雲ひとつない明け方の空に半月がぽっかりと浮かんでいました。

新聞ととりながら、あ、きれいだ、と思ったので、デジカメを持ち出して少し広い駐車場まで歩きカメラを構えました。二三回シャッターを押して帰りかけたら、近所の大工さんの奥さんが顔を出して、おはようと声をかけてきました。

「写るかい?」というので、「だめかもしれないけど、奇麗だったから」と答えると、「空を観るときれいだよね。あたしゃ、空とか野原とか見るのが大好きなんだよ。、特に冬の空は星なんか凄いよね。落ちてくるみたいでさ。」と、夢中になって話し始めました。

「私も空を見るのが好きですよ」というと、「友達に、昨日は星がどんどん落ちてくるみたいだったとかいうとさ、あんた何言ってんのとか言われちゃって。でもさ、夕陽も良いし、日の出も良いね。鳥がぱあっと空飛んでてもさ。空だけじゃないよ、こうやって草が黄色くなってるのみても、あたしゃ奇麗だと思うんだよね。」

相槌を打ちながらもう一度月を見ると、どんどん明るくなっていく空に相変わらずぽっかり浮かんでいました。


この町から車で3・40分ほどの山里の農家で育った彼女は、どういう経過からか知らないけれど町に出て、ずっと働き者の大工の奥さんとしてこつこつ暮らしてきました。免許がないので、数年前までは実家に帰る時は、自転車で1時間以上かけて帰っていました。

いつも五時ごろからおきだして仕事場の置くの台所で朝餉の用意などしているようです。

昼は棟梁とそれを手伝っている息子の昼食を用意し、夜も棟梁の好みに合わせてつまみとご飯を用意します。

生活の流れはすべて棟梁中心に進むので、たまには私の妻にこぼすこともあったようです。

今朝はなんかの都合で仕事場まで出てきて、駐車場で写真を撮っている私を見かけてわざわざ出てきて声をかけたようでした。

棟梁が私より三つ上ですから、彼女は私と同い年かもう少し下かも知れません。

数年前までは小柄できびきびした動きの女性という感じでしたが、最近は少し腰も曲がった感じで、急に老けてきていました。

私とは、顔を合わせば必ずお互いに声は掛け合って挨拶しますが、必要な会話以外はしたことがありません。彼女がなんとなくけむったそうな感じで避けるのです。

近所の友達と長い時間立ち話をしているところも見かけたので話好きなのは知っていましたが、こんなふうに気持ちをあけっぴろげに話しかけられたのは初めてでした。

冷たい空気とぽかんと浮かんだ月のせいでしょう。

そして、この亭主と子供の世話で明け暮れている女性の心の中にいまもたっぷりとある、少女のようにきらきらした自然を愛する感性に、ひそかに感動したのでした。

半月