崩壊。

テーマ:

何かが、音を立てて、壊れた。

ぞれは、人格を、価値観を、根本的に揺るがすものではなく、寧ろ、そう言ったものが何の抵抗もなく外界を浸食するために必然な破壊だ。

インキュベーターは無くなった。

そう、今になって、やっと。

どこまでも行ってやろう。

AD

普通。

テーマ:

普通の人生ってなんだらう。

ってことを考えながら京都でマッド・ティーパーティー。

以上でも以下でもない。

AD

掻痒。

テーマ:

花粉症が酷い。。

ということで、第一世代の抗ヒスタミン剤を飲んだのだが、周期的に昏倒しそうなほどの睡魔が襲ってくる。

しかも目が痒いわ、鼻水止まらないわ。。

IgE抗体放出しまくりな今日この頃、寄生虫でも飼おうか、特殊な菌を血液中に投入する人体実験に応募しようか、とかあられもないことが時折泡のように意識の表層に浮かんでは消えます。

事業のほうではスタッフの募集を画策中。

上手くいけばいいが。

伝達。

テーマ:

コミュニケーションのスキルを磨くことは社会において生きていくうえで非常に重要なことではある。

だが、それを重視するのは良いものの、目先の手軽さに飛びつくようにわざわざコミュニケーションの質を落とすような手段を選択するのはいかがなものか。

直接対話

電話対話

チャット対話

メール対話

伝聞(対話)

下にいけばいくほど、対話する際に相手に伝えようとしていることと、実際に相手に伝わることとのあいだに齟齬やエラーが多くなる。

対話ではなく会議という形式をとれば尚更で、議事進行役がいないとn(n-1)/2の対話ばかりではなく、1:x(1<x≦n)の意思伝達も行われることになり、特にチャットなどの形式をとると議題や議論が散漫になって収拾がつかなくなってしまうことが多い。

メール会議は、1:nの意思伝達形式にはめ込んで意思伝達の数を減らすメーリングリストという形態が存在することで体をなしてはいるが、対話と比べると非常に密度が低いものになっている。

多人数間の意思伝達を伝聞に依る場合など、そもそもの意志が希薄化して、噂という残滓のみが人の間で揺れ動くこととなる。

何が言いたいのかというと、僕を含めて僕のまわりの人間が現状のコミュニケーションスキルを如何に駆使しようとも、スピードと質、手軽さの三つを考慮してみても、対話なら電話、会議なら最低限スカイプを超えてまともなコミュニケーションがはかれるとは思わないということだ。

安易に楽な手段を選択することなく、ある程度正確な意思伝達が行える手段に於いてより正確に的確に意思伝達が出来るようにコミュニケーションスキル(この言葉は実のところ相当多様な意味合いをもつため、平たく使いたくはないのだが、今回は敢えて用いる)を磨きながら、それほど重要でない局面を使いつつより難しい手段でのコミュニケーションスキルを磨いていくべきだと言うことだ。

自戒の念も込めて、そんなことを少し書いてみたかった。

下観。

テーマ:

JR大阪駅に滑り込む電車の右手に臨むオフィス群の中に一際存在感のある箆状のビルがあった。

有名ホテルの名を冠するそのビルは道を挟んで東西に並んでいるうちの東側だ。

偶然訪問することになった会社のオフィスはそんなビルの中層に居を構えていた。

ガラス張りのエレベーターホールと洗練された内装。

見下ろす群集はもはや…。

と、ムスカな幻想を抱かせるほどに雑多な人ごみとは隔絶された空間だった。

4畳程度の簡易オフィスが電気代などを含めて月50万らしい。

安いのか、高いのか。

事実どちらともいえるが、利用の仕方によれば相当な効用が得られるだろう。

環境もそうだが、ブランディングによってもたらされる価値は計り知れない。

まずは豪奢ともいえる居を構える。

そしてその余りある大きな箱を最大限利用しながら埋めていく。

そういった話は渋谷やヒルズにいるような社長さん方の著書にも散見できる。

今回の訪問で僕自身は面白い話が聞けたし、今後の展開や行動への示唆も得られた。

さてさて、設立当初から下界を見下ろすこの会社は今後どう動いていくのだろうか。

こういった小粒でぴりりとした愉しみは日々増える一方だ。

内省。

テーマ:

今日は終日自宅作業。

動き始めてからの4ヶ月を少し振り返ってみた。

僕は少しでも

賢くなれただろうか。

誠実になれただろうか。

積極的になれただろうか。

人を理解できるようになれただろうか。

社交的になれただろうか。

強かになれただろうか。

優しくなれただろうか。

強くなれただろうか。

そして何より、実現すべき目標のために理想となる自分に近づけただろうか。

全部まだまだ足りない。

もっと周りを良く見て、更なる高みを目指さなければならない。

そう決めたのだから。

そうでなければ生きてる意味なんて、無い。


ストーンズを大音量で響かせながら、友人と無鉄砲を食いに行った。

数年前にストーンズの来日ライヴに行った事を少し思い出した。

あの頃は只、漫然と、重い石をずるりずるりと、嫌々ながらも、それがあたかも義務であるかのように引き摺りながら生きていた。

今はどうだ。

少なくとも、自分の内から湧く自主性や必然性が石を運ぶ原動力となり、与えられた事実に絆されることなく、より良い方法を模索しながら、然るべき方向に向かっていけているように思う。

そして歩は以前よりも少なからず速い。

心地よく身体を震わす重いドラムの音を縫うように流れるテールランプと街灯が凄く綺麗に見えた。

夢魔。

テーマ:

最近、不定期に過剰な睡眠をとると、奇妙な夢を見る。

容量一杯のコップにさらに水を継ぎ足すと零れるように、獅子威しのように、えもいわれぬ奇妙な夢が溢れて意識の表層に流れ出すのだ。

そしてその夢は覚めてからも現に妙な感覚を残す。

さらに眠ると、繰り返す。

繰り返す。

だから、そういった目覚めの後の二度寝は妙に憚られる。

ただ、そういった夢の現実と乖離した違和感がもたらす認識の歪みが一方で霜焼けを揉む様な自虐的な心地よさを幾許か孕むのはなぜだろうか。

羨望。

テーマ:

前にも似たようなことを書いたが、僕は他人に羨望を抱いたという経験がほとんど無い。

この原因の一つは、他人に対してあまりに無関心であった、ということかもしれない。

そういえば、漠然とした未知の恐怖をはらんだ煙か靄のようなものとして他人を敬遠しながら窺っていたような気もしないではない。

そういったぼんやりした総体としての他者と自分との間に見つかる数多のギャップは焦燥を生みこそすれども、そこから先の分析や内省には殆ど結びつかなかった。

そして現在、必要による必然と偶然から、人というものを少なからずしっかりと認識するようになった。

認識はギャップの認知をすすめ、現状の自分を恥ずかしいほどに暴いてくれる。

僕は、僕が羨望を覚える人に、何かしらGiveできる人間になりたい。

そして、願わくば多種多様に秀でている各人の横に方を並べて互いにGiveできる関係を作りたい。

いや、これも必要から生まれる必然だ。

僕が必要とする限り、絶対に実現させる。

結果に裏付けられた確固たる自信が欲しいが、まずは必要によって堅強かつ壮大な入れ物を創ってしまえ。

慰安。

テーマ:

プロジェクトの参加メンバーと昼飯食べてスケートへ。

カプリチョーザのトマトとニンニクのスパゲティー、やっぱ旨いね。

だけど、難波に市営のスケート場なんてあったんですね。。

なんか最近僕が元気ないように見えるらしく、メンバーが気づかってくれた。

有難う。。がんばるよ。。

その後、折角集まったので進捗状況の確認を含めた会議。

魅力のある人間になりたいし、なるつもりだ。