ミラノ空手師範のブログ

イタリア ミラノで琉球少林流空手道を教えています。
日々の稽古で気づいた事を綴っていきます。


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いつもは門下生に向けてだったり、

そのご両親に向けて「伝えたい話」を書いているのだが、

今日はちょっと趣向を変えて「夫婦」について書いてみる。

夫婦というもの、、、

そもそも「相性」というのが一番大切なのではないかと考える。

これは食事と同じ。

おいしい肉料理に赤ワイン。

焼き魚にお味噌汁。

双方がお互いの良さを引き出す関係、、、、

これが夫婦のいいところと思う。

あと、大切なのは賞味期限。

どこの夫婦も出会った頃はお互い鮮度もあり、

爽やかな食感と若々しい風味があったことと思う。

しかし、その鮮度を何年も

ましてや何十年もかわらないままというのはあり得ない。

もし、昔と全く変わらないという夫婦がいたとするなら

それはお互い防腐剤(添加物)まみれか、

もしくは無菌状態で全く一般社会と交わったことない純粋バイオ夫婦としか考えられない。

やはり、年数ととも夫婦関係も多かれ少なかれ変化していくのが当たり前

ただ、それが年を重ねるごとに劣化して異臭を放ったり、カビだらけになるか、

上質のワインやチーズのように年を重ねるごとに円熟実を増していくかは

夫婦の関わり方による。

相手がどんどん上質のワインになっていくのなら、

自分もそのワインに見合った濃厚なチーズに頑張ってなろうとするものである。


年を重ねるごとに、あの人は昔はそうじゃなかった、、、、

なんて話はそこらじゅうで聞く。

しかし、夫婦というものはよくできたもので、

一方が上等のワインで一方が劣悪なチーズというのは私が見渡すかぎり

あまりない、、、。

澱だらけで温度管理もまったくされてない劣悪ワインの近くには

やはり食べると体を壊すカビだらけのチーズの相棒がいる。

逆に上手く年を重ねたワインの近くには

必ずといっていいほどそれを引き立たす上質なチーズが近くにある。

夫婦関係面白いの~。

異臭を放つワインやカビだらけのチーズは

くれぐれも子供手の届かないところに、、、、

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今回は伝えたい話というよりは伝えておきたい話。

私は学生の頃から人生をざっくり20年一括りでガラッと変えると決めていた。

第1ステージ(20歳まで)

第2ステージ(40歳まで)

第3ステージ(60歳まで)

第4ステージ(お迎えのくるまで・・

第1ステージはいわゆる学びのステージ=学生時代

第2ステージはいわゆるビジネスのステージ=実業時代

第3ステージは文化継承のステージ=空手の指導時代

第4ステージは治療のステージ

もちろん、第4ステージに入っても死ぬ直前までは空手稽古は続けるつもりである。

(体が動いていればの話だが、、)


振り返れば、ステージが変わるタイミングで居住地も変わってきている。

第1から第2に移るタイミング名古屋から横浜に移住。

第2から第3に移るタイミングで横浜からイタリアに移住。

第3から第4に移るタイミングで「鎌倉」に移住したいと考えている。

第4ステージは人生の最終章、、、一番大切な時間を過ごしたい。


さて、第4ステージは「治療」のステージだが、

私が体を壊して治療を受ける・・・

そういう意味ではない。

「心の病」に罹った人を治療しようというもの。

これは私が会社を経営していた30台の頃に想い描いた「夢」であり、

絶対に実現させるつもりである。

いったいどんな治療をするのか?

実は笑ってしまうくらい単純な治療、、、

とにかく、診察料とは一切頂かず無料!!

悩みのある人は私のところに訪れ、その悩みを打ち明ける。

(診療所のイメージ)

私は「そうですか、そうですか」とただただ相づちをうつだけ。

全部、胸のうちを吐き出してもらったところで

私はおもむろに立ち上がり別室へと向かう。

別室に入るとそこは床から天井まで、

そして壁という壁すべて本でびっしり埋め尽くされた調剤(本)の間。


どこにどの本が置いてあるのか熟知している私は迷う事無くその中から

先程相談に来られた人に最適な本を2、3冊脇に抱え

診療室にもどり、相談者にその本を貸し出す。

たったこれだけのこと。

本の処方箋を出す

「こころの診療所」

なんともへんてこりんな診療所である。

しかし、これが私の夢であり、必ず実現させたいと思っている。

第4ステージまであと残すところ7年、、、

とにかく第3ステージやれることを精一杯頑張ろうと思う。

面白いの~。
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TVでは再現ドラマというのをよくやってるが、今日は昨日の空手稽古の再現ブログ。


火曜日はミラノ日本人学校の体育館をお借りして空手の指導を行っている。

いつものように開始時間30分前に学校に着くと、

玄関で3人の小学1年の男の子が女性教員にかなりキツく叱られていた。

その3人の真ん中の子が叱られてる最中にも関わらず

チラチラ私の方を見てくる。

おや?と思い、近づいていくと叱られている3人の子の真ん中の子は

うちの空手道場のKと判明。

大切なお仕置きの時間、、、私は先生の邪魔をしては悪いと思い、

叱られてる彼らの脇を何も気付かぬふりをして通り過ぎ更衣室に向かった。

その後、Kは稽古開始から10分遅れて道場に顔を出した。

ちょうど、ストレッチも終わりみんなで礼をするタイミングだった。

礼を終え、全員が私と対峙したところで

私「武道をやるものは武術を習得するだけでなく、他の人の模範となるようになって欲しい。M!! おまえは今何年生だ?」

M「小学5年生です!!」

私「そうか、それならMは小学5年の中の模範となれるように頑張りなさい!!」

M「はい!頑張ります!」

私「R!! おまえは今何年生だ?」

R「小学3年生です!!」

私「そうか、それならRは小学3年の中の模範となれるように頑張りなさい!!」

R「はい!!」

私「K!! おまえは今日、先生からキツく叱られてたな?」

「おまえは同じ学年の中で模範になるどころか、問題の当事者だったな!!」

Kはい.......」

私「声が小さい!!!聞こえん!!」

Kはいっ

私「何をやっておるんだ!!お前は!!

私「仲裁に入るなら解るが問題を引き起こした当事者なんて恥を知れ!!」


その後、通常稽古に入る。

ミット蹴りの時間になり、子供と大人と分かれてミットを蹴るわけだが、

子供の列は自分の番ではない時は何度注意してもしゃべったり、ふざけたりする。

私「こらっ!!今度注意されたら白帯に変えるぞ!!

その後すぐに、ピリッとしまり誰も無駄口をきく者もなく真面目にミット蹴りが行われた

そして、ミット蹴りも残すところ後2人という時に

Jが列の前の子にちょっかいを出した。

私「こらっ!!J 来い!!

とJを呼び、その場で紺帯をはずし、体験者用の白帯をつけた。

Jは顔が真っ赤になり、白帯つけた時には涙がぼろぼろこぼれていた。

それを見ていた少年部はどん引き、、、、

しかし、ふざけたらこうなるとちゃんと予告はしていおいた。

ミット蹴りの後、我が道場は組手に移る。

みんなが防具を着け終わった頃、お母さんの一人が私のところにきて

「師範、Jがいません!!さっきまでいたのですが...」

私は、道場の仕切りを家内に任せ、道場を出てJを捜しに行った。

更衣室を覗いたがいない、、、。

どこに行ったんだろう?

トイレに行ってみると1つのドアが閉まっていた。

私「J いるのか?!」

J「ピッピ(おしっこ)」と返答

ほっと安心したが、出て来たJは涙で顔がぐしゃぐしゃだった。


可哀想、、、と思ったが

ここはもう少し我慢して白帯のまま道場にもどらせ組手をやらせた。

組手終了後、

私「J 来い!!」

Jに向かって

おまえは水色帯でも白帯でも無いんだぞ!!お前は紺帯なんだぞ!!

J「ごめんなさい..」

その後、白帯を外し紺帯を私が巻いてあげたが、

その顔を見てあっJは変わった!!これなら大丈夫!!と確信。


Jも私の門下生である以上、息子と一緒。

号泣しても、その子の為という「信」があるなら途中で折れるのは良くない。

ま~多かれ、少なかれどの家庭も我が子に対して

みなこういう試煉を与えているはず。

ただ、私は実の子と門下生を全く区別しない接し方なので、

入門したての親御さんはちょっとハラハラさせてしまうかもしれない。

ま~、特異な道場を選んでしまったと、、、諦めてもらう他ない。

今回のことで、面白い事が解った。

少年部にお灸を据えるのに、

黒帯など(上級者の注意)よりも

実は
「白帯」が最高に効き目があるということ。

面白いの~













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2016年 明けましておめでとうございます。


本年も思いつくままに、ブログを書いていこうと思う。

さて本年最初のブログは今日、1月2日からスタート。

1月2日は書き初めの日。

古来「書道」は文化の最高部門の1つとされ、

それを極めるための努力を新年の「書き始め」という風習として

受け継がれてきたと推測する。

そして、正月2日からその年の心構えや抱負などを精進することにより、

願いも叶うと、、、。

我が道場では新年の初稽古は「千本突き」からスタートする。

そして、道場の壁一面に門下生の今年1年の目標を貼り出し、

それを睨みながら、1本1本心を込めて千本突く。

そのためにも、私は今から門下生が昨年末に出した2016年度の目標を

墨で紙に書いていく。

枚数が枚数なだけに、

学校に提出する書き初めの課題と違って

何度も同じ字を練習するということは不可能なので、

基本的に書き間違いが無い限り、どの門下生の目標も書くのは「1発勝負」

字はお世辞にも上手いとは言えないので、その分1字1字丁寧に心を込めて書いてる。

だから、10枚くらい書くとヘトヘトになる。

今年の「1000本突き」には60人以上が参加するので、

頑張らなくては、、、、。

さて、「書道」

これも武道と同じく生涯精進しつづける「道」

私は「道」に出会えた者は幸せな人と思う。

「書道」「華道」「茶道」「柔道」「剣道」「合気道」「空手道」、、、

なんでもいいから、一つの「道」を歩み続けるということは、

人生に「深み」と「豊かさ」を味わうことが出来る。

残念ながら、入門したての若い門下生の中には

「サッカー」を習うことと「武道」を習うことの根本的な違いを理解してない者が多い。

だから、1年、2年という非常に短い修行で他の習い事に移ってしまう。

いや、移れてしまう、、、。もったいない事である。

私は長い年月をかけて、一人前の極道者になりたいと思っている。


極道者


今、初めて公にする私のカミングアウトにどん引きする門下生も多いのではなかろうか?

昨年末には「2016年 エコひいき」を宣言するは、、、

もう、無茶苦茶だな~と、、、、、

しかし、極道者・・・

勘違いされては困る。

これは「ごくどうしゃ」と言って、「ゴクドウモン」とは全く意味が違う。

極道者(ごくどうしゃ)とは本来仏教用語で仏法の道を極めた高僧を指す。

そこから、私は少し広く解釈し

「道を極めた者」は「極道者(ごくどうしゃ)」と考える。

少し話しが逸れるが

江戸時代「俠客(きょうかく)」という弱い者を助け、強い者を挫く人達がいて、

その中でもそれを極めた人のことを「極道者」と称した。

それがいつの間にか「ヤクザもの」とかぶるようになり、

さらに年月を経て「極道者(ごくどうもの)」と呼ばれるようになった模様。


話を戻すが、自分の歩むべき「道」を見つけた人は

人生の「宝」を見つけたのと同じ。

あとは大事に大事に一生かけて磨きあげていけばいい。

そうすればいずれは「道」を極め

立派な「極道者」になれること間違いなし!!

厳しいの~!!




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「ありがたい」

漢字で書くと「有り難い」

あることが難しいこと、まれであること。

だから、反対語は「あたりまえ」となる。

この「ありがたい」の反対語の話は最近よく耳目に触れるので

知ってる方も多いことであろう。

今日は12月31日 大晦日。

日本から「ひじき」だの「昆布」だの「乾燥小魚」等いろんな物が届く、

助かる。

「ありがたい」


大学時代の同級生や、昔の会社の部下、イタリア本部を巣立っていった門下生から
クリスマスカードが届く、

嬉しい。

「ありがたい」


空手の教え子が我が家を訪れワイワイ騒ぐ、

楽しい。

「ありがたい」


家族も門下生も今年一年大きな事故(骨折は2人いたが,,)もなく、
健康でいられたこと、,

ほっとする。

「ありがたい」


今年も沢山の新しい素敵な出会いがあった、

その人達とのこれからの関係を考える、、

ワクワクする。

「ありがたい」


薬を一切飲まずして2年、、

イキイキ!!。

「ありがたい」


毎日、食事を頂く、、

美味しい!!。

「ありがたい」



こんなに「ありがたい」ことが多いのに、


心がざわつく!!



なぜ??

「ありがたい」冒頭にも書いたように「ありがたい」とは

本来「有り難い」、、あることが難しいこと、まれであること。

だから、そういつも、いつも「ありがたい」ことが

身の回りに起きていることは不自然ということ。


こう感じるのは私くらいだろうか?


上手く表現出来ないが、こんなに「ありがたい」ことが続くのに、

私は今のままでいいのか?

という自責の念、、、

やはり、世の中バランスを欠いたものは


心がざわつく!!

このざわつきを鎮めるためには、バランスを保つ天秤の対極の比重を増さないとダメだ。


天秤の片方に載せられた「ありがたい」対極とは何か?


それは反対語である「あたりまえ」と私は考える。


門下生に全力で指導する・・・「あたりまえ」


悔いの無いよう精一杯親孝行する・・・「あたりまえ」


友人、門下生から頼まれた事は喜んで引き受ける・・・「あたりまえ」



生きていくうえで、最小限の食事(生命)を頂く、

必要以上の食事を戒める・・・
「あたりまえ」


出された食事(生命)は文句は言わず、一切残さない・・・「あたりまえ」


常に相手に思いやりの心を持って接する・・・「あたりまえ」



「あたりまえ」・・・全て自分の意識次第で実現可能。


「あたりまえ」「あたりまえ」として日々行う。



そうすることで初めて

「ありがたい」
「あたりまえ」のバランスが保たれる。

さて、今年も本日を持って終了!!



ありがたいの~





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