腕立て伏せ、腹筋、背筋をイメージに絵を画いていたら、旦那に見つかって

余計な仕事を割り振られた。

秋にふさわしいスポーツをテーマにしたメルヘンな絵なのにぐっすん。


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その1 その2 その3 その4 その5 その6 その7 その8

その9 その10 その11

Kierkegaard

薔薇(そうび)の棘が花嫁の指先を傷つけた、


赤い血が白い衣装ににじみ花びらの文様を一枚ずつ描き出す


幾枚も描き出したあと花嫁の衣装は薔薇色に染め上がり


伴侶の待つ祭壇へと向かう


われ契約により薔薇の処女(おとめ)を受け取らん


扉の向こうに彼女がいる、待つことには慣れているがあたりを

覆う禍々しい空気にいてもたってもいられない、そんな俺を

彼は押しとどめる。


「はやる気持ちも解るが、もうちょっとだ」


腕時計の針が午前零時を指し示すちょっと前に、目で合図され

中へ押し入る。


彼女の体は宙に浮かんでいるのが認識できた、俺は彼女へ向かって

走り出す、まばゆい光が部屋全体を覆った瞬間、奈落のような闇に

包まれた。


「マヤ」


「速水くん、こいつで闇を切り裂くんだ」


俺は渡された小さな懐剣を振り上げ一気に振り落とした、

俺が切り裂いたのは闇でもなく愛する人の肉体だった。

切り裂かれた皮膚から血が止め処もなく流れ透き通るような白い肌を

染め上げる。


「マヤ、マヤ、マヤ」


「速水くん、それは北島くんでない幻だ、だまされるな」


俺の耳には彼の声は聞こえなかった、ただ骸となった愛しいものを

抱きしめ嗚咽をあげた。


「愛しい男(ひと)・・・・」


冷たい白い指先が俺の頬を包む、骸となった妻のまぶたが緩やかに

開き闇色の瞳を輝かせる。


赤く濡れた唇から舌がちろちろとでてくる、これはマヤでない、では誰だ、

肢体が硬直し動けない、女の顔(かんばせ)が俺に近づいてくる。


緊張を打ち破ったのは、宝田さんだった。


どこから出したのか、大きな杭を胸に打ちつけた。


「ふう、間に合ったみたいだな」


俺が抱いていた女の体はさらさらのちりあくたになり消え去った。


「最後の仕上げが残ってる、あんたはこいつを天井にいる北島くんを

刺すんだ」


「な、彼女は俺の妻だぞ」


「すまん、言い方が悪かった。北島くんを拘束しているへびに刺すんだ」


「へび?」

「キョーコくんたちのおかげで契約自体は反故されたが、花嫁を簒奪

しようとする魔が彼女を拘束したままだ、このままでは彼女が取り込まれる、

君の役目だ」


俺は、彼から釘を受け取り天井に浮かぶ彼女めがけて釘を投げた、

釘は彼女の背に深々と刺さった、青い地が流れたと思った瞬間

彼女がゆっくりと落ちてくる、俺は両の腕でしっかりと抱きとめた。


ふるふると睫毛が振動し、ゆっくりとまぶたが開き、俺が見知っている

黒曜石の瞳が現れ意識を覚醒した。


「大丈夫?」と俺は間の抜けたことしか言えなくて


「ただいま」と彼女も応えたかと思うと俺に身をゆだね意識を失ったみたいだ。


「ふう、これで全て終わりだな」


「宝田さん、ありがとうございます」


「うちの先祖の遣り残したことなんで、礼はいりません」


「先祖?」


「まあ後でお話に伺いますよ、それよりここからすぐに移動しましょう、

あいつらも汚れを落としたいみたいだし」


俺は妻を抱きかかえ別荘を後にした、妻は無事に取り返した、

だが疑問に思うことはいくつもある。


まあ、とにかくせっかくの休暇の一日目がこんな日になるなんてついていない。