コメント欄&メール相談をご利用の前に
コチラをお読み下さい。

 


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前の記事の続き、
アップしようとしたら手違いで削除しちゃった
(。>0<。)


これいい機会だととらえて
みなさんへのお願いを
アップするチャンスに変えてみます。


メールやコメントで一杯相談いただいてるのですが
先日もお知らせしたように
返信はなしが基本ことになっています

時々ぽっとするけど
皆に 返信できなくてごめんなさい

時々するぽっとする返信も
SNSの性質や
この病気の複雑さをかんがえると
私が書けることは限られていて、

特に、
この症状はどうしたらいいですか
対処法ありませんんか
私のこの症状はどういうことでしょう?

・・・みたいな質問
(説明したら本何冊も書くことになっちゃうような
”大きな意味”の質問や、
そのひと個人の状態についての質問)
にはあまり答えられないことがおおいです

なぜなら  一つには
この病気ってこの症状にはこの対処法、
って決まってるわけじゃないから。

そして
読者のひとりひとりの
体の状態、心の状態、
さらには 頭(考え方)のくせのこと
一人ひとりの状態を
コチラから質問してやりとりして
知ることまでできないため

読み手一人ひとりのことまでは
書き手の私には
間違いなくわからない

からです。


その人にとって
今何が必要なのかとか、
何なら今理解できそうか
今できること、できなくていいこと
今すべきこと しなくていいこと など

分からないので

書けるとしても 
その人にむけてじゃなくて
過去に書いたことのなかから
一つか二つ、こんなのもあるよって
いうだけになっちゃう。


なので、私にできることとしては

こういうこと知っとくといいよ?
こういうこと考えたことあるかな
こういう考え方もあるんだよ って

ランダムにいろんなことを書きますが
あとはみんなの心の動きに
まかせるしかなくて。

それくらいまでしか
不特定多数の人にむけたツールでは
できないんです
(。>0<。)

残念かもしれないけど、
ごめんね。

コレの解決法はこれって
決まってるわけじゃない

って書いたけど

なおすために、やるべきこと
進む方向性
 
っていうのはあって
それは書いてきてると思う。

「~すべき」じゃなくて
「自分が」心地よいこと快適なことを選ぶ

・・これが私の基本だけど

快適な状態になるために

今は辛くてもやるべきこと
もあれば

逃げるのも「いけないこと」じゃないけど
逃げ”続けて”はいけないこと

というのもあります。



極端な例をあげれば

止める順番は
過食が先じゃなく
食べ過ぎを帳消しにする行為(嘔吐、極端なダイエット、下剤など)が先だよ

とか

過食とまらなくても
三食食べること


とか

食べたいものを食べて
バランス取れる食欲になるためには

(甘いものばかりほしくなってて
 ふつうの食事は欲しいと思えなくても)
まずは穀物中心とした
ふつうの食事を続けること


とかもそうだよね。

*↑穀物中心というのは「沢山」とるのをすすめてるわけでも、少ないのがいいというわけでもないので注意


*食べないことはしてないけど
健康的(と信じる食事)に縛られてる人)は
”体”はもうOKなので、
上記の「体の基礎」を作るステップは要りません



どうしたら
それができるか、

という話ではなくて

本人が 
やるか・やらないか
 

あえてキツイ言い方すると
そういうことなんだ(汗)

だけど、
ソレが怖くてできない
ってなるわけだよね?

何にもその先に希望がみえなくて
ただ恐ろしいこと、って思ったまま
行動だけしても、

自分で納得して
決めてやるのと違って
ただただ症状ひどくなったりする。


それ私も知ってるから

治したいなら
「まず吐くのやめてね~」
とか
「食生活ちゃんとする」

って
簡単に答えたりは、
私はできないんだ(/_;)


知るべきことを知っても
怖いものは怖いし
不安なままでもやっていく
んだけど

やってみようって思えなくて当然の
知識しかなかったり

心の問題(考え方)があることが多いので

だったら

「怖いけど不安だけど、
 思い切ってやってみようかな?」
って思える心にまで引き上げるための
お手伝いとなる情報や言葉、考え方を

まず知る、

という段階があっていいし
それをするのも「対処法」だと思ってるのね。

だから私も そのお手伝いのために
心の面からも
体の面からも
頭の面(心と体に影響する「考え方」「思考)からも
いろんな方面から書きます。

全部繋がってるから
あっちもこっちもかく。

だから みんなが 
既に いろんな情報、考え方
読んで、知って、考えてるなら

それ、もうすでに
「今できることをしてる」ってことだし

今気になってる症状の「対処法」を
着々と進めている

ってことなんだよ。

知る、考える、気づく、迷う、悩む
っていうのも
食症状や生き辛さをラクにするための
対処法の一つです。



痩せること 過食の症状に
頼らなきゃいけないほど
生き辛さを抱えた心のほどきかた

についても同じです。

「これはこう考えがストレスを作るんだよ」
「それはこう考え方もあるよ」

とかアプローチは色々書いてきたけど


自動的に考えてしまう癖は
すぐ変わらなくても

あとから あ、あの癖が出たな
そういう風に考えてみようかな?
って自分の自動思考に対して
問い直しをしてみる。

そうやっていくのも
どうしたら できるのか じゃなくて
やるか・やらないかなんだ。


その繰り返ししてるうちに
ゆっくりと(今すぐではなく)
なんとなく(はっきりとではなく)
ラクになっていくわけなんだ。


だけど  難しいのは
摂食障害の人にありがちな
考え方の癖として

完璧主義的な考え癖や
結果を急ぐ(あせる)癖 

って紹介してきたけど
それにまず最初にひっかかるところだとおもいます。

この問題の対処法はこれ、
コレに対する答えはこれ、

あなたのその状態はこれ、

って数学みたいに
わかりやすい答えを探して


「今すぐ」
「はっきりと」
 変わるという結果を焦るあまり
これやっても変わってないから私治ってない、
何やっても駄目、治らない(泣)
となってしまう(←これもゼロか100の癖)

「どこから手をつけていいかわからない」
「何からやれば”いいのか”わからない」
っていうのも

絶対間違わない、完璧な
やり方の正解を求めてしまうから。


その時々の 
今の自分にとって

できることから
何でもいいからやっていけばいいんだよ。



できないことは
できる程度をみつけてやっていく。
それでもできないことは後回し。

(いつまでも後回しにしてることもあれば
 ソレを思い切ってやることも必要だけど
 コレも段階をおって気づけばいい)



ない「正解」を探すより、そのほうが早い。


やってみて
間違っちゃったらどうしよう・・


って、不安だしこわいけど

間違ったら間違ったとき
その都度、
修正すればいいんです。


自分ひとりで無理と思ったら
自分に合う他者をみつけて、
その力を借りながら
ジグザグ進んでいけばいいんです 


(*依存と力を借りるは似て非なることと 
 気づくのもプロセス)


いろんな問題が複雑に
からみあってるので

一個やったからといって
今すぐ はっきりと
変わらないのも自然なこと、だよ。


「年単位の変化」ってよく書くけど
一年後、三年後、6年後、8年後
っていう大きなスパンで変わっていく。
そんなスピードだよ。

*治るまでずっと今の苦しさが続くっていう意味ではないからね。



それと、結果を焦ると

今気になってるその問題以外は
全く関係ない余計な言葉、文章にみえて
本当に必要なことが
入らなくなってしまうと思います。

「で、それはいいから、
 コレの対処法は?」 って。

何を読んでも、
どこにいっても、
そうなっちゃうの(/_;)


だから「焦るな危険」だよー 
ってかいてるけど

みんな、苦しいと

その苦しい食症状や
その苦しい考え(心)を
早く取り除きたくて

焦って

だから、誰か回りくどい説明いらないから(←これが必要なのに)、はやく対処法だけ教えて~ってなったり

やれることやってるのに治らない~!ってなるんだよね。

うん、それも、わかる。
私もそうだったんだけどさ。

それも、
みんなそういう時期とおるので
駄目っていってるのではないよ。


でも そうやって
自分にできること
失敗しながら探すより
何をどうすれば「よい」のか
外に完璧な答えがあって

それに従いさえすれば
今すぐ治るとか
そんな治り方する病気じゃないんだって
まずは 気づいてほしい。

↑これはもう二冊の本で
 何度もかいてるので
 読み込んでわかってる人は
 この症状はどうしたら治りますか?
 今すぐこうすれば治るという対処法ありますか?
みたいな質問は、しなくなります、

そのかわり
(食症状だけなくならないのはさておき)、
食べることはここまでやって
でもここでつまずいている、とか

対人関係でこんなことがあって
こんなことを感じた、
自分ではここまで気づけた(気づけてない)
っていう具体的な相談になってくるので、
私も文中でも指摘しやすいです

↑ なので答えやすい内容をよく送ってくれる人によく答えてると、、特定の人をひいきだとか、いわれるけど違います(笑)



それと ここからは
私の正直な気持ちになりますが

これの対処法教えてとか
どうしたら治るのって聞かれると、
私も悲しくなります(/_;)

だって、
ずっとコレだけ記事を書いてきて
関係ないことのつもりで書いた記事は
一つもなくて

ぜんぶ治すために必要なこととして
日々コツコツ書いてるわけだから…です。

でも、どうしたら治るのって答え探すのも
焦るのも 対処法は??ってなるのも

私もそうだったしすごく分かるから
ぜんぜん怒ったりは、してないけどね。


全部がつながってるから
「それの対処法はこうです」って
簡単にはいえないし、いわないけど、

読んでるうちに
考え方がかわってきたり


読んでるうちに
辛いけど治るために
これやってみようかなって
勇気がもてたり


辛いときには
言葉にならない自分の心を
自分がまず理解する
手がかりをみつけたり


そのように使ってもらえたら嬉しいです。

既にやってるなら
「治すためのプロセスもう進行中なんだ」

って思っていいと思います。

 (すぐに、はっきりと進んでることが
  分からなくても)。



ブログの最新記事にヒットしたひとは
初めて読んだようなコメントや
気付きの報告もくれるんだけど

実は本や過去の記事で
何十回も出てきてることを
その時の言葉で繰り返してるだけなんだよ(笑)

ただ、物事ってなんでもそうだけど

読み手(受け手)の 
そのときのタイミングや
その時の私の言い回しで

スッと心に入るタイミングが
その時だったり
その時は入らなかったり

その時によって
読者が自分流の解釈したり
するものなので

毎回、違う感じ方になるのだとおもいます


なので何度も書くんだけどね、

すぐに全部の質問や相談に
答えられないし
記事にするにもおいつけないし

質問に答える記事を書いても
一つの記事でアレもコレも書けないから

誰かが困ってるのに返信できないときは

「ブログや本 まずよみかえしてみると
 私がいいそうなことは既に書いてあるよ」

って書くしかなくて申し訳ないんだけど

何度も読んで分かることもあれば

今は何度読んでも
同じに見えることもあるだろうし、

ずーっとあとからよむと、自分が変わってる分
前は入らなかったことが入ってくることも
あると思うし

もちろん
もともと合わない人には合わないとも思う。

人との出会いも本やブログとの出会いも
そんな感じだと思ってるよ

一人ひとりにアドバイスしたり
その時その人が必要な寄り添い方が
できないという点でブログも本も力不足ですが、

認めてしまうと

私のやってることって
”そんな程度”
です。

だから私が「答え」を知ってると
期待をもってきてくれてる方には
期待には添えなくてほんとうに、ごめんね(/_;)

でも それでよければ、
「ブログで取り上げる内容のリクエスト」
として、
相談を送っていただけるとたすかります。

コメントだと、
返信できるときはぱっと書ける確率が高いけど
そのコメント読んだときに返信できないときは
そのまま流れます。

メールだと、
ブログが更新されて
コメントが後ろのほうにいっても
私のメールボックスに残るので、
記事になる可能性も高いかもしれません。

以上、どちらで送るかの目安にしてください。


今日も応援ありがとう!