使えるビジネス心理学

こちらはプロカウンセラーの集団であるカウンセリングサービスが提供するビジネス心理学のブログです。
経営者・管理職・従業員など様々な立場や視点から仕事に使える心理学をご紹介いたします。


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大谷常緑 講師:大谷常緑


心理学では「自分の現在の状況や身の回りに生じている出来事の全ては、自分が選択した結果である」という捉え方をします。
私たちは連続的な時間の中で生きています。
従って、生じた状況やできごとに対して、自分がどう感じるか、どう捉えるか、それに基づいてどのように行動するかがが現在の状況に影響を与え、新しい状況を形成していきます(いわゆる、フィードバックです)。
私たちは、置かれた状況や生じたできごとに対して、特に意識することなく反射的に感じ、習慣的に捉え方を決め、その結果行動することがとても多く、これが次の新たな状況やできごとを作り出すのですが、このプロセス(道筋)が“パターン”として固定化されていると、同じような結果を繰り返してしまうことになります。
その結果が、自分にとって望ましい形であれば問題はないのですが、もし望んでいない結果であれば、そのプロセスの中の“何か”を変えないと生じる結果は変わらないものです。
では、その“何か”を変えるにはどのようにしていけばいいのでしょうか。
人が何らかの行動を決定するプロセスを大まかに分けて考えると、
(1)イベント(できごと)が生じる
(2)感覚器官による取り込み(聞く、見る、触る、臭うなど)
(3)感じる(好きだ、嫌だ、怖いなど)
(4)捉え方を決める(どういうことだろう、どうなっているのだろうなど)
(5)行動を決める(感謝する、反撃する、放置するなど)
という流れになります。
“(1)イベント”は自分以外の外部からやってくる事柄なので、先ずは自分から変えることはできません。
“(2)感覚器官による取り込み“は、人により個人差があったり、年齢による変化が生じたりしますが、こちらも自分の現在の感覚器官の特性という意味では余り変えることができません(例えば、視力はメガネやコンタクトレンズで変えられますが)。
“(3)感じる”は、“(4)捉え方を決める”とも密接に関連する部分もありますが、経験や理解により変わってくることもあります。例えば高所恐怖症を克服する訓練を受けると、高所でも怖いという感情は生じなくなります。
また、無意識の中に抑圧された広義のコンプレックス(劣等感によるコンプレックスのみではなく、触れられると大きく心が動揺するもの。ファザーコンプレックス、マザーコンプレックス、エディプス・エレクトラコンプレックス、カインコンプレックスなどがあります)も影響を与えますが、それが影響していることを認識し、自分の問題とそうでない問題を切り分け、理解を深めることで影響が緩和していくことができますが、コンプレックスは深層心理に潜む問題ですので、少しハードルが高いかもしれません。

比較的容易に、主体的に変えることができるのは、“(4)捉え方を決める”と“(5)行動を決める”部分です。
先ず“(4)捉え方を決める”というプロセスですが、ここには自分の過去の記憶や経験、観念(こうでなければならない、こうあるべきという考え方)、自責の念(自分は不十分だ、自分は人とは違っておかしい、自分は悪い人間だなど)などが影響します。
このプロセスでは、多くの場合“自身の防衛”から発想が固定化されている場合が多く、“守らなければならない”=“自信の無さ”が影響を及ぼしています。
例えば“遅刻をしてはいけない”という観念を例にすると、そのような意識が無ければ遅刻をしてしまうという自信の無さが反映されていることになります。
人は、問題になるところには意識を向けますが、問題にならないところには意識を向けないものです。ピーマンが嫌いな人はピーマンに意識を向けますが、ピーマンが平気な人はピーマンに意識を向けないのと同じです。
この“(4)捉え方を決める”部分を意識してみると、自分で変えることができます。
“どう捉えるか”を選択することができるようになります。
多くの場合、自信の無さとそれに伴う“遠慮”が相互に影響しているので、ここでは「それが何か」というような感じで開き直りにチャレンジしてみることです。
先の遅刻の例でいえば“遅刻をしてはいけない”という観念を横に置いて、“遅刻することもあるよね。だって人間なんだもん”ぐらいの軽い捉え方に変えてみても、案外遅刻はしないものです。なぜならば、そもそも遅刻はしたくないからです。
もしそれで遅刻が多くなる様であれば、それは例えば遅刻により感じる“罪悪感”を感じたいなど遅刻とは別のところに問題を生じる原因があるということです。そのような場合には、遅刻以外にも“自分は悪い人間だ”というような罪悪感を感じるようなことを繰り返して行っている可能性があります。
“(5) 行動を決める”というプロセスですが、捉え方を変えると自然に変化をします。
今まで先の“遅刻をしてはいけない”という捉え方をしていた場合、約束の時間に遅れてくる人がいるとついつい気分が悪くなり、つっけんどんになったり、チクリと一言刺したりしていたものが、“遅刻することもあるよね。だって人間なんだもん”に変化すると、相手に対する縛りも弱くなってそのようなことが無くなります。
そうすると相手からの受けもよくなって、あなた自身の評価も自然と高まり、あなたが心地悪くなるような状況も減っていきます。ポジティブなフィードバックに変わっていくのですね。
また、“(5)行動を決める”プロセス単独でも変化を起こすことはできます。
例えば、“1日1回感謝をしてみよう”というようなことでも、“快く思っていなかった人のいい部分を見つけるようにしよう”でも構いませんし、“ちょっとオシャレしてみよう”などでも構いません。あなたの気持ちが変わるだけでなく、それがまた自分の外側の人や状況に影響を与えて、ポジティブなフィードバックへと変わっていくかもしれません。

今まで固定化されていた状況に何らかの変化があると、全体的に流れが変わっていきます。
自分にとって望ましい方向に変化した流れを受け取っていかれると、大きく人生が変化していきます。
“選択の力”は、私たちが持っている、とても大きな力なのです。
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大谷常緑 講師:大谷常緑


心理学や様々なヒーリングの世界では、「願いはかなう」ということが言われます。
私も確かにそう思います。
ただ、何でもかんでもかなう、ということではありません。
願いがかなうという意味は、やみくもに夢を見たり、願いを持ったりすればそれだけでかなうという話ではありません。

例えば、「新幹線より速く走りたい」という願いを持ったとします。
これはかなうでしょうか?
人間の身体能力のみから言えば無理な話ですね。
しかし、将来「走る」という側面でロボットスーツのような物が開発されて、それを着用すれば人間の身体能力をアシストしてくれれば可能となるかも知れません。
実際、既に重量物を持ち上げるという側面では身体に装着して人間の能力をアシストするスーツが販売されています。
人間の身体能力をアシストしてくれる物を用いて実現したとして、夢や願いがかなったと捉えるのか、それとも「本来の人間の力で」と限定して、かなっていないと捉えるのかによって「夢はかなう」「願いはかなう」の話は変わってきます。
そもそも、「新幹線より速く走りたい」という思いはどこからきているのか、その根本的な目的が何かにより異なってくるのです。
「人間本来の身体能力への挑戦」が目的であれば、夢はかなわないかも知れません。
しかし「新幹線と並走して乗客に手を振りたい」という目的であれば、アシストスーツを着用して走っても夢はかなうことになるのです。

ここで少し卑近なお話を例にとってみましょう。
カウンセリングの中で、よくあるご相談に恋愛問題があります。
彼とお付き合いをしていたけれど、別れ話になって、彼と何とかやり直したいというご相談をお受けすることがあります。
詳しい状況をお伺いすると、もうかなり関係性が破たんしていて難しいと感じる場合もあるのですが、クライアントさんからすれば「彼」との関係性を改善したいという限定がどうしてもついているのですね。
これは、心情的には痛いぐらいよくわかります。彼と楽しく過ごした歳月の思い出や得られた安心感や親密感、ときめきなど多くの事が脳裏をよぎりますね。
しかし、そもそもクライアントさんが本来得たいものは何かと考えると、必ずしも「彼」との関係性である必然性は無いのかも知れません。
クライアントさんが感じたい感情は2つに大別されると考えられるのですが、1つはお付き合いする事で感じられた安心感や親密感、ときめきといった心を温かくする感情で、もう1つは彼との関係性でうまくできなかった失敗感や罪悪感、無価値感、無力感という心を冷たくする感情です。
この心を冷たくする感情を取り除くには、「彼」との関係性を改善してその状況を打ち消すしかないということになって「彼」という限定した対象に固執することになるのですね。
本来の目的は、心を温かくする感情を得る事だったはずなのですが、「彼」に固執することによってその目的が心を冷たくする感情を打ち消すことに変わってしまい、「彼」との関係性を改善するという、「いばらの道」を歩もうとするのですね。
そうすると、得たいものを得られずにますます辛く困難な状況に自身を追い込んでしまうということもよくあることなのです。
これは、「彼」という手段(相手)に固執することにより、本来の「願い」であるはずの温かい感情を得るという目的が達せられないということになります。

このようなケースでは、本来の目的に立ち返って、温かい感情を得られるような関係性を築ける新しい彼をゲットすること、そのために自身の心をブラシュアップしていくことが目的にかなっているのではないでしょうか。

夢や願いはその目的や得たい感情から見てみると、かなえられることはとても多いものです。

例えば、お金持ちになりたい、いい会社に就職したい、出世したい、こんな職業に就きたい、パートナーを得たいなど私たちは多くの願いを持ちます。
それは、手段の限定を取り除き、どんな感情を得たいからなのかという本来の目的に立ち返って考えてみれば、かなえられることはとても多いものです。

さて、今回は触れませんでしたが、願いをかなえることを阻害する心理的な奥深い問題も私たちの心の中には横たわっていることがあります。
これらの罠にも注意が必要ですが、このお話はまた機会があればさせていただきたいと思います。
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大谷常緑 講師:大谷常緑


私たちは、それぞれ自己概念を持っています。
自己概念とは「自分はこうだ」という自分が感じる自分の姿です。
誰しも、多面的な側面を持っているはずなのですが、その多面的な中の特定の部分を強化して自分を意識しているのです。
例えば「私は何をやっても上手くできない」という自己概念は、成功した事に着目しなで失敗したことばかりに着目した人が持つ自己概念です。
大学に受かった事や会社に入れた事や、恋人ができた事や、結婚ができたことなど多くの成功を手にしているにもかかわらず、上手くいかない事のみを取り上げて「私は何をやっても上手くできない」と思い、そのような人間だという自己概念を築き上げていくのです。
そうすると、私たちはうまくいかない自分になろうとしてしまいます。
勿論、意識的には「うまくやりたい」「できる人間になりたい」と思っているのですが、「うまくできない」と思っている度合だけ自信が無く、何をやるにも「失敗しないか」「失敗してしまうに違いない」という怖れや呪縛が付きまとって失敗してしまうのです。

ちょっと想像してみて欲しいのですが、TVでよくあるシーンに、金融機関に強盗が入るというものがありますね。犯人が拳銃や刃物を持って金融機関のカウンターで「この袋に金を詰めろ」というようなシーンです。
金融機関のカウンターにいた人がお札の束を犯人が差し出した袋に詰めようとするのですが、手が震えてうまく詰められずにお札の束を落としてしまい、犯人が「おい、何をやっているんだ」と凄むと、カウンターの人はもう一度袋にお札の束を詰めようとしても手が震えてまたお札の束を落としてしまうといった塩梅です。
カウンターの人はわざと札束を落としているのではなくて、袋にちゃんと詰めてこの状況を一刻も早く転換したいと思っているのですが、なかなか上手くいかないという状況です。

これと同様に、怖れや緊張があると、「失敗したくない」と思う気持ちが強まって上手くできない状況を作り出します。
また、別のパターンとして、失敗したくない為に、余りにも慎重になり過ぎて、事細かな部分に捉われてできなくなってしまうという事になる場合もあります。

これは、そもそも「私は何をやってもうまくいかない人間」という誤った自己概念が問題の素を作り出しているのですね。

自己概念と行動という意味で、面白い心理学の実験があります。
被験者が人に電気ショックを与える実験なのですが、機械に電気ショックの度合いを調整する目盛ダイアルが付いていて、ショックの度合いを調整できるようになっています。
実験は、被験者に白人至上主義でダーティーなイメージのあるKKK(クー・クラックス・クラン)の衣装を身にまとってもらって人に電気ショックを与えてもらいます。また、同じ被験者に今度は看護師の衣装を身にまとってもらって同じように人に電気ショックを与えてもらいます。
そしてそれぞれの衣装を身につけたときの電気ショックの目盛の統計をとると、KKKの衣装を身にまとった時のダイアルの値よりも、看護師の衣装を身につけたときのダイアルの値の方が低いという結果が出ました。即ち電気ショックの与え方が看護師の姿をした方が弱かったのです。
勿論、電気ショックを与えるというのは嘘で、目盛ダイアルがどの位置でも電気ショックを人に与える事は無かったのですが、被験者はこの事実を初めは知らされてはいませんでしたので、本当に電気ショックを与えていると思っていたのです。

この実験から考えられることは、衣装を変えただけでも何らかの思い込みが生まれ、そのような行動をとってしまうという事です。
従って、私たちが自分自身で自分にまとわせている「自己概念」もあなたの行動を作り出しているのです。

「私は何をやっても上手くできない」という自己概念を始めとしたネガティブな様々な自己概念をて手放す事、即ち、冷静な目で自分自身を見詰め、今持っている自己概念が本当に正しいのか、違った側面があるのではないかという見方で自己概念を変化させていく事が今ある状況に変化をもたらせていくのです。
もちろん、今ある状況に問題が無く、上手くいっている人は今の自己概念を大切にされるといいと思います。
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大塚亘 講師:大塚亘


カウンセリングでは、仕事に関する相談をお受けすることも、良くあります。

ただ、仕事をもっと上手くやるにはどうしたらいいか、とか、売り上げを上げるためにはどうしたらいいか、営業成績を伸ばすためにはどうしたらいいか、というような、ビジネスの結果そのものを追求したい、という相談は、あまりありません。

もちろん、このようなビジネスそのもののご相談でもお受けしますので、ご相談されたい方は、ぜひカウンセリングも使ってみてくださいね。


さて、それでは、仕事に関する相談で多いものは、どのようなものかといいますと、仕事そのものというよりも、職場での人間関係に悩んでいます、というご相談が多いです。

上司や社長と上手くいきません、お局様がイジメをするんです、というような、ご本人だけでなく、相手があるご相談が良くあります。

また、人間関係の問題ではありますが、相手がない、つまり、ご本人だけの問題(ご本人が悪いという意味ではありません)という相談も実はかなり多いのです。さて、人間関係なのに、ご本人のだけの問題とは、いったいどういうことなのでしょうか。

今回は、この、人間関係の問題のように見える、実はご本人だけの問題というケースについて、書いてみたいと思います。


例えば、クライアントさんが、カウンセラーに、カウンセリングで次のように話してくれたとします。

「私は、のろいし、間違いも多いし、役に立っていないんです」

「上司や同僚は、私のことを、役に立たない、仕事が出来ない人間だと思っているに違いないんです。」

ポイントは、仕事が出来ない人間だと

「思っているに違いない」

というところです。

不思議と、「私は、上司に、あなたは役に立たない人間です、と、先日ハッキリと、面と向かって直接言われました。どうしたらいいでしょうか」というような、ハッキリとあなたはダメだと言われた、というご相談は、ほとんどないのです。

そのため、私は、クライアントさんが、

「仕事が出来ない人間だと思っているに違いないんです。」

と話されときに、

「あなたは仕事が出来ないですね、と、誰かに言われたのですか?」

と質問したりします。


もちろん、上司に直接ダメ出しをされました、という場合もありますが、その場合は、上司の自己否定(クライアントさんでなく、上司自身の自己否定)が原因で、部下に虚勢を張る必要があるので、威圧的な部下を攻撃する上司であった、というケースがほとんどです。

この場合は、クライアントさんだけでなく、周りの同僚も、同様に上司を嫌っていることが多いです。つまり、クライアントさんの問題ではなく、上司の問題ということになります。


さて、話しを元に戻します。「仕事が出来ない人間だと思っているに違いないんです。」とクライアントさんが話されたときに、私は、「あなたは仕事が出来ないですね、と、誰かに言われたのですか?」と質問したりします。

そうすると、その回答のほとんどが、

「いえ、実際には、仕事が出来ない人だと言われたことはありません。」

そして、私はこう話したりします。

「では、実際には、ちゃんと、しっかりと仕事をされているんじゃないですか?もし、本当に仕事が出来なくて迷惑を掛けているなら、上司から仕事のやり方について指導があるはずです。それがないということは、しっかりとお仕事されているということではないでしょうか」


我々人間は、「自己概念」というものを、みな持っています。そして、この「自己概念」は、我々人間の「思い込み」であって、それがそのまま、周りの評価となるわけではありません。

「私は仕事が出来ない」という「思い込み」を持っていると、自動的にそれが外の世界、つまり自分以外の周りの人間、上司や部下に「投影」されて、

上司や部下は、私のことを、仕事が出来ない人間だと

「思っているに違いない」

という「間違った判断」をしてしまうのです。


それでは、私、大塚の個人的体験をお伝えしますので、さらに理解を深めていただきたく思います。もう20年以上前になりますが、大学を卒業して初めて社会人として新卒で入った会社がありました。

大学生のときから、私は、強迫神経症という心の問題を抱えていまして、新卒で就職した頃は少し良くなってはいたのですが、それでもまだ完治していなかったので、私には、強烈な自己否定がありました。

その会社は、音楽関係の会社だったのですが、人気の音楽関係の会社で数百人に一人しか入社できないので、なんとかして就職したいと思って、私は、面接で「経理がやりたいです」とウソをついて、なんと内定をもらってしまいました。

入社前に、実は経理というのはウソでした、と正直に人事担当者に話したのですが、それでも来てほしいと言われたので、入社しましたが、新入社員で配属されたところは、そのまんま経理でした。

自分の心の病気による強烈な自己否定を抱えながら、とてもつまらない経理事務を毎日していましたので、私にとっては、地獄のような日々でした。当時は本当に辛かったです。

当然、こんな状態で上司や会社が評価してくれるなんて、夢にも思うことはできないわけです。


さて、当時の会社では、年に2回ボーナスが支給されていました。そして、ボーナスを支給する際に、「今回は、全社平均で、(基本給の)何か月分のボーナスを支給します」という発表が毎回ありました。

例えば、3か月分を支給します、という発表があったときに、3.3か月分もらえたら比較的評価されていて、2.7か月分だとしたら、少し評価が低いという感じです。

さて、私の評価はどうだったかというと、平均を下回ったことは一度もありませんでした。経理の部署内や、同期の間で「どうだった?何か月分だった?」などと話しをするのですが、明らかに当時の私の評価は高かったのです。

今から考えれば、経理の部長や、直接の上司である副部長からも、大塚君の評価は高いよ、というニュアンスのことを言われていました。しかし、自分としては、

「こんなダメな自分が評価されるはずがない」

という「自己概念(思い込み)」を持っていたため、当時は、部長や副部長のお言葉が耳に入ってこなかったのです。


本当は既に評価されているけれど、自己否定があるので、「自分は仕事が出来ないんです」と話してくださるクライアントさんのおかけで、私も、過去の自分の再評価がが出来たのです。

みなさんも、周りからは既に評価されているかもしれませんね。
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大塚亘 講師:大塚亘


みなさんは、認知的不協和という言葉をご存知でしょうか。認知的不協和の用語の定義を説明しても分かりにくいので、具体的な例で説明したいと思います。


例えば、みなさんが、ある芸能人を好きだったとしましょう。芸能人ですから、普通は実際に会ったことはないわけであり、テレビに出ている芸能人の言動を、ただ見ているだけですよね。でも、イメージによる「思い込み」で、その芸能人が好きだったとします。

例えば、最近ベッキーというタレントさんが、不倫騒動を起こしましたよね。私大塚はベッキーのファンではありませんでしたが、確かに綺麗な顔をして、性格も素直で、どちらかといえば私も好印象を持っていました。

しかし、ベッキーは不倫騒動を起こしました。このときに、ファンが次のような反応をしたとしたら、それは認知的不協和です。

ファンA「あの純粋なベッキーが不倫をするはずがない!何らかの陰謀に違いない」

ファンB「相手の男が悪いんだ。ベッキーはそんなことをする人ではないから、ベッキーは何も悪くない!」

不倫が悪いかどうかは置いておいて、ファンが勝手に自ら作り上げた素晴らしいベッキー像と、現実との差に不快感を感じ、それを素直に認めることができずに、不快感を別の原因にすり替えて、自らを納得させようとすること、これが認知的不協和です。

また、別のベッキーのファンが、

ファンC「ベッキーがそんな人だったなんて、本当に信じられない。ベッキーは最低で、人間のクズだ。とにかく悪いのはベッキーだ!最低の女だ!」

とベッキーに怒りをぶつけたとしましょう。これも認知的不協和です。

私大塚は、ベッキーが不倫したというニュースを見たとき、「へぇ」ぐらいしか思いませんでした。確かに清廉な印象(大塚の勝手な思い込み)はありましたが、ベッキーをかばうこともなく、逆にベッキーを嫌うこともありません。

我々人間は、程度の差こそあれ、実はたくさんの「思い込み」をしています。これを書いている時点の大塚も、自分では気づかない思い込みを無数といっていいほどたくさんしています。ベッキーに清廉な印象という思い込みを持っていたのも、程度はたいしたことはないですが、私の無数の思い込みのうちの一つでした。


私は、ベッキーが不倫したと聞いたとき、確かに不倫のイメージには合わないとは思いましたが、次の瞬間に、私は、ただ単に、ベッキーは不倫をした、という事実を受け入れました。そして、受け入れただけであり、それ以上の感情的なものは何も出てきませんでした。

しかし、上述のファン3名の言葉には、事実を受け入れること以外の、感情的なものが表出されていることはみなさんお分かりですよね。ファンAとBはベッキーをかばい、ファンCはベッキーを非難していますが、3人のファンに共通するのは、

ベッキーが清廉潔白でないと、自分に都合が悪い

という点です。この点の深層心理は、こんな感じです。


自分は、ベッキーが清廉潔白だと思っていた。だけど、ベッキーは不倫をした。ということは、自分が間違っていたということになる。でも、自分が間違っていたと認めることはできない。

自分が間違っているということを認めると、周りから否定され、攻撃される。それなら、屁理屈をこねてでも、自分が正しいと主張しなければならない。そのためには、筋が通っていなくても仕方がない。


なんとなく、分かっていただけたでしょうか。実は、上述の3人のファンは、ベッキーの印象という「思い込み」と共に、「正しいことは良いこと、間違いは悪いこと」という大きな「思い込み」を持っています。

人間は、全く完璧ではなく、多かれ少なかれ間違いを起こします。私大塚は、神経質で、良くいえば細かくて、仕事はできる方だと思っていますが、それでもしょっちゅう仕事でミスをします。そして、そのたびに相手に謝ります。

相手に謝って、その結果相手に非難されたことはほとんどありません。なぜなら、相手も、人間はミスをするもの、人間だから間違いはある、と思ってくれている方がほとんどなので、簡単に許してくれるのです。

これとは逆で、「間違うことが悪いこと」という思い込みを持っていると、「間違った相手を非難したくなる」というのは分かっていただけるでしょうか。そうすると、それがそのまま自分に返ってきて、自分がミスをするたびに自分を心の中で非難することになり、それが積もりに積もって、大きな自己否定になってしまうのです。

そして、もともと間違いを認められないのですから、逆に、自己否定を隠すため、「自分は正しい」という証明を周りにする必要が出てきて、そのために少し筋が通らないこともしてしまうのです。

「認知的不協和」の根底にあるのは、実は私がブログ等で良く書く「自己否定」、「自己攻撃」なのです。


ビジネスシーンでも、認知的不協和はたくさん出てくると思います。例えば、とにかく自分の意見を曲げず、自分の指示通りにしろ!と高圧的に出てくるような上司は、間違いなく認知的不協和を起しています。本当は、どこかで「自分の指示に無理がある」と気づいているのに、その間違いを認めることができないため、「俺の言うことが正しい」、「俺の言う通りになんで出来ないんだ!」という態度を取り続けるしかないのです。

本当に自信のある上司は、部下の意見を聞く余裕を持っています。そして、上司が何か指示をしたとしても、部下からの意見を取り入れて、その指示を撤回したり、少し変更したりすることもできます。つまり、間違いを素直に認めることができるのです。

意見をしっかり聞いてくれる、意見をたまに取り上げてくれるとしたら、部下は進んで上司に提案したり、報告するでしょう。そんなに信頼されている上司なら、仮に部下からの進言を取り入れて前言を撤回したとしても、部下は上司を非難しないと思います。非難するどころか、意見を採用してくれた部下はうれしいし、上司をさらに信頼するのではないでしょうか。


認知的不協和を起こす原因は、そもそも自分自身が「思い込み」をしているということに自分自身で気づかないこと、そして、正しさに固執し、自分に対しても他人に対しても間違いを認められない、根底は、完璧でない自分自身を自己否定していることです。

ところで、カウンセリングを受ける前の、ほんの6年くらい前までの私大塚は、まさに、上記のような、正しさに固執した、自己否定満載の認知的不協和起こしまくりの人間だったのです。

でも、カウンセリングを受け続け、自分自身がカウンセラーになり、私は別人のように自己否定が少なくなり、認知的不協和を起すことも激減したと思います。そうすると、本当に日々の生活が楽なのです。

認知的不協和を起すと、冒頭のベッキーのファン3人のように、感情的な不快感を感じてしまい、生きづらくなってしまいます。でも、私のように大きく変化することもできます。勇気を出して、認知的不協和を起していないか、一緒に見つめ直していきましょう。

読んでいただき、ありがとうございました。
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大谷常緑 講師:大谷常緑


ビジネスに限った事ではありませんが、やろうと思う事に手を付けられなかったり、やろうと思う事に手を付けるけれどもうまく進まなかったり、やっている事が度々失敗したりという経験はないでしょうか。
このような時には、自身で気がついていない“私のパターン”が潜んでいる事がとてもよくあります。

パターンは、心の持ち方、人の言葉や状況の捉え方、起こった出来事の感じ方といった心理面のみならず、考え方、思考の立て方、何かの作業時の物の見え方、何かに対する注意の向け方、作業の仕方など自分関わる様々な分野に及んでいます。
物事が上手く進んでいる時には持っているパターンが良い方向に上手く働いているのですが、何か繰り返して上手くいかない事がある場合には、何らかのパターンが影響して邪魔をしている可能性がとても高くなります。

同じ状況で、同じ考え方や行動をして、上手くいかないのがパターンですから、逆にいうと、このパターンを見つけ、パターンの修正を行えば、うまくいくようになるのですね。

様々な方の、うまくいかないパターンを探っていくと、多くの方々に共通して辿り着くのは“自信”の問題です。
自信が無い事がその根底にあって、人により表面上に現れる多種多様なパターンは人により多種多様なパターンを作り出しているのですね。

せっかくうまくできている事や、本当に自分には価値がある事に自信がないと、その上に積み上げられる言動を価値の無いものに貶め、成果を破壊してしまいます。
しっかりとした土台に築き上げているのに、自分でその土台を揺さぶって破壊しているようなものですね。
とてももったいない話です。

うまくいかない理由となる自分のパターンを見つけるには、いつもこう考えてしまう、いつもこうしてしまうといった、いつも繰り返してしている事に気を付ける事です。
特に、上手くいかない事柄について、その時の感情や考え方、不安要素、自分で持っているルールについて棚卸ししてみるのもいいかもしれません。
また、私たちは、真実の自信を持っている時には、自信について何ら意識をしていません。
なぜならば、それが普通の状態だからです。
逆に、自信について意識がある部分は、自信がないところです。
自信が無いところは、私たちは饒舌になり、自信が無い事を感じないための偽物の自信を持つことがあります。
しかし、偽物の自信は、自分の中に違和感があり、本当の自分はそれを知っています。
そこから出る言動にもパターンが潜んでいますので、自信のない部分をヒントにパターン探しをされてもいいかと思います。

パターンの修正方法ですが、ほとんどの場合、自信が無い事に行きつくので、自己価値を認め、自信をつける事になります。
自信をつけるにはいくつかの方法がありますが、その代表的な例を挙げると
①自分を責めない事
②自分を褒める事
③上手くいかなくても、それは何かのためのプロセスだと理解すること
④自分で結論が出せない事は考えない事
です。
これらを実践していくと、自信が育まれ、やがてうまくいかないパターンが無くなっていきます。それと同時に、うまくいくパターンが芽を出してきます。
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大谷常緑 講師:大谷常緑


“今やっている事がどうしてもうまくいかない”
“○○な自分になりたいけど、自分では無理なような気がする”
カウンセリングをさせていただいていると、このようなお話をお伺いする事がよくあります。
意識的に、あるいは無意識的に、様々な原因が考えられますが、心のどこかで“そうはならない”“そうはなれない”というネガティブな信念があると、その信念が足かせになってうまくいかない事がとても多くなります。
私たちの心の作用は思った以上に強力で、顕在意識では「そうなりたい」といくら思っていたとしても、無意識のレベルで「そうはなれない」と思っていると、自分の中にある異なった方向性同士の葛藤が生じ、本来威力を発揮すべき心のエネルギーを消耗してしまい、
疲れ果ててしまいます。そして、本来は目的成功のために使うべき心のエネルギーの消耗が、うまく事を運ばせない状況や事態を作り出していきます。
丁度、ガス欠になった自動車の如くで、前に進みたいと思っていくらアクセルを踏んでも進まないという状態になるのですね。
このネガティブな信念は、今まで自分を自虐的に捉えてきた自身の心の歴史に由来していたり(この奥底には怒りが潜んでいます)、自分が成功しない事で、罪悪感など自分を責める気持ちを感じなくて済むというメリットを享受するために存在しています。
この信念の存在には、ご自身では気づいていないかもしれませんし、薄々感じているかもしれません。
もし、気がついていたとしても、そして頭で必要ないとわかっていたとしても、なかなか頑固で、それが必要ないと無意識と和解する為には少し時間が必要になるかもしれません。

閑話休題。
新薬を開発する時には、その薬に効果があるかどうかを臨床的に確認する必要があります。
その効果の判定には統計的な手法が使われるのですが、先発薬がある場合にはそれとの比較、先発薬が無い場合には、同じような構成の母集団に対して、薬効成分が入った薬と、それと全く同じような見かけや味をした、薬効成分が入っていない偽薬を投与して薬の効き具合の差を評価します。
患者さんはもちろん、薬を患者さんに与える役割の人も、薬効成分がどちらに入っているか知らずに与えます。
どうしてこのように本物の薬と偽物の薬を用いるという手間をかけて効果の評価をするのかというと、私たちは、「薬を飲んでいる」と思うだけで、薬効は無くとも治療効果が出る場合があるからです。
実際、場合によっては偽薬であっても半分ぐらいの人に効果が生じる事があるようです。
この偽薬の事を「プラセボ」と言い、このように偽薬でも効果が現れる事をプラセボ効果と言います。
このプラセボ効果を考えると、何はともあれ、心の作用が私たちの状態や状況に対して大きく作用する場合がある事がわかります。

さて、話を本題に戻しましょう。
このプラセボ効果、何も薬だけの話ではありません。
心の働きが影響するような事柄に対しては、効果が期待できるのです。
冒頭でお話しした、
“今やっている事がどうしても、うまくいかない”
“○○な自分になりたいけど、自分では無理なような気がする”
は、効果が期待できる対象になり得ます。
なぜならば、心の中の“信念”が影響して現在の状況を作り出しているのですから、それこそが正に心の影響を受けているのですから。
では、具体的にどのようにすればこの“プラセボ効果”を有効に自分に使えるかですが、自分が今やっている方法がやがていい結果をもたらす事、自分にはうまくやれるだけの力がある事など、やろうとしていること、やっている事を肯定的に捉えるのです。
もちろん、試行錯誤もプロセスとして肯定するのです。

自分を信じる事によって、思いが成就する。
これがプラセボ効果を自分に適用する方法です。
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大塚亘 講師:大塚亘


みなさんは、このような状況に遭遇したことはないでしょうか。

「上司が変わったら、前の上司とやり方が違うので、慣れるのに苦労した」

異動していない部下は同じ仕事を続けているだけなのに、上司が方針や指導方法を変更したために、かえってやりづらくなった、ということが起きる場合があります。

前の上司と今の上司は別人なので、当然個性も違いますから、ある程度の変化は当然のことといえるかもしれません。

しかし、今の上司が、こういう理由でやり方を変えたとしたら、あまりいい結果を生まないかもしれません。それは、

「あえて前の上司のやり方を否定する」

世の中には、このような理由で仕事のやり方を変える上司もいます。そして、怖ろしいのは、

「自分のやり方が絶対に正しい」と本気で思っているケースすらある

ということです。


もし私が新しい上司なら、仕事のやり方を変更するにしても、次のようなプロセスを踏むと思います。

①現状の把握
②改善点がないかどうかの検討
③改善点があった場合に、もし改善したとしたら、どのような影響が出るかの確認
④影響を確認したうえで、改善をするかしないかを決定

私なら、まず現状の把握を行います。部下がどのような仕事をしているのか、質と量双方の面から把握します。

ただ、会社は毎日業務が流れていきますから、現状の把握と言っても仕事を止めるわけにはいきませんので、まずは、

前の上司と「同じことをする」

ことになります。

そして、私自身の現状把握が終わったら、改善が必要だと思えば、②~④のプロセスを経て、改善を実施していきます。


さて、それでは、「あえて前の上司のやり方を否定する」上司は、なぜそうしてしまうのでしょうか。その理由の可能性として、次のような深層心理が隠れていることが挙げられます。

「前の上司と違うことをしないと、上司として存在している意味がない」

これは、良い言い方をすると、「部下の役に立ちたい」ということです。しかし、前の上司と同じようなやり方でも、部下の役に立つこともあり得ますよね。むしろ、同じやり方であれば、部下は、やりやすい場合も多いと思います。

しかし、「部下の役に立ちたい」を深層心理の表現に書き換えると、こうなります。

「自分は価値のないダメな人間なので、何か変化を起こして、独自性を出さなければ、部下にも会社にも認めてもらえないだろう」

そして、現状把握をすることなく、自分のやり方を押し付けてしまうのです。このとき、その上司は、「自分は価値のないダメな人間だ」というような無価値感といえるような感覚に、まず気づいていません。


もうひとつ、このような深層心理が隠れていることもあります。それは、

「自信がない」

というケースです。

自信がないけれども、素直であったとしたら、自信がないことを、自分のさらに上の役員などに相談したり、仲のいい管理職仲間に相談することもできるでしょう。

しかし、あまりにも自信がないと、自信がないことを認めることができずに、ひっくり返って、

「自分のやり方が絶対に正しい」

となってしまうことがあるのです。これは、無価値感と同様に、本人の意識では、自信がないことについて無自覚であることがあります。つまり、自分が正しいと本気で思っていることもあるのです。

逆に、自信がない場合は、こうなることもあります。

「前の上司と全く同じことをする」

人事異動がたまにあるような企業で働いたことがある方には分かっていただけると思いますが、前任者から仕事を引き継いだ時は、業務のやり方を見直す大きなチャンスなのです。

前任者が必ず非効率であるわけではありませんが、新任者は前任者とは違った個性を持っていますので、業務の無駄や非効率さに気づきやすいのです。

それなのに、自信がないために、保身的な、積極的ではない理由から、前任者と同じであることに固執してしまうことがあるのです。


つまり、「同じことをする」のが正解とは限りませんし、「違うことをする」のが正解であるとも限りません。本当の問題は、「役に立たなければダメだ」というような「無価値感」や、「自信のなさ」ということになります。

そして、今まで述べてきたとおり、「無価値感」や「自信のなさ」は、自分では気づいていないことも多いのです。

新任の管理職はもちろんのこと、担当業務が変わった一般の社員というような場合でも、人事異動などで仕事や部署が変わったときに、「無価値感」や「自信のなさ」が原因で、選択を誤っていないか、一度立ち止まってご自身の心を見つめ直してみるといいかもしれません。

そして、もし「無価値感」や「自信のなさ」に気づいたとしたら、逆に、この問題は半分クリアしたようなものだと思います。なぜなら、気づきさえすれば、誰かに相談するなどの対策ができるからです。
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大谷常緑 講師:大谷常緑


私たちの頭の中は、顕在意識と無意識からできています。
顕在意識は、私たちが頭で考えてそれが意識にある状態です。
例えば「休みが欲しい」「週末は映画を見に行こう」「雨降りは嫌だな」など、自覚しながら頭で考えている事柄です。
一方、無意識には潜在意識と本当の無意識があります。
前者は、何かの拍子に顕在意識に上がってくる事がありますが、後者は顕在意識に上がってくることは無いと言われています。
例えば、「今日の昼ごはんは無性にカレーが食べたい」と何故か思ったとします。
顕在意識ではただ「カレーが食べたい」と思っているのですが、実はその原因が、昨日テレビで美味しそうなカレーを食べているシーンを見たことが原因で、それが戦時意識下で作用している事もあります。
しかし、潜在意識のお話ですから、顕在意識ではそれがわからず、「今日の昼ごはんは無性にカレーが食べたい」と思っているのですね。
しかし、昼ごはんの時間になって実際にカレーを食べに行くと、ふと「そういえば、昨日テレビで美味しそうなカレーを食べていたな」と思い出す事もあるでしょう。
これが、潜在意識から顕在意識に上がってくるという状態です。
何かわからないけど、ついついそうしてしまうという状況は、先の例に限らず、とても多いものです。
特に繰り返し同じような言動をしたり、同じような状況を招いたりという“パターン化”された行動には、潜在意識の中でも深い部分にその原因があると考えられます。
その原因は多岐にわたりますが、例えば、いつか自身で決めたルールであったり、何らかの辛い状況に遭った経験からそれを避けようとする防衛反応が働いていたりすることがとても多いのです。
それらは深い潜在意識下にあるわけですから、私たちにはなかなかそれを自覚する事ができません。
私たちが自覚できない潜在意識が、強力な力で私たちを知らない間にコントロールしている状態なのですね。

ところで、私たちが眠った時には顕在意識がお休みし、潜在意識が活性化します。
その状態で、様々な夢を見る事があります。
ご自分が見られる夢をちょっと思い出していただきたいのですが、例えば、空を飛んでいる夢、屋根の上をピョンピョンと飛び跳ねている夢、自分が自分を追いかけている夢など人により様々ですが、時に現実離れした状況の夢を見られたことは無いでしょうか?
このように、理論的に考えるとあり得ない様な状況を作り出すのが潜在意識の特徴なのです。言い換えると、潜在意識には理論は無く、イメージのみが蓄積されているのです。

私たちをコントロールするものが潜在意識なのですから、潜在意識が持つイメージ力を上手く使えば、望む状況に近づいていく事ができる事になりますね。

ところで、私たちは顕在意識と相俟って、無意識的にイメージする事で様々な事柄を上手く処理しています。
例えば、行き慣れている「○○郵便局に行く」という行動を取る時に、私たちの頭のどこかでは道順が自動的にイメージされています。だから、迷わずに○○郵便局に行くことができるのですね。
しかし、全くの初めての町で、その町の中央郵便局に行くとなると、道順がイメージできません。従って、どうやってそこに辿り着くかはイメージの世界から現実の世界-例えば地図を見るとか、人に尋ねるとか-に頼らざるをえなくなります。
イメージがあると何となく簡単にできる事が、少し手間がかかってしまうのですね。
換言すれば、イメージができるかどうかは、願いをかなえるためにとても大切な事柄なのです。

先に、イメージの世界である潜在意識には理論がないとお話をしました。
また、イメージを持っているかどうかが、夢をかなえるためにとても大切な事柄だとお話をしました。
何らかの思いや願いを叶えるためには、論理的ではなくとも、それが成功するイメージや、それを成功させるイメージを自分の中で作っていく事が大いに役立つのです。
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みずがきひろみ 講師:みずがきひろみ


3月8日に『お金と仲良くしていますか?』と題した講座を横浜で開催しました。おかげさまで大勢の方にお集まりいただき、改めて「お金」との関係性に対する関心の大きさ、深さを考えるいい機会をいただきました。

「仕事」は、「お金」に直結する活動です。皆さまは、ご自身の仕事に見合った「お金」を手にしていらっしゃいますか?あるいは、ご自身のエネルギーを適切に仕事に投資していらっしゃいますか?

私たち一人一人がもともと持っている資本(エネルギー)は、「時間」と「労力」(この中には気力、気持ち、といった感情のエネルギーが含まれます)です。これを何に投資するかによって、獲得するものが変わります。

1日等しくある24時間という時間のうち、どれだけを「お金につながる仕事」に投資していらっしゃいますか?

もし、「お金」が欲しいという気持ちがありながら、「お金につながる仕事」に「時間」を投資できていないとしたら、それはどうしてでしょうか。

「お金」を「汚い」ものだと感じているとそれを喜んで受け取ることができません。「お金を受け取ることは悪いことだ」と感じてしまいますので、収入を得ることに罪悪感をもってしまうのです。恵まれた境遇で育ったために、「私だけ恵まれていてごめんなさい」という罪悪感を持ってしまうと、仕事はしているのに、「時間」も「労力」も使っているのに、その「仕事ぶり」に見合った金額を請求できないということがあります。自分が投資したエネルギーを「お金」という形で受け取れないのです。

一方、自分はダメだという「無価値感」が強いと、仕事のスキルを上げることにチャレンジできず、「お金」を得られる仕事につけないということもあります。無価値感に押しつぶされると、「時間」と「労力」という、本来は誰にでも備わっているエネルギーを「お金」を得るために適切に使えません。エネルギーを振り向けられなければ、「お金」として戻ってきませんよね。

「労力」というエネルギーには、身体的な力とともに「気持ち」(感情)が大きな要素となります。同じ「時間」を投資していても、ウンザリしながら仕事をするのとワクワクしながらやるのでは、成果も、その仕事を通じて学べるものも大きく違います。仕事を通じて学んだことを次に活かすことで、仕事の質が変わってくるとしたら、ワクワクして仕事ができた時間を乗じた分、投資したエネルギーが大きくなります。その分、リターンとして得られる「お金」も大きくなりやすいです。

もしも、今やっている仕事が、自分のライフワークと思える仕事ではなかったとしても、本当にやりたい仕事と同じ要素がその中に無いか、見直してみてください。人を楽しませるのが仕事だとしたら、今の仕事のフローの中に、相手を楽しませる要素はないか、そこにこだわる余地はないか、考えてみてください。そして、少しでもそのエッセンスを見つけることができるなら、その部分にこだわってみてください。そのこだわりが、あなたの才能を開花させ、誰かの目に止まるでしょう。それを今の仕事や職場の中でさらに伸ばす方法が見えてくるか、もっといい「場」やつながるべき「人」についての情報が手に入りやすくなります。

自分の「時間」と「労力」というエネルギーをスムーズに「お金」に変換できるように使えるといいですよね。そこに感情のブロックがある場合は、カウンセリングがお役に立つかもしれませんので、ご検討くださいませ。行動と感情が一致することで、もっと楽に仕事に打ち込むことができそうです。
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