手がどんなに大きなマイナスの感情をぶつけてきても、

自分が理性をもって感情をコントロール(感情を使わない=0)していれば

そこに揉め事は起こらない。

M(相手の感情) × 0(自分の感情)= 

以上!!

言いたい事が伝わっただろうか・・・

師範解りました!!

「感情を使うな!!」とは

こういうことですね!!


あかーん、全然伝わってな~~~い!!

伝えるということは難しいの~
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を初めて習う時、まず真っすぐに線をひく練習をする。

それができるようになったら次に曲線を描く練習をする。

この基礎的な線が描けるようになって初めて物をデッサンする段階に移る。

そしてだんだん上手にデッサンができるようになると

絵の具を使って色づけという作業に入る。

ここまで出来るようになったら、

もう自分で好きな物を選んで思い思いに描くことができる。

しかし、実際絵が描ける技術を身につけたにも関わらず、

真っ白な画用紙を渡すとワクワクする子と、

何を描いていいのか思い浮かばず逆に苦痛の表情を浮かべる子がいる。

真っ白な画用紙を前にしてワクワクする子は多くの場合「夢」を持っている。

つまり、絵の基礎的な技術を習う前に既に描きたいものをもっている場合が多い。

逆に苦痛の表情を浮かべる子は、そもそも何かを描きたいという気持ちが無いので、

練習して上手になりたいというより、描かされているという面の方が大きい。

「夢」というのは実に不思議な力があって、「夢」を持ってる人に情熱を宿らせる。


情熱が宿った人は、やることなすことが楽しいので、目がキラキラと輝く。

そして、人間とは誠に面白い生き物で、

キラキラとしたものを見たり触ったりするのが本能的に大好きなのである。

だから、キラキラと輝いていると人がいると自然とその人に引き寄せられてしまう。

人が集まる所には活気が生まれ、プラスのパワーがどんどん増幅される。

すると、夢を持ってる人の周りにはエネルギーが満ちて、

次から次へと面白いように自分の「夢」が実現していくようになっている。

しかし、残念なことに現代社会においては「夢」を持っていない人が非常に多い。

学校で決められた授業をこなし、

出された宿題を毎日毎日「義務」的にやっていては、

知らず知らずのうちに「夢」を考えることすら忘れてしまうのであろう。

でも安心してほしい。

「夢」を掲げることに「もう遅い」という事は全く無い。

「夢」が現在思い浮かばないという人は、

どんなに時間をかけても構わないので、

真剣に考え、「ワクワクする夢」を見つけるべきである。

「ワクワクする!」ということがとても大切で、

いい学校に入る」というのは夢を叶えるための手段であって、

こういうは「夢」とは言えないから注意。

「夢」が見つかれば、あとは滑走路を思いきり走行し、

「夢(上空)」に向かって飛び立つだけ。

でも、「夢」がないと、先程の画用紙の例のように、

飛び立つ方向も目的地もわからなければ、

滑走路をウロチョロと何度も往復するだけで、

それでは苦痛以外の何物でもない。


学校では飛び立つため知識は学ぶ。

その後は期待を膨らませてあなた自身が決めた「夢」の方向に向かって

飛び立てばいい。

どこにでも自由に行ける翼を持ちながら、

滑走路でうろうろしている人を見ると私は残念でならない

難しいの~、、、

Quando si impara per la prima volta a disegnare
  si traccia una linea retta e poi si fa una curva

In seguito si comincia a copiare.

Piano piano si diventa capaci di copiare bene
e poi si usano anche i colori
Quando si arriva a questo livello
si riesce a disegnare quello che si vuole
ma nonostante si abbia acquistato la tecnica del disegno

c’e’ chi si diverte e c’e’ chi non sa cosa disegnare e quindi soffre.
I bambini che si divertono a disegnare

tante volte hanno un desiderioquello che prima di imparare la tecnica base, sanno giacosa vogliono disegnare.
I bambini, invece, che soffrono non hanno voglia di disegnare

ma si sentono obbligati a farlo.
“Il sogno” ha un effetto strano: da’ la forza di cercare di realizzarlo.

 Le persone che hanno un sogno hanno gli occhi che brillano, perchesi divertono con qualsiasi cosa che fanno.

Agli esseri umani  piacciono le cose che brillano e quindi se c’equalcuno che luccica attira le persone e fa nascere l’ energia positiva che continua ad aumentare; cosi’ dove c’e’ una persona che brilla ed ha grandi sogni riesce ad attirare tante energie positive e con queste riesce a realizzare i suoi sogni.

Purtroppo, pero’, ci sono tante persone che non hanno sogni in questa societa’, chi va a scuola tutti giorni,  facendo i compiti come “obbligo”,si dimentica di sognare.

Non preoccupatevi  perche’ cominciare a sognare non e’ mai troppo tardi.

Chi non ha sogni, anche se ci impiega tanto tempo a trovarlo, 
si impegni a cercare il suo sogno che gli  fa battere il cuore. 

Ricordatevi, pero’, che “frequentare una scuola prestigiosa” non e’ il sogno, ma un metodo per avvicinarsi al vostro sogno.
Chi riesce ad intravvedere la realizzazione del suo sogno, 

non se lo faccia sfuggire e imbocchi la pista decollando immediatamente.

Chi invece non intravvede il sogno, rimane sempre sulla pista andando avanti e indietro senza decollare e quindi soffre moltissimo.

La scuola fornisce i mezzi e gli strumenti per decollare, 

ma l’arte di decollare dipende da te.

 Io soffro tantissimo quando vedo i ragazzi che hanno le ali con le quali potrebbero volare ovunque, ma non riescono a volare.

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