江國香織の「犬とハモニカ」を読んだ! | とんとん・にっき

江國香織の「犬とハモニカ」を読んだ!

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江國香織の短篇集「犬とハモニカ」(新潮社:2012年9月30日発行)を読みました。本の帯に第38回川端康成文学賞受賞とありますが、表題作の「犬とハモニカ」が「新潮」平成23年6月号に掲載された際に受賞した、ということです。帯の裏には、以下のようにあります。


空港の国際線到着ロビーを舞台に、渦のように生まれるドラマを、軽やかにすくい取り、「人生の意味(センス)を感得させる」、「偶然のぬくもりが、ながく心に残った」などと激賞された、川端賞受賞作。恋の始まりと終わり、その思いがけなさを鮮やかに描く「寝室」など、美しい文章で、なつかしく色濃い時間を切り取る魅惑の6篇。


その6篇とは、「犬とハモニカ」「寝室」「おそ夏のゆうぐれ」「ピクニック」「夕顔」「アレンテージョ」です。


「犬とハモニカ」は、国際空港で一瞬すれちがう人々の、それぞれの物語を描いています。寿美子はイギリスに住む娘を訪ね、日本に帰ってきたばかり、空港で荷物が出てくるのを待ちながら、そばにいるビジネスマンが誰かに電話をしているのをじっと観察しています。寿美子を呆れさせたのは、男が浮気をしているらしいということではなかった。この男が誰と情を通じていようと、寿美子は痛くも痒くもない。どうかしている、と思うのは、公共の場での自制心の欠如、男の臆面のなさだった。一本目は妻へ、そして二本目は愛人へだろうと推測します。「まるわかりじゃないの、みっともない」と。ビジネスマンは自分の会話がこうも見透かされていることには気がつきません。突然奇妙な音が響いて、寿美子は思わず首をすくめます。音は止まず、、見ると丈の長いコートを着た男の子が、ハモニカを思い切り息を吹き込んだり吸い込んだりしているところでした。観察している寿美子もまた、シアトルから帰国した7歳の少女花音に観察されていました。


「寝室」は、テレビプロデューサーの文彦が、薬剤師であり、5年越しの15歳年下の不倫相手理恵に別れを告げられた話です。放心、これはほとんどそれだと、文彦は思います。ここ2年ほど、妻との離婚を幾度となく考えていました。文彦は理恵と自分は理想的な男女関係だと確信していました。入籍にはこだわらないが一対一で向き合いたいという理恵。しかし「妻とは別れるよ」という文彦の言葉にも、理恵の決心は変わりません。理恵は「あなたは自分がどのくらい困ったひとか、わかってないのよ」と悲しそうな顔をした理恵に言われてしまいます。「賭けてもいいけど、今夜わかるはずよ」、理恵はすべてを見抜いていたのです。家に帰りシャワーを浴びて妻の寝ている寝室に行った時、文彦は突っ立って平和な室内を眺めます。


「おそ夏のゆうぐれ」は、愛しあうカップルがいて、志那(しな)は恋人を食べてしまいたいと言う。「至さんを食べたい」「実際にあなたを食べて、消化してみたいの」「だって、あなたを食べればあなたはあたしの一部になるわけでしょう? そうすればいつも一緒でいられて、なにも怖くなくなると思うの」。男は親指の皮膚をポケットナイフで薄くそいで志那に食べさせたりします。旅先での一場面を思い出して、志那は幸福感に圧倒されそうになります。ここに至さんがいないのに、暗澹とした気持ちで志那は考えます。ここに至さんがいないのに、あたしはつねに至さんの視線を意識している。彼に見守られているものとして、行動している。それは甘やかではあるが、そらおそろしいことでした。


「ピクニック」は、結婚5年目の愛しあう若い夫婦の話です。僕が26歳になる年の元旦、朝昼兼用の食事をしに、近所のファミリーレストランにでかけると、若い女性が一人。元旦の真昼に一人でファミリーレストランで食事をしている女、というのに『興味をおぼえ、食事がすんでから話しかけてみました。それが杏子でした。妻の杏子はピクニックが趣味です。自宅から徒歩5分の公園での、ほぼ日常といえるピクニック。「お昼は外で食べたいの」と単純に言う。僕らは幸福だというと、ややまがあって「いいわ」という声が。奇妙な答えではないか。杏子という女を、魔女のようだと思い始めたのはそのころからでした。どうしてピクニックが好きなのかと聞くと、「だって、外で見る方が、あなたがはっきり見えるんだもの。あなたの大きさとか、手のかたちとか、声とか、気配とか」と言い、「それに、ピクニックをすると孤独じゃない感じがするでしょう?」と答えます。


「夕顔」は源氏物語を描いた「源氏物語九つの変奏」で、「アレンテージョ」はポルトガルの現代の物語の「チーズと塩と豆と」で、刊行されたものです。
「源氏物語九つの変奏」 (新潮文庫)
「チーズと塩と豆と」(単行本)

「夕顔」は、6人の作家が源氏物語の現代語訳を競作する、という「新潮」の企画で書いた一編です、と巻末の「付記」にありました。紫式部という平安時代の小説家の自由すぎるほど自由なスピリットに、訳しながら直接触れられて楽しかった。ビビットな物語だなあと思います、と江國は述べています。僕は見事に勘違いして、江國香織が源氏物語をヒントに、新たに物語を作ったのかと思い、なかなかいいじゃないと、読んだその時は思いましたが、下敷きがあったと知ったのは、だいぶ後のことでした。


「アレンテージョ」は、実際にポルトガルに取材に行って書いた小説です、と「付記」にありました。マヌエルとルイシュ、二人のゲイ、出会ってから4年半、一緒に暮らし始めて2年半になります。最近、僕はマヌエルを不実だと感じ、マヌエルは僕が彼を束縛しようとしていると言います。アレンテージョに行こうと言い出したのは、マヌエルの方でした。田園への小旅行、いかしていると思わないか、と、言った。僕らには休暇が必要なのだよ、と。レストランで夕食を食べた帰り、コテッジに帰り着くまでに、8人の老女を見かけます。


江國香織略歴:

1964年東京生まれ。短大国文科卒業後、アメリカに一年留学。87年「草之丞の話」で「小さな童話」大賞、89年「409 ラドクリフ」でフェミナ賞、92年「こうばしい日々」で坪田譲治文学賞、「きらきらひかる」で紫式部文学賞、99年「ぼくの小鳥ちゃん」で路傍の石文学賞、2002年「泳ぐのに、安全でも適切でもありません」で山本周五郎賞、04年「号泣する準備はできていた」で直木賞、07年「がらくた」で島清恋愛文学賞、10年「真昼なのに昏い部屋」で中央公論文芸賞を受賞。


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