メドックの変遷7 ナポレオン法典1 | ろくでなしチャンのブログ

メドックの変遷7 ナポレオン法典1

           メドックの変遷7 ナポレオン法典1 

 

 

メドックの変遷

 

第1話  オランダ人の干拓による葡萄畑の生成 こちらへ

第2話  シャトー取得者、法服貴族について  こちらへ

第3話  1級シャトー所有者の変遷 こちらへ

第4話  1級シャトー所有者の変遷 こちらへ

第5話  2級3級シャトーの現行オーナーの取得年一覧 こちらへ

第6話  4級5級シャトーの現行オーナーの取得年一覧 こちらへ

第7話  ナポレオン法典(民法)による所有権の影響 
第8話  相続税法改正による所有権の影響 こちらへ

第9話  1級シャトーに於ける買収劇 こちらへ

第10話  完結 近年のシャトー買収 こちらへ


 

第7話 ナポレオン法典(民法)による所有権の影響

 

 いままで、1級から5級の全シャトーの変遷をみて気が付くことは、メドック1855年格付け当時から所有者が代わっていないシャトーはたった2つ、シャトー・レオヴィル・バルトン~1820年代(バルトン家)取得とシャトー・ムートン・ロートシルト~1983年取得だけです。

 155年の時を経て残っているのが2シャトーとは。

 

それでは、メドックを襲った155年の嵐を簡単に振り返ってみましょう。

 

1830年~1850年代  不況、銀行倒産

1851年~1853年   ウドンコ病発生

1875年~1888年   フィロキセラ禍

1878年~1880年   ベト病

1914年~1918年   第一次世界大戦

1929年          大恐慌

1930年代         3年連続悪天候、ワイン不正生産

1939年~1945年   第二次世界大戦

1970年代         ボルドー・ワインスキャンダル事件

1973年~1976年    石油ショック、ボルドーショック、価格崩壊 

1984年           不凍液・ワインスキャンダル 

2008年          リーマン・ショック

 

 以上の事件により、シャトー・オーナーが経済的打撃を被り、シャトーの売却を行ったことは事実と思われます。

 

 私が注目したのは、ナポレオン法典と相続税。

 

ナポレオン法典

 

 ナポレオン三世ことシャルル・ルイ・ナポレオン・ボナバルトは、フランスの民法典を根本から改正しました。まずは革命政府がいつの時代も背負う宿命。財政基盤の確立です。

 ために貴族、教会財産の没収と公売を行い、必要なお金を調達することとしました。

 

1789年11月 貴族、教会財産の国有化法 同12月公布

1791年    フランス国家財産売却

1804年    ナポレオン法典公布

 

 さて、この時期のメドックを取り巻く情勢はどうだったのでしょうか。 

既に大土地所有、大規模生産が行われていました。

 1744年にはメドックの半分が葡萄畑であり、その9割は裕福なブルジョア階級や貴族が所有していたと言われています。

 

 では、メドックの貴族達はナポレオン法典の施行に対してどのような手を打ってシャトーを守ったのでしょうか。

 

 フランス革命時の議会に於けるジロンド派の多くはボルドー出身者で固められており、事前に情報が伝わりやすく、いち早く海外に逃亡しギロチン台から遠ざかった者が多かったようです。

 残念なことに逃げ遅れた方もいらっしゃったようですが。逃亡ともう1つ、ちゃっかりと別の手を打ちました。葡萄園等土地の公売は、土地の分割公売を禁じたのです。これでシャトーの細分化を防いだのです。

 当然公売に出されたシャトーは、シャトー管理人や知人名義で落札します。革命後、恩赦が出たところで帰国して土地の名義を書き換えました。場合によっては買い戻したケースもあった様です。メドックのシャトー・オーナー達は十分すぎる資力を有していましたから。

 土地の分割公売の禁止は数年で改正されたようです。

 

 対して、ブルゴーニュの葡萄畑では、零細農家が公売にかけられた畑を買おうにも資力がないため、全てブルジョア階級に独占されてしまった様です。

 ブルゴーニュの優良葡萄畑は、教会所有が多かった様です。当時フランス全土の少なくとも1割の土地が教会所有となっていたとされます。いずれにせよ、弱体化していた教会の葡萄畑はナポレオン法典の施行前に少しづつ売却され、革命で殆どを失うこととなります。

 

 ナポレオン法典は没収・公売と併せて均等(分割)相続制度を導入しました。

 日本の親族法、相続法はフランス民法を基礎に置いておりますから、なんとなく御理解いただけると思いますが、長子相続(一家の長男が全ての遺産を相続する。反面一家を扶養することが多い。)から、180度の転換です。日本における「家制度」は、もともと武士階級の「家」を継承する必要から生じたもので「家長」が絶対的権限を有していましたが、「家」に属する人々の生活が保障されました。

 

 昨今の様に高齢者の一人暮らしなんてのは極、例外を除いて存在しなかったのです。核家族化もあり得ない制度でした。

 明治政府が出来た直後には、所謂「妾」が同居し一家の戸籍に入れることも出来ました。もっとも、武士が「家」を残すために男子の出生を臨むため制度であり、一般大衆の生活状況と乖離していることから直ぐに改正されましたが。

 

 長子相続は、商工業者、農民、漁民にとっては家業を継ぐにはある意味、良い制度と言えるでしょう。他方、均等分割制度は遺産の相続権について、相続人(子供たち)は同じ権利を有するので遺産の分割が難しくなります。

 

簡単な例を出してみましょう。

 

 葡萄園を経営するオーナーが死亡します。葡萄園の土地・家屋・醸造設備一式が8,000万円の価値としましょう。現金・預貯金として残されたのが700万円。子供は、長男、長女、愛人の息子1人の計3人(簡単にするため妻は先立っています。)とします。

 長男は、シャトーを継ぐため畑で永いこと働いて父親を助けてきました。長女は20歳で所謂「出来ちゃった婚」をしたのですが、新郎は直ぐに新しい彼女が出来ていなくなりました。長女はそれにもめげず、最近若いホストに嵌りお金に困っています。愛人の息子は賢く、大学に通っていますが父親の援助も途絶え、母とともに貧しい生活であり、母子ともにアルバイト生活で糊口をしのいでいます。最近は電気も止められそうで、もちろんアイフォンなんて持っていません。・・・・涙、涙。

 

長 男 ≪俺はよ、お前たちが遊んでる時もシャトーの仕事をしてきたんだ

   ぞ。今までの生活は俺がいたから出来たんだぞ。お前たちは働きもせ

   ず、長女なんか大学まで行かせてもらっていたのに、途中退学で結婚

   だー!結婚式だって見栄をはりすぎて大金使いやがって。愛人の子

   よ。いままで親父は面倒見てかもしれないけど親父が死んだんだから

   関係ないぞ。兄弟なんて言うな。ザケンナヨ!≫

 

長 女 ≪何いってんのよ。ナポレオンが兄弟姉妹みんな同じ権利があるっ

   て言ってるのよ。シャトーが8,000万円で、現金・預貯金700万円で

   全部で8,700万円ってことになるわね。だから3分の1の2,900万

   円、直ぐに現金で払ってよ。貴方は長男なんだから、しっかりやって下

   さいね。


愛人の子 ≪いままでお世話になりました。僕は何も要りません。と言いた

   いのですが生活が掛かっていますので権利は主張させていただきま

   す。僕はソルボンヌ大学の法科に通っていますので多少知識がありま

   す。僕は非嫡出子(婚姻関係にない父と母の間の子)なので皆さんの

   半分の権利しかありません。

    お姉さん、貴女は僕たち男兄弟より多く、親のお金を使っています。

   お姉さんが使った大学入学資金関係300万円と結婚資金700万円

   の計1,000万円は相続財産に組み入れます(持戻し)よ。貴女に支出

   しなければ残った遺産なのですから。

 

長 男 ≪意味分かんないし。けどよ、お前も大学いって金掛かってんじゃ

   ん。持戻しとか言うやつでその分も遺産に入れれよ。俺の取り分増え

   そうだからよ。≫

 

愛人の子 ≪お父さんからの仕送りが途絶えてから、アルバイトしたお金で

   大学に行っています。僕は自費で生活しています。僕の母もお父さん

   には尽くしたのに遺言も無く、何も貰えませんが母はお金の請求は一

   切しない(寄与分の請求)と言っています。

 

長 男 ≪なんだか判んないけどよ。お前の理屈でいくと俺の分はなんぼに

   なんのよ。≫

 

愛人の子 ≪シャトーが8,000万円、現金・預貯金700万円、お姉さんへ

   の特別支出分1,000万円を足して9,700万円、それを5で割って

   1,940万円ですから、僕は1,940万円、お兄さんは嫡出子だから

   僕の2倍つまり3,880万円、お姉さんも3,880万円ですね。

 

長 女 ≪えっ!3,880万円。2,900万円でなくて、3,880万円なの。

   持戻しとかって良いじゃない。認める。認める。≫

 

愛人の子 ≪一寸待ってください。本来あったであろう金額で計算していま

   すから、3,880万円から貴女に使った1,000万円を引いて2,880

   万円が貴女の相続分ですよ。

   長男 3,880万円 長女 2,880万円 愛人の子1,940万円の計

   8,700万円 となりますね。

 

長 男 ≪長女2,880万円、愛人の子1,940万円で4,820万円も払う

   のか。現金ないべや。ダメダメ、全部ダーメ。シャトーは全部俺が貰う。

   預貯金現金の700万円は全部やるから二人で勝手に分けろ。さあ

   ー、シャトーの土地建物の名義俺に変えるから、この書類にサインし

   ろ!≫

 

長 女 ≪分かんないこと言わないで、さっさとシャトーを売って現金にしな

   さいよ。2,880万円頂戴。ケンチャンが待ってんだから。≫

 

長 男 ≪けんちゃんだ!お前まだあのホストと、くっ付いてんのか。馬鹿か

   お前は!それより娘はどうした?≫


長 女 ≪あっ、忘れてた。保育所に迎えに行かないと。≫

                                   つ づ く!

 

注 フランスでは現在、非嫡出子の相続分も嫡出子の相続分も同一です。人権や権利の平等と言った観点から改正したと思われます。日本でも改正の議論がなされています。お話を面白くするために敢えて非嫡出子の相続分を半分とした改正前の相続法による設定としました。

 

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