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6月26日日曜日「世界格闘技の日」(しつこいわ!) に、
横浜港へ向かった。
目的は「クァンタム・オブ・ザ・シーズ」がこの日の早朝寄港していて、
夕方5時に出航するのを見送るためである。
なんじゃそりゃ。

そう、クルーズ客船の話。
アメリカのロイヤル・カリビアン・インターナショナルが保有する、
このクァンタム・オブ・ザ・シーズ。
総トン数が16万7800トン。
どんだけデカいかというと、
あの映画の中で巨大だったタイタニックが4万6300トンだから、
その4倍である。
長さは348mだから、
東京タワー333mを倒したのより完全に長い。

ちなみに世界一デカいのはオアシス・オブ・ザ・シーズというやつで、
こちらはなんと22万5000トン。
だがこちらは日本に来ることはなく、
このクァンタム・オブ・ザ・シーズが
日本に来る客船として最大なんである。



横浜寄港の問題としては、
この船、海上からの高さが60mあり、
横浜ベイブリッジは55mまでしかくぐれない。
なので、山下公園に面するあの大桟橋まで入って来れず、
大黒埠頭の貨物用岸壁の一般人立ち入り禁止区域に着岸するため、
乗客じゃない人々は間近で見ることが出来ないのだ。

1989年にベイブリッジが出来た時、
みんなやってたが、
途中でクルマ止めて、降りて海を見下ろしたものだ。
パトカーが何度も来て「止まらないで下さい」ってやってた。
あのくそ高いベイブリッジをくぐれないとはどんなんよ。
っていうかどんなんでもくぐれる橋造っておこうよ。
この当時に、
ここまでの船の高さは想定出来なかったようだ。

10階建てのビルがおおよそ30m程度だから、
一番高い部分は煙突かアンテナかわからないが、
その2倍の高さなのだ。

2014年に就航して初の横浜寄港は今年3月。
今回は2度目となる。
そしてもう年内にはやって来ないようである。

遊覧船で近づくという作戦もあるようだが、
今回はあまり時間もなかったので、
港出口の岬部分にある横浜シンボルタワーで待ってみることにした。

行ってみると、いたいた、
クレーンの奥に潜んでいた。


振り返るとカメラを構える人々。


僕も上ってみる。


しかし5時をとっくに回っても
いっこうに微動だにせず。


そしてなんと、5時半になると閉館、
この岬の先端部分、タワー周辺の公園もすべて閉園という放送が流れる。
「えーー。んなあほな。
クァンタム・オブ・ザ・シーズが来ているスペシャルな日なのに」
管理人おじさんたちがクルマで見回り、
出ろ出ろと拡声器でプレッシャーをかけるので、
みなさんもしょうがなくタワーを後にする。

なんだ今日は見れないのか。
まあいいっか。
どこに停まってるのかとかわかったし。
また次回来るか。

ほぼあきらめて歩いていると、
海岸線に「本牧海釣り施設」という釣り場。
6時までなら入れて、7時に閉場となる。
ここで待っていたら、
ちょいと遠いがその勇姿を眺められるかもしれない。
入ってみると何人かが、
釣り竿でなくカメラで待ち構えていた。

そして待つこと数分、
6時20分くらいだろうか。
ついに大黒埠頭の建物の向こうから
そいつはヌオーッと現れた。


デカい。
この距離でもよくわかる。


船作りの長い歴史があって、
で、こんなもん造ろうと考えた人が現れて、
たくさんの人が力合わせて造って、
そして今1500人のクルーが、
4000人のお客さんを乗せて世界の海を航行している。
人間のはかり知れない力を感じ、
この世界は捨てたもんじゃないぜ、
とか考えてるとちょっと泣けた。
つまり、感動した。

来てよかったな。

こんな写真はどうでもいい。
あの海の空気感と、
遠目でもわかるヤツのデカさと、
そこに潜む人間力は、
写真では伝わらない。

しかし、
釣りに夢中な親子には関係ないみたいだ。


今日も釣った釣った。


ヤツは次の寄港地、名古屋へと消えて行った。
次回は作戦を立てて、もう少し近くで見上げてみたいな。

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イケメン

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伊東洋平くんは、元イケメン’ズである。

レコーディングの時に藤縄陽子が洋平くんに聞いた。
無邪気な口調で
「どうしてイケメン’ズて名前にしたのー?」

洋平「あ、それはですね。。
とにかくとりあえずイケメンて言っておけば、
ストリートで歌ってる時とかに、
ナニ?イケメン?
それってどれほどのもんだ?
って覗いてくれる確率が高くなるんじゃないかと思ってですね」
と言った。

なーるほど、である。かなり。
あとはとにかく音楽を聴いてもらえばいい。

そこで今回の企画。
っていうか前から考えていたけど。

「ベルリン・フィルのイケメンたち」
どうよこれ。

シーン。。

世界一のオーケストラにはなぜかイケメンが多い。
世界一うまいのにイケメンなんである。
天は二物を与えてしまってるんである。

ってどれほどのもんだ?

なんでこんなん「世界格闘技の日」の今日書くかというと、
今晩夜中にBSで、
先月5月1日のヨーロッパ・コンサートの模様が放送されるからである。

予習に最適!

シーン。。

写真よりも現在はお歳を召している方も多いがまあいいや。

まずは弦楽器から。

1stヴァイオリン。
ドイツのベルリンフィルにラテン系。
ブラジル・サンパウロ出身のルイス・フィリペ・コエーリョ(Luiz Filipe Coelho) 。


首席チェロのオラフ・マニンガー(Olaf Maninger) 。
近年。渋い。


若かりし頃。


今旬なオススメはこれか。
まだ新入りの部類に入る首席チェロで、
フランス・パリ出身のブリュノ・ドルプレール(Bruno Delepelaire) 。


チェロで
オーストリア・ウィーン出身シュテファン・コンツ(Stephan Koncz) 。

この5月に所沢で室内楽聴いて来たが、めちゃめちゃうまかった。

チェロで
オーストリア・クラーゲンフルト出身のクヌート・ウェーバー(Knut Weber) 。

まさにベルリンのクヌートくん。wiki


首席コントラバスで
フィンランド・ヘルシンキ出身エスコ・ライネ(Esko Laine) 。


うーむ。
チェロ率高かった。

なので「ベルリンフィル12人のチェリストたち」による
エディット・ピアフの『ばら色の人生』。

超絶な12人は来月来日する。チケット売り切れ。。


そして管楽器。

なんといってもご存知「フルートの貴公子」。
首席フルートのスイス・ジュネーヴ出身エマニュエル・パユ(Emmanuel Pahud) 。

これはいくらなんでも若いか。

最近の。

この5月に所沢で「パユと仲間たち」聴いて来たが、
めちゃめちゃうまかった。

首席オーボエ。
太くて甘い音色が特色の
ドイツ・エアランゲン出身のアルブレヒト・マイヤー(Albrecht Mayer) 。


もう一人の首席オーボエ。
こちらは明るく軽やかな音色の
イギリス・ピーターズフィールド出身のジョナサン・ケリー(Jonathan Kelly) 。


オーボエ・パートだが主にイングリッシュ・ホルンを吹く
ドイツ・ミュンヘン近郊出身ドミニク・ウォレンウェーバー(Dominik Wollenweber) 。


そして以前にも触れたオッテンザマー家の次男坊、
首席クラリネットのオーストリア・ウィーン出身
アンドレアス・オッテンザマー(Andreas Ottensamer) 。


トロンボーンの
デンマーク・グレーノ出身イェスパー・バスク・ソレンセン(Jesper Busk Sørensen) 。


最後にバストロンボーンの
地元ドイツ・ベルリン出身のシュテファン・シュルツ(Stefan Schulz) 。

かっこいいー!
オケの中で吹いていてもめちゃうまいことがわかる。


そんなイケメンたちが活躍する
「ベルリン・フィル ヨーロッパ・コンサート2016」は、
今晩深夜0:30からBSプレミアムで。

みなさんも音楽の授業で聴いたであろう、
メンデルスゾーンのヴァイオリン・コンチェルトや、
私事だが、昔トロンボーンがないからってあまり聴かなかったから、
今頃になって旬なベートーヴェンの交響曲第3番「英雄」が聴ける。
150907
090510

いつか「ベルリン・フィルのベッピンさんたち」もやろう。
早くやらないとお歳を召してしまう。
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前回、
今月でビートルズ来日武道館公演から50年と書いたが、
加えて今月でプロレスのアントニオ猪木対
ボクシングのモハメド・アリの
武道館での世紀の一戦から40年である。

1976年6月26日にそれは敢行された。
当時、僕は小学校6年生。
最も多感な時期というのだろうか、
もう楽しみで楽しみでしょうがなかった。

あと何回寝たらその日がやってくるかと、
本当に指折り数えて待っていたのを覚えている。



今年5月半ばに、
日本記念日協会がこの6月26日を「世界格闘技の日」と認定した。
そして、その直後6月3日にアリが亡くなり、
追悼スペシャル番組も放送されたようだが、
僕は残念ながら見逃してしまった。
でもまあ、
この40年のうちに何回も取り上げられてきたからいいっか。

なんか、日本だと、猪木対アリ戦のことばかりで、
アリのボクサーとしての輝かしい功績があまり取り上げられることなく、
気の毒な気もする。
まあ、それくらいあの一戦は、
日本人に強烈な印象を残したわけだ。
世界で初めての、いわゆるプロレスではない、
ガチでやり合う異種格闘技戦であったのだ。

僕はアントニオ猪木が大好きだった。
力道山時代以降、
日本人対決などあり得なかった中行われた、
ストロング小林との歴史的な一戦、
そしてタイガー・ジェット・シン、
スタン・ハンセン、
アンドレ・ザ・ジャイアント、
ハルク・ホーガン、
ボブ・バックランドら宿敵との
幾度に渡る対決に胸を熱くした。

元々、アリの入場曲だった「アリ・ボンバイエ」は、
猪木戦ののち、
猪木に贈られ「炎のファイター・猪木・ボンバイエ」
としてアントニオ猪木の入場曲となる。

僕は高校の時に、ブラバンでどうしても演奏したくて、
だけどその頃吹奏楽アレンジされた譜面がまだ世の中になく、
音を拾って自分らのバンド用にアレンジして、
学祭のアンコールで演奏した。

トランペットのHigh Fが燃える。

猪木さんは、もちろんずっと会いたかった人だが、
今から3年ほど前に、銀座の路地で男友達数人と待ち合わせしてると、
50mほどの距離の所にアントニオ猪木が歩いて来た。
トレード・マークの赤マフラーを下げて。
うわ、いのきだ!
でもその直後、料亭にでも行くのであろう、
小さなビルに入って行ってしまった。

彼の目に、僕は映ったであろうか。
知らんがな。

何が言いたいんだ、今日のブログは。
猪木さんが好きだ。
アリさんに合掌。。
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♫♫♫♫

テーマ:
先日、川上大輔くんのレコーディング現場で、
ある方が「僕は1966年のビートルズ来日公演に行ってたんですよ、、」
という話を聞いた。

ドラムもギターアンプもマイクで拾わず生音、
歌だけマイクを通してPAから出ていたそうだ。
今のようなステージ上のモニタースピーカーや、
もっちろんイヤモニなんてないから、
本人たちには自分たちの声は聞こえなかったろう。


客席にいても、みんなキャー!と叫び続けていて
演奏が何やってるのかよくわからなかったそうな。
全世界どこでもそんな状態だったから
ビートルズはライヴをやらなくなった。
モニタースピーカーなんてシステムが導入されたのはその直後、
1969年の、あのウッドストック辺りからだそうだ。

そんなビートルズ来日から今月末でちょうど50年である。
1966年6月29日の明け方に到着、
日本武道館で30日に1回公演、
7月1、2日はそれぞれ2回公演を行ったそうだ。

先日NHKで
「アナザーストーリーズ 運命の分岐点 ビートルズ旋風 初来日 熱狂の103時間」
という番組をやっていて見た。
これ昨年やっていたらしく、
僕は見逃していたんだが、
すっごいいい番組だった。
警備にあたったのは警備員さんでもバイトくんでもなく、
3千人の警察官てとこが上がる。

明日日曜日午後4時からBSプレミアムでまた再再放送するので、
是非ともみなさんにご覧いただきたいな。

パン工場&ReNY

テーマ:
5月14日土曜日、ちょうど1年前と同じ会場、
大阪はヒルズパン工場行って来ました。

浅岡雄也デビュー21周年ライヴです。

楽屋で記念スナップを撮り、

浅岡雄也スーパー・バンド
Guitar:森本隆寬
Bass:徳永暁人
Drums:小橋琢人
Vocal & Manipulate:浅岡雄也
Keyboards:藤井理央

いざ本番。




FIELD OF VIEW時代の18曲、
浅岡雄也ソロ5曲を演奏、
大いに盛り上がりました。


そして2日後、
昨年実現なかった待望の東京公演。
5月16日月曜日、新宿ReNY。




↑マニピュレーターのハナちゃんも加わり。
(大阪公演は雄也くん自ら同期モノ走らせていた)



雄也くんの後姿を見ながらの小橋くんの隣、
というこのポジション、
居心地いいのか、体に染み付いているのか、
今までずっと一緒にツアーやってたような錯覚を覚える。
まあ今回は1年ぶりなわけだけど。



そして、若い才能溢れる森本くんと、
長年顔見知りだった徳永くんと
ようやく一緒に音を出せたのも収穫でした。

またいつかやれるかなぁ。