大風

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昨日の午後から大風が吹いている。強い西風で、この地方の季節風の一種だ。木の小枝や枯葉が舞い上がり飛びまわっている。


夜、出し遅れた年賀状を投函しに町に出た。一日運動不足だったし、夕飯時に軽くお酒も入っていたので、自転車で乗り出した。

郵便局は我が家の西にあるので、行きは漕いでも漕いでも自転車が前に進まない。急坂を上るようにペダルの上に立って体重をかけてやっと前に進んだ。

木々は大きく揺れ電線がそこらじゅうで笛のような音を出していた。

上空でも地表でもゴウゴウと大気が鳴って、人影はほとんどない町はなにやら騒然とした風情だった。

見上げると、激しく揺れる木々のこずえの先、頭の真上にオリオンと火星が見えた。


今朝は五時に外に出た。

雲がほとんどない空に触ると指の切れそうな半月が輝いていた。

相変わらず風は強く、休みなく吹いていた。


車で走り出し、ラジオを聞いていた。各地の年の瀬の風景を現地の人に話してもらっている。

博多の女性が話していた。

「お雑煮は、かつお菜と塩で締めた鰤を使います」

初詣のルートも最も一般的な2時間程度のコースを話していた。東長寺と櫛田神社の名前が出てきた。去年の秋に行ったことを思い出して懐かしかった。


一時間ほど走って家に帰る頃、天気予報や気象状況の放送になった。

日本海側や岐阜などで雪と言っていた。

こちらでこの風が吹くときは、いつもそういった場所では雪になっているのだ。


さて、そのようにして年は暮れていく。

昨日の夕食では、こうして四人だけで正月を迎えるのも最後だね、と妻が言った。

結婚話の出ている娘は、さあ、どうなるかしら、と笑った。

息子は何も言わなかった。




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家族

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頼まれ仕事のめどがようやく立った。今日、ケリをつけたい。


案の定『愛の○○』を最終回まで見てしまった。最後は昨日、妻と一緒に録画を見たのだけれど、横でいちいち登場人物の言動に突っ込みを入れたに反応するので困った。

先日は少し悪口めいたことを書いたが、ドラマのテーマは「家族」で、それなりにメッセージは一貫していたから、私が偉そうにとやかく言うことでは無かったことはわかった。

妻は、「ああ面白かった」と満足していた。


「家族」といえば。


私に取ってはとても身近なある中年後半の夫婦のこと。
妻に数年前からよそに恋人がいたことが分かって、夫が怒った。妻が謝罪しつつ離婚を申し出たが夫が断った。夫婦の娘がその母親に「家族を何だと思っているの!」と怒って、その妻が一番かわいがっていた孫に会わせないと言ったこと。


こういうときに「家族」とは個人の想いと矛盾しこれを縛る桎梏となる。
家族を想って自分の心を閉じ込めた人はこの世に無数にいるだろう。それは恋だけではない。夢や悦びや野心さえ捨てなければならないことがある。
だが、桎梏や体を縛る鎧であること、そのことが人の心の揺らぎや迷いからその人を護る砦の役割を果たしている場合もとても多い。


妻の満足を見ていて、50年以上前の母を思い出した。

父と母と兄弟四人で映画を見に行った。
映画は『オズの魔法使い』。
詳細は忘れたが、最後にドロシーが家に帰ることが出来たときの呪文が「家族に勝るものなし」。
映画から帰る道すがら母が何度も「あの言葉はよかったわね、家族に勝るものはないんだよね」といっていた。

私にはそのときはまだそのような共感は生まれなかったし、その後の人生でももう少し心は醒め続けていたような気がしている。

しかし母が浮かされたようにそう呟いていたことは折に触れて思い出していた。


先日テレビである歌舞伎役者がアメリカで公演をするドキュメンタリーを見た。
舞台づくりの過程で、アメリカ人の大道具などの舞台職人と日本人の演出家や役者との衝突した。

現地スタッフの仕事ぶりが日本人の演出家や役者たちには納得いかない。
仕事の進度に関わりなく決まった時間にとられる休憩時間。きめの粗い仕上がりやあちこにに見える仕事上の瑕疵。その直しが思うように行かないのだ。

明日が初日という前の晩に、上演する側から見るとちっとも仕上がっていないのに、現地スタッフは勤務時間が終わるからといって仕上げ直しに応じようとしない。

組合との労働協約もあって、劇場もそれ以上は押せない。
そのとき、問題を解き放ったのは、日本側の役者の一人が言った言葉だった。「いい芝居を作るという点で、ぼくたちは家族<FAMIRY>なんだから」
その言葉が魔法のように効いて、現地スタッフは一時間の労働延長に応じ、見事に舞台は仕上がったという。

この話の真偽は分からないが、アメリカ人の『「家族」好き』は、何十年も前に見た「オズの魔法使い」からだけでなく、その後見たテレビのホームドラマ「パパは何でも知っている」や「うちのママは世界一」でもよく分かる。


今夜娘が「帰って」くる。明日は息子が「帰って」くる。そしてまた四人がそろうのだが、私たちはまだ家族なのだろうか。

彼らは、今住んでいる場所を出る時に、正月が過ぎたら「帰ってくるから」といっていないだろうか。


妻は、義父の介護疲れの身に鞭打って、あの子は何が好きだから、この子はあれが好きだからと、料理に精を出しながら、私が自分の用事だけに追われていることに不満を漏らしている。


ここに家族はあるけれど、あの時一緒に「オズの魔法使い」を見た家族はどこに行ってしまったのだろうと、ふと思った。
それは明日には、この家族を襲う運命だけれど。



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来られなかった若者

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ある主婦から二十歳前の息子について相談を受けました。

高校を中退して、とりあえず今は働いているけどこの先どうするか特に考えもなくて、自分ひとりの生活費くらいは、実家にいればなんとかかるだけ給料をもらっているけれど、ギャンブル遊戯にはまってしまって、月に数十万円浪費して親からも金を借りていく。


叱ったり説教したりで解決できないケースが多いし、ある種の麻薬中毒のようになっている可能性もあるから、、親への依頼心を取り除く努力と同時にどの程度事態が深刻か見極めて、場合によったら専門家のアドバイスももらったほうが良いと助言しました。

毎日きちんと仕事に行っているだけまだ見込みはあるかもしれないと、励ましました。


数週間後、やはり子供の生活が変わらない。一度会ってみてくれといわれました。私には多分彼を変える力はないけれど、どの程度深刻な事態か第三者の目で判断してみましょうとこたえました。

私のアドバイスをカレが聞くくらいなら、親の説教も効き目があるでしょうし、そうでなければ、考え方を抜本的に変えて、本人の「治療」にあたる必要があると思ったのです。

彼が進んでではないにしても母親の助言に従って私に会いに来るくらいなら、まだ見込みはあると思いました。


当日の朝、母親から電話が入り、「こちらからお願いしてあったのに申し訳ありませんが、風邪を引いてしまい伺えません。本人ともよく話し合い、一月ほど様子を見ることになりました」ということでした。風邪を引いたのが母親なのか息子なのかは分かりませんでした。


私には何の異論もありません。「分かりました」とこたえました。

お母さんの声は、心無しか暗く沈んでいました。


世間のニュースにも暗い話題が多くて、いまひとつ心が晴れません。それでも、とにかく頼まれた仕事だけはせっせとこなそうと思います。

今は、地元の文化サークルが新年に開くイベントのプログラム作りです。




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歳末なのに

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忙しい。

歳末らしいことが出来ずに、なんだか知人からの頼まれ仕事ばかりしている。

妻は今年最後の実家行き。


妻にテレビの録画を頼まれている。昼のドラマで、『愛の○○』というタイトル。


雛○あきこが、三人の子持ちの男性と結婚したとたんに夫に死なれ、その遺志をついで三人の継母となって夫の実家に行く。ようやく子供たちと打ち解け家族らしくなった頃、三人の子供の実母が再婚相手と帰国して、子供と住みたいと申し出る。

子供たちの祖父母と継母は子供たちの判断に任せるが、子供たちはようやくなじんだ継母との別れにためらいながら、一度は自分たちを捨ててよその男性に走った実母のもとに行く。

彼らがそう決断した裏には、継母が「私も別の男性と結婚するんだから」という嘘があった。彼女は子供たちは実母と暮らすのがよいと思っって、自分の身を裂かれるような悲しみを隠して嘘を言ったのだ。


まあそんな話が綿々と続く。


ところが、実はこの実母は末期がんに侵されていた。死ぬ前に一度は、自分が捨てた子供たちと一緒に暮らしたいと思ったというわけだ。ただし、虫のいいわがままを言ったわけではなくて、そのだけでなく、継母である雛○のこれからの幸せな人生を願って、子供たちを引き取ったという気持ちも、ドラマの中でほのめかされる。

実母を一番恨んでいた長女に「私は心から燃えた恋をしてしまったの。でもあなたたちを捨てる気はなくて、一緒に連れて行きたかったけど、どうしてもお父さんが渡してくれなかったの」と話して、長女が、自分たちが一方的に捨てられたのではないとわかって涙を流す、などというシーンが入っていた。


実母は死に、子供たちと血の繋がらない実母の再婚相手が子供たちと養子縁組することを申し出る。祖父母や継母に較べれば社会的な地位もあり経済力もある。しかも、実母の遺言でもあるというわけだ。


私はなんだか入り込めない話に思えるのだが、妻は妙にこの話にはまっている。一青○の主題歌も良いし雛○の芝居もうまいという。


私は、あらすじを妻から聞き、一二度ドラマを一緒に見て、妻に聞いた。「あの実母は、あの三人の父親とどうして離婚したんだい。」

そこは見ていなかったから妻はわからないといった。そのことには彼女は余り関心がないようだった。

三人の子供の父親はヒロインの雛○の心をつかみ、子供たちから今なおしたわれているようなキャラクターなのだ。だとしたら、離婚には世間的に正当な理由などなくて、実母が長女に話した「自分でもどうにもできないくらいの恋に身を焼かれた」という説明で尽きているのかもしれない。

しかしそうであればあったで、そこに母親としての、女としての葛藤が描かれれば、奥行きのあるドラマになったのではないかと私は思った。

夫の側はにこれといった理由のない妻の婚外恋愛と離婚、再婚。子供との離別。

とても現代的だと思ったのだ。

昔は、女性の犠牲の下で男にだけ許されていた特権。だから、離婚騒ぎにはなかなかならなかった。


しかしドラマは、大人たちの都合ともっともらしい理屈で、子供が右往左往するドラマになっている。

登場人物は子供たちの実母も含めてみんな良いひとたちで、心から子供の幸せを願って…。


だが結局のところ、人は生きていれば何とか暮らしていくしかない。

その子供の側から、不運や大人の都合で襲ってくる生活の激変と七転八倒ぶりを描くのならば、こんな観念的なシチュエーションを作らずに、もう少しリアルな描き方があったのではないかなどと、一人で心の中でえらそうに理屈をこねてみた。


それでも妻の希望にしたがって、今日も明日も録画する。

そして、妻がいないから、見るのならえらそうな理屈はこねなければいいのだ、と自分を叱りながら最後まで見てしまいそうな予感がする。








彼がいた

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息子と娘に年賀状を作って昨日土曜日の昼に送った。


10タイプほどサンプルを作ってメールで送り選ばせたが、催促しないと選択結果を知らせてこなかった。しかも彼らが別々に選んだサンプルは同じものだった。二人の交際関係はほとんど重なっていないから良いようなものだが、義父やその他数名には重複して年賀状を送っているかもしれない。それで、娘には五枚だけ別タイプを混ぜておいた。兄と重なる可能性のある宛先にはそちらを使いなさいと、その理由をメールで送ろうと思っていたら、夕方、土曜日の電話定期便があったので、口頭で伝えておいた。


年賀状は二山にしてならして少し硬い紙で包み、封筒に入れてメール便で送った。その硬い紙を捜して書斎の本棚をかき回したら、古いA☆RAが出てきた。

なぜ取ってあったのか判らなかったが、記事を見ないで裏表紙をちぎり取り、息子宛の年賀状を包んだ。

娘宛には、A☆RAの表紙ではなく手近かにあった古い模造紙を使った。


夜、妻がお茶を入れて書斎に来た。ガラクタの山の上に放り出してあるAERAを見て、読んでも良いかと聞くので、捨てるつもりだから良いよと答えた。しばらくして妻が戻ってきて、「これは捨てられないわよ、Kさんが載っているんだもの」と言った。

私は、20年前のA☆RAを買ってとっておいた理由を思い出した。


改めてKの記事を読んでみた。


A☆RAに登場する15年前に私はこの町に来て彼とであった。

情熱的で破天荒で勉強家で天性のアジテーターだった。

集まった数百人の市民の前で思いをこめて自作の詩を朗読し、いくつもの勉強会を作っては壊し、酒を飲みジャズを聴き、のどかな田舎町に渦巻きを巻き起こし続けていたが、数年後に職場の転勤で遠くの町に移っていった。


外に飛び出して駆け回っている夫を当てにせず、Kの妻は自分も働きながら、二人の子供を育て、家を切り盛りしていた。物静かな印象だったが、話してみると驚くほど芯は強かった。

Kの転勤に伴う転居のとき、当の夫は外国に行っていて不在だった。

私ともう一人Kの友人が朝から引越しを手伝った。

私が車を出して彼の妻子と手伝いの友人を乗せ、トラックに伴走して新居まで走った。


そしてKと私の付き合いは途絶えた。


その十数年後に書店で何気なくA☆RAを覗いて、彼が特集されているのを見た。驚いてそのA☆RAを買って家で読んだ。妻にも見せた。

まだ50前だというのにすっかり白髪になった彼が、雑誌の中で笑っていた。

私が知っている頃の彼と活動スタイルは全く変わっていないけど、本を何冊も書き日本中を講演して回っていることが分かった。勤めは続けているようだが、「やりたいことが出来ない」と記事の中でこぼしているので、早晩辞めるだろうと思った。

これは彼の元の同僚に聞いたことだが、やはりその記事の少し後で退職したらしい。


一度だけ、Kの家に電話をした。懐かしい奥さんの声がして、簡単に挨拶をし、彼を呼んでくれた。めったに家に居ないので、一度で彼を捕まえられたのは本当に偶然だったらしい。

ちょっとした講演会を企画していたので、その講師に頼もうとしたのだが、時間が折り合わずすぐに無理だと分かった。近況を述べ合うこともせず、ではまた、と電話を切った。

Kとは特に偉ぶった風でもないので昔どおりにざっくばらんに話せたが、彼の生活のペースは全く私とはかけ離れたものになっているようだった。


さらに十年ほどたって、今もこの町に住んでいるKの元同僚と昔話をする機会があった。Kの話が出たら、「Kが今何をしているかは知らないけど、奥さんとは別れたみたいだな」と彼が言った。それは奥さん同士の話から得た情報のようだった。

十数年前私の車で引っ越した、働き者の優しい奥さんと繊細そうな娘とまだ小さかった息子を思い出した。


その後のKの消息は全く知らなかったので、ネットで検索してみた。

彼はちゃんとそこにいた。


私は彼自身よりも彼の奥さんに会って、彼の思い出話をたくさんしてみたいと、不意にそう思った。

裏表紙のなくなったA☆RAはもうしばらく私の部屋にとどまることになった。













歳末

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クリスマスという言葉を忘れていた。


営業マンだった父がクラッカーや訳のわからないひげや付け鼻や赤い帽子を持って帰ってきた小さな頃の思い出。


少し世間の生活が落ち着いた頃、なんとなく私にもそれらしいプレゼントがあったようななかったような少年時代。


世の中が競ってクリスマスを演出するようになり始めた頃に、何年も一人で過ごしたクリスマス。

そういえば、誰かと二人でクリスマスを祝った記憶は…一度もない。


結婚して、二人だけのクリスマスは二年間だけ。

ケーキぐらいは買ってきたかもしれない。きっと何もしなかったような気がする。


子供が物心ついてからは、少しそれらしい家庭行事。

小さなクリスマスツリーを飾ったりして、一夜限りのクリスチャン。

妻は、プレゼントの工夫に結構神経を使っていたような。

サンタクロースなんていないと子供に知らせたのはいつだったろうか。

それとも、子供は自分でどこかで知ったのだったろうか。

プレゼントの習慣は小学校の間だけ。最後のほうはリクエストを聞いて与えたかも。

ツリーもその頃から出さなくなった。ケーキを食べる習慣が最後まで残ったかな。

そしていつしか私たちの生活からクリスマスは消えた。


クリスチャンの両親を持った妻はきっと私は違った習慣を持っていたに違いない。

しかし、結婚してからの彼女もほとんどクリスマスにはこだわらない。


クリスマスごとに思い出を重ね、あるいはいつもたった一度のクリスマスを大切に思い出す人もいるかもしれない。


私には、クリスマスにまつわる思い出はひとつもない。


今朝、購読紙の私の愛読記事はO.ヘンリーの「賢者の贈り物」を話題にしていた。

あれはたしかに素敵な物語だった。クリスマスキャロルよりは、ずっと好きだ。


雨の音が響いている。

このところ忙しかったので、その音を聞いていたらなんだかほっとした。






 



ねこ

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5時に起きて小1時間も風呂に入っていた。

湯が冷めないように少しずつ差し湯をしながら、新聞を読み、その後、体を伸ばして少しうとうとした。

風呂から上がって台所で、自家製の蜂蜜レモンを熱い湯で割ったものを作ろうと立ち仕事をしていたら、雌ねこのタマが足元に擦り寄ってきた。

体をこすり付けてくる。

そのうちの伸び上がって私のひざの上に前足をかけてきた。見下ろすと、つぶらな目で私をじっと見ている。大きな茶碗にたっぷり作った蜂蜜レモンドリンクを割り箸でかき混ぜていると、ジャージにかけたタマの前足のつめが引っかかって取れなくなった。

タマは二本の前足を私のジャージに引っ掛けて、腰を落としぶら下がるような格好のままじっとしている。体重がずしりとジャージにかかって、ズボンが脱げそうになる。

「何やってんだ」とつぶやきながらつめをはずし、今に向かうとタマもまとわりつくようについてきた。

ソファーに寝そべっていつものように腹の上に乗せてやりながら、熱いドリンクを飲むとするかと思っていたら、彼女はソファーを通り越して餌入れのほうに行ってしまった。

見ると、朝おきぬけに入れてやった餌は分量が少なかったとらしく奇麗に無くなっていた。


餌を足してやるとわき目もふらず食べている。


猫の行動はよく考えると驚くほどストレートだ。

私はその分かりやすさが好きなはずなのに、それでもしょっちゅう騙される。まるでタマが私のことをかけがえの無い恋人のように思っているのではないかなどと。



瑣末なこと

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先週の金土あたりからやたら忙しくなった。

もちろん、私が前もって分かっていた仕事をためていたからだが、そのことを素直に私が認めたからといってて忙しくなくなるわけではないから、私は妻に八つ当たりをし、彼女が持ち出す煩瑣な家事労働については、役割分担を断固拒否している。

そんな中で、どうでもいいことが今夜二つ心に残った。でも、どうでもいいことだから、どこかに書かいておかなければきっとすぐに影も形もなく忘れてしまうに違いない。

それでここに書くことにした。


一つは、さっき本を図書館に返してきたこと。昨日が返却日で、返せなかったので、休館日の今日、返却窓からそっと返しておいたというわけ。

本は絲山秋子『エスケープ アブセント』。二週間前に借りて、数日後読み始めて、数分したらあれっと思った。なんだか読んだことがあるようなないような。もう少し粘って、あ、読んでないやと思った。また少し読み進んで、あれ、この文章読んだぞ、と思った。


それきり、二週間放置していた。読んだことがあるのかもしれないし、一部を読みかけただけかもしれない。本屋で立ち読みしただけかもしれない。


そしてさっき、期限が来たので返しに行った。ちゃんと確かめなかったことが、なんだか、むなしい。


夕食に、「近○」の『くみあげ湯葉』のパックが出た。

妻が実家からもらってきたものだ。

義父も誰かからもらったのだが、いらないからもって帰りなさいと言われたらしい。「明日が賞味期限だから食べよう。でも、どうやって食べるのかしら。」と妻が言った。私は干し湯葉を戻して汁の実にして食べたことしかないので、味噌汁に入れたらどうだ、と言った。妻は「え、そのまま食べるんじゃないの」と言った。

ネットで「くみあげゆば」と検索したら、別の店のHPで「くみ上げ湯葉」の鉢の傍に、刻みねぎとわさびとしょうがとしょうゆとカボスを入れた小鉢がおいてある写真を見た。

それで、レモン醤油を作りねぎを刻みわさびを添えて、食卓に出した。

そのままの『くみ上げ湯葉』にかけて食べたら、とてもおいしかった。


食後に「近○」で検索したら、件の『くみ上げ湯葉』の食べ方が出ていた。「よく冷やして、わさび醤油かだし醤油で」と書いてあった。

熱い汁に入れなくてよかった、というお話。


やたら忙しいはずなのにこんなに書いてしまった。


やっと縁が切れたと思っていた歯医者に、別の歯のかぶせ物が取れたのでまた通いだした。

この前の歯の治療の最中に、片側で物を噛むようにしていたら、舌の動きがうまく処理できなくて、二度も同じところを噛んでしまった。

その場所の傷がまだ治らないようで、痛いし染みる。


数日気分が落ち込んでいたのは、溜まった仕事のせいばかりではなくて、この口の中のトラブルのせいかもしれない。

いろいろ考えるのだけれど全く考えがまとまらないのだ。


今朝も朝から頭の芯がぼやけて重かった。

妻は一昨日から、恒例の実家行き。

思いついて、庭のコンポスターの中身を切り返すことにした。

妻のささやかな家庭菜園には全く手を出さないようにしている。だが、頼まれ仕事は、三四度言われると重い腰を上げて、少しだけやる。

生ゴミを土と交互に入れて堆肥を作るコンポスターが一杯になっているのは知っていた。いずれ何とかしてほしいと言い出すだろう。


からりと晴れ上がった雨上がりの天気にも誘われて、ねこ(タマ)がテラスに置いたダンボールで見守るなか、コンポスターの隣に同じ大きさの穴を掘り、容器をそこに移動して、まだ発酵し終わっていない上半分をその中の新しい空間に入れた。穴を掘ったところから出た土を上からかぶせ、ふたをして終わり。

堆肥交じりの土になっているコンポスターの元の内容物の下半分は、妻が使いやすいようにほぐして小さな山にしておいた。


作業の最中に、古い知人からの電話があった。

有能で学歴もある彼女は少し精神的な疾患にかかった時期があって、今でも継続的に治療を受けている。その薬のせいで、思うような仕事ができないという。

先日やっと見つけた仕事も試用期間中にミスをして、辞めることになってしまった。その知らせを一昨日聞いて、彼女の張り切りぶりを知っていただけに私もがっかりしたし、彼女自身の気落ちも心配だった。

昨日短い電話のやり取りをしたが、お互いに時間のタイミングが悪くてちゃんと話ができなかった。

今朝は思ったより元気な声で話をしてくれた。年末か年明けに会おうということになった。


中断した作業に取り掛かったが、なんだか目に消えて気分がスッキリしてきた。

さっき私の他愛のない冗談に笑った彼女の声が、耳元に甦った。


やらなければいけない頼まれ仕事になかなか手がつかなかったけれど、ちょっとやる気が出てきた。




嘘つきになった私

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財布も携帯も手帳もそこらじゅうに放り出しておいて、必要になるとせっせと探し回る私。だから、もし私の秘密を知りたくなったら、妻はいくらでも知ることができるのかもしれない。


しかし、仕事をしていた時代の妻はそんな私にほとんど細かな関心は示さなかった。私も妻の個人的な様子に関心を持たなかった。


妻が仕事を辞めさらに私が仕事を辞めてこの関係に変化がおき始めた。私の変化よりも妻の変化のほうが大きかった。

妻が私の行動に細かな関心を持ちさらに指図を始めた。

ただし、今のところその関心は私の食生活に集中している。

私の肥満を少しでも改善することに彼女の情熱の一端が向けられている。

自分のできるところでと、料理法や食材に気を使い始めた。

ところが思うように私の体重が減らないので、今度は私の間食をチェックし始めた。私がそちこちに放置したり廃棄しているレシートをいちいち広げて調べている。

私が彼女に頼まれてスーパーに行った時に、ついでに自分の間食用のお菓子を買って部屋に隠しておいたり途中で食べたりしたのを、レシートで突き止める。

そのために、私が立て替えた買い物代を律儀に支払う習慣を彼女は確立した。


友人や知人と喫茶店やファミレスでお茶を飲んだのもチェックする。飲み物以外にケーキなどを頼んでいないかを見るのだ。


地元の町で人と会うときは、たいてい誰とあうか話しておく。あるいは会った後でも帰るとすぐ話す。

そんな時、誰と会うか、会ったかを彼女は全く問題にしない。相手が女性でも男性でも気にしない。

ひたすら私が何を口に入れるか、入れたかを問題にする。


レシートをもって帰らなければいいのだろうが、基本的にレシートはちゃんと受け取る習慣になっている。そして途中で捨て場所を探すのも面倒なのでつい持って帰ってしまうのだ。


ただし、東京や川崎やその他の場所で食べたり飲んだりしたときは、レシートの類の扱いに気をつける。

一人で出かけたと思っているのに、二人分の食事代などがあると、さすがに気にするだろうと思うからだ。

以前は私が出先で何を食べたかなど全く妻は気にしなかったのに、今は帰ると「お昼は何を食べたの、夜は?」としつこく聞く。

自分からは言わないが聞かれれば、食べたものや飲んだものは、少し少なめに、でも大体正直に言う。

ただし、一人で飲んだり食べたりしたという。


聞くから嘘を言うのだ、と自省心や責任感のない子供のように心の中でつぶやく。


先日、購読紙の夫婦関係を扱った特集記事で、ある人妻がちょっとしたメモから、夫の女性との付き合いに気付き、初めて夫の携帯を盗み見たらその女性との親しいやり取りがあって、その女性に電話をし、さらに夫に離婚を申し込んだという記事があった。


妻は自分の知らないところで発行された、二人分の食事の記載のあるレシートを見つけたら、私の携帯を見たくなるのだろうか。

それとも、こんなにたくさん食べたら食べすぎでしょう、といつものように食べ過ぎに文句を言うだけだろうか。