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先日の、摂食障害治りかけのときにみんながぶつかるこの問題。

「もう無理に痩せようとは思わないけど、世間が認めてくれない気がする。」

「それと同時にダイエットダイエットいってるメディアや周囲の人たちを冷ややかな目で見てしまう。」


っていうお悩みの続きです。

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まず、まだ前の記事を読んでない人や忘れちゃった人はこちらからよんでください。

その1
>痩せないと世間が認めてくれない気がする

その2
>痩せないと許してくれないのは世間じゃなくて自分?


要約すると、 その1には、

自分がつらい思いをしてきてやっと、痩せることより「自分の体や心を守る」という選択ができるようになったわけなので、世間が痩せ賞賛の様子をみるたび複雑な気持ちになるのは自然なことだよ、ということが書いてあります。

それと、確かに、特に日本のダイエット事情はちょっとおかしな状態になっていて、ある調査では日本の女性の60%近くは自分のことを「太っていると思う」と答えるというおかしな風潮になっているのも事実だということも。

これ、言い換えれば、拒食症や過食症の人によく見られる「ボディイメージの歪み」って、病気の人じゃなくても「ふつう」にみんなもってる、ともいえるんです。

魅力的なぽっちゃりさん雑誌などが注目されてきていても
日本人の理想が「痩せ」に傾いていることは事実だし
多くのひとが自分の体に不全感を抱え、やせることをいいことだと思っているのも事実です。

だけどね、その世間の風潮をまあ事実だよねと’認めた上で、

痩せてないと駄目って自分を
認めてないのは、そーいう世間じゃなくて、自分自身だったりしない?


って、昨日のその2に書いたんだよ。

この場合の自分自身は
回復途中でもう自分を痛めつけるダイエットはしないと決めることができた人にとっては「過去の自分」だけど、摂食障害真っ只中の人にとっては「今現在の自分」になると思います。


たとえば、

○痩せてるっていうただそれだけで優越感を感じたり、痩せてない人より自分のほうが上のような気がしていたときの自分。

○痩せてないのに甘いケーキやお菓子を食べてる人見て、「努力すればいいのに」とか「何であれで平気なんだろう…」なんて否定的な目線で見ていた自分。


その過去の記憶が今の自分の「心のフィルター」になってると
今、ダイエットから離れようとしてる自分のことも
自分が知ってるアノ感じで、裁かれているような気がしてしまう。


太った?って、髪切った?くらいの感じでいてってる人も
世の中には結構いるんだけど
自分自身ががすっごく気にしていた(いる)から、
「侮辱された」「下に見られた」「かわいそうな目線で見られた」
ような気がして 傷ついてしまう。

誰も「評価」なんてしてないのに評価されたような「気がする」。



○体重や体形をコントロールすることで、自分は頑張ってる、ちゃんとしてる、って自分を肯定できる気がして、できないと、自分は「頑張ってない」「甘えてる」って思ってダイエットしたころの自分

とか

○ダイエットするといったら、自分の心身のサインなど無視して体重や体形を変えること=自分を殺す だと思っていたころの自分



などが、心のフィルターとして残ってると、


やせたい痩せたいっていってる人をみるだけで
自動的に
「ありのままの自分を認められない人」
のような気がする

痩せるためにダイエットしてる人みるだけで
自動的に その人たちは自分を殺して痩せようとしてる、ような、気がする。



きれいになりたいからメイク研究しよう!くらいの感じで
「痩せたい」っていってる人も
ダイエット情報交換してる人もいるんだけど
みんなアノころの自分みたいに苦しんでるかこれから苦しむかわいそうな人たち・・・のような気がする。

ほかにもいろいろなフィルターがあると思うけど、長くなるのでこれくらいにしときます。


わたしもね、


「頭では」
自分が経験したからそう見えるのかもしれないなぁ、・・・とわかるようになってからも、


そーいう自分の心のフィルター色に染まった現実しか見えなくて、何でもかんでも自分の記憶に結び付けて、苦しくなってたときがあったんだ。

でも、あるときから、

 

世の中には
自分とまったく違う感じ方、

受け止め方をする人がいて
ダイエットとの付き合いかたも

自分とはまったく違っていろんな形があるんだな


っていうことも、少しずつ見えるようになってきたよ。


これもね、過去の記事でちょこちょこでてきた

自分は自分、人は人。
どんなに親しくても、

別の感じ方、受け止め方で

別の人生を生きる別の人間なんだと
人と自分の区別をつける


っていう、自分と他人の境界線の話に通るものなのですが。


その一歩が
自分の心の中の

「フィルター」の存在に気づくこと
。。。なのですね。


でも、
そうはいっても・・・っていろんな反論が出てくるのも

 

「そうかもしれないけど、

 やっぱり世間に否定されてる気がする」

はい、それもまぁ普通だとおもう。

 

結果的に見方が変わったというひとだって

 

こーかんがえたら

その場で急に

見えるものが変わった、

なんてわけじゃないだろうから。

 


でも、自分を否定してるように見える世の中も、人も、
自分側の都合でそう「見えるだけ」で、

本当はあたたかい現実も

多いんじゃないか、

と疑ってみることを繰り返す、

それを生活習慣にしていたら、

だんだんと、
少しずつ
見える世界があたたかくなってくるよ。



相変わらず周囲は

ダイエットダイエット言ってても
あちこちでダイエット番組ばっかりやってても、
それを目にしたときに感じるものが変わるのです。

同じ風景から見える世界が
自分が知ってる

「あの例の苦しい感じ」ではなくて、

 

もっとライトで明るい

「やせたがり」のひとたちも

見えるようになったりするのです。


それは、どういうことかというと・・とかきたいけど
ごめん、今日はもうこれ以上かけません。

これだけかくのに4時間かかってしまう不器用ぶり

続きはまた後日かきますが、文章だとあれもこれつながってることを書くことができないのもあるし、過去に書いた長い記事をまたまるごと書くわけにもいかないので、伝えにくいことはあると思います

伝わったとしても、
でも・・・
だって・・・
って、いっぱい違和感や反論が出てくるのもふつうだとおもう 笑

だって、わたしも、聞くタイミングによっては、
受け入れられなかっただろうなと思いながら書いてるくらいだもの^^

でも、最初の記事にかいたように、

どんな感じ方をしても感じることに

正解も不正解もありません。

 

「今の自分はこう感じるんだな~」って、

今の自分の感じ方として受け止めてあげていいんだよ。

では今日は寝ます。またね~。


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