新しもの好きの道民なので。コメダ珈琲のシロノワール、食べてきました。

 

image

 

甘い画像とは真反対のお話です。

例年9月に掲載される、週刊ダイヤモンドの「金融特集」。今年のインパクトは強かった。

 

image

私が銀行に就職したころ(昭和の話です)、「え、よく入れたね」という感じで周囲が喜んでくれたのを覚えています。実際に入ってみて、

「この人はどうしてこんなに頭がいいんだろう」「あの人はどうしてそんなに責任感が強いんだろう」

「それに比べてオレは…」と感じていました。

 

今は昔。記事では誇張して書かれているところもあると思いますが、

 

「銀行の仕事は一流校の卒業生にはそぐわない。MARCH位の大学の卒業生が頑張るのにちょうどいい」「外資系の金融機関に就職した人が邦銀に転職するのを『一回休み』と呼ぶ。邦銀の仕事は外資系から見れば骨休め」

 

おりしも、「今後10年でなくなる仕事」の中には、

 

「銀行の融資担当者」「銀行のクレジットアナリスト」が挙げられています。週刊ダイヤモンドの特集記事の中では、さらにつっこんだ分析がされていて、

 

金融機関の個人向け営業に携わる仕事はほぼ全滅、と。銀行の個人向け営業、保険外交員、証券営業、銀行窓口、バックオフィス、融資審査担当は危険水域にあるそうです。

 

FinTechの発達でこれらの仕事は急速になくなっていくでしょう。

 

実際に8月の日経新聞の記事では、みずほ銀行がソフトバンクと提携し、カードローン審査にFinTechを利用する、と報じられました。職歴などを分析しきめ細やかにローン上限を設定する、と。

 

ここでもう一度、金融機関でなくなると指摘された仕事を見てください。

 

「窓口」「融資審査担当」「個人向け営業」…そうです、支店が消滅することになりそうです。

 

ATMの置き場所として残るのでは?いえいえ、いま進められている議論はコンビニのレジのATM化です。(朝日新聞2015.12.5報)買い物ついでにカードを出し、暗唱を打ち込み、金額を指定するとその額のキャッシュをレジから出して手渡してくれる、というもので2017年には実現しそう、と。

 

かつて銀行は支店の出店争いを行い、さらには店外ATM設置台数を競ったものですが…

 

融資審査はどうなるでしょう。

 

今、各行が敷いている融資担当者制度はなくなりそうです。融資審査は最終的に決断を下す人間を除き、余分な手間暇をかける理由がないからです。

 

融資申し込みはどこからでも電子化された資料の送付(電子証明付ものか、ブロックチェーンで検証できるもの。財務諸表はクラウド会計で粉飾の余地がないもの)をし、AIが審査し、短時間のうちに融資実行となるはずです。信用保証協会制度もAIの波に洗われるでしょう。金融機関がFinTechを利用している一方で保証協会だけが手作業で審査、というわけにはいきません。

 

その時には、粉飾の余地が入りにくい、クラウド会計が主流となっているでしょう。またブロックチェーンを利用することで法人個人とも本来の信用度合がさらけ出されることになりますので、銀行に通りの良い書類を作る、という仕事もなくなるはずです。書類の出来の巧拙ではなく、企業本来の信用で審査が行われるようになるからです。

 

そのとき銀行は存在感を失い没落するでしょうか。いえ、よみがえるチャンスになるかもしれません。

 

金融機関の背負う経費の相当部分が人件費だからです。効率経営が実現してしまうかもしれません。

 

人が少なくなれば、合併するにも「行風が合わない」「歴史が違う」などの理由は薄くなり、究極、日本には数行の金融機関しかなくなるかもしれません。その時には、大口融資ならメガバンク、少額の融資なら地域密着の小規模な金融機関、などのすみわけも意味をなさなくなるからです。

 

飲食業や介護事業などどうしても人を投下しなければできない仕事を除き、金融機関をはじめとした人材集約型の産業は大転換の時期を迎えるでしょう。

 

 

 

 

 

日曜日なので書評でも…と思いましたがふと思い立ってシン・ゴジラのことを書いてみようと思いました。今、書いたものを読み返しましたが、これだけの分量をかける本や映画、あまりありません…

 

さて、シン・ゴジラ、観ました。

 

これぞゴジラ映画。

 

ここからネタバレになりますのでまだ観ていない方はご注意ください。(私としてはできるだけ予備知識のない状態の観覧をお勧めします)

 

【これはドキュメンタリーだ】

まず、映画のつくり。ドキュメンタリーと言っていいタッチです。シン・ゴジラは、①登場人物の多さ、②情報量の多さ(セリフの量が多く、厚い台本だった、と)というところだけみてもドキュメンタリー映画に近い、というのがご理解いただけるのでは、と思います。ゴジラ出現!(最初は「不明巨大生物」と呼ばれます)となったときに、対応する省庁、機関として、膨大な人数が必要になります。例えば閣議の様子を描こう!とした場合、総理以下の閣僚、それぞれの大臣につく補佐官、省庁の担当者、意見を求められる有識者など…大人数になるのは必然です。今回役名がついたキャストだけで300人を超えた、というのもうなずけます。筆者はシン・ゴジラを一回しか見ていませんが、特にあらすじに関係ない登場人物だな、と思ったのは、片桐はいり演じる、掃除のおばさん、くらいでした。

 

未知の動物が出現!となるとどうしてもそれの対処に携わる人数が多くなります。しかもそれぞれ映画の中で黙って立っていればいいわけではなく、なぜその人物がそこにいるのか、つまりその人はゴジラに対してどうかかわっていてどんな立ち位置になるのか、その人から見るゴジラとは?をそれぞれの口から説明させなければならない。そりゃ、セリフは増える…

 

さらに興業的な要請が加わります。興業側の本音としては、「面白くて短い(=回転のいい)」映画が望ましい。いくらこの映画が良い出来でも3時間を超えるものだったら、興業的に成功するのは難しい。昨今のハリウッド映画は全編90分程度、15分に一度の盛り上げ、という作りになっているそうです。(岡田斗司夫「オタク学入門」…確か)

 

シン・ゴジラでは役者さんは早口できれいにセリフをしゃべることが要求されました。

 

私が映画を観終わり、通路を歩いていると、おばあさんが「会議ばっかで怪獣あんまりでなかったねぇ」と連れのお孫さんとおぼしき子供たちに話していたのが印象に残っています。その通り!セリフが多い映画なのです。

 

従来のゴジラ映画には、ヒーローとヒロインがいました。今回はそのような恋愛要素、ちゃらちゃら要素はなし。そんなことにセリフを割く余裕がない、というのが本当のところではないでしょうか。

 

【ゴジラの哀しみ】

ゴジラ映画ですっとばされてきた論点。「なぜゴジラが生物として生まれたのか?」

 

1998年のハリウッド版ゴジラでわずかに、「なぜコイツが?」という問いに、「進化した、最初の1匹なのだ。だからゴジラの前にはゴジラはいない」と説明される程度。

 

シン・ゴジラでは「なぜ?」よりも「どうする?」にウェイトが置かれているので出現の理由までは説明してくれません。(そこまで「セリフで説明」となるともっと台本は厚くなったでしょう)

 

それを補うのがビジュアルでの説明です。第一形態を皮切りに生物として進化し、大きさも大きくなっていく。ハリウッド版ゴジラも含め、映画にでてくるときには生物として完成形だったものが、シン・ゴジラではどんどん形を変えていく。画像で見せることでゴジラは今まで地球上にいる生物とは違うもの、未知の脅威、なのだ、という説明がされていると思います。

 

これをゴジラ本人の立場で考えたらどうでしょう。まあ、「人」ではないですけども…

 

自分がどんな生物なのか。何になっていくのか。本人にも解らない。

 

私が感じたのは「生まれてしまった哀しみ」。

 

大田区の呑川を遡るシーンでのゴジラの眼は大きく見開かれています。自分でも自分が制御できない、自分でも何が起きているのかわからない、と訴えているように思います。

 

(ちなみに大田区呑川近辺は私の小学校の頃の生活圏で「そこにゴジラが…」と思ってみるとものすごいリアリティがありました。隅田川でも荒川でもなく、呑川…)

 

そして完成形となったゴジラの眼は小さく、そこに感情の動きは見えません。育ってしまった自分がこれからどうしていくのか、困惑しこれからの自分の未来から目を背けているかのようです。本人も混乱しているはずです。その混乱した頭の中で理解できるのは自分が周囲から祝福され、受け入れられる存在ではないこと。生物として成長したとたん、自衛隊の総攻撃を受けるのですから…

 

内から身を焼く放射能の熱。その苦しみ。そしてそれはほとばしり出るように外へ放出されます。いままでのゴジラ映画で放射能を吐くのはゴジラの怒りだったと思います。それに対してシン・ゴジラで感じるのはゴジラの「哀しみ」と「恐れ」です。

 

【日本はシン・ゴジラができるのを60年待った】

 

ゴジラ第一作は1954年、終戦9年目の公開でした。終戦後、復興の途についたばかりの日本が再びゴジラに蹂躙されたわけです。

 

警察予備隊、保安隊を経て、自衛隊法が制定され、自衛隊が発足したのも1954年でした。自衛隊発足は7月1日。ゴジラ封切りは11月3日。発足わずか4か月で自衛隊はゴジラ対策に出動したことになります。

 

その後、時間は下ります。冷戦が長く続き、自衛隊の存否の話、防衛能力や安全保障条約などややこしい話になると、「いやゴジラが出たときのためにも自衛隊がないと…」というジョークが語られてきました。

 

その後ソ連崩壊により冷戦は終了。9.11テロと3.11東日本震災により国民の自衛隊に対する目線は大きく変わりました。率直に言うとどうしても日陰の存在だった自衛隊が国を守る、国民を守る、という本来の位置についた(私の気持ち、印象の上の話です)感があります。

 

太平洋戦争の敗戦から復興した日本。東日本大震災のとき、ガラスが破れ停電したコンビニに列を作って買い物をする姿に日本という国の特性、日本人の民族性が凝縮していると思います。他の地域だったらすぐ略奪が始まっていたところでしょう。

 

先にオタクの話が少し出ましたが、その長い戦後の間にすこしずつクールジャパンとして確立したもの、それはアニメであり、怪獣でだったのではないでしょうか。(もうひとつアイドルという分野があるけれど)

 

そしてそのクールジャパンの一つの完成形、それがシン・ゴジラ。

 

映画「シン・ゴジラ」は戦後70年という時間をかけてようやくこの形に落ち着いたのだと思います。CGなど制作技術の進歩を待たなければならなかったという側面もありますが、観る側がようやくシン・ゴジラを受け入れられるようになった、という意味で。

 

映画の中で理不尽にもゴジラに街を破壊され、多大な被害を受ける日本。しかし、それを受け止め、飲み込み、また淡々と復興に向かうだろう日本。映画の中ではこの部分はわずか数秒の避難所のシーンで語られています。

 

そのときそこに自衛隊がいないと復興はできない。

 

日本人も、自衛隊も、シン・ゴジラを受け止めるためには戦後の長い長い時間と東日本大震災をはじめとする試練を必要としたのではないでしょうか。

 

(追記)【理不尽と向き合う…経営も同じ】

今回の総監督庵野秀明氏はエヴァンゲリオンシリーズの監督としても知られています。エヴァも「理不尽な破壊」にさらされる日本が舞台です。

 

昔々。筆者がサラリーマンだったとき、ある理屈の通らないことがあり、怒りのままに上司に食って掛かったことがあります。

 

「こんなこと、理不尽です!」

 

そのとき上司の返答は、「ん?会社とは理不尽な存在だ」でした。頭に血が上っていた私は毒気を抜かれ、我に返りました。

 

会社の経営も同様です。「なぜだ?」と言いたくなる局面はいろいろあるはずです。しかし、多くの経営指南書が指摘すのは(私も同じことを言いますが)、

 

「ぐちっている暇に何か考えましょう」

「人のせい、と言っているうちは何も変わりません」

 

ということです。

 

シン・ゴジラにおけるゴジラの出現も理不尽そのもの。総理大臣は「なんでよりによってオレの任期の時に…」と思ったはずです。

 

「長年のお得意さんから取引を打ち切られた」「事故に巻き込まれ生産ができなくなった」など「なぜだ?」と言いたくなる局面は多々あるはず。しかしそれに拘泥するのではなく、「どうしていくか」にフォーカスするのが経営者の務め、と思います。

 

【まとめ】

 

シン・ゴジラは、「新ゴジラ」とも「真ゴジラ」とも取れます。

 

日本映画史上に残る名作であることは間違いありません。

 

ドキュメンタリーであるが故に、そこから何を学ぶかは観る側に任されています。

 

【おまけ・怪獣ドキュメンタリーといえば】

怪獣が出現!を徹底的に被害者目線のドキュメンタリータッチで描いた映画に「クローバー・フィールド」があります。ある日突然NYに怪獣が出現。逃げまどいながらそれをビデオカメラで撮影していく、というものでした。「クローバーフィールド」の着想や音楽に「ゴジラ」が大きく影響しているそうです。

 

 

 

中小企業をとりまくリスクはどんどん多様化しています。

と申しますか、中小企業「であっても」対処しなければならないもの、こと、がどんどん増えています。

 

保険はあくまで何かあったときの備えですから、予防する、というものではありませんが、社員さんに与える安心感は増す、と思います。

 

労災認定により、従業員さんの治療費は賄われ、自己負担なしで治療を受けることができます。しかし、ケガをしたことに対するお見舞いに当たる部分はありません。労働基準法の規定で労災によるケガにより出勤できない期間は休業補償がありますが給与の60%が支給限度でどうしても持ち出しが発生します。

 

その隙間を埋め、従業員さんの負担を軽減する保険、また経営側からみると労災関連の負担を軽減する保険商品があります。

 

その1.ハイパー任意労災

 

  業務上のケガなどは労災でカバーされています。しかし…

 

経営側から見ると、①労災でカバーされない部分(例…逸失利益とされる金額と労災保険給付を比べたときに十分でない部分は経営者負担に)

 

②労災の対象外である、日常生活中、休暇中のケガも補償対象

 

③不幸にして死亡事故が起きたとき、災害付帯費用保険金が法人あて支払われます。労災の補償外である葬儀費用や社員の採用費など見えない負担に充当できます。

 

④労務トラブルが発生したときの弁護士相談費用も補償 補償対象となる従業員がケガや病気となった時、それを原因として法人が負う責任について弁護士に相談し費用が発生した場合

 

⑤労災認定を待たず、保険金を支払えるので先に従業員に補償を行うことも可能。

 

保険料は会社の売り上げ規模、業種により決まります。

 

建設業の会社がこの保険に加入すると、経営事項審査のうち「労働福祉の状況」で加点対象となります。(2015年8月現在)

 

その2.ハイパーメディカル

 

労災を原因としなくとも、従業員さんが入院場合に補償を行います。

 

公的健康保険の対象外(自己負担)とされる、「差額ベッド代」「交通費」「先進医療費用」などもカバーされます。

 

「メンタルヘルスカウンセリング」「セカンドオピニオンアレンジ」サービスが付帯します。 経営者にとって力づよい味方となるサービスです。

 

 

詳しくは、メール info@s-tp.jp、お電話 011-219-0591でお問い合わせください。

 

今後も中小企業経営に役立つ商品、サービスをご紹介していきます。

 

 

 

断捨離しようと思ってダビング中…

 

image

 

最近の北海道経済についての報道から2題。

 

1.札幌の不動産空室率最低へ

今年2月の北海道新聞の報道です。

 

「札幌のビル空室率が過去最低へ。ここ7か月連続低下し1994年に統計を開始して以来最低レベルで推移している」

 

しかし、

 

「募集賃料は坪当り前月より19円安い7,932円」。

 

2.道内有効求人倍率史上最高を更新

 

つい最近、8月28日の日経新聞より。

 

「7月の道内有効求人倍率は1.05倍で過去最高を更新した。観光客増加でサービス業の採用意欲が旺盛なほか、医療福祉分野や建設業で人材不足は深刻化している」

 

一方で、8月30日の道新です。

 

「道内成長0.6%へ北洋銀予測下方修正」

 

理由は、賃金の伸びが前年ほどではなく、消費が弱いこと。ちなみに北海道経済が良かった要因は実は原油安で、灯油やガソリン代の負担が下がった分、他の消費が増えた」。

 

空室率が下がっても賃料は下げ止まらない?

 

有効求人倍率が史上最高まで上昇しても賃金は上がらない?

 

(追記)9月1日の報道で道内賞与0.48%増、という記事があり、多少なりとも賃金が上昇していることが報じられました。ただし、建築やその他製造業が賞与を増やした一方、マイナス金利の影響を受ける金融保険は減。規模で言うと従業員1000人以上の会社が増、それ以下の会社は減、となっています。そもそも、賞与を支給している会社に対するアンケートで、今回回答したのは115社。道内の事業所数は約15万社位と思われますので大勢を映したものとは言えません。(追記終わり)

 

経済はミニバブルの繰り返しだ、という本がありました。

 

なぜ、バブルは繰り返されるか?(祥伝社新書)

 

成長期待からおカネが集まり、おカネがおカネを呼び…最後には支えきれず値崩れ。経済はその繰り返し。

 

だとしたら、空室率が下がり、有効求人倍率が上がったのなら、「景気は良くなる」としておカネがおカネを動かすような、いろいろな動きがでてきてもよさそうなものです。

 

北海道経済、何かを踏み越えたのでは…

 

資本主義の終焉と歴史の危機」という本がありました。日本に置いて資本主義はもう死んだのではないか、という本です。この本の中の、「ゼロ金利、ゼロ成長、ゼロインフレ」は北海道にあてはまるのではないか…

 

北の大地の経済は冷えたまま…あるいは資本主義をつきぬけ、超安定期にはいったのか。

 

インバウンド効果はその大地を資本主義に引き戻せるのか。

日本経済が経験したバブル景気の頃、その効果は製造業にはいきわたらず、「繁栄なき繁忙」という言葉がありました。

 

今の北海道経済、「過熱なきバブル」とでも呼べばよいのでしょうか。

 

 

春からの花が一巡し、ばらが少し残っています。

 

image

 

これからあとの事業再生は、中小零細が主流になってくるのでは、と思います。

 

この15年ほど、大企業、中堅までの会社には再生手法がいろいろと整備されてきました。

 

再生のための公的機関も産業再生機構、RCC、地域活性化支援機構と柔軟にその形態を変えています。

 

また、中小零細に対しては、

 

1.金融円滑化法(平成21-25年)

2.中小企業再生支援協議会(平成15年-)

 

が準備されました。

 

これと並行して、

 

3.経営者保証に関するガイドライン(平成25年‐)

 

により、企業が行き詰った時の連帯保証の整理、また、そもそも連帯保証に依存しない融資の道が開かれました。

 

このあとの中小企業再生はどこへ向かうのか。

 

脇道にそれますが日本の事業再生の特徴は政府や公的機関が深く関与していることです。さきのご紹介した「金融円滑化法」「中小企業再生支援協議会」などのツールをもとに政府主導で中小企業の生き残りを図ってきた経緯があります。

 

(その結果、「関与しすぎではないか=市場原理により淘汰されて当然、という会社も生き残っているのではないか」という意見があります)

 

いままで、売上高数億円から下の企業に対しては、「金融円滑化法でとりあえず返済条件猶予」「中小企業再生支援協議会の介入により暫定リスケ」というような、大きくばさっーっと傘を広げ、その下に入った企業を救う、というようなイメージで進められてきました。

 

今後も今まで整備されたツール(民事再生法、私的整理ガイドライン、事業再生ADR、などなど…)をもとに再生は進められていくのですが、

 

今後の中小企業再生は、

 

さきに述べた、「売上高数億円から下、売上高数千万円の個人事業主も含めた、ほぼすべての企業を対象にコンサルティングをいきわたらせる」ことが大きなウェイトを占めると思います。

 

それを支えるのがFinTech、だと思います。

 

「FinTechで再生も変わる」2016.5.20)

 

そしてもう一つ大事なこと。

 

FinTechを利用することでいわゆる窮境原因をつきとめたりそれに対する対策を立案したり、という作業が早く正確にできるようになります。(もう一つ言うと「安く」!)

 

しかし、紙の上でまとめられるものだけでは、この層の中小企業の再生は難しいと思います。

 

なぜそうなった?という原因を考えたとき、「経営者/社長の思考や行動」がおカネがたまらないようになってしまっていることが多いからです。

 

計画や原因分析と並行して、

 

「社長のアタマを変えられますか?」というところが非常に重要になるのです。

 

具体的には家計の維持をどうするか。ご家族の構成も考えて今後数年から10年くらいのスパンで、「どうしていくか」を考えていきます。

 

そこから始めて、「なのでカイシャとしてこれくらいの業績を叩いていかないと…」という流れにしないと計画を作っても切迫感のないものになりかねません。

 

FinTech、というと無機質な記号の集積、というイメージですが、これを道具として組み込むことでドライ(紙の上の)な事業計画にとどまらず、経営者の感情をくみ取ったウェットな計画に仕立てることが可能になるのではないでしょうか。

 

 

 

 

この1週間、いろいろな会社の分析と計画書きが重なりました。朝6時前から仕事開始、ずっと働き続けて夕方まで。在宅勤務でしたのでちょっとマイルドな感じだけど考えれば毎日12時間労働でございました。ブログ更新も間が空いてしまいました。

 

ユリも花が終わり…

image

 

先般の3連続台風上陸について。

 

今朝まで新聞報道では、

 

「昨年から不通になっている日高線はさらに崩落が数か所起き、復旧がさらに遠のく」

「石北線は保守車両が脱線し負傷者を出した個所の崩落が深刻で復旧まで1か月超」

「石勝線も占冠=トマム間で崩落個所があり特急を間引きしながら運転」

 

JR関係だけではなく、

 

「羅臼町につながる道道が不通となり連絡船運航で交通を確保・羅臼町は携帯も不通」

 

となっています。

 

北海道の少子高齢化・過疎化は日本レベルとは違う」(2015.2.9)で書きましたが、北海道に広く薄くのびた交通網を維持するのは大きな負担になってきます。

 

今回のように一旦止まってしまった鉄路や道路を復旧するのは大変になってきます。

 

今回の羅臼町の例では港町だったことで連絡船を運航することができました。でもそれができない、内陸で孤立が起きたら?

 

温暖化のせいか近年気候はどんどん荒ぶるようになってきました。

 

一方、災害被害に対し、それを跳ね返し復旧していく力はどんどん弱まっています。

 

北海道は今日も寒冷前線の影響で雨。来週は台風10号が日本上陸をうかがうようです。

 

防災、減災が十分できず、被害拡大→復旧に時間、という循環が始まっているように思えます。ライフラインの確保といえば東日本大震災のような大災害が起きたときの話と思っていました。北海道ではもうそうではなく、平時においても問題になってくるのではないかと思います。

 

大地震が起きる確率が関東地区だと50-80%と予想されるのに対し札幌は1%以下。夏気温が低いこともあり、データセンターの多くが北海道に立地しています。しかし災害に弱いというところはその良さを帳消しにしてしまうのではないか…

 

経済規模の維持(労働力人口が減るのをAIやIoT、FinTechで補えるか)もさることながら、「人が生きていける土地かどうか」というレベルの問いかけをしなければならないのではないでしょうか。

 

時間差ですが、北海道は「試されている」と思います。

 

 

 

これが…

image

咲きました。

image

中小企業の資金調達チャンネルにはいろいろなものがあります。

今日はファクタリングをご紹介します。

ファクタリングとは、「売掛金の早期現金化」。専門会社が会社の売掛金を買取ることで現金化します。

会社に対する与信ではなく、買取る側からすると売掛金を払う側がどれだけ信用できるか。

したがって、会社そのものの業績や財務内容は関係ありません。

債務超過や赤字計上している会社、リスケ中の会社、公訴公課に延滞がある会社でもサービスの対象となります。

ファクタリング会社はほとんどが東京本社となりますが、北海道内で頑張っている会社さんがこちらになります。

株式会社MEDS CLN(メッズ クラン)。前身は消費者金融のパスキー社。よさこいの強豪チームだったので記憶されている方も多いのでは。

売掛金担保融資と比べると、

「建設業も対象」

「現金化できる割合が高い」(売掛金担保融資が月の回収額の6割程度を上限とするのに対し、個別の売掛金の9割を現金化できます)

「ノンリコース」(=他の担保や代表者の連帯保証をつけない)

ということがメリットとなります。


デメリットとしては、9割を現金化=1割が手数料、ということになりますので現金を先ばらいしてくれる日数から逆算し借入金とみなして利率を計算すると結構高いレートとなります。

詳しい融資条件などはこちらから→



弊社でも取次ぎいたします。


他の資金調達手段と合わせ、最適なものをご紹介します。ご相談ください!



なるほど!というネーミング。

image

事業再生を目指す、と決まれば、あの手この手、なんとか再生を、と知恵を絞ります。


最良と思われるプランA、それがだめならプランB、と対応を変えていきます。


そんな中で、「やめる」というのも選択肢です。


それを経営者と考えるのにはいくつか理由があります。


1.本当に「もうダメ」なとき


まったく収支も合わず、その事業が継続することで誰も幸せにならず…ということなら継続することにあまり意味はありません。

経営者に「なぜやっていきたいのか?」と聞いても、「いままでがそうだったから」などあまりかちっとした答えが返ってきません。



2.やめたらどうなる?ということを意識してもらう


今やっている事業を止めたとき、経営者である自分に何が残り何が失われるか、を思い描いてもらうためにあえて、「やめたらどうなりますか?」と聞きます。

その先は、「だから必死でがんばる」なのか「やめても大したことは起きないから肩の力を抜いてがんばります!」なのか、いろいろ分かれます。

経営者本人からして、「やめたらどうなるか」をあまりつきつめていないことが多いのです。(やめたらどうなるか熟知している社長さんはいません)


話しはずれますが、

ゆっくり説明すると、「あ、そんなもんなんですか?」という反応が返ってくることが多いのです。

…大事なのは、家族、です。


社長はまだ良いのです。コンサルタントの話を聞いたり、仲間の社長の話を聞いたりすることができます。家族は、日々、

帰宅してきたときの社長の表情を見て、言葉には出さずとも一喜一憂しているのです。


「今日は表情が柔らかい」「今日は厳しい表情をしている…言葉も少ない」など。


そしてご家族には情報を得るすべがありません。私が社長さんと面談したあと、「奥様も連れてきて」とお願いするのはそれが理由です。


事業を止めたらどうなる?というのは必ず通らなければならないポイントなのです。




ふと気が付くと野生のポケモンが。

image

さて、コンサルティングのヒントになるのはビジネス本だけではありません。

週末読んだ本の中にすごい本がありました。

「家裁調査官は見た」。


家裁調査官は見た ―家族のしがらみ― (新潮新書)
家裁調査官は見た ―家族のしがらみ― (新潮新書)



家裁調査官、というお仕事があります。家裁で扱う事件は、単純に「有罪無罪」で片付くものばかりではありません。

少年犯罪の場合だと、有罪、無罪にあたる判断のほか、「現状のまま様子を見る」「親や不良仲間と引き離して様子を見る」などいろいろな対応が選択肢に上がるそうです。

実情の調査を基に真実を解きほぐす、家裁調査官。それに必要なのは高度なカウンセリング能力と聞き取り力。…実は経営コンサルタントに求められるものと全く同じです。

どうして感情はもつれるのか。どうやったら人は変われるのか。


感情のもつれがどのように起きるのかがわかれば対処のしようもあります。


また本書では、犯罪や薬物からどうやって脱却するか、ということを背景に、「どうやったら自分を変えられるか」が描かれます。


コンサルティングのヒント満載です。


例えば…


「オレがこうなったのもお前(親)のせいだ!」と家庭内で暴れる息子。調査官のアドバイスは、「そのセリフを言いたくなったら『どうしていいかわからない』と言い換えて」というものでした。それで親子ともストレスが激減したそうです。


親子関係がもつれる原因は、


昔と違って子育ての参考にできる「お隣さん」がいない。

そうなると「子供が生まれて初めて赤ん坊に接する」(=近所に接することのできる赤ん坊がいれば事前にこんな感じ、というように理解する機会もあるが現実は少ない)

「1対1で密室で向き合うしかない」(=誰かに預かってもらう、などのオプションが少ない)。

その結果、親からみた子供、子供から見た親との関係は深く濃密になっていく。そして…親離れ、子離れがスムースにいかずトラブルになりがち、と。


良書です。


タイトルと帯の紹介文、もうちょっとなんとかならないでしょうか。

札幌、今のところ冷夏、です。

image

中小企業経営者の相談相手となるコンサルタントとなって10年以上の月日が流れました。

コンサルタント側の気持ちが弱くなったり、忙しくなったりすると、「紙の仕事」=計画作成など資料作成、に追われるような感じになります。

実際には、「紙の仕事」は、

「入口」

「スタート」

「手掛り」

にしかすぎません。


最近のコンサル事例から。


何度か面談をした社長さん。お話はよどみなく、仕事には自信をもっています。

しかし、なかなか実態が見えてきません。

数字の裏打ちが必要、ということで洗いざらい資料をだしていただきます。


その時に必要なのはカイシャの収支と合わせて家計を見ることです。


中小企業のおカネの流れは法人と個人が表裏一体となります。


そこまでしっかり頭に入れ、次には自分がわかる形でexcelに落としていきます。


すると…



リアルな姿が浮かび上がってきます。



レントゲン写真やCTスキャンのような感じです。



※余談ですがこの瞬間に私がコンサルティングに快感を感じるときです。何せ世界で最初にその姿を見るのが私なのですから。


でも何度も書きますがここまでは「紙の仕事」。



このあとは、



「動き方、働き方、を変えられますか」


「社員さん、取引先に言うべきことをきちんと言えますか」


そして、


「おカネに対する意識を変えられますか」


という話になっていきます。


厳しい経営が続くと、「おカネがない」のが当たり前になってしまうのです。


月末はおカネは足りなくなるもの。


それが今月は間に合った!という感じなってしまうのです。


そこを変えられないと根本解決にはなりません。


おカネを返す、返してもおカネが残っていくというレールを敷けなければ…


そしてその現場に立ち会うコンサルタントは、


いろいろな困難にぶち当たっては、「おろおろし」「悩む」ことになります。


「雨ニモ負ケズ」の世界ですね。


オロオロアルキながら答えを探すのです。